異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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シベリスブルクの激戦

 

 スオミの里の外れにある炭鉱のヘリポートで、新たな猛獣が目覚めようとしていた。

 

 30分ほど前にヘリポートを飛び去って行ったコマンチと比べると、機首にあるキャノピーは広くなっており、ずんぐりしているように見える。その胴体の左右にはドアガンのM134ミニガンが左右に1基ずつ装備されており、そのやや後方には兵員が乗るための扉がある。

 

 がっちりした胴体から左右に延びるのは、武装を搭載したスタブウイングだ。出撃していったコマンチもスタブウイングにロケット弾を満載したロケットポッドを装備していたのだが、そのヘリのスタブウイングに搭載されているロケットポッドの数は、最早ヘリに搭載するような数ではなく、まるで爆弾やロケットランチャーを搭載した攻撃機のようであった。

 

 ハイドラ70ロケット弾を19発搭載できるロケットポッドが、左右のスタブウイングにそれぞれ3基ずつ装備されているのである。コマンチにも同型のロケットポッドが搭載されていたのだが、そちらは左右のスタブウイングに2基ずつとなっており、ロケット弾による攻撃力はこちらの方が上となっている。

 

 しかし本来はこのような攻撃に投入されるような機体ではない。このような改造を受けたのは、スオミの戦士たちからの要望である。

 

「兄貴、本当に兄貴まで出撃するんですか!?」

 

「当たり前だ! ニパの奴がやられたんだぞ!?」

 

 スオミの里に配備されたEH-60Cの機体の傍らで、キャビンのドアを開けてヘリに乗り込もうとする巨漢の腕を、彼から見れば細身のハイエルフの少年が掴んだ。アールネは優秀な戦士の1人だが、彼の役割は指揮官である。明らかに最前線で戦えるような役職ではない。

 

 それにもかかわらず武器を手にして出撃しようとするのは、戦士たちへの彼の思いやりでもある。

 

 まだ手を離そうとしない背の小さな少年をぎろりと睨みつけた彼は、大きな右手で強引に彼の腕を掴んで引き離すと、まだ彼を止めようとする少年に向かって野太い声で叫んだ。

 

「いいから俺の対戦車ライフル(ノルスピッシィ)を持ってこい!」

 

「りょ、了解!」

 

 自分よりもがっちりとしている大柄な戦士に怒鳴りつけられた少年は、それ以上彼を止めようとはしなかった。もし仮に今の怒鳴り声を至近距離で喰らって耐えたとしても、アールネは強引に彼を引き離すか、手荒だが気絶させてヘリに乗り込んでしまう事だろう。

 

 キャビンのドアを開けてヘリに乗り込んだ彼は、一足先に乗り込んでいた戦士たちを見渡すと、頷いてから開いている座席に腰を下ろし、息を吐いた。

 

 撃墜されたニパとサシャを救出するため、臨時で編成された救出部隊の兵員は8名。そのうち2名はヘリの操縦と重火器による航空支援を行うため、実質的に戦場へと降り立つ事になるのはアールネを含めて6名という事になる。

 

 相手は無数のグールやデーモン。圧倒的な数の敵を迎え撃つのは、長年の実戦で鍛え上げられたスオミの里の優秀な戦士たち。

 

 彼らの武装は、主にボルトアクションライフルやセミオートマチック式のライフルと、旧式のSMG(サブマシンガン)となっている。

 

「――――――今から、サシャとニパを助けに行く」

 

 座席に座りながら腕を組み、アールネは戦士たちに言った。

 

 あの2人のコマンチが撃墜されたという知らせを聞いてから、戦士たちはみんな心配しているのだ。スオミの里の戦士は、騎士団の騎士たちのように人数が多いわけではない。少数精鋭の戦士たちで、長年この里を侵略者たちから守り抜いてきたのである。

 

 それゆえに、里の中では赤の他人というのは在り得ない。話したことのない若者がいるとしても、全員かけがえのない〝戦友”なのだ。

 

 ニパとサシャも、同じだ。今まで魔物の襲撃から里を守り、盗賊団を退け、共に防寒着に身を包みながら見張りを続けてきた大切な戦友である。だから見捨てるわけにはいかない。必ず助け出し、里へと連れて帰る。

 

