異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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怨念と雪山

 

 極寒のシベリスブルク山脈は、人間たちにとっては開拓が難しい場所であり、流刑地でもあるという。数多の冒険者がこの山脈に挑んで魔物に食い殺され、過酷な環境の中で次々に遭難した挙句凍死していったこの山脈に眠るのは、冒険者だけではない。王国を追放された罪人たちも、共にこの山に眠っている。

 

 だからこそ、この山には怨念がある。仲間に見捨てられて魔物の餌食になった冒険者の無念や、濡れ衣を着せられてここに送られ、王国に戻ることなく凍え死んだ罪人の憎しみ。それらがブリザードの中で荒れ狂い、ここにやってきた生者を飲み込もうとしているかのようだ。

 

 それゆえにこのような場所では、戦いやすい。闇属性の魔術を得意とする吸血鬼たちの独壇場と言ってもいい。だからユーリィからすれば、こちらが罠を張っている場所に獲物がまんまとやって来てくれたかのような状態であった。

 

 静かに手袋を外し、真っ白な右手を雪の中に晒す。常軌を逸した寒さが一瞬で彼の片手を包み込むが、ある魔術を使うために魔力の圧縮に集中していた彼にとっては、全く関係がなかった。麻酔薬を投与され、痛みを全く感じない状況で手術を受けているようなものである。

 

 魔力の圧縮は高度な技術の1つである。体内の魔力を圧縮することで次に使用する魔術の威力を底上げする事ができるのだが、圧縮する際は詠唱中のように無防備になるほか、圧縮の手順を間違えれば魔力が際限なく圧縮を始め、やがて限界点に達して爆裂してしまう。例えるならば、安全ピンを抜いた手榴弾を飲み込んでしまうようなものだ。自分ではなかなか取り出す事が出来ず、それが爆発するまで待つしかない。それゆえにかなりの集中力が必要となる。

 

 その集中力が、一時的にユーリィを寒さから守っていた。

 

 余談だが、熟練の魔術師はこの圧縮を詠唱する寸前に一瞬で行ってから魔術を発動する。ラウラの母にあたるエリスもこの圧縮を得意としていた1人であったという。

 

「さあ、出てこい………使い魔共」

 

 ユーリィは圧縮された魔術を右手に集中させると、その右手を足元の雪の中へと突き入れた。彼が圧縮していた魔力は、吸血鬼たちが最も得意とする属性である闇属性である。しかし、吸血鬼たちの闇属性の魔力は人間の魔力と比べると、より純粋だと言われている。

 

 そんな純粋な闇属性の魔力を圧縮すれば―――――――どす黒い魔力の塊に惹かれた怨念たちが、まるで樹液にありつこうとする昆虫の群れのように集まってくるのだ。

 

 案の定、1分足らずで凄まじい数の怨念がユーリィの周囲に集まってきた。この流刑地へと送られて命を落とした者や、ここで魔物に食い殺された冒険者。それだけではなく、山脈の向こう側へと商売に行く途中で遭難し、凍え死んだ商人の魂もある。

 

「ああ………いいね、美しい怨嗟だ」

 

 無念や怨念を込めた、死者たちの絶叫。その真っ只中でユーリィはにやりと笑っていた。

 

 どんな音楽よりも、彼はこういった死者の絶叫を聞くのが大好きだった。有名な楽団が奏でる美しい音楽よりも、こちらの禍々しい叫びに酔いしれてしまう。彼らの叫びに込められた恨みがどれほど痛烈なのか。そしてその魂たちを解き放ってやればどうなるのか。それを想像すれば、小説やマンガの続きを予想する時のようにドキドキする。

 

「………お前ら、そんなに憎いのか?」

 

 返事をする魂は1つもない。彼らに聞こえていないのか、それとも返事をする余裕がないほど怒り狂っているのだろう。別に返事がなくてもユーリィにとって支障はない。彼らに仕事を手伝ってもらえればそれでいいのだ。

 

「なら、一緒に戦え。―――――――俺の使い魔としてな」

 

 圧縮した魔力を流し込んだ右腕に、唐突に紫色のラインが浮かび上がる。やがてそのラインは他のラインと結びつき始め、まるでロシアのキリル文字のような模様を形成し始めた。更にその文字の周囲を複雑な記号が取り囲み始め、ユーリィの右腕が闇属性の魔力を放出し始める。

 

 彼の魔力に惹かれて集まってきた魂たちは、今度はユーリィの右手に取りつこうとし始めたが――――――その魔力に惹かれた時点で、魂たちは変異を始めていた。

 

