異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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若き日の母の正体

 

 轟音が響き渡った瞬間、氷の破片が舞い上がった。その氷たちはT字型のマズルブレーキから放たれたマズルフラッシュと熱気を一瞬で冷却し、現れる筈の陽炎を消し去ってしまう。

 

 しかし、熱気を冷却して勝ち誇る冷気を、すぐに次の焼夷弾の熱気が消し飛ばしてしまう。そして、また冷気が焼夷弾の熱気の残滓を冷却する。先ほどからこれの繰り返しだ。その攻撃を繰り出している主人の戦いも、この熱気と冷気の戦いのように膠着し始めていた。

 

 空になったマガジンを取り外し、サムホールストックのホルダーから焼夷弾のマガジンを取り出すと、そのマガジンを装着してから銃剣をエリスに向かって突き出す。彼女がその銃剣を受け止めた瞬間にコッキングレバーを引いて再装填(リロード)を済ませ、至近距離でそのままトリガーを引く。

 

 でも、エリスはすぐに受け止めていた銃剣を上に押し上げ、右に回り込んだ。トリガーを引いた瞬間に銃身を押し上げられてしまったため、OSV-96の銃口は空へと向けられ、炎を纏った12.7mm焼夷弾は空へと飛んで行ってしまう。

 

「くっ…………!」

 

 俺は左手でキャリングハンドルを握りながら銃剣をエリスへと向け、横から奇襲してきた彼女のハルバードを受け止めた。焼夷弾をぶっ放したばかりのアンチマテリアルライフルの銃身が、氷を纏った彼女のハルバードで冷却されていく。冷却してもらえるのはありがたいが、大事な得物を氷漬けにされるわけにはいかない。銃身を左に振り回すようにしてハルバードを逸らし、銃剣を引き戻す。

 

 おそらく、エリスは左利きだ。だから俺から見て左側に得物を逸らされると、体勢をすぐには立て直せない筈だ。その隙に攻撃できるかもしれない。

 

 彼女はラトーニウス王国が切り札にするほどの戦闘力を持つ、最強の騎士。たった1人だけでもオルトバルカ王国に対する抑止力になってしまうほどの力がある。それは大げさな肩書などではないということは、ネイリンゲンで最初に戦った時に理解している。

 

「2人とも、エリスは俺が相手をする! お前らはジョシュアの儀式を止めてくれ!」

 

「了解!」

 

 俺1人で、エリスが倒せるだろうか?

 

 ネイリンゲンで一度負けているが、彼女の攻撃の癖ならある程度は見切っている。しかし、逆に彼女も俺の攻撃の癖を見切っている筈だ。互いに相手の攻撃の癖を理解し、対策を立てる事ができる状態。これでは差を縮めたとは言えない。膠着状態がなおさら長引いただけではないか。

 

 とにかく、ジョシュアの儀式を止めてエミリアを救出する必要がある。タクヤとラウラの2人にはジョシュアを何とかしてもらおう。ただし、ジョシュアに止めを刺すのは俺だ。

 

 エリスのハルバードの先端部が地面に叩き付けられた瞬間、俺は左手をキャリングハンドルから放して腰の後ろにあるホルスターに伸ばした。そのまま水平二連ソードオフ・ショットガンのグリップを握って引き抜き、2つの銃口をエリスの頭に向ける。

 

 でも、トリガーを引こうとした瞬間、ソードオフ・ショットガンの短い銃身がいきなり左に逸らされた。そのせいでさっきの焼夷弾のように、12ゲージの散弾たちは地面に大きな風穴をいくつも開ける羽目になった。

 

 どうやらハルバードから左手を離し、俺に撃たれる前に銃身を殴りつけて逸らしたらしい。

 

「ははははっ! 彼女に勝てるわけがないだろう!?」

 

「うるせえ!」

 

 俺はエミリアの近くで儀式の準備をしているジョシュアに怒鳴り返した。あいつに向かって今すぐ散弾か12.7mm弾をぶち込んでやりたいが、そうすれば近くで縛りつけられているエミリアまで巻き添えになってしまう。それに、エリスと戦っている最中にジョシュアに狙いを定められるわけがない。

 

 スコップを手にしたタクヤと、ナイフを手にしたラウラの2人がジョシュアに襲い掛かる。ジョシュアの野郎はあっさりと儀式を中断すると、後ろに下がりながら剣を抜いて応戦を始めた。魔術においてこのような大規模な儀式は決して省略できるものではないため、中断してしまえばまた最初からやり直しになってしまう。それを中断したという事は、もう儀式は終わっているという事なんだろうか?

