異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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最後の破片と少女の絶叫

 

 こんなに怒ったことは、無かった。

 

 あのクソ親父―――――――父親と呼びたくもないが、前世の父親だ―――――――が母さんに暴力を振るっている光景を目にした時も怒りを感じたことはある。いつもごろごろして酒を飲み、パチンコに行ったり新聞ばかり飲んでいるようなクズのくせに、必死に働いている母さんに暴力を振るうクソ野郎を目にする度に、その感情は俺を侵食していたものである。

 

 いっそ、殺してしまえ。何度もそう思った。台所の壁に掛けられている調理用の包丁。あれを手に取って、一思いに急所に突き立てればこんな生活は終わるだろうかと本当に考えたこともある。でも、その度に母さんは俺と目を合わせ、悲しそうな顔をしながら首を横に振った。そう、お前は手を汚すな、と言わんばかりに。

 

 人生最大の怒りは、今までずっとそれだった。これを凌駕する怒りなど感じることはないだろうと、その思い出に対して全額を賭けても良いと思えるほどだ。

 

 しかし――――――――もしそれが本当のギャンブルだったら、俺は大負けしていた事だろう。

 

 あの時感じた怒りを凌駕する怒りを、この異世界で感じているのだから―――――――。

 

 スコップを握る両手が、黒い革の手袋の中で勝手に硬化を始めているのが分かる。体内の血液の比率が目まぐるしく変化を繰り返している証拠だ。キメラが能力を使う際、人間の血液とサラマンダーの血液の比率を変化させることで能力を使う事ができるというメカニズムになっているが、どういうわけかその比率の変化は感情の変化にも影響を受けるようだ。

 

 自分の身体の中にあるサラマンダーの血も、怒り狂っているのだろうか。

 

 みし、と指が外殻に覆われていく。手袋の中で人間の指に戻ったり、怪物の指に変異を繰り返す自分の指を一瞬だけちらりと見下ろした俺は――――――――怯えるジョシュアに向かって、ラウラよりも先に襲い掛かった。

 

「タクヤッ!」

 

「ひっ、ひぃっ!!」

 

 ビビってんじゃねえよ、クソ野郎が!!

 

 姿勢を低くしながら、幼少期から鍛え上げた瞬発力で一気にジョシュアに急接近する。予想以上の速さだったのか、既に剣を抜いていたにもかかわらずジョシュアは俺の突撃に対応する事ができていなかった。剣を抜いたまま棒立ちになり、急迫する俺を目にして再び目を見開く。

 

 その目は、まるで自分の天敵である肉食獣に遭遇してしまったウサギのように弱々しく、情けない目だった。先ほどまではあれほど自信満々に魔剣を見せびらかし、母さんや親父たちを馬鹿にしていたというのに、自分の持つ権力や力が機能しない状態で敵に襲われれば貴族は大概こうなる。威張っているいつもの態度ではなく、ただ敵を恐れる臆病者。そのギャップが虐げられていた者たちの怒りに油をばら撒いていく。

 

 ジョシュアが剣を振り払おうとするよりも先に、俺は左手のスコップを振り上げていた。自分の左足の横から斜め上へと振り上げ、最終的にはジョシュアの顔面を左下から右斜め上へと斬りつけるようなコースだ。綺麗な顔に切り傷を付けるのも面白そうだが―――――――狙いは、顔面ではない。

 

 そのまま振り上げればスコップを遮る位置にある、ジョシュアの右足こそが俺の狙いだった。

 

「ぎっ―――――――」

 

 鋭い刃の付いたスコップが、正確に防具の隙間へと入り込んだ。本来の防御力をすり抜け、いきなりジョシュアの右足の膝の辺りへとめり込んだスコップは思ったよりも軽く斬りつける程度だったけど、痛みを感じたジョシュアが声を上げる。

 

 ああ、もっと苦しめ。

 

 もっと恐れろ――――――――。

 

 そのまま踏み込み、まるで今から強烈なパンチを放とうとしているボクサーのように右手のスコップを引く。右肩を思い切り引き、腰を捻りながら力を溜め―――――――右ストレートのように、右手のスコップを全力で突き出す。

 

 この一撃で喉を潰してしまうつもりだったが、ジョシュアの野郎は喰らえば確実に致命傷となるこの一撃だけは見切る事ができたようだ。目を見開きながら咄嗟に身体を横へと倒して回避するけど、スコップは奴の首を掠めた。

