異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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スオミ族の戦士

 

「ふにゃあー………えへへっ、タクヤっ♪」

 

 新しいライフルの試し撃ちも兼ねた狙撃のトレーニングを終えると、ラウラはすぐに目を覚ました俺に両手を絡ませて抱き付いてきた。朝に目を覚ましたばかりの眠気の残滓にも似た感覚を彼女の香りに薙ぎ払われた俺は、トレーニング中のクールだったカッコいいお姉ちゃんの姿を思い出しながら、もしかしたらラウラは二重人格なんだろうかと思いつつ彼女を抱き締める。

 

 スナイパーライフルを構えているラウラは、こんな感じに甘えてくるようなことはない。アイアンサイトをじっと覗き込み、数秒後には風穴を開けることになる標的をずっと凝視しているのである。まるで容姿と声だけ同じで、それ以外の全ての要素が別人と入れ替わってしまったと信じてしまうほど、彼女の性格は大きく変化している。

 

 スオミの里で何とか一泊させてもらう事ができた管理局の施設の部屋は、予想以上に狭い部屋だった。まるでビジネスホテルの1人用の部屋のようなスペースで、そこに木製の使い古されたベッドが2つと簡単な机や家具がいくつか置いてあるだけなのである。装飾は一切なく、シンプル過ぎる部屋だ。

 

 ベッドが2つもあるせいで狭くなっている部屋が、この里では2人用の部屋らしい。

 

 しかも、今晩の同居人となるのはやはり、腹違いの姉のラウラだった。

 

「ねえ、そういえばスオミ族の人ってハイエルフなんだよね?」

 

「ん? そうだよ?」

 

 スオミの里に住むスオミ族の人々は、種族ではハイエルフに分類される。ハイエルフは優れた技術を持つ種族と言われており、鍛冶の分野では扱いが難しい代わりに強力な代物を数多く作りだすことで評価されているほか、光属性の魔術を得意とする種族とされており、光属性のみに限れば優秀な魔術師も多い。

 

 寿命は全ての種族の中で長く、平均的な寿命は800歳と言われている。肉体の頑丈さではハーフエルフなどの他の所属に劣るが、貴重な知識と技術を受け継いでいる存在なのである。

 

「みんな肌とか髪の毛が真っ白だったよね?」

 

「アルビノなのかな………?」

 

「ふにゅ、それ聞いたことある! えっと、確か正式名称は〝テンテンセーチキソケツボージョー”だよね!?」

 

「先天性色素欠乏症(せんてんせいしきそけつぼうしょう)だよ」

 

「ふにゅー………間違えちゃった」

 

 ………実は、勉強の成績ではラウラの方が俺より低いのだ。

 

 この世界ではまだ義務教育という仕組みが存在せず、学校は裕福な家の子供や貴族が通う教育機関となっており、多くの子供は家庭教師に勉強を教わるか、両親に勉強を教わってから社会に出て行くケースが多い。中には読み書きすら教えてもらえず、仕事のやり方だけ教わってから職場に送り出される子供も多いという。

 

 そのためドルレアン領を統括するカレンさんや俺たちの親父は、義務教育を導入することによって学力を向上させるべきだという意見を議会で提唱しているらしい。

 

 俺たちも両親から勉強を教わって育ったんだが………いくら俺には前世の学校で習った知識があるとはいえ、ラウラは一般的な子供よりもほんの少しだけおバカと言わざるを得ない。こんな感じで答えを間違え、教師を担当した両親たちを笑わせていたものである。

 

 関係ない話だが、母さんは凝り性だったのか授業の時は何故かメガネをかけていた。とってもきれいだったよ、お母さん。

 

 戦闘中になるとおバカじゃなくなるんだけどなぁ………。本当に二重人格なんだろうか?

 

「えへへっ。タクヤは頭がいいなぁ♪」

 

「………」

 

 そう言って楽しそうに笑いながら、俺の頭を撫でてくれるラウラ。お姉ちゃんにはもう少し勉強して欲しかったんだけど、頭を撫でてもらうのは大好きなので、何も言わずに彼女になでなでしてもらう事にする。

 

 2人部屋にしては狭い部屋のベッドの上で、姉に抱き締められながら頭を撫でられる俺。もう既に頭からはキメラの特徴でもあるダガーにも似た平たい角が伸びていて、ベッドの毛布に軽く突き刺さりつつあった。

 

 この角って本当に不便なんだよなぁ………。感情が昂ると勝手に伸びるから外出する時は頭を隠さなければならないし、これのせいでヘルメットもかぶれない。何度もへし折ろうと思ったんだけど、親父が言うにはこの角はキメラの頭蓋骨が変異して頭皮から外に突き出たものらしく、折れれば頭蓋骨まで損傷して致命傷を負う可能性があるという。しかも骨そのものの強度が非常に高いらしく、至近距離でアンチマテリアルライフルを矢継ぎ早に叩き込んでも掠り傷がつく程度だという。

 

 これを伸ばした状態で頭突きをすればどんな敵も倒せるんじゃないだろうか?

