異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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タクヤの本音

 

 ヴィラヌオストクから北へと向かうと、広がっている草原は早くも雪原へと変貌していた。8月下旬から9月上旬には雪が降り始めるほどの雪国であるオルトバルカ王国では、別に珍しくない光景の1つである。むしろ、常に草原が雪で覆われている景色の方が馴染み深く感じてしまうほどだ。

 

 ため息をつくと、その息は白くなって後方へと置き去りにされてゆく。フードの正面から流れ込んでくる雪を孕んだ冷気を払い落とすかのように頬を両手で温めながら、俺は雪原を全力疾走するMBT(主力戦車)のエンジン音とキャタピラの旋律に耳を傾けていた。

 

 俺たちがこれから向かうのは、雪国のオルトバルカ王国の中で最も寒いと言われているシベリスブルク山脈。最低気温は-102.8に達する極寒の山脈で、その過酷な寒さを利用して流刑地にも利用されている物騒な山脈である。しかも生息している魔物も非常に凶暴であるため、冒険者による調査すらまともに進んでいないという有様だ。麓には小さな村があり、そこにも小規模な冒険者管理局の施設があるらしいのだが、そこを訪れる冒険者は少ないし、その村に行こうとする商人もなかなかいないので、向かうには広大な雪原を徒歩で向かうか、自腹で馬車を借りていくしかない。

 

 そんなことをすれば肝心な山脈に辿り着く前に凍死する羽目になるのは火を見るよりも明らかである。いくら防寒着を用意していたとしても、食料も確保できないし、魔物まで生息しているのだ。少なくとも徒歩での移動は自殺行為でしかない。

 

 でも――――――戦車なら関係ない。

 

 雪原をホワイトとグレーの迷彩模様で塗装されて疾走するチャレンジャー2の砲塔に腰を下ろしながら、俺は愛用のAN-94を担いだまま雪原を見渡していた。

 

 もちろんいつもの黒いコートはちゃんと着ているし、いつものように1人でタンクデサントする羽目になるのだからと、水筒の中には熱々の紅茶を用意しておいたんだけど………腰の水筒の中からは、もう数分前のような温もりは全く感じない。まるで冷凍庫の中から取り出したばかりの氷のように、ひんやりとしている。

 

「さ、寒いよぉ………」

 

 くそ、戦車の中は暖かいんだろうな。ちゃんと暖房も追加で装備しておいたし、中にはホットプレートもあるから暖かい紅茶も飲み放題。それに対して俺は一人ぼっちで冷たい紅茶とライフルを手にタンクデサントだと?

 

 おいおい、誰だよ。こんな理不尽な役割分担にしたの。何で俺だけこんなに充てられる役割が過酷なの? 

 

「あ、あははは………紅茶がアイスティーになってるよお姉ちゃん………」

 

 しかも俺は炎属性と雷属性のキメラだから、寒さにそれほど強いわけではないのです。ラウラは純粋な氷属性のキメラだから、仮に俺のようにタンクデサントする羽目になっても薄着で問題ないだろう。

 

 ああ………凍死しちゃう………。

 

 水筒の蓋を開けてみると、中からはアイスティーと化した暖かかった紅茶が、まるで寝返ったかのように俺の顔に向けて冷気を発してくる。最後の支えだった暖かい紅茶が完全に冷めてしまったことに絶望しながら、俺は微かにジャムの甘みがするアイスティーを口に含んだ。

 

 冷たくなった水筒の蓋を閉じようとしていると、雪に覆われかけていた砲塔の上のハッチがゆっくりと開いた。暖かい車内の空気を身に纏いながら顔を出したのは、まるでランタンの優しい光を思わせる橙色の髪の少女だった。頭には紅と黒の2色のヘッドドレスを乗せ、身に纏っている制服はドレスのようなデザインになっている。しかし普通の貴族のようにただ華やかなだけではなく、胸元や肩にはマガジンやアイテムを入れておくためのポーチが用意されているため、華やかさと実用性を兼ね備えていると言える。

 

「あら、結構寒いですわね」

 

「あれ? カノン?」

 

 ハッチの中から顔を出したのは、俺たちの妹分でもあるカノンだった。普段はマークスマンライフルを手に中距離から俺たちを援護し、戦車に乗る際には砲手を担当している。特に砲撃の技術は非常に高く、超遠距離から俺たちの親父に粘着榴弾を直撃させるほどの実力を持っている。彼女に砲撃を任せれば、まさに百発百中というわけだ。

 

 その百発百中の砲手が、どうして外に出て来たのだろうか? 確かに今は魔物も出てこないし、警戒は車長のナタリアと外で震えている俺に任せればいいから、砲手と装填手は暇になる。俺に会いに来てくれたのだろうか?

