異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
その瞬間、自分の心臓の鼓動がはっきりと聞こえた。
まるで俺の心臓が耳元へとやってきたかのように、自分の鼓動が聞こえたのだ。たったの一度だけだったけれど、その鼓動は確かに俺の鼓動だろう。もしかしたら他人の鼓動だったのかもしれないとはどういうわけか全く思う事が出来ず、俺はもう自分の鼓動だと決めつけていた。
けれども、どうして鼓動が聞こえる? 俺がこれから死ぬからか? 不慣れな
くそったれ、ラウラと一緒にいられなくなるのは嫌だな。ナタリアや、カノンや、ステラたちとも一緒に冒険ができなくなる。ケーターや
まだ、三途の川は渡りたくないんだよ。
そう願った俺の目の前に、見慣れた蒼い画面が浮き上がる。中世の頃のヨーロッパや産業革命の頃のイギリスを思わせるレトロな世界に持ち込むにしては、あまりにも先進的過ぎるメニュー画面。登場するならSFだろうと思ってしまうハイテクな雰囲気のメニュー画面が、俺の目の前に表示される。
なんだ、これから走馬灯の上映会が始まるのか。観客は俺1人。上映時間は1秒未満。製作費は俺の障害に使われた金額の合計で、監督や脚本も全部俺。…………なんとちっぽけな走馬灯なんだろうか。
いや、人間1人の走馬灯なんてこんなものなんだろう。自分から見れば大きいけれど、世界から見れば砂粒よりも小さい1人の人間。俺もその程度の人間だったんだろう。
《―――――――エラー発生。規格外の能力を獲得しました》
…………は?
エラー発生…………?
《シャットアウト不能。インストール開始…………規格外の能力(ファイル)です。システム破損の恐れあり》
えっ? ちょっと待って。システム破損ってどういう事?
転生者の能力の事か? 自由に武器を生み出したり、レベルを上げてポイントを手に入れるこの能力が〝システム”だというのなら、その『規格外の能力』をインストールしたら、能力が使えなくなる可能性があるっていう事だよな?
《システム破損を防ぐため、一時的にシステムの複数の機能をシャットダウンします》
シャットダウン? 一時的に能力がいくつか使えなくなるって事なのか?
すると、目の前のメッセージが消えると同時に数字が出現した。その脇には『インストール中』という文字が表示され、凄まじい速度で数字が100%を目指して増殖していく。
そして――――――――ジョシュアの魔剣が俺の両手にほんの少しだけ触れた。おぞましい汚染された魔力に覆われた魔剣の感触は、普通の剣とあまり変わらない。けれどもその中に秘められた魔力の気持ち悪さは俺の予想以上だった。まるで汚泥の中に両腕をそのまま突っ込んでいるかのような悪寒がする。ここまで汚染され、濁ってしまった魔力を感じたことはない。
ぞっとしながら魔剣を見上げようとしたその時、画面の中ですさまじい速度で増殖していた数字が、ぴたりと止まっていた。何かのエラーでも発生したのではないかと思いながら俺は画面を見たけれど、そこに表示されていた数字はちゃんと終着点を意味する3桁の数字だった。
《―――――――支配契約(オーバーライド)、発動》
支配契約(オーバーライド)…………? 新しい能力なのか?
規格外の能力の名前を目にした俺は、すぐにその能力がメニュー画面で生産する普通の能力とは異質であるという事に気付いた。
転生者の端末や俺の能力でそのようなスキルや能力を生産した場合、自分で生産済みの武器や能力の中から装備したいものを選び、それを装備しない限り効果は反映されないし、実戦でも使う事は出来ない。例えばハンドガンを生産したとしても、装備しなければ丸腰のままなのである。
普通ならそうなる。でも、この支配契約(オーバーライド)という能力は…………装備した覚えもないのに、勝手に装備されたうえに発動している。
果たしてどんな能力なのか。メニュー画面を開いて説明文を確認してみたいところだが、残念ながら片手ですら動かせるような状況ではない。なぜならば、今の俺はジョシュアの魔剣を真剣白刃取りで受けと用としている最中なのだから。
これじゃ、どんな能力なのか分からないじゃないか!!
