異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
九稜城へと侵入するためには、堀を突破して城壁を登るか、正面の門から突っ込むしかない。しかし、いくら守備隊がマツマエグチとフタマタグチから戻ってくるまで時間を稼げる程度の兵力を残しているとはいえ、俺たちの人数に比べれば向こうの兵力の方が圧倒的に上だ。
潜入とは、少数の兵力で敵に発見されずに進入するという非常にリスクの大きな作戦である。発見されれば敵兵力に包囲されてしまうが、発見されずに潜入する事が出来れば、敵の機密情報を奪ったり、敵の指揮官を暗殺して敵軍を瓦解させる事も可能なのである。
しかし、それゆえに潜入するには極めて高い技術と判断力が要求される。
「………ラウラ」
「うん」
九稜城の裏手に回った俺たちは、城壁の手前に広がっている堀を見下ろしていた。堀の中にはやはり水が溜まっているんだが、ただ水を溜めているだけとは思えない。考えすぎかもしれないが、トラップが仕掛けてあったり、肉食の獰猛な魚型の魔物が放し飼いにされている可能性がある。
そこで、泳いで侵入するという選択肢は選ばない。その代わりに―――――ラウラの能力をフル活用させてもらう。
俺よりも一足先に、ラウラが掘の中へと向かってジャンプした。キメラはサラマンダーと人間のハーフのような種族で、サラマンダーの持つ能力や突然変異で身に着けた能力を自由自在に使う事ができる、突然変異の塊のような種族だ。でも、さすがにサラマンダーのように空を飛ぶことは出来ない。
だからこのままでは、ラウラが掘の中に落ちてしまう。
「えいっ」
しかし――――――氷を操る能力を持って生まれてきたラウラにとって、堀の中に水を溜めていたところですぐに凍結させられるのだから、泳がなければならないような池や川も彼女の前では足場になるしかない。
案の定、彼女の爪先が水に触れると思った瞬間には、いつの間にか水面が鮮血のように紅く凍り付き――――――氷の通路が、堀の中に出来上がっていた。
「さすがお姉ちゃんだ」
彼女が生まれつき持っている能力は、氷を操る能力である。あのように水を瞬時に凍結させたり、周囲に氷の粒子を纏ってマジックミラーのように自分の姿を消す事も可能なのだ。
その能力の原理は、生まれつき体内に膨大な量の氷属性の魔力が存在するという事である。一般的に、魔力はどの属性にも変換されていない〝無属性”の状態で人体に蓄積されている。魔術を使うには魔法陣や術式を媒体にし、その魔力を特定の属性に変換するという手順が必要になるんだが、俺やラウラの場合はもう既に魔力に属性がついているため、詠唱や魔法陣で変換する必要がないのである。
しかも魔術よりも自由度が高いので、実質的に〝自由自在に操る”ことが可能なのだ。
強力な能力だが、既に変換済みの魔力というのがネックになる場合もある。海底神殿で経験したが、属性には弱点も存在するのだ。例えば炎属性ならば水属性が弱点だし、水属性ならば雷属性が弱点なのだ。
弱点となっている属性の攻撃を喰らうと、体内の魔力が不安定になり、暴発する可能性が高くなる。つまり、自分自身の魔力で自滅する可能性が高くなるという事だ。これは無属性の状態ならば決して起こらない現象なのだが、キメラは魔物などと同じようにあらかじめ変換済みの魔力が体内に蓄積されているため、属性にも注意しなければならない。
ラウラが作ってくれた氷の足場の上に降り立ち、彼女の頭を撫でてから城壁へと向かう。瞬間的に凍結させたとはいえ、銃をいくつも装備した俺たちが乗っても軋まないほど分厚い氷が生成されている。さすが絶対零度の異名を持つエリスさんの娘だ。母親の才能を全て受け継いでいるらしい。
改めて姉の能力に驚愕しつつ、見張りに警戒しながら城壁の目の前まで移動する。
「〝ヘンゼル”より〝マイホーム”へ。陽動を開始してくれ」
『こちらマイホーム、了解よ』
久しぶりにこのコードネームを使った気がする。冒険者の資格を取る条件として転生者を抹殺したあの日以来だろうか。
