異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「異世界からの転生者………そんな者たちが、この世界にやって来ているのか………」
俺の話を聞いてくれた長老は、腕を組みながら目の前のテーブルに置かれているマグカップを見下ろして呟いた。もう既にマグカップの中で湯気を上げていたブラックコーヒーは残っておらず、香ばしい残り香と余熱が徐々に薄れていくだけである。
最初は俺が話をする度に、嘘をつくなとか作り話だと否定的なことばかり言っていたニパも、その度にアールネと長老に咎められ続け、いつの間にか何も言わずに信じがたい俺の話に耳を傾けてくれていた。
もう、彼らには殆ど話した。銃という兵器の存在や、その銃が生み出された異世界からやってくる転生者の話。そしてその転生者の大半が、与えられた自分の能力を欲望のためだけに悪用しているという現実。
今のところ、転生者という存在の認知度は極めて低い。奇妙な端末を持つ者たちの噂話は頻繁に耳にするが、その噂話をする者たちは、その端末の持ち主がこの世界の住人ではなく異世界からの来訪者だとは思いもしなかった事だろう。
それに、殆どの転生者はこの世界中に知られる前にモリガンの傭兵たちによって〝駆除”されているため、転生者という存在と真相を知る者はごく僅かとされている。
信じがたい話だが、俺とラウラが生まれた頃にはほぼ毎日〝仕事”に出かけていく親父によって、転生者という物たちそのものの数が激減したらしく、まさに絶滅する寸前だったという。
「なるほど、君たちは彼らを狩るための組織を結成しようとしているわけだね?」
「はい」
「ふむ………確かに、欲をあらわにした輩を話し合いで留めるのは不可能だ。我らの父たちも、リュッシャの侵略の時にそれを痛感したという」
大昔のオルトバルカの侵略も、やはり原因は彼らの欲望だったのだろう。領土を広げて他国を追い抜き、列強国となって他者からの搾取を開始する。典型的な帝国主義だ。自分たちは利益を啜り、あらゆる苦痛は植民地の人々や原住民に押し付ける。そして我が物顔で圧政を続け、搾取していく。
それが大国の規模での欲望だ。それと比べると遥かにちっぽけな欲望だが―――――――本質は、同じだ。自分の欲のために他者を虐げ、搾取して苦しめる。前世の世界で押さえつけられていたからこそ、ルールすら破壊できるほどの力を手に入れた彼らは肥大化した欲を満たすために力の悪用を始めるのだ。
他者の言葉で欲に耐えられるわけがない。言葉で留めようとすれば、彼らは敵意を向けてくる。
だからもう狩るしかないのだ。
「まるで共食いだな」
「………ええ、その通り。同胞を喰らう共食いと同じです」
俺から聞いた話を整理したのか、長老はやたらと山盛りにされたサルミアッキの山から1つ摘み取ると、黒っぽい飴を自分の口へと運んで噛み砕き、そう言った。
転生者を狩るために、同じ転生者が転生者ハンターとなる。まさに共食いと同じだ。
「ですが、共食いをしなければこの世界が喰われます」
「………ふむ。確かにその転生者とやらが里を襲撃してきたら厄介だ。我らの持つ手製の弓矢では太刀打ちできんだろう」
いくらスオミの里を守る戦士たちが勇猛な者たちばかりであったとしても、射程距離が短く、威力と連射速度も乏しい弓矢では、矢継ぎ早に弾丸を連射するライフルに太刀打ちするのは不可能だろう。射程距離外から弾丸を叩き込まれ、攻撃する事すらできずに全滅させられるのが関の山である。
それに転生者が誇る猛威は、銃だけではない。ステータスによって強化された身体能力に加え、極めて汎用性の高い端末によって生み出される特殊な能力やスキルの数々。理不尽なステータスと能力を何とかしない限り、この世界の人々に彼らを倒すのは不可能だ。
現時点では幸運なことに、スオミの里は転生者の攻撃を受けたことはないという。しかしもし転生者がやってくれば、この里を襲撃して壊滅させ、人々を奴隷にして独裁者の真似事を始めようとするのは目に見えている。
だからこそ俺は、転生者ハンターたちで構成されたギルドを立ち上げ、この世界を彼らから守るという計画を考えた。世界中に諜報部隊を派遣することで情報を集め、現地に現代兵器で武装した実働部隊を派遣して転生者を狩る。それを世界規模で実行することで転生者に対する抑止力とし、彼らの蛮行から世界を守るという計画である。
