異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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偵察

 

 倭国は、極東の島国である。

 

 近隣には大国の1つであるジャングオ民国があり、大昔から互いに貿易を繰り返しては技術の供与で共に成長してきた友好国だ。そのような経緯のためなのか、ダンジョンに指定されるほど危険な海域に囲まれた上に、幕府の命令によって鎖国されたあとも、特別にジャングオ民国だけは貿易を許されていたという。

 

 大昔からサムライたちが活躍しているという島国だが――――――その島国は、変わろうとしている。

 

 鎖国を維持し、サムライと幕府による政治を続けようとする旧幕府軍と、開国して西洋の技術を取り入れ、列強に追いつこうと主張する新政府軍。その2つの派閥の対立が、ついに『維新戦争』と呼ばれる戦争を勃発させた。

 

 早い段階でオルトバルカ王国からの支援を受けていた新政府軍は、新型の装備を駆使して緒戦から旧幕府軍を圧倒。段々と彼らを北へと押しやっているという。

 

 旅をしている途中で耳にした話ばかりだが、その時点で旧幕府軍が連敗を続けているというのならば、もう既に北の方まで追い詰められている筈で、本拠である九稜城の攻防戦が始まるのも時間の問題だ。しかし、焦ってこのまま九稜城に鍵を手に入れるために乗り込むのも愚の骨頂でしかないので、もう少し情報収集が必要になる。

 

 本拠があると言われているエゾに上陸した俺たちは、早くも潜水艇を装備から解除し、町へと向かう準備を進めていた。

 

 エゾは日本で言うならば北海道と同じだ。しかもまだ本格的に開拓されたわけではないらしく、俺たちの周囲には木々が乱立している。戦車が通れないほど狭い道ばかりというわけではないんだが、それではかなり進路が限定されてしまうし、木を撤去しながら進めば時間がかかってしまう。

 

 木を撤去していたら九稜城が陥落していたという事になったら元も子もないため、とりあえず情報収集をしてから鍵を手に入れに行くべきだろう。

 

 手に入れるべき情報は、新政府軍の進軍の状況だ。場合によっては敢えて新政府軍に九稜城を襲撃させ、旧幕府軍の守備隊が防衛線をしている間に鍵をいただくという火事場泥棒の真似事も視野に入れていたため、タイムリミットになる可能性があるがチャンスにもなる。これも知っておくべきだろう。

 

 九稜城の位置はフランケンシュタインの記録に記載されているため、それを参考にすれば発見できる筈だ。

 

「よし、二手に分かれよう」

 

「ふにゅ?」

 

 倒木に腰を下ろして水筒を取り出し、一口だけ水を飲んでから俺は仲間たちに告げた。

 

 新政府軍が九稜城を攻撃するのも時間の問題だ。進軍の状況を確認し、それから九稜城の警備を確認している暇はないかもしれない。同時進行で迅速に済ませなければ。

 

「俺とラウラが新政府軍の偵察に行ってくる。残った3人は九稜城の偵察を頼めるか?」

 

「2人だけで大丈夫なの?」

 

「ああ」

 

 ナタリアに答えながら、俺は夕日を見上げた。

 

「もうじき夜だ。………このコート、夜間の隠密行動に向いてるんだぜ」

 

 そう言いながら、俺は転生者ハンターのコートをぽんぽんと叩いた。親父が身に着けていたモリガンの制服をベースに、フィオナちゃんが冒険者用に改造してくれたこのコートは、真っ黒であるため夜間の隠密行動では非常に発見されにくいという特徴がある。コートだけでなく、ズボンやブーツも同じく真っ黒だし、更に革の手袋までしているから顔以外は全く露出していない。それに顔はフードを目深にかぶれば誤魔化せるし、真紅の羽根もそれほど目立たない。

 

 これを参考にフィオナちゃんが作ってくれたラウラの転生者ハンターの服も、夜間の隠密行動を考慮して設計されたものだ。でもラウラの場合は露出が若干多いので、俺のコートほど地味ではないけどな。

 

 でもラウラは氷を使って姿を消せるので、露出度はあまり関係なさそうだ。

 

 大きな胸を覆っている彼女の服をちらりと見てから、俺は目の前に立つナタリアの服装を見つめた。

 

 前までは私服を改造し、ごく一部に金属製の防具を取り付けただけの一般的な冒険者の格好だったナタリアだけど――――――今の彼女の服装は、まるで第二次世界大戦中のドイツ軍の指揮官のようだった。

 

 漆黒の軍服と、同じく漆黒の軍帽。俺のように隠密行動を重視したデザインというよりも、戦車などの車内でも動きやすいように無駄を省いたシンプルなデザインになっている。アイテム用のホルダーやポーチは最小限になり、金属製の防具も一切装着していないためなのか、俺たちよりもすらりとしている。

 

 黒い軍服の下には白いワイシャツと黒いネクタイを身に着けている。軍服の左腕にはグレーの腕章が付けられていて、その腕章には紅いエンブレムが描かれていた。

 

