異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
俺たちが宿泊することにしたのは、クラルギスの街中に何軒も立ち並ぶ冒険者用の宿泊施設のうちの1軒だった。スオミの里の施設よりも大きく、暑い場所にあるからなのか大きな窓や吹き抜けが用意されており、風通しの良さを重視したデザインになっているのが特徴だ。そのため昼間でも風さえあれば暑さはあまり気にならないという。
他の施設は他の冒険者が予約してたみたいだけど、俺たちが選んだ場所は殆ど予約されておらず、宿泊していた冒険者もダンジョンへと旅立ってしまったため、ここもレストランと同じように貸し切りのような状態になっていた。
夕食を終え、酔っぱらったクランを連れて宿泊施設での予約を済ませた俺たちは、部屋に荷物を置いてから大浴場へとやって来ている。普通の施設なら部屋に小ぢんまりとしたシャワールームが用意されているだけで、こんな大浴場は全く用意されていない。
艶のある石畳が敷き詰められ、鏡やシャワーが備え付けられた大浴場の奥の方では、熱々のお湯が湯気を上げ続けている。巨大な浴槽の奥には露天風呂らしき設備もあるようで、外に出るには浴槽から見て左側にある扉から通路を通っていく必要があるらしい。
砂漠でこんな大浴場が見れるなんて思ってなかったよ。というか、前世の世界の温泉みたいな場所だな。
ちなみに、当然ながら混浴というわけではない。ちゃんと男女専用の大浴場が別々に用意してある。
「さて、身体洗ってからリラックスしようぜ」
「おう」
木製の小さな椅子の上に腰を下ろし、シャワーで長い髪を濡らしてからシャンプーで洗っていく。
俺が入っている大浴場は、もちろん男湯である。いつも一緒に風呂に入っていたラウラは「やだやだ! タクヤと一緒じゃなきゃ嫌なのっ!!」って何度も駄々をこねていたけど、貸し切り状態とはいえ俺だけ女湯に入ったり、逆にラウラが男湯にやってくるのは拙いので、後でたくさん甘えさせてあげるという条件を付けることで何とか納得してもらった。
一緒に男湯に入っているのは、俺とケーターと
「木村、ガスマスク取れって」
「何言ってるんです。泡が目に入るじゃないですか」
「シャンプーハット使えよ」
何でこいつはいつもガスマスクつけてるんだよ………。俺、まだこいつの素顔見たことないんだけど。
「それにしてもさ………お前、やっぱり男だったんだな」
「あ?」
「いや、ちゃんと筋肉ついてるし………華奢だから貧乳の美少女かと思ってた」
シャンプーしながら残念そうに俺の方をじろじろと見てくるのは、レオパルトの砲手を担当する
何だか申し訳ないなぁ………。母さんに似過ぎたせいで、小さい頃からよく女に間違えられるんだよね。色々と男子に見えるように工夫してみたんだけど、短髪にしたり男用の服を着てもボーイッシュな美少女とか、女子が男装しているようにしか見えなかった。顔つきのせいなんだろうか。もし母さんと同じ服装で隣に立ったら、親父やエリスさんたちは見分けがつかなくなるに違いない。
あ、でも母さん胸がでかいからそれで見分けがつくか。………そういえば、剣の素振りをする時とか滅茶苦茶揺れてたよなぁ…………。親父から聞いたんだが、ネイリンゲンの本部にいた頃は胸が揺れるのを防ぐために防具を注文したことがあったという。
「………やっぱり、本当に男?」
「○○○あるよ?」
「………ちくしょう」
シャンプーを終え、ボディーソープで身体を洗ってから浴槽へと向かう。ゆっくりと浴槽の中へと入り、中に用意してある石畳の段差の上に腰を下ろして息を吐くと、ヒーリング・エリクサーやヒールでは癒し切れない疲れが身体中から消え失せていくようだった。少しお湯が熱いけど、俺は炎属性のキメラなので全く気にならない。
「おー、こんな大浴場に入るの久しぶりだなぁ」
「ところでタクヤ君。我々もテンプル騎士団の一員になったのは良いのですが、何を担当すればいいんですかね?」
「うーん………できるなら、今は諜報部隊が欲しいんだよなぁ」