悪態でもついてやろうと思った、次の瞬間だった。
何の前触れもなく――――――――両手を包み込んでいた悪寒が、消失したのである。
「…………?」
ゆっくりと顔を上げてみる。顔を上げれば俺の両腕があって、その間を禍々しいオーラを纏った魔剣が急降下してくる光景が見える筈だ。ついでにジョシュアの顔も見えるだろうかと思いながら顔を上げた瞬間、今度は俺の顔を照らし出していた紅いオーラの煌めきが、蒼い光に上書きされた。
まるで、落書きだらけの壁をペンキで塗り潰していくかのように、紅いオーラの煌めきが蒼い光に塗り潰されているのだ。瞬く間に魔剣の紅いオーラが消失して蒼い炎にも似た光が刀身を包み込み、剣の表面に刻まれていた紅いラインも姿を消していく。
『なっ…………!?』
「これは…………」
いきなり自分の手にしていた魔剣が変貌したのを目の当たりにしたジョシュアが、嘲笑うのを止めて右手に持つ魔剣を凝視する。
あの禍々しい汚染された魔力が、薄れていく。水が段々と干上がっていくかのように、魔剣の中から蒸発して消えていく。
何が起きたのか、全く分からない。イチかバチかと言わんばかりに真剣白刃取りを実行し、それが失敗したと思った瞬間に魔剣が蒼く光り出したのである。
ちょっと待て。まさか、これは俺が獲得した能力の仕業なのか――――――?
『熱ッ!?』
混乱していると、いきなり魔剣を手にしていたジョシュアが柄から手を離した。魔剣を包み込んでいた光が、まるで炎のようにジョシュアの手に燃え移ったのである。
傍から見れば、ジョシュアが燃え上がった魔剣から大慌てで手を離したように見えるけれど、俺にはまるで魔剣がジョシュアの事を嫌い、自力で彼の手から逃げ出したように見えた。お前は俺の使い手には相応しくないと言わんばかりに燃え上がり、ジョシュアを切り捨てたのではないだろうか。
くるくると回転してから地面に突き刺さった魔剣は、まだ蒼い光に包まれていた。ジョシュアはそれを拾い上げるためにまた手を伸ばすけれど、また同じように指先を焼かれ、大慌てで手を引っ込める。
ジョシュアを拒んだ…………?
クソ野郎とはいえ、今の魔剣の使い手はジョシュアの筈だ。それを拒んだという事は、もしかするとあの魔剣は新しい使い手を欲しているのではないだろうか。
当たり前だが、武器は使い手がいない限り機能しない。制御装置を内蔵された無人兵器でさえ、プログラムを入力する人間や命令を下すオペレーターがいなければ、ただの最新技術を詰め込んだ鉄屑に過ぎないのである。
武器と使い手はセットなのだ。剣が廃れて銃が主流になっても、その理屈は大昔から変わっていない。石器時代でも原始人と石器はセットだったのだ。
俺ならば、魔剣は受け入れてくれるだろうか。
興味本位でそう思った俺は、息を呑んでから魔剣の柄に手を伸ばした。右手を魔剣に近づけた瞬間に、ジョシュアの触手に貫かれた腹が痛んだけれど、傷口を強引に硬化させて穴を塞ぎ、出血を防ぎながら右手を伸ばす。
掴もうとする度に魔剣に拒まれているジョシュアが、呆然としながら俺を見下ろしていた。
蒼い光に向かって手を伸ばし――――――――光の中にある、柄に指先で触れる。全く熱さを感じない事を確認してから、俺はジョシュアの目の前で、エクスカリバーを引き抜くアーサー王のように、堂々と魔剣の柄を握った。
力を込め、地面に刺さっている魔剣を引き抜いていく。あのレリエル・クロフォードの心臓を貫いたせいで汚染されてしまった魔剣とは思えないほどこの剣の中に蓄積されている魔力は澄んでいて、触れているだけで安らいでしまう。
引き抜かれる最中、ぼろぼろと魔剣の刀身が崩れ始めた。チンクエディアの刀身をそのまま伸ばしたような形状の刀身が崩れ去っていき、別の形状の刀身が形成される。
その形状は、まるでスコットランドの戦士たちが愛用したというクレイモアのようだった。単純な形状だった本来の魔剣とは真逆で、その新しい形状の剣は刀身が短く、柄も細長くなっている。全体的に華奢な剣にも見えてしまうけど、蒼い光と共に放つ威圧感はどんな優秀な剣でも真似することは出来ない筈だ。
最も特徴的なのは、その刀身だろう。細身の刀身は根元の方が紺色になっていて、先端へと行くにつれてサファイアのように透き通った明るい蒼へと変色しているのである。まるで俺のキメラの角を素材に使っているかのように、色彩がほとんど同じなのだ。
『ば、バカな…………ま、魔剣が…………俺の魔剣が…………ッ!』
目の前で魔剣を奪われたジョシュアが、後ずさりしながら何度もそう呟く。
あいつはこの魔剣と契約していた筈だ。なのに、契約した筈の魔剣に拒まれた挙句、その魔剣を俺に奪われるなんて考えられない。
この世界に存在する武器の中には、使い手との契約を必要とする者が存在する。この魔剣もその中の1つであり、ちゃんとした武器として運用するためにはこの武器と契約しなければ、先ほどのジョシュアのように拒まれて使い物にならなくなってしまうのだ。
無論、契約者以外が触れれば同じように拒まれる。だから俺も拒まれてもおかしくはない筈なんだが………拒まれるどころか、受け入れられているだと…………!?