 

「こ、このっ!」

 

 自分の身体を傷つけられて怒りを感じたのか、やっとジョシュアが反撃を開始する。

 

 たった数センチ程度の傷口で怒るのか。なんとちっぽけな怒りだ…………。

 

 振り上げた剣を容易く横へと躱し、移動した動きを利用してくるりと反時計回りに回転する。回転しながら蹴りを繰り出し、ジョシュアの腹へとめり込ませた俺は、目を見開いて一気に息を吐きながら吹っ飛ばされていくジョシュアを追撃する。

 

 本気の蹴りではないが、命中したのはみぞおちだ。少しの間は呼吸が難しくなるだろう。

 

「カッ………ガァッ、あぁ…………ッ!」

 

 地面に叩き付けられ、立派な防具が泥で汚れて台無しになる。黄金の派手な装飾は地面で削れ、優美な防具を纏った金髪の騎士はまるで敗残兵のような無様な姿へと変わっていく。

 

 ああ、お前にはそっちの方がお似合いだ。

 

 戦場へと向かう勇ましい騎士よりも、無様に敗北して遁走を続ける敗残兵の方が似合ってるよ。

 

「立てよ、クソ野郎」

 

 泥だらけになって俺を見上げ、ぶるぶると震えているジョシュアに向かってそう言う。先ほどのちっぽけな怒りはもうすっかり消えてしまったらしく、ジョシュアは既にすっかり怯えているようだった。

 

 まあ、当たり前だろう。首をほんの少し傷つけられた程度の怒りが、これから殺されるかもしれないという恐怖に勝てるわけがない。その程度の怒りに負けるような恐怖を、俺はお前に与えた覚えはないぞ。

 

 一緒に吹っ飛ばされた剣を拾い上げようと、ジョシュアの手が傍らに転がっている剣へと伸びる。

 

 拾わせてやったところで、また吹っ飛ばされて手放すか、今度は腕を切断されて手放さざるを得なくなるのは明白だ。

 

 無様な貴族の男を見下ろしながら―――――――俺は無造作に、逆手持ちにしていた左手のスコップを、その腕へと向かって振り下ろす。

 

 ざくっ、とスコップの先端部が地面を貫いた。前世でも経験した感触だし、こっちの世界でも訓練で塹壕を掘る時に経験した感触だ。土に突き立てられるスコップの音。先端部が地面に突き刺さり、そのまま潜り込んでいく感触。

 

 そんな感触が2回分連なったような感じがしたけど―――――――それは狙い通りの場所に突き刺さったという事なんだろう。1回目の感触には硬い何かを貫いたような感触が混じっていたけど、それ以外は地面を掘る時と一緒だった。

 

「がっ………ああっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「…………………」

 

 右腕の肘の辺りを抑え、汗を浮かべながら絶叫するジョシュアを無表情で見下ろす。

 

 俺が振り下ろした左手のスコップは、まるでジョシュアの腕を肘の辺りで区切るかのように地面に突き立てられていた。もう二度と動くことはなくなり、傷口を押さえているジョシュアに見捨てられて寂し気に転がる彼の右腕の一部を拾い上げた俺は、激痛に耐えることで精一杯になっているジョシュアにその腕を返してやることにした。

 

「ほら、お前の腕だ」

 

「う、腕がッ! 僕の腕ぇッ…………あああああああっ、腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 無様だなぁ、クソ野郎。

 

 親父に左腕を千切られたらしいが、今度は息子に反対の腕を千切られるとは。

 

「こ、この怪物がっ…………!」

 

「怪物?」

 

「ああ、怪物だ…………お前、何なんだ!? エミリアのドッペルゲンガーか…………!? 計画用にエミリアを量産した覚えはないぞ!?」

 

 もう、殺してしまおうか。

 

 このスコップを振り上げ、そのままこのバカに向かって振り下ろすだけでいい。そうすればスコップがこいつの首に食い込み、右腕と同じように切断してしまう。さっき腕を切断した時と同じように。

 

 そうだ、殺してしまえ。

 

 殺せ。

 

 あの時と同じ感覚がした。目の前でクソ親父に暴力を振るわれている母さん。クソ親父を殺そうと思って、台所の包丁を見つめていた幼少期の俺。もう二度と感じることはないだろうと思った昔の感覚が、再び俺を侵食し始める。

 

 いっそ殺してしまえ。

 