俺のコードネームはヘンゼルだ。ラウラがグレーテルで、チャレンジャー2に乗っている支援部隊はマイホームとなっている。由来はもちろんグリム童話のヘンゼルとグレーテルだ。
足場から堀に落ちないように気を付けながら、俺はそっと正面の門へと伸びる橋の方を見た。今回の作戦は潜入作戦だが、さすがにそのまま裏手から潜入しても危険であるため、陽動で敵の注意を正門に集中させるという作戦を取ることにしている。
しかし、陽動とはいえ砲撃すれば砲撃地点がばれてしまうし、乗組員が1人足りない状態ではチャレンジャー2の戦闘力は半減しているようなものなので、まだチャレンジャー2の出番ではない。その代わり、英国の大スターに活躍してもらおうじゃないか。
双眼鏡を覗き込むと、もう既にその兵器が攻撃準備に入っている姿が見えた。
その兵器は、まるで車輪のような形状だった。一見するとただの車輪に見えるが、馬車や列車の車輪にするにはやけに大き過ぎるし、車輪の縁にも無数の筒のようなものがいくつも搭載されているのが分かる。まるで一般的な車輪を大型化し、甲鉄のフレームで何度も補強しつつ、車輪の縁にジェットエンジンに似た筒のような物体を取り付けたかのような外見をしている。
「さあ、行け―――――――〝パンジャンドラム”」
次の瞬間、緩やかに転がっていた鈍重そうなその車輪が――――――覚醒した。
おそらくナタリアが起動スイッチを押したのだろう。車輪に取り付けられている筒が一斉に火柱を噴き上げたかと思うと、まるで最大速度に達しようと全力疾走する機関車の車輪のように、その巨大な車輪が無数の火柱を纏って、凄まじい速度で回転しながら正門へと突撃を始めたのである!
その兵器は、イギリスが第二次世界大戦中に開発した『パンジャンドラム』と呼ばれる兵器であった。
巨大な車輪に爆薬を満載し、それにロケットモーターを取り付けて高速回転させ、敵陣に突っ込ませる目的で開発された大英帝国の誇る大スターである。しかし問題点が非常に多い兵器であったため、結局実戦に投入されたことはない。
だが、ロケットモーターで火柱を噴き上げながら超高速で回転する車輪は、やはり目立つ。だから俺はそれを陽動に使おうと考えたのだ。
色々と改造したパンジャンドラムを正門に突っ込ませた後に自爆させ、旧政府軍に敵が正門を破壊するために行動を開始したと思い込ませる。そうすれば残った守備隊は正門を守るために集中するから、他の場所の守りが手薄になるという作戦だ。下手をすれば交戦中の守備隊を呼び戻される可能性があるという諸刃の剣と言わざるを得ない作戦だが、守備隊が戻って来るまで20分はかかる筈である。その間に鍵を手に入れ、逃げてしまえばいい。
「な、なんじゃ!?」
「おい、あの車輪は何だ!? ………つ、突っ込んで来るぞぉッ!?」
「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
正門を警備していたサムライたちも、さすがに炎を噴射しながら突っ込んで来るパンジャンドラムを食い止めようとは思えなかったらしい。正門に繋がる橋の上を猛スピードで回転していく巨大な車輪は、派手にロケットモーターから炎を噴き上げつつ正門に急迫し―――――――ついに、九稜城の正門へと飛び込んだ。
くそ、カメラを持ってくればよかったぜ。撮影したかったなぁ………。
どんな猛者の突撃も阻んでしまうほど分厚い九稜城の正門を、高速回転する甲鉄の車輪が蹂躙する。まるで最高速度に達した機関車が突進したかのように正門を突き破ったパンジャンドラムは、さすがにその衝撃で転倒してしまったらしく、今度は横向きになりながら炎を噴き上げ続ける。
しかし、こいつの役割はただ火を噴きながら回転するだけではない。パンジャンドラムの真髄は派手な回転する姿と、搭載した大量の爆薬による破壊力なのだ。前者は目にしたが、まだ後者の出番が残っている。
次の瞬間、九稜城が揺れた。
正門の残骸が吹っ飛び、城壁の一部が衝撃波で突き飛ばされて崩壊する。その崩壊した防壁から突き出たのは、パンジャンドラムが生み出した紅蓮の爆炎であった。
