異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

135 / 534
リキヤ襲来

 

 2人の死体を、中庭の茂みの中に放り込む。もしかしたら警備の兵士に発見されてしまうのではないかと危惧したが、圧倒的な兵力の新政府軍とオルトバルカ王国騎士団がすぐそこまで迫っているのだ。発見したとしても、対処する前に九稜城攻防戦が始まってしまうに決まってる。

 

 両手にへばりついた血をコートの裾で拭い去り、俺はA-91を背中に背負った。中庭にもう用はない。これから向かうのは、ここよりもずっと狭い場内だ。だからほんの少しでも銃身が長くて重いアサルトライフルよりも、咄嗟に敵を撃ち抜けるように軽く、素早く対処できるハンドガンの方が好ましい。ただでさえ素早く対処することが求められる室内戦になる上に潜入中なのだから、素早く対処するというのはまさに最優先事項だ。

 

 ホルスターの中からPL-14を引き抜きつつ、渡り廊下から城内へと潜入する。前世の世界で目にした日本の城とあまり変わらない建築様式の九稜城は思ったよりも広いというのに、通路は段々と狭くなっているような気がした。

 

 こんなところで敵に見つかり、白兵戦に突入するのはごめんだ。それに屋内ということは、ラウラの支援を受ける事ができない。

 

 いや………幸い通路には窓がある。かなり限定的になってしまうが、ラウラなら窓もろとも敵兵の頭を撃ち抜いてくれる筈だ。それに、壁も意外と薄い箇所がある。.338ラプア・マグナム弾の貫通力ならば貫通できるだろうか。

 

 ラウラにとって、敵を探す索敵手段は視力だけではない。突然変異なのか、頭の中に生まれつき存在するイルカのようなメロン体と、その超音波を聞き分けるために発達した聴覚。遠くで聞こえるほんの小さな物音でも、瞬時にその正体を聞き分けることが可能なほど発達した彼女の耳は、標的が壁の向こうにいたとしても関係なく敵を察知する。

 

 半径2km以内に標的がいる限り、彼女は常にそうやって敵を探すことが可能なのだ。突然変異によって発達したセンサーの塊。それが、俺の姉のラウラ・ハヤカワの体質なのである。

 

 通路の向こうから兵士たちが走る足音が聞こえてきて、俺は咄嗟に近くに置いてあった木箱の陰に隠れた。あまり大きくはない木箱だが、男子にしては小柄な俺が隠れるには十分だろう。いつもと比べて軽装だったことも功を奏したと言える。

 

 ハンドガンを構えつつ、木箱の陰から兵士たちを観察する。装備は日本刀―――――日本が存在しない異世界で『日本刀』は変だと思う――――――と、モリガン・カンパニー製のクロスボウを装備しているようだった。まるでマスケットの銃床とクロスボウを組み合わせたかのような古めかしい外見で、まるでドットサイトを思わせる照準用のレンズのようなものを装備している。

 

 一昔前までは、騎士団にも正式採用されていたモデルだ。今ではフィオナちゃんが連発できるクロスボウを発明したおかげで一気に退役してしまったモデルだが、大半は海外に売却されて現役だと聞いている。

 

「大変だ、マツマエグチの守備隊が騎士団にやられたらしい」

 

「なに? 土方殿は!?」

 

「現在、守備隊を引き連れて撤退している最中だ。もうじき決戦が始まるぞ。兵士を集めて防衛の準備を」

 

「分かった! しかし、あの正門の爆発は何だったんだ?」

 

「さあ? 新政府軍の破壊工作か? とりあえず、正門に兵士を集中させよう」

 

 パンジャンドラムを使った陽動作戦は功を奏したようだが………このままでは拙いな。もうマツマエグチが突破されたのか………。

 

 しかも、土方だって? まさか、新選組の土方歳三か?

