異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「うわ、何だこれ………?」
陥落し、死体で埋め尽くされたクガルプール要塞へと突入してきたレオパルト2A6から下りたギュンターさんは、血と肉片が散らばる要塞の広場を見渡しながらそう呟いた。
ラウラから聞いたんだが、作戦ではラウラが要塞の正面から単独で突入して敵を攪乱し、その隙にレオパルトは要塞の後方へと回り込んで要塞から逃走するジョシュアとエリスさんを捕捉するという作戦だったらしい。もしそこで2人を捕捉できなかった場合はそのまま反転し、要塞を背後から砲撃するという作戦も用意されていたようだけど、せっかく若き日の信也叔父さんが用意してくれたその作戦は無駄になったと言わざるを得ない。
結局レオパルトは一度も砲撃することなく、悠々と既に陥落したクガルプール要塞に侵入することになったのである。戦車から下りてきたギュンターさんは、89式自動小銃を背負いながら手を振る親父の傍らへと駆け寄ると、嬉しそうに笑いながら親父の手を握った。
「旦那ぁ! 無事だったんだな!?」
「当たり前だ。俺が死ぬと思ったか?」
「何言ってんだよ、旦那。あんたはドラゴンに噛み千切られても死なねえよ!」
「………それは転生者でも死ぬと思うんだが」
うん、死ぬよ。転生者でも噛み千切られれば死ぬって。不死身じゃないんですよ、ギュンターさん。
「あ、そう言えば俺の端末は………」
「確か、研究室に置いてあるって言ってたな。………こんな大騒ぎになったんだから、端末を持ってた奴は逃げ出しちまってるかもしれない」
「それは困るな」
ラウラの襲撃はかなり徹底的だった。要塞の広場を巡回していた警備兵は壊滅し、発着場にいた飛竜たちは全て縄を切られて解放されている。サプレッサーを付けない銃を何度もぶっ放して敵を殲滅したのだから、おそらく室内にいた警備兵やその魔術師も要塞が襲撃されているという事に気付いたことだろう。
もしかしたら、親父の端末の解析をしていた魔術師は逃げ出してしまっているかもしれない。運が良ければ要塞の中に籠城することを選び、まだ引きこもっている可能性もあるが、もし逃げ出しているのならば今すぐ追撃する必要がある。
「ラウラ、エコーロケーションを」
「範囲は?」
「最大」
「はーいっ♪」
血を拭き取っていたラウラが目を瞑り、エコーロケーションを発動させる。
彼女の頭の中にあるメロン体が超音波を生成し、体外へと放射する。彼女の頭の中から解き放たれた超音波は凄まじい速さで広がっていき、ラウラに敵や要塞の構造などの情報を次々に与えていく。
最新のセンサーと遜色ない速度で索敵を終えたラウラは、頬についていた返り血を拭き取りながら静かに目を開けた。彼女のエコーロケーションで探知できる範囲は最大で半径2km。アンチマテリアルライフルの射程距離くらいの範囲である。範囲は調節できるけど、範囲を広くすればするほど索敵の精度が低下するという弱点がある。
でも、最大の状態での索敵でも、答えは出たようだ。
「ふにゅ、要塞の中にまだ残ってる奴がいるみたい」
「何人?」
「3人。なんか、端末みたいなのを持ってる」
間違いない。奪われた親父の端末だ。どうやら端末を解析しようとしていた魔術師は、逃げ出すための隙を見つけることができなかったらしい。
まあ、ラウラの襲撃の隙を見つけるのはかなり困難だから無理はないだろう。だが、救援が期待できない状態での籠城は愚の骨頂だ。しかも相手はモリガンの傭兵たちである。
「ちょ、ちょっと待て。何でそんな事が分かる?」
あ、そうか。親父はまだラウラの能力を知らないんだ。一応説明した方がいいかもしれない。
「えっと、彼女の頭の中にはメロン体があるんです」
「メロン体って………イルカが超音波を出すのに使う器官か?」
「はい」
「なるほど………ソナーか。とんでもない体質だな」
さすが親父だ。メロン体があるという説明だけで、ラウラが何をしたのか理解してしまったらしい。とはいえまだ信じがたいのか、若き日の親父はベレー帽をかぶったままきょとんとするラウラの頭をまじまじと見つめている。
メロン体があるとはいえ、ラウラの頭の大きさは俺とあまり変わらない。というか、普通の人間と変わらない。彼女の頭の中にあるメロン体はかなりサイズが小さいようだ。
