異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
シベリスブルク山脈の麓には、雪に覆われた『シベリスブルク平原』と呼ばれる平原が広がっている。山脈の中で荒ぶるような猛烈なブリザードとは無縁の平原だが、全く寒くないわけでもない。半年は雪に覆われている極めて広大な平原で、麓にある村までは距離がある上に魔物も数多く生息しているため、商人たちはここを通過する際は傭兵を護衛として雇う事が多いと聞く。
しかし、それでもこの平原を通過して行く商人の数は少ない。その理由はまず鉄道がその村まで通っていない事だろう。やはり産業革命で列車が登場し、馬車よりも短時間で目的地へと移動できるようになった時代で、列車が通っていない村は必然的に訪れる人が減っていくものである。俺たちが一番最初に訪れたフィエーニュ村も、列車が通らなかったために訪れる人が減っていった村の1つである。
そして、近くにあるダンジョンに挑もうとする冒険者がかなり少ないというのが原因かもしれない。
魔物たちによる村や街への襲撃の件数が激減し、更に工業をはじめとするあらゆる技術の発達によって強力な装備を開発できるようになったため、人類はやっとダンジョンの調査を本格的に進める事ができるようになった。そのため、傭兵の仕事が減少していくと同時に冒険者たちが主役になり、彼らを統括するための〝冒険者管理局”が設立されたのも最近の話である。
今や、世界中のあらゆる職業の主役は冒険者と言っても過言ではない。危険なダンジョンへと入り込み、中にいる危険な魔物を倒して秘宝や素材を持ち帰る冒険者は、まだ完全に開拓されたわけではないこの世界に必要不可欠な存在だし、彼らを題材にした物語を目にしている子供たちにとってはまさにあこがれの職業なのである。
しかし、シベリスブルク山脈に挑もうとする冒険者は少ない。やはり環境があまりにも過酷すぎることと、更に危険な魔物が生息していることが原因だろう。そのせいで冒険者は全く立ち寄ることもなく、鉄道も通る予定がないためその村を訪れる人は非常に少ないという。
まあ、訪れる人が少ないというより、〝その村の人々が拒んでいる”のも原因かもしれないが。
「お、見えたぞみんな」
極寒の中で1人だけタンクデサントする羽目になっていた俺は、体内の魔力で辛うじて堪えていた身体を何とか動かし、降り続ける雪の向こうに姿を現した村を見つめながら戦車の上ではしゃいでいた。やっと雪の中で野晒しにされる時間が終わり、雪山に上る前に暖かいベッドで眠れるというわけだ。何度も車内から差し入れとして暖かい紅茶とストロベリージャムを分けてもらったけど、気温のせいでその差し入れはことごとくアイスティーとストロベリーのシャーベットと化し、俺の体温を雪と共にどんどん奪っていくのに一役買っていたのは言うまでもない。
祝砲代わりに持っているAN-94のフルオート射撃をぶっ放したいところだったけど、それはさすがに村の人々に迷惑だろうからやめておく。それに弾薬も無駄にしてしまうからな。
俺の能力で生産した武器の弾薬は、一部の武器を除いて最初に装填されている分と再装填(リロード)3回分が用意されるようになっている。その数はスキルを装備することである程度増やす事ができるらしいので、俺は『所持可能弾薬数UP』というスキルを装備し、弾薬の支給される数を再装填(リロード)5回分まで増やしている。
さすがに戦車に乗ったまま村に突入するわけにはいかないので、村から少し離れたところで戦車を停めてもらい、仲間たちと共にライフルを背負ったまま村へと向かう事にした。
アサルトライフルを背負ったまま戦車の砲塔から飛び降りると、男子にしては華奢な俺の両足はあっさりと雪原に降り積もった雪の中へとめり込んでいった。何年もこんな環境での雪遊びを繰り返していた俺はあっさりと足を引き抜いたけど、仲間たちの中で一番小柄なステラは、ずぼん、と胸元まで雪の中に沈んでしまう。
「ひゃん………ッ!?」
「す、ステラ!?」