 

「うっ………?」

 

「ふふっ………!」

 

 自分たちの体質の事を考えていると、いきなり左耳の耳たぶを柔らかい何かが包み込み、愛撫を始めた。その柔らかい何かの中からぬるりとした何かが出現したかと思うと、俺の耳たぶの上を這いずり回り始める。

 

 いつの間にか、ラウラの顔が俺の顔の左側にあった。でも見えるのは彼女の頬と真っ赤な赤毛だけだ。

 

 俺の耳からそっと唇と舌を離したラウラが、顔を紅潮させながら微笑む。唇の周りを舐め回しながら俺の身体の上に乗った彼女は、息を呑んでから唐突に俺のコートを少しずつ脱がせ始めた。

 

 ま、まさかまた発情期の衝動か………!?

 

 キメラは色々と便利な身体なんだが、不便な体質も多い。フィオナちゃんの検査によって発覚した発情期も、不便な体質の1つに分類できる事だろう。

 

 17歳から18歳までの間に突発的に起こる衝動であり、人間とほぼ同じ精神力のキメラでは、ドラゴン並みの衝動を抑え込むことは不可能だという。つまり、かなり厄介な事になるのだが………こうなったら、大人しく食べられるしかないというわけだ。

 

 だから母さんも止めようとする対策を立てる事が出来ず、苦笑いをしながら「安心してラウラに食べられるがいい」と言ってから、俺に妊娠を防ぐための薬を託していったのである。

 

 俺は人身御供なのか?

 

「ちょ、ちょっと待ってラウラ!」

 

 大慌てで彼女に脱がされたコートのポケットに手を突っ込み、母さんから貰った薬のケースを取り出す。蓋を取り外して中に入っていた錠剤を口の中へと放り込んでから飲み込むと、うっとりしているかのような表情で俺を見下ろしている彼女を見上げた。

 

 これで、ラウラに食べられても子供ができることはない。それに部屋の鍵もちゃんとかけたから問題ないだろう。

 

「………め、召し上がれ」

 

「うんっ、いただきますっ♪」

 

 ハヤカワ家の男って、本当に女に襲われやすい体質なんだな。呪いか?

 

 彼女が笑顔でそう言った直後――――――俺は再び、彼女に襲われる羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 ふらつきながら廊下を歩き、辛うじて階段を下りてから売店で飲み物を購入する。スオミの里は極寒の山脈の麓にあるからなのか、冷たい飲み物よりも暖かい飲み物の方が多い。人気のない売店の棚に並んでいるのは暖かい飲み物ばかりだから、冷たい飲み物を探し出すのはいつもよりも骨が折れた。

 

 暖かい飲み物は、今は必要ない。数分前までラウラにひたすら搾り取られていたのだから、出来るならばクールダウンのためにも冷たい飲み物が欲しいところだ。

 

「おじさん、水1つください」

 

「はいよ。………お嬢ちゃん、リュッシャの冒険者かい?」

 

「は、はい」

 

 また女と間違えられてるよ………。

 

 もう訂正するのも面倒になってきたし、搾り取られて疲れたのでお嬢ちゃんという事にしよう。うん、俺は女だ。蒼い髪の女の子なんだ。

 

「珍しいねぇ。ほら、水だ。銅貨2枚だよ」

 

「どうも」

 

 カウンターの向こうにいた初老のハイエルフの男性に銅貨を2枚渡し、やけに大きな氷が入った水を購入する。水が入っているのはビーカーを縦長にしたようなガラスの容器で、上に行くにつれて細くなっている。前世で理科の勉強を習った俺から見れば、ビーカーかフラスコの中に氷水を淹れ、コルクで蓋をしているようにしか見えない。

 

 今すぐに汗ばんだ身体でこのガラスの容器を思い切り抱き締め、身体を冷やしたいところだが、さすがにそんな事をするのは恥ずかしいので普通に飲もう。

 

 ふらつきながら売店を離れ、階段の近くにある休憩用の椅子にもたれかかる。俺たち以外に個々を利用している冒険者は見当たらないから、施設の中は非常に静かだ。稀に管理人の人や村人が雪かきをする音が聞こえてくるが、それ以外の音はあまり聞こえてこない。

 

 だから、近付いてきた足音にすぐに気付く事ができた。

 

「あら、お兄様」

 

「カノンか」

 

「どうしましたの? 汗をかいてますわよ?」

 

「ちょっと暑くてな………」

 

 いや、こんな極寒の村で「暑い」って言うのはおかしいだろ。

 

「え、暑い?」

 

「すまん、気にしないでくれ」

 

「そ、そうしますわ。………お姉様は?」

 

「部屋で寝てる」

 

 搾り取った後、ラウラは眠ってしまった。もし彼女が起きていたのならば今頃は俺に抱き付いてこの買い物に同行していた筈である。

 