 魂たちの絶叫が、獣の雄叫びにも似た野太い咆哮に変わる。ユーリィの周囲に集まっていた魂たちがどんどん膨れ上がり、肥大化していく。

 

(ああ………これでいい)

 

 実体化し、まるで獣のような姿に変異していく魂たちを見上げながら、ユーリィは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………寒っ」

 

 クランたちの操るレオパルト2A4の砲塔の上でくしゃみをしながら、支給してもらった暖かいブラックコーヒーを口の中へと放り込む。最初は熱々だったコーヒーは既に冷たい風のせいで冷却されていて、もう少しで温かさはぬるま湯くらいになってしまう事だろう。あと数分でアイスコーヒーが出来上がってしまうに違いない。

 

 装填手用のハッチの上に搭載されているMG3のグリップを握りながら、俺は水筒を腰にぶら下げると、借りた暗視スコープでもう一度戦車の周囲を見渡す。

 

 あれ? チャレンジャー2でもタンクデサントやってなかったっけ?

 

 おかしいな。ドイツの戦車に来ても全然待遇が変わってないよ………?

 

 まあ、拾ってもらったんだし、彼らは命の恩人だ。贅沢を言うわけにはいかないし、こういう過酷な役割を担当することで恩返しができるなら俺はやるけどさ、なんというか前と待遇が全く変わってないぞ。何で仲間たちの戦車でもこっちの戦車でも極寒の中でタンクデサントなの? 俺は永遠にタンクデサントやらないといけないの?

 

 俺も砲手とか装填手やってみたいんですけど。

 

 俺を拾ってくれたクランたちも、目的は俺たちと同じく山脈の反対側へと向かう事だったらしい。俺が雪崩で流されたのは山脈の南西部らしく、チャレンジャー2とはぐれてしまった地点から見れば反対側になる。このまま山を登り続けていれば合流できる可能性があるため、それまで彼らと共に行動する事になった。

 

 震えてからもう一度ぬるま湯と化したブラックコーヒーを口に含んでいると、いきなり尻尾の先端部がムズムズし始めた。びくりとしながら水筒を腰に戻し、装填手用のハッチから車内を覗き込む。

 

「きゃははっ、凄いわこの尻尾! 本物のドラゴン(ドラッヘ)みたい!」

 

「あのさ、いきなり触るなよ。びっくりするじゃないか」

 

「あら、ごめんなさい。尻尾もぶるぶる震えてたから温めてあげようと思ったの」

 

 俺はオスのキメラだから、尻尾はオスのサラマンダーと同じく堅牢な外殻で覆われている。先端部は槍の先端部のように鋭くなっていて、圧縮した魔力を噴射するための小さな穴がついている。そのため、この尻尾を標的に突き刺した状態で魔力を放出すれば、俺の尻尾は擬似的なワスプナイフとして機能するというわけだ。

 

 外殻で覆われていると言っても、触られている感触を全く感じないというわけではない。尻尾を触られる感触は肌を誰かに触られる感触と全く変わらないんだ。

 

「それにしても、片足を失った転生者が義足の移植で変異を起こしたのか……興味深い話だ」

 

 俺の尻尾を弄るクランを見守りながら、装填手のケーターが呟いた。どうやらこのパーティーの中で一番まともなのは彼だけらしい。俺たちのパーティーで言えばナタリアみたいな感じだろうか。

 

 どうやら俺から銃を取り上げる際に軽くボディチェックをしていたらしく、その際に尻尾と角が生えているという事はばれていたようだ。それを隠すわけにはいかなかったし、本当の事を話せば信用してもらえるだろうと思ったので、クランたちには俺が人間ではなくキメラであるという事を教えてある。

 

 ラウラと俺がキメラとして生まれる原因となったのは、親父であるリキヤ・ハヤカワが片足を失う羽目になった21年前のネイリンゲン防衛戦だという。

 

 俺の母であるエミリア・ハヤカワは元々ラトーニウス王国騎士団に所属しており、許嫁もいたらしいんだが、親父はその許嫁との決闘に勝利して、堂々と母さんと共にオルトバルカ王国まで駆け落ちじみた亡命を果たした。世界最強クラスの大国に、魔術の技術がかなり遅れている国家が刃向かえるわけがなく、母さんの許嫁は2人が国境を越えた時点で一旦追撃を断念する羽目になる。

 

 しかし、その許嫁は再び大軍を引き連れてオルトバルカ王国へと侵攻を開始することになる。その際に親父は許婚と再び戦って勝利しているんだが、その戦いで片足を失っているのだ。

 