 そのエンブレムは―――――――移動中にみんなで考えた、テンプル騎士団のエンブレムである。転生者ハンターを意味する2枚の真紅の羽根が交差しており、その正面には現代兵器のAK-47が描かれている。それらの真上にあるのは真紅の星だ。

 

 ナタリアがかぶる帽子の正面にも同じエンブレムがついているし、帽子の側面には転生者ハンターの象徴である2枚の真紅の羽根がついている。それらの制服はフィオナちゃんが作ったものではなく、俺が能力で生産した服装の1つだ。モリガンとはもう敵対してしまったため、今後はこういった服装は俺が用意することになる。

 

「似合ってるよ、ナタリアちゃん」

 

「そ、そうかしら」

 

 もう既に、彼女が転生者ハンターになった事とテンプル騎士団を設立しようとしているという事は、仲間たちに説明しておいた。転生者を狩る転生者ハンターだけで構成された非公式のギルドを作り、転生者を迎え撃ちつつこの世界を守るという俺の計画。その計画を聞いてくれたナタリア以外の仲間たちも、この計画に賛成してくれている。

 

 これで、テンプル騎士団のメンバーは5人になった。時間はかかるかもしれないが、こうやってメンバーを増やしたり、他の転生者を仲間に引き入れたりして世界中で〝同志”を増やしていけば、力を悪用する転生者たちの抑止力となってくれるに違いない。

 

「では、わたくしたちは偵察に向かいますわね」

 

「おう、頼むぜ」

 

 カノンとステラも、身に着けている服装が変わっていた。

 

 カノンは相変わらず貴族のお嬢様を思わせるドレスに似た黒い制服で、胸元には真紅のスカーフがついている。スカートの裾や袖口には真紅のフリルがついていて、やや禍々しい印象のドレスになっているけど、アイテム用のホルダーやポーチの増設など実用的なデザインも含まれている。彼女の場合は頭に黒と紅のヘッドドレスをかぶっているだけなので、真紅の羽根は右肩に2つ取り付けられていた。左腕にはやはりエンブレム付きの腕章がついている。

 

 ステラの方は、まるでソ連軍のコートのような制服と、ロシアの帽子であるウシャンカだった。若干サイズが大きかったのか、口元はコートの襟で隠れてしまっている。頭にかぶっているウシャンカにはテンプル騎士団のエンブレムと真紅の羽根が2枚付いており、彼女も転生者ハンターとなったという事を証明している。厚着になった影響でポケットやホルダーが増設されており、メンバーの中で最も多くのアイテムを持ち歩けるようになっているんだが、それは自分だけがアイテムを使うのではなく、仲間にそのアイテムを補給するという事も考慮している。もっとも、彼女の場合は後衛なので補給の方が多くなりそうだ。

 

 ちなみに、この転生者ハンターの制服には「転生者に対するすべての攻撃力が2倍になる」という転生者を狩ることに特化したスキルが装備されているため、少なくともある程度レベルが上の転生者に対しても攻撃通用するようになっている。

 

 しかもそのスキルが適用されるのは身に着けた者全員なので、これを着るだけで転生者との戦いが有利になるのだ。

 

「じゃ、全員無理は禁止な」

 

「了解(ダー)」

 

 仲間たちと別れた俺とラウラは、さっそくエゾに上陸した新政府軍の偵察へと向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 フードをかぶったまま双眼鏡を覗き込み、すっかり暗くなった森の向こうに見える焚火を注視する。その傍らで何かの話―――――どうせ維新戦争の戦況の話だ――――をしながら非常食を口にする新政府軍兵士の装備を確認した俺は、他の兵士の装備や人数も確認することにした。

 

 エゾに上陸した新政府軍は、既に簡単な駐屯地を用意して、そこで装備を整えているようだった。後方に広がる海には何隻も軍艦が停泊しているんだが、その中にはオルトバルカ海上騎士団から派遣されたと思われるでっかい軍艦が停泊している。

 

 小さな帆船を黒く塗り直しただけのような、お粗末な新政府軍の軍艦とは異なり、漆黒の装甲に覆われた巨大な装甲艦だ。側面には無数の大砲とガトリング砲に似た兵器を搭載しており、船体の形状は第一次世界大戦の頃に主流だった戦艦や装甲艦に似ている。

 

 確か、幕末にあんな船があった気がする。確か『ストーンウォール号』という名前だった筈だ。

 

 オルトバルカ王国は、ついにあんな近代的な船まで実戦に投入したのか。………それにしても、あのガトリング砲みたいな武器は何だ? 本当にガトリング砲なのか?

