異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

188 / 534
ナバウレアに突入するとこうなる

 

「ゲイボルグ、躱されました!」

 

「どこを狙ってるんだ! さっさとチャージしてもう一発叩き込め!」

 

 僕はゲイボルグが外れたと報告してきた騎士を怒鳴りつけると、腕を組みながら爆炎が吹き上がる森の方を睨みつけた。

 

 おそらく、攻め込んで来ているのはあの余所者が率いるモリガンとかいう傭兵ギルドだろう。目的は間違いなくエミリアの救出だ。彼女がここにいるということを知っているということは、余所者はクガルプール要塞を脱出したということなんだろう。

 

 まったく。クガルプール要塞の無能どもは何をやっているんだ。装備を取り上げて丸腰になっている上に拷問で重傷を負っている少年を取り逃がすとは。

 

 しかも、伝令も音信不通になっている。運悪く魔物に襲われて食い殺されたのならば、それは本当に運がなかったとしか言いようがない。騎士団を派遣して念入りに掃討作戦を繰り返しても、魔物たちは地下から染み出す水のように姿を現すからだ。だから「騎士団が掃討した後の場所なのに、魔物が現れて襲われた」という商人たちの批判は少なくはない。

 

「ゲイボルグ、再度チャージ開始。フルパワーまであと30秒」

 

「魔力、加圧開始」

 

 魔法陣を操作している騎士たちが僕に報告する。僕は燃え上がる森ではなく、再び紅い光を纏い始めた6本の柱をちらりと見た。

 

 あのゲイボルグは、100年前にオルトバルカ王国の魔術師が提唱した遠距離攻撃用の魔術を再現したものだ。魔力を放出するための魔法陣と、その魔力を加圧して抑え込むための6本の柱で構成される兵器で、魔法陣から放出された魔力は周囲の柱によって魔法陣の中心に束縛され、加圧され続ける。限界まで加圧したら攻撃したい方向の柱に加圧を止めさせれば、その加圧が止まった柱の方向から圧縮された魔力が放出され、遠距離の敵を破壊するという仕組みになっている。

 

 例えるならば、小さな袋に限界まで水を入れ続け、穴をあけるようなものだ。命中精度はあまり高くないけれど、射程距離は4kmもある。弓矢や魔術よりも射程距離が長いんだ。

 

「ゲイボルグ、フルパワー!」

 

「目標、モリガン!」

 

「加圧停止準備、完了!」

 

 モリガンの奴らはまだナバウレアに向かって前進している。また回避するつもりか?

 

 僕はニヤリと笑いながら剣を掲げ、モリガンの奴らに向かって振り下ろそうとした。ゲイボルグの発射を担当する騎士たちが、発射用の魔法陣に指を近づけて僕の方を見ている。

 

 その時だった。接近しているモリガンの奴らの兵器の先端部がいきなり煌めき、轟音が聞こえてきたんだ。

 

 何か魔術でも放ったのかと思ったが、敵との距離は普通の魔術が届く距離を遥かに超えている。どうせ追い詰められた魔物が我武者羅(がむしゃら)に暴れているかのような悪あがきなのだろう、と思た次の瞬間、いきなりゲイボルグに流し込まれていた魔力の塊を押さえつけていた柱が一気に2本も砕け散った。まるで高速で飛んできた何かに突き崩されてしまったかのように、紅い光を放っていたゲイボルグの柱が破片と土煙を吹き上げながら倒壊していく。

 

 魔力を押さえつけていた柱が倒壊してしまったせいで、加圧されて束縛されていた魔力たちが逃げ場を得てしまった。防壁の上で魔法陣を操作していた騎士たちが慌てて魔力を何とか別の柱に抑え込ませようとするけど、既に発射する直前だった魔力たちを抑え込むことは不可能だった。倒壊した柱の上から加圧されていた魔力が流れ出し、草原を抉り始める。

 

 その流れ出した魔力たちは外側から柱に襲い掛かり、次々にその柱を倒壊させていった。その柱が倒壊したせいで更に魔力が流れ出し、ゲイボルグがあった場所は真っ赤な光に包み込まれてから大爆発を引き起こしてしまう。

 

「げ、ゲイボルグ、消滅………!」

 

「ば、馬鹿な………! ゲイボルグの射程距離と同じくらいの距離から撃ち返して来ただと………!?」

 

「くそ………! 守備隊、戦闘準備! 急げ!」

 

 あの兵器はなんだ!? ゲイボルグと射程距離が同じなのか!? しかも、あんな距離から正確にゲイボルグの柱に攻撃を命中させただと!?

