異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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蒼い桜と少女のハミング

 

「何か分かったことはあったか?」

 

 何の痕跡も残っていない、砂漠の中にある奇妙な塔。いったい何のために建てられたのかというヒントすらない。説明不足にも程がある謎の塔の中を一通り調査した俺たちだったが、未だにこの塔が何なのか分からないままだ。

 

 グレネードランチャー付きのG3A4を背中に背負い、腰にUSPのホルスターを下げながら戻ってきたケーターに尋ねてみるけど、何もヒントが得られなかったという答えは彼の細められた目つきで分かった。迷彩模様のヘルメットを取りながら首を横に振った彼を「そうか………お疲れ様」と労うと、俺もAN-94を背負って立ち上がる。

 

 本当に、この塔はなんのための塔なのだろうか。雰囲気は中世のヨーロッパの城に近いが、内部の構造を考えると城とは考えにくい。ならば修道院は教会なのではないかと思うが、こちらも同じだ。確かに教会や修道院のような宗教関係の施設にも思えるが、それにしては石像のようなものはないし、壁画も見当たらない。

 

 それに、もし仮に城か宗教関係の施設だったのならば、あの地下にあった植物や蒼い桜は何なのか。どこかの国の拠点や修道院というよりは、ここはあの植物の研究施設のような場所だったのではないかと俺は考えている。

 

 あの蒼い桜を生み出すために、錬金術師が研究を続けていたのかもしれない。何らかの理由で錬金術師がこの塔を手放すかこの世から去り、塔そのものが忘れ去られたから管理局の情報にもなかったという可能性はある。

 

 冒険者がダンジョンを調査した成果を奪い合うように、錬金術師や魔術師も研究の成果を独占しようとする傾向が多い。それゆえに錬金術師や魔術師は、大規模な研究を行う際は研究どころか研究する場所まで秘匿し、信用できる助手だけを連れてひたすら研究を続けるという。

 

 前の話になるが、リディア・フランケンシュタインを生み出したヴィクター・フランケンシュタインも同じような方法で研究を続けていたようだ。彼の記録の中に名前が挙げられていた『ブラスベルグ』という助手と、2人で研究をしていたのだろう。

 

「痕跡は何もないか………」

 

「ああ。壁画とか、何かの実験があった形跡さえあれば………」

 

 その形跡すらないんだから、俺の予測も仮説でしかない。ヒントがないだけでなく、肝心な問題文が一部だけ欠落しているような説明不足の問題を解かされているようなものだ。

 

 くそ、本当にここは何なんだ? あの蒼い桜もいったい誰が生み出した………?

 

 ライフルを背負ったまま立ち上がり、地下の広間へと向かう。広間から流れ出す花の香りが緩和してくれているのか、最初にここへと降りてきた時よりも黴の臭いが薄れているような気がする。

 

 花の香りと謎が漂う広間では、まだ仲間たちの調査が続いている。銃を構えながら草むらの中を見渡し、中心部に屹立する蒼い桜の幹を眺めたり、よじ登って細部を確認している仲間たち。先ほどから数名が警備にあたり、数名が調査を続行し、それ以外は休憩するというローテーションでもう3時間は調査しているが………未だに手掛かりと思われるものは発見されていない。

 

 もし仮にこの塔が大昔から存在していたのであれば、残されている言語は古代語になる。有名な考古学者が数人がかりでも解読に数年かかってしまうほど難解な言語だが、俺たちの仲間にはその古代語を母語として育ってきたステラがいる。自分の母語を読んで解読するだけなのだから、その痕跡さえ見つける事が出来れば答えは出たも同然だ。

 

「ふにゃあー………何も見つからないよぉ」

 

「本当ね。ここ、何に使われてたのかしら? 植物園というわけではないわよね………?」

 

「植物園なのだとしたら、地下だけというのは考えられませんわ。それに植物園にするのだとしたらもっと別の場所に立てるはずですし、その建物が塔というのもおかしいですわ」

 

 確かに、その通りだ。植物園にするのならばわざわざ塔にする必要はないし、地下にだけ植物があるというのもおかしい。

 

「ステラ、この建物が幻覚だという可能性は?」

 