 

 くそ、急がなければッ!

 

 ソードオフ・ショットガンをホルスターに戻して再びアンチマテリアルライフルのキャリングハンドルを握った俺は、後ろにジャンプしながら空中でエリスに照準を合わせた。そして彼女に向かってトリガーを引き、エリスが焼夷弾を回避している隙にOSV-96の長い銃身を折り畳む。

 

 そして、腰の左側に下げている刀と小太刀を引き抜きながら着地した。

 

 右手に持っているのはアンチマテリアルソード改だ。レリエルとの戦いで破壊されたアンチマテリアルソードの改良型で、ライフルのような形状から刀のような形状に変化している。12.7mm弾を1発だけ装填する事が可能な変わった刀で、トリガーを引くと薬室の内部で12.7mm弾が爆発するようになっている。その爆風を刀身の峰の部分にあるスリットから噴射することによって、アンチマテリアルライフル並みの運動エネルギーで敵を斬りつけることが可能になっていた。

 

 レバーアクション式のライフルのループレバーのような部品が装着された柄を握った俺は、小太刀を逆手に持ちながらエリスに向かって突撃する。左手の小太刀にはワイヤーがついていて、そのワイヤーは鞘に装着されているリールに繋がっている。だからこの小太刀は投擲するだけでなく、移動するのにも使えるようになっている。

 

「接近戦を挑むつもり!?」

 

「ああ!」

 

 エリスはこの刀に搭載されている機能を知らない。きっと変わった部品の付いた刀だと思っている筈だ。

 

 氷を纏ったハルバードの先端部を俺に向けて突き出してくるエリス。俺は左手の小太刀で先端部を受け流しながら左側に回り込み、右手の刀を右下から左上に振り上げる。

 

 いきなりトリガーを引くわけにはいかない。エリスは俺の早撃ちを見切るほどの強敵なんだから、いきなり繰り出したら見切られてしまうだろう。だから見切られずに攻撃を叩き込むには、何度か攻撃して普通の刀だと思い込ませなければならない。

 

 振り上げた刀身を躱したエリスはハルバードを一旦引き戻し、後ろにジャンプしながら俺に切っ先を突き出して来た。また小太刀で弾き返したけど、エリスはすぐに弾かれた先端部を引き戻し、また俺に向かって突き出してくる。

 

 エミリア以上のスピードだった。片手の小太刀だけでは受け止めきれない!

 

「うおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 右手の刀も使って、俺は彼女の連続攻撃をひたすら弾き続けた。刀とハルバードが衝突する度に火花と氷の破片が舞い上がり、すぐに消えて行く。

 

 小太刀で受け止めた瞬間にすぐに引き戻して突き出してくるため、弾いた直後に反撃する事が出来ない。

 

 どうやらエリスは、このままジョシュアが儀式を終えるまで消耗戦に持ち込んで時間を稼ぐつもりらしい。出来れば付き合いたくない戦いだが、リタイアすれば彼女のハルバードに串刺しにされてしまう。

 

「いいぞ、エリス!」

 

「くそ…………!」

 

 彼女の攻撃を弾きながら、俺はちらりと自分の得物の様子を確認した。刀と小太刀の漆黒の刀身は彼女の氷で凍り付き始めていて、段々と重くなってきている。

 

 拙いぞ。いつまでも2本の刀を振るっていられるわけがないし、段々と氷が増えて行くから重量も増えていく。このままでは彼女の連続攻撃に追いつけなくなってしまうだろう。

 

 ここで使うしかないみたいだ。

 