 

 敵は強力な兵器を持っている上に、優秀な射手までいるらしい。

 

「………エリス、来い」

 

「………」

 

 僕は後ろでゲイボルグが崩壊するのを見ていたエリスに言うと、踵を返してエミリアの所に行く事にした。そろそろ儀式を始めなければ、エミリアがモリガンの連中に連れ戻されてしまう。

 

 エリスはここで守備隊の連中と一緒に出撃させるのではなく、僕の近くに待機させて、駐屯地に突入してきた奴らを迎撃させたほうがいいだろう。所詮守備隊の連中は計画のための捨て駒だ。もしここでエリスと僕以外の騎士が全滅したとしても、僕の権力があれば他の駐屯地や要塞からすぐに騎士たちを補充する事が可能だ。僕のような貴族はなかなか後釜を探す事ができないが、貧しい平民出身の兵士ならばいくらでも後釜がいる。外に出れば必ず雑草を目にするかのような頻度で彼らを目にする事ができるのだ。

 

 さすがにエリスのような優秀な騎士を補充することは出来ないから、彼女だけは温存しておかないとな。それに、彼女は僕の計画を知っている人物だ。もしこの計画が頓挫したら、少なくとも議会にこの計画が露見しないように口封じをしなければならない。

 

「………なんで悲しい顔をしている?」

 

「………何でもないわ」

 

 僕は悲しい顔をしながら柱に縛り付けられているエミリアを見つめているエリスに言うと、防壁の階段を駆け下り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲイボルグの柱に命中!」

 

「すげえ! 1発であんな柱に命中させやがった!」

 

 カレンさんの放った徹甲弾は、3kmも先にあるゲイボルグの柱に命中したようだった。更に柱を貫通した徹甲弾は中心に浮遊していた魔力の塊の下をすり抜け、反対側の柱まで貫いて倒壊させてしまったらしい。

 

 すると、柱たちに取り囲まれていた紅い魔力の塊が膨張を始めた。球体のような形状で浮遊していた魔力の塊が崩れ出し、倒壊した柱のあった場所から外へと流れ出し始める。そして紅い魔力の塊に飲み込まれてしまったゲイボルグは、大爆発して崩壊を始めてしまった。

 

「やったわ!」

 

(さすがカレンさん!)

 

 僕も彼女の砲撃の技術を称賛しようと思ったけど、崩壊していくゲイボルグの向こうにあった防壁の門が開き、その向こうから騎兵や大きな盾と槍を持った騎士たちが出撃してきたのを見て、すぐに座席の近くにあるコンソールを操作する羽目になった。

 

 アクティブ防御システムを20mm速射砲から20mmエアバースト・グレネード弾へ切り替え、Sマインも準備しておく。飛竜は見当たらないから、今回は対人戦闘だけで問題ない筈だ。

 

「キャニスター弾、装填!」

 

「了解! キャニスター弾!」

 

 先陣を切るのは間違いなく騎兵だ。榴弾で薙ぎ倒すよりも、無数の散弾をばら撒くキャニスター弾で薙ぎ払った方がいいだろう。兄さんのための突破口も開く事が出来る筈だ。

 

「敵、12時方向から騎兵! 数は………30! 隊列の中央を狙ってください!」

 

「ヤヴォール!」

 

「みんな、準備は!?」

 

『いつでもいいぜ』

 

 無線機から突入準備を終えた兄さんの声が聞こえてくる。

 

「最初にキャニスター弾で敵を薙ぎ払うから、そしたら突入して!」

 

『了解だ。カレン、頼むぞ!』

 

「任せなさい!」

 

 ギュンターさんが装填用のハッチにキャニスター弾を押し込む。カレンさんは照準器を覗き込むと、前方から槍を構えて接近して来る騎兵たちに照準を合わせる。

 

 接近されてもレオパルトに搭載されているMG3やターレットで対応できるし、Sマインも装備している。それに、敵にはレオパルトの装甲を貫通させられるような武器はもうない。

 

撃て(ファイア)ッ!!」

 