 2人が死んでいるかもしれないという最悪の仮説を口にする者は、戦士の中にはいなかった。なぜならばニパは、ついてないカタヤイネンと呼ばれる男であるが、ひたすら努力を続けて技術を身に着け、あらゆる激戦を生き残ってきた猛者の1人なのだ。だから、彼は生きているに決まっている。戦士たちはニパの事を信じているのだ。

 

「兄貴、どうぞ!」

 

「おう! ついでにSMG(サブマシンガン)もくれや」

 

「おいおい、兄貴。あんまり武器を持ち過ぎると、肝心なブラックホークが重量オーバーで飛べなくなりますぜ?」

 

 彼らの持つモシン・ナガンM29やSKSカービンよりも遥かに長い銃身を持つ対戦車ライフルの『ラハティL-39』を受け取ったアールネは、それを軽々と持ち上げてキャビンの中へと強引に放り込むと、予備のマガジンを受け取ってから防寒着のポーチの中に放り込み、愛用の得物を持って来てくれた少年に礼を言ってからキャビンのドアを閉めた。

 

 ラハティL-39は、冬戦争や継続戦争で活躍したフィンランド製の対戦車ライフルである。当時の対戦車ライフルに使用される弾薬は、一般的にボルトアクション式のライフルよりも大口径のものが多かったのだが、このラハティL-39の口径は他国の対戦車ライフルよりも大きい。

 

 一般的なライフルで使用される7.62mm弾に対し、このラハティL-39は20mm弾を使用するのである。戦闘機に搭載するための機銃や対空射撃用の機関砲に使用されるようなサイズの弾薬であり、当然ながらその破壊力は平均的な対戦車ライフルと比べると抜きん出ている。

 

 やはり銃身は長く、その太い銃身はバレルジャケットで覆われている。20mm弾の入ったマガジンは、従来のライフルのように側面や下部から装着する方式ではなく、銃身の上に装着する方式となっている。現代ではすっかり廃れてしまった方式だが、第二次世界大戦の頃までは主流な方式の1つであり、イギリスのブレンガンや旧日本軍の九九式軽機関銃も同じ方式であった。

 

 銃身の下部には、まるでスキー板を彷彿とさせる形状のバイボットが搭載されている。

 

 圧倒的な破壊力を誇る対戦車ライフルだが、当然ながら重量は通常のライフルとは比べ物にならないほど重い。華奢な者が多い傾向にあるハイエルフの1人だというのに、そのような重い兵器を好んで使うアールネは、一般的な人間から見てもかなりの変わり者と言わざるを得なかった。

 

「――――――いくぞ、てめえら」

 

 先ほどまで仲間の1人のジョークで笑っていた戦士たちは笑うのを止めると、真面目な表情で首を縦に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う………」

 

 身体中を激痛に包み込まれながらも、ニパは静かに瞼を開けた。激痛以外に感じる感覚は常軌を逸した寒さだけだが、一体何が起きたのかをすぐに思い出すことは出来そうになかった。思い出そうとしても、なぜこんなところにいるのかという情けない疑問しか思い浮かんでこない。

 

 しかし、まるで鈍器で叩き割られたかのような穴が開いたキャノピーの向こう側から、おぞましい咆哮が聞こえてきた瞬間、ニパは反射的に激痛を発している腕を傍らのケースの中へと伸ばしていた。

 

 ケースの蓋を素早く開け、中から非常用の武器を取り出す。

 

 その中に納まっていたのは、まるで猟銃の銃身を短くし、下部にドラムマガジンを取り付け、短くなった銃身にバレルジャケットを搭載したかのような形状の、古めかしいSMG(サブマシンガン)であった。

 

 スオミの里で採用されている、『KP/-31』である。拳銃用の弾薬である9mm弾を使用する銃であり、平均的なSMG(サブマシンガン)よりも多くの弾丸を装填できるドラムマガジンを搭載しているため、ライフル弾より威力やストッピングパワーは低下するものの軽機関銃のように撃ちまくることが可能である。しかし平均的なSMG(サブマシンガン)と比べると重いため、スオミの里でこの銃を使っているのは腕力が強い戦士たちだけとなっている。

 

