異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ラウラの襲撃

 

 ボロボロになったドアを開けて地下室の悪臭とおさらばした俺は、階段を上る前に少しだけ深呼吸をした。まだこの階段も黴臭く、とても澄んだ空気とは言えないだろうが、さっきの血と膿と黴の臭いが混じった地下室の空気と比べればまだ綺麗だ。地下室の中で散々吸った空気を絞り出してから階段の上を睨みつけ、俺はAN-94を構えながら階段を上った。

 

 階段を上り切り、再びボロボロの木製の扉を開ける。そして俺は、かつて親父と母さんが2人で潜入した防壁の内側へと足を踏み入れた。

 

 右側には飛竜の発着場があり、左側には見張り台もある。前回はあの発着場から飛竜を奪って逃走するのが目的だったらしいんだが、今回は要塞の内部に侵入し、端末を奪還する必要がある。母さんの居場所も知る必要があるが、おそらく居場所は十中八九ナバウレアの駐屯地だろう。あのジョシュアが統括する街だ。

 

 近くにあった木箱の陰に隠れ、要塞の中を警備している騎士たちの配置と人数を確認しておく。見張り台の上にはライフルくらいの大きさのボウガンを持った騎士が立っていて、その見張り台の近くにある通路には剣を持った騎士が警備しているのが見える。

 

 木箱の影から移動しようとした瞬間、背後から足音が聞こえてきた。俺は慌ててそちらを振り向きながら反射的にホルダーの中からメスを引き抜き、左手でいつでも投擲できるように構えながら再び小箱の陰でしゃがみ込む。

 

 後ろから歩いて来たのは見張りの騎士のようだった。まだ木箱の陰に隠れている俺には気づいていないらしく、そのまま俺の隠れている木箱の近くを通過して行こうとしている。

 

 メスを放り投げてやろうかと思っていると、樽の陰に隠れていた親父が「手を出すな」と言わんばかりに俺に向かって目配せしてきた。先ほど渡した89式自動小銃を背中に背負った親父は、俺が飛び出そうとしたのを中断したのを確認して頷くと、自分の隠れている樽の近くを通過しようとした騎士の背後に忍び寄り――――――――まるで擬態していた生物が正体を現し、哀れな獲物を捕食するかのように、がっちりした両腕でその騎士の首を絡めとった。

 

 さすがだな、親父。気配の消し方が上手い。まるで特殊部隊のようだ。

 

 そのまま首をへし折るのかと思いきや、親父は首をがっちりと押さえた騎士をそのまま樽の陰まで引きずると、剣を奪い取って強引に座らせる。

 

「騒ぐな。………エミリアはどこだ?」

 

「き、貴様………!」

 

「答えろ。さもないと、このままてめえの首を360度回転させてやる」

 

 いや、端末持ってる状態ならできるかもしれないけど、あんた今普通の人間だぞ? ステータスで強化されてるわけでもないのに、首の骨を折れるのか? しかも相手は鍛え上げられた騎士なんだぞ?

 

「し、知らない! 俺はここで物資の搬入をしてただけだ!」

 

「嘘をつくな」

 

 少しずつ首を絞め始める親父。騎士は必死にもがこうとするけど、予想以上に親父の腕力が強いらしく、両手で親父の両腕を動かそうとしてもびくともしない。

 

「ほ、本当だっ………! お、俺は何も―――――――」

 

「なるほど。じゃあ、俺の端末はどこだ?」

 

「た、タンマツ?」

 

「あー………俺の武器だ。どこにある?」

 

「け、研究室だ。今頃、魔術師の連中が解析してる………!」

 

 解析は無理だろう。転生者の持つ端末は仕組みが全く分からないし、誰が作ったのかも不明だ。前世の世界の技術を遥かに超えたオーバーテクノロジーの塊ともいえる端末を、この世界の魔術師が解析しようとしたとしても、おそらく解析はおろか分解すらできないだろう。

 

 それにしても、あの端末は本当に誰が作ったんだろうか? それに、俺は他の転生者と色々と能力の仕組みが違うが、俺は他の転生者と何かしらの種類が違うのか?