「発射(ファイア)!!」

 

 僕の号令を復唱しながら、カレンさんが砲弾の発射スイッチを押した。

 

 砲声が轟き、強烈な火薬の臭いがレオパルトの車内を包み込む。排出された巨大な薬莢が床に落下する音を聞きながら、僕はモニターを覗き込んだ。

 

 120mm滑腔砲から飛び出したキャニスター弾が空中分解し、突撃して来る騎兵隊の眼前に無数の小さな散弾の群れを放り込む。彼らの防具を貫通してしまうほどの威力がある無数の散弾の群れの中に飛び込む羽目になった騎兵隊は、もう蹂躙されるしかなかった。

 

 馬たちの肉体が次々に砕け散り、乗っていた騎士たちの肉体も小さな散弾たちが簡単に食い破っていく。騎兵隊の隊列の中央で血飛沫と肉片が吹き上がり、砲声の残響の中で絶叫が響き渡った。

 

 しかも今のキャニスター弾の砲撃で騎兵隊の隊長が戦死したらしい。体勢を立て直すために引き返そうとする者やそのまま突撃を続行しようとする者のせいで、騎兵隊の隊列がバラバラになっていく。

 

「今だ!」

 

『おう! 頼んだぜ!』

 

 そして、そのバラバラになった騎兵隊の隊列の中に、黒いオーバーコートを身に纏った兄さんが突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火薬の臭いと血の臭いは、もう俺たちにとっては嗅ぎ慣れた身近な臭いだった。

 

 戦場や狩場で、俺たちは何度もこの臭いを嗅いで育った。壁の外での魔物との戦いや、森の中で動物へとボルトアクションライフルを向けた狩りの最中。前世の世界の人々が生み出した兵器の発する臭いが、俺たちを兵士へと〝最適化”させていく。

 

 AN-94を2点バーストに切り替えた俺は、ラウラと目を合わせてからレオパルト2A6の上から飛び降りた。戦車の砲撃で支援してもらいながら、今から俺とラウラと若き日の親父の3人はナバウレアへと突入しなければならない。

 

 全力疾走しながらタンジェントサイトを覗き込む。照準器の向こうに見えるのは、既に先ほどのキャニスター弾の砲撃を受けて総崩れになりつつある騎兵隊だった。相手は熟練の騎士たちだというのに、その割にはやけに統制が取れていないように見える。見たこともない兵器の破壊力を目の当たりにして驚愕しているのだとしても、その後に突撃してきたたった3人の傭兵を目にして百戦錬磨の騎士が慌てふためく筈がない。

 

 これではただの烏合の衆だ。満足に訓練を経験したわけではない新兵に装備を一式身に着けさせ、そのまま戦場に放り込んだ状態と変わらない。

 

 その醜態の原因は、どうやら指揮官の戦死であるようだった。

 

 先ほどカレンさんが放った120mm滑腔砲のキャニスター弾による一撃で、運悪く指揮官が小型の鉄球の餌食となってしまったらしい。

 

 またしても砲声が轟いた直後、いきなり目の前の騎兵隊の隊列が吹き飛んだ。土と肉片が舞い上がり、爆炎が草原を焼き尽くしていく。

 

 どうやらレオパルトが榴弾で総崩れになった騎兵隊に止めを刺したらしい。2点バースト射撃で薙ぎ倒そうとしていた敵をカレンさんに横取りされた俺は、ニヤリと笑いながら目の前の黒煙の中に突っ込んでいった。

 

 バラバラになった死体や防具の破片を踏みつけながら黒煙を突き破り、ナバウレアの防壁に向かって突撃していく。

 

 次に目の前に現れたのは、いきなり先陣を切る筈だった騎兵隊が全滅したのを目の当たりにして慌てふためいている騎士たちの隊列だった。

 

「も、モリガンの傭兵だ! 突っ込んで来るぞ!」

 

「落ち着け! たった3人だけだ!!」

 

 悲鳴を上げる騎士を指揮官が叱責するけど、その指揮官も怯えているようだった。どうやらモリガンのこの黒い制服はかなり有名らしいな。

 