 万が一のために、里に配備されているヘリや戦車の中にはこのKP/-31が配備されている。今のように撃墜された際や、戦車が行動不能になった際に使う事を想定して配備されている。

 

 銃を手にしながら座席から静かに体を起こしたニパは、額から流れる血を左手で拭い去りながら、一緒にヘリに乗っていた筈のサシャを探し始めた。あの寡黙な男はこのコマンチにガンナーとして乗り込んでいた。几帳面でなかなか冗談を言わないような男だったが、戦士たちの中で一目置かれていた男である。こんな時にまで寡黙にならないでくれと思いながら、ニパはそっとガンナーの座席を覗き込んだ。

 

 ガンナーの座席からは呻き声すら聞こえてこない。撃墜された衝撃で死んでしまったのではないかと思いながらも、身体を起こしてガンナーの座席を見据えると――――――――サシャは、やはりその座席に腰を下ろしていた。

 

 ニパと同じように額から血を流しながら、まるで椅子に座ったまま居眠りをする学生のように俯いた状態で座席に腰を下ろしている。彼の顎からは、額から溢れた鮮血が床へと滴り続けていた。

 

「サシャ」

 

 戦友の名を呼んでみたが、返事が返ってくる気配はない。

 

 彼の身体を揺すろうと、手を伸ばしたその時だった。

 

『グゥ………?』

 

(やべえッ………!)

 

 墜落したコマンチの近くを、1体のグールが通りかかったのである。まるで旧式の防具に身を包み、古めかしいデザインの槍を手にしたミイラのような姿の魔物は、身体と同じく干からびているにもかかわらず真紅に煌めく双眸をコマンチの残骸へと向け、ゆっくりとコマンチへと接近してくる。

 

 グールの戦闘力は低い。群れで現れた場合は厄介な存在となるが、目の前にいるグールはどうやら単独だ。撃破するだけならば全く問題はない。

 

 しかし、そうしようとすれば銃声でこちらがまだ生きているという事を敵の群れに教えてしまう事になる。銃は強力だが、サプレッサーを装備しない限りは隠密行動には向かない。いつでも撃破できるのに、撃破することは許されないという歯がゆさと危機感を感じながら、ニパは銃を構えつつ息を殺した。

 

 いっそのこと発砲するかと思ったニパだったが、照準を合わせようとした直後に、その決断が正しかったという事を知る羽目になる。

 

 ずしん、とやけに野太い音を響かせながら、巨大な赤黒い足がコマンチのすぐ近くに落下してきたのである。その足の先には、悪魔のような翼の生えた巨大な上半身と、まるで山羊を思わせる巨大な頭があった。

 

(で、デーモン………!)

 

 グールならば倒せるだろう。しかし、デーモンを9mm弾で撃破するのは難しいかもしれない。

 

 もし数秒前に発砲していたら、あのデーモンの足は雪ではなく自分のいるコマンチの残骸を踏みつけていたかもしれない。トリガーを引かなくて良かったと安堵するニパだったが、雪の向こうから噴き上がった火柱に照らされた影を目の当たりにした瞬間、その安堵を投げ捨てる羽目になった。

 

 火柱を生み出したのは、燃料が減少していく中で奮戦しているラウラ(ハユハ)たちのチャレンジャー2。粘着榴弾でグールの群れを吹き飛ばしたらしく、火柱の周囲には干からびた肉片が飛び散っている。

 

 そのチャレンジャー2の位置を確認したニパは、自分とサシャが墜落した地点をすぐに予測した。

 

 2人は、奮戦するチャレンジャー2の反対側に墜落してしまったらしい。しかも墜落したコマンチの周囲には、少数とはいえグールとデーモンが徘徊している。サシャを抱えてチャレンジャー2まで走っていくのは不可能であった。

 

(なんてこった………!)

