異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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現代兵器と燃え盛る雪山

 

 雪の中から、獰猛な火柱が噴き上がる。その火柱は周囲で蠢いていたグールの群れを飲み込むと、彼らの肉体をバラバラにしながら吹き飛ばし、再び雪の中へと叩き落としていった。

 

 立て続けに響き渡るのは、チャレンジャー2の主砲同軸に搭載されたKord重機関銃の咆哮だ。後退しつつ砲塔を右へと向け、右側から剣を構えて接近してくるグールの群れを12.7mm弾の連射で薙ぎ払う。通常のアサルトライフルや機関銃の弾薬ではなく、アンチマテリアルライフルの弾薬としても使用される12.7mm弾の連射は、やはり普通の銃器の連射とはわけが違う。被弾すれば決して〝風穴”では済まない。

 

 雪の上で、次々に換装した肉塊が爆ぜる。ミイラのような身体の一部とごくわずかな体液を雪の上にまき散らし、12.7mm弾に食い破られた肉片が雪の上に転がる。

 

 だが、怨念の集合体でもあるグールは仲間たちの木端微塵になった死体を目にしても、止まらない。〝同胞”が死んだ程度では、彼らは立ち止まることはないのだ。この雪山で魔物や人間に殺され、凄まじい怨念と未練を残して死んでいった彼らを止めるには、同胞の死では全く足りない。

 

 戦法はただの人海戦術だ。お粗末な隊列を組んで少数の敵に襲い掛かるだけである。その程度の敵は現代兵器があれば掃討できるが、たった1両の戦車では少々数が多過ぎる。

 

「発射(アゴーニ)ッ!」

 

 砲塔の中で、カノンに砲撃命令を出しながらモニターを目にしたナタリアは、先ほどから蹂躙し続けているにもかかわらず未だに突撃を続けてくる怨念の大軍を目にして唇を噛み締めた。デーモンへのダメージにも期待して粘着榴弾での砲撃を続け、本格的にデーモンが前に出てくるようならばAPFSDSで仕留める作戦で踏ん張り続けているのだが、最新型の戦車とはいえ怨念の大軍に押されつつあった。

 

「側面よりデーモン2体!!」

 

「ステラちゃん、APFSDS!」

 

「了解(ダー)」

 

 砲弾をあっさりと持ち上げ、自動装填装置の装填速度を上回るのではないかと思えるほどの素早い動作で砲弾を装填するステラ。片手でドラゴンの頭を握りつぶせるという逸話があるほどの力を持つサキュバスだからこその早業である。

 

 すぐさまカノンは主砲の照準を側面から接近してくるデーモンへと合わせる。チャレンジャー2の左側面から接近してくる2体のデーモンは、どちらも3m程度の身長を持つ比較的小型の個体であったが、小型だからと言って侮れるような相手ではない。確かに小型になれば本来のサイズよりも筋力は落ち、防御力も低くなるが、その分小回りが利く上に魔術そのものの威力は全く変わらない。それゆえにサイズの違いによって立ち回りもほんの少しだけ変えなければ対応できなくなる。

 

「照準、左側のデーモン! 胸板に叩き込んでやりなさい!」

 

「発射(アゴーニ)ッ!」

 

 120mmライフル砲の砲身から火柱が飛び出す。

 

 炎を纏っていた砲弾の外殻が、デーモンに着弾する前にまるで空中分解を起こしたかのように脱落を始める。その中から姿を現したのは、砲弾とは思えないほどすらりとした、まるで槍のように細長い砲弾であった。

 

 今まで砲撃に使っていた粘着榴弾は、主に爆風での攻撃力を重視したタイプの砲弾である。装甲を貫通するようなタイプの砲弾ではないため貫通力は極めて低いが、爆風の破壊力が高いため攻撃範囲が広いという特徴がある。しかしこのAPFSDSは、その粘着榴弾とは真逆の砲弾と言える。

 

 攻撃範囲は極めて狭いが、最新型の戦車の装甲を貫通するほどの貫通力を秘めているのだ。

 

 その獰猛な徹甲弾はカノンの正確な照準によって、あっさりとデーモンの胸板へと突き刺さった。あらゆる魔術でも撃破が難しく、弓矢では貫通させることは不可能と言われているデーモンの屈強な皮膚と筋肉繊維が、まるで包丁を突き立てられた肉塊のように呆気なく突き破られる。

 