 俺は今度こそタンジェントサイトの照準を騎士たちに合わせた。狙う目標は、狼狽した騎士を叱責していた指揮官と思われる男だ。俺の目的は母さんを救出することだから、この騎士たちを相手にしているわけにはいかない。だから、指揮官を倒してさっきの騎兵隊のように混乱させてから突破する。そうすれば、信也叔父さんたちも簡単にこいつらを殲滅する事が出来る筈だ。

 

 指揮官はまだ部下を叱責して何とか戦わせようとしているようだったけど、すぐにその怒声はアサルトライフルの銃声に砕かれることになった。俺が撃った数発の7.62mm弾に肉体を食い破られ、指揮官が血を吐きながら崩れ落ちる。

 

 立て続けに、今度は隣を走っていたラウラがフルオート射撃を開始した。今までは銃身の短いライフルを2丁装備している事が多かったラウラがアサルトライフルを持っている姿は、何だか違和感を感じてしまう。

 

 本当にフルオート射撃なのかと言いたくなるほどの凄まじい命中精度で、ラウラの7.62mm弾が続けざまに騎士たちの肉体を鎧もろとも食い破る。大口径の弾丸が防具に着弾した時点で、もう彼らの身体に風穴が開くのは決まっているようなものだった。あっさりと防具が突き破られ、まだ人間の肉体をズタズタにできるほどの運動エネルギーを温存している弾丸が脇腹や胸板を突き破り、まるで自分の威力を誇示するかのように胸骨や内臓を粉砕していく。

 

 それほどの火力の攻撃が、フルオートで叩き込まれるのである。1発や2発で済んだ騎士は幸運かもしれないが、哀れにもそれ以上の弾丸を喰らう羽目になった騎士たちはまさに悲惨であった。手足や上顎が砕け散り、人間に近い姿をした肉塊となってしまった彼らは、生き残っている仲間たちに恐怖を染み込ませていくしかない。

 

「ひぃっ!」

 

「く、来るぞぉっ!!」

 

 まだ戦うつもりか。

 

 俺は左手をグレネードランチャーのグリップへと伸ばし、照準を騎士たちの隊列へと合わせた。さっきの騎兵隊みたいにバラバラになってくれればそのまま突破するつもりだったんだが、まだ戦うつもりならば強引に突破していくわけにはいかない。

 

 騎士たちが何人か雄叫びを上げながら俺に向かって突っ込んで来る。大型の盾を持っているようだけど、40mmグレネード弾ならば関係なく吹っ飛ばしてくれるだろう。

 

 親父とラウラも同じことを考えているらしく、2人とも銃身の下に搭載してあるグレネードランチャーへと手を伸ばしていた。

 

 AK-47、AN-94、AEK-973に搭載されたグレネードランチャーの咆哮が、ついに牙を剥く。

 

 原点となったAK-47と、それから発展した2つのライフル。それの担い手は、親父という〝原点”から生まれた俺とラウラ。

 

「「「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」」」

 

 俺たちは絶叫しながら、左手でグレネードランチャーのトリガーを引いた。

 

 発射されたグレネード弾は騎士たちの盾に命中して跳弾すると、前進してくる彼らの足元に突き刺さり、爆発する。足元で吹き上がった爆風に盾を簡単に砕かれ、騎士たちが粉々にされていく。3人から一斉に40mmグレネード弾の集中砲火を浴びる羽目になった騎士たちの隊列は、瞬く間に彼らの絶叫と炎に呑み込まれることになった。

 

 あの一撃で即死した騎士たちは幸運だった。普通なら死んだほうが運が悪いというかもしれないけれど、こういう場合はそっちの方が幸運だと言えるのかもしれない。そう、グレネード弾で即死することを免れても、その代わりに手足を吹き飛ばされたり、顔や身体中にグレネード弾や自分自身の装備していた防具の破片を突き刺されてのたうち回るよりは幸運だろう。もし俺ならば―――――――いっそ吹っ飛ばしてもらった方が、幸運だと思う。だから爆炎と血肉の欠片の真っ只中でのたうち回るのは、哀れで運のなかった〝生存者”でしかない。

 

 2点バーストの素早い射撃で追い討ちを叩き込み、騎士たちを更に殺傷していく。絶叫しながらのたうち回る負傷兵を楽にしてやりたいところだが、残念ながら彼らに止めを刺す余裕はない。急いでナバウレアへと突入しなければならないのだから、止めを刺すよりも戦闘ができない状態となってくれれば、俺たちには十分である。