 

 異世界にも同じ名前の偉人がいるのだろうか。出来るならば会ってみたいが、向こうからすれば俺たちは勝手に城の中に入り込み、鍵を手に入れて逃げようとしている盗人と変わらない。会ったとしても斬られるのが関の山だ。

 

「グレーテル、聞いたか?」

 

『うん、聞いたよ。………急いだ方が良いかも。鍵は天守閣なんだよね?』

 

「ああ」

 

 急いだ方が良い。

 

 マツマエグチが突破されたのならば、もう片方のフタマタグチに残った守備隊は撤退を選択する筈だ。もう片方の守備隊が突破されたのならば、敵はフタマタグチを攻め落とさずに九稜城を攻撃し始めるだろう。だからフタマタグチの防衛にこだわるのではなく、撤退して本拠地の守備隊と合流し、そこで新政府軍を迎え撃とうとする筈だ。つまり―――――もうじき防衛線が始まる。

 

 その新政府軍とオルトバルカ騎士団の中に、親父や母さんもいる事だろう。モリガンの中で最強の男が、鍵を手に入れるためにここに来るのだ。

 

『ヘンゼル、ここから敵兵を狙撃するから天守閣に急いで』

 

「やれるのか?」

 

 思わず彼女に聞き返してしまったが――――――愚問だろう。ラウラなら、壁の向こうにいる敵兵ごと狙撃して仕留めるのは造作もない。マラソンを何度も経験しているベテランのランナーに「完走できるのか?」と尋ねるようなものだ。

 

 馬鹿らしい質問をしてしまったと自嘲していた最中に、無線機から『当たり前じゃん』とラウラの声が聞こえてきた。ああ、彼女ならやれる。相手が壁の向こうにいようが、壁もろとも撃ち抜いてくれる。

 

「ヘンゼルよりマイホームへ。今から少し強引な潜入になる。場合によっては砲撃支援を頼む」

 

『了解(ダー)。ステラちゃん、粘着榴弾装填』

 

『了解(ダー)』

 

 粘着榴弾とは戦車砲などに使用される砲弾の一種で、命中した瞬間に着弾した際の衝撃で砲弾が潰れてから爆発する砲弾である。強力な砲弾だが、メタルジェットによって装甲を容易く貫通する形成炸薬(HEAT)弾や、極めて強力な貫通力を有するAPFSDSが主流になっているため、旧式の砲弾と化してしまっている。

 

 しかしコストは低く、砲身にもあまり負荷をかけないことから完全に退役はしていない。

 

 貫通力の低い砲弾だが、爆発は強力なので貫通力を必要としない場合には重宝する。それにチャレンジャー2のライフル砲は粘着榴弾以外にも、貫通力の高いAPFSDSも使用することができるため、相手の防御力などで使い分ける事ができる。

 

 親父が到着する前に鍵を見つけ出す必要があるため、少し急がなければならない。脱出する際はもう隠密行動は一切考慮せずに、正面突破するしかないだろう。ラウラの狙撃とカノンの砲撃に援護してもらえば、少なくとも3分以内に撤収することは可能な筈だ。

 

 目の前で話をしていた兵士を仕留めようと思ったけど、彼らは話を終えると、大慌てで通路の奥へと走っていった。ハンドガンを向けていた俺は息を吐きながら銃口を下ろし、先を急ぐ。

 

 まあ、生かしておいた方が正門に集合しろっていう命令を伝達してもらえるし、その方が結果的に動きやすくなる。遭遇した敵は全員殺せばいいって事じゃない。

 

 通路の奥まで走り、曲がり角にあった木製の階段を駆け上がる。急いでいるせいで足音が聞こえてしまうが、慌てて戦闘配置につく兵士が多いのだから目立つ事はないだろう。それにもし仮に発見されたとしても、早撃ちには自信がある。更に、壁の向こうには心強い狙撃手がいるのだ。

 

「さて、このまま天守閣までダッシュだな………」

 

 階段を駆け上がり、上の階の通路を素早く見渡す。先ほどの通路とほぼ同じ作りで、相変わらず狭い上に遮蔽物はない。こんなところで白兵戦だけはやりたくないなと思いつつ索敵し、敵がいない事を確認したが――――――人間離れしたキメラの聴覚が、背後から近づいてくる足音をしっかりと聞いていた。

 

 誰かが階段を駆け上がってくる。おそらく、上官へ報告に向かう兵士か、戦闘配置につく兵士だろう。遮蔽物が少ないせいで隠れる場所はない。

 

 こいつは殺すしかないと思い、振り返りかけたその時だった。

 

「ぎっ―――――――」

 

「………!」

 

 構えかけたPL-14が、途中で止まる。

 

 いきなり壁を突き破って飛び込んできた1発のライフル弾が、的確に兵士のこめかみに飛び込んでいたのだ。皮膚に風穴が開き、肉片と鮮血を反対側から噴き出しながら兵士が倒れる。

