異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
「く、くそ………ッ!」
猛烈な威圧感と共に喉元に突き付けられた漆黒のボウイナイフを睨みつけた俺は、振り上げかけていた腕をゆっくりと下ろし、握っていた大型トレンチナイフを腰の鞘へと戻す。
俺よりも一足先に脱落していたラウラは、今日も親父に一撃も命中させられずに2人ともやられたことを知って悔しそうな顔をしていた。
親父は10年間も激戦を経験しているのに対し、ラウラは一度も実戦を経験していない。俺はあの事件の際に少しだけ実戦を経験しているが、俺たちを誘拐した奴を殺害したわけではないし、あいつらから攻撃を受けたわけでもない。親父が経験した戦いから比べれば訓練と変わらないようなものだったことだろう。
戦闘力に差があり過ぎるんだ。こっちの攻撃は驚異的な反射神経で全て見切られた上に躱されるし、相手の攻撃は全く隙が無いから辛うじてギリギリガードできる程度だ。ガードしてから反撃するのは不可能だろう。そんな攻撃が次々に繰り出されるわけだから、一度でもガードするとすぐに防戦一方になり、最終的には今回のようにナイフを喉に突き付けられて終わりだ。
まるでレベル1の状態でレベルとステータスがカンストしているラスボスと戦わされているような気分だ。レベル1で2分以上も逃げ回っているのは俺らが善戦している証拠だろう。
だが、親父は転生者ハンターとして戦っていた時、基本的に遭遇した転生者は殆ど格上だったという。つまり、今の俺たちのように敵との差が開いている状態で勝利し続け、レベルを上げてきたということだ。
ちなみに親父の今のレベルは995。どこまでレベルが上がるのかは不明だが、こんな怪物とレベル1の状態で戦わされていたのかよ……。
勝てるわけねえだろ。
「大分腕が上がってきたじゃないか」
「ほ、本当かよ………」
「本当だ。反射速度が上がっているし、判断力も上がっている。無理な反撃が減ってきているからな」
確かに、何だか最近の戦い方は慎重になってきているような気がする。おかげで逃げ回れる時間が少しずつ増えてきた。
「………よし、そろそろキメラの能力の訓練でもするか!」
「ふにゅ? キメラの能力……?」
俺と親父とラウラの3人は、種族は人間ではなくキメラということになっている。親父が若い頃に義足を移植して変異したのが原因で、俺たちはその状態の親父と母さんの間に生まれた。だから見た目は人間にそっくりだけど、頭には角が生えているし、尻尾も生えている。
まだこの異世界には3人しかいないかなり少数の種族で、国際的にも種族として認められていないため、一応は人間ということになっている。だが、もし俺たちの子孫が増えるようなことになれば、いずれはキメラという新たな種族として認められることになるだろう。
「いいか? 何度も言ったが、お前たちの体内にはサラマンダーの血液も流れている。キメラの能力は、その血を利用して発動するんだ。例えば―――――」
親父は変異していない右腕の袖を捲ると、肩の力を抜いてから息を吐き始めた。何を始めるのかとラウラと2人でその腕を凝視していると、いきなり肌色の皮膚の中に、まるで太陽の黒点のように赤黒い外殻が滲み出し、その外殻が右腕の全体へと広がり始めていったんだ。明らかにそれは人間の皮膚ではなく、ドラゴンの全身を覆っている外殻と同じだ。初めて狩りに行った時に親父がこの能力を使っていたのを思い出した俺は、手首の辺りまで広がっていくドラゴンの外殻を黙って凝視していた。
やがて、手首の先まで外殻で侵食されてしまう。親父は禍々しい外見になった手を軽く動かすと、手首を回してから俺とラウラにその右腕を見せる。
「これは能力の1つだな。体内の血液の比率を変化させることで意図的な変化を誘発し――――――」
「ふにゅー……?」
親父の説明の途中で首を傾げるラウラ。そういえば、俺は親父の説明を理解できるけど、ラウラは普通の8歳の少女だ。きっと親父の説明に出て来た難しい言葉が理解できなかったんだろう。
「つ、つまり、身体の中にあるサラマンダーの血の量を増やすと、こんな風に外殻が生成されるようになるんだよ。ほら、触ってみろ」
「う、うん……!」
差し出した手に向かって、ラウラが恐る恐る手を伸ばす。赤黒い外殻に完全に覆われた父親の手に触れた彼女は、目を見開きながら親父の顔を見上げた。
「すごーいっ! タクヤ、パパの手がすごく硬くなってるよ!!」
確か、あの時熊を殴りつけて鼻の骨をへし折っていたのもこの能力だったような気がする。でっかい熊の骨を折るくらいの硬さなんだから、かなり硬い事だろう。
俺たちもあんな能力を使えるようになるんだろうか。もし自由自在に使えるようになったら、かなり実戦でも役に立つ事だろう。例えば敵の攻撃を回避し切れない場合に咄嗟に硬化して攻撃を防いだりすることが出来るだろうし、もしかしたら弾丸も弾けるかもしれない。