いきなり胸元まで沈んでしまってびっくりするステラ。彼女は雪の中から出ようともがいているんだけど、必死に振り回す彼女の小さな手は雪の欠片を俺たちにぶちまけるだけで、彼女の身体を持ち上げるという役割を果たしていない。
し、仕方ないな………。このまま風邪を引かせるわけにもいかないし………。
彼女の身体を両手で持ち上げ、振り回されるステラの小さな手にぺちん、と顔を叩かれながらも、俺は彼女を抱き抱えながら戦車を装備の中から解除し、村へと向かって歩きだした。
「た、タクヤ………」
「ん?」
「そ、その………今、顔……叩いちゃいましたよね………?」
「ああ、気にすんな。大丈夫だって」
抱き抱えられながら顔を赤くするステラ。前まで彼女は殆ど無表情だったんだけど、最近は少しずつ感情豊かになってきている。特に無人島で一緒に泳いだ時は、海の中を生まれて初めて目の当たりにしてはしゃいでいた。
自分以外の同族を失ったショックで、きっと彼女は感情を出す事が出来なくなっていたんだろう。自分以外の同胞が壊滅するショックというのは、想像できないほど大きかったに違いない。
逆に言えば、彼女が感情豊かになっているという事は、少しずつそのショックが薄れているという事だ。サキュバスが絶滅寸前まで追い詰められたという痛々しい事実まで忘れるべきではないが、それをいつまでも引きずるわけにもいかないだろう。
血生臭い戦乱の世界で生きていた彼女には、今の世界を謳歌して欲しいものである。
ライフルを背負い、まだぷるぷると震えているステラを背負いつつ歩き続けると、やがて雪の降る中に木製の柵と簡単な入口の門が見えてきた。魔物の侵入を防ぐために建造されるようなバリケードではなく、農場に設置されているような飛び越えられる程度の木製の柵は、外敵をそこで防ぐという用途のために用意されたとは思えない。防壁を用意できないのであれば門の前に警備兵や見張りを配置しておくのが鉄則なのだが、魔物が生息している平原だというのに、閑散とした門の前には人影は見当たらない。
いくら極寒の平原とはいえ、しっかりした防寒着と焚火でも用意して見張りを配置するべきなのに………。もうこの村を守ることを諦めているのだろうか?
「ここが〝スオミの里”か………」
俺たちが辿り着いたこの村は、オルトバルカ人たちからは〝スオミの里”と呼ばれている。
かつてオルトバルカ王国という大国は、現在の国土の20分の1程度の国土しか持たない小さな国だったという。徐々に力を付けて行く他国に対抗するために騎士団を結成し、騎士を各地から徴兵して軍備を拡張したオルトバルカ王国は、瞬く間に周辺諸国を陥落させて併合し、凄まじい速度で国土を広げていったという。
このスオミの里も、かつてはハイエルフたちだけで構成された〝スオミ族”と呼ばれる部族の村だったらしい。当時のオルトバルカ王国はスオミ族の土地の併合も目論んでいたらしく、騎士団とスオミ族の戦士たちとの激戦は何年も続いたと歴史の本に書かれていた。
結局、少数精鋭で勇猛だったスオミ族の戦士たちはオルトバルカ王国騎士団の物量に勝利することは出来ず、制圧されて併合を許してしまう。ステラが封印されるよりも300年ほど前の話である。
そんな大昔の出来事を彼らは忘れていない。なぜならば、ハイエルフの平均寿命は他の種族を遥かに上回る800歳であるからだ。だから俺たちにとって歴史の教科書の中に記載されている出来事の1つでも、彼らにとっては父親の代の話になるし、中には当時の戦いを生き延びた戦死の生き残りもいるという事だ。
だからスオミ族の者たちは、今でもオルトバルカ人を〝リュッシャ”と呼んで忌み嫌っているという。
これが、ダンジョンの難易度と村の立地条件以外で、冒険者が立ち寄らない最後の理由である。
「平和に済めばいいんだが………」
彼らと一戦交えるのは嫌だぞ………。
念のため、銃の安全装置(セーフティ)はもう既に外してある。だが、出来るならば彼らと戦う事だけは本当に避けたい。もし俺たちと戦ったことが発端になり、再び彼らが王国に反旗を翻すようなことになったら取り返しがつかなくなる。