 魔術には様々な種類がある。炎や氷などで直接攻撃する者はポピュラーだが、中には闇属性の魔力による汚染で相手の回復を阻害するような魔術や、逆に光属性の魔力でしばらくの間だけ魔術による妨害を受けにくくするような特殊な者も存在する。

 

 その中の1つが、闇属性の魔術に分類される『幻覚』だ。

 

 闇属性の魔力を相手や自分の周囲に散布して操ることで、相手に幻覚を見せて攪乱する事ができるのである。一般的には幻覚そのものには攻撃力はないと言われているが、熟練した魔術師やその魔術師のアレンジ次第では攻撃力を持つ場合もあるため、相手の攪乱だけでなく奇襲にも活用されている。

 

 その反面、魔力を散布しなければ幻覚は成立することがないため、冷静に魔力を探知すれば容易く見破れるという弱点がある。とはいえ熟練の魔術師が使えば戦闘中に瞬時に探知するのは難しいほど微弱な気配しかしなくなるのだ。

 

 しかもその幻覚で作りだせるのはせいぜいドラゴンほどの大きさのものだけである。こんなに巨大な塔を幻覚で生み出すのは不可能だ。闇属性の魔術を扱うための教本にも記載されている初歩的な原則である。

 

 ありえないという事を承知でそれを訪ねるのがどれだけ愚かしいのかを理解しているつもりだが、転生者ならばこのような幻覚を生み出すことはできるかもしれない。この塔を本拠地にしようとしていたんだが、もし幻覚で作られたものならば最大級の肩透かしだ。

 

 そんな愚問を聞いたステラは、目を瞑って息を吐いてから首を横に振った。

 

「ありえません。明らかに魔力で生成できる幻覚のレベルではありませんし、魔力の気配も全くしません。もちろん、ここの植物や桜からも魔力の反応はゼロです。実物としか考えられませんよ」

 

「ふむ………」

 

 幻覚の可能性はなしか………。

 

 転生者の能力ならば魔力の反応はしないのではないかと思った俺は、メニュー画面を開いて生産できる能力の中から『幻覚』を選択し、人差し指で軽くタッチする。蒼白い六角形の結晶が砕け散るようなエフェクトが映ったかと思うと、すぐに目の前の能力の説明文や攻撃力などのパラメータが表示された。

 

《ごく少量の魔力を散布し、周囲に幻覚を生み出す。同じく能力の『魔術師』と併用すると効果が上がる》

 

 別の能力との併用による効果についての説明がアバウトだけど、原理はどうやら一般的な幻覚と同じらしい。幻覚を生み出すためには、まずごく少量でも魔力を周囲に散布していることが前提となる。

 

 つまり、この世界の魔術師でも転生者でも、結局魔力の反応で幻覚を見破ることは可能という事だ。

 

「………分かった。あまり無理はしないようにな」

 

「了解(ダー)」

 

 幻覚じゃないという事は、この桜の木は本物という事か。蒼い桜なんて見たことないぞ。

 

 やっぱり、魔術師とか錬金術師が実験で生み出したんじゃないか? ヒントすら見つかっていないが、やはりここは魔術師や錬金術師たちの実験場だった可能性がある。

 

「ねえ、ドラゴン(ドラッヘ)。ここはなんだか気味が悪いわ………」

 

「俺もだ。拠点にするのは諦めないか?」

 

「うーん………確かにそうかもしれないなぁ」

 

 何のために建造されたのか不明だし、ここの前の持ち主が何のために使っていたのかも不明。しかもそれらの痕跡が全く見つかっておらず、地下には普通ならあり得ない蒼い桜が隠されていた。

 

 確かに、気味の悪い場所だ。

 

 しかし、周囲の地形や管理局にも知られていなかったという事を考えてみれば、拠点にするには理想的な場所だ。周囲は適度に高い岩山に囲まれており、敵が侵攻してきた際は谷で奇襲を仕掛ける事ができる。それに地下にこんな空間があるのだから、掘り進めれば地下に大規模な設備を作ることもできるだろう。

 

 できるならば手放したくない場所だが………何か危険なものが隠されていたら大参事だ。下手をすれば、テンプル騎士団本隊とシュタージが同時に全滅してしまうかもしれない。

 

