異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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スオミの槍

 

 銀色の弾丸が、雪の中に蜃気楼の軌跡を残して駆け抜ける。

 

 極寒の中に生まれた灼熱の軌跡が霧散するよりも先に、その弾丸はどちらかの結果を残す。――――――命中するか、外れるか。それほど弾丸の弾速は速いのだ。

 

 ラウラが参戦してからは、その結果は殆ど前者となった。ラウラの狙撃が吸血鬼の肉体を撃ち抜いて四散させ、再生したばかりの身体に俺の射撃も次々に命中していく。

 

「ぐ………がぁ………ッ!?」

 

 数多の風穴を胸元や顔に開けられた吸血鬼は、俺とラウラに憎悪を向けながらも苦しみ続けていた。吸血鬼は強力な力を持つからなのか、非常にプライドが高い種族であると言われている。他の種族よりも自分たちが優れているからこそ、彼らと戦争になれば吸血鬼が必ず勝利する。なぜならば、吸血鬼こそが最も優れた種族であるからだと、幼少の頃から教育されるからだという。

 

 それゆえに、どんなに冷静な吸血鬼でも顔に泥を塗られるようなことをされれば、必ず激昂する。目の前の吸血鬼も、もう激昂している頃だろうか。空になってしまったハンドガンのマガジンを取り外し、尻尾でポケットの中からマガジンを取り出しながらそう思った俺は、一旦後ろに下がりながら相手を観察する。

 

 吸血鬼以外の種族との戦いで劣勢に立たされるのは、吸血鬼にとって許しがたい事であるに違いない。自分たちよりも劣っている相手だと高を括っていたといのに、その劣っている種族に追い込まれるのだから。

 

 傷の痛みと、自らが生み出した憤怒。外側に生じる傷と内側に生じるプライドの亀裂が、吸血鬼を追い詰めていく。

 

「な、何故だ………? 俺は吸血鬼だぞ? 他の種族よりも優れている筈なのに、どうして………!? ――――――こんなガキ共にぃッ!!」

 

 吸血鬼の体内で、闇属性の魔力が一気に膨れ上がる。魔術でも放つつもりかと思いつつ銃を向けていた俺を睨みつけた吸血鬼は、歯を食いしばりながら駆けだすと、自分の腕で作った禍々しい剣を両手に持ったまま跳躍し、空中からそれを振り下ろしてくる。

 

 怒り狂っている証なのか、彼は必死に歯を食いしばっている。人間よりも遥かに鋭い牙の間からは涎が垂れ落ちていた。

 

 ハンドガンの銃剣で受け止め、がら空きになっている腹を思い切り蹴り飛ばす。俺の右足は見事に吸血鬼のみぞおちに突き刺さり、吸血鬼は両手の剣から手を離しながら吹っ飛ぶと、一時的に呼吸ができなくなる苦しみに嬲られながらゆっくりと起き上がった。

 

 怒り狂えば相手は容赦がなくなる。確かに恐ろしい事だが―――――――怒れば、俺の事しか見えない。自分が憎悪を向ける怨敵の事しか見えなくなってしまう。

 

 周りに、更に危険な射手が潜んでいるというのに………。

 

「―――――――グボォッ!?」

 

 次の瞬間、剣を拾い上げようとしていた吸血鬼の上半身が爆ぜた。

 

 両腕の一部や胴体の欠片が鮮血と共に噴き上がり、崩れ落ちていく下半身の周囲の雪を真っ赤に汚していく。雪の中に漂い始める猛烈な血肉の臭いの中に混じったのは、幼少の頃から何度も嗅いでいる炸薬の臭いだ。

 

 俺のハンドガンが放つ9mm弾では、1発で吸血鬼の上半身を粉々にする破壊力はない。ハンドガンどころか、大口径の7.62mm弾を使用するアサルトライフルやバトルライフルでも、粉々にするのは不可能である。

 