「諜報部隊か………たしかに、世界中の転生者に対応するためには情報収集する要員が必要不可欠だからな」
「ああ。それにメンバーのスカウトもやってもらいたいし」
現時点での最大の問題は、人員が少なすぎるという事である。
現時点でのメンバーは、俺たちやケーターたちのパーティーの9人に加え、スオミの里の戦士たちのみ。しかもスオミの里は元々少数精鋭の戦士たちで構成されているため、戦闘力の高さは期待できても物量は期待できない。しかも彼らの専門分野は、あくまで侵攻してくる敵を迎え撃つ防衛戦であるため、逆にこちらから攻撃するような戦い方には不慣れという弱点がある。
更に、諜報部隊は相手の領地に潜入しての情報収集が主な任務であるため、目立ってはならない。だから制服や腕章は支給せず、私服での活動となるんだが、スオミの里の戦士の場合は全員がアルビノのハイエルフということで目立ってしまう。遺伝子の問題なので、これはどうしようもない。
「なるほどねぇ………じゃあ、俺たちは諜報部隊でいいか?」
「ああ、頼む。最初のうちはスカウトを繰り返してメンバーを増やしてくれ。………それと、諜報部隊の部隊名はどうする?」
「部隊名?」
「おう。あったほうが良いだろ?」
「うーん………」
とりあえず、ケーターたちにはスカウトを繰り返してメンバーを増やしてもらおう。最終的には実働部隊と諜報部隊を編成する必要があるし、場合によっては特殊部隊も編成しておきたい。実働部隊が動けない場合に少数で潜入し、ターゲットを消すような特殊部隊だ。優先順位はやはり実働部隊だな。
腕を組み、首を傾げながら色々と考え始めるケーター。たまにぶつぶつと部隊名の候補と思われる名前が聞こえてくるんだが、なかなか決まらないらしい。
『ケーター! 私、部隊名なら〝シュタージ”がいい!!』
「「「「!?」」」」
俺も一緒に考えるべきかと思っていい名前を考え始めたその時、いきなり隣の女湯の方からクランの元気な声が聞こえてきた。小声で喋ってたつもりなんだが、壁の向こうの女湯まで会話が聞こえてたんだろうか? それとも地獄耳なのか………?
というか、シュタージって東ドイツの諜報組織じゃねえか………。
シュタージは、冷戦中の東ドイツに存在した大規模な諜報組織だ。優秀なスパイが何人もいたらしく、あのアメリカも警戒していたという。
ぶ、物騒な名前だなぁ………。
「………シュタージにする?」
「そ、そうしよう………」
「じゃあ、俺エンブレム考えておきます………」
まあ、エンブレムは違う方が良いからな。デザインは諜報部隊(シュタージ)のメンバーで決めてもらおう。
『あははっ♪ ねえねえ、ラウラちゃんっておっぱい大きいよねー』
『ふにゃあっ!?』
『ねえ、揉んでもいい?』
『だ、ダメだよぉっ! ちょ、ちょっとクランちゃ――――――ひゃんっ!?』
「おい、クラン!? 何やってんの!?」
クランの奴、酔っぱらってるな………。しかもラウラが犠牲になってるよ………。
止めに行くべきかな? でも向こうは女湯だし………ナタリアたちに何とかしてもらうしかないね。俺らは助けに行けないから。頼んだよ、ナタリア。
「木村、あの壁登れるかな?」
「
「だって、クランと巨乳の美少女が―――――――」
「いや、弟さんに殺されますって」
「え?」
さすが木村だな。
覗いたら撃つぞ、この野郎。
『あー、いいなぁ………私よりも大きいよぉ………ひっく』
『ふにゃっ、だ、ダメっ………は、離してよぉ………っ』
『仕方ないなぁ。じゃあ次は………ナタリアちゃんかなっ♪』
『え? ちょ、ちょっと――――――――きゃああああああ!?』
こ、今度はナタリアが………。
とりあえず、壁際に移動しよう。こっちの方が声がよく聞こえるし、
腰を下ろしていた段差から、女湯の方にある壁際へと移動した俺は、タオルを頭に乗せながら息を吐いた。
『あ、私の方がちょっと大きいわね。ふふっ♪』
『や、やだっ、何してるの―――――――ひゃあっ!?』
『バランス取れてますねー♪ Gut!(さすが!)』
