異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
そう告げた直後の傭兵たちの表情は、全員予想通りだった。俺が何を言ったのか理解できていないかのように、ポカンとしたままじっと俺とラウラを見つめている。いつも冷静でモリガンの誇る策士と言われる信也叔父さんまで口を半開きにしたまま、目を丸くして俺たちをじっと見つめているのだ。きっと、叔父さんのこんな表情はこの時代でしか目にできないだろう。
俺たちは、21年後の未来からやってきた存在。人間とドラゴンの混血で、力也(あんた)の子供だ。もし俺たちの目の前に、同じように未来からやってきた俺の息子だと名乗る少年が姿を現したら、きっと俺もすぐには納得できずにこんな表情をする事だろう。だから彼らの感じている混乱はよく理解できる。
でも、彼らも何度も実戦を経験している傭兵たちだ。戦場でいつまでも混乱していれば命を落とすだけ。だから混乱する時間は最小限にし、常に冷静でいなければならない。そんな考え方に慣れた彼らの混乱が、まるでスプリンクラーで徐々に消されていく炎のように小さくなっていくのが分かった。
そして、ちゃんと考えられるほど混乱が小さくなった瞬間に、やっと親父は話し始める。
「な………何を言っている? 俺たちの子供って…………」
「そ、そうだぜタクヤ! これから戦争が始まるんだから、そんな混乱を招くような冗談は―――――――」
「冗談じゃありませんよ、ギュンターさん」
確かに、これからネイリンゲン防衛戦が始まる。大規模な戦闘の前に彼らを混乱させるような真似はしたくない。でも、問い掛けてきたのはあんたらだ。俺たちの正体の片鱗を微かに見たとはいえ、好奇心で俺たちの正体を知ろうとしてしまった以上は、混乱してもらうしかない。
「――――――私たちのファミリーネームは『ハヤカワ』なの、パパ」
「ハヤカワって…………た、確かにオルトバルカでは見かけないファミリーネームね…………」
(ほ、本当に力也さんの子供…………?)
ハヤカワというファミリーネームは、この異世界に住んでいる東洋人たちから見れば決して珍しいファミリーネームというわけではない。むしろごく普通の名前で、何の変哲もないと言っても過言ではない。
だが、その東洋人たちが本格的に他国との交易を始めるのは、産業革命以降の話だ。俺たちが倭国で天秤の鍵を探していた時でさえ開国を主張する新政府軍と、鎖国維持を主張する旧幕府軍の全面戦争の真っ只中だったのだから、この時代で東洋人がオルトバルカまでやって来ているとは考えにくい。いたとしても、数が少ないのは火を見るよりも明らかである。
その限られた東洋人の中で、ハヤカワというファミリーネームの者が何人いるだろうか。それも考慮してみれば、俺たちが親父たちをからかっているわけではないというのが理解できる筈だ。
それに――――――――容姿も両親に似ている。
「な、なあ、タクヤ」
「なんだ?」
何とか納得しようと努力しているのか、親父が目を細め始めた。
親父は戦場で何度も死にかけた経験があると言っていた。そんな経験があるからこそ、戦闘の真っ只中に取り乱したり、混乱するのは命取りだと理解しているんだろう。実際にモリガンの傭兵たちの中でも、親父が一番冷静になるのが早い。
ああ、そっちの方がありがたい。
「容姿がエミリアにかなり似ているが…………もっ、も、もしかして、俺の結婚する相手って…………」
なぜか、親父の顔がちょっとずつ赤くなっていく。俺は一瞬だけにやりと笑うと首を縦に振り、顔を赤くしている親父に止めを刺すことにした。
「ああ、相手はエミリア・ペンドルトン。まあ、俺たちの時代ではもう『エミリア・ハヤカワ』だが…………」
「なぁっ!?」
「あ、あっ、あ、姉御が旦那と結婚すんのかぁ!?」
「ちょっと、何暴露してんのよ!? ネタバレはやめなさいよ!!」
(そうだよ、タクヤ君! 力也さんが可哀想だよっ!!)
え…………? あ、あの、俺が悪いの…………?
確かに俺もネタバレされるのは大嫌いだけど、聞いてきたのあんたじゃん。答えを聞いておいて非難するのはかなり理不尽じゃないですかね?