 

「白兵戦!」

 

「「了解(ダー)!!」」

 

 親父の命令を聞く寸前に、俺も同じことを考えた。

 

 もう騎士の隊列との距離はかなり近くなっている。このまま銃撃を繰り返すよりも、そろそろ白兵戦の準備をして強引に突破した方が良い。多少〝食べ残し”があっても、後方にいるレオパルトの正確な砲撃が後片付けをしてくれる。なぜならば、砲手の座席に腰を下ろしているのは、遠距離から粘着榴弾を21年後の親父に命中させるという離れ業を成し遂げたカノンの母であるカレンさんなのだから。

 

 アサルトライフルの攻撃を止め、腰のホルダーから2本の小型スコップ――――――――斬撃で殺傷できるように刃になっている軍用スコップだ―――――――――を引き抜き、俺は先陣を切った。

 

 体勢を低くしながら駆け抜ける。スコップの先端部が微かに地面に掠った音を聞きながら騎士の懐へと接近した俺は、まるでボクサーが相手にアッパーカットをお見舞いしようとしているかのように、一気に足を伸ばしながら右手のスコップを突きあげた。

 

 地面に穴を掘る音よりも生々しい音が切っ先から微かに聞こえる。手応えは、穴を掘るために地面にスコップを突き刺す時とあまり変わらない。違いを言えと言われても、その違いを1つ言えるかどうかというほどそっくりな感覚だった。

 

 騎士の兜と胸を覆う防具の隙間から入り込んだスコップの先端部が、見事に騎士の喉を突き破っていたのである。顔を覆っているフェイスガードのスリットから鮮血が溢れ出した瞬間にはスコップを引き抜き、腹を蹴飛ばして後続の騎士と激突させる。

 

 その隙に、ラウラもナイフで敵に襲い掛かった。死体と激突して動きが鈍っている騎士に飛び掛かった彼女は、俺と同じように防具の隙間にスペツナズナイフを突き立てると、同じように何度もナイフで突き刺してズタズタにしてから離れる。背後から襲い掛かろうとしていた軽装の騎士の顔面に美しい右足を突き出し、その足に装備していたサバイバルナイフで騎士の頬を突き破ると、彼女は返り血を浴びながらそのナイフを引き抜いた。

 

 近くにいる騎士をスコップでぶん殴ってやろうと思っていると、何の前触れもなく傍らの騎士3人ほど同時に真っ二つになった。骨盤のやや上あたりで切断された3人の死体が崩れ落ち、大量の鮮血を噴き上げる向こうから姿を現したのは――――――――奇妙な形状の日本刀を手にする親父であった。

 

 一見すると漆黒の日本刀にも見えるが、鍔の代わりに柄と刀身の付け根からは機関銃のキャリングハンドルに似た部品が伸びているし、よく見るとボルトハンドルも装備されている。刀には決して装備されることのないパーツが取り付けられた奇妙な代物と、ごく普通の小太刀を手にした親父は、俺たちが無事であることを確認して頷くと、振り向くと同時にまた2人の騎士を一刀両断してしまう。

 

 経験を積んだ剣豪の鋭い剣戟のような一撃ではなく、実戦を経験しながら自分で編み出した荒々しい我流の剣術のような剣戟であった。実際に親父はどこかで剣術を学んでいたわけではなく、殆ど自分で編み出した我流の剣術を使っていたという。21年も経過して洗練されていった俺たちの目にしたことのある太刀筋よりも荒々しく、未熟な剣戟ばかりだけど、鎧もろとも両断してしまうような強烈な一撃であるという事は、21年後と変わらない。

 

 あの親父の強さの原点は、まさにこの時代だったのだろう。

 

 バラバラになった隊列の向こうには、まだ他の隊列が見える。大型の盾と槍を装備した騎士たちの隊列の後方には、弓矢を装備した騎士たちがずらりと並んでいるようだ。あの槍を持った騎士たちを防壁代わりにして、俺たちを弓矢で倒すつもりらしい。

 

 だが、そんな作戦で転生者が倒せるものか。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 2本の刀を構えながら、若き日の親父はその隊列に向かって突進した。

 

 今まで散々隊列を突破してきたが、目の前に並んでいる騎士たちの隊列は一番大きい。おそらく、あの隊列を突破する事が出来ればナバウレアに突入する事が出来るだろう。

 