 強靭な戦士が投擲する投槍にも似たAPFSDSの砲弾の餌食になるには、〝柔らかすぎる”目標だったかもしれない。砲弾は先端部をほんの少しの鮮血で染められながら、凄まじい運動エネルギーでデーモンのがっちりした胸板を容易く食い破って巨大な風穴を開けると、そのまま後方の雪の斜面へと激突し、巨大な雪の爆風を生み出した。

 

 上半身があっさりと砕け散ったデーモンが、腕や胸板の破片をまき散らしながらゆっくりと崩れ落ちる。

 

「デーモン、撃破!」

 

「ラウラ、燃料の残量は!?」

 

「あと3分の1!」

 

 まだ敵は9割ほど残っている筈である。後退しながら砲撃で敵を蹴散らしている状況だが、燃料が尽きる前に救援は来るのだろうか。

 

 ステラが砲弾を装填する音を聞きながら、ナタリアはちらりと懐中時計を見下ろす。そろそろスオミの里から出撃した虎の子のコマンチが、ここへと航空支援にやってくる筈だ。実際に魔物を蹂躙しているところを見たことはないが、タクヤからあらゆるスペックは教えられていたし、飛竜以上の火力で空から支援してもらえるのならば勝機はある。

 

「みんな、念のため白兵戦の準備を―――――――」

 

 燃料が尽きて戦車が動かなくなった時のため、仲間たちに白兵戦の準備を指示しようとしたその時だった。

 

『――――――こちらカワウ1-1。加勢に来たぜ』

 

「ニパ君………?」

 

 無線機から、荒々しい少年の声が聞こえてきたのである。

 

 キューポラのハッチを開け、ナタリアは雪が降り注ぐ空を見上げようとしたが、見上げるよりも先に雪と共に流れ込んできたメインローターの轟音が、スオミの里が誇るコマンチの到着を告げていた。

 

 灰色の空の真っ只中を飛翔する、2機の獰猛な機械の飛竜。スマートな胴体から伸びたスタブウイングには、地上の敵を蹂躙するためのロケット弾がこれでもかというほど満載されているようだ。対戦車ミサイルが見当たらないが、コマンチの場合は対戦車ミサイルを胴体のウェポン・ベイの内部に搭載する仕組みになっているため、荒々しい他のヘリから見れば幾分かすらりとしているように見える。

 

 機体の胴体には、スオミの里の象徴でもある蒼い十字架が描かれていた。その十字架の下では2枚の真っ白な羽根が交差しており、十字架の左斜め上には赤い星が描かれている。テンプル騎士団スオミ支部のエンブレムだ。

 

『攻撃目標は? デーモン共はどこだ?』

 

「今信号弾を撃つわ!」

 

 ハッチから身を乗り出したまま、ナタリアは腰のホルスターへと手を伸ばす。右側のホルスターにはサイドアームのCz75が収まっているが、彼女が手を伸ばしたのは制服の左側にある方の少々大きなホルスターだった。

 

 その中に納まっているのは、ハンドガンというには銃身が太い変わった拳銃であった。形状はシリンダーを持つリボルバーを思わせるが、その拳銃には弾丸を装填しておくためのシリンダーが見当たらない。その代わりに、銃身の上にはグレネードランチャーに搭載されているような折り畳み式の照準器が取り付けられている。

 

 ナタリアが取り出したのは、第二次世界大戦でドイツ軍が採用していた『ワルサー・カンプピストル』と呼ばれる特殊なハンドガンである。普通のハンドガンは9mm弾や.45ACP弾を発射するのだが、そのカンプピストルが撃ち出すのは普通の弾丸ではなく、グレネードランチャーのような炸裂弾や対戦車用の形成炸薬(HEAT)弾である。拳銃ほどの大きさのグレネードランチャーのようなものだ。

 

 本来は信号弾を射出するための拳銃として使用されていた銃を改造して生産されたカンプピストルだが、ナタリアがその銃に装填していたのは炸裂弾ではなく、改造前での使用を想定されていた信号弾である。戦車で指揮を執る事が多く、タクヤが戦車を離れている場合は実質的な指揮官はナタリアになるため、彼女が信号弾で合図できるようにとタクヤが用意しておいたのだ。もちろん、通常の炸裂弾も装填できるようになっている。

 

 ナタリアはカンプピストルを空へと向けると――――――戦車を追って来るデーモンたちの頭上へと向けて、トリガーを引いた。

 

 射出された信号弾が空中で煌めき、真紅の閃光で真下の雪を赤く染めていく。いずれその雪は、あの忌々しいグールやデーモンたちの血で紅く染まるのだ。まるで閃光のその色は、それを予言しているかのようだった。

 

「あの信号弾の真下よ!」

 

