異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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ブリストル急襲

 

 ジャングオ民国の東側には、『倭国海』と呼ばれる海が広がっている。海中に危険な魔物が生息しているため、産業革命が起こるよりも前までは船でその海域に侵入すれば殆ど撃沈されていたのだが、現在では甲鉄の装甲に覆われた船が主流になりつつあるため、魔物に襲われても堂々と突破していくことが可能になっている。

 

 その海域を突破したのは、漆黒に塗装された鋼鉄の装甲を持つ巨大な戦艦であった。従来の軍艦のような木製ではなく、装甲に覆われている上に無数の大砲と対空用のガトリング砲を満載したその戦艦は、魔術が実在する異世界の船というよりは、幕末の頃に登場したストーンウォール号に近い。

 

 倭国で勃発した旧幕府軍と新政府軍の『維新戦争』を支援するため、オルトバルカ王国から派遣された戦艦『ブリストル』は、駆逐艦『エドガー』と『アービター』を引き連れ、新政府軍の艦隊が停泊するミヤコ湾へと入港していた。

 

 新政府軍が建造した軍艦とはいえ、停泊しているのはどれもブリストルよりも小さな船ばかりだ。旧式の帆船を真っ黒に塗り直した小さな軍艦の甲板の上からは、巨人のようなブリストルを見上げる新政府軍の兵士たちが帽子を振っているのが見える。

 

 乗組員たちが帽子を振り返す中で、リキヤは冷たい目つきのまま艦首の向こうに見えるミヤコ湾を睨みつけていた。

 

 転生してきたばかりの頃は全く気付かなかったが、この世界で起こっている歴史的な出来事は殆ど、前世の世界での出来事に酷似している。それに気付いたのは、フィオナの手によって産業革命が起こった後の事だ。

 

 この維新戦争でも、それほど兵力があるわけでもない旧幕府軍は敗北する事だろう。既に何度も敗戦を続け、本拠地であるエゾの九稜城まで撤退していと聞く。維新戦争が終結した暁には、今度はこの極東の島国の本格的な改革が始まるのだろう。そして軍備をどんどん拡張していき、前世の日本と同じ運命を辿る――――――。

 

(………落ち着け)

 

 ここはもう異世界だ。前世の世界ではない。

 

 甲板の上で頭を振り、「機関停止、錨下ろせ! 周りの小型船(チビ)どもを巻き込むなよ!」と絶叫したジェイコブ艦長の声を聞きながら瞼を開けたリキヤは、もう自分は日本人ではないのだと思いつつ、踵を返して海を眺めた。

 

「……戦争も、もう終盤ではないか」

 

 カモメの声と船の汽笛が混じった軍港の音を聞いていると、隣へとエミリアがやってきた。黒い制服に身を包み、背中には相変わらず若い頃から愛用している大剣を背負っている女性の顔つきは、どんどん老けていくリキヤと違って若いままだ。今でもタクヤと並ぶと、どちらが妻なのか見分けがつかなくなる時がある。

 

 海を眺めながら呟いたエミリアの声はつまらなさそうだったが、彼女は安心しているかのように微笑んでいた。

 

 戦争を楽しむわけではない。騎士団に所属していた彼女は、1対1の決闘ならば楽しむだろうが、戦争を楽しむようなことはしない。彼女が浮かべている微笑は、この大仕事がすぐに終わるという安堵の証なのだろう。

 

 しかし、この仕事が終わっても―――――――まだ天秤の争奪戦がある。エリスからの報告では、タクヤたちはシーヒドラを撃破して天秤の鍵を入手し、その鍵を強奪するために送り込んだエリスとリディアから逃げ切って、もう海底神殿を後にしているという。

 

 彼らの次の目的は、おそらくこの倭国だ。ヴリシア帝国にも鍵が1つあるが、海底神殿から帝国までかなり距離がある。それに倭国に保管されている鍵は、劣勢の旧幕府軍の本拠地である九稜城の天守閣だという。近い上に火事場泥棒の真似事もできるのならば、こちらから手に入れようとする筈だ。

 