 

「研究室?」

 

「し、司令塔の近くの階段だ。そこから進めば、研究室が―――――――」

 

「ありがとよ」

 

「ひぎっ――――――」

 

 自分の正体について考察していると、傍らで騎士から色々と情報を聞き出していた親父の方から、ごきん、と骨がへし折れるような音が聞こえてきた。考え事を止めてそちらの方を見てみると、樽の陰に連れ込まれていた騎士が動かなくなっている。

 

 がっちりした胴体の上へと伸びる首は、明らかに通常ではそこまで動かせないだろうと一目で分かるほど捩れている。一見すると右を90度くらい見ているようにも見えるが、首の捻れ方を見てから考え直してみると、170度くらいは捻れているだろう。それだけ捻れていればその騎士の首の骨がどうなっているかは言うまでもない。

 

「す、すげえ腕力だな………」

 

「転生前はラグビーやってたんでね。転生した後も鍛えてるぞ。腕立て伏せ1000回以上は当たり前だ」

 

 親父って、端末がなくても戦えるんじゃないの? 当たり前のように腕立て伏せをそんなにやってるんだったら、端末要らないよね? 適当な武器さえあれば魔物を撲殺できると思うんだけど。

 

 転生者はステータスに頼り切るような奴が多いから、親父みたいに身体を鍛えている奴はかなり稀有だ。ステータスで強化されるのは攻撃力と防御力とスピードの3つのみで、スタミナや射撃の技術などは強化されないため、それらを強化したいのならば自力で鍛える必要がある。

 

 でも、剣を薙ぎ払うだけで衝撃波が出せたり、軽く走っただけでも恐ろしい速さで移動する事ができるような能力を持っている奴らが、そんな面倒なことをするだろうか?

 

 大概の転生者は自分を鍛えない。能力に頼り切り、力押しで相手を圧倒する。親父が身体を鍛えるようになったのは、そんなクソ野郎共との戦いで出来る限り優位に立てるようにするという理由らしい。レベルに差のある転生者と戦えば、その差がそのまま戦闘力の差になる。だからステータスに頼らないような戦い方も研究していたのだという。

 

「行くぞ、研究室だ」

 

「了解。………もしかしたら、そこの魔術師がエミリアさんの居場所を知ってるかも」

 

「そうだな。ぜひ尋問してみよう。………そういえば、無線機は持ってるか?」

 

「ああ。使うか?」

 

「頼む、同志」

 

 耳に着けていた小型無線機を親父に渡し、使い方を説明した俺は、首の骨を折られた騎士の死体を近くの樽の中へと放り込んだ。さすがにあのまま死体を放置しておくと、他の見張りの騎士に発見される可能性がある。

 

「信也、聞こえるか? 応答してくれ」

 

『――――こちら信也。兄さん、無事だったんだね!?』

 

 どうやらシンヤ叔父さんが応答してくれたらしい。AN-94で周囲を警戒しながら、俺も無線に耳を傾ける。

 

「今どこにいる?」

 

『オルトバルカ王国の国境付近だよ。みんなでレオパルトに乗って、そっちに向かってる』

 

 レオパルトに乗ってるのか? つまり、親父を助け出すためにこの要塞にたった1両の主力戦車(MBT)で攻撃を仕掛けようとしているということか。

 

「俺は今から端末を奪還し、エミリアを探す。端末を奪ったら信号弾を撃ち上げるから、援護砲撃を頼む」

 

『了解。気を付けてね』

 

「ああ、了解だ」

 

『あ、それとラウラちゃんが先行してるよ』

 

「ラウラ? あの赤毛の子か?」

 

「お姉ちゃんが?」

 

 え? ラウラがこっちに向かってんの?

 

 ちょ、ちょっとヤバいんじゃないかな………。

 

『バイクでそっちに向かってる。そろそろ到着する頃だと思うけど………』

 

「マジかよ」

 

「何だ、ヤバいのか? 弟想いの可愛いお姉ちゃんじゃないか」

 

「いや、その………たっ、確かに優しいお姉ちゃんなんだけどさ………」

 

 うん、ラウラは弟想いと言うよりはブラコンのお姉ちゃんだ。小さい頃から食事や風呂や寝るのは常に一緒だったし、外出する時も手を繋ぎながら一緒に出掛けていたものだ。しかも小さい頃は、俺が近くにいないだけで大泣きするほどの甘えん坊だった。

 