 肉体を砕くには、12.7mm弾などのアンチマテリアルライフルクラスの攻撃でなければならない。そんな強烈な攻撃をいつでも繰り出せて、なおかつ吸血鬼の近くにいたのは―――――――彼女しかいないだろう。

 

 唐突に、吸血鬼から見て左側に広がっていた雪と冷たい風だけの空間が歪んだような気がした。まるで粘土と化した鏡を目にしているかのように空間が歪んだかと思うと、その歪んだ空間の中から漆黒の無骨な銃身が姿を現す。

 

 先端部に装着されているのは、まるで空洞になった金槌を横倒しにしたかのようなT字型のマズルブレーキ。その先端部から根元へと向けて伸びるのは、従来のライフルよりも遥かに強靭な銃身だ。銃身の下部には太いバイポッドが装備されており、一目で遠距離からの狙撃を主眼に置いた大口径の狙撃銃であるという事が分かるが、肝心な照準用のスコープは見当たらない。

 

 いや、彼女には必要がないのだ。

 

 キメラは簡単に言えば、突然変異の塊である。そのキメラの中でも特に特異な体質を持つ彼女だからこそ、スコープを装着していないライフルで約2km先の標的を撃ち抜くという離れ業を常に成功させられるのである。

 

 常にそんな遠距離で百発百中なのだから、こんな近距離で命中させられるのは朝飯前だろう。

 

 歪んだように見えた空間の中から巨大なライフルを手にして姿を現したのは、純白の防寒着に身を包んだ俺の腹違いの姉だった。純白の防寒着を身に着け、雪に囲まれているからなのか、炎や鮮血を思わせる彼女の特徴的な赤毛はいつもよりも映える。

 

 普段は俺に甘えてくる腹違いの姉の今の目つきは――――――――全くいつもと違う。そう、今は優しいお姉ちゃんではない。

 

 父親の最も獰猛な部分が遺伝したのか、彼女の目つきは甘えてくるお姉ちゃんとは思えないほど鋭く、とても冷たい。ずっと目を合わせているうちに身体が凍り付いてしまうのではないかと思ってしまうほど冷たい目が見据えているのは、照準器の向こうで再生を始め、起き上がろうとしている吸血鬼の姿である。

 

 彼女の左手が、素早くボルトハンドルを引く。ガキン、と無骨で重々しい金属音が雪の中に響き、通常のライフル弾よりも遥かに巨大な薬莢が、陽炎と熱を纏いながら雪の中へ消えていく。

 

「クソ、調子に乗りやがって………!」

 

 先ほどの膨れ上がった魔力が、再生が終わったばかりの吸血鬼の右腕に集中する。毒々しい紫色の光となって実体化したそれは、彼の右手の前で人間の胴体くらいの大きさの魔法陣を展開したかと思うと、その表面にいくつかの小さな紫色のエネルギー弾を形成し始める。

 

 相手の反撃を察した俺は、再装填(リロード)を終えたハンドガンを手にしたまま吸血鬼へと向かって駆けだした。相手が攻撃する前に阻止できればいいが、おそらくあの魔術を止めることは不可能だろう。もう詠唱は始まっており、魔法陣も完成している。ステラが以前に闘技場でやったように暴発を狙うのは無理である。

 

 ダネルNTW-20を構えていたラウラが、再び姿を消した。彼女は俺と違って氷を操るキメラで、外殻の形成による防御を苦手としているが、その代わりに便利な能力を身に着けている。

 

 その一つが、氷を操る能力だ。空気中の水分を集中させて瞬時に氷結させることで、何もない空間から氷の槍を生成して攻撃したりする事ができるのだが、それはまだ序の口だ。彼女の能力の真価は、現代兵器と組み合わされた際に発揮される。

 

 姿を消したように見えるが、彼女の姿が消えたわけではない。あれも氷の能力の応用で、自分の身体の周囲に展開した氷の粒子を身に纏っているだけなのだ。極めて透明度の高い氷の粒子たちを身に纏う事で周囲の口径を反射させることで、まるでマジックミラーのように自分の姿を消しているのである。