 ここを拠点にするメリットはかなり大きいが、メンバーが全滅してしまったら元も子もない。組織を動かすのは権力ではなく、その権力に従ってくれる仲間(同志)たちだ。利益よりも、彼らの命を最優先にしなければならない。商売ではないのだから、利益は二の次でいいのだ。

 

「―――――――やむを得ないな。みんな、調査は中断だ。ここから撤収するぞ」

 

「え、ここを拠点にするんじゃないの?」

 

「元々レベル上げのつもりだったけど、大した魔物はいなかったろ? それに何だか気味が悪い。拠点にした後になにか危険なものが見つかったら大変だからな。取り返しがつかなくなる前に離れておこう」

 

 ここに住みついていた魔物が少なかったのも気味が悪い。人間が出入りしていないような建物には、普通ならばもっと魔物が大量に住みついていてもおかしくないというのに、俺たちが遭遇したのはたった数体のスライムの亜種だけだ。もしかすると、他の魔物はここに住みついているもっと危険な魔物に怯えて近づけなかったのかもしれない。

 

 木によじ登っていた仲間たちが広間へと下り始め、外の通路を警備していた坊や(ブービ)や木村たちも銃を背負って撤収する準備を始める。

 

 こういう謎だらけの場所を探索するのもなかなか面白かったが、俺たちの目的はテンプル騎士団を大きくする事だけではない。一番最初に決めた目的が、この砂漠の向こうにある海を越えた先で待っているのだ。

 

 ヴリシア帝国に保管されている、最後のメサイアの天秤の鍵を手に入れなければ―――――――。

 

 アサルトライフルを背負い、仲間たちがぞろぞろと名残惜しそうに広間から出ていくのを見守りながら、そろそろ俺もここから出ていこうと思ったその時だった。

 

 せめてこの奇妙な空間に屹立するあの蒼い桜を目に焼き付けようと後ろを振り返った瞬間――――――美しいハミングが、唐突に俺の聴覚を支配したのだ。

 

「………?」

 

 ラウラのハミングだろうかと思ったけれど、彼女の声にしては少しばかり大人びているような気がする。ナタリアにしては幼い気がするし、カノンにしては無邪気で、ステラにしては情熱的。知っている少女たちの特徴が全く当てはまらない、謎のハミング。

 

 メロディーも聞いたことがない。物静かで優しいメロディーは幼子に聞かせる子守唄を思わせるけど、こんな曲は今まで耳にしたことがない。

 

「ふにゅ………ねえ、この子守唄は何? タクヤが歌ってるの?」

 

「そんなわけあるか。俺の声よりも高いぞ」

 

 ラウラにもこのハミングは聞こえているようだ。他の仲間にも聞こえているのだろうかと思って通路の方を見てみるけど、調査を終え、地上へと出ようとしている仲間たちは何事もなかったかのように、前や隣を歩く仲間と雑談をしながら階段の方へと向かって歩いている。

 

 何だ………? 仲間たちには聞こえてないのか………?

 

「なあ、みんな―――――――」

 

 去っていく仲間たちを呼びかけるけど、誰もこっちを振り返ってくれない。まるで俺たちの事に気付いていないかのように、通路の向こうを埋め尽くす闇の中へと歩いていく。

 

 彼女たちを追いかけようとした俺だったけど、手を伸ばしながら駆け寄ろうとした瞬間、容赦なく耳へと入り込んでくるハミングが激痛へと変化した。まるで耳の穴の中に長い甲鉄の針を差し込まれ、そのまま反対側まで貫かれてしまったのではないかと思ってしまうほどの痛み。反射的にうずくまりながら両耳を手で塞ぐけど、そのハミングは消えてくれない。

 

 むしろ、どんどん大きくなっていく。両手をすり抜けて頭の中へと入り込んでいく少女の歌声が弾丸の跳弾のように反響し、頭を内側から抉り取っていく。

 

 やがて、鼻血が流れ始めた。鼻を押さえようとして片手を耳から離したけど、その離した手の平はもう既に血で真っ赤に染まっている。

 

 その血が耳の穴から溢れ出た血だと気付いた頃には、もう平衡感覚がなくなっていた。仲間を追いかけようとしても立ち上がれない。どうすればバランスがとれるのか、理解できなくなってしまう。

 

「あ………あぁ……い、痛い……やめて……やめてぇ………っ!」

 

 隣にいたラウラも俺と同じ状態だった。鼻血を流し、両耳から出血しながら必死に耳を手で塞ぎ、目を瞑りながら激痛に耐え続けている。

 

 くそ、何なんだ? 何でみんな気付いてくれない!?