 あれを突破すれば、母さんを助ける事ができる。最愛の恋人――――――――のちに妻の1人となる女である――――――――――を救うために、血まみれになった勇者が死に物狂いで突進していく。

 

 いや、勇者と言うよりは魔王と言った方が良いだろう。仲間のために何人も敵を殺し、その度に返り血を浴びて帰ってくるような男には、『勇者』という肩書は似合わない。

 

 あの男は、『魔王』だ―――――――。

 

 あらゆるおとぎ話で悪者とされる魔王。恐ろしい数多の魔物を従え、人間を蹂躙する勇者たちの敵。

 

 今の彼が蹂躙しているのは、まさに人間だった。人間(エミリア)を救い出すために、人間(ジョシュア)を蹂躙する。その魔王も、現時点では人間。

 

 より現実的なおとぎ話じゃないか。被害者も、犠牲者も人間。正義も、悪も人間。そんな価値観を生み出したのも人間だ。元々は単純な世界だった筈なのに――――――――人間が生まれてから、一気に複雑になったんじゃないだろうか。

 

「放てぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 指揮官らしき騎士が絶叫しながら剣を振り下ろした瞬間、盾を持った騎士たちの後方に並んでいた騎士たちが、まだ俺の近くに味方の騎士が残っているというのに、一斉に無数の弓矢を放ち始めた。彼らを切り捨てたということか。

 

 味方の騎士の矢に貫かれ、次々にラトーニウス王国の騎士たちが崩れ落ちて行く。親父は刀で無数の矢を叩き落としながら、前方の隊列へと向かって走り続けた。

 

「ぜ、前衛! 構え!!」

 

 指揮官が怯えながら指示を出す。大きな盾と槍を持った騎士たちが槍の先端部を俺に向け、盾を構えながら前進を始める。

 

 親父は左手の小太刀を一旦鞘の中に戻した。代わりに、左足の太腿の辺りにぶら下げていた手榴弾の柄を掴み、安全ピンを引き抜く。

 

 親父が引き抜いたのは、ソ連製対戦車手榴弾のRKG-3だった。しかし対戦車手榴弾は、転生者の能力で改良を加えない限りは戦車の装甲を破壊することを想定して開発された対戦車兵器の1つに過ぎない。人間を相手にするには過剰ともいえる火力を秘めているが、人間の群れを相手にするならばその破壊力よりも攻撃範囲を優先するべきである。それゆえに榴弾などの兵器は、歩兵の群れを蹂躙する事ができるのだ。

 

 接近してくる騎士たちに向かって、親父はその対戦車手榴弾を放り投げた。柄のついた手榴弾は後方からちょっとしたパラシュートのようなものを伸ばしながら騎士たちの足元に落下し、そこで大爆発を引き起こす。

 

 猛烈な爆風が、中に入っていた何かをまるでショットガンの散弾のようにまき散らした。爆風で吹き飛ばされた小さな何かに防具と肉体を切り刻まれた騎士たちを、対戦車手榴弾の爆風が吹き飛ばしていく。

 

 おそらく、あれは小型の鉄球だ。クレイモア地雷の中に入っているような小型の鉄球を対戦車手榴弾の中に詰め込み、攻撃範囲を一気に広くしたのだろう。モリガンは少数精鋭とならざるを得ないため、必然的に戦闘では敵の方が彼らの人数を上回る。そのため、多数の敵を相手にするために改造した武器を使用することが頻繁にあったという。

 

 親父は対戦車手榴弾の爆炎の中へと飛び込み、そのまま走り続けた。親父に突っ込んできた騎士たちの隊列は、たった1つの対戦車手榴弾でズタズタにされていた。

 

「か、構えッ!」

 

 目の前で、弓矢を装備した騎士たちが弓矢を構える。

 

 親父は目の前の最後の隊列へと向かって走りながら、両手に持っている刀と小太刀を鞘に戻した。そして両手を背中に伸ばし、俺の背中で2つに折り畳まれている得物を取り出し、長い銃身を展開する。

 

 OSV-96の銃身を展開した親父は、すぐに左手を銃身の下に搭載されているRPG-7のグリップへと伸ばした。そして目の前の隊列へと狙いを定め、ロケットランチャーのトリガーを引く。

 

