異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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もう1人の母親

 

「わあ………!」

 

「すげぇ………!」

 

 C4爆弾で爆破した扉の向こうに保管されていた財宝を目にした瞬間、俺と仲間たちは目を輝かせていた。

 

 古代文字の刻まれた金貨の山がいくつも連なり、その中には古代に造られたと思われる王冠や宝石がいくつも使われたシャンデリアが紛れ込んでいる。傍らには黄金の刀身と宝石が埋め込まれた大剣が置かれているが、これは明らかに実戦で使うために造られたものではなく、装飾用に造られたものであることは火を見るよりも明らかだった。蒼白い光に照らされ、黄金であるというのに白銀の輝きにも似た光を反射するそれを持ち帰ればいくらになるだろうかと早くも頭の中で計算が始まったけど、イコールどころか途中式を書き込む前に俺は考えるのを止める。

 

 落ち着け。俺の目的はあの大剣ではなく、この中に保管されている筈の天秤の鍵だ。

 

 大剣に伸ばそうとしていた手を慌てて抑えつつ、俺は部屋の中に積み上げられた金貨の山を見渡す。

 

 おそらく、ここにある金貨1枚だけでも、管理局に提出すればかなりの額の報酬になるだろう。難易度が高いと言われる海底神殿の調査を終えた場合の報酬を上回る額にもなりかねない。だからこれを全て持って帰ればどれだけの金額が手に入る事だろうか。

 

 その金貨の山の中からたった1つの鍵を探し、他の金貨は置いていかなければならないのは勿体ないような気がしてしまうが、帰る際に潜水艇にまた乗ることになるため、積み過ぎるとそのまま深海へと沈む羽目になる。欲が原因で死にたくはないので、諦めざるをえない。

 

 ため息をつきながら金貨の山に埋まっている綺麗なネックレスをつまみ上げ、宝剣を退けて鍵を探す。鍵はこの中に保管されている筈なんだが、箱の中に入ってるのか? それとも、この金貨の山の中に紛れ込んでるのかな?

 

 もし紛れ込んでたら探すのにかなり時間がかかりそうだ。ラウラのエコーロケーションでも探し出すのは不可能だろう。

 

 手探りで鍵をこの中から見つけなければならないって事か。俺の勘で何とかなるだろうか。………そういえば、俺の勘って鋭かったっけ? ラウラは鋭かったような気がするけど、俺は彼女ほど鋭くはなかったような気がする。

 

 いや、ラウラがそういう才能に特化し過ぎているせいだ。きっと俺も鋭いだろう。

 

 俺たちが知っているのはこの中に鍵が保管されているという情報だけだ。この部屋のどの辺に鍵が保管されているのかという親切な情報までは知らない。

 

 ああ、これは時間がかかるな。

 

 シーヒドラとの激闘が終わったばかりだというのに。

 

「うーん………これではありませんわね」

 

 宝箱を開け、中にたっぷりと入っていたクリスタルの山を見下ろしながらため息をつくカノン。貴族でも欲しがりそうなほどの量のクリスタルを見てため息をつき、蓋を閉めてからその宝箱を退ける姿には猛烈な違和感を感じてしまう。

 

 普通なら喜ぶ筈なのにな。

 

「ふにゅう………やっぱり、エコーロケーションじゃ探せないよぉ………」

 

「手探りしかないみたいね………」

 

「まあ、シーヒドラは倒したんだ。気楽に探そう」

 

 一番厄介な守護者は、もうカノンが止めを刺してしまった。今頃はそこの広間の外周に広がっている海水の中に沈んでいるに違いない。

 

 奴との戦いでプレゼントしてもらった疲労はたっぷりと残ってしまっているが、このダンジョンの難易度を高くしていた原因はもう既に絶命しているのだ。在庫を処分しつつ宝の山の中から宝探しをしていても問題はないだろう。

 

 ポケットの中から小型の水筒を取り出し、中に入っている冷たい真水を口に含む。すると、隣で俺が水を飲むところを見ていたラウラが嬉しそうに笑いながら、頬を赤くした。

 

 実は、この水筒の水は出発する前に汲んできた真水ではない。ラウラの能力を利用して空気中の水分をかき集めた水なんだ。ラウラの能力で最も強力なのは鮮血のように紅い氷を操る能力なんだけど、それは空気中の水分をかき集め、それらを彼女の氷属性の魔力で凍結させるという原理である。