『く、クランちゃんっ………!』
『ふにゅう………負けないもんっ! えいっ!!』
『きゃっ!? ら、ラウラちゃんっ!?』
『えへへっ、私の方が大きいね♪』
『ちょ、ちょっと、2人とも。いい加減にしなさいよ?』
『あら、勝手に戦線離脱は許さないわよ? ほらっ!』
『きゃんっ!?』
『カノン、私たちも参戦するべきでしょうか?』
『いえ、ステラさん。あれは少なくとも重巡洋艦以上でなければ参加できない戦いですわ。残念ですが………小型艦艇のわたくしたちは参加できそうにありませんわね』
『………やっぱり、大きい人は羨ましいです』
超弩級戦艦(ラウラ)と巡洋戦艦(クラン)と重巡洋艦(ナタリア)の戦いだからな。どうやらあの海戦はもう少し続きそうだ。
「ふー………明日からレベル上げようかなぁ」
施設の大きな部屋の中で、残りのポイントを確認した俺は、眠っている仲間たちを起こさないように静かにため息をついてから呟いた。
ただでさえ大量にポイントを消費したというのに、チャレンジャー2の主砲をライフル砲から55口径120mm滑腔砲に換装した影響で更にポイントが減っている。残りのポイントは僅か2700ポイントのみだ。スオミの里に到着する前は90000ポイント以上溜まっていた筈なんだが、スオミの槍をはじめとする兵器の配備で大量に消費してしまっている。
ちなみに、アサルトライフルを生産するために必要な平均的なポイントは500ポイントから600ポイント程度。コストの低い中国製ならば300ポイントから400ポイントである。また、第二次世界大戦以前の武器ならばコストはさらに安くなるため、何かを生産する場合はそれらで乗り切るしかなさそうだ。
今後も仲間を増やしていく予定なのだから、どんどんレベルを上げてポイントを稼がなければならない。それに、そろそろテンプル騎士団の本部も用意しなければならない。現時点では俺たちがテンプル騎士団本隊という事になっているけど、さすがに本拠地のない状態では組織全体を統治するのは不可能だ。
しかし、俺の能力で生み出せるのはあくまで能力や武器や兵器のみ。例えば軍艦を運用するための軍港や、航空機の離着陸を行う滑走路などは自分たちで用意しなければならない。スオミの里のヘリポートは地面に分厚い木の板と鉄板を敷いただけの簡単なものだったからすぐ用意できたけど、さすがに本部を簡単に用意するのは無理である。
実働部隊や諜報部隊だけでなく、拠点を構築するための要因もスカウトするべきだろうか? それとも、業者を雇うか? でも、業者を雇ったら本部の位置が他の組織や騎士団に漏洩する可能性がある。モリガンの傭兵たちが使っていた銃を欲しがる商人はまだまだいるらしいから、同じ武器を使っているテンプル騎士団の事をかぎつければ、銃を手に入れるためにしつこく交渉に来たり、強奪するために襲ってくる事もあるだろう。
実際に親父が若かった頃、銃を売ってくれと何人も商人が押しかけてきた事があったという。もちろん、依頼ならば引き受けるが銃は売らないと言い放った親父は、まだ交渉にやってくる商人を全て門前払いにし、実力行使に移った商人は徹底的に蹂躙したという。
というわけで、業者に依頼するのは無しだな。出来るなら身内に頼みたいものだ。昔に廃棄された砦の跡とか廃墟があれば、最低限の改装だけで再利用できそうなんだが………ヴリシア帝国を目指さないといけないし、あまり寄り道は出来ないよな………。
「ふにゅ………」
「ん?」
「あ………タクヤ、まだ起きてたんだ」
俺と同じベッドで眠っていたラウラが、瞼を擦りながら起き上がった。白とピンクの水玉模様のパジャマを身に着けながら眠っていたんだが、パジャマの胸元のボタンは外れている。眠っている間に外れてしまったんだろうか。
「寝れないのか?」
「ん? 大丈夫だよ。………ねえ、タクヤ」
「どうしたの?」
「あのね、ちょっと話があるんだけど………いい?」
「ああ」
「じゃあ、ちょっとベランダに行こうよ」
ベランダ? 他の仲間に聞かれたくない話なのかな?