 

 ミニガンのような新型のガトリングガンというよりは、クランクを回さなければ連射できない旧式のガトリング砲のような外見だが、バリスタや大型の弓矢が主流だった頃と比べると進歩しているのは明らかだ。

 

「ねえ、ガトリング砲みたいなのがあるよ」

 

「この調子じゃ、いずれ銃も発明されるかもね」

 

 双眼鏡で巨大な装甲艦を観察しながらラウラに返答すると、その装甲艦の甲板の上にでっかい人影がいたことに気付いた。身に着けているのは紅い制服で、肩には黄金の肩章がいくつも付いている。腰には大剣ではないかと思ってしまうほど巨大なサーベルを下げた、オークの男性だ。

 

 この世界には様々種族が存在するんだが、オークはその所属の中で最も大きな身体を持つ種族だ。もちろん筋力や膂力もすさまじく、鍛え上げられたオークの成人男性ならば素手でゴーレムと殴り合えるほどだという。

 

 しかし、そのオーク達も人間に奴隷として売られる事が多く、世界中で苦しんでいる種族でもある。

 

 そのオークの男性が、立派な軍服を身に着けている姿には違和感を覚えた。しかも豪華な肩章がついているところを見ると、おそらく一兵卒ではなく将校だろう。錨のエンブレムがついたバッジも付いているから、あの装甲艦の艦長なのかもしれない。

 

 奴隷扱いされている種族の男性が、最新鋭の装甲艦の艦長になるのは普通ならばあり得ない。奴隷の種族が上に立つのはありえないという主張をする貴族に阻まれ、最終的に左遷されるケースが多いためだ。だから騎士団の上層部は殆ど人間で構成されているのだが………親父が率いるモリガン・カンパニーが「労働者と国民こそ国家に一番貢献している」と主張し、発言力が強くなり始めてからは人間以外の所属が出世して指揮官になるケースが激増しているという。

 

 あのオークの艦長も、その1人なのだろう。

 

 すると、その艦長がくるりと後ろを振り向いた。双眼鏡の向こうでにやりと笑ったその艦長は後ろにいる人物を手招きすると、甲板へとやってきた人物にワインのグラスを手渡す。

 

 騎士団のお偉いさんかなと思いつつ双眼鏡をズームした瞬間――――――俺はその人物を凝視し、凍り付く羽目になった。

 

 双眼鏡が動かない。両手が痙攣しているというのに、動いている感じが全くしない。その痙攣を知覚する余裕が一瞬で吹き飛ばされてしまうほど狼狽している証拠なんだろう。

 

「ど、どうしたの?」

 

 隣で駐屯地を見張っていたラウラが問い掛けてくるけど、俺は唇を噛み締めたままその甲板の上を凝視していた。

 

 艦長から奨められたワインを受け取った人物には、見覚えがあったのだ。

 

 俺と同じく蒼い髪で、その髪をポニーテールにしている。瞳の色までは見えないが、おそらくその女性の瞳の色は美しい紫色だろう。そしてその瞳は鋭く、強靭なプライドを身に纏っている筈だ。

 

 年齢は20代中盤か後半くらいのように見えるが、実年齢はそろそろ39歳になる頃だ。

 

 実年齢を知っているのは―――――それほど、親しい人間だからである。

 

「か………母さん………?」

 

「え?」

 

「甲板の上に………母さんが……!」

 

「――――――まさか、新政府軍の援助のために………?」

 

 甲板の上でワインの入ったグラスを受け取った人物は――――――俺を生んでくれたこの異世界の母親である、エミリア・ハヤカワだった。

 

 俺たちと同じく黒い制服に身を包んでいるが、その制服に刻まれているエンブレムは当然ながらテンプル騎士団のエンブレムではなく、世界最強の傭兵ギルド(モリガン)のエンブレム。クソ野郎を淘汰する転生者ハンターの象徴である真紅の羽根のエンブレムが、ランタンに照らされて燃え上がっている。

 

 すると、また船室の方から甲板へと人影がやってきた。その人物も黒い制服にを包んでいて、2枚の真紅の羽根がついたフードをかぶっているという時点で、俺とラウラはもうその人物の正体を見破っていた。

 

 なんてこった。よりによって、あいつが鍵を手に入れにやってくるなんて………!

 

「親父………ッ!」

 

 甲板に上がってきたのは――――――世界最強の傭兵ギルドを率いる、最強の転生者。そしてキメラという種族の原点となった俺たちの父親でもある。

 

 最強の吸血鬼を打ち倒し、最強の魔王となった男が―――――ついに倭国へとやってきたのだ。

 

 メサイアの天秤の鍵を、手に入れるために………!

 

「そんな………パパまで………!?」

 

「おいおい、あの2人が新政府軍に参加したら旧幕府軍はすぐ壊滅するぞ………?」

 

 しかも、新政府軍の進撃準備は整いつつあるようだった。数日以内に進撃し、途中の拠点を陥落させ、九稜城へと攻め込もうとしているに違いない。

 

 一足先に潜入し、あわよくば火事場泥棒の如く混乱を利用して鍵をいただくという計画を立てていたが……もう、一刻の猶予もない。すぐに仲間たちの所へと戻り、親父たちが進撃してくる前に鍵を手に入れなければ。

 

 幸い親父たちは新政府軍を援助するためにやってきたようだから、命令を無視してすぐに鍵を手に入れに行くわけにもいかないんだろう。クライアントからの命令が枷になっているのならば、あの2人がその枷を討ち破るよりも先に鍵を手に入れる必要がある。

 

「ラウラ、十分だ。戻ろう」

 

「う、うん………!」

 

 これは拙いぞ。急がないと、親父たちに鍵を奪われちまう………!

 

 


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