 

 敵に気付かれないように、このまま残骸の中に潜むしか手はない。

 

 そう理解したニパは、息を呑んでからKP/-31を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コマンチが撃墜されたことで、再びナタリアたちは後退しながらグールやデーモンの群れの相手をしなければならなくなってしまった。

 

 虎の子のコマンチは片方が撃墜され、もう片方は弾薬の補給のために里へと撤退している。おそらく撃墜されたカワウ1-1のために救出作戦が実行されるに違いないが、もう1機のコマンチが到着するまでは、最初と同じ状態だ。弾薬も数が減り、燃料も底を突き始めている状態では最初よりも不利な状況かもしれない。

 

「カノン、APFSDSは弾切れです」

 

「では、粘着榴弾を!」

 

「了解(ダー)」

 

 ついに、デーモンを片っ端から葬り続けていたAPFSDSが底を突いてしまったらしい。装填手(ステラ)と砲手(カノン)の話を聞いて唇を噛み締めたナタリアは、キューポラのハッチを開けて砲塔の上から身を乗り出すと、腰のホルスターからサイドアームのCz75を引き抜き、肉薄し始めているグールを片っ端から撃ち抜いた。

 

 防具に身を包んでいるグールだが、粗悪品なのか拳銃用の弾丸でも貫通することは出来るようだ。ガチン、と金属音を奏でながら貫通していく9mm弾が、次々にグールの頭や胸元に風穴を開けていく。

 

 瞬く間にマガジンの中が空になったハンドガンを再装填(リロード)しながら、ナタリアは危機感を感じていた。

 

 対デーモン用のAPFSDSは底を突いた。残っている砲弾は粘着榴弾のみで、主砲同軸とハッチの上に搭載されているKordはまだまだ弾薬が残っているが、デーモンを撃破するためには火力が足りないと言わざるを得ない。

 

「ラウラ、燃料は!?」

 

『ふにゅ、あと5分の1!!』

 

 果たして、あと何分逃げ続けることができるのか。

 

 一段と強くなった危機感を感じながら、ナタリアはハンドガンをホルスターに戻し、ハッチの縁にマウントされているKordのグリップへと手を伸ばした。スコープを取り付ければアンチマテリアルライフルにも見える重機関銃の照準器を展開し、槍を構えて肉薄してくるグールを次々に粉砕する。

 

 血の臭いと炸薬の臭いが、この雪山で戦う者たちの鼻孔を支配する。銃声と爆音がそれ以外の音を排除し、雪山の一角に居座り続ける。

 

 デーモンの放った闇属性の光の矢が、再び砲塔を掠めた。砲塔には命中することはなかったが、装填手用のハッチの近くにマウントされていたKordがその一撃の餌食となってしまう。マズルブレーキが装着された銃口から後端のグリップまで貫いた闇の矢は、そのまま落下していく砲弾のように高度を落とし、斜面の表面を抉り取った。

 

「機銃が………!」

 

 まだ、Kordは車長用のハッチにもマウントされているし、主砲同軸にも同じものがある。しかし、弾薬もろとも武器を喪失するのは今の彼女たちにとってはかなりの痛手である。

 

 燃料がなくなるか、粘着榴弾が尽きればもう白兵戦だ。しかも白兵戦の武器も、タクヤがいないせいで手持ちの武器を使うしかない。車内に用意されている数丁のPP-2000となけなしの手榴弾だけでは、この敵の大軍を殲滅することは不可能であった。

 

 そのとき、絶望しながらも奮戦するナタリアたちの心を折ろうとしているかのように、聞き覚えのある狂った笑い声が爆音の真っ只中に響き渡った。

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィッ!! おお、すげえじゃん! ガキ共のくせに、そんなに足掻くなんて想定外だぜぇッ!!」

 

『今の声は………?』

 

 無線機から、粘着榴弾の装填を続けるステラの呟く声が聞こえる。ナタリアも同じく、その声に聞き覚えがあった。

 

 ラトーニウス王国のメウンサルバ遺跡で、天秤の手がかりを奪い合ったあの吸血鬼の青年ではないのか? 少女たちを虜にしてしまいそうな美青年だったが、正確は極めて残忍で、常軌を逸した狂気を孕む吸血鬼。あの時はタクヤの参戦で逆転する事ができたが、今回はタクヤがいない。しかも吸血鬼に有効な銀の弾丸は、1発も持ち合わせていない。

 

 立て続けに襲い来る焦燥を抑え込み続けるナタリアの目の前に、ついにその金髪の美青年が姿を現す。チャレンジャー2を破壊するために殺到するグールやデーモンたちの全力疾走を嘲笑うかのように、その吸血鬼は雪の降り注ぐ空中に浮遊していた。

 

