異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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リキヤの願い

 

 額には、まだ忌々しい鈍痛がへばり付いている。この痛みは何が原因だったのかと思い出そうとすると、思い出さなくていいと言わんばかりにエンジンとキャタピラの音が耳の中へと流れ込んでくる。しかも、どうゆうわけかガタガタと滅茶苦茶揺れている。

 

 すっかり弱々しくなった炸薬の臭いが、数分前までは戦闘中だったのだという事を俺に教えてくれる。片手で額を抑え、未だにへばりついている鈍痛に抗いながら身体を起こした俺は、息を吐きながらそっと瞼を開いた。

 

「あれ………?」

 

 俺の真下に、見慣れた迷彩模様の装甲があった。オリーブグリーンの迷彩模様に塗装された装甲の先端部からは、ロケットランチャーや無反動砲とは比べ物にならないほど大きな砲身が伸びていて、俺の座っている場所の近くには砲塔の中へと入るためのキューポラがある。

 

 砲塔の下にはがっしりとした車体があって、その両サイドでは無骨なキャタピラが鳴動し、地面に跡をひたすら刻みつけていた。

 

 チャレンジャー2………? 砲塔の脇には対人用のSマインが取り付けてあるし、塗装にも見覚えがある。それに、キューポラに備え付けてある機銃はロシア製重機関銃のKordに換装されている。

 

 ああ、これは俺たちの戦車だ。

 

 自分が横になっていたのが、微速で走行中のチャレンジャー2の上だったということに気付いた瞬間、徐々に弱々しくなっていく額の鈍痛が、まるで息を吹き返したかのように一気に強くなり、激痛を俺の額に叩き付け始める。

 

 その激痛の中で、俺はその痛みの原因を思い出した。

 

 砲撃で燃え上がる九稜城。トレンチガンを手にした、俺たちの実の親父。気を失う前に、俺たちは最強の傭兵とメサイアの天秤の鍵を奪い合っていたのだ。

 

 逃げ切ることすらできずに―――――――完敗したのだ。全力で最強の傭兵と戦い、仲間たちが俺を逃がすために必死に援護してくれたというのに。

 

 気を失ってしまったという事は、せっかく俺たちが手に入れた鍵も奪われている事だろう。俺を気絶させ、何もせずにあの親父が立ち去るわけがない。

 

 ポケットの中に手を突っ込み、中に空のマガジンしか入っていないことを確認してから、再びガタガタと揺れる戦車の砲塔の上に寄りかかる。幼少期の頃から、かなり手加減している状態の親父たちとは戦った事があるけど………九稜城で戦った親父も、まだ手を抜いていた事だろう。

 

 まだまだ親父たちには勝てないって事か………。

 

「あっ、タクヤ」

 

「おう、ナタリア」

 

 砲塔に寄りかかりながら水筒の水を飲もうとしていると、キューポラの中から黒い制服姿のナタリアがひょっこりと顔を出した。キューポラの縁に少し軍帽がぶつかったのか、ドイツ軍の指揮官を思わせる軍帽は少し傾いている。

 

 しっかり者のナタリアはこういう制服をちゃんと着るタイプだから、軍帽が少し傾いている彼女は意外と可愛らしい。

 

「大丈夫?」

 

「まだ頭が痛てえけど………大丈夫だ、生きてるし」

 

 トレンチガンの銃床で2回もぶん殴られたんだよな………。

 

 今度こそ腰の水筒に手を伸ばし、蓋を外して中に入っている水を飲む。冷水が喉に浸透し、急速に冷えていくのを感じながら身体の力を抜く。

 

 ああ、勝てなかった。

 

 逃げ切ることすら出来なかった………。

 

「くそったれ」

 

「………傭兵さんと、戦ってたんだよね」

 

「ああ」

 

 俺がボコボコにされているのは、きっとナタリアも目にしていた事だろう。

 

 キューポラの中から出てきた彼女は、腰を下ろす前に軽く装甲の上を白い手で払うと、「戦車の上って揺れるのね………」と言いながら俺の隣に腰を下ろした。

 

 おい、俺はいつもタンクデサントしてるんだからな? もうこの揺れと装甲の塗料の臭いには慣れちまったよ。

 

「お礼……言いたかったなぁ………」

 

「………親父に?」

 

「ええ。………あの時から、1回も会えなかったから」

 