 

「砲手は?」

 

「ステラさんに変わっていただきましたわ」

 

「ステラか………」

 

 彼女には、トレーニング中にティーガーⅠの上からドリフトで振り落とされた事があるからなぁ………。でも、幸い操縦士はラウラが担当してくれているからまたドリフトで放り出されることにはならないと思う。というか、なったら戦死は確定である。

 

 危険人物(ステラ)が砲手を担当しているのもまだ危険だとは思うが、いきなりドリフトされるよりは危険度は下だろう。まだマシだ。

 

「お兄様とお話しようと思っていたのですが………」

 

「ん?」

 

「―――――結構寒いので、やっぱり中に戻りますわ。それでは、お兄様」

 

「はぁっ!?」

 

 ちょっと待って!? え? 俺と話に来てくれたんでしょ!? 

 

 予想以上の寒さに震えながら、再び戦車の中へと戻ろうとするカノンの肩を大慌てで掴んだ俺は、まるで彼女に泣き付くかのように彼女の肩を引っ張る。逃がしてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!

 

「待って! カノン、お願いだから外にいて!」

 

「ちょ、ちょっとお兄様!? 離してくださいな!」

 

「やだやだ! 寒いのはもう嫌なのっ!!」

 

 何だかラウラの駄々のこね方と同じになってる………。

 

「冗談ですわ、お兄様。ご安心くださいな」

 

「冗談なのかよ………」

 

 手を離した瞬間に砲塔の中に滑り込んで逃げる気なんじゃないかと思ってビビったけど、カノンはそのままハッチの中から出てくると、俺の隣に腰を下ろしてくれた。

 

 よ、良かった………。話し相手がいるなら、何とかこの寒さに耐えられそうだ。というか俺も戦車の中に入れてくれてもいいと思うんだけど、どうして俺だけ車外で放置なんですかね?

 

「はい、お兄様。こっちの紅茶の方が暖かいですわよ」

 

「お、ありがとな」

 

 優しい妹分だ………。

 

 カノンから新しい紅茶の入った水筒を受け取り、さっそく中に入っている熱々の紅茶を口へと運ぶ。水筒の中から溢れ出す湯気で寒さを洗い流しながら紅茶を飲んでいると、隣に座っていたカノンが静かに腕を俺の腕に絡ませ始める。

 

「ふふっ。何だか、お兄様に甘えるのは久しぶりですわね」

 

「そうか?」

 

「ええ。小さい頃はよく甘えていましたわ。覚えていませんの?」

 

「ん? ………あー、待って。思い出した」

 

 そうだったな。よくおままごとをやっている最中に甘えられたよ。俺が父親の役で、ラウラが母親。カノンの役割はいつも1人娘だった。

 

 彼女が俺に「おかえりさない、おとうさまっ♪」って言いながら甘えるのを見る度に、カノンの父親であるギュンターさんに睨まれたけどね。うん、ああいう時のギュンターさんは滅茶苦茶怖いのよ。

 

 成長するにつれてカノンも色々と貴族としての教育が本格化して会えなくなったし、会ったとしてもマナーを身に付けた後の彼女だったから、いつも俺たちに甘えていた可愛らしい妹分とは別人のようになっていて、俺とラウラはよく戸惑っていたものだ。

 

「ああ、やっぱりお兄様って良い匂いがしますわ………」

 

「あまり甘えてると、ラウラに怒られるぞ」

 

「ご心配なく。わたくしはお姉様からお兄様を取るつもりはありませんの。むしろお姉様がお兄様と結ばれるように手助けするつもりですわ」

 

「マジ?」

 

「ええ。………ねえ、お兄様」

 

「ん?」

 

 また紅茶を飲もうと思って水筒の蓋を開けようとしていると、俺の肩に頬ずりしながら匂いを嗅いでいたカノンが、いつの間にか真面目な目で俺の顔を見上げていた。微笑んでいるんだが、目つきだけはいつもよりも真面目なのである。だから次に彼女が口にする話は真面目な話なんだろうなと予想しながら、「どうした?」と聞き返す。

 

「お姉様は………やっぱり大切な人なのですわよね?」

 

「当たり前だ」

 

 ラウラは、俺にとって大切な人だ。

 

 家族の1人だし、俺は彼女の事を愛している。姉なのだから弟を守らなければと頑張っているんだけど、彼女は不器用な少女だからなかなかうまく行かずに、結局いつも俺に頼る羽目になっているけど、弟としてはそうやって頑張ろうとしているお姉ちゃんを見ていると嬉しくなってしまう。

 

 前世では俺は一人っ子だったし、虐げられてばかりの前世だったから、俺のために頑張ろうとしてくれている姉の優しさをより大きく感じてしまったのかもしれない。

 

 だから――――――俺は、ラウラの事を愛している。

 

「小さい頃から甘えてばかりの困ったお姉ちゃんだけどさ………俺のためにいつも頑張ろうとしてくれてるんだよ。弟としてはそういう姿を見てしまうと、滅茶苦茶嬉しいんだ。………だから俺も、お姉ちゃんにちゃんと恩返しがしたいし、出来るならずっと一緒にいたい。もう離れたくないんだ」

 

「お兄様………」

 

「………はははっ、俺もすっかりシスコンになっちまったなぁ」

 

 何だか恥ずかしい………。

 

 でも、俺はこれからもラウラと一緒にいるつもりだ。小さい頃に誘拐された時のように、もう怖い思いは絶対にさせない。

 

「………良かったですわね、お姉様」

 

「えっ?」

 

 え、何言ってるの? ラウラは操縦士やってるんでしょ?