『了解! カワウ1-1、攻撃を開始する!』

 

『こちらカワウ1-2。こちらも攻撃を開始する! 食い尽くしても文句は言うなよ、お嬢さん!』

 

 真紅の信号弾の元へと、2機のコマンチが進路を変えた。信号弾の真下では未だにチャレンジャー2を木端微塵にしようとするデーモンやグールたちが蠢いている。

 

 その閃光の下にいる輩が、今からすべてコマンチの標的となるのだ。軍帽に付着した雪を払い落としながら、ナタリアは信号弾を発射し終えたカンプピストルをホルスターの中に戻すと、再び車内へと戻ってモニターを凝視する。

 

 まだ、側面から接近してくるデーモンが1体残っているのだ。出来るならばコマンチに蹂躙される敵の大軍を見てみたいところだが、観戦するのはその1体を片付けてからでもいいだろう。

 

「デーモン、詠唱を開始!」

 

「ラウラ、右!」

 

「了解!」

 

 接近していたデーモンが、右手を先方へと突き出して魔法陣の展開を始めた姿がモニターに投影される。彼らの魔術の詠唱が終わる速さは人間の1.7倍と言われており、しかも体内の魔力の量も桁違いであるため、人間よりも連射できるという厄介な特徴がある。しかも闇属性の魔術は強力なものばかりであるため、攻撃を喰らえばほぼ確実に致命傷を負う事になるのだ。

 

 戦車に乗っているからといって、油断するわけにはいかない。複合装甲を貫通してくる可能性もあるのだから、回避するのが一番である。

 

 チャレンジャー2の車体が進路を変えた直後、まるで仲間を先ほど貫いたAPFSDSを模倣したかのように、投槍にもにた太いニードルのような漆黒の槍が、その魔法陣の中心から撃ち出された。モニターを凝視してひやりとしたナタリアが更に進路を変更するように命令しようとするよりも先に、その漆黒の槍はチャレンジャー2の砲塔の左側面を掠め、増設されていたスラット・アーマーを食い千切って後方へと飛んでいった。

 

「ふにゃっ!? 当たったの!?」

 

「スラット・アーマーが破損しただけよ、問題ない! カノンちゃん、撃ち返して!」

 

「了解ですわ!」

 

撃て(アゴーニ)ッ!」

 

「発射(アゴーニ)ッ!」

 

 デーモンは早くも2発目の詠唱を始めていたが、こちらはもう次のAPFSDSを装填している。それにその砲弾の照準を合わせるのは、魔王と呼ばれている最強の転生者(リキヤ)に粘着榴弾を直撃させた砲手である。

 

 再び120mmライフル砲から火柱が噴き上がり、APFSDSの外殻が剥がれ落ちる。その中から姿を現した投槍のような形状の砲弾は冷たい風に大穴を開け、食い破りながら直進していく。

 

 隣にいた仲間を食い破った一撃が飛来してくる事を悟ったらしいが、いくら素早い詠唱が可能なデーモンとはいえ、完成しかけている魔法陣を破棄してすぐに回避できるわけではない。詠唱の最中は、どんな生物でも動きが鈍るのだ。

 

 それゆえにもう回避することは不可能だった。APFSDSは闇属性の魔法陣に激突すると、まるで尖った金属の棒を窓ガラスに叩き付けたかのように魔法陣に亀裂を生み出し、その中央に風穴を開けた。更にそのままデーモンの腹部へと突き刺ささり、凄まじい貫通力と運動エネルギーでデーモンの巨躯を真っ二つにしてしまう。

 

「撃破ですわ!」

 

「よくやったわ!」

 

 崩れ落ちていくデーモンの下半身。モニターで真っ二つになったデーモンを確認した直後、今度は敵が襲来していた前方から轟いた爆音が、敵を撃破したという安堵を木端微塵にする。

 

 慌ててキューポラのハッチを開け身を乗り出すナタリア。またデーモンが接近してきたのかと思って重機関銃へと手を伸ばした彼女だったが―――――――その爆音は、頼もしい味方が生み出した爆音だった。

 

 天空から大地へと降りていく、数本の純白の槍。雪が降り注ぐ真っ只中を駆け抜けるその槍は、チャレンジャー2を追撃しようとしていたデーモンの巨躯へと突き立てられると、戦車砲並みの大爆発を引き起こしてデーモンやグールの群れを引き千切っていく。

 

 雪山を、轟音と爆風が支配する。

 