とりあえず、俺はメニュー画面を閉じて立ち上がった。ラウラは俺の手を引くと、尻尾を俺の腰の辺りに絡み付かせたままベランダの方へと静かに歩いていく。
10人まで宿泊できる大きな部屋には、バーベキューでもできそうな広いベランダが用意されている。10人分の椅子と広めのテーブルが置かれ、日よけ用のパラソルも置かれている夜のベランダに出ると、仲間たちの寝息すら聞こえなくなった。何も聞こえない。適度な涼しさと静寂だけの世界。
椅子を2つ並べて腰を下ろすと、ラウラは静かに俺の肩に寄りかかってきた。でも、いつものように甘えているような雰囲気ではない。ちらりと彼女の顔を見下ろしてみると、やはり甘えてくる時のように笑っておらず、逆に不安そうな顔だった。
「………どうした?」
「あのね、私………ダメなお姉ちゃんなのかな………」
「え?」
「タクヤがいなくなった時ね、ずっと不安だったの。私だけで何ができるのか分からなくて………。小さい頃からずっとタクヤを頼ってばかりだったから、きっと何もできないまま育っちゃったんだよね、私………」
不安だったのか………。
彼女の気持ちを理解した俺は、何も聞き返さなかった。
小さい頃から俺と一緒だったから、彼女は片割れがいなくなるだけで何もできなくなってしまう。きっと自分でも、俺がいなければ何もできない自分が嫌だったんだろう。
それに、彼女は同い年で腹違いとはいえ、俺のお姉ちゃんだ。やっぱりお姉ちゃんとしてしっかりしたいんだろう。
「………ラウラ」
「なに?」
「実はさ………俺も、ラウラと離れ離れになった時は………ずっと不安だった」
本当の話だ。メウンサルバ遺跡で落とし穴に落ちた時も、シベリスブルク山脈で雪崩に巻き込まれた時もずっと不安だった。確かにラウラは不器用だし、正確も幼いし、俺と比べると気が弱いところもある。でも今まで経験した戦いでは何度も彼女に救われているし、ラウラと一緒にいると落ち着くんだ。
だから、何もできないわけじゃない。ラウラは決して―――――――ダメなお姉ちゃんなんかじゃない。
「出来ない事があるのは当たり前だよ。1人で出来ないんだったら、俺も手伝うからさ。小さい頃からそうやって育ってきたじゃん」
「でも………」
「それに、俺はラウラみたいにスコープなしで狙撃できないぜ?」
「………」
「氷の魔術も下手くそだし、ラウラより足も遅いし。………できない事があるなら、補い合えばいい。俺はいつでも隣にいるからさ」
「タクヤ………」
ああ、俺はずっと隣にいる。
もし仮に「姉の隣から離れろ」と命令されたとしても、俺はずっと彼女の隣にいる。彼女を消すために大軍が送り込まれたのならば、俺はいつでもラウラのためにホルスターから銃を抜こう。
最後の最後まで―――――――俺は、ラウラの隣にいる。
「だからさ………えっと………隣にいるからさ………」
「?」
「あの………お、お姉ちゃんも………俺の隣に……いてくれるかな………?」
は、恥ずかしいな………。
月明かりの下で、じっと彼女の顔を見つめる。俺の言葉を聞いたラウラがほんの少しだけ目を見開き、ゆっくりと顔を上げた。
「こ、こんな不器用なお姉ちゃんでも………い、いいの………?」
「うん」
「あ、ありがと………。じゃあ、えっと………ずっと隣にいてね………?」
彼女の手をぎゅっと握り、首を縦に振る。
するとラウラは、顔を赤くしながら静かに俺に抱き付いた。
「ふふふっ………立派な子になったんだね」
俺も、ラウラを優しく抱きしめる。
立派な子になったのは、ラウラも同じだ。ラウラも立派な女の子になったじゃないか。
パラソルに遮られて三日月になった満月の下で―――――――俺はラウラをずっと抱き締めていた。
第八章 完
第九章に続く