 14年前に、当時のモリガンの本部があるネイリンゲンを、転生者の集団が襲撃するという事件が起こった。あの時は俺とラウラはまだ3歳だったから、親父は俺たちと母さんたちを家に残して、家を訪れていたフィオナちゃんとガルちゃんを連れてネイリンゲンへと向かったんだ。

 

 ネイリンゲンは俺たちが生まれた場所だし、ナタリアにとっては故郷である。

 

 彼女はその事件の際に、街に駆けつけた親父によって命を救われたというのだ。だから俺たちの親父であるリキヤ・ハヤカワは、ナタリアにとっては命の恩人ということになる。

 

 きっと彼女は、支援砲撃をする際にかなり躊躇ったことだろう。自分の命の恩人に恩を返す前に、攻撃する羽目になったのだから。

 

「いつか、お礼を言いたい」

 

「そうだな………。この旅が終わったらさ、王都に遊びに来いよ。こんな争奪戦が終わった後だけどさ」

 

「ふふっ、そうね。じゃあお邪魔させてもらおうかしら」

 

 きっと、家族のみんなは歓迎してくれる筈だ。この争奪戦で誰が天秤を手にすることになるのかは分からないが、きっと母さんや親父たちはナタリアの事を歓迎してくれるに違いない。

 

 親父は、ナタリアの事を覚えているだろうか?

 

「………あ、あの……タクヤ」

 

「ん?」

 

「気にしないでね………? あ、相手は傭兵さんだったんだし………プロだったから………」

 

 どうやら彼女は、俺が鍵を取られたことを気にして落ち込んでいると思ったらしい。作り笑いをしながら励まそうとしている理由を知った俺は、彼女に「あ、ああ」と小さな声で返しつつ、親父との戦いで完敗したことをまた思い出してしまう。

 

 俺の攻撃は全て見切られていたし、信じられない事だがラウラの狙撃まで見切られてしまっていた。あの時ラウラが狙撃していた距離はおそらく700mくらいだろう。1km以上の遠距離から狙撃するのが当たり前のラウラにしては近い方だが、それでも彼女の狙撃を見切り、スコップだけで回避してしまうのはありえない。

 

 あれが戦場で鍛え上げた直感なのだろうか。自分の技術などの合理的な要素だけでなく、直感などの不確定要素さえも〝使いこなして”しまうからこそ最強の傭兵と呼ばれるのかもしれない。

 

 いくら人間よりも身体能力が高いキメラとはいえ、あんな直感で.338ラプア・マグナム弾の狙撃をやり過ごすのは考えられないけどな………。

 

 確かに親父との戦いでは完敗した。逃げ切ることすらできなかったのだから。

 

 でも――――――俺たちの戦いは、あくまで争奪戦である。天秤を手に入れるために必要な鍵を手に入れて逃げ切れば、それで勝利できるのである。

 

「で、でも、まだ鍵は――――――」

 

「ははははっ。おいおい、ナタリア。何で俺の事を励ましてるんだよ?」

 

「え?」

 

 隣に座る金髪の少女は、まだ俺の事を励まそうとしていたらしい。確かに全力で戦ったのに手も足も出なかったのはショックだけど――――――争奪戦では、負けてないぜ?

 

 いきなり笑い出した俺を見つめるナタリアが、きょとんとしている。鍵を奪われたから自分を責めていると思っていたのかもしれないが、俺は何も責めてはいない。予想以上に親父が手強くて驚愕していた覚えはあるが、自分を責めた覚えはないし―――――――〝負けた覚え”もない。

 

 目を丸くするナタリアに水筒を持たせると、俺はその手を右足のブーツの中へと突っ込んだ。泥まみれの漆黒のブーツの中から男子にしては細い右足を引っ張り出し、ブーツを逆さまにしてから何度か上下に振る。

 

 九稜城の中庭で入り込んだのか、しっかりと磨かれた灰色の小さな石がチャレンジャー2の砲塔の上に落下し、バウンドして車体の方へと落ちていく。もう少し強くブーツを振った直後、今度はさっきの小石よりも大きく、光沢のある奇妙な形状の物体がブーツの中から零れ落ちた。

 

 装甲にバウンドして舞い上がったそれを素早く掴んだ俺は、泥まみれのブーツを傍らに置いてから、キャッチしたその物体をつまんでナタリアに差し出した。

 

「はい」

 

「え、これ………えっ?」

 

 彼女が受け取った物体は――――――銀色の鍵だった。

 

 ごく普通の鍵のように見えるが、その表面には電子機器の中にある複雑な電子回路を思わせる紅い模様が刻まれており、この鍵が普通の鍵と乖離した存在であるという事を訴えかけている。