 俺は彼女のハルバードを左手の小太刀で受け止めてから、右手の刀で弾き返す筈だったハルバードを右足で左上に蹴り上げた。蹴りを叩き込んだ右足のブーツが凍り付く前に足を戻すと、目を見開きながらすぐにハルバードでガードの準備をしているエリスに向かって、トリガーを引きながら右手の刀を振り払った。

 

 右手の刀の中から、アンチマテリアルライフルのような凄まじい銃声が轟いた。薬室の中の12.7mm弾が絶叫を発した直後、峰の部分のスリットから真っ赤な爆風が噴出し、刀が早くエリスを斬りたいと言わんばかりに俺の右手を引っ張り始める。

 

 俺のこの刀は、普通の刀ではない。一見すると奇妙な部品がついた日本刀に見えるかもしれないが、こいつにはアンチマテリアルライフル用の弾薬を使ったギミックが内蔵されている。

 

 柄の中に搭載した薬室に12.7mm弾を装填し、内部でそれを炸裂させ、その爆風を刀身の峰にあるスリットから噴射することで、剣戟を加速させてアンチマテリアルライフル並みの運動エネルギーで敵を斬りつけることが可能になるのだ。その機能を使ったらボルトアクションライフルのようにボルトハンドルを引き、弾丸を装填する必要があるが、この斬撃を受け止められる魔物は存在しないだろう。ゴーレムの外殻ですら一刀両断にしてしまうほどの斬撃なのだから。

 

 消耗戦からリタイアするついでに、エリスを倒す!

 

「喰らえ、エリスッ!!」

 

 しかし、再び冷気が熱気を冷却し始めた。

 

 炎を噴出しながら振り払われた刀を、氷で覆われたハルバードの柄が受け止めたんだ。弾丸が跳弾するような大きな音が響き渡り、ハルバードから剥離した氷が熱気と共に舞い散った。

 

 受け止めたのか!?

 

 彼女は何とかハルバードで俺の攻撃を受け止めたけど、アンチマテリアルライフル並みの運動エネルギーを叩き込まれたエリスは、そのまま体勢を崩して吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられてしまう。

 

「きゃっ…………!!」

 

 今すぐに追撃すれば、彼女に止めを刺せる。

 

 彼女に飛び掛かって刀を突き立ててやろうと思ったけど、早くエミリアを助け出さなければ儀式が始まってしまう。ジョシュアはタクヤとラウラの2人と戦っているが、先ほど儀式をあっさりと中断したという事は、もう既にいつでも準備していた魔術を発動させられる状態にあるという事なんだろう。俺は踵を返すと、エリスが立ち上がる前にエミリアに向かって走り出した。

 

「エミリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「くっ…………! おい、エリス! 何やってんだよ!? さっさとその余所者を殺せ!」

 

 縛り付けられているエミリアの近くで、タクヤが振り払ったスコップが顔面を掠めたことに驚きながらジョシュアが叫んだ。

 

 今の俺のレベルならば、ジョシュアを一瞬で殺せるだろう。初めて戦った時よりもレベルやステータスが上がっているし、他の転生者やレリエルとの戦いも経験しているから、技術も上がっている筈だ。何度も死にかけながら戦ってきた俺に、権力しかない貴族の奴が勝てるわけがない。

 

 ジョシュアが慌ててこちらを振り向いた。俺も手こずるほどの実力を持つタクヤとラウラの姉弟に戦っている上に俺まで参戦したのだから、これで3対1。俺は情けない彼を睨みつけ、刀を振り上げながら突っ走る。

 

 だが、いきなり左から冷気を引き連れて突き抜けてきた氷の塊に邪魔をされ、俺は立ち止まる羽目になった。

 

「エリス…………!」

 

「い、いいぞ、エリス!」

 

 刀のキャリングハンドルを掴んで12.7mm弾を装填しながら、俺は氷の塊を放ったエリスを睨みつけた。彼女は地面に身体を叩き付けられただけらしく、あまりダメージはなかったようだ。

 

「お前、なんで邪魔をする!? 自分の妹が儀式に使われそうになってるんだぞ!?」

 

 何のための儀式なのかはまだ分からないが、この儀式にはエミリアが必要らしい。自分の妹が儀式に使われようとしているのに、エリスは何故止めようとしないのか?