 さあ、殺せ。

 

「――――――――死ね」

 

 右手に持っていたスコップを、ジョシュアの首に向かって思い切り振り下ろす。

 

 どうせさっきと同じ感触がするんだろうなと思いながら、スコップの刃がジョシュアの首を切断する瞬間を待っていたんだが――――――――今度は、感じた感触は一度だけだった。

 

 そう、一度だけ。腕を千切り取り、骨を切断した感触はしない。純粋に地面を抉った感触だけである。

 

「タクヤ、ジョシュアが!」

 

「………!!」

 

 俺に狙われていたジョシュアは、どうやら最後の力を振り絞って横へと転がって回避していたらしい。

 

 そして奴は――――――――先端部の欠けた魔剣へと、手を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エミリアの正体を教えられたのは、私が騎士団に入団してからだった。私はジョシュアの父であるレオンから、エミリアは人間ではなく自分の遺伝子を元に作られたホムンクルス(クローン)だと教えられた。

 

 あの時、エミリアとの思い出が全て砕け散ってしまった。今まで妹だと思って可愛がっていたあの子が、人間ではなかった。しかも名乗っている名前は、本当ならばお母様から生まれる筈だった子供の名前だった。

 

 まるでエミリアが、その赤子の役割を奪い取って生まれてきたような気がして、私はあの子を嫌うようになった。

 

 あの子は自分の正体を知らない。だから、私がどれだけ冷たくしてもずっと「姉さん」と呼び続けた。

 

 どうせあの子の心臓には魔剣の破片が埋め込まれている。せいぜい血を魔剣に吸われて、用済みになってから死ねばいいと思っていたことがあった。でも、彼女を罵倒したり、そんなことを思う度に、私はどうしても幼少の頃に一緒に遊んでいたことを思い出してしまう。

 

 計画を知っていた両親に冷たくされながら、1人で子供部屋で私の帰りを待っていたあの子の顔を思い出すと、憎たらしいという感情が消え失せてしまう。

 

 あの子が消えればいいの? それとも、あの子と姉妹として生きていけばいいの?

 

 エミリアをナバウレアまで連れ去って来るまで、ずっと考えていたわ。

 

 そろそろジョシュアの儀式が始まる。儀式が始まれば彼女の心臓から魔剣の破片は抜き取られ、エミリアは死ぬ。

 

 いいじゃないの。それで憎たらしいホムンクルス(クローン)が死ぬんだから。

 

 でも、私はあの子と姉妹として生きてきた………。ジョシュアは私よりも遥かに弱いから、ハルバードを彼に向かって振るえば簡単に殺せる。そうすれば彼女を助け出せる。

 

 どうすればいいの?

 

 彼女はホムンクルス(クローン)? それとも私の妹なの?

 

 今まで彼女が憎たらしかったからジョシュアの計画に手を貸していた。でも、儀式が始まるのが近くなってくるにつれて、私は小さい頃の思い出を次々に思い出してしまう。

 

 どうすればいいか分からない。

 

「エリスッ!」

 

「!!」

 

 私は右手を額から離すと、氷を纏ったハルバードを構えた。私の目の前には、刀と小太刀を構えた少年が立っている。

 

 彼を迎え撃たなければならない。

 

 氷漬けになったハルバードの柄を握り、先端部を力也くんに向ける。

 

 彼はエミリアをナバウレアから連れ去った少年だった。フランシスカを退けてエミリアと一緒にオルトバルカ王国まで逃げ、モリガンという傭兵ギルドを結成している。

 

 彼にとって、きっとエミリアは大切な仲間なのね。彼ならば、エミリアが人間ではなくても大切にしてくれるかもしれないわ。

 

 でも………計画のために、彼を殺さないと。

 

 彼を殺せば、あの偽物の妹とお別れできる。

 

 私は刀を構えて突進してくる少年に向かって、ハルバードの先端部を突き出した。力也くんはその先端部を小太刀で弾くと、ハルバードを受け流しながら横に回り込んで来る。

 

「エミリアが憎かったのか!?」

 

 彼が叫びながら振り上げた刀を躱し、私は後ろにジャンプして距離を取ってから再び氷のハルバードを突き出す。力也くんはその先端部を横に躱すと、前傾姿勢になりながら刀を構えて接近してきたわ。そのまま接近するつもりなのかしら?