 でも今は、更にエスカレートしてとんでもない事になっている………。

 

「その………や、ヤンデレなんです」

 

「……………えっ?」

 

 そう。甘えん坊だったラウラは、ついにヤンデレになってしまったのである。しかもヤンデレになったきっかけは、小さい頃に遊んでいた公園で近所の女の子が俺に抱き付いたのが原因。いつも一緒に遊んでいた俺に女ができることで、自分は一人ぼっちになってしまうのではないかと思ったんだろう。あの日以来外出の回数は減ったし、ラウラは俺を独占できると言わんばかりになおさら甘えてくるようになった。

 

 しかも幼少期だけではなく、成長してからもずっとヤンデレのままなのである。

 

「……………マジで?」

 

「うん」

 

「ヤンデレか……………」

 

「しかもスナイパーですよ」

 

「狙われるじゃねーか」

 

 確かに、ヤンデレとスナイパーの組み合わせは凶悪過ぎると思う。しかもラウラは自由に姿を消す事ができる上に身体能力まで高いので、下手をすれば遠距離からヘッドショットされる恐れもある。

 

 通信を終了した親父は、何故かびくびくしながら移動を開始した。あの、あんたよりも俺が狙われる可能性の方が大きいからね? 仲間以外の他の女と仲良くしてると寝ている間に手足を縛られてるのは日常茶飯事なんだからな? 

 

 木箱の影から移動し、今度は集められている樽の群れの影に隠れる。見張り台の上の奴は俺に気付いていないようだ。

 

 今度こそメスを放り投げて仕留めようと思ったその時だった。

 

 何の前触れもなく轟音が響いたかと思うと―――――――その騎士の頭が、かぶっていた兜もろとも粉々に弾け飛んでいたのである。

 

「えっ?」

 

「まさか…………」

 

 ああ、到着しちゃったのか………。

 

 ついに、最強のヤンデレスナイパーが戦場へと到着したようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボルトハンドルを引くと、いつものように排出された空の薬莢の金属音が響き渡った。銃声の残響と重なったそれは私の鼓膜へと流れ込むと、そのままゆっくりと消えていく。

 

 冷たい風の中に紛れる火薬の香り。そして、アイアンサイトの向こうで弾け飛ぶ敵の肉体。

 

 いつもと同じ光景。そして、いつもと変わらない感覚だった。

 

 これが日常になったのは、初めて魔物との戦いをパパとママに許されてからだった。魔物を殺し、素材を手に入れて売り、自力で小遣いを稼げと言われてからは、いつもタクヤと一緒にライフルを担いで壁の外の魔物との戦いに明け暮れた。

 

 標的が魔物でも、人間でも――――――――この感覚は変わらない。

 

 外殻があるか否か。

 

 皮膚が肌色か否か。

 

 自分たちと似通った姿か否か。

 

 血の色が紅いか否か。

 

 それだけ。

 

 そう、違いはそれだけ。逆に、それ以外は何も変わらない。

 

 息を吐いてから再びアイアンサイトを覗き込み、突然の狙撃で慌てふためく要塞の中庭を見下ろす。見張り台にいた騎士が木端微塵にされたことには気付いているみたいだけど、私がどこにいるかは気付いていないみたい。

 

 敵が無能というわけではない。今の私は姿を消している状態で、要塞の防壁の中から伸びる尖塔の上から敵を狙っているだけなのだから。

 

 距離は400m未満。剣や弓は届かないけれど、私にとっては目と鼻の先。

 

 そう、逃げられない。そして敵は、絶対に逃がさない。

 

 私の大切な弟に酷い事をするような奴は―――――――――絶対にぶち殺す。

 

「―――――――死ね」

 

 飛竜の発着場の近くでボウガンを木箱から取り出し、仲間たちに手渡している騎士を狙う。目的は敵の排除と、他の騎士たちへの見せしめ。目の前でいきなり仲間の1人がぐちゃぐちゃになったら、彼らは復讐心を私に向けてくるだろうか? それとも、死にたくないと言って逃げ惑う?