 

 俺にも弟がいる。だが、俺はもし信也が何かの儀式に使われそうになったら、兄として止めようとするだろう。間違いなくエリスのように、ジョシュアに手を貸したりしない。

 

 苛立った俺は、彼女を睨みつけながら問い掛けた。彼女はエミリアに姉と呼ばれるのを嫌っていた筈なんだけど、何故か俺がエミリアを自分の妹と言ったのに嫌う様子がない。悲しそうな顔をしながら歯を食いしばり、縛り付けられているエミリアを見つめている。

 

「ハッハッハッハッ。余所者、教えてやろうか?」

 

「なに?」

 

「エミリアも知らないだろう? この儀式で何が始まるのか…………」

 

「くっ…………!」

 

 呼吸を整え、エミリアの頬を無理矢理撫でながら言ったジョシュアは、柱の近くに立てかけてあった1本の剣を拾い上げた。

 

 俺たちが使っている剣のように、真っ黒な刀身の剣だった。チンクエディアの刀身を伸ばしたような形状の剣で、バスタードソードくらいの大きさだ。でもその剣の切っ先は欠けており、全体的にボロボロだ。剣として機能するようには思えない。

 

 かなり古い剣なのかもしれない。先端部が欠けた剣を手入れせずに放置したような剣だ。

 

「その剣は何だ…………!?」

 

「ハハハハッ。――――余所者、レリエル・クロフォードを封印した大天使の話は知っているか?」

 

 大昔に世界を支配していた伝説の吸血鬼を倒し、封印した大天使の話なんだろう。以前にフィオナが寝る前に教えてくれた話だ。

 

 レリエルは神々から2本の剣を与えられた大天使に、剣で心臓を貫かれて封印された。だがその心臓を貫いた剣は吸血鬼の血で汚れ、全てを切り裂いてしまう魔剣へと変貌してしまった。神々や大天使たちはその魔剣を破壊し、レリエルが封印された場所から離れた地に封印したという。

 

「魔剣に成り果てた剣は破壊されて封印された。…………その魔剣は、これだよ」

 

「何だと…………!?」

 

 ジョシュアはニヤニヤと笑いながら、切っ先が欠けた真っ黒な剣を掲げた。あんな剣が魔剣だというのか!?

 

 縛り付けられているエミリアも魔剣を見て驚いているようだ。ジョシュアは笑いながらエミリアにその魔剣を見せつけると、真っ黒な刀身を左手で撫で始める。

 

 あんな手入れせずに放置したような古い剣が魔剣なのか?

 

「考古学者たちを何人も雇って破壊された魔剣の破片が封印された場所を探させたよ。ダンジョンの中にあったから、何人も騎士や考古学者が死んだ。…………でも、僕は魔剣を手に入れる事が出来たんだ」

 

「先端部が欠けてるみたいだな。どうした? なくしたのか?」

 

 ジョシュアを睨みつけながら挑発すると、奴は笑うのを止めてから俺を睨みつけた。でも、すぐに手元の魔剣を見下ろしてまたニヤニヤ笑い始めると、また手を縛り付けられているエミリアに近づけていく。

 

「――――――――いや、破片は戻って来た」

 

「―――――――どういうことだ?」

 

 すると、ジョシュアはいきなりエミリアが胸に装着していた防具を外し始めた。レベッカがエミリアのために作ってくれた漆黒の胸当てを取り外したジョシュアは、エミリアの左の胸を指差すと、楽しそうに笑いながら俺の方を振り向いた。

 

「―――――ここにあるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レリエル・クロフォードと魔剣の物語は、この世界でおそらくもっともポピュラーなおとぎ話の1つだ。この世界の子供たちならば必ず小さい頃に母親や父親に絵本を読んでもらったり、その話を聞かせてもらえるほど有名な物語なのだという。

 

 かつて、この世界は一度だけ吸血鬼によって支配されてしまった時期があった。サキュバスたちがステラを残して絶滅してからすぐに、今度はサキュバスたちと戦った吸血鬼たちが勢力を伸ばし始め、最強の吸血鬼であるレリエル・クロフォードを筆頭に人類を虐げ始めたのである。