 

 私はハルバードを回転させると、凍り付いた柄を接近してくる彼に叩き付けた。力也くんは何とか刀でガードしたみたいだけど、そのまま後ろに吹っ飛ばされてしまう。

 

「ええ、憎かったわ!」

 

「くっ………! だが、一緒に遊んでたんだろう!? エミリアの姉として、一緒に過ごして来たんだろうがッ! 家族を捨てるのか!?」

 

「黙りなさいッ! あの子は………!!」

 

 凍り付いたハルバードが放つ冷気をまき散らしながら、先端部を彼に向けて走り始める。

 

 半年しか一緒にいなかったくせに、何が分かるのよ!?

 

 私は何年も彼女と一緒にいたわ。でも、今まで妹だと思っていたのは私の遺伝子を元に作られた偽物の妹だったのよ!?

 

「じゃあ、なんであんな悲しい顔をしてたんだよ!?」

 

「!」

 

 彼に向かって突き出そうとしていたハルバードの先端が、ぴたりと止まった。

 

 悲しそうな顔ですって?

 

 何を言ってるのよ。もう少しであの偽物の妹が死ぬのよ? 

 

 そう思いながら再びハルバードを突き出そうとした瞬間、いきなりあの子と遊んでいた幼少期の光景がフラッシュバックした。玩具の入っている箱の中からお気に入りの人形を持って来る彼女と、剣術の訓練から帰ったばかりの私が笑い合っている。

 

『お姉ちゃん』

 

 幻聴が聞こえてきた瞬間、思わず私はハルバードから右手を離し、再び額を押さえてしまった。目の前で刀を構えている彼は、私を攻撃せずにそのまま私を見つめている。

 

「本当にエミリアを嫌ってるなら、あんな悲しい顔はしないだろ!? 本当はエミリアとまた一緒にいたいって思ってるんじゃないのか!?」

 

「そんなわけ…………ッ! あ、あの子はっ、私の――――」

 

「家族だろうがッ!」

 

 家族…………?

 

 額から右手を静かに離し、私を睨みつけている彼の顔を見つめる。

 

「小さい頃の思い出はあるんだろ!?」

 

「思い出…………」

 

 小さい頃は、彼女と一緒にいる時間が一番楽しかった。訓練でやったことを離し始めると、エミリアはいつも楽しそうに聞いてくれていた。そして私が話を終えると、今度はエミリアが1人で読んでいた絵本の話をしてくれる。彼女にその絵本を読んでもらったこともあった。

 

 彼女の正体を教えられて思い出は砕かれてしまったけど、まだエミリアと一緒にいた思い出はある。

 

 やっぱり、彼女は――――私の妹だった。

 

 そう、エミリアは私の大切な妹―――――――――。

 

 どうして冷たくしてしまったんだろう。あの子がホムンクルスでも、関係ないじゃない。

 

「私――――」

 

「――――エリス」

 

 私が喋ろうとした瞬間、ジョシュアの声が私の声を切り裂いた。彼の声を聴いた瞬間、足元に広がっていた巨大な魔法陣が紫色の光を放ち始める。

 

 はっとしてジョシュアの方を振り向くと、エミリアにそっくりな少年との戦いで片腕を失ったジョシュアが、魔剣を手にしながらエミリアの胸に手を近づけているところだったわ。しかもジョシュアの左手には、この足元の魔法陣と同じ模様が浮かび上がっていた。

 

「では、魔剣の破片をもらおうかぁ…………ッ!」

 

「てめえッ!」

 

「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 破片を彼女から取り出したら、エミリアが死んでしまう!

 

 私と力也くんは叫びながら走り出した。ジョシュアに魔剣を渡すわけにはいかないし、エミリアを死なせるわけにはいかない!

 

 彼女は、私の妹なんだから!

 

 必死に走りながらハルバードを突き出すけど、まだジョシュアを貫くことは出来ない。隣を絶叫しながら走る力也くんもあの飛び道具を取り出してジョシュアを狙うけど、間違いなく間に合わない。

 

 そんな。エミリアが死んでしまう。

 

 謝らないといけないのに。

 

 彼女に謝って、彼女とまた姉妹として一緒に生きたかったのに。

 

「――――姉さん」

 

 エミリアは虚ろな目で私の顔を見つめると、私の事を姉さんと呼んだ。

 

 そして、彼女の声が消えた瞬間、紫色の模様が浮き上がったジョシュアの魔剣が――――――――エミリアの胸を貫いた。

 

「―――――嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 


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