 

 しかも消費する魔力の量も少ないため、魔力で探知することも不可能。しかも氷の粒子でしかないため極端に温度が下がることはなく、温度で彼女を探知することも不可能となる。魔術でも、現代兵器の技術でも探知することは極めて困難な狙撃手なのである。

 

 そんな存在が、相手を一撃で仕留められるような大口径の狙撃銃を装備していれば、敵は彼女に怯えながら戦わなければならない。

 

 ラウラが姿を消した瞬間、吸血鬼は目を見開いた。いきなり赤毛の少女が姿を消してびっくりしたんだろう。

 

 だが、出来るならば俺も警戒して欲しいものだ。ラウラももちろん吸血鬼を攻撃するが、すぐ目の前に敵の1人がいるんだぜ?

 

「ッ!」

 

「はぁっ!!」

 

 体勢を低くしつつ、まるで発射されるミサイルのようにハンドガンの銃剣を上へと振り上げる。吸血鬼の鼻を掠めたが、仮に吸血鬼の顔を切り刻んでいたとしても致命傷ではなかっただろう。銃剣の刀身は通常の素材で作られているため、吸血鬼の弱点ではないのだから。

 

 こいつを仕留めるには、銀や聖水などの弱点で何度も攻撃したり、複数の弱点で同時に攻撃しなければならない。先ほどから何度も銀の弾丸を撃ち込んでいるが、立て続けに再生しているという事はこいつも強力な吸血鬼という事だ。

 

 幹部クラスの吸血鬼ということか。

 

 やはり、あのフランシスカとは格が違う………!

 

 くるりと回転して左手のCz75SP-01の銃剣で斬りつけつつ、右手のハンドガンの銃口を押し付け、何度もトリガーを引いた。銀の9mm弾が肉体に撃ち込まれ、内臓を引き裂く度に吸血鬼の肉体がびくりと痙攣を繰り返す。彼らの再生能力でも再生が困難な攻撃手段が、彼らの内臓をズタズタにしていく。

 

「ガァッ! ギッ……! ギェッ………!? このぉッ!!」

 

 ずぼん、と銃剣を腹から引き抜き、そろそろ攻撃を切り上げようとしたその時だった。まだ片手に持っていたあの禍々しい剣を、吸血鬼が振り下ろしてきたのである。

 

 銃剣で受け止めるべきかと思いつつ、斜面を覆う雪を蹴って後ろへと下がりつつ得物を構えるが――――――銃剣で受け止める筈だった相手の剣戟は、飛来しなかった。

 

 剣が振り下ろされた瞬間に、何の前触れもなく吸血鬼の片腕が吹っ飛んだのである。

 

「ガァッ!?」

 

 飛来する攻撃を受け止めるため、上を見上げつつ得物を構えていた俺には、その攻撃の正体が見えた。

 

 銃声を置き去りにして飛来した20mm弾が側面から襲い掛かり、吸血鬼の肘の辺りに着弾したのだ。いくら恐ろしい再生能力を持つ吸血鬼とはいえ、防御力そのものは人間と大差ない。つまり20mm弾が直撃すれば、常人のように呆気なく吹き飛ばされてしまうのである。

 

 凄まじい速度で振り下ろされる吸血鬼の腕を、スコープを装着していないライフルでラウラが狙撃したのだ―――――――。

 

 防御力は人間と変わらないが、瞬発力は人間の比ではない。その速度はおそらく弾丸の飛来する速度と同程度だろうか。ラウラはそんな凄まじい速さで振り下ろされる腕を、側面から正確に撃ち抜いたのである。

 

 親父が「狙撃の技術ではラウラに負けた」と笑いながら認めていたが、やはり―――――――彼女の狙撃の技術は、ヤバい。

 