 

 痛い………! あ、頭が――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつて、ある1人の青年がいました。

 

 彼はとてもまじめで、家族思いの青年でした。高校を卒業してからは県外の企業に就職して会社員となり、給料やボーナスが出れば必ず実家の両親や高校生の弟へと仕送りをするようにしていました。

 

 ある日、残業を終えた彼は会社の帰りにスーパーに立ち寄ることにしました。住んでいる貸家と会社の中間にある小さなスーパーです。買い物をするためにそこに立ち寄った彼ですが、なんと悪い男の人にナイフで刺され、いきなり殺されてしまうのです。

 

 でも、哀れな青年は死んだ後に別の世界へと転生し、17歳の少年として異世界で生きていくことになりました。不思議な携帯電話みたいな端末を与えられ、魔術や剣が主流の異世界では存在しない銃をその端末で生み出した少年は、旅の途中で出会った騎士団の少女と出会い、彼女の許嫁と追っ手から逃げるために隣国へと亡命を始めます。

 

 これが………のちに『魔王』と呼ばれることになる、少年の物語の序章(プロローグ)です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――あれ?」

 

 いつの間にか、あの痛みは全く感じなくなっていた。美しかったけど忌々しい少女のハミングも聞こえてこない。

 

 静かに両耳から手を離し、先ほどまでは血に染まっていた筈の手の平を凝視する。今まで耳を覆っていた手は真っ白なままで、血で汚れた形跡は全く見受けられない。まるで少女のように細くて真っ白な手が、すぐ近くにあるだけだ。

 

 鼻の下を指でなぞってみるけど、耳と同じく出血していた筈なのに血の跡がない。

 

 あのハミングは何だったんだ? すっかり消えてしまった異変の残滓を探し求めているうちに、俺はいつの間にか平衡感覚が元通りになっていることに気付いた。あのハミングを聞いている間、まるで転生してきたばかりの赤ん坊の頃に戻ったかのように―――――――正確に言えば、あれは平衡感覚の問題ではない―――――――立ち上がる事が出来なくなっていた筈なのに、今はもう元通りになっている。

 

 どうなっているんだと思いながら周囲を見渡していると、傍らに赤毛の少女が倒れていた。

 

 漆黒の制服とミニスカートに身を包み、炎のような赤毛の上に真紅の羽根の付いた真っ黒なベレー帽をかぶっている。大人びた容姿とは裏腹に性格は幼く、いつも俺に甘えてくる姉弟の片割れだ。

 

「らっ、ラウラ! おい、しっかり! ラウラ!」

 

「う………あ、あれっ? タクヤ………?」

 

「大丈夫か? さっきあんなに血が………」

 

「へ、平気だよ。それより………ねえ、何で空があるの?」

 

「えっ?」

 

 俺の顔ではなく、彼女から見れば俺の背景になっている空を見上げるラウラ。違和感を感じた俺も空を見上げ―――――――先ほどまでいた筈の地下の空間の事を思い出す。

 

 確か、俺たちは地下にいた筈だ。いきなりハミングが聞こえてきて、猛烈な頭痛のせいで出血が止まらなくなった。平衡感覚も失ってしまって立ち上がれなくなり、悶え苦しみ続けていた筈だ。なのに、何で地上にいる? ここはどこだ?

 

「………こちらタクヤ。ナタリア、応答せよ。………テンプル騎士団、シュタージ、応答せよ。こちらタクヤ。………くそったれ、またいかれたのか?」

 

「通じない?」

 

「ああ、ダメだ。………くそ、ここはどこなんだ?」

 

 俺たちの周囲は、延々と続く草原になっていた。緑色に染まった大地と蒼だけに支配された大空。蒼と緑しか存在することのない、単純過ぎる世界。

 

「ねえ、あっちに街があるよ?」

 

「とりあえず行ってみる?」

 

 草原をさまようよりも、街に行って情報を集めた方が良い。昔と比べると魔物の数が減っているとはいえ、草原をひたすら徘徊し続けるのは死を意味する。魔物の群れと遭遇するのは珍しい事ではないし、ダンジョンから出てきてしまった魔物の一団が周辺の街を襲撃するというのはよくある話だ。傭兵や騎士が殉職する原因の3割が魔物なのだから、彼らの縄張りである草原に留まるのは得策とは言えない。