まだ修得したわけでもないのに能力をどうやって使うか考えながら、俺は親父の手に触れた。
「――――硬ぁッ!?」
「ハッハッハッハッ」
岩みたいな感触を想像していたんだが、まるで
明らかにそれは人間の防御力ではない。戦車並みの防御力だ。
「理論上は、お前たちもこれと同じ能力が使える筈だ」
「すげぇ………!」
「パパ、ラウラもやってみたい!」
「よし、じゃあ今からこれの訓練を始めるぞ」
「やったー!!」
大はしゃぎするラウラの隣で、俺もはしゃぎたくなるのに耐えながら親父の顔を見上げていた。
この防御力があれば、もし銃を装備した転生者と戦う事になった場合でも、従来の銃撃戦のように遮蔽物に隠れる必要はなくなる。敵の攻撃を弾きながら一方的に攻撃する事ができるようになるというわけだ。攻撃が通用しないという事実を見せつけて敵を追い詰めることも出来るし、こちらはいちいち相手の攻撃を遮蔽物に隠れて防ぐ必要がなくなるため、かなり有利になる。
例えるならば、アサルトライフルを持った歩兵を、重火器を満載した戦車や装甲車で追い詰めるようなものだ。この外殻を粉砕してこっちを攻撃するには、戦車を攻撃するつもりで装備を整えなければならない。
しかもその能力を使うのは、人間よりも遥かに身体能力の高いキメラ。当然ながら機動性ならば戦車よりも遥かに上だ。更に攻撃力の高い大口径の銃で武装すれば、死角はなくなることだろう。
さらに、親父は今しがた「能力の1つ」と言っていた。つまり、他にもまだ能力が残っているということだ。
「まず、血液の比率を変化させることから始めよう。身体の中にあるサラマンダーの血を増やして、腕を外殻で覆ってみろ」
「親父、比率はどうやって変えればいいんだ?」
「そうだな………水の入ったバケツの中に、ペンキを混ぜるのをイメージしてみろ。外殻を生成するには、大体30%くらいの血が必要だ。……ちなみに、意識していない時点でも既に10%はお前たちの体内をサラマンダーの血が流れてるぞ」
30%か………。もう10%は流れているということは、あと20%くらい増やせばいいということだろう。
「変異させたい場所は決めておけ。今回は腕だ」
言われた通りに、水の入ったバケツの中にペンキを混ぜる瞬間をイメージしてみる。水が人間としての血で、ペンキがサラマンダーの血だ。色が濃くなり過ぎないように少しずつ混ぜていけば………!
集中し過ぎたせいなのか、いつの間にか俺は目を瞑っていた。少しずつ目を開けて自分の手を見てみると―――――肌色の皮膚の中に蒼い外殻が生成され始めていた!
「ふにゃあっ!? タクヤの手が……!!」
親父が生成した時のように速度は早くないが、水が凍りついていくかのように、少しずつ外殻が俺の右腕の皮膚を覆っていく。
1分ほどイメージを続け、やっと外殻の浸食は俺の手首に到達。手首まで外殻の生成が終わったことに安心してしまったせいなのか、浸食の速度が少しばかり落ちてしまう。
「安心するなよ。咄嗟に硬化できるようにするんだ」
訓練を続ける必要はあるが、これならば部屋の中でも訓練できるだろう。戦闘訓練のように動き回るわけでもないし、射撃訓練のように親に見守ってもらう必要もない。
やがて、やっと指先まで硬化が終了する。
まるで人間の皮膚の代わりにドラゴンの外殻を張り付けたような腕だ。でも、親父のように赤黒い外殻ではないせいなのか、あまり禍々しさはない。左手でそっと触れてみると、やはり人間の皮膚よりも遥かに硬い感触がする。軽く叩いてみるが、まるで装甲車にでも触れているかのような感覚だ。
「で、できた……!」
「よし、次はラウラだ」
「はーいっ! ふにゅ………!」
硬化した腕を眺めているうちに、今度はラウラが硬化を始めた。必死に集中しながらイメージしているみたいだけど、聞こえてくるのは彼女の個性的な唸り声だけで、ラウラの小さな腕は先ほどから全く変わる気配がない。
親父と一緒にラウラを見守っていると、肘の近くの皮膚が一瞬だけ赤黒く染まった。もしかして生成に成功したのかと一瞬だけ思ったが、その変色した皮膚は外殻へと変異することはなく、すぐに元の肌に戻ってしまう。
「あ、あれ……? できないよぉ………」
「やはり………」
「え?」
そう呟いた親父は、自分だけ外殻の生成が出来なくて涙目になり始めているラウラの頭を優しく撫で始めた。
「ちょっと待ってろ」
ラウラに優しくそう言ってから、親父は裏口のドアから家の中へと戻っていく。家の中から1分足らずで戻って来た親父は、洗面所から持ってきたタオルを広げると、涙を拭っているラウラのほうへとやってきて、再び彼女の頭を撫で始める。
「ラウラ、いいか? 確かに外殻の生成はタクヤよりも苦手かもしれないが………お前には、タクヤにはない能力がいくつもある」
「ふにゅ……本当?」
「ああ」
え? 俺にはない能力だって?