 

 相変わらず凄まじい命中精度だ。………幼少期の訓練以来、あまりラウラが狙いを外したところは見たことがない。

 

 しかもそんな狙撃を、スコープを取り外したスナイパーライフルでやっているのである。まるでシモ・ヘイヘのようだ。

 

「さすが」

 

『えへへっ』

 

 再び正面を向き、上の階へと続く階段を探す。メウンサルバ遺跡の地下で入手したフランケンシュタインの記録によると、鍵が保管されているのはこの九稜城の天守閣のようだ。なぜこんな極東の城の天守閣に保管されているのは分からないが、おそらくこの城を立てた大名が宝物だと思い込んで保管しておいたんだろう。

 

 言うまでもないが、鍵自体は宝ではない。その鍵を使って得る天秤こそが、あらゆるお伽噺の題材にもなっている本当の宝物だ。

 

 通路の向こうにあった階段の近くには、兵士が2名ほど倒れていた。2人とも頭には既に風穴が開き、頭の肉片をまき散らした状態で絶命している。どうやらもう既にラウラが狙撃し、排除していたらしい。

 

 おいおい、俺のハンドガンの出番はないんじゃないか?

 

 かつん、と上の階の方から音が聞こえてくる。薄い壁を何かが突き破るような小さな音だ。その音の正体が何なのか理解した俺は、この上の階に広がっている光景を想像しながら階段を駆け上がった。

 

 相変わらず狭い通路には――――――やはり、旧幕府軍の兵士たちの死体が転がっていた。どの兵士も鞘から刀を抜いていないため、全員敵襲に気付かないうちに葬られたという事が分かる。

 

 わ、我が家のシモ・ヘイヘは恐ろしい………。

 

 念のためハンドガンを構えつつ警戒してみるが、曲がり角や和室の出入り口の所にも兵士の死体が転がっていた。おそらく出入口の所で息絶えている兵士たちは、仲間たちが倒れていくのを目の当たりにし、何が起きたのかと部屋を飛び出し開けたところを狙撃されてしまったのだろう。

 

 しかも、やはり壁越しに。更にラウラは、スコープを使っていない。

 

 姉の戦果を目の当たりにして息を呑みつつ、上の階へと向かった。先ほどまでは簡単な作りだった階段だが、この階からは業火になっている。縁には黄金の装飾がついていて、手すりまであるのだ。

 

 ここからはちゃんと警戒するべきか………?

 

 城内の作りが変化しているという事は、天守閣に近付いているという事なのだろう。それはそれで喜ばしいが、フタマタグチの守備隊と新政府軍もこっちに迫っているから喜んでいる場合ではない。

 

 階段を登り切ると、今までのような狭い通路と部屋が並ぶフロアではなく、武者の鎧ややけにでかい薙刀が飾られている広い部屋に出た。床や壁は木造で、まるで何かの道場を広くしたような雰囲気を纏う部屋である。

 

「………」

 

 敵がいるなら、ラウラが狙撃している筈だ。そう思ったが――――――メウンサルバ遺跡の事を思い出した俺は、はっとしながら立ち止まった。

 

 彼女の索敵能力は凄まじく高い。特に聴覚と視覚を駆使した索敵は最新のレーダー並みである。だが、彼女の索敵能力の象徴ともいえるエコーロケーションにも弱点がある。

 

 それは、あくまで音波での索敵のため、敵の擬態まで見破ることは不可能という事だ。どれだけ擬態している敵に向かって超音波を飛ばしても、あくまで〝そういうオブジェがある”とラウラが認識するだけで、〝あのオブジェは敵の擬態だ”と見破れるわけではないのだ。

 

 実際に、メウンサルバ遺跡では魔物の擬態を見破ることは出来ず、魔物の奇襲を許してしまっている。

 

「………」

 

 息を呑んでから、右肩にあるホルダーの中からメスを1本引き抜く。元々は魔物の内臓を摘出するために持ち歩いているメスだが、銃と違って銃声を発しないことから、時折恐ろしい武器と化すのだ。

 

 左手の指でメスを持った俺は―――――そのメスを、目の前に鎮座する武者の鎧に向かって投げつけた。何も音を出さずに左手から飛び出したメスは、真っ直ぐにその鎧へと飛翔すると、鎧の眉間へと凄まじい勢いで突き刺さる。

 