「なあ、カレン。メロンタイって何だ?」
「超音波を発生させる器官よ。海に住んでる魔物とかイルカが持ってるわ」
「チョーオンパ………? な、何だそりゃ………」
(お兄ちゃん、もっと勉強してよ………)
「あはははははっ」
メロン体を知らないのは無理もないと思うけど、超音波まで知らないとは思わなかったよ………。
ギュンターさんって、勉強が苦手だったんだな。未来ではちゃんとカレンさんに勉強を教えてもらったらしいけど。
「とりあえず、端末を取り返してくる」
「手伝います?」
「いや、俺とフィオナの2人で良い。フィオナ、頼めるか?」
『はい、お任せくださいっ!』
戦車の上で要塞を見渡していた白髪の少女が、ふわりと宙に浮きながら胸を張る。
21年前のフィオナちゃんは、やはり21年後のフィオナちゃんと全然変わっていない。服装がワンピースから白衣になった程度しか違いが分からない。
まあ、フィオナちゃんは正確に言えば人間ではなく幽霊だし、歳をとるのはありえないからな。かつてネイリンゲンに住んでいた貴族のフィオナちゃんは12歳で病死する羽目になった哀れな少女なんだけど、「まだ死にたくない」という猛烈な未練のせいで成仏することはなく、そのまま幽霊となってしまったという。
最愛の娘を失った彼女の両親は、幽霊になった愛娘を目にした瞬間に怯えてしまい、すぐに荷物を持って家から逃げ出してしまったらしい。親父がネイリンゲンに到着する100年前から、彼女はあの街の外れにある屋敷で1人で暮らしていたんだ。
彼女を怖がらずに話を聞いてくれたのは、親父たちだけだったという。
モリガンは少数精鋭の傭兵ギルドだが、規模が小さくても世界最強の傭兵ギルドとなった理由は仲間同士での結束だろう。フィオナちゃんのようにあらゆる人々から拒絶されたメンバーもいるし、母さんやエリスさんのように国に帰れなくなったメンバーもいる。そんな理由があるメンバーばかりだからこそ、結束力は城壁よりも堅くなったに違いない。
89式自動小銃を背負いながら要塞のドアへと向かっていく親父を見送りながら、俺もそう思った。彼らの屈強な結束力は、テンプル騎士団も見習うべきかもしれないと思う。
要塞の壁面に、木製の扉が紛れ込んでいる。見張りはもう既に壊滅しているため、見張り台の上を警戒しながら先へと進む必要はないだろう。ちらりと木製の見張り台の上を見上げてみるけど、やはりその上には何もない。血で見張り台が赤くなっているだけだ。
テントの脇を通り過ぎ、扉の方へと向かう。
その扉を掴んで開けようとしても、木製の扉は全く動いてくれなかった。鍵がかかっているようだ。
「くそ………」
『任せてください!』
「フィオナ?」
真っ白なワンピースを身に着けた幽霊の少女はドアをすり抜けて向こう側へと向かった。おそらく、内側から扉を開けてくれるんだろう。
89式自動小銃を向けながら見張りが来ないか警戒していると、俺の背後に鎮座していた木製のドアがゆっくりと開き始めた。幽霊である彼女は自由に実体化したり、壁や天井をすり抜ける事ができる。その能力を利用してドアをすり抜けた彼女は、反対側から鍵を開けてくれたらしい。
「良くやった。ありがとう」
『えへへっ』
ドアを開けてくれた彼女に礼を言うと、俺は要塞の中へと足を踏み入れる。
とりあえず研究室を目指すべきだ。魔術師がそこで俺の端末を解析しようとしているらしい。そこで端末を奪還して魔術師の奴らからエミリアの居場所を聞き出したら、部屋の中に籠城しているクソ野郎共に仕返しをしてやらなければ。
真っ白な壁の廊下を進み、曲がり角で廊下の向こうを確認しておく。まるで貴族の屋敷の中のようにカーペットが敷かれ、美術品が並んでいる要塞の廊下には誰もいない。ここを巡回していた筈の騎士たちも、襲撃してきたラウラを迎撃するためにッ外へと飛び出し、そのまま皆殺しにされてしまったに違いない。
廊下を進んで奥にあった階段を上り、上の階へと移動する。上の階の廊下にも、やっぱり騎士は巡回していないようだった。
「あの部屋か………?」
廊下の向こうにある扉の近くには、研究室と書かれたプレートが用意されている。あそこに俺の端末があるんだろうか?