そろそろステラを地面の上に下ろし、村の門を潜って木製の柵の中へと足を踏み入れていく。村の入口には見張りすらおらず閑散としていたが、村の中も同じ状態だった。降り積もった雪に覆われた畑の畝の傍らには、一仕事終えた状態のまま放置されていると思われる鍬(くわ)が置き去りにされているし、雪の上には村人たちの足跡すらない。
「ここで本当に休んでから行くの?」
村の様子を目の当たりにし、早くも警戒心をあらわにしているナタリアが尋ねてくる。彼女はもう既にいつでもハンドガンを引き抜けるように準備しているが、俺は彼女の問いに答える前に、ホルスターから手を遠ざけろと目配せをしてから説明する。
「そうした方が良い。このまま行きたいのも山々だが………そうしたら、夜中にブリザードの真っ只中で寝る羽目になるぞ」
「でも―――――――」
ナタリアが喋ろうとしたその時だった。
彼女が反論するよりも先に、俺の後ろにいたラウラの白い左手が腰のホルスターへと伸び――――――その中に納まっていたMP412REXのグリップを掴んだかと思うと、そのまま漆黒の銃身をまるでガンマンのような凄まじい速度で引き抜いたのである。
しかも、彼女の紅い瞳はもう既に狙いを定めているらしく、得物を引き抜いている間は微動だにしない。
それは、もう既にラウラが標的を捉えているという証だった。
「――――――鋭いな、リュッシャのくせに」
「………!」
殺気と銃口を向けたラウラへのお返しなのか、今度は鋭い声が畑の畝の向こう側から聞こえてきた。武器を向けられているというのに全く動じていないその声は、込められている威圧感の割には若く、ややアンバランスな感じがしてしまう。
しかし、決して青二才とは決めつけられない奇妙な貫禄が、その声には含まれていた。
鍬が放置された畝の向こう側から、真っ白なコートに身を包んだ人影が姿を現す。その人影が今の声の主なのだろうか。雪が降っているせいでなかなかはっきり見えないが、身長は明らかに俺よりも高く、体格はまるで格闘家やラグビーの選手のようにがっちりとしている。
手には武器を持っている様子はないが――――――俺たちの目の前に姿を現した男が武器を向けられても動じない理由を、俺も察した。
―――――右の家の中におそらく2人。そしてその向かいの小屋の陰に3人か4人。微かだけれど、風の音に呼吸の音が紛れ込んでいるのが分かる。それに微弱だけど、魔術の詠唱の準備をしているのか、魔力の気配もする。
後者は魔術に精通していれば感じ取れるが、前者は人間よりも五感が発達しているキメラだからこそ聞き取れる小さな音だ。ラウラはきっと、ナタリアの言葉を遮ったタイミングでもうその音を聞き取っていたのかもしれない。
姉の聴覚の凄まじさに驚愕しながらも、俺はリボルバーを握るラウラの手をそっと下げさせた。
俺たちは、スオミ族と戦いに来たんじゃない。ここの宿泊施設で一泊して、雪山へと向かう準備をするためにここへと立ち寄っただけなのだ。彼らはオルトバルカ人の事を憎んでいるかもしれないが、いくら彼らに敵意を向けられているとはいえ、戦うわけにはいかない。
「変わった武器を持ってるんだな。何だそれ? クロスボウか?」
「………すまない、俺たちはあなた方と戦うつもりはないんだ。ここの管理局の施設で、一泊させてもらうためにきた」
「管理局だと? ………ふん、お前ら冒険者か」
すると、腕を組んでいたそのスオミ族の男性は腕を組むのを止め、小屋の陰に隠れていた奴らと家の中に隠れていた他の仲間に向かって聞いたことのない言語で何かを言い始めた。この異世界で共通語となっているオルトバルカ語ではなく、おそらくスオミ族たちの母語なのだろう。語感はフランス語に似ているような気がする。
戦う事にならずに済んだんだろうか………? 安堵しつつ、俺はラウラに「ラウラ、銃をしまって」と指示を出す。
「でも………」
「敵意を見せてどうするんだ」
目の前にメニュー画面を出現させ、俺と仲間たちが装備している武器の一覧を表示させてから、素早く俺が装備しているAN-94とナイフとMP412REXを装備から解除していく。いつも身に着けていた武器の重量が、まるで雪がつけるかのように消え失せていったのを確認した俺は、丸腰の状態で前へと歩き始めた。