蛮行を続ければ狩られるという事を理解すれば、彼らは能力の悪用を止める筈だ。物騒な方法だけどこれは効果的な手段に違いない。
「テンプル騎士団か………面白い計画ではないか。なあ、戦士の諸君」
サルミアッキの山に手を突っ込み、一気にいくつもサルミアッキを拾い上げた長老が、それを口へと放り込んだ。ごりごりと飴を咀嚼する長老の目つきが、段々と陽気な目つきから戦場で戦う兵士を思わせる鋭い目つきへと変貌していく。
「悪くない計画だ、リュッシャ」
「ありがとうございます」
もしかして、協力してもらえるのか? 現時点では何とか期待できそうな雰囲気だ。このまま彼らを説得する事が出来れば、スオミ族の戦士たちに協力してもらう事ができるかもしれない。
彼らだって、虐げられる辛さは知っている筈だ。彼らの父親や母親たちは、侵略された際の当事者なのだから。
俺も、転生する前はクソ親父からずっと虐待を受けていた。いや、あんな男はもう父親と呼びたくはないし、俺の父親を名乗って欲しいとは思わない。もう水無月永人は飛行機の事故で死に、異世界にタクヤ・ハヤカワとして転生した。今の俺の父親は、リキヤ・ハヤカワだけなのだ。
もしも協力してくれるのならば―――――――あらゆる現代兵器を彼らに託してもいいと思っている。アサルトライフルやSMG(サブマシンガン)だけではなく、戦車や戦闘ヘリをはじめとする兵器も彼らに譲渡する予定だ。テンプル騎士団の一員として戦ってもらえるのならば、相手は転生者になる。少なくとも現代兵器を持っていない限りは太刀打ちできないだろう。
この里を守り続けなければならない戦士たちにとって、強力な武器はかなり魅力的な代物である筈だ。
「………俺たちの親父は、リュッシャ共と戦った戦士だ」
長老がサルミアッキを咀嚼する音の中で、唐突に小さな声でそう言ったのはアールネだ。荒々しく、豪快な彼とは思えない冷静な声音で、真っ直ぐに俺を見つめながら彼は話し始める。
「だから父や母たちは、侵略される辛さを知っている。俺たちも幼少期からその辛い話を聞き、二度と里を侵略させないようにと立派な戦士を目指して修行してきた」
「アールネ………」
「なあ、リュッシャ。教えてくれ。………その武器があれば、俺たちはこの里を守り抜けるか? もう二度と誰にも虐げられないように、仲間たちを守れるようになるのか?」
守ることはできる。そして――――――蹂躙することもできる。
守るのか。それとも、壊すのか。
武器という存在の使い道は、大きく分けてその2つ。しかしどちらも、〝敵を殺す”という本質は同じだ。目的と状況が違うし、それを実行することによってどのような結果になるのかが変わるだけ。守るために武器を振るう人もいるし、壊すために武器を振るう人もいる。
その2つのうち――――――アールネたちは、前者を選ぼうとしている。
虐げられないように、武装する。
武装せざるを得ない民族の戦士だからこそ、力を欲する。
彼らの気持ちを理解する事ができた俺は――――――告げた。
「―――――ああ、できるさ」
「ありがとう………」
彼は頷いてから礼を言うと、サルミアッキを飲み込み終えたマンネルヘイムさんをじっと見つめた。話を聞いていたニパやイッルも、里のトップである長老を見つめる。
「――――――長老、俺はテンプル騎士団に協力するべきだと思います」
「僕も兄さんに賛成です。もう虐げられるのはこりごりですからね。それに、この銃という武器を貰えるというのも大きなメリットかと」
「俺も賛成です、長老」
アールネとイッルとニパは賛成してくれた。
しかし、トップの長老が首を横に振ればスオミの民に協力してもらうという話は一瞬で水泡に帰す。最年少で長老となった一族の長には、それほどの権限がある。
首を縦に振り、俺たちを信用して力を貸してくれるのか。それとも首を横に振り、この話を一蹴してしまうのか。
固唾を飲みつつ、俺たちも長老を真っ直ぐに見据え続ける。
「―――――――いいだろう」
コーヒーの残り香が漂う暖かい部屋の中に、先ほどよりも軽い声が静かに響いた。
「確かに、転生者とかいう奴らは脅威になる。それにこの里には更なる力が必要だ」
「長老………」
「スオミの里は、テンプル騎士団に協力しよう」
「ほ、本当ですか!?」
や、やったぞ……! これでスオミの里の人々が仲間になり、テンプル騎士団の規模が大きくなる!