 昔から賢かったタクヤならば、そうするだろう。リキヤが倭国に来ているという事は知らないだろうが、仮に知っていたとしてもこっちから手に入れようとする筈だ。上手く行けば最大の脅威を欺いて鍵を手に入れ、一足先に帝国へと向かう事もできるのだから。

 

 タクヤたちの次の目的地を予想しながら、リキヤは「ああ、それなら仕事が早く終わって助かる」とエミリアに返答した。今の本職はモリガン・カンパニーの社長ではあるが、傭兵を引退したわけではない。大仕事があればシンヤやミラたちと協力して依頼を受けるし、このように親密な関係にある王室からの依頼は引き受けるようにしている。

 

「それに、社員たちや騎士たちにも新しい装備を渡してある。次の九稜城侵攻で、維新戦争は終わるさ」

 

「それもそうだな」

 

 やや短期間だったが、その新兵器の訓練ももう終わっている。社員たちに最優先で配備したものの、その新兵器の開発を担当したフィオナの活躍で量産は予想以上の速度で進み、社内どころか数ヵ月で騎士団の6割にまで装備が普及しているという。

 

 周囲の小型船を見てみると、倭国の船よりも巨大で頑丈な戦艦を目にした新政府軍の水兵たちが、ブリストルの巨体を見上げながら口々に何かを言っている。今の倭国から比べれば、当然だが世界の工場と言われているオルトバルカ王国は先進国だ。その先進国が最新の技術を結集して生み出した戦艦がこのクイーン・シャルロット級なのだから、この巨体に釘付けにされてしまうのは当たり前だろう。

 

 未だに船に搭載されたバリスタや、乗り込んでいる魔術師の攻撃に頼っている新政府軍の軍艦とは違い、ブリストルは強力な装備と堅牢な装甲を併せ持ち、最新型の高出力型フィオナ機関によって20ノットも速度を出す事が可能な軍艦である。兵装は対空用のスチーム・ガトリング砲と、敵の要塞や軍艦を砲撃するための12.8cmスチーム・カノン砲の2つだ。どちらも武装の後端に小型の蒸気機関を装着しており、そこで生成した超高圧の蒸気をそのまま武器の内部へと伝達して、小型のクロスボウ用の矢や高圧の魔力を充填した砲弾を発射するという代物である。

 

 作り笑いを浮かべ、試しに水兵にでも手を振ってやるかと思ったリキヤだったが、ブリストルの後方で錨を下ろそうとしていた駆逐艦エドガーから聞こえた鐘の音を聞き、はっとしながら艦尾を振り返った。

 

 オルトバルカ海上騎士団では、敵襲を知らせる際には各艦に用意されている警鐘を特定のリズムで鳴らすという規定がある。騎士団と共闘することも多かったため、いつの間にか自分も騎士団の一員になったかのように騎士団の規定を覚えていたリキヤは、甲板で大砲の点検をしていた中堅の水兵よりも早くその警鐘に反応しつつ、腰のホルスターに手を近づけていた。

 

 ブリストルよりも小さな駆逐艦エドガーの甲板の上では、水兵たちが大慌てで大砲の準備をしつつ、ブリストルに向かって右舷を指差しながら何かを叫んでいる。

 

 右舷からの敵襲かと思いつつ海原を睨みつけると、そこにはブリストルへと接近してくる1隻の軍艦の姿があった。黒と金の二色で塗装された外輪船で、マストの上でたなびいている筈の旗は降ろされ――――――旧幕府軍の旗が、代わりにマストの上で揺らめき始める。

 

「敵襲! 旧幕府軍です!」

 

「何故気付かなかった!?」

 

 報告する水兵に怒鳴るジェイコブ艦長だったが、オークである艦長の巨躯と怒気に怯えながらも、その水兵は「直前まで我が国の国旗を上げていたんです!」と言い返す。

 

 直前までオルトバルカ王国の国旗を上げ、あの軍艦はミヤコ湾へと侵入してきたのだ。

 

「馬鹿な………ッ!」

 

「砲撃準備! 右舷全スチーム・カノン砲、砲撃用意だ!」

 