「――――――怪我はない?」

 

「あ、ああ」

 

 片腕を失って絶叫する吸血鬼を蹴り飛ばしながら答えると、ラウラはアンチマテリアルライフルを背負いながら、腰に下げていた銃身の短い2丁のアサルトライフルを取り出した。一見するとブル・パップ式のSMG(サブマシンガン)のようにも見えてしまうほど銃身が短く、トリガーとグリップの前はすぐに銃口になっている。銃身の上部へと伸びるキャリングハンドルはフランス製アサルトライフルのFA-MASを彷彿とさせるけど、やはり銃身が短すぎる。

 

 彼女が取り出したのは、ロシア製ブルパップ式アサルトライフルのOTs-14グローザだ。短すぎる銃身とキャリングハンドルが特徴的な、特殊部隊用のアサルトライフルである。

 

 中距離戦や近距離戦になった場合のメインアームとして彼女に支給していたそれを手にしたという事は、ラウラも接近戦に移るという事なんだろう。

 

 俺たちの目の前で、またしても吸血鬼が起き上がる。弱点の銀で立て続けに攻撃しているというのに、死ぬ気配はない。不死身なのではないかと思ってしまうほどの再生能力だが―――――――よく見ると、傷口の再生速度が段々と遅くなってきているのが分かる。

 

 緩やかに断面から骨と筋肉の束が伸び、少し遅れながらその表面を皮膚が覆っていく。やがて手首が元通りになり、筋肉の束と骨が5つに分かれて指を形成していき、元の手の形に戻る。先ほどまでは10秒足らずで再生していたが、今ではもう倍以上の時間がかかっている。

 

 つまり、弱っているという事だ。

 

「ラウラ!」

 

「うんっ!」

 

 一気に畳みかける!

 

「こ、この………ガキ共がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 先ほどから何度も手足を吹き飛ばされ、追い詰められた吸血鬼が絶叫する。

 

 左手を突き出し、凄まじい速さで魔法陣を形成する吸血鬼。そこから無数の紫色の矢にも似た光が放たれるが、その命中精度は最悪だった。本当に俺たちを狙っているのかと思ってしまうほど、照準がずれている。弱っているせいで照準を合わせられなくなったのか、それとも激昂しているせいで照準を合わせる余裕がないのだろうか。

 

「俺は……吸血鬼だぞ!? てめえらみたいな人間とドラゴンの混血みたいな、中途半端な化け物とは違うんだッ! 俺は吸血鬼だ! 世界を支配した吸血鬼の1人なんだッ!!」

 

 それは300年前の話だろうが。

 

 世界を支配したレリエルは大天使に封印され、11年前に親父に倒された。もうお前たちの英雄は、この世に存在しないんだ。

 

 街中にいればたちまち少女たちが集まってくるような金髪の青年の美貌は、憤怒で滅茶苦茶になっていた。美しい金髪は自分の血で汚れ、野心家を思わせる目つきはすっかり鋭くなってしまっている。元々顔が美しかったからなのか、なおさら醜悪に見えてしまう。

 

 姿勢を低くし、再び前傾姿勢になりながら攻撃を仕掛けようとする俺とは対照的に、隣を走っていたラウラが跳躍した。彼女のブーツのかかとの辺りからサバイバルナイフを展開し、まるでかかと落としを叩き込むかのようにサバイバルナイフを吸血鬼の頭に振り下ろす。

 

「ぎえっ―――――――」

 

 がつん、と頭蓋骨にナイフの刀身が激突する音が聞こえてきた。吸血鬼が血の混じった涎を口の端から垂れ流しながら、白目を剥いている。

 

「やっぱり、無理だったじゃねえか」

 

 銃剣を喉元に突き刺し、そのままトリガーを引きながら冷たい声で言う。

 

「俺は殺せないし、ラウラも犯せない」

 