『確認します』
「頼む」
さっきみたいに扉をすり抜けて、部屋の中を確認してくれるらしい。
89式自動小銃が使用する弾薬は5.56mm弾だけど、騎士たちの防具を貫通することはできる。この銃身の短いアサルトライフルならば、室内戦でもすぐに騎士たちに風穴を開けてやる事が出来るだろう。それに、ライフルグレネードもある。
廊下に銃口を向けていると、扉の中から再びフィオナが姿を現した。
「どうだ?」
『ここみたいです。力也さんの端末もありました』
「無事だったか?」
『はい。安心してください。分解はされていません』
良かった。端末は分解されていないようだ。
「部屋の中には何人いるんだ?」
『3人です。騎士が2人と魔術師が1人でした』
解析をしている魔術師が1人と、護衛をしている騎士が2人ということか。
ならば、その2人の騎士はとっとと射殺して、魔術師を問い詰めることにしよう。
両手で89式自動小銃をしっかりと構え、思い切り目の前の木製のドアに右足の蹴りを叩き込んだ。蹴破られたドアが部屋の中の壁に叩き付けられ、中にいた騎士たちが慌てて腰から剣を引き抜こうとする。でも、彼らが俺を攻撃するには資料が何枚も乗った机を飛び越えるか迂回して接近して来なければならない。でも、俺は狙いを定めてトリガーを引くだけで、彼らに風穴を開ける事ができる。
先手は俺が独占しているようなものだった。
素早く右側の騎士の頭に向けてトリガーを引き、銃声が響き渡った直後にすぐに銃口を左側へと向けてからもう一度トリガーを引く。2発の5.56mm弾は2人の騎士の頭に直撃し、兜を簡単に貫通して頭に風穴を開けた。
「ひ、ひぃっ!?」
崩れ落ちた2人の騎士を見ながら、魔術師の男が怯える。俺はその男に銃口を向けながら机の上に置いてあった端末を拾い上げると、電源を入れてから色んなメニューを開いて確認した。ポイントは全く使われていないようだし、武器もいじられていないらしい。どうやら全く解析できなかったようだ。
俺は一応全ての武器の装備を解除してから、もう一度武器を装備し直すことにした。こうすればこの端末で生産した武器が敵に奪われていたとしても、強制的に俺の手元に呼び戻す事ができる。
「おい、エミリアはどこにいる?」
「え、エミリア………? エミリア・ペンドルトンの事か………!?」
「ああ、そうだ。エリスにそっくりな蒼い髪の女の子だ。この要塞にいるのか?」
「い、いや、彼女はもうナバウレアに………!」
「ナバウレアだと………?」
俺とエミリアの旅が始まった城郭都市だ。確か、あそこには騎士団の駐屯地があった筈だけど、この要塞よりも規模はかなり小さい。なぜあんなところに彼女を連れて行くんだ?
彼女が連れて行かれた理由を考えていると、銃口を向けられていた魔術師の男がいきなり嘲笑を始めた。
「ガキめ。まさか、あんな女の事が好きなのか?」
「何だと?」
「はははっ………。あんな女など、計画のために使ってから奴隷にされてしまうだろうな。返してほしいなら、商人に売られた彼女を奴隷として買えばいいじゃないか。そうすれば再会できるぞ? ハッハッハッハッハッ! ――――ギャアッ!!」
男に向けていた銃口を少しだけ下げ、トリガーを引いた。5.56mm弾が嘲笑していた魔術師の男の左足を貫き、部屋の壁を真っ赤に汚す。
「ふざけるな………! 彼女が奴隷だと!?」
『り、力也さん………!』
俺は89式自動小銃を机の上に置くと、胸のホルスターから装備し直しておいた水平二連ソードオフ・ショットガンを引き抜いた。中に12ゲージの散弾がちゃんと装填されているのを確認してから、銃口を魔術師の男に向ける。
数歩その男に近づいた俺は、銃口を男の右腕に近づけてからトリガーを引いた。ゴーレムの頭を吹っ飛ばすほどの破壊力の散弾が、エミリアを侮辱した男の右腕を食い破った。散弾を何発も喰らった男の右腕の肘が血飛沫を吹き上げながら吹っ飛び、回転しながら資料が置かれているテーブルの上に落下する。
「ギャアアアアアアアアッ!! う、腕がぁぁぁぁッ!!」
右腕を吹き飛ばされた男を見下ろしながら、俺は男の腹に銃口を向ける。即死させてやるつもりはない。このまま腹に散弾を叩き込み、内臓をズタズタにして殺してやる。
腕を吹っ飛ばした武器が自分の腹に向けられているのを知った男は俺を見上げながら口を開いたけど、許すつもりはなかった。そのままトリガーを引き、至近距離で12ゲージの散弾を全て男の腹に叩き込む。
肉片と肋骨の破片が舞い上がった。腹をズタズタにされた男は口から血を流し、痙攣してから動かなくなる。
俺はソードオフ・ショットガンから空の薬莢を取り出して次の散弾を装填すると、机の上に置いておいた89式自動小銃を彼女に渡した。マガジンもテーブルの上に置き、フィオナに装備させる。
「ナバウレアか………」
『エミリアさんは、そこに連れて行かれたんですね』
「ああ。だが、計画って何だ? ジョシュアの野郎は何かを企んでいるのか?」
まさか、目的はエミリアを連れ戻すだけではないということなのか?
ソードオフ・ショットガンを胸のホルスターに戻した俺は、背中に背負っていたOSV-96を取り出してから、銃身の下に取り付けられているRPG-7に対戦車榴弾を装着した。
これから俺たちは、ナバウレアへと向かわなければならない。ジョシュアの野郎をぶち殺してエミリアを必ず救出する。
「ジョシュアの野郎………」
あの時、殺しておけばよかった。ナバウレアでの決闘の際や、このクガルプール要塞で戦った時に止めを刺していれば、あのクソ野郎がエリスを送り込んでエミリアを連れ去ることはなかったんだ。そう、いつもと同じように過ごせる筈だった。
この世界に転生したばかりの頃の俺は、甘かった。あのままエミリアを連れ去り、隣国へと辿り着けばもうジョシュアは手を出してこないだろうと決めつけていたのである。
森の中でのフランシスカとの戦いで、殺さなければならない相手がいる事を学んだはずだ。なのに、全然学んでいなかったではないか。その後の要塞での戦いで、俺は片腕を失ったジョシュアを見逃してしまった。もしあの時殺していれば、エミリアが連れ去られることはなかったのである。
俺の甘さのせいだ。もっと冷酷で容赦のない男にならなければ………。
敵にはもう容赦はしない。仲間を苦しめるような奴らならば、命乞いをしてきても殺す。そうだ、敵は皆殺しにする。自分の中から甘さを淘汰しなければ、生き残ることは出来ないし仲間も守れない。
「次は殺す、ジョシュア」
エミリアを連れ去るように命じた男。あいつを、今度こそ殺す。
あいつの計画が進む前に、俺が撃ち殺す。もう二度と俺たちを狙えないように――――――。
「行くぞ、フィオナ」
『はい』
今から俺たちが向かうのは、俺とエミリアの旅が始まった場所。今から俺たちは、かつて俺とエミリアが逃げてきた道を進軍しなければならない。
もしあそこに、まだ躊躇するような甘い自分が残っているというのならば―――――――ジョシュアと共に、淘汰する。
こちらの戦力は8人。そのうち、転生者はタクヤも転生者に含めるのならば3人となる。要塞を陥落させるならば1人でも十分だが、要塞の守備隊の中にはエリスもいる事だろう。
彼女はエミリアの実の姉だという。エリスはエミリアの事を妹とは思っていないようだが―――――――もし彼女を助ける前に立ちはだかるというのならば、場合によってはエリスも消さなければならない。
もし俺がエリスを殺したら、エミリアは悲しむだろうか? それとも実の姉を殺されたことに怒り狂って、俺に剣を向けてくるだろうか?
「………」
歯を食いしばりながら、俺は静かになったクガルプール要塞の中で踵を返した。