 

 武器はちゃんと装備してある。いつ強力な魔物が襲いかかってきても良いように、歩きながらメニュー画面を開いていつもの武器を装備しておく。

 

 草原の向こうに見えたのは、小さな街だった。小ぢんまりとした丘があり、その向こうにはまるで仲間外れにされたかのように屋敷が1軒だけ建っている。近代的な建築様式ではなく、まるで中世のヨーロッパの貴族や領主が住んでいそうな感じの屋敷だ。

 

 でも、なんだかあの屋敷には見覚えがあるぞ………?

 

 一般的な貴族の屋敷と比べれば小さい部類に入るだろう。よく見てみると鉄柵も所々錆びていて、普通の貴族の屋敷というよりは没落しつつある貴族の屋敷のように思えてしまう。昔の実績を自慢して威張る典型的な貴族の姿が思い浮かぶけど、あの屋敷にいるのはそんな馬鹿野郎ではないだろう。

 

「ね、ねえ、あの屋敷って………」

 

「ふにゅ……お姉ちゃんも見覚えあるよ、あそこ………!」

 

 俺たちは―――――――その屋敷を目にしたことがある。

 

 3歳の頃、ネイリンゲンという田舎の外れにある森の中に住んでいた時に。

 

 そして―――――――荒廃してダンジョンと化した、ネイリンゲンの街を訪れた時に。

 

 その屋敷が近いのは前者の頃だろうか。いや、近いというよりはもう全く同じである。

 

「モリガンの………本部………!?」

 

 俺たちの目の前に姿を現したのは、今ではネイリンゲンと共に荒廃して幽霊屋敷と化した筈の、モリガンの本部だったのである。

 

 小さい頃はあそこで働いていた親父のところまでラウラと一緒に遊びに行ったし、みんなの訓練が終わった後はシンヤ叔父さんやミラさんに遊んでもらったこともある。だからモリガンの本部は、俺たちにとっては思い出の場所でもあるのだ。

 

 丘を通過して屋敷の近くに行くにつれて、幼少の頃に目にした屋敷が近づいてきた。もう見る事が出来ない筈の田舎の屋敷。門の向こうには傭兵とは思えないほど優しかった親父や叔父さんたちがいて、ミラさんが俺たちのためにお菓子を用意してくれていたものだ。

 

 門の前までやってきた俺は、思わず正面の門へと手を伸ばしていた。いつも閉じられていた門の手触り。日光で適度に温められた温もりも、当時と同じである。

 

「なんでだ………?」

 

 どういうことだ? 幻覚か? 

 

 俺たちはあの塔の地下にいた筈だ。あの蒼い桜が鎮座する広間にいた筈なのに、なんでネイリンゲンにいる? 

 

「ん? 依頼か?」

 

「えっ?」

 

 正門に触れたまま混乱していると、唐突に後ろから声をかけられた。

 

 依頼って言ったよな。まさか、傭兵か?

 

 息を呑んでから後ろを振り返ると、屋敷を見つめていた俺とラウラの背後に、いつの間にか漆黒のオーバーコートに似た制服に身を包んだ少年が立っていた。制服にはフードがついているようだけど、フードはかぶっていない。おかげで後ろ髪以外は短い黒髪があらわになっている。

 

「………」

 

 おい、ちょっと待て。この少年もどこかで見たことがある。

 

 一見すると優しそうに見えるけど、目つきは鋭い。戦いになれば獰猛な性格になるのは火を見るよりも明らかだ。ごく普通の少年にしては体格ががっちりしているし、筋肉も付いている。かなり鍛え上げられていることはすぐに分かった。

 

 も、もしかして、親父なのか………?

 

 しかも、まだ人間だった頃の親父だというのか………?

 

 親父がキメラになったのは今から21年前だ。当たり前だが、俺たちはまだ生まれていない。

 

 なんてこった。ここは―――――――21年前のネイリンゲンなのかもしれない。

 

 俺たちはあの塔の地下で、21年前のネイリンゲンにタイムスリップしてしまったようだ―――――――。

 

 


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