 背中からは、まるでコウモリの翼を大きくしたような翼が伸びている。吸血鬼たちの中には、あのように自由に翼を展開して飛行する事が出来る者がいるという。

 

 やはり、その不気味な翼を広げているのは、メウンサルバ遺跡で戦ったユーリィであった。

 

「あなた………! こいつらを召喚したのはあなたね!?」

 

「ヒッヒッヒッヒッ。ああ、そうさ。こういう怨念の使役は吸血鬼の専売特許なんだよぉ、金髪の美少女ッ!」

 

 ナタリアは反射的にKordをユーリィへと向けたが、銃身のカバー内部へと伸びている弾薬のベルトが亡くなっていることに気付き、慌てて予備のベルトを近くの箱の中から引っ張り出した。先ほどの掃射でベルトを使い果たしていたらしい。

 

 敵意を向けて威嚇するナタリアだが、威嚇や敵意を向けるのは無駄である。あの吸血鬼はこちらの武器を向けたところで攻撃してくるだろうし、人体を木端微塵にする大口径の弾丸を喰らったところで、吸血鬼の弱点で攻撃しなければ彼らは永遠に再生を続ける。

 

 しかも、燃料も少ない。吸血鬼の弱点はない。粘着榴弾の残弾も少ない。

 

 虎の子のコマンチは補給中だし、武器を自由に生み出せるタクヤは雪崩で行方不明。四面楚歌としか言いようのないこの状況で、吸血鬼やデーモンの群れを殲滅できる可能性は――――――0%である。

 

 逃げたとしても燃料が足りないし、ニパとサシャを置き去りにすることになる。

 

(何やってんのよ、あのバカ………!)

 

 自分の命を救ってくれた傭兵の息子は、何をしているのか。

 

 焦燥が弾け飛びそうになった、次の瞬間だった。

 

 突然、戦車砲の咆哮にも似た炸薬の雄叫びが、雪山の中に響き渡る。魔物やデーモンの咆哮ではないという事にすぐに気付いたナタリアやラウラたちだったが、チャレンジャー2のライフル砲が火を噴いたわけではない。第一、まだ砲身に粘着榴弾の装填が済んでいない。

 

 では、今の咆哮は何なのか。予測が終わるよりも先に、その答えは飛来する。

 

『ゴォッ!?』

 

「なっ!?」

 

「え――――――?」

 

 冷たい風の中を、微かに炎を纏った何かが疾走してきたのである。その飛来した何かはユーリィの真下を突き抜けると、彼の後ろで唸り声を上げていたデーモンの顔面を直撃し――――――その瞬間に生み出した爆風で、デーモンの首から上を抉り取った。

 

 後ろへと崩れ落ちていくデーモン。スオミの里の援軍がやってきたのかと思ったナタリアだが、彼女が今の砲撃が飛来した方向を振り向くよりも先に、無線機からまたしても聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

 それは、ユーリィのように敵対したものが発する威圧感ではない。むしろ、絶望を炎で焼き尽くしてくれるかのような、力強い声である。

 

『―――――みんな、無事か!?』

 

『ふにゃっ!? タクヤ!?』

 

「嘘………!」

 

『お兄様!?』

 

『タクヤ………!』

 

 聞こえてきたのは―――――――雪崩に巻き込まれた筈の、少年の声だったのだ。

 

「バカ………もっと早く帰ってきなさいよ、このバカ!!」

 

『ハハハハッ、悪い。心配かけちまったな』

 

『ふにゅう………お帰り、タクヤっ!』

 

『ただいま、お姉ちゃん! 会いたかったよ!!』

 

 絶望的な状況だったが、これで現代兵器での反撃ができるようになった。それに――――――ナタリアにとってのヒーローが、戻ってきてくれた。

 

 ネイリンゲンで押さなかった自分を救ってくれた赤毛の傭兵。彼の息子が、仲間たちの所に戻ってきてくれたのである。

 

 これならば、あの吸血鬼を打ち倒せる。

 

 先ほどのような無意味な威嚇ではなく、勝機を含んだ不敵な笑みをユーリィへと向けたナタリアは、増援が現れて狼狽するユーリーを睨みつけた。

 

『クソ野郎は――――――――狩る!』

 

 そう、反撃が始まる時間だった。

 

 

 

 

 

 

 


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