 

「――――――これ………嘘、天秤の鍵!?」

 

「ご名答」

 

「えっ? だって、傭兵さんに奪われちゃったんでしょ!?」

 

「ははははっ。………ナタリア、俺って器用なんだよ」

 

「そ、そうよね。岩を削ってお鍋とか作ってたし………」

 

 無人島で過ごした時の事だろう。俺が巨躯解体(ブッチャー・タイム)を使って岩を削り出し、調理用の鍋を作っていた時の事を思い出しているに違いない。

 

 小さい頃から、そういう事には自信があった。小学校の頃から絵をかいたり、粘土で何かを作ったりするのは得意で、あのクソ野郎は見向きもしてくれなかったけど母さんはよく褒めてくれていた。

 

 暴力ばかり振るわれる毎日を送っていたから、そんな辛い日々を経験していれば、優しい母親に褒めてもらうのはかなり嬉しいし、虐待で傷ついた俺を癒してくれた。だから俺は母さんにもっと褒めてもらおうと、よく自室で絵を描いたり、粘土で色々と作っていたんだ。

 

 前世で鍛え上げた〝器用さ”が、転生してから生かされたのである。

 

「親父に奪われたのはな………ここに来る途中にこっそり作ってた偽物さ」

 

「にっ、偽物?」

 

「そう」

 

 俺を殴って気絶させた親父が持って行ったのは、おそらくコートのポケットの中に入っていた方の偽物の鍵だろう。あの九稜城の天守閣で鍵を手に入れた後、天守閣から下りる途中の階段の踊り場で、親父と遭遇して鍵を奪われないようにと本物の鍵をブーツの中へ移しておいたのだ。

 

 その代わりに偽物をポケットの中に入れておいた。どうやら親父でも見破ることはできなかったらしい。

 

 ざまあみろ、クソ親父め。前世で鍛え上げた俺の器用さを舐めるなぁッ! ガハハハハハハハハハハハァッ!!

 

「ちゃんと金属を溶かしてリアルに作ったんだぜ? 上陸してから森の中に落ちてた刀とか鎧の破片を使ったんだ」

 

「あ、あんた………凄いわね………」

 

「ありがと。………親父には完敗したけど、これで鍵は2個になったな」

 

「え、ええ」

 

 最後の鍵があるのは―――――――西側にあるヴリシア帝国の帝都である『サン・クヴァント』。その帝都の中央に屹立する、『ホワイト・クロック』と呼ばれる巨大な時計塔の地下だという。

 

 ヴリシア帝国は、オルトバルカ王国と同等の国力を持つ島国だ。極めて大規模な騎士団を持つ大国だが、産業革命によって一気に工業力を向上させたオルトバルカ王国に遅れた形になっているため、既に騎士団の戦力ではオルトバルカ王国を下回っているだろう。

 

 強力な海軍を持つ帝国だが、主力の船は未だに旧来の帆船だと聞いている。それに対してオルトバルカ海上騎士団の戦力は、甲鉄の装甲に覆われた戦艦や装甲艦が中心だ。どちらが有利かは火を見るよりも明らかである。

 

 現在ではにらみ合いが続いているから、ここも入国には一苦労しそうだ。

 

 ちなみにその帝都は、21年前に親父たちが初めてレリエル・クロフォードと死闘を繰り広げた戦場でもある。その際に帝都の象徴であるホワイト・クロックは一度だけ倒壊しているらしいが、親父が言うにはその倒壊の原因はレリエルで、親父との戦闘中に巨大な時計塔を突き倒したという。

 

 ちなみにホワイト・クロックの高さは400m。そんなでっかい時計塔を、最強の吸血鬼は腕の筋力だけで倒壊させたらしい。

 

 初めて耳にした時はかなりビビりました。キメラでもそんな事は無理です。

 

 お父さん、レリエルを倒してくれてありがとう。そんな怪物と戦う羽目になったら俺たち全滅しちゃいますから。

 

 そして、親父たちはその化け物を撃退したのか………。

 

「さて、早いところ倭国を出ようぜ。偽物だって事に気付いたら、親父が追撃してくるかもしれないからな」

 

「そ、それもそうね」

 

「あ、それとさ」

 

「なに?」

 

 キューポラの中へと戻ろうとしているナタリアを呼び止める。きっと鍵をステラに預け、俺が偽物を用意していたおかげで2つ目も手に入ったという話をしに行くところだったんだろう。