 戦いで四肢を失った場合、前世の世界ならば退役するのが普通なんだが、親父は仲間に戦いを任せて退役するつもりはなかったらしく、義足を移植してリハビリを続け、傭兵として復帰することになる。

 

 この世界の義手や義足は、前世の世界に存在した義足のように機械を使うのではなく、魔物の外殻や筋肉を使って製造されるのだという。

 

 魔物の骨の周りに筋肉を取り付け、擬似的な神経や皮膚代わりの外殻で覆って作られるため、外見は素材にした魔物と人間の四肢を融合させたかのような禍々しい外見になるという。しかし、失う前の四肢以上に複雑な動きができるし、更にメンテナンスもほぼ不要というメリットがある。

 

 遺伝子的に全く違う生物の素材で作られた四肢を身体にくっつけるわけだから、拒否反応も発生する。そのため移植してからしばらくの間は、その義足や義手を体になじませるために、その素材に使った魔物の血液を定期的に投与する必要があるらしい。

 

 親父はその義足の素材にサラマンダーの素材を使い――――――変異を起こして、キメラとなった。

 

 義足や義手の移植で変異を起こしたというケースは全くないらしく、変異を起こしたのは親父が史上初という事になる。いきなり変異を起こした理由は不明だが、フィオナちゃんは『親父はこの世界の人間ではなく転生者であるため、それが原因で変異が起きたのではないか』という仮説を立てている。

 

 そして親父と母さんとエリスさんの間に、キメラとなった親父の遺伝子を受け継いだ俺とラウラが生まれたという事だ。

 

「ほら、ご飯よ」

 

「ありがと」

 

 尻尾を弄っていたクランは、装填手用のハッチの下まで手を伸ばすと、車内を覗き込んでいた俺に円柱状の太めのケースと、容器に入ったパンを1つ渡してくれた。

 

 このケースはやけに暖かいな。スープでも入ってるのか? 

 

「ケーターの自信作なの。食べてみて」

 

「へえ、料理はケーターが作ってるのか」

 

「そうよ。私が日本(ヤーパン)に留学してた時、よく作ってくれたの」

 

 なるほど、このパーティーではケーターが料理を作ってるのか。俺もパーティーの中では料理を作ることがあるから、色々と勉強させてもらおう。

 

 とりあえず、お言葉に甘えてスープを貰おうか。

 

 ケースの蓋を開けてみると、猛烈な湯気があふれ始める。寒い風の中へと次々に消えていく湯気の向こうから姿を現したのは、ジャガイモや玉ねぎがたっぷり入った美味しそうなスープだった。入っているのは野菜だけでなく、ソーセージやベーコンもぶつ切りにされて入っているようだ。

 

 美味そうだな。こんな寒い中で延々とタンクデサントをする羽目になった俺にとっては、こんなに温かいスープを貰えるのはありがたい。

 

「いただきまーす」

 

「おう」

 

 スプーンでさっそくスープに入っている小さなジャガイモを掬い取り、スープと一緒に口へと運ぶ。暖かいブラックコーヒーも数分でアイスコーヒーと化すほど寒い場所だけど、さすがに冷まさずに口の中へと突っ込めば火傷する羽目になるので、少し冷ましてから口へと運んだ。

 

「………あっ、美味い」

 

「当然よ。ケーターのアイントプフですもの♪」

 

 ちょっと薄味だけど、野菜はちゃんと煮込んである。これは何で味付けしたんだろうか?

 

 続けてぶつ切りにされているソーセージを口へと運んでみる。やっぱり肉もかなり柔らかくなってるんだけど、このソーセージの皮は中身が柔らかいのに歯応えがある………。何だこれ? 何を使ったんだ?

 

「なあ、このソーセージは何を使ったんだ? 街で売ってるやつじゃないだろ?」

 

「ああ。皮はゴーレムの腸を使ったんだ。硬いからずっと煮込んでても歯応えがあるんだよ」

 

「へえ………」

 

 ゴーレムの肉は食ったことあるけど、そんな使い道があったのか………。今度俺もやってみようかな。

 

 こっちのパンは何だろうか。大体手榴弾くらいの大きさの丸いパンで、結構硬い。ライ麦を使ってるんだろうか。

 

 俺は非常食とか冒険中に入手した食材で料理を作る程度だけど、ケーターはちゃんと街で食材を買い込んでから作ってるんだな。こっちのパーティーは戦車での移動が基本らしいし、車内には居住性を考えているのか寝袋らしきものも置いてあったし、荷物が多くてもこっちは問題ないんだろう。それに対して俺たちは普段は徒歩で移動しているし、戦車で移動するのは環境が過酷な場合や敵が多過ぎる場合などだから、居住性よりも戦闘力を重視している。戦車の活用方法が少しばかり違うようだ。