 

 彼らの快進撃を誰も止める事が出来ず、あらゆる大国は次々と陥落。人類の残存部隊が最後の戦いを挑んだザウンバルク平原の戦いが、人間たちの惨敗で終わってからは、吸血鬼たちが人類を支配していたのである。

 

 それを終わらせるために、神々が作り上げた2本の剣を手にした大天使が地上へと降り立ち、レリエル・クロフォードに戦いを挑んだという。

 

 両者の戦いはまさに激戦だったというが、隙をついた大天使がレリエルの心臓に片方の剣を突き刺すことで決着がついた。しかし、神々の作り上げた伝説の剣でもレリエルを殺すことは出来ず、結局大天使は瀕死のレリエルを永遠に封印するという苦肉の策で吸血鬼の支配を終わらせることになる。

 

 しかし、その心臓を貫いた魔剣は吸血鬼の血で完全に汚染されてしまい、神々の加護であらゆる敵を薙ぎ倒す伝説の剣は、全てを切り裂いてしまう恐ろしい魔剣へと変貌してしまう。人間たちがそれを悪用することを恐れた神々は、大天使に魔剣を破壊させ、その破片を世界中に封印してしまったのだという。

 

 汚染によって魔剣になることを免れたもう片方の剣は、大天使を吸血鬼から守り抜いた『聖剣』として聖地に保管されているが、魔剣の方は完全に破壊された上に封印されているため、俺たちの時代でも所在は不明とされている。

 

 そのおとぎ話を小さな頃から聞き、それを題材にした絵本やマンガを見て育った俺たちからすれば、その魔剣の破片が1つでも存在することでも信じられないというのに、その破片を繋ぎ合わせた魔剣が存在するというのは考えられない事だった。

 

 確かに、ジョシュアの野郎が取り出した剣は普通の剣とは違う。騎士たちが持っているような古めかしいロングソードではなく、更に昔の剣のように思える。形状はチンクエディアをロングソードやバスタードソードのようなサイズに大型化し、漆黒に染めたかのような禍々しい剣だ。しかし先端部は欠けており、刃の部分も刃こぼれが酷いため、あのままでは剣として機能することはないだろう。

 

 そしてジョシュアが言った最後の魔剣の在処は―――――――――若き日の母さんの、胸だった。

 

「―――――――――どういうことだ…………?」

 

 魔剣の破片が、母さんの胸にあるだと? 

 

 俺はジョシュアを睨みつけてから、ちらりと左にいるエリスさんを睨みつける。エリスさんは魔剣の破片の在処を知っていたらしく、悲しい顔をしながら俯いていた。

 

「そ、そんなわけがないだろう…………!? 何を言っているんだ…………?」

 

「先端部の破片は君の中にあるんだよ、エミリア」

 

 先端部が欠けた魔剣を眺めていたジョシュアは、左手で母さんの胸を指差した。そのまま指を彼女に近づけると、心臓の辺りに触れる。

 

「この魔剣の先端部は…………君の心臓に埋め込まれているんだ」

 

「馬鹿な…………! 魔剣が心臓の中にあるって事か!?」

 

 どういうことなんだ!? 魔剣の最後の破片が母さんの心臓の中にあるだと!?

 

 ちょっと待て。ネイリンゲン侵攻の話や、エリスさんが最初は敵だったという話は何度も聞いたことがあるが、こんなことは聞いたことがないぞ!? 母さんの心臓の中に魔剣の破片が封印されていたということなのか…………!?

 

 ジョシュアは驚愕する俺たちの顔を見て笑うと、母さんの胸から手を離した。そして腰の鞘に入っている自分の剣を投げ捨てると、代わりに鞘の中に切っ先が欠けた魔剣を収め、両手を広げる。

 

「その通り。―――――――――魔剣の切っ先は、レリエルの心臓を一番最初に貫いた部分だ。だから吸血鬼の血による汚染が一番酷くてね。そのままくっつけても、既に汚染されている他の部位を侵食してしまって復活できなかったんだよ。…………魔剣を復活させるには、その切っ先に血を吸わせ、ある程度汚染を緩和させる必要があったんだ」

 

「なんだと…………?」

 

「だから、君が余所者に連れ去られた時はひやひやしたよ。魔剣の破片が連れ去られたんだからねぇ…………クククッ」

 

 魔剣の破片が連れ去られた…………? ふざけんな………母さんはてめえの許嫁だったんだろうがッ!