 甘えてくる彼女はとっても可愛らしいんだけど、色々と不便なこともあるので、搾り取った後に眠ってしまったのは幸運だった。

 

「ところで、どこに行くんだ? 買い物か?」

 

「ええ。何か特産品でも購入しようと思いまして」

 

 特産品か。確か、さっきの売店には何故かサルミアッキが売られていたような気がする。あれは前世の世界のフィンランドの名物だった筈なんだが、どうやらこの異世界ではスオミの里の名物という事になっているらしい。

 

 コルクの蓋を外し、ガラスの容器の中に入っている冷水にありつく事にする。蓋の向こうから漂ってくる冷気と、氷のからん、という旋律が魅力的でたまらない。

 

 氷に冷やされた冷水が、俺の唇に触れようとしたその時だった。

 

 外から聞こえてきた雪かきの音が、いきなり無骨な金属音によってかき消されたのである。無骨な音であるにもかかわらず軽さを残しているその音は、おそらく何かの鐘の音だろう。何が起きたのかと思いつつ窓の外を見てみると、真っ白な防寒着に身を包んだスオミの里の住民たちが、弓矢を手にして走り回っている姿が見えた。家から飛び出してきた女性や子供は山の方へと走っていき、若い男性たちは弓矢を手にして逆方向へと走っていく。

 

 何だ? 今の鐘の音は警鐘か?

 

「アールネ………?」

 

 すると、その弓矢を持って走っていく男性たちの先頭に、俺たちをここまで案内してくれたハイエルフの屈強な男の姿が見えた。雪の降る中で叫びながら、奮い立つ少年や男性たちを引き連れて平原の方へと走っていく。

 

 武装した男性たちと警鐘。俺はその2つのヒントから、この村が何かの襲撃を受けようとしているのではないかという仮説を瞬時に組み上げた。カノンも同じことを考えていたらしく、取り出しかけていた財布をポケットの中にしまった彼女は、俺を見つめながら「早くライフルをよこせ」と言わんばかりに頷いた。

 

 ああ、分かってるよ。お前のライフルは今渡す。

 

「ほら、カノン」

 

「ありがとうございます、お兄様。―――――さあ、行きましょう!」

 

「おう!」

 

 メニュー画面を開いて彼女用のマークスマンライフルを渡した俺は、調整を終えたばかりのアンチマテリアルライフルを装備すると、コートのジッパーを閉めてから建物の外へと飛び出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいか、お前ら!? 相手は薄汚いリュッシャだ! 容赦はするんじゃねえぞ!」

 

「おう、スオミ族の力を見せてやる!」

 

 弓矢を手にし、奮い立つスオミ族の同胞たち。装備している弓矢は平原の木で作ったお手製のもので、最近の弓矢と比べると性能は低いかもしれないが、俺たちはこれと魔術で戦うしかない。

 

 警鐘の大きな音が響き渡る中で、俺は唇を噛み締めながら平原側の入口を睨みつけた。

 

 この村に住んでいるスオミ族の同胞は300人ほどだ。その中で村の警備をするのは少年や若い男性の仕事である。その中でも飛竜を飼いならす事ができる人材は飛竜に乗って上空からの警備に充てられる決まりになっている。

 

 その見張りが、先ほど平原からこの村へと向かってやってくる盗賊団を発見したという。今日の見張りの担当は、確か俺の弟のイッルだった筈だ。

 

 イッルという名前は俺たちが付けたニックネームだ。本名は『エイノ・イルマリ・ユーティライネン』という名前で、村の中では最も飛竜の扱い方が巧い逸材という事で有名になっている。

 

 野生の飛竜が襲来した時は、あいつの親友のニパと2人で飛竜の背中に乗り、敵の飛竜の吐き出す炎を全て回避して無傷で戻ってきたことから、村では〝無傷の撃墜王”と呼ばれている。

 

 戻ってきたイッルの報告では、盗賊団の数はおよそ30人ほど。今まで何度か盗賊たちの襲撃を受けたことはあったが、今回は今までよりも規模が大きい。今から俺たちはそいつらを撃退しにいかなければならない。

 

 俺たちの親たちは、あのリュッシャの騎士団との戦いを経験している。幼少の頃から、俺とイッルは卑劣なリュッシャ共の話を聞いてきたが、経験したことのある彼らとの戦いは盗賊との小競り合い程度だ。今回は小競り合いと言うには規模の大きい戦いになりそうな感じがする。

 

 雪の降る空を見上げてみると、既に飛竜が2体ほど飛び立っていた。片方はイッルが乗っているのだろう。もう片方は誰だ? ニパか?

 

「………戦闘開始だ。リュッシャ共を生きて返すな」

 

 防寒着のフードをかぶった俺は、俺よりも年下の少年たちにそう言うと、弓矢を手にしたまま静かに門へと向かって走り始めた。

 

 かつてリュッシャの騎士団を食い止めた戦士の力を見せてやる――――――。

 

 


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