「え、エミリアが…………お、俺の………つ、つ、つっ、妻…………!?」
あ、お父さんが滅茶苦茶混乱してる。
「ちょ、ちょっと…………冗談はやめろよ、おい! 俺はそんなに幸せ者じゃねえぞ!? エミリアと結婚なんて……………………さ、最高じゃん」
「まあね」
確かに、母さんみたいな女性と結婚できれば幸せ者だろうな。料理は上手だし、家事も毎日素早く済ませてしまうし、しっかり者だ。融通が利かなかったり小言が多いところもあるけれど、夫のために尽力する女性は珍しいだろう。
あんたは幸せ者になるんだよ。その分、今まで命懸けで戦ったんだから……………。
「そ、そうか…………俺はエミリアと2人も子供を…………」
「あっ、私はエミリアさんの子供じゃないですよ?」
「「「えっ?」」」
ああ、ラウラの事もちゃんと言わないと。確かに俺はエミリアと力也の間に生まれることになる息子だが、ラウラはエミリア・ハヤカワから生まれたわけではない。
ラウラは、俺にとって『腹違いの姉』なのだから。
「え、エミリアの娘じゃないって…………だ、誰の子供なんだ? 養子か?」
「ふにゃっ!? ふにゅ…………パパ、失礼だよっ!」
「す、すいません…………」
父親が娘に怒られてる…………。
「私のママはね、エリス・シンシア・ペンドルトンなのっ!」
ラウラがそう言った瞬間、再び会議室の中が静かになった。
今しがた、俺が未来からやっていた子供だということを告げた時と同じ静寂。ついさっき感じたばかりの静寂を再び感じながら、俺は額に浮かんでいた冷や汗を少女みたいに細い指で拭い去る。
まあ、さっきまで戦っていた敵の騎士が2人目の妻だと言われたんだから、確かに混乱するだろうな。
ちなみに、この異世界では数人の妻と結婚する一夫多妻制の家庭は珍しくはない。日本ではありえないけど、この世界では一般的なんだ。だから親父はペンドルトン姉妹を2人とも妻にする事ができたのである。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「い、いや、ちょっと待て。…………えっ、妻が2人? 俺2人の女と結婚するの!? しかも姉妹!?」
「ふにゅ、そうだよ?」
「オイ旦那ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ひぃっ!?」
話を聞いていたギュンターさんが、いきなり歯を食いしばりながら立ち上がった。一瞬だけギュンターさんの目には涙が浮かんでいたように見えたんだけど、なんで泣いてるんだろうか。
椅子から立ち上がったギュンターさんはびっくりしている親父を睨みつけると、そのまま殴りかかるのではないかと思えるほどの剣幕で胸倉を掴み、至近距離で親父の顔を睨みつけた。
「ずるいぞ旦那! あんな巨乳の美少女をどっちも妻にしちまうなんて!」
「お、落ち着けバカ!」
「うるせえッ! わ、分けてくれてもいいじゃねえか! 俺も揉…………美少女と付き合いたいんだよぉッ!!」
ちょっと、ギュンターさん…………?
あっ、隣でカレンさんが腕を組んでちらちらと見てますよ? ギュンターさん、あなたと結婚することになる金髪の美少女が「こっちも見なさいよ」と言わんばかりに見てるんですけど?
「ギュンター、いい加減にしなさいよ?」
「で、でも…………ずるいぜ、旦那は! なあ、カレン?」
「…………バカ」
「あはははははっ。若い頃もパパたちは仲良しだったんだねっ♪」
「あ、ああ」
仲良しだね、確かに。
何だか俺たちのパーティーもこんな感じなんだよなぁ。なんというか、親子であんまり変わらない感じがする。
それにしても、俺たちの時代の親父は21年前の親父と比べるとテンションが低くなったというか、雰囲気が変わったような気がする。さすがに38歳になればテンションは下がるものなんだろうか。でも、テンションが下がっただけじゃなくて悲しそうな表情をしているのもよく目にするようになった。特に、幸せな時に限ってあの親父は悲しそうな顔をしている。
いったい何があったんだろうか? …………歳のせいなのか?