 

 ぎょっとしながら、俺は場違いなことを言ったカノンを見下ろし――――――雪原の真っ只中で、凍り付く羽目になる。

 

 何とカノンは、耳に装着していた無線機に向かってそう囁いていたのだ。しかも彼女の真っ白な左手の指は、ずっと無線のスイッチを押したままになっている。今のはラウラに向けての連絡だったんだろうが、もしあの指が先ほどからずっとスイッチを押し続けていたのだとしたらと思った瞬間………今度は凍り付いたはずの俺の身体が、一気に熱くなっていくのを感じた。

 

 物理的な熱さではなく、恥ずかしさが原因であるのは言うまでもないだろう。

 

「――――――かっ、か、かか……カノン………ッ!? まっ、まさか今の前部………!?」

 

 狼狽しながら再び彼女に掴みかかると、カノンは微笑みながらウインクしつつ、容赦なく俺に止めを刺してきた。

 

「ええ、ずっとスイッチは押しっ放しでしたわ♪」

 

「―――――――はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ぜっ、全部ラウラどころかみんなに聞かれてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?

 

 今すぐに戦車から飛び降りるか、気を失って倒れてしまいたいところだったが――――――それよりも先に、車内の方からハッチを思い切り掴む音が聞こえてきたかと思うと、再び砲塔の上のハッチが勢い良く開いた。

 

 ああ、ついに今の俺の本音を聞いた本人が襲来する………!

 

 今まで震えていた寒さすら感じる余裕がなくなるほど狼狽していた俺は、ハッチの中から凄まじい速度で何かが飛び出したのを目の当たりにし、息を呑みながら雪の降る空をゆっくりと見上げた。

 

 まるでイージス艦から発射された対潜ミサイルのアスロックのように、雪の降る空へと舞い上がったそれは――――――いつも俺の隣にいた、赤毛の可愛らしい少女であった。

 

 アスロックがパラシュートを開き、海面へと下りていくかのように急降下を開始した赤毛のアスロックは、そのまま冷たい風と雪を引き裂きながら、両手を広げて俺へと急降下してくる!!

 

「ふにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! タクヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ら、ラウラ、待っ―――――――」

 

 そして、ついにその赤毛の少女が、潜水艦に直撃するアスロックのように真上から俺へと飛び込んできた。ずどん、と猛烈な衝撃を纏って飛び込んできた彼女を辛うじて受け止められたのは僥倖かもしれないが、彼女が連れてきた運動エネルギーと衝撃まで一緒に受け止める羽目になった俺は、複合装甲で強化されたチャレンジャー2の砲塔に思い切り後頭部を叩き付ける羽目になってしまった。

 

「――――――どらぐのふっ!?」

 

 頭が叩き割られてしまうのではないかと思うほどの激痛と凄まじい衝撃を味わいながら、俺は静かに起き上がろうとする。でも頭上から落下してきたラウラは俺を起き上がらせるつもりはないらしく、両手で俺の身体を抱き締めながら尻尾を俺に絡み付かせ、エリスさんと同じく大きな胸を押し付けながら既に頬ずりを始めていた。

 

 雪の中で、彼女の甘い香りと温もりが俺を包み込む。頬ずりしていた彼女が頬を俺から離したかと思うと、今度は俺の頬にキスをしてから再び頬ずりを続行する。

 

「嬉しいよ、タクヤ! お姉ちゃんの事そんなに大切に思ってくれてたのね!? うん、お姉ちゃんも絶対にタクヤから離れないからね!? 一生こうやってくっついてるからね!? 甘えん坊って言われても関係ないもん、お姉ちゃんはタクヤの事が大好きなんだから! ……ああ、タクヤぁ……やっぱりタクヤって良い匂いがするよぉ………! ふふっ、これからもタクヤのためにいっぱい頑張るから、何かして欲しい事があったら何でも言っていいんだよ? えっちなことでもお姉ちゃんはしてあげるからね? うふふふっ………タクヤ、大好き………タクヤっ♪」

 

「あ、ああ………俺も大好きだよ………」

 

 あー、後頭部が痛い………。

 

 辛うじてラウラにそう言った直後、後頭部の痛みが消えると同時に身体が動かなくなってしまった。

 

 多分、気絶しちまったんだと思う。

 

 




これがラウロックミサイル(対タクヤミサイル)。

※ドラグノフは、ロシアのマークスマンライフルです。

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