 とん、と鎧にメスが突き刺さった音だけが、広間に響いた。戦闘配置につく兵士たちの声や足音から遮断されたかのような広間に響いた音は、それだけだ。残響が消えた後には、再び静寂が広間に浸透する。

 

「トラップなし、クリア」

 

 考え過ぎだったかもしれない。あの中に敵兵が潜んでいるかもしれないと思ったんだが、ただの観賞用の鎧だったらしい。

 

 呆れながら広間を通り抜け、俺は更に階段を上った。

 

 

 

 

 

 

 

「社長、フタマタグチの守備隊は撤退したようです」

 

「やはりな………」

 

 九稜城まで撤退し、城の守備隊と合流してから最終決戦を挑もうとしているのだろう。フタマタグチの防衛にこだわり、本陣を攻め落とさせてしまったら本末転倒だ。

 

 やはり、予想通りだ。土方は兵士たちを引き連れて後退し、俺たちに最終決戦を挑む。これで九稜城攻防戦は大規模な戦闘になる。

 

 ああ、大規模にやってくれ。その方が俺も鍵を手に入れ易くなるのだから。

 

 腰に下げていた水筒の中の水を飲み、眼前に見えてきた九稜城の天守閣を睨みつける。既に正門の方からは黒煙が上がっているが、まだ艦隊が砲撃を始めたというわけではないだろう。ブリストルは俺たちと共に北上を続けているが、まだ砲撃を開始する位置についたわけではないのだから。

 

「いよいよ我が社の新兵器が活躍する局面がやって参りましたな、社長」

 

「ああ」

 

 警備分野に所属する社員の言葉を聞きながら、その新兵器の準備をする社員と騎士たちを見据える。

 

 一般的な防具を外し、その代わりに彼らは背中に巨大なボンベのようなものを背負い始めている。まるでダイバーが背負うボンベのようだ。それから伸びるケーブルと圧力計の点検を行う彼らに、指揮官が小型の矢を何本も支給し始めている。

 

 この兵器が投入され、大きな戦果をあげれば――――――この異世界で普及している剣や弓矢は、すぐに廃れてしまう事だろう。そして急速にこの武器の改良が進み、前世の世界のような兵器が活躍する時代が訪れるに違いない。

 

「――――――エミリア、指揮は頼む」

 

「任せろ。………なあ、リキヤ」

 

「ん?」

 

 端末を取り出し、ミヤコ湾の戦いで弾薬を消耗していたブレン・テンの代わりに何か銃を装備しようとしていると、隣で九稜城を睨みつけていたエミリアに声をかけられた。戦闘中は常に目つきの鋭い彼女だが、戦場にいるというのに今の彼女の目つきはまるで家にいる時のように優しい目つきである。

 

 少しだけ違和感を感じたが――――――結婚してからはずっと愛し合ってきた妻なのだ。彼女が何を考えているのかを察した俺は、彼女がそれを口にする前に「大丈夫だ」と言った。

 

「子供たちがどれだけ成長したのか、見てくるだけさ」

 

「ああ、頼む」

 

 正門から上がっている黒煙の正体は、十中八九あのクソガキの攻撃だろう。俺たちが九稜城に到着する前に鍵を回収するつもりなのかもしれないが、そんな事をさせてたまるか。

 

 あの鍵は、俺が手に入れる。俺にも叶えなければならない願いがあるのだから。

 

 それに―――――――あいつらに天秤を手に入れさせるわけにはいかない。お伽噺の正体を知るだけならばいいのだが、下手をすればあいつらは大切な物をことごとく失う羽目になってしまう。

 

 だから、子供たちを守るためにも俺が天秤を手に入れなければならないのだ。

 

 あいつらが無知というわけではない。あの天秤の恐ろしさを知っている者は、最早俺やエンシェントドラゴンたちしか残っていないだろう。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「ああ」

 

 エミリアとキスをしてから、俺は進撃する部隊から離れた。素早く茂みの中に飛び込み、そのまま九稜城へと向かって全力疾走を開始する。

 

 海底神殿ではエリスとリディアを出し抜き、鍵を手に入れて逃げ切ったそうじゃないか。格上の相手から消耗した状態で逃げ切った事には驚いたが――――――それだけ成長しているという事なんだろ?

 

 だったら――――――どれだけ強くなったか見せてみろ、タクヤ。

 

 俺が相手になる。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。