しかもいくつも持ってるだと?
外殻の生成に成功して調子に乗っていた俺は、その言葉を聞いて少し落ち込んだ。確かに瞬間的に生成しなければ敵の攻撃をこいつでガードするのは不可能だし、この速度では戦闘中に硬化するのは無理だろう。何とか動き回りながら瞬間的に硬化しなければならないのに、こんな初歩的な訓練で調子に乗っている場合じゃない。
「ラウラ、ちょっと目隠しするぞ」
「ふにゃあっ!?」
家の中から持ってきたタオルを使って、いきなりラウラに目隠しをする親父。俺にはない能力を使わせるための準備なんだとは思うんだが、何をさせるつもりなんだろうか?
すると、親父は目隠ししたラウラに言った。
「じゃあ、今からパパは別の場所に移動する。タクヤが『いいよ』って言ったら、パパがどこにいるか当ててみるんだ」
「うん、分かった!」
なんだそれ? 超能力の練習か?
目隠しした状態で親父の居場所が分かるのかよ? まさか、ラウラの能力っていうのは超能力じゃないだろうな?
そう思いながら庭の隅のほうに歩いていく親父を見つめていると、こっちを振り向いた親父が手を振り始めた。『いいよ』と言ってもいいということらしい。
気配を消し、更に足音も立てないように歩いて行った親父。きっと傭兵として戦っていた時に何度も隠密行動を経験していたんだろう。足音は全く聞こえなかったし、親父の姿が見えなければいないんじゃないかと思ってしまうほどの気配の消し方だ。
「い、いいよ、ラウラ」
本当に親父がどこにいるのか当てられるのか? 目隠しされているラウラを凝視しているが、彼女は目隠しされる前に見ていた方向をタオルの下から凝視しているだけだ。親父の居場所が分かっているとは全く思えない。
すると、ラウラが微かに手を動かした。親父が歩いて行った方向を振り向き、ぴくりと動かした手を持ち上げる。
彼女が親父のいる方向に向かって指を指し、「こ、こっち……?」と首を傾げながら呟いた瞬間、俺はぎょっとする羽目になった。
確かにラウラが指差している方向の先には親父が立っているんだが、ラウラはどうやって親父の居場所を知った!? 親父は気配を消して足音を立てずに庭の隅まで移動していたし、ラウラは目隠しのせいで何も見えない状態の筈なのに………!?
「―――――正解」
「やったぁ!!」
タオルを外し、自分が指差した方向に親父がいたことを確認したラウラは、大はしゃぎしながら見守っていた俺に抱き付いてきた。
同い年の姉にどさくさに紛れて頬ずりされながらなぜラウラが親父の居場所を知る事ができたのかと考えていると、こっちに戻って来た親父がニヤニヤ笑いながら説明を始めた。
「――――実はな、お前たちの身体をこっそり検査したんだ」
「け、検査ぁ!?」
いつの間に検査してたんだよ……。
「それでな………実は、ラウラの頭の中にはメロン体があることがわかった」
「なっ………!?」
なんと、ラウラの頭の中にはイルカなどと同じように超音波を発するためのメロン体があるというのだ。これがあればイルカや潜水艦のソナーのように超音波を発し、暗闇の中や霧の中に隠れている敵をエコーロケーションで探す事ができる。
つまり、目が見えない状況でも、頭の中にあるメロン体を使って超音波を発することで敵の位置を正確に把握する事ができる。敵の姿が見えなくてもラウラには関係ないということだ。
しかもラウラには、スコープを使わずに長距離の標的に弾丸を命中させられるほどの驚異的な視力がある。もしこの視力と、このエコーロケーションを併用した上でスナイパーライフルやアンチマテリアルライフルを使ったら、彼女は敵にとってかなりの脅威となる事だろう。2つの索敵の手段を使って敵を探し出し、敵がラウラを発見する前に一撃で仕留めてしまうのだから。
「ラウラはこの能力を持つ分、外殻の生成が苦手なんだな」
「ふにゅー………」
「す、すげえ………」
ラウラは索敵能力がチートなのか。彼女は狙撃手に向いてるな。
ならば俺は、早く硬化をマスターして前衛で彼女を守ろう。そしてラウラが狙撃で俺を援護する。この連携なら強敵も倒せるだろうし、もしかしたら転生者も倒せるかもしれない。
「他にもまだ能力はあるが、今のところはここまでにしておく。………これをマスターしたら、今度はいよいよ実戦だ。魔物退治に連れて行ってやる」
「ほ、本当!?」
「ああ」
これをマスターすれば実戦か……!
大はしゃぎするラウラの隣でにやりと笑った俺は、拳を握りしめながら空を見上げた。