「ああ。だが、中にはやはりリュッシャを嫌う奴らもいるだろう。彼らには私が話をしておく。………なに、納得してくれない奴らにも協力しろと強要するわけじゃないさ」
「感謝します、長老」
確かに、中にはオルトバルカ人を嫌う戦士もいるだろう。特に彼らの侵略を実際に経験した古参の戦士たちは、オルトバルカ人の子供が率いるテンプル騎士団への協力を拒む人がいてもおかしくはない。
長老の説得に期待したいところだけど、強引に協力させるわけにもいかないので、納得してくれなかった場合は賛同してくれる戦士たちに協力してもらうとしよう。
もしかしたらテンプル騎士団に協力してくれる戦士と、協力を拒んだ戦士たちとの軋轢が原因となり、スオミの里で内乱が起きてしまうのではないかと危惧していたんだけど、スオミ族のトップであり、単独でドラゴンを討伐した実績のある長老の言葉は効果的だったらしく、オルトバルカを嫌っていた古参の戦士や村中の戦士たちまで協力してくれるようになったという。
予想以上に早くスオミ族の本格的な協力が現実となったため、俺たちは早くも彼らへの武器の支給や、銃の扱い方の訓練に精を出すことになった。
まず、スオミの里はオルトバルカ王国の国土の中でも最も雪が降る一帯にあるため、運用する銃や兵器は寒冷地に最適なものを厳選する必要がある。半年以上は雪が降る場所であるため、彼らに支給する装備の最も大きな条件は『頑丈であること』だった。
銃には様々な性能のものがあるが、中にはデリケートな銃も多く、このような場所で作動不良を起こしてしまうものもある。戦闘中に銃が撃てなくなってしまうのは命取りなので、そのようなことがないように頑丈な銃の候補を選んでおき、実際に戦士たちに試し撃ちしてもらってから正式採用するものを選ぶことにしていた。
「うおぉぉぉぉぉぉ!?」
雪の中でマズルフラッシュが煌めき、フルオート射撃の豪快な銃声が冷たい風を打ち砕く。そしてその両者を吐き出す銃を構える戦士の剛腕は、猛烈な反動(リコイル)にあっさりと敗北してしまったらしい。
元々ハイエルフはハーフエルフやオークのように屈強な肉体を持つ種族ではない。むしろ華奢で、魔術を使った後方からの攻撃が本職と言われるほど身体能力が低い傾向にあるのである。それに加え、やはり7.62mm弾のフルオート射撃は彼らには荷が重かったようだ。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。……凄い音だな、これ………」
耳を押さえながら言ったニパから銃を受け取り、安全装置(セーフティ)をかけておく。
スオミの里は極寒の山脈の麓にあるため、頑丈なライフルでなければ運用は困難である。だから俺は正式採用するライフルの候補の中に、頑丈なアサルトライフルの代名詞と言えるAK-47を入れていた。
AK-47はロシアの誇る極めて頑丈なアサルトライフルである。滅多に作動不良を起こすことがない銃であるため、そのような故障とは無縁と言っても過言ではない。そのため雪の降るロシアだけでなく、中東の砂漠の戦場でも使用されている。
寒さだけでなく、暑さにも耐えることのできる堅牢なAK-47なんだけど、使用する弾薬が一般的なライフルよりも口径が大きいために反動も大きく、また命中精度もやや低いという欠点がある。命中精度はとにかく、前者の反動の大きさは華奢なハイエルフのスオミ族には荷が重かったらしい。
そこで、今度はAK-47の弾薬の口径を小さくしたAK-74をニパに渡してみたんだが、フルオート射撃の結果はAK-47と同じだった。彼の腕力は再び反動に敗北し、目の前の的には縦に弾痕が刻み込まれてしまう。
「おい、何でこんなに反動がすごいんだよ!?」
「うーん………フルオートはダメなのかな………?」