 

 ジョシュアの言葉にキレた俺は、握っていたスコップを今すぐにあいつに放り投げ、あのニヤニヤしているクソ野郎の顔面を叩き割りたくなった。親父には止めを刺させると約束したが、その約束を守るのは難しいかもしれない。

 

 こんなクソ野郎を見たのは旅に出てから初めてだ。嫌われていたとはいえ、愛していた許嫁が連れ去られて焦るのならば芯が通っていると言える。それならば同情してやっても良かった。だが、こいつは母さんが連れ去られた時に、母さんが連れ去られたから心配したのではなくて、母さんの心臓の中の魔剣が持ち出され、計画が頓挫することを恐れていたと堂々と言いやがったんだ! 

 

「おっと、そっくりさん。スコップを投げたらエミリアに当たるかもよ? いいの?」

 

「クソ野郎が…………! 自分の許婚じゃねえのかよ!?」

 

「こいつが? ハハハハハッ!! 魔剣に血を吸わせるための女が俺の許婚だって!?」

 

「くっ…………! タクヤ、もう殺しちゃおうよ…………ッ!!」

 

 ジョシュアの本音を耳にして、ついにラウラも堪忍袋の緒が切れたようだ。激怒のあまり食いしばった彼女の歯は、いつの間にかドラゴンのような鋭い牙に変異を始めているし、手足や頬などの部位が勝手に硬化を始めている。

 

 キメラの硬化は血液の比率の変化で行う仕組みになっているけど、このように激昂したりすると勝手に比率が変化してしまう事があるという。

 

 スコップを手にした俺もラウラと共にジョシュアに飛び掛かろうとしていると、激昂する俺たちを嘲笑ったジョシュアは、もう一度母さんの顔を見上げながら嘲笑した。

 

「ありえないよ。こいつは人間じゃないし」

 

「…………え?」

 

 親父と母さんが目を見開き、ジョシュアの顔を見つめている。

 

 どういうことだ? 母さんが人間じゃない…………?

 

 その言葉を聞いた瞬間、怒りがいきなり消え失せた。俺はジョシュアの顔を睨みつけるのを止め、母さんの顔を見つめる。

 

 彼女は人間だ。速河力也が結婚することになるエミリア・ペンドルトンは、ラトーニウス王国で育ったごく普通の人間の筈だ。人間じゃなくなったのは俺たちの親父で、母さんやエリスさんは最初から人間だった。そうだ、母さんは――――――――人間だ。当たり前じゃないか。俺たちはキメラと人間の間に生まれたんだから。

 

「―――――――――やめなさい、ジョシュア」

 

 呆然としていると、後ろからエリスさんの声が聞こえた。彼女はジョシュアを睨みつけながら、彼に向かって氷のハルバードを向けている。俺たちよりも強い彼女に得物を向けられているというのに、母さんの頬を撫で続けているジョシュアはまだニヤニヤ笑ったままだった。

 

「なんでだよ。君が彼女を嫌い始めた理由だろ?」

 

「言わないで、ジョシュア…………!」

 

 まさか、エリスさんも知っているのか?

 

 俺はゆっくりとエリスさんの方を見た。彼女はちらりと親父を見ると、さっきのように悲しい顔をしてから再びジョシュアを睨みつける。

 

 だが、ジョシュアは言うつもりのようだった。ニヤニヤと笑いながら母さんから手を離すと、親父や激昂する俺たちの顔を見ながら言った。

 

「エミリアは―――――そこにいるエリスの遺伝子を元に作られたホムンクルス(クローン)なんだよ!」

 

「!?」

 

「なっ…………!?」

 

 エミリアがホムンクルス(クローン)だった………?