「ちょ、ちょっと、タクヤ!?」
「タクヤ、何考えてるの!?」
「ちょっと交渉してくるだけだ」
交渉か………。俺の本職はクソ野郎の殲滅と冒険者なんだが、交渉なんてできるんだろうか? まあ、今はとりあえず敵意がないという事を伝えればいい。そうする事が出来れば、今夜は予定通りに休みながら準備できる筈だ。
制止しようとする仲間たちにそう言いながら、俺は畑の畝を踏みつけないように迂回してからそのスオミ族の男性の方へと向かって歩いていった。
俺たちを待ち受けていたスオミ族は、俺が予想していた以上に大柄な男性だった。親父くらいがっちりしているだろうか。暖かそうな純白の帽子の下から覗くのは、降り積もる雪で作ったのではないかと思ってしまうほど白い肌と、ハイエルフの証でもあるやや上を向いた長い耳だ。その耳を半分まで包み込んでいる頭髪も、雪のように白い。
美しさと力強さを兼ね備えた、ハイエルフの男性だった。
「――――――丸腰で何をするつもりだ、リュッシャ」
「敵意はない。俺たちはただの冒険者だ。バッジもある」
俺の仲間たちは武器を下ろしているが、この男性の仲間たちはどうだろうか。ポケットの中から冒険者の資格でもある銀のバッジを取り出し、そのスオミ族の男性に見せつつ警戒する。
ちらりと小屋の陰の方を見てみると、数人のハイエルフの男性たちが弓矢を手にして隠れているのが見えた。彼らが手にしているのは細心のコンパウンドボウではなく、木を削り出して作った従来の弓のようだった。新型のコンパウンドボウは魔力を伝達しやすい構造になっているんだが、あのような従来の弓矢は伝達率にばらつきがある。
しかし、彼らはオルトバルカ騎士団に大損害を与えた部族の戦士たちだ。古い武器でも、その戦闘力はすさまじいに違いない。
「………あの山を調査しに来たのか?」
「いや、頂上まではいかない。何とか最短ルートで越えて、反対側のフランセン共和国の植民地に行く。ここにはそのための準備に立ち寄らせてもらった」
「なるほど。………手荒くてすまんね、リュッシャ。うちの部族はみんな荒っぽくてな。………おい、ニパ! イッル! こいつらは悪いリュッシャじゃない! 弓矢を下ろせ!」
「はぁ!? おい、アールネ! 本気か!?」
アールネ………?
この男性の名前はアールネっていうのか? それに、たった今この男性は仲間の名前を呼んでたみたいだけど、『ニパ』と『イッル』って言ってなかったか?
偶然なのか………? アールネとニパとイッルって、全員前世の世界で勃発した冬戦争で大活躍したフィンランド軍の軍人の名前と愛称じゃねえか!
同一人物ではないよな? 目の前にいる男たちはハイエルフの男性だし。………もしや、俺みたいに異世界に転生して、赤ん坊からやり直したパターンの転生者なんじゃないだろうか? もし冬戦争で活躍した英雄たちと同一人物なら感激だ………!
ちょっと質問してみようかな。
「す、すいません、アールネさん」
「ん?」
「あの………もしかして、ファミリーネームは〝ユーティライネン”ですか?」
「ああ。何で知ってるんだ?」
「ゆ、有名なので………」
実際に有名な軍人だからね、〝モロッコの恐怖”は。
「ところで、冬戦争っていう戦争は知ってます………?」
「冬戦争? いや、知らんな」
同一人物じゃないのか………?
ふむ、ちょっと残念だけど………この世界は結構興味深いな。時代はバラバラだけど、色んな歴史上の出来事に類似した出来事が起こっているし、前世の世界に似ている場所や人物も存在する。
何か前世の世界と関係があるんだろうか………?
「とりあえず、スオミの里にようこそ。オルトバルカ人は嫌われてるが………お前らは敵じゃないって事は分かった。とりあえず、宿泊施設まで案内してやるよ」
「た、助かります」
「あ、それと敬語は止めてくれ。聞き慣れてねえから何だか耳がムズムズするんだ」
そう言いながら、アールネはハイエルフの長い耳をぴくぴくと動かしながら笑った。