パンジャンドラムの姿を見守っていた俺たちの元に、爆炎で加熱された熱い風が吹いてくる。微かに火の粉を引き連れたその熱風は、まるでパンジャンドラムが「ほら、後はお前たちの出番だぜ」と告げているかのようだった。
な、泣きそう………。
よし、次は俺たちが潜入する番だ。
「行くぞ、ラウラ………」
「ふにゅ、何で涙声なの?」
「あれがロマンだよ………」
涙を拭いながら両手を硬化させ始める。肌色の皮膚が蒼い外殻に覆われたのを確認してから、鋭い爪の生えている指先を防壁の表面へと突き立てた。堅牢そうな外殻だが、
少し勢いを付けるだけで、鋭い爪と指先はあっさりと防壁にめり込んだ。その調子で反対の手もめり込ませ、防壁を登り始める。
防壁の中に何か金属でも入っていれば、前みたいに壁を歩いて潜入できるんだが、残念ながらこの防壁の中には何も入っていない模様だ。
ラウラも同じように両手を硬化させ、壁を登り始める。幼少期からよく壁をよじ登ったりする訓練を受けていたし、2人で鬼ごっこをする時も頻繁に壁をよじ登ったりしていたので、この程度の防壁を登るのは朝飯前だ。
「そういえば、工場の煙突に上ったこともあったよね」
「その後エリスさんに怒られたけどな」
昔の話をしながら防壁を登り切り、九稜城の中へと入る前に防壁の近くに敵兵がいないか確認する。防壁の内側に広がる庭の中に敵がいない事を確認してから、俺は背中に背負っていたA-91を取り出しつつ九稜城の中へと足を踏み入れた。
庭というよりは、ただの広場のようだ。右手には倉庫と思われる小屋があり、左手には木々が生えた広場があるだけである。遮蔽物になりそうな物は左右にあるそれらだけだろう。
「よし、別行動だ。支援は頼んだぞ」
「任せて。―――――無茶しちゃ駄目だからね」
「分かってるって。お姉ちゃんは泣かせたくないからな」
「ふふっ。―――――愛してるよ、タクヤ」
「おう」
少しだけラウラとキスをしてから、俺たちは別行動を開始した。
スナイパーライフルを背負ったラウラは、凄まじい瞬発力とジャンプ力を駆使して防壁や塀の上を飛び越えつつ、早くも氷の粒子を生成して自分の姿を消している。聴覚や嗅覚には自信があるが、あのように姿を消してしまったラウラの姿を見つけ出すのは、俺でも不可能だ。
目を細めつつ、俺も行動を開始する。
A-91を構えつつ前方にある塀へと近付き、木造の薄い塀の陰に隠れつつ端へと向かう。人間よりも優れているキメラの聴覚をフル活用し、何か物音を聞き取ろうとしてみるが――――――聞こえてくるのは旧幕府軍の兵士たちが慌てふためく声と、走り回る際の足音のみ。
いや、それだけでいい。音が聞こえるならば、それで敵兵のある程度の位置は把握できるのだから。
目安があるだけで、警戒できる。
息を吐いてから塀の陰から飛び出し、渡り廊下へと侵入する。左手には小さな建物があるが、あんな場所に鍵が保管されているわけがない。右手にある入口から城の中へと入り込むのが正解だろう。
入口の扉を開けようとした瞬間、通路の向こう側から足音が聞こえてきた。扉を開けずに息を殺し、その兵士が遠ざかるのを待つ。
「おい、正門で爆発が起きたぞ!」
「車輪が火を噴きながら突っ込んで来たらしい!」
「なんじゃそりゃ!? 新政府軍の新兵器か!?」
足音が遠ざかったのを確認してから扉を開け、九稜城の内部へと侵入する。通路は思ったよりも広く、遮蔽物は少ない。遮蔽物に使えそうなのは曲がり角くらいだろうか。
敵に見つからないようにサプレッサーを装着してきたのは良いが、一番いいのは敵に遭遇しない事だ。敵を始末すれば、今度はその死体も隠さなければならなくなる。放置すれば侵入者がやってきたという事を敵に教えることになるから、手間が増えてしまうのだ。
素早く通路を抜けると、再び渡り廊下に出た。周囲を確認して飛び出そうとしたのだが、無線機から『グレーテルよりヘンゼルへ』とラウラの声が聞こえてきたので、俺は飛び出さずにそのまま彼女からの報告を聞くことにした。
「どうした?」
『3時方向に敵』
「なに?」