 

 早くその話をしたいのか、ナタリアは少しうずうずしているようだ。

 

 俺は彼女の頭上の軍帽を見上げると、ニヤニヤしながら教えてやった。

 

「軍帽ずれてるぜ、ナタリア大佐」

 

「えっ? …………あ、ありがと」

 

 少しだけ顔を赤くして、そそくさとキューポラから車内へと戻っていくナタリア。せっかく直した軍帽が再びキューポラの縁に当たってずれたのを見てしまった俺は、砲塔の後ろに寄りかかりながらそっと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 へし折られた刀身が、彼女との戦いを楽しんだ男の墓標となっていた。

 

 九稜城の攻防戦の最中に、主と共に力尽きた1本の刀の刀身。九稜城の守備隊が全滅して戦いが終わった後も、エミリアの剣戟に耐え切れずに折れてしまった土方の刀の刀身は、ずっと主の亡骸の傍らに突き刺さったままだったから、すぐに見つける事ができた。

 

 立派な墓石はないし、棺も用意できない。しかし、共に戦った得物が自分の墓標となるのであれば、きっとこの攻防戦で散った土方も満足してくれる筈である。

 

 友軍の兵士たちが撤収の準備を進めている中で、エミリアは静かに夕日に照らされる土方の墓標を見守り続けていた。刃にまとわりついた赤い光が、まるで血涙のように下へと垂れていく。

 

「……土方の墓標か」

 

「ああ………」

 

 墓標を見つめたまま答えると、返り血まみれになったスコップを腰に下げた夫が隣へとやってきた。彼もエミリアと同じく傷を負ったわけではないようだが、フードの下から覗く彼の顔は、気のせいなのか悔しそうな顔をしている。

 

「……鍵は?」

 

「偽物だった」

 

 いつも冷静沈着で、仲間(同志)たちと共闘する時は彼らを鼓舞しながら戦う最愛の夫が悔しそうな顔をするのは珍しい事である。親しい親友や仲間が命を落とした時は、その場では涙を流さずに、いつも1人で涙を流すような男が、珍しく悔しさをあらわにしているのだから。

 

 珍しい夫の顔をまじまじと見つめたエミリアは、再び墓標を見つめながら息を吐いた。

 

「そうか」

 

「ああ。………タクヤは賢い奴だよ。あいつが一番恐ろしい相手かもしれん」

 

 気が強く、汚い手を何度も使う狡猾な少年だった。模擬戦では相変わらず手加減した状態で常に圧倒していたのだが、稀にひやりとしてしまうような一撃を繰り出してくるのは、いつもタクヤの方だった。今はまだレベルもステータスも低く、実戦の経験もまだまだ足りない青二才でしかないのだが、このまま実戦の経験を積んで鍛え上げていけば―――――――リキヤを超え、最強の転生者になるかもしれない。

 

 そして仲間たちと共に成長し、モリガンを超える最強のパーティーとなることだろう。

 

 転生者ハンターに必要なのは、力を悪用する転生者を狩るための力。そして、転生者たちに対しての強烈な抑止力である。

 

「ところでリキヤ」

 

「ん?」

 

 踵を返し、本国へと帰還するブリストルへ戻ろうとしていると、まだ墓標を見つめていた妻に呼び止められた。

 

「お前は――――――天秤で、どんな願いを叶えるつもりだ?」

 

「………」

 

 まだ、妻たちに彼の願いや、天秤がどのようなものなのか話していない。だからエミリアたちも、タクヤたちと同じく天秤をお伽噺通りの魔法の天秤だと信じている。

 

 天秤を欲する夫を支えるために、彼女たちは真相を知らないまま力を貸してくれている。そろそろ真相を教えるべきだろうかと思ったリキヤだったが、全て教えてしまえば彼女たちはリキヤを止めようとするに違いない。

 

 だから、あくまで教えるのは片鱗だけだ。

 

「………家族を取り戻すだけさ」

 

 天秤で〝求める”のではなく、天秤の力で〝取り戻す”。

 

 妻に自分の目的の片鱗を告げたリキヤは、聞き返される前にフードをかぶり直すと、本国へと帰還する戦艦ブリストルへと向けて歩いていく。

 

 彼から目的の片鱗を聞かされたエミリアは――――――ブリストルの汽笛が轟くまで、黙って土方の墓標を見守り続けていた。

 

 

 

 第七章 完

 

 第八章へ続く

 

 

 


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