 

 それで氷を作り、俺の炎で溶かして水に戻し、更にラウラに適度に冷やしてもらったのがこの水だ。彼女の氷は血のように紅い禍々しい氷だけど、溶ければどういうわけか普通の透明な水に戻る。

 

 彼女がいる限り、水に困ることはないという事だ。ダンジョンの中では水と食料の調達が難しい場合があるんだが、少なくともこの能力を持つ彼女がいれば、水の確保には困らない。

 

「えへへっ、美味しい?」

 

「うん、最高だよ。ありがと」

 

「ふにゅー………」

 

 お礼を言いながら彼女の頭を撫でると、ラウラはミニスカートの中から伸ばした尻尾を左右に振り始めた。まるで飼い主と一緒に遊んで喜ぶ子犬みたいだ。

 

 もっとなでなでしてたいんだが、今は鍵を探さなければならない。可愛いお姉ちゃんとイチャイチャするのは鍵を回収し、この神殿を後にしてからにしよう。そうしないとナタリアに制裁される。

 

 物足りなさそうに見つめてくるラウラにウインクすると、彼女は顔を真っ赤にして「う、ウインクされちゃった………ふにゃあ」と言いながら〝宝探し”を再開した。

 

 さて、俺も宝探しを再開するとしよう。

 

 宝の山の中から宝探しをするという奇妙な自分に違和感を感じつつ、俺は金貨の山をかき分け続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「………これ、本当にここにあるのか………?」

 

 水筒の中の水を飲みながら、ガラス張りのようにも見える部屋の天井を見上げた俺は、メモリークォーツによって天井に映し出されている海中の映像を見上げてため息をついた。

 

 おそらくあれは、海中から海面を見上げた映像を映しているのだろう。海面の向こうから流れ込んでくる黄金色の柱。その日光の煌めきを見上げていると、手を伸ばしたくなってしまう。

 

 かぶっていたフードを取り、久しぶりに蒼いポニーテールをフードの外に出した俺は、男子にしては長過ぎる蒼い髪に触れながら水筒をポケットの中に戻し、傍らの金貨の群れの中に右手を突っ込んだ。

 

 どれだけこの部屋を探しても、メサイアの天秤を手に入れる際に必要となる鍵は見つからない。もしかすると、もう他の冒険者が持ち去ってしまったのだろうかと思ってぞっとしたが、少なくともあのシーヒドラを倒さない限りこの部屋の扉を開けるのは困難だ。シーヒドラが健在だったという事は、少なくとも鍵はまだここにあるという事である。

 

 広い部屋というわけではないので、もう少し探していれば見つけられそうなんだが………先ほどから聞こえてくるのは仲間たちのため息と、じゃらじゃらと鳴りながら退けられていく金貨たちの悲鳴のみだ。

 

 この部屋で一泊する羽目になるのかなと発狂しそうな冗談を考えたその時だった。

 

「―――――タクヤ」

 

「ん?」

 

 なんとなく掴み取った金貨を弄っていた俺のコートの袖を、ステラの小さな手が引っ張る。何かを見つけたのだろうかと思いつつ金貨を放り出し、その金貨が落ちる金属音を聞きながら振り返ってみると、ステラは握りしめていた小さな右手を静かに俺の前に差し出し、小さな指を広げた。

 

 彼女の手が包み込んでいたのは、白銀の鍵のような物体だった。傍から見ればごく普通の鍵で、こんなところに置いてあることに違和感を覚えそうなデザインだったが、よく見てみると表面には鮮血のような紅色が、電子機器のような模様で白銀の鍵を飾っている。

 

 明らかに普通の鍵ではない。普通の鍵にはこんな模様はないし、こんなところに置いてある筈がないのだから。

 

 それにこの模様は分からないが――――――デザインは、あのメウンサルバ遺跡の実験室で目にした鍵の図解と瓜二つだった。

 

「………ステラ、あの記録はまだ持ってるよな?」

 

「はい」

 

「見せてくれ」

 

 これが鍵ではないのかという興奮を抑え込みつつ、俺は冷静な声で彼女に言った。

 

 背負っていたