異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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傭兵たちの奮戦

 

 こんなに大量の敵が押し寄せてくる光景は、見たことがない。

 

 シベリスブルク山脈で戦ったデーモンやグールの群れよりも遥かに多いのは明白である。きっとこのまま銃を撃てば、狙ったわけではなくても、俺から見て前方180度以内の範囲に向けて撃ったのならば全て敵に命中するのではないかと思えるほどの密度だった。

 

 その中へと、俺とラウラはたった2人で突っ込んでいた。大地そのものが敵に回ったかのような物量の敵に挑むのは、人間とサラマンダーの血を受け継いだ2人のキメラだとしても無謀と言わざるを得ないだろう。確かに、いくらドラゴン並みの硬さの外殻を自由に生成できて、炎や氷を操る事ができると言っても、敵はそれほどの数なのである。かつてドイツ軍が恐れたカチューシャの集中砲火でも、ありったけの機関銃の掃射でも相当し切れないほどの数の敵。人海戦術の極みとも言えるだろう。

 

 1体を倒しても、すぐに次の1体が襲いかかってくる。しかも相手は人間の兵士ではなく、魔剣の汚染された魔力によって操られている死体に過ぎない。もう既に痛覚は存在せず、恐怖もない。残されたのは肉体と、俺たちを殺そうとする殺意だけだった。

 

 スコップでゾンビの頭を殴りつけ、金属製の兜もろともひしゃげさせる。潰れたバスケットボールにも似た形の頭に変形したゾンビを蹴り飛ばしつつ、俺は左手に持っていた火炎瓶に瞬時に着火。接近してきたゾンビをスコップの側面で斬りつけつつ、目の前に立ち塞がるゾンビたちの群れに向かって、蒼い炎で着火された火炎瓶を放り投げる。

 

 瓶が割れた瞬間、俺たちを包み込んでいた腐臭が薄くなった。腐った肉が火炎瓶の中から躍り出た燃え盛るオイルに焼かれたせいで、肉の焼ける臭いが紛れ込んでしまったせいだろう。こちらの臭いならば戦場で何度も嗅いだことのある臭いだ。

 

 火だるまになりながら崩れ落ちていくゾンビたちの向こうへと、今度はラウラも火炎瓶を投擲。火の付いた火炎瓶がくるくると回転しながらゾンビの群れの中へと落下し、俺たちへと殺到してくる死者の群れを炙(あぶ)る。

 

 炎に包まれたゾンビたちは、呻き声を上げながら次々に崩れ落ちていった。人間の兵士ならば火を消そうとのたうち回るのだろうが、ゾンビたちは魔剣に操られているに過ぎないため、のたうち回るくらいならば動けなくなる直前まで獲物に接近しようとしてくる。対人戦と比べると、色々と勝手が違うから戦い辛い…………!

 

 火炎瓶の投擲を終えたラウラが、無数のゾンビたちの真っ只中でくるりと回る。瞬発力と遠心力で片足を持ち上げ、サバイバルナイフを展開しながら回転した彼女は、目の前に立ち塞がっていた3体のゾンビの首をまとめて両断すると、そのままジャンプして腰のホルダーからP90を引き抜いた。

 

 ベルギーが生み出したPDWが、トリガーを引いた少女の命令を受け、彼女の殺意を実現しようと無数の5.7mm弾を撃ち出し始める。彼女の獰猛さが伝染したかのような弾丸の群れは瞬く間にゾンビたちへと降り注ぐと、頭や心臓などの急所に的確に風穴を開け、ゾンビたちをズタズタにしていく。

 

 敵がたくさんいるからと弾丸をばら撒いているわけではない。確かに、ばら撒けばほぼ同じ数の敵に命中させられるほどの数の敵が、俺たちの目の前にいる。けれど、当たったからと言ってその1発で倒れてくれるような相手ではない。SMG(サブマシンガン)よりも貫通力のある武器とはいえ、その殺傷力は本格的なアサルトライフルや、大口径のバトルライフルと比べると劣ってしまう。しかも相手は痛覚や恐怖を持つ事すら許されなかった哀れな腐った肉の塊だ。だから、ばら撒けばいいというわけではない。

 

 攻撃の手数と、精密さの均衡を崩してはならない。俺もラウラに倣うように、より正確にゾンビの急所を狙って仕留めていくことにした。

 

 攻撃の速さや反応の速さならば俺の方が上だけど、そういう精密な攻撃は彼女の足元にも及ばない。集中しなければ、ゾンビを倒し損ねてしまう。

 

「!」

 

 目の前に現れたゾンビが、俺に向かって錆びついた槍を突き出してきた。相変わらず産業革命以前の古い槍である。旧式の槍はリーチの身を重視しているため非常に長く、扱い辛い得物だ。それに対して俺たちの時代の槍は、ある程度のリーチを維持しながら機動力を高められるように長さを押さえてあるため、こういった古い槍よりもスマートな見た目をしている。

 

 ゾンビの動きは、彼らの進む速度と同じくらい遅い。人間の騎士ならば一瞬で突き出している筈の槍をのろのろと伸ばしてくるのだから、避けたり武器で受け流すのは容易い。反応速度に自信のある俺にそんな遅い攻撃をするのは、避けて下さいと言っているようなものだ。

 

 案の定、俺は無造作にスコップを振り払ってその一撃を受け流した。そのまま頭を叩き割ってやろうかと思ってスコップを振り上げたその時―――――――がつん、と何かがスコップを打ち据えたらしく、俺の手からスコップが吹っ飛ばされてしまう。

 

「ッ!?」

 

「タクヤ!?」

 

 ぞくりとしながら、俺は後ろを振り返る。

 

 いつの間にか俺の背後にいたゾンビが、剣を振り払って俺の手からスコップを叩き落としていたのだ。剣術と言うよりは、ただのろのろと振り下ろしたようなお粗末な一撃だったけど、ちょうどスコップを叩き落とせるような角度で直撃したらしい。あんな一撃で俺の手から武器が落とされたことがまだ信じられないけど、それを認めずに意地を張れば死ぬだけだ。とりあえず、邪魔な意地はとっとと切り捨てて反撃するべきだろう。

 

『ガァァァァッ!』

 

 俺の手から武器が吹っ飛んだのがチャンスだと思ったのか、のろのろと動いていたゾンビたちが一斉に武器を振り上げた。剣や槍が天空へと突き上げられ、斧がゆっくりと天空へと背伸びする。

 

 その真っ只中を、先ほど吹っ飛ばされたスコップがくるくると回転しながら落下してくる。落ちてくると思われる場所は――――――――おそらく、俺の真上。

 

 それを理解した俺の頭の中で、反撃するためのあらゆる挙動が一気に組み上がる。

 

 両手をナイフの鞘へと伸ばし、戦闘前に生産したばかりの得物を引き抜く。一見するとマチェットをボウイナイフほどの長さにしたかのような分厚い刀身を持つ、無骨なナイフだ。フィンガーガードはナックルダスターを思わせる形状になっており、その部位での殴打も考慮された設計になっている。木製のグリップには銃を思わせるトリガーが装備されており、その近くにはフリントロック式のピストルを思わせる火皿や撃鉄が取り付けられていた。

 

 一見すると、ナイフなのか古式の銃なのかよく分からないデザインの得物である。

 

 荒々しいノコギリやチェーンソーを彷彿とさせるセレーションが刻まれた刀身を鞘の中から解き放ち、コートの中からキメラの尻尾も伸ばす。堅牢な外殻をいくつもつなぎ合わせ、先端部に剣の切っ先を取り付けたような外見の子の尻尾は、丸腰の際や戦闘中には武器の1つとして機能する。

 

 だが、両手の得物と尻尾で攻撃したとしても、対処し切れるのは3体まで。それ以上はラウラの支援をあてにするしかないが、こんな状況で彼女に支援を頼むわけにはいかない。第一、彼女も白兵戦の真っ最中なのだ。彼女の戦いを疎かにさせるわけにはいかない。

 

 静かに目を閉じ―――――――見開くと同時に、俺は落下してきたスコップを口に咥えた。

 

 尻尾を背後のゾンビの喉元に突き立て、両手のナイフを振り払って2体のゾンビの首を斬りおとしつつ別のゾンビの胸板に突き刺す。そして口に咥えたスコップは、スコップの柄はへし折れてしまうほどの

勢いで、目の前にいたゾンビの脳天へと振り下ろした。

 

 テルミットナイフのトリガーを引くと同時に、尻尾から高圧の魔力を放出する。俺の尻尾の先端には高圧の魔力を放射するための小さな穴があり、ワスプナイフとしても機能するという特徴がある。

 

 ぶくっ、と腐った肉の塊が膨れ上がった。それと同時にテルミットナイフの撃鉄が稼働し、火皿の中へと生み出した火種を放り込む。

 

 火種は火皿の中の黒色火薬のカーペットの上へと転がると、一瞬でその粉末に炎を灯した。火皿の中が一瞬で煌めき、現代の銃では考えられないほどの白煙が俺の両手を包み込む。黒色火薬は現代の兵器にはほとんど使われることのない旧式の火薬で、爆発の威力も大きく劣るし、銃に使えばこれほど大量の白煙を発生するため、敵に居場所を察知され易い。その上、煙のせいで次の射撃の際に狙いが付け辛くなるという欠点もある。

 

 その白煙の中で―――――――炎に包まれた2体の人影が誕生した。胸板に突き立てられたナイフの刀身に開いていた小さな噴射口からテルミット反応を起こした灼熱の粉末が噴き出し、ゾンビたちを体内から焼いているのだ。

 

 一瞬で肉が真っ黒になり、腐った眼球が溶けていく。辛うじてがっちりした成人男性だと分かったゾンビの輪郭が、まるでミイラのように一瞬で細くなっていく。もう、その哀れな2体のゾンビはその辺に転がっている焼死体と何も変わらない。

 

 そして、俺にスコップを叩き付けられたゾンビは、あっさりとスコップに頭を叩き割られ、俺の目の前で脳漿の切れ端や頭蓋骨の破片をぶちまけていた。俺が振り下ろしたスコップは脳天を粉砕し、やや右へと逸れてゾンビの左目へと急迫したところで止まっていた。

 

 そのスコップから口を離し、ナイフと尻尾を引き抜く。2体の焼死体と、2体の頭を潰されたゾンビが崩れ落ちていく。

 

「さすが」

 

「お姉ちゃんの弟だからな」

 

「ふふふっ♪」

 

 両足のサバイバルナイフでアキレス腱を斬りつけられ、まるでラウラに向かって跪くような恰好で膝をついていたゾンビに、ラウラは無慈悲にP90を突きつけた。まるで圧倒的な力を持つ女帝が、無様な敵の敗残兵に剣を突きつけるように見える。

 

 恐怖を奪われたゾンビたちにとって、降伏まで奪われたようなものだ。それゆえに彼らは、命乞いができない。

 

 もしあのゾンビが普通の人間のままだったとしたら、ラウラに何と言っていたのだろうか。そんな事を考えている間に彼女の美しい指はP90のトリガーを引き、ゾンビの頭に風穴を開けていた。

 

 本当に、親父と同じく容赦がないな。まあ、いちいち敵の命乞いを聞き入れていたり、情けをかけたりするような甘い奴は転生者ハンターには向かないだろうし、テンプル騎士団としてもそういう奴はお断りだ。

 

 その時、ゾンビの群れの向こうで火柱が上がった。迫撃砲の支援砲撃がここに着弾したのだろうかと思ったけど、砲弾が降ってくるような音は全く聞こえてこなかったし、塹壕の方はゾンビを寄せ付けないための一斉射撃で手いっぱいの筈だ。こんなところまで迫撃砲をぶち込む余裕があるとは思えない。

 

「パパ…………?」

 

「親父か?」

 