「ところで…………お前らの時代の家族はどうだ? みんな幸せか?」
「ああ。みんな幸せだよ」
「パパがお仕事を頑張ってるおかげだよっ♪」
「そうか…………はははっ、それは良かった」
普通なら、まず最初に自分の事を聞くのではないだろうか。未来の自分はどうなっているのかと質問されるだろうなと思いながら答える準備をしていたんだけど、自分の事よりも先に家族の事を聞かれるとは思っていなかったから、簡単に答える事しかできなかった。
そんなに家族の事を考えてくれる男だったのか、この親父は…………。
自分よりも先に家族の事を大切にする。傍から見れば危なっかしい親父かもしれないけど………自分の事なんてどうでもいいと言わんばかりに家族を優先する男も珍しいと思う。
平気で力を悪用する転生者の中でも、こんな男は珍しいだろう。
「そうか…………ということは、俺たちの戦いは無駄にはならないんだな?」
「ああ。むしろあんたらの戦いが、この世界を変える。21年後は凄いぞ。魔力で動く機関車が登場したり、でっかい機械のおかげで産業革命が起こってるからな」
「ははははっ、そうか。…………安心したよ」
実際に、モリガンの傭兵たちの戦いは異世界に大きな影響を与えている。
防具を身に着けず、遠距離からひたすら射撃することによって魔物や敵兵の群れを殲滅するという戦法は、のちに各国の騎士団が遠距離武器の開発に本腰を入れるきっかけにもなったし、防具を身に着けずに動き回り、仲間と連携して敵を殲滅するという戦法も発展していった。
そういった戦法だけではない。現代兵器を参考に、フィオナちゃんが『フィオナ機関』と呼ばれる動力機関を発明するきっかけにもなるし、そのフィオナ機関が産業革命を引き起こす原因になるのだ。中には『モリガンは多くの騎士を虐殺した危険な集団だ』と喚く輩もいるけれど、彼らの戦いがこの世界にヒントを与えたと言っても過言ではない。
それに…………転生者たちの蛮行から、この世界を守っていたのは彼らなのである。
何だか、彼らにそう告げる事ができて安心した。数多の転生者や危険な魔物と戦い続け、世界最強の傭兵ギルドと言われた彼らの戦いは、この世界に発展するヒントを与えたのだと…………。
だが―――――――この戦いの前に、もう1つ告げなければならない事がある。世界の事ではなく、俺たちの事。世界中から見れば個人的な事だろう。しかし、俺たちから見れば大きな事だ。俺たちだけではなく………速河力也という転生者から見ても。
ジョシュアが率いる騎士団(ゾンビ)を迎え撃つ事になる、このネイリンゲン防衛戦。その最中に――――――――俺たちの父親は、左足を失う羽目になるのだ。
そう、歴史の通りならば、親父はこの戦いで…………。
「…………ッ」
「タクヤ…………?」
未来の事を知って盛り上がる親父たちを見つめながら、俺は歯を食いしばり、拳を握りしめた。なぜこれから親父が片足を失う事になるという事を先に告げなかったのか。そんな事を先に言ったほうが、気が楽になったのではないか。
いっそ言わない方が良かったのではないかと思ったけれど…………やはり、言うべきだ。
彼はこの戦いで片足を失い、義足を移植してキメラになる。そして母さんとエリスさんと結婚して、キメラの子供である俺たちが生まれる…………。
ちらりと隣を見ると、俺よりも少し背の小さいラウラが顔を見上げながら頷いてくれた。
「………」
ああ、言ってしまおう。
「…………親父」
「ん? どうした?」
「その…………この戦いの事なんだが」
「ああ、そうだな。お前らは未来から来たって事は、この戦いの結果も知ってるんだろ? もし良ければ…………教えてくれないか? この戦いがどうなるのかを」
俺は息を呑んだ。今まで散々傷つき、仲間のために返り血を浴び続けてきた男に「お前はこの戦いで片足を失って、化け物になるんだ」って言うのはかなり残酷な事だ。やっぱり言わない方が良いのではないかと思って後戻りしたくなってしまうが、もう後ろを振り返っても逃げ道はない。