 騎士たちの隊列が一斉に矢を放つよりも先に、ロケットランチャーをぶっ放した。隊長は慌てて号令を出しながら剣を振り下ろそうとするけど、ロケット弾が着弾する方が早かった。

 

「あああああああああああッ!!」

 

 ロケット弾が、弓矢を構えていた騎士に命中した。ロケット弾はまだ爆発せず、そのまま命中した騎士を後方の防壁の方へと連れ去っていく。

 

 そしてロケット弾に連れ去られた騎士は、後方にあったナバウレアの防壁に背中を叩き付けられてから、自分の腹にめり込んだロケット弾と心中する羽目になった。

 

 騎士を連れ去ったロケット弾が防壁に突き刺さった瞬間、爆風をまき散らして弾け飛んだ。魔物の襲撃を防ぐための防壁には、大穴が開いている。ロケット弾を再装填(リロード)しながら突っ走ると、防壁の破片と焦げた肉片を踏みつけながら防壁の大穴へと向かって走っていく。

 

「エミリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 俺たちの親父を止められる騎士はいなかった。彼を止めるために騎士が剣を振り下ろそうとしても、親父は全く怯えない。左手の小太刀で容易く受け止めたかと思うと、すぐに振り払って右手の刀で喉元に突き刺している。遠距離から弓矢で攻撃しようとしてもすぐにそれを見切り、左手の小太刀を放り投げて射手を始末してしまう。

 

 騎士たちでは、あの男を止められない。

 

 止めるために立ち塞がった奴から、すぐに絶命していく。

 

 たった1人の男に、騎士たちが蹂躙されている。

 

「す、すごい…………!」

 

「マジかよ………!」

 

 ――――――――強過ぎる。

 

 誰も、あの親父に勝つことは出来ない。

 

「エミリアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 アンチマテリアルライフルを肩に担いで走りながら絶叫する。すると、先ほどのロケット弾の爆発が生み出した黒煙の向こうから、母さんの叫び声が聞こえてきた。

 

「力也ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

近くにいた騎士の顔面をスコップでぶん殴り、後ろから襲い掛かろうとしていた奴の首を斬りおとしてから、俺たちも防壁の穴へと飛び込んだ。

 

 駐屯地の庭の奥には、金属製の柱が鎮座していた。その柱の周囲の地面には複雑な記号や古代文字が描かれた魔法陣が刻まれている。そして、その金属製の柱には、やはり母さんが縛り付けられていた。

 

「え、エミリア………!」

 

「へえ。クガルプールから逃げ出したか………」

 

 母さんに向かって走り出そうとした瞬間、柱の近くに立っていたあの金髪の男がニヤニヤと笑いながら言ったのが聞こえた。相変わらず派手な防具に身を包み、腰には装飾だらけの派手なロングソードを下げている。クガルプール要塞の地下室で見た男だ。

 

 そして、ジョシュアの隣に立っているのは―――――――――のちにラウラの母親となる若き日のエリスさんだった。左手にハルバードを持ち、防壁を突き破って侵入してきた俺たちを睨みつけている。

 

「てめえ………!」

 

「エリス、今から儀式を開始する。時間を稼ぐんだ」

 

「…………」

 

 エリスさんは何故か悲しそうな顔をしてエミリアをちらりと見てから、ハルバードの先端部を俺に向けて来た。

 

 きっと、葛藤しているのだ。仲が悪いとはいえ、母さんはエリスさんにとっては大切な妹。幼少の頃は常に一緒に遊んでいた家族の1人なのだ。いったい何をするつもりなのかは分からないが、きっと彼女もこのまま母さんを傷つけたくないと思っているに違いない。

 

 上手く行けば………エリスさんを仲間にすることもできるかもしれない。

 

「エリス、そこを退け………!」

 

 しかし、親父はエリスさんを敵だと思っているようだ。彼女を殺さなければ母さんを連れ戻すことは出来ないと思っているならば――――――――親父は、きっとエリスさんを殺してしまう事だろう。そしたら、ラウラが消えてしまう………!

 

「………」

 

 彼女はまた悲しそうな顔をしてから俯くと、首を横に振った。

 

「…………行くわよ、力也くん!」

 

「…………ああ」

 

 親父は彼女を睨みつけながら、アンチマテリアルライフルの銃口を向けた。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。