 親父はもう、ジョシュアの元に辿り着いたのだろうか。

 

 もしそうならば、俺たちも急がなければならない。

 

「ラウラ!」

 

「うんっ!」

 

 ナイフを鞘に戻した俺は、銃剣が装着されたCz75SP-01を引き抜くと、ラウラと共にゾンビの群れの蹂躙を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――いくぞ、ジョシュア」

 

 殺意を纏った力也くんが、刀の切っ先をジョシュアに向けた。

 

 ジョシュアは片手で顔を庇うのを止めて、魔剣を構えながら襲い掛かろうとしている力也くんを睨みつけている。

 

「ふん、新しい能力を身に着けたか。でも、そんな焼死体みたいな醜い姿の雑魚が僕の魔剣に勝てるわけ―――――――――」

 

 あいつがそう言った瞬間、彼に切っ先を向けていた力也くんが、自分の立っていた場所から消滅した。纏っていた殺意と敵意が、まるで突然いなくなってしまった自分たちの主人を探すかのように揺らめく。

 

 その殺意を生み出した主人は――――既にジョシュアの目の前に立っていた。

 

「!?」

 

「なっ…………!?」

 

 速過ぎる…………!

 

 明らかに、私と戦った時よりも動きが速くなっていたわ。自分が生み出した殺意までも置き去りにした彼は、いきなり目の前に出現したことに驚くジョシュアに向かって、炎を纏った刀の柄を両手で握り、刀の軌跡を業火で埋め尽くしながら振り下ろした。

 

 ジョシュアは慌てて紅いオーラを纏った魔剣でガードしたけど、刀ではなく彼が纏う高熱がジョシュアに容赦なく襲いかかる。ジョシュアは呻き声を上げながら紅いオーラを放出し、力也くんを突き放して冷や汗を拭ったわ。

 

 強引に突き放された力也くんは地面に炎を纏った刀を突き立てて立ち上がると、再び地面から刀を引き抜いて冷や汗を拭い終えながら予想以上のスピードに驚愕しているジョシュアに言ったわ。

 

「――――――――何が魔剣だよ」

 

「なんだと…………!?」

 

「―――――――――ハッ。雑魚が安物の剣を持ってるのと変わらねえなぁ」

 

「…………調子に乗るなよ、余所者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「エリス!」

 

「ええ!」

 

 私も加勢しないと。

 

 私はハルバードを構えなおすと、炎を纏う刀を振るう力也くんと一緒にジョシュアに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は歯を食いしばると、魔剣の切っ先を俺たちに向けてきたジョシュアに向かって突進した。おそらくジョシュアは、俺たちが接近する前にあのオーラを放出して、ナバウレアの防壁を消滅させたように俺たちを消し飛ばすつもりなんだろう。

 

 ―――――――やってみろよ。

 

 ニヤニヤと笑いながら切っ先にオーラを集中させていくジョシュア。俺は刀を構えたまま、そのまま走り続ける。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 ジョシュアが叫んだ瞬間、切っ先に集中していた真っ赤なオーラが膨れ上がり、地面を抉りながら俺とエリスに迫って来た。

 

 あのエネルギー弾はナバウレアの防壁を消滅させるほどの破壊力がある。いくら転生者でも、直撃すれば間違いなく一瞬で消滅してしまうだろう。既にその威力を目の当たりにしていたエリスは、このまま突っ込もうとする俺をちらりと見た。いくら俺の新しい能力でも、あんなエネルギー弾を喰らえば2人とも消滅してしまうと思っているんだろう。

 

 でも、俺はそのまま走り続けた俺が回避するのを諦めたと思ったジョシュアが、高笑いしながらエネルギー弾の向こうで何かを言っているのが聞こえる。

 

 その時、俺とエリスを飲み込もうとしていた目の前の巨大なエネルギー弾にいきなり亀裂が入ったかと思うと、その亀裂から小さな火柱がいくつも出現した。その火柱たちは他の火柱たちと融合すると、フレアへと変貌してエネルギー弾の表面を駆け回り、飲み込んでいく。