「馬鹿者ッ、近すぎる! ブリストルまで巻き込むぞ!!」

 

 甲板で指示を出していた砲術長を怒鳴りつけたジェイコブ艦長は、冷や汗を拭わずにそのまま腰のサーベルを引き抜いた。彼のために特注されたサーベルなのか、サーベルというよりは大剣のように巨大な剣である。

 

 スチーム・カノン砲は敵に砲弾を叩き込み、その砲弾の中に充填されている高圧の魔力を暴発させることで爆発を起こし、敵艦を撃沈するために設計された大砲だ。簡単に言えば時限信管型の砲弾のようなもので、着弾すると同時に時限信管が起動するようになっている。

 

 爆発するまでの時間は設定可能だが、基本的に時間は5秒。設定し直す時間はないし、このまま発射したとしても、右舷から接近してくる敵艦の爆発にブリストルまで巻き込まれてしまうだろう。

 

「突っ込んで来るぞ、衝撃に備えろッ!」

 

「衝突する!」

 

 右舷で大砲の発射準備をしていた水兵たちが大慌てで左舷へと逃げ出していく中、ついに旧幕府軍の軍艦の艦首が、ブリストルの右舷へと叩き付けられた。みしり、と木製の敵艦の艦首がひしゃげる音がして、甲鉄の装甲に身を包んだブリストルの巨体が激震する。リキヤとエミリアは近くにあったワイヤーにしがみついて転がり回らずに済み、ジェイコブ艦長は辛うじて踏ん張ったようだったが、他の水兵たちは殆ど甲板の上を転がり回っていた。

 

 ブリストルの船体が軋む音を立てる中、激突した旧幕府軍の軍艦の艦首から、腰に刀を下げ、倭国の伝統的な古めかしい防具に身を包んだ兵士たちが顔を出す。

 

「突撃じゃぁッ! この艦を奪えぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

「うおおおおおおおおおおッ!」

 

(なるほど、旧幕府軍の狙いはこのブリストルの強奪か)

 

 新政府軍の猛攻により、敗戦を繰り返している旧幕府軍の保有する兵器の大半は、産業革命以前の旧式の武器ばかりであるという。世界の工場とも呼ばれるオルトバルカ王国の支援を受け、最新鋭の装備を数多く輸入している新政府軍と比べると兵器の性能差は大き過ぎるのだ。

 

 保有する軍艦も例外ではない。外輪船ということは産業革命以降に建造された比較的新しい船なのだろうが、オルトバルカ王国は既に木造の外輪船ではなく、甲鉄の装甲を使用した最新鋭の装甲艦や戦艦を建造しつつある。

 

 だから、このミヤコ湾に停泊したブリストルを奪おうというのだろう。オルトバルカ海上騎士団の切り札でもあるクイーン・シャルロット級のうちの1隻を強奪し、旧幕府軍の旗艦にすれば、旧幕府軍にも敵の切り札を奪える力があるという証明になるし、新政府軍とオルトバルカ王国の顔にも泥を塗れる。戦略的にも政治的にも成功すれば強烈な一撃となる一手だが………いささかリスクが大き過ぎる一手でもある。

 

 ホルスターの中からハンドガンを引き抜きつつ、リキヤは隣で背中の大剣を引き抜いた妻(エミリア)に目配せした。

 

「―――――白兵戦だッ! 東洋の武士に負けるな、騎士団の力を見せてやれッ!!」

 

「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」」

 

 甲板の上に上がってきた騎士や水兵たちを鼓舞しつつ、ハンドガンを船に乗り込んできたサムライに向け――――――トリガーを引いた。

 

 彼が使っているハンドガンは、アメリカ合衆国で設計された『ブレン・テン』と呼ばれる珍しいハンドガンである。ハンドガンの弾薬で主流と言われているのはベレッタM93Rなどで使用される9×19mmパラベラム弾や、コルトM1911などで使用される.45ACP弾だが、彼の持つブレン・テンは10mmオート弾と呼ばれる10mmの弾薬を使用するのである。

 