 首を穴だらけにしつつ、銃剣を引き抜いて何度も振り払う。尻尾でマガジンを交換しつつ再装填(リロード)を済ませ、再生している途中だというのに斬撃と射撃で追い詰めていく。

 

 俺の9mm弾とラウラの7.62mm弾に蜂の巣にされた吸血鬼は、もう断末魔すら発することもできずに、闇属性の魔力と鮮血を風穴から垂れ流しながら、崩れ落ちていった。

 

「―――――――お姉ちゃん(ラウラ)は、俺のものだ」

 

 誰にも渡さない。

 

 こんな奴に――――――――渡してたまるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪の中に、その物体は屹立していた。

 

 純白の雪に埋め尽くされた古い炭鉱のクレーターの中から伸びる柱にも似たそれは、まるで天空を貫こうとする槍のようにも見える。しかし、槍と呼ぶには機械的な形状で、下部に行けば行くほど形状は複雑になっている。

 

 スオミの里の外れにある炭鉱に設置されているそれは、里の切り札としてタクヤが所有するポイントの大半を費やして設置していった巨大兵器であった。その兵器を、戦士たちは――――――――『スオミの槍』と呼んでいる。

 

 槍に見える胴体だけで、その長さは約36mに達するだろう。無骨で巨大な台座に支えられたその巨躯の内部は空洞になっており、胴体はまるで巨大な橋を支えるための支柱にも似た柱で補強されている。

 

 その槍の周囲では、防寒着に身を包んだスオミの里の戦士たちが慌ただしく作業を続けていた。キャットウォークの上を駆け回り、壁面に埋め込まれたスイッチを操作してレバーを倒し、後端部にあるクレーンで巨大な物体を釣り上げる。太いワイヤーとアームによって掴み上げられたその物体は、円錐状の先端部と楕円形の胴体を持つ、まるで砲弾のような形状の金属の塊であった。

 

「急げ、アールネたちからの砲撃要請だ!」

 

「オーライ! よし、砲弾下ろせ!」

 

「イエッサー!!」

 

 クレーンで釣り上げられていたそれは、ただの鉄の塊などではない。今から後端部から槍の内部に装填され、雪山で戦う仲間たちを苦しめる敵の元へと砲弾が送り届けられるのである。

 

 スオミの槍と呼ばれるその切り札の正体は―――――――かつてドイツ軍が、第一次世界大戦で投入した『パリ砲』と呼ばれる巨大な列車砲をベースにした、超遠距離砲撃用の巨大な滑腔砲である。

 

 パリ砲は、その名の通りドイツ軍がパリを砲撃するために設計した巨大な列車砲である。当時の戦車砲や戦艦の主砲だけでなく、第二次世界大戦の戦艦の主砲でも類を見ないほど長大な砲身を持つ巨大な兵器で、その射程距離はなんと約130kmにも達する。発射された砲弾は高高度まで高度を上げ、そのまましばらく成層圏を飛行してから目標地点に落下するのである。

 

 スオミの槍は、そのパリ砲の発展型と言える。

 

 砲身を約28mから36mに延長し、列車に搭載するのではなく地表に固定することで強度を確保してある。延長された砲身の負荷は支柱の増設によって補っており、砲身内部に用意されていたライフリングも撤去して滑腔砲に変更している。滑腔砲を採用したのは、砲身の強度の確保と軽量化とコスト削減のためである。

 

 口径は戦艦大和と同じく46cmに大型化することにより、更に破壊力を向上させることに成功した。その代わり砲弾の装填は後端にあるクレーンで行う必要があり、再装填(リロード)にはかなり時間がかかってしまう。

 

 しかし、各所を自動化して人員を削減しているため、このスオミの槍の運用に必要な人員は僅か10名となっている。

 