 その白い槍の正体は、2機のコマンチが機体のウェポン・ベイに搭載していた対戦車誘導ミサイルのAGM-114Aヘルファイアであった。一撃で戦車を木端微塵にしてしまうほどの凄まじい破壊力を誇るミサイルが、立て続けにウェポン・ベイから放たれ、チャレンジャー2へと進撃を続けるデーモンたちの頭上から襲い掛かったのである。

 

 強靭な肉体を持つとはいえ、その防御力は最新型の主力戦車(MBT)には遠く及ばない。その主力戦車(MBT)を吹き飛ばしてしまうほどの破壊力なのだから、戦車並みの防御力を持っているわけではないデーモンが耐えられるわけがなかった。

 

 あっさりと爆風に上半身を抉り取られ、木端微塵になったデーモンの肉片や、その爆風に巻き込まれた哀れなグールたちの死体が雪山を埋め尽くしていく。

 

 機首の機関砲で地表を掃射しつつ、2機のコマンチは左右に並びながらデーモンやグールたちの頭上を嘲笑うかのように通過。散々仲間を殺されたデーモンたちは、やっと頭上にも敵がいたのだという事を理解して空を見上げる。

 

 デーモンが何体か魔術の詠唱を始め、中には早くも魔術で対空射撃を始める個体も紛れていたが、もう既に旋回に入っているコマンチには全く命中しない。高速で移動するヘリに詠唱を必要とする魔術では叩き落とせないのだ。

 

『カワウ1-1、ロケット弾での攻撃を開始する!』

 

『カワウ1-2、ロケット弾攻撃に入る!』

 

 もう既に、グールたちの進撃は止まっていた。群れの戦闘付近を集中的にヘルファイアで攻撃したらしく、先頭の仲間たちを殺されたデーモンたちは慌てふためいていた。

 

 チャレンジャー2への進撃を停滞させるつもりで先頭の敵を集中的に狙ったのだろう。現代兵器を使い始めてまだ数日しか経っていないが、彼らが戦いを始めたのは百年以上前である。新しい武器の扱いに慣れていなくても、戦いそのものには慣れているらしい。

 

 だから、どこを狙うべきなのか瞬間的に同じ判断を下せるのである。

 

『喰らえ、クソ野郎共ッ! 斉射(サルヴォ)ぉぉぉぉぉぉぉッ!!』

 

『斉射(サルヴォ)!』

 

 機首の機銃で掃射しつつ、スタブウイングのロケットポッドにこれでもかというほど搭載されたロケット弾の一斉射撃が始まる。まるでガトリングガンの連射のように小型のロケット弾が立て続けに放たれ、グールの群れやデーモンの巨躯をたちまち爆炎で呑み込んでいく。

 

 ステルス性を敢えて低下させ、より攻撃的な戦い方ができるようにスタブウイングで武装を増設したコマンチの火力は、まさに戦車と同等であった。極寒の雪山が炎の山脈に変貌してしまうのではないかというほどの火力を、たった2機の斉射で敵の群れに叩き込んでいるのである。

 

 恨めしそうな咆哮を上げながらデーモンが反撃し、グールが手にしていた槍を空へと放り投げる。しかし、デーモンの魔術はコマンチに命中することはなく、グールの槍はそれ以前にコマンチの飛ぶ高度まで到達することはなかった。再び一方的に現代兵器で蹂躙され、無傷で頭上を通過されてしまう。

 

「すごい………!」

 

 散々恐ろしい魔物だと聞いてきたデーモンが、更なる強者に蹂躙される。

 

 どんな光景を目の当たりにしながら、ナタリアは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サシャ、ロケット弾の残弾は?」

 

 操縦桿を横に倒し、敵の群れの頭上を通過したばかりのコマンチを旋回させながら、ニパはガンナーの席に座る相棒のサシャへと問いかけた。イッルやニパとは違って全くふざけることのない真面目なサシャは、質問される前に残弾を確認していたらしく、すぐに「残弾無し! 撃ち過ぎたか!?」と聞き返してくる。

 

「いや、十分だ! これだけぶち込めば………!」

 

 対戦車ミサイルを全て叩き込み、ロケットポッドのロケット弾も全弾お見舞いしてやった。しかもそんな攻撃を2機のコマンチで同時に行ったのである。その火力があれば、一体何両の戦車がスクラップになるだろうか。

 

 飛竜に乗っていた頃とは比べ物にならない戦果に喜びながら、ニパはふと眼下で蠢く敵の群れを見下ろす。

 

(あれだけ攻撃したのに………!)