「…………この戦いは……モリガンが勝利する。死者はゼロ。母さんも意識を取り戻して、みんなと一緒に奮戦するんだ」
「お、エミリアも戦ってくれるのか! …………そうか、エミリアは帰ってきて―――――――」
「でも…………1人、重傷を負う奴がいる」
そう告げた瞬間、先ほどの混乱よりも冷たい空気が会議室の中を包み込んだ。円卓に腰を下ろす傭兵たちは、息を呑みながら仲間たちの顔を見渡している。この円卓に座る仲間たちの中で、誰か1人が重傷を負う。
人間ではなくなるという対価。そして怪物の力を手に入れるという見返り。重傷を負う本人は、再び立ち上がって戦いたいという願望のために足を取り戻そうとするだけなのに、そんな望みもしない対価と力を手に入れる事になる。
息を吐いてから、俺は静かに右手を持ち上げた。そして―――――――――目の前に座っている黒髪の男へと向けて、ゆっくりと指を指す。
傭兵たちが、一斉に指を指された男を見据えた。
「――――――――そうか、俺か」
「だ、旦那…………?」
「………嘘よ……な、何で力也が…………?」
「落ち着け、みんな。…………タクヤ、どんな怪我なんだ?」
「…………………どういう状況で傷を負ったのかは定かじゃないが……………あんたは、この戦いで…………………左足を失う」
言った瞬間、俺は後悔した。
やはり、言うべきではなかったんだ。大規模な戦闘の前にこんな士気を下げるようなことを言ってしまうなんて、愚行以外の何物でもない。言わなければよかった。言わなければ、彼らはもっと気楽に戦いに行く事ができた筈なのに。
「兄さん、戦闘が始まったら、兄さんは砲撃で支援を……………」
兄が片足を失う結果にならないようにと、信也叔父さんが用意していた作戦を変更しようとする。この会議の前に聞いていた作戦では俺とラウラと親父の3人が突撃し、ジョシュアの野郎を始末することになっていたのだ。その間、他の仲間たちは塹壕や後方の迫撃砲などの火器からの一斉砲撃でゾンビの大軍に大打撃を与え、ジョシュアを始末するまでの時間を稼ぐことになっていたのである。
あのゾンビたちを操っているのはジョシュアの魔剣だ。だから鍵になるのは、ジョシュアを始末するために突撃する俺たち。親父のような実力者が支援に回ってしまえば、作戦の成功率は著しく下がってしまう。
叔父さんも分かっている筈だ。それが、愚策だという事を。
『力也さん、危険です』
「そうだぜ、旦那。代わりに俺が突っ込むから、あんたは援護を頼むぜ」
「―――――――いや、作戦通りでいい。俺とタクヤたちで突っ込む」
(力也さん、正気ですか!? 片足が……………この戦いでなくなっちゃうんですよ!?)
仲間たちが引き留めようとしても、親父は首を横に振るだけだった。微笑みながらゆっくりと椅子から立ち上がり、後方にある大きな窓から向こうに広がる草原を見据える。
「…………タクヤ」
「?」
「お前は、その未来で満足しているか?」
冷静な声で、そう問いかけられた。
シンプルな問いだけど、あの結果で満足しているのかと言うだけの意味ではないような気がする。親父たちの戦いで発展した世界に生まれて満足なのか。ハヤカワ家の長男として生まれて満足なのか。両親が傭兵で満足なのか。
俺たちが生まれることになる世界で、満足なのか。そのために片足を失う価値はあるのか。そう問われているような気がした。
だから俺は、首を縦に振った。
「…………それでいい」
「兄さん、本気なのかい?」
「ああ」
ゆっくりと踵を返した親父は、軽く自分の左足に触れてから微笑んだ。まるでこれから失う事になる自分の片足に別れを告げているように足に触れた親父は、息を吐いてから言った。
「俺たちが戦い抜いた結果で、子供たちが満足できる世界になるというのならば…………構わないさ、足がなくなっても」
「親父…………」
「信也、作戦会議を始めよう。俺は必ず最前線に配置してくれよ?」
親父は覚悟を決めたのだ。
自分の片足を生け贄にして、この戦いに参加する覚悟を…………もう決めてしまったのである。
すまない、親父…………。
歯を食いしばりながら、俺とラウラも席についた。