 

 硬いライ麦のパンを噛み砕きながら、俺は雪の向こうを睨みつける。

 

 今頃ラウラたちは、俺の事を探してくれているんだろうか。出来るならば一刻も早く合流して、彼女たちを安心させてあげたいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナタリアが指揮するテンプル騎士団のチャレンジャー2は、雪崩に巻き込まれたタクヤを捜索するために雪道を逆走しているところだった。このまま引き返す途中でタクヤを発見できれば予定通りに山脈を越えられるが、もし彼を発見できずに捜索が長期化すれば、山脈を越える前に戦車の燃料が尽きてしまう可能性がある。

 

 もし燃料が尽きれば、そのまま12時間も放置しなければならない。そうなった場合は戦車を放置し、見張りを担当する歩哨を残して徒歩での捜索に切り替える予定だ。いくらタクヤが強靭な身体を持つキメラでも、12時間も-20℃を超える雪山の中に放置されれば凍死する可能性がある。

 

 登ってくる時に刻みつけてきたキャタピラの跡は、もう消え失せていた。雪崩に呑み込まれてしまったのか、それともこの雪が消してしまったのかは分からない。引き返しているこのチャレンジャー2が刻んでいるキャタピラの跡も、タクヤを連れて引き返すころには消えているんだろうと思いながらちらりと後ろを振り向いたナタリアは、彼に命綱を渡しておくべきだったと後悔した。

 

「ラウラ、燃料は?」

 

『ふにゅ、あと半分くらい』

 

「拙いわね……」

 

 もし今すぐタクヤを見つける事ができたとしても、今の燃料で山脈を越えるのは難しいだろう。しかもまだタクヤが発見できないのだから、戦車で山脈を越えるのは諦めなければならない。

 

『ナタリア』

 

「どうしたの?」

 

 この雪山の風では決して冷却できない焦燥を感じていたナタリアに無線で言ったのは、装填手を担当するステラだった。最近は段々と感情豊かになりつつある彼女だが、真面目な話をする時だけは初めてであった頃のように無表情になるという癖があるらしい。おかげで彼女の口調を聞くだけで、もうどんな会話をするのか察する事ができるようになりつつある。

 

 とはいえ、こんな状況でジョークを言うような性格の少女ではないから、何の話をするのかは察する事ができた。

 

『何だか、変な感じがします』

 

「変な感じ?」

 

『ええ』

 

 タクヤの魔力の気配を感じ取ってくれたのかと期待したナタリアだったが、ステラの報告は朗報ではなく、新しく警戒する必要のある項目を増設するかのような知らせだった。しかし怠けて警戒を疎かにすれば、この山脈で死ぬ羽目になった冒険者たちと同じ運命を辿ることになる。現時点で指揮を執っているナタリアとしては、そんな事をするわけにはいかない。

 

 すぐに「何? 魔物?」と聞き返しつつ、ナタリアは車長用のハッチの外に搭載されているロシア製重機関銃のKordを掴み、折り畳んであった照準器を展開して、12.7mm弾のベルトの点検を始めていた。

 

 ステラは魔力や魔術の扱い方に秀でたサキュバスの生き残りである。純粋な索敵能力ではラウラがトップだが、魔力の探知能力ではステラの方が上だ。もし彼女の感じた気配が純粋な魔力で構成されているようなものであった場合、ラウラが感じ取れなくてもおかしくはない。

 

 第一、今のラウラは戦車の操縦の真っ最中である。エコーロケーションを使った索敵は遠距離になればなるほど精度が落ちるという欠点もある上に、すぐ近くで戦車のエンジン音が響いているため、今の彼女の索敵能力は半減していると言える。

 

『いえ………何というか、これは………怨念………?』

 

「え?」

 

 魔物ではないようだが、怨念とはどういうことなのか。

 

 この雪の向こうに、幽霊がいるとでもいうのか?

 

「どういうこと?」

 

『分かりませんが、猛烈な怨念と………闇属性の魔力を感じます』

 

「敵なの?」

 

『おそらく』

 

 敵なのかという問いに即答するステラ。つまりこの雪の向こうにいる何かは、ナタリアたちの敵という事だ。正体は不明だが敵意は向けられているらしい。

 

(最悪よ………。タクヤがいない状態で………!!)

 

 しかし、戦わなければならないようだ。敵はこの雪の向こうで敵意をこちらに向けているのだから。

 

「――――――戦闘準備!」

 

 照準器を覗き込みながら号令を発したナタリアは、唇を噛み締めながら目を細めるのだった。

 

 

 


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