 

 そんな馬鹿な。彼女は人間だ。エリスさんの妹で、親父たちのギルドの仲間だ。エリスさんの遺伝子を元に作られたホムンクルス(クローン)じゃない。親父と一緒に旅をした仲間で、俺たちの母親になる女なんだ…………!

 

「魔剣に血を吸わせたら、破片を取り出す際に埋め込まれた人間は死ぬ羽目になる。だから長女であるエリスに埋め込むわけにはいかなかった。エリスは魔術の素質があったし、議会が欲しがってたからね。だから僕の父上やエリスの父は、次女として生まれてくる子に魔剣の切っ先を埋め込んで血を吸わせることにしたんだ」

 

 相変わらずニヤニヤと笑いながら話を始めるジョシュア。今すぐスコップでぶち殺してやりたいと思っていた筈なのに、母さんが人間ではなかったという衝撃がその殺意をどこかへと消してしまったようだ。

 

 母さんが人間ではなくホムンクルスということは…………俺は、キメラとホムンクルスの息子…………?

 

 人間とキメラの子供じゃなくて、ホムンクルスとキメラの子供だったのか………?

 

「………嘘だ」

 

「た、タクヤ………!」

 

「でも、ペンドルトン家に生まれる筈だった次女は母親の胎内で死んでしまった。魔剣の切っ先に血を吸わせるための道具が死んじゃったんだ。でも、エリスに埋め込むわけにはいかない。だから僕の父上とエリスの父は、エリスの遺伝子を元にホムンクルス(クローン)を生み出し、そのホムンクルス(クローン)に破片を埋め込むことにした。………しかもそのホムンクルス(クローン)に付けたエミリアという名前は、生れて来る筈だった次女に付ける予定だった名前なんだ。―――――――騎士団に入団して僕の父上から計画を聞いたエリスはびっくりしてたよ。小さい頃から一緒に遊んでいた最愛の妹が自分の遺伝子を元に作られたホムンクルス(クローン)だった上に、本当の妹に付けられる筈だった名前を名乗ってるんだからさぁ!」

 

 ジョシュアは笑いながら言うと、柱に縛り付けられたまま呆然としている母さんの頬をまた撫で始めた。

 

「エミリア、聞いてたかい? 大好きなお姉ちゃんが冷たくなった理由だよぉ?」

 

「そんな…………! ね、姉さん…………!」

 

「…………!」

 

「ジョシュアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

「おっと、もう儀式を始めないとねぇ。エリス、時間を稼いでくれるかな?」

 

 ふざけやがって…………!

 

「――――――――殺してやる」

 

 このクソ野郎を殺してやる。

 

 スコップで叩き殺すのも良いし、銃で蜂の巣にするのも捨て難い。焼夷弾で焼き殺すのも素晴らしい。とにかく、この男を殺したい。俺たちの時代では既に死んでいる男ならば、ここで俺が路しても問題ない筈だ。

 

 ああ、殺したい。惨殺したい。

 

 いきなり吹いてきた風のせいで、目深にかぶっていたフードが後頭部の方へと下がっていく。縛り付けられている母さんにそっくりな蒼い髪があらわになり、その中からすでに伸びていたキメラの角が――――――――21年前の世界の中へと晒される。

 

「角…………!?」

 

 俺の頭を見た親父が、目を見開きながらそう言った。俺が転生者の息子だという話は親父たちに話したが、変異を起こしてキメラになった男の子供だという話はしていない。

 

「な、何だその角は………!? に、にっ、人間じゃ………ないのか………!?」

 

「ああ、俺たちは―――――――人間じゃない」

 

 ――――――――化け物だよ、俺たちは。

 

 お前みたいなクソ野郎を狩るためにさまよう、化け物だ。

 

 ほら、怖がれよ。人間はいつでも化け物を恐れるものだろう?

 

 人間では倒すことができないからこそ、俺たちは化け物と呼ばれるんだ――――――――。

 

 今からお前を殺してやる。このスコップで切り刻んで、てめえの墓穴を掘ってやる。

 

 スコップの柄を思い切り握った俺は、頭に生えている角を見上げながら狼狽するジョシュアを睨みつけながら――――――――宣言した。

 

「クソ野郎は――――――――――狩る」

 

 

 

 

 


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