 発射された砲弾は改造前のパリ砲と同じく、高高度まで一気に高度を上げる。そのまま落下して目標を撃破するというのは同じだが、こちらは砲弾の先端部にセンサーを搭載しており、スオミの里に配備されているコマンチやブラックホークが目標へと誘導するか、歩兵が砲撃支援要請地点に誘導用のビーコンを設置することで、そのビーコンへと落下するようになっているのである。これによってビーコンが確実に機能している場合に限り命中率は100%となっており、最大射程となる260km以内であれば確実に命中するようになっている。

 

 装填できる砲弾は通常弾や榴弾だけでなく、アメリカ軍が開発した圧倒的な破壊力を誇る爆弾の『MOAB』を内蔵した特殊榴弾も発射可能となっているため、その破壊力が山脈を破壊しかねないというのは想像に難くない。

 

 その怪物が、ついに実戦に投入されるのである。

 

『装填完了!』

 

「よし、では砲撃要因以外はただちに地下壕へと退避せよ。警報発令!」

 

『了解! ………おい、退避急げ! 吹っ飛ぶぞ!!』

 

 砲撃体勢に入ったことを意味するサイレンが響き渡り、それを耳にした作業員や戦士たちが炭鉱の坑道を改造した地下壕へと退避していく。

 

 最後の1人が地下壕へと入り、分厚い金属製の扉を閉鎖したのを双眼鏡で確認したマンネルヘイムは、くるりと後ろを振り返ると、砲手の座席に腰を下ろす戦士に向かって頷いた。

 

 凄まじい射程距離と破壊力を併せ持つだけでなく、発射の際の衝撃波まで凄まじいため、使用する際は長老であるマンネルヘイムの承認が必要となる。アールネたちがニパの救出に向かった際、もしかしたらこの最終兵器の出番があるのではないかと思っていたマンネルヘイムは、予想通りに出番があったことに驚きながらもすぐに使用を承認していた。

 

 下手をすると味方を巻き込む可能性があるが――――――――アールネならば上手く退避するだろう。彼はそう思っていたからこそ、あっさりと承認したのである。

 

 装填した砲弾は、デーモンやグールなどに効果があると言われている聖水を内蔵した『聖水榴弾』。着弾してから炸裂し、広範囲に聖水と衝撃波をまき散らすという恐るべき兵器である。聖水は常人に対しては全く殺傷力は無いものの、衝撃波だけでもヘリが墜落するほどの破壊力があるため、どの道付近の味方は退避させなければならない。戦艦大和の主砲と同じ口径の破壊力は伊達ではないのだ。

 

「砲撃準備完了。スオミの槍よりカワウ1-3へ。砲撃地点の誘導を開始せよ」

 

『了解!』

 

 砲手の目の前にあるモニターに、シベリスブルク山脈の地図が表示される。その山脈の麓の部分に何の前触れもなく赤いマーカーが浮き上がったかと思うと、そのまま点滅を始めた。

 

『砲撃地点、転送しました』

 

「了解、確認した。ただちに着弾地点周辺より退避せよ」

 

『了解! 兄さん、退避を!!』

 

『分かってる! おい、回収頼む! ハユハたちにも逃げろって伝えろ! 吹っ飛ぶぞ!!』

 

 着弾すれば、あのマーカーの周囲は衝撃波で蹂躙されることだろう。デーモンやグールでは耐え切れまい。

 

「砲身角度修正、仰角2度。………修正良し」

 

 発射された砲弾は、落下を開始する段階で目標地点へと誘導され始める。そのため正確に照準を合わせる必要はないのだが、適当に照準を合わせれば当然ながら命中しない。爆風や衝撃波で蹂躙される範囲が広いために、調整は正確に合わせる必要がある。

 

 がごん、と重々しい音が聞こえ、長大な砲身が固定される。

 

「カウントダウン開始。………10、9、8、7、6、5、4、3、2、1……0!」

 

「―――――――打ち壊せ(ハッカペル)ッ!!」

 

「発射(ファイア)ぁッ!!」

 

 砲手が発射スイッチを押した直後――――――――36mの砲身が、火を噴いた。

 

 


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