通路の陰に隠れながら待ち構えていると、右手の方から2人の兵士がやってきたのが見えた。紺色の制服に身を包み、腰に日本刀を下げた2人の旧幕府軍の兵士だ。
通り過ぎるまで待とうと思ったんだが………そいつらは途中で立ち止まると、中庭で雑談を始めやがった。そのまま通り抜けようとすれば見つかるし、遮蔽物もない。
「くそったれ」
『始末しようよ』
「仕方ないな」
早速撃つ羽目になるのか。
舌打ちをしてからセレクターレバーを切り替え、セミオート射撃の準備をしつつドットサイトを睨みつける。
ラウラのスナイパーライフルは極めて命中精度が高いといわれるイギリスのL96A1だ。しかしボルトアクション式であるため、いくらラウラでもセミオートマチック式のライフルより連射速度は遅くなってしまうという欠点がある。
「俺が右のを撃つ」
『じゃあ、お姉ちゃんは左の奴を狙うからね』
「了解(ダー)。ラウラが先に撃ってくれ。俺は後から撃つ」
『了解(ダー)』
さあ、ラウラ。―――――撃て。
思い浮かべた姉への合図が伝わったのか、俺がそう思った直後、いきなり飛来した1発の.338ラプア・マグナム弾が片方の兵士の頭を食い破った。
サプレッサーを装着していたため、銃声は聞こえない。いきなり相方の頭が粉々になったことにもう片方の兵士が驚いたが、そいつの頭も5.56mm弾によって貫かれ、あっという間に2人は即死する羽目になった。
「さすが
『えへへっ♪』
さて、あの死体は隠しておくか。
他に敵兵がいない事を確認してから、俺は中庭へと飛び出した。
無数の矢が突き刺さり、屹立する巨木が次々にハリネズミと化していく。ハリネズミのような姿になっているのは巨木だけではない。数え切れぬほどの一斉射撃をやり過ごした土方は、息を吐きながら隣で横たわる部下を見下ろした。
旧幕府軍に参加した頃から、ずっと一緒に戦ってくれた戦友のうちの1人だ。3回前の一斉射撃で集中攻撃を浴び、彼もハリネズミの如く数多の矢に貫かれて絶命している。
数日前にミヤコ湾で戦ったあの騎士がいるかと思っていた土方であったが、このフタマタグチへと攻撃を仕掛けて来ているのは騎士団の部隊ではなく、どうやら新政府軍の兵士たちらしい。
失望しながらも次の一斉射撃をやり過ごそうとしていたその時であった。
「副長、緊急事態です!」
「どうした」
彼の事を副長と呼ぶのは、新選組の仲間である証拠だ。振り向いてみると、やはり見覚えのある若者がいた。
「マツマエグチの守備隊が突破された模様です!」
「なに………?」
旧幕府軍は、現在マツマエグチとフタマタグチの二ヵ所に守備隊を展開している。そのマツマエグチが、新政府軍の軍勢に突破されたというのである。
その報告を聞いた他の兵士たちが騒ぎ出す中で、土方は目を瞑りながら「そうか………」と呟いた。
今のところ、フタマタグチが陥落する気配はない。食料さえ確保できればいくらでも粘ることは出来るだろう。しかし、マツマエグチが突破されたのならば敵は無理にフタマタグチを突破しようとせず、そちらを通り抜けて九稜城を攻め落とそうとする筈だ。このままここを守り続ける意味はない。
むしろ、九稜城へと戻って他の兵力と合流し、そこで最終決戦を挑むべきである。
「よし、撤退する。九稜城まで撤退だ」
「に、逃げるのですか!?」
「このままここを守っていても、既にマツマエグチが突破されているのならば守る意味はあるまい。それよりも九稜城に戻り、そこで決戦を挑んだ方が良い」
「わ、分かりました………」
愛用の刀を腰の鞘に納めた土方は、もう一度息を吐きながら空を見上げた。
ここに攻め込んで来ているのは、新政府軍の兵士ばかり。オルトバルカ王国が派遣した騎士団の戦力は、おそらくマツマエグチの方を攻略したのだろう。
マツマエグチにも猛者たちがいた筈だが、こんな短時間で突破されたという事は――――――間違いなく、向こうを攻め落とした軍勢の中にあの騎士がいる。蒼い髪の、美しい女性の騎士がその軍勢の中にいる筈なのだ。
(………また、あの女と戦いたい)
九稜城まで戻れば戦えるだろうと思いながら、土方は踵を返した。