 当然ながら一般的な9mm弾よりも威力とストッピングパワーで勝っている強力な弾丸だ。それを使用するハンドガンを2丁もホルスターから引き抜いた力也は、刀を引き抜いて突進してくるサムライたちをその10mmオート弾で次々に撃ち抜いていった。

 

「うがっ………!?」

 

「ゲェッ――――――」

 

「エミリア、前衛は任せる!」

 

「任せろ!」

 

 矢継ぎ早にトリガーを引き、乗り込んできたサムライたちの屍を次々にブリストルの甲板の上に転がしていくリキヤ。ブレン・テンのスライドがマズルフラッシュの閃光と共にブローバックし、微かに煙を纏う薬莢を吐き出していく。

 

 木製の甲板の上に薬莢が落下する美しい音は、傍らで大剣を引き抜いた彼の妻が発した声によってかき消されることになった。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 大剣にしては細身の刀身を携え、甲板の騎士たちがサムライたちに斬りかかるよりも先にエミリアが先陣を切った。リキヤの射撃で倒れていくサムライたちの死体の上を容易く飛び越え、再び甲板の上に降り立つと同時に大剣を力任せに振り下ろす。

 

 彼女が狙ったのは、落下地点で刀を構えていた黒服のサムライだった。サムライたちの剣術は非常に強力で、接近戦を挑むのは危険だと騎士団の教官が注意するほどだったが、エミリアは敢えて大剣で接近戦を挑んでいた。

 

 エミリアもリキヤと共に長年激戦を経験しているベテランの傭兵なのだ。相手が東洋の剣術の達人ならば、恐れるどころかむしろ奮い立つものだろう。

 

 辛うじてエミリアの大剣を刀で受け止めたサムライだったが――――――エミリアが使っている大剣は、サラマンダーの大剣である。あらゆる剣戟や矢を触れただけで融解させてしまうほどの熱を常に纏い、巨大な鉄槌も逆に砕いてしまうほどの硬さを誇る恐ろしいドラゴンだが、あの刀身の素材に使われているのはそのサラマンダーの部位の中でも特に硬いといわれている角である。

 

 優秀なハイエルフの鍛冶職人も「削り出すのに苦労した」というほどの硬さだ。しかも刀身の形に削り出し、刃を研いでから柄に取り付ける以外は全く手を加えていないという。

 

 長年鍛冶職人をしてきたハイエルフの職人が、自分の技術を加えるよりも、あえてそのままにした方が切れ味は上がると判断したからなのだろう。

 

 それゆえに、いくら玉鋼で鍛え上げられた東洋の名刀とはいえ、落下する力と鍛え上げられたエミリアの全力を纏った大剣の一撃を受け止められるわけがなかった。鉄骨で細い木の枝がへし折られるかのように、一瞬だけ火花を散らした両者の得物であるが、敗北したのはサムライの刀の方であった。

 

 金属の破片が散ったかと思うと、そぐその銀色の破片の中に真紅の飛沫が舞い踊る。

 

 崩れ落ちた旧幕府軍の兵士を蹴り飛ばし、更に奥から乗り込んできたサムライたちと斬り合うエミリア。妻を狙うサムライたちを、後方でブレン・テンを構えるリキヤの連続射撃がことごとく食い破っていく。

 

 いきなり旗艦に突っ込まれて狼狽していた騎士たちであったが、奮戦するハヤカワ夫妻の姿を見て奮い立ったのだろう。徐々に剣を手にして雄叫びを上げ、前衛で戦うエミリアを援護しようと突撃を開始する。

 

 その中には、戦艦ブリストルの指揮を執るジェイコブ艦長も紛れ込んでいた。彼はオーク出身であり、人間やハーフエルフよりも大きな身体であるため一目で分かる。

 

 マガジンの中に入っていた10発の10mmオート弾を撃ち尽くしたリキヤは、片方のハンドガンをホルスターに戻してからマガジンを装着し、素早くもう片方のハンドガンにもマガジンを押し込んだ。再装填(リロード)を済ませてから再び銃口を正面へと向けたが――――――最早、甲板の上は乱戦だ。先ほどのように自分が援護し、エミリアが前衛として敵を斬るという作戦通りにはいかない。