 

 発火したエネルギー弾の中を突き抜けた向こうに、驚愕するジョシュアの顔が見えた。

 

「ば、馬鹿な!? 魔剣の攻撃を―――――――――」

 

「やかましいッ!!」

 

 レバーアクションライフルのループレバーのようなハンドガードがついている柄を両手で握った俺は、トリガーを引きながら炎を纏ったアンチマテリアルソード改を振り下ろした。峰の部分にあるスリットが爆風を小さな火柱に変換して吐き出し、炎を纏った凄まじい運動エネルギーの剣戟が、ジョシュアの魔剣へと叩き込まれた。

 

 歯を食いしばりながら再び俺を押し返そうとするジョシュア。その隙に、俺と一緒に光の残滓の中を突き抜けてきたエリスが、愛用のハルバードを構えながら俺の後ろから飛び出し、俺の刀を受け止めているせいでがら空きになっているジョシュアの腹に向かって得物を突き出した。

 

 ジョシュアは慌てて彼女のハルバードをガードしようとしたけど、ガードすれば俺の刀に真っ二つにされる羽目になる。しかも俺に刀を押し込まれているから、回避することも出来ない。

 

「がぁっ!!」

 

 そして、エリスのハルバードの先端部が、ジョシュアの脇腹を貫いた。

 

 最愛の妹を魔剣を復活させるために利用された上に殺されたエリスは、憎悪を込めたハルバードを更に押し込んでから引き抜く。ジョシュアの肋骨を砕いた上に内臓を貫かれたジョシュアは、口から血を吐いて絶叫する。

 

「く、くそぉぉぉぉぉぉッ! 余所者と出来損ないのくせにッ!」

 

「やかましいって言ってんだろうが」

 

 柄から手を離してキャリングハンドルを握り、右手でボルトハンドルを引きながら薬室の中にアンチマテリアルライフル用の12.7mm弾を叩き込む。そして、辛うじてアンチマテリアルソード改を魔剣で受け止めているジョシュアを両断するために、俺は刀のトリガーを引いた。

 

 ジョシュアの呻き声を、猛烈な銃声がかき消した。炎を噴出した刀が更に押し込まれ、魔剣の表面のオーラに食い込んでいく。

 

「お前は毒で死にかけたことはあるか?」

 

「な、なに…………!?」

 

 カレンを狙っていた無数の暗殺者と戦った時のことを思い出しながら、俺はゾンビのように呻き声を上げているジョシュアに問い掛けた。

 

 ボルトハンドルを引いて使ったばかりの空の薬莢を排出し、再び薬室の中に12.7mm弾を再装填(リロード)。そしてまたしてもトリガーを引く。

 

 普通の刀ならば発することのない轟音が響き渡り、また炎を纏った刀身がオーラの中にめり込んだ。

 

「なら、巨大な時計の針に身体を貫かれて死にかけたことはあるか? ――――――――ねえだろ? お前が死にかけたことは、おそらく俺に片腕を吹っ飛ばされただけだろ!?」

 

「だ、黙れ…………! 余所者の分際で、調子に乗るな!」

 

 俺を睨みつけながら、ジョシュアが剣を押し返そうと足掻く。だが、既に俺の刀の刀身は魔剣が纏っているオーラを両断しかけているところだった。切断されたオーラにも亀裂が入り、その亀裂から先ほどのエネルギー弾と同じように小さな火柱が吹き上がる。

 

「ま、魔剣が余所者と出来損ないの女に負けるわけがないッ! 僕はこの魔剣で、世界を支配するんだ! お前なんかに――――――――――」

 

「てめえじゃ無理だ」

 

 お前は、少なくとも支配者には慣れない。器が小さ過ぎるんだよ、間抜けが。

 

 自分の器に、自分自身すら収まってねえじゃねえか。その程度で世界を支配するなんて言うな。笑っちまうだろうが。

 