アールネならあっさり使いこなしそうなんだけど、弓矢を使って戦ってきたスオミ族の戦士たちにはアサルトライフルではなく、旧来のボルトアクションライフルやセミオートマチック式のライフルが適しているのかもしれない。
さっきSMG(サブマシンガン)も試し撃ちしてもらったんだけど、ライフル弾ではなくハンドガンの弾薬を使うSMG(サブマシンガン)の反動は問題にならなかったようだ。
「5.45mm弾のフルオート射撃がダメってことは………やっぱり昔のライフルか………?」
こうなったら、アサルトライフルが登場する以前のライフルを試し撃ちしてもらおう。
生産する武器の項目をアサルトライフルからボルトアクションライフルに切り替え、表示されるライフルの中からどれを生産するか考え始める。ボルトアクションライフルが正式採用されていたのは第二次世界大戦頃までであり、アサルトライフルが登場してからは改良されてスナイパーライフルとして使用されるか、そのまま退役して姿を消してしまったライフルばかりだが、連射が難しいというならば単発式のライフルでも問題ない筈だ。アサルトライフルの猛烈な反動の原因は、連続的に発生する1発1発の反動なのだから。
というわけで、少々古いライフルの中から俺はあるライフルをタッチし、カスタマイズせずにそのまま生産したそれをニパに手渡した。
「こっちを使ってみてくれ」
「何これ?」
「ボルトアクション式だ。脇にあるボルトハンドルを引くやつ」
彼に渡したライフルは、かつてソ連軍で使用されていたものをベースにフィンランド軍が改良した『モシン・ナガンM28』と呼ばれるボルトアクションライフルである。雪国であるソ連が採用していた銃を、同じく雪国であるフィンランドが改良した銃であり、信頼性は極めて高い。
アサルトライフルと比べると連射は出来ないものの、命中精度はそれなりに高く、1発の破壊力ならばこちらの方が上だ。それにスオミ族の人々は弓矢を使った狩猟を経験しながら育った人が多いというから、どちらかというと撃ちまくるような代物ではなく、単発の銃での射撃の方が親しみ易いのではないかという可能性もある。
興味深そうにボルトハンドルに触りながら、ニパは「ああ、さっき説明してたやつだな?」と言いながら銃を構え、フロントサイトとリアサイトを覗き込みながら銃口を的へと向けた。
「1発の反動はでかいけど、連発するタイプの銃じゃないからさっきみたいにはならない筈だ」
「それならついてないカタヤイネンも大丈夫だね」
「うるせえぞ、イッル!」
茶化してきたイッルに言い返したニパは、的に照準を合わせ――――――トリガーを引いた。
AK-47と比べると長い銃身から、大口径の7.62mm弾が躍り出る。マズルフラッシュの輝きに抱かれながら姿を現した弾丸は、先ほどのフルオート射撃のように派手ではなかったものの、銃を持つニパの腕力が反動に屈するようなことはなかった。
弾丸は的代わりに用意した木の板に容易く風穴を開けると、その後方に積もっていた雪の中へとめり込み、そのまま姿を消してしまう。
ぎこちなくボルトハンドルを引き、薬莢を排出するニパ。モシン・ナガンから零れ落ちた薬莢が宙を舞い、足元の雪に埋もれていく。
「どうだ?」
「俺はこっちの方が良いな。連射するよりも、狙い撃つ方が性に合うぜ。多分他の奴らもこっちの方を好むと思う」
「なるほどね」
念のため、他の戦士の人にも試し撃ちしてもらおう。
それとさすがにボルトアクションライフルを手にした兵士だけで構成すると、近距離ががら空きになってしまう。いくら銃剣を取り付けることによって白兵戦ができるといっても、長い銃身に銃剣を取り付けるのだから、取り回しは槍と変わらない。
やはり、何人かSMG(サブマシンガン)を使う兵士も決めておいた方が良いだろう。
そんな事を考えながら、俺は次のスオミ族の男性にモシン・ナガンを手渡すのだった。