 

 雪山が炎の山に変貌するほどの火力を叩き込んだというのに、まだデーモンたちは残っている。このまま里へと戻って補給を受け、再出撃するべきだと思ったニパだったが、まだ敵の4割は無傷だ。チャレンジャー2の残弾は問題ないだろうが、燃料はもう半分を切っているにちがいない。そんな状態で彼女たちは逃げ切れるのかと不安になった彼は、補給に戻る前にもう一度攻撃を実行することを決意するのだった。

 

「サシャ、もう一回突っ込む」

 

「正気か? 武装はもう機関砲だけだぞ?」

 

「構わん。少しでも数を減らすんだ」

 

「分かった。付き合うぞ、ついてないカタヤイネン」

 

「ハッ」

 

 不敵に笑いながら、ニパは再びコマンチを旋回させる。

 

 機体のキャノピーから、燃え盛る雪山の斜面が見えたその時だった。

 

 飛行していたコマンチのキャノピーを、右斜め下から飛来した漆黒の矢が掠めていったのである。

 

「!?」

 

「お、おい、ニパ! 下にも敵が――――――――」

 

(待ち伏せ!? 馬鹿な、群れからはぐれたデーモンか!?)

 

 慌てて操縦桿を倒して攻撃を回避しようとするが、デーモンの攻撃にしてはその矢の連射速度は素早かった。まるで無数の高射砲からの対空射撃を受けているかのように、次々に漆黒の矢が飛来してくるのである。

 

 コマンチは強力なヘリだが、戦車のような防御力はない。闇属性の魔術の破壊力は高いものが多いため、被弾すれば戦闘ヘリにとって致命傷になる。

 

 必死に回避を繰り返すニパだったが―――――――――後方から、ガギン、と何かが突き刺さるような音が聞こえてきた瞬間、彼の身体が凍り付いた。

 

(被弾した――――――!?)

 

「おい、今のは――――――――うっ!?」

 

 唐突に、コマンチの機体が大きく揺れ始めた。キャノピーから見えた燃える雪山の光景が瞬く間にキャノピーの右側へと消えていき、左側から再び同じ光景が姿を現す。

 

 コマンチの機体が、反時計回りに回転を始めたのだ。必死に操縦桿を握りながら機体を安定させようと試みるニパは、目の前のモニターに表示された古代スオミ語のメッセージを見て目を見開いた。

 

《テールローター破損》

 

 つまり、機体の後端にある小型のテールローターを今の魔術で破壊されたという事だ。テールローターを破壊されると、ヘリはそのまま墜落する羽目になる。ヘリの弱点の1つだ。

 

 先ほどの何かが突き刺さったような音は、運悪くテールローターに被弾してしまった音だったのだ。

 

「くそったれ、テールローターをやられた! 操縦不能!」

 

 操縦不能と自分で言いながらも、ニパは操縦桿から手を離さなかった。

 

(くそったれ………新兵器に乗っても、俺は〝ついてないカタヤイネン”のままなのかよ………!)

 

「HQ(ヘッドクォーター)! HQ(ヘッドクォーター)! カワウ1-1、テールローター破損! 操縦不能! 墜落する!!」

 

 必死に報告するサシャの声を聞きながら、ニパは左から右へと次々に消えていく敵の群れを睨みつけていた。

 

 テールローターを失ったニパとサシャのコマンチは、ぐるぐると反時計回りに回転を繰り返しながらどんどん高度を落としていき―――――――雪で埋め尽くされた斜面へと、落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『緊急事態! カワウ1-1、ダウン! 繰り返す! カワウ1-1、ダウン!!』

 

「なっ………!?」

 

 爆炎と空を舞うコマンチの小さな姿が微かに見えた瞬間に、そんな連絡が俺の無線機から聞こえてきた。どうやら作戦に投入されたコマンチが墜落してしまったらしい。

 

 あのコマンチが撃墜されただと………!? 何にやられたんだ!? パイロットは大丈夫か!?

 

 

『カワウ1-1!? おい、ニパの機体じゃねえか!!』

 

 ニパ!? あいつがやられただって………!?

 

 あいつはイッルと一緒にドラゴンに乗っていたエースの1人だった筈だ。高性能なヘリで作戦に挑んだエースが撃墜されるのは、なおさら考えられない。

 

 だが、撃墜されたのならば助けに行かなければならない。彼らは俺たちの仲間だし、テンプル騎士団の1人だ。決して仲間を見捨てるわけにはいかない。

 

「木村、急いでくれ!」

 

『分かってます!』

 

 早く合流しなければ………!

 

 くそ、モガディシュはごめんだぞ………!

 

 

 

 

 

 

 


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