 もう1発12.7mm弾を装填し、トリガーを引く。紅いオーラを両断しかけていた刀の刀身が更にめり込み、ついにオーラを両断して魔剣の刀身と激突する。両断されたオーラは、まるで人間の断末魔のような不快な音を発しながら魔剣の表面から消滅していった。

 

「俺は何度も死にかけたッ!」

 

「うぐっ!?」

 

 刀を魔剣に向かって押し込んだまま、俺はジョシュアの腹に向かって右足を蹴り上げた。みぞおちに蹴りを叩き込まれたジョシュアが血の混じった唾を吐き出しながら、魔剣を握ったまま炎で照らされる星空へと打ち上げられる。

 

 俺は刀を握ったままジャンプした。腹の傷口から血を噴き上げながら吹っ飛んでいくジョシュアに簡単に追いついた俺は、ぎょっとしているジョシュアを睨みつけ、炎と返り血で緋色に染まった刀を思い切り薙ぎ払う。

 

 でも、ジョシュアは何とか魔剣で俺の剣戟をガードしていた。あいつも俺に反撃しようとするけど、紅いオーラを消滅させられて魔剣が弱体化してしまったらしい。動きはさっきよりも鈍くなってしまっていた。

 

 反撃する前に俺に次の剣戟を叩き込まれ、ジョシュアはガードしかできなくなっていく。まるで俺とジョシュアが初めてナバウレアで戦った時と同じだ。あの時もジョシュアは殆ど反撃できず、最終的にパイルバンカーで得物をへし折られて敗北したんだ。

 

 俺は今まで何度も死にかけた。そして、エミリアを泣かせてしまった。

 

 炎と激痛に包まれながら、俺はジョシュアを睨みつける。

 

「お前は、また俺に負ける」

 

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 俺の刀を弾き飛ばしたジョシュアが、オーラの消失したがらくたのような魔剣を俺に向かって突き出してくる。俺は素早く左手を柄から離して小太刀を引き抜くと、逆手に持ったその小太刀であっさりと魔剣を弾き飛ばしてしまう。

 

「今まで権力ばかり使っていた蛆虫が、実戦で何度も死にかけながら戦ってきた〝俺たちに”――――――勝てるわけがねえだろッ!!」

 

 俺たちと言った瞬間、ジョシュアははっとしたらしい。

 

 俺の剣戟を受け止めている間、段々と高度は下がっている。あと数秒で草原に落下するだろう。つまり、転生者である俺でなくてもジャンプすれば届く程度の高度まで落ちているということだ。

 

 奴の背後に姿を現した人影を見つめ、俺はニヤリと笑った。

 

「エリスぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!」

 

「!?」

 

 慌ててジョシュアが後ろを振り向く。

 

 すでに、ジョシュアの背後にはハルバードを左手に持ったままジャンプしたエリスがいた。

 

「―――妹(エミリア)の仇よ…………!!」

 

 翡翠色の瞳でジョシュアの顔を睨みつけながら、エリスは氷を纏ったハルバードをジョシュアの背中に向かって突き出した。

 

 蒼い氷に包まれた先端部がジョシュアの肩甲骨を砕きながらめり込んでいき、胸の辺りから突き出てくる。そこから吹き出したジョシュアの血飛沫は俺に降りかかると、俺が放出している炎に飲み込まれ、鉄のような臭いを残して蒸発してしまった。

 

 ハルバードを引き抜いたエリスが草原に着地する。俺も彼女の傍らに着地すると、刀の切っ先をジョシュアへと向けた。

 

「ギャッ…………!」

 

 エリスに背中から貫かれたジョシュアは、魔剣を持ったまま地面に叩き付けられた。叩き付けられた衝撃で骨が何本も折れてしまったらしく、傷口から血を吹き出しながら呻き声を上げている。

 

「滑稽だな。あれだけ俺たちを見下していたくせに…………」

 

「だ、黙れぇ…………ッ!!」

 

 再び魔剣が紅いオーラを纏い始める。そのオーラは魔剣だけでなくジョシュアの前進を包み込むと、エリスがハルバードで空けた傷口へと流れ込んでいった。

 