 

 騎士たちも奮戦しているのだ。先ほど通りの戦い方をしていれば、仲間を誤射してしまう可能性がある。

 

「チッ」

 

 ハンドガンを手にしたまま、リキヤも襲来したサムライたちの群れの真っ只中に躍り出た。走りながら思い切りジャンプし、両手のブレン・テンのトリガーを次々に引いて旧幕府軍の兵士たちを葬っていく。

 

 頭を撃ち抜き、胴体に2発弾丸を叩き込んで蹴り飛ばし、義足のブレードで足を斬りつけ、体勢を崩してから至近距離で頭に撃ち込む。確かに騎士の剣戟よりも力強く、キレのある美しい剣術だ。さすが西洋よりも魔術の発達が遅れたために剣術を重視していた国の剣豪たちである。

 

 彼らの剣戟が空振りする度にひやりとするが――――――この程度の緊張感は、最前線で何度も味わったではないか。

 

 くるりと回りながら10mmオート弾の一斉射撃。四方から力也に斬りかかろうとしていたサムライたちを次々に撃ち抜き、空になったマガジンをグリップの中から排出する。

 

 片足のブレードで応戦しつつ再びマガジンを押し込んだ彼は、サムライの群れの中で善戦していたエミリアの傍らへと向かうと、左足に内蔵されているブレードでまだ息のあった兵士を踏みつけて止めを刺してから、彼女と背中を合わせた。

 

「どうだ、東洋の剣士たちは?」

 

「素晴らしい。1人1人が剣術の達人のようだな」

 

「それは良かった。………さて、このまま押し返すか」

 

「ああ、子供たちに負けていられない」

 

 海底神殿で鍵を手に入れたタクヤたちは、エンシェントドラゴンのシーヒドラを撃破している。エンシェントドラゴンは普通のドラゴンとは異なり、何かを司る強力な存在だ。国によっては彼らを守り神として崇めているという。

 

 そのドラゴンを撃破した子供たちに、負けていられない。遠方で活躍する子供たちの戦果が、2人のベテランの傭兵に火をつける。

 

 再びサムライたちを蹂躙しようとしたその時であった。

 

 ブリストルに突撃してきた旧幕府軍の軍艦の艦首に、1人の男が立っていたことに気付いたのである。甲板に突撃したサムライたちの奮戦を見守っていたその男は、エミリアやリキヤと目が合ったかと思うと、ほんの少し笑ってから―――――――甲板へと飛び降りてきた。

 

 他のサムライたちのように防具は一切身に着けていない。西洋風の黒服に身を包み、腰には刀を1本だけ下げている。

 

 明らかに、その男の発する殺気は他のサムライたちよりも濃密で、より威圧的であった。しかし目立つような殺気ではない。リキヤやエミリアでも、彼の殺気に気付かないほど静かな敵意だったのだから。

 

 そう、静かなのだ。しかしそれゆえに、その静寂の中で眠る殺意は別格となる。

 

「――――――西洋の剣士………見事な剣術だ」

 

「私の事か?」

 

「ああ、貴女の事だ。………合戦の最中だが、貴女に決闘を申し込みたい」

 

「決闘だと?」

 

 乱戦の最中だというのに、その男はエミリアに決闘を挑んで来たのである。彼女の傍らでブレン・テンを構えていたリキヤも、思わず目を丸くしてしまっていた。

 

 銃を持っている気配はないし、転生者の端末を持っている様子もない。エミリアを指名したという事は、彼女の剣術に興味を持ったという事なのだろう。

 

「いいだろう」

 

「ありがたい」

 

 あの男と同じように、エミリアもサムライたちの剣術に興味を持ち始めていた。その中でも別格の殺気を秘めた男からの決闘を、エミリアは断るわけがない。

 

「―――――貴殿の名は?」

 

 リキヤから距離を取りつつ、大剣の柄を握ってそのサムライの名を問うエミリア。

 

 彼女に決闘を申し込んできたその男は――――――冷たい声で、名乗った。

 

「―――――――土方歳三(ひじかたとしぞう)だ」

 

 

 

 


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