さっきの能力のおかげなのか? そう思いながら左手を柄から離し、メニュー画面を表示させる。
《???》
説明文は表示されなかったが、この規格外の能力の名称から、予想はできる。
支配契約(オーバーライド)。この能力は――――――――相手の契約を上書きし、支配してしまう能力なのだ。
魔力を介して契約した相手から、契約した武器や精霊を奪い取ってしまう能力。それがこの能力に違いない。
ところで、なぜ魔剣は形状が変わってしまったのだろうか? しかも汚染されていた筈の魔力もすっかり消えてしまっている。
これはドロップした武器という事になるんだろうかと思いつつ、再びメニュー画面を開く。生産済みか入手済みの武器の一覧の中には、やはり見たこともない武器の名前がいつの間にか追加されていた。
《星剣スターライト》
確かに、この蒼い光は星の明かりにも見える。どんな夜空でも決して闇には屈さずに、輝き続ける星。
禍々しい伝説と共に語り継がれていた魔剣が、
「何だありゃ………!?」
タクヤの奴が手にした剣は、間違いなくあの禍々しい魔剣だった筈だ。レリエルの血と魔力によってすっかり汚染され、あらゆるものを破壊してしまう恐ろしい魔剣と化した神々の剣。かつて大天使が振るったという得物の片割れが、あのような幻想的な蒼い剣に生まれ変わるなんて信じられるだろうか。
それに、魔剣を振るっていたという事は、少なくともジョシュアは魔剣との契約を終えていたという事になる。魔剣は契約を必要とするほど強力な武器で、それなりに魔力の量が多い人間でなければ扱えない。
しかも、契約者以外が契約済みの武器に触れれば、先ほどのジョシュアのように拒絶されるのが関の山だ。なのに、タクヤはそれを無視したかのように魔剣に触れ、刀身を造り変えて、自分の武器にしてしまっただと…………?
『契約の上書き………!? し、信じられない…………!』
「フィオナ、そんな事がありえるのか?」
剣術の鍛錬を続けてきたエミリアが、その信じられない光景を目の当たりにしていたフィオナに問い掛けた。
『は、はい、不可能ではありませんが…………成功する確率は、小数点が付くレベルです…………!』
「馬鹿な…………そんなの、騎士団の教本にも載ってないわよ!?」
もしこれがゲームならば、チートでも使わない限り実現できないほどの出来事である。まあ、転生者はこの世界の人々から見れば常にチートを使っているように見えるだろうが、未来からやってきた俺たちの息子は、それを遥かに超えている。
伝説の武器を、土壇場で手懐けやがったのだから…………!
「パパ、見てた?」
「ラウラ?」
いつの間にか、遠距離から狙撃していた筈のラウラがすぐ近くにいた。タクヤは俺とエミリアの間に生まれる息子で、ラウラは俺とエリスの間に生まれることになる娘だという。なぜ彼女が赤毛なのかは分からないけれど、顔つきは確かに母親になるエリスにそっくりだ。髪を蒼く染めてコスプレでもされたら、多分見分けがつかない。
彼女は唖然とするエリスに向かってウインクすると、蒼く染まった魔剣を振り上げたタクヤを見据えた。
「―――――――あれが、私の弟なの」
「―――――――そして、俺の息子か…………」
とんでもないガキが生まれてくるんだなぁ。
ああ、あいつなら俺を超えられるだろう。もし歴史の通りにエミリアと結婚してタクヤが生まれたら、俺の持っている技術を全てあいつに教えてやろう。
本当にとんでもないガキだ、くそったれ。
『ば、バカな…………! お、俺の魔剣を…………』
「こいつはもう魔剣じゃない。―――――――星剣スターライトだとさ」
返り血を浴び、そのまま放置されたような禍々しい剣ではない。かつてこの世界を支配した吸血鬼の王を葬った代償として穢れ、人身御供として世界から隔離された孤独な剣ではないのだ。今はもう、どういうわけか汚染された魔力は全て消え去り、蒼い剣として俺の手中にある。
そう、クソ野郎を狩るために。
『ふ、ふざけるな…………! それは俺の魔剣だぞっ!』
魔剣を使って世界を支配しようとした哀れな少年は、俺が契約を上書きして手に入れた星剣スターライトを指差しながら叫んだ。
ジョシュアはただの虎の威を借る狐に過ぎない。威張り散らしていた狐(ジョシュア)は、頼みの
母さんたちは、このネイリンゲン侵攻のことはあまり話してくれなかった。母さんたちにとっては辛い出来事だったんだろう。姉妹で殺し合いを繰り広げた挙句、愛する男が片足を失ってしまう大事件だったのだから。
その原因は、こいつだ。
『ひっ…………!』
スターライトをゆっくりと振り上げ、怯えるジョシュアに向かってにじり寄る。
威張り散らしていたジョシュアは、もう情けない声を上げながら怯えるだけだった。さっきは百獣の王を気取っていたくせに、今のこいつは泣き顔で巣穴に逃げ帰るウサギにしか見えない。
こんな奴が、世界を支配するつもりだったのか。
『け、計画のために何年もかけてきたんだ………! こっ、こんなところで頓挫していい筈がない! 俺は…………その魔剣で、世界を――――――――』
もういいよ、ジョシュア。
しゃべるな、と言わんばかりに、俺はジョシュアを睨みつけながらスターライトを振り下ろした。生まれ変わった魔剣は、まるで優しい星明りを彷彿とさせる蒼い光を纏いながら急降下し―――――――――外見だけでなく思考まで醜悪な男の片腕に、めり込んだ。
腐敗した肉が、まるでフライパンの上に叩き落とされたかのように煙を上げ、蒸発していく。蒼い光はそのまま炎となって燃え移ると、ジョシュアの傷口を飲み込み、彼に苦痛を与え続ける。
『あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
振り下ろしたスターライトを一旦地面に突き刺し、コートのホルダーから回復用のエリクサーを取り出すと、腹の傷口を塞ぐためにそれを飲み干す。
空になった試験管にも似たガラスの容器を投げ捨て、俺は星剣スターライトを引き抜く。さっきは両手で振り下ろしたけど、今度は左手に銃も持っておこう。
ホルスターからCz75SP-01を引き抜き、息を吐く。
こいつは今まで狩ってきたクソ野郎を圧倒するレベルのクソ野郎だ。
「タクヤっ!」
「ラウラ」
遠距離から狙撃で支援してくれたラウラが、俺の隣へとやってきた。ツァスタバM93の再装填(リロード)はもう済んでいるらしく、早くもキャリングハンドルを握りながらジョシュアへと銃を向けている。
俺たち2人でぶち殺してもいいんだろうが、やっぱりこいつに利用された人たちに決着をつけてもらおう。俺たちはあくまで彼らの助力をすればいいのだ。そうすれば、歴史の通りになる。俺たちの世界と全く同じ決着へと辿り着く筈だ。
「同志リキノフ、終わらせようぜ」
「―――――――呼んでるぜ、同志諸君」
「分かっている」
「ええ」
『この人は、許せません!』
もう、ジョシュアに魔剣はない。こいつはもうただのグロテスクな怪物だ。
さあ。処刑の時間だ、クソ野郎。