 オーラが流れ込んだジョシュアの傷口が塞がっていく。まるで、帝都で戦った吸血鬼たちのようだ。

 

 なるほど。魔剣はレリエルの血で汚れているから、奴らの再生能力も使う事が出来るのか。

 

 だが、銀を用意する必要はないだろう。魔剣を破壊してしまえばいいのだから。

 

 俺とエリスは立ち上がったジョシュアを睨みつけると、再び得物を奴に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レリエル・クロフォードが加勢してくれたおかげで、信也くんたちに襲い掛かっていくゾンビたちの数は減少していた。でも、信也くんの周りに展開しているドローンやターレットたちは次々に弾切れし、空を飛び回るかオーバーヒートしかけている銃身をゾンビに向けることしかできなくなっていた。

 

 そして、信也くんたちも装備している武器の弾薬を使い果たし、ハンドガンを使うか、接近戦を始めている。リゼットの曲刀を持つカレンさんが風でゾンビたちを蹂躙し、ギュンターさんが液体金属ブレードの刀身を伸ばして一気にゾンビたちの頭を切り裂いているけど、このままではゾンビたちに突破されてしまう。

 

 タクヤ君とラウラちゃんは善戦しているようだけど、まだジョシュアの所まで辿り着いていない。

 

『こちら信也! ターレット27番、沈黙!』

 

『こっちも弾切れ! サイドアームに切り替えます!』

 

『くそぉっ、重機関銃は弾切れか…………! 旦那、早くしてくれッ!!』

 

『フィオナちゃん、残ったドローンを終結させて、3層目の前に展開して! 最終防衛ラインよ!!』

 

『了解っ!!』

 

 モリガンの傭兵たちは、ゾンビの群れに押されていた。

 

 既に1層目と2層目の塹壕は放棄され、ゾンビたちの群れに呑み込まれている。地面に開けた塹壕からゾンビがはい出してくる姿は、まるで墓穴から怨念と共に蘇ってくる本当のゾンビのように見えた。

 

『―――――――どうすればいいの…………!?』

 

 私もみんなと一緒に戦うべきなの? 

 

 力也さんは、もしゾンビたちが突破して来たら昏睡状態のエミリアさんを連れて逃げろって言っていたわ。

 

 でも、見捨てられるわけがない。私も参戦しないと………!

 

 モニターから目を離し、傍らに用意しておいたAKS-74Uを拾い上げようとしたその時だった。私の後ろで眠っているエミリアさんの方から、起き上がるような音が聞こえてきたの。

 

 まさか、エミリアさんが目を覚ました…………?

 

「――――――――フィオナ、みんなは?」

 

『え…………エミリアさんっ!!』

 

 聞こえてきた声は、確かにエミリアさんの声だった。

 

 私の後ろには、真っ黒なドレスのような制服を身に纏った蒼い髪の凛々しい少女が立っていた。彼女はベッドの近くに立てかけてあった自分のバスタードソードを既に拾い上げていて、腰に下げている。

 

『目を覚ましたんですね!?』

 

「ああ。すまなかったな。迷惑をかけてしまった…………」

 

『い、いえ…………! 良かったです、エミリアさんが目を覚ましてくれて…………! 良かったですぅ…………!!』

 

 私は涙声になりながら、必死に両手で涙を拭い去った。エミリアさんは涙を拭っている私の頭の上に手を置くと、微笑みながら優しく撫でてくれた。

 

『み、みなさんはもうゾンビの群れと戦っています』

 

「分かった。――――――――私も参戦する。武器はあるか?」

 

『はい!』

 

 私は近くにあったクリス・ヴェクターを拾い上げた。もしエミリアさんが目を覚ましたら装備させてくれと力也さんが言っていたアサルトライフルを彼女に手渡すと、私もAKS-74Uを背中に背負った。

 

『私も、エミリアさんと一緒に戦います!』

 

「ああ、行こう!」

 

『はいっ!』

 

 私は微笑むと、エミリアさんと一緒にモニターが設置されている医務室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 


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