 

 どっちでもいいわ。どちらであろうとも、私が殺すから。

 

 トリガーを引き―――――――20mm弾を放つ。

 

 普通のアサルトライフルの弾丸のサイズは、5.56mmか5.45mm。大口径のアサルトライフルでも6.8mmか7.62mmくらい。それらの直撃でも致命傷は確定だけど、20mm弾は致命傷どころでは済まない。手足に当たれば確実に千切れ飛ぶし、胴体に命中すれば人間である以上は確実に肉片が出来上がる。案の定、20mm弾を胴体に喰らう事になったその騎士は、慌てふためく仲間たちが次々にクロスボウを受け取っていく目の前で、無数の肉片と血飛沫へと変貌した。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「な、何だ!? いきなりミンチになったぞ!?」

 

「ま、魔術か!?」

 

「馬鹿な!? 魔力の気配はしなかったぞ!?」

 

 バカね。遠距離から奇襲する際に、魔力の気配で気付かれる恐れのある魔術を使うわけないでしょう?

 

 銃は、遠距離攻撃の主役は魔術だと思い込んでいる愚か者には最適ね。魔力を発することはないし、射程距離も魔術よりも長い。

 

 さあ、見当違いの予測をしながら勝手に死んでいきなさい………!

 

「死ね……死ね…………死ね…………ッ!」

 

 私は、タクヤと一緒じゃないと嫌なの。

 

 あの子と離れ離れになると、とても不安になる。もう二度とあの子と会えないんじゃないかって思ってしまう。

 

 だから、離れるのは嫌。あの子と一緒じゃないと落ち着かない。

 

 1人は嫌なの。なのに…………何で私からタクヤを引き離すの?

 

 歴史を変えないために仕方なく捕まったのは分かる。それは仕方がないから、これは逆恨みでしかない。

 

 でも、逆恨みでもいい。私とタクヤを引き離そうとするのならば、誰であろうと絶対殺す。

 

 ボルトハンドルを引き、またしてもトリガーを引く。今度の標的は分厚い盾と巨大なランスを手にした重装備の騎士。産業革命以前はあのような恰好の騎士が密集隊形で前進し、敵陣から放たれる矢を防ぎながら敵の隊列を蹂躙していたみたいだけど、私たちの時代からすれば、ただの時代遅れな存在でしかない。

 

 それに、20mm弾を放つこのライフルの前では、金属の塊でしかない盾なんて何の意味もない。20mm弾は甲鉄の塊どころか、ドラゴンの外殻すら撃ち抜いてしまうほどの貫通力を誇るのだから。

 

 やっぱり、盾に大穴が開いた。何の前触れもなく空いたその大穴の向こうに見えるのは、ただのぐちゃぐちゃの肉片と化した人間の欠片のみ。どの肉片がどの部分を構成していたものなのかすら分からなくなるほど木端微塵にされた肉片を目の当たりにした騎士たちが、またしても絶叫する。

 

 そろそろ突撃するべきかしら? 狙撃は遠距離からひたすら攻撃できるけど、ちょっと敵の数が多過ぎるかも。それに、この後はナバウレアまで進撃する必要がある。歴史の通りならば、エミリアさんはそこに囚われているのだから。

 

アンチマテリアルライフルの弾丸も温存しておかないと。

 

 ダネルNTW-20を背中に背負い、腰に下げていた2丁のグローザをホルダーから引き抜く。ゆっくりと立ち上がり、2丁のブルパップ式アサルトライフルをくるりと回してから――――――――私は尖塔の上から、要塞の中へと向かって飛び降りた。

 

 両足に装備しているサバイバルナイフを展開し、それを壁に突き刺す。ガキン、と大きな音を響かせながら壁面に食い込んだナイフを利用して壁に立ち、その音に気付いてこちらを見上げた騎士たちを見下ろしながら笑う。

 

 もう、狙撃は終わり。これからはちょっと大暴れするだけ。だから、もう姿を隠す必要はない。

 

「お、おい、あんなところに女の子が―――――――」

 

「…………」

 

 これからやることも、いつもと同じ。

 

 敵に銃口を向け、トリガーを引いて、弾丸をお見舞いするだけ。そうすれば敵は穴だらけになったり、ぐちゃぐちゃになって二度と動かなくなる。

 

 今からそうなるのは――――――――この要塞にいる騎士たち。

 

 さあ、私に剣や弓矢を向けなさい。

 

 ――――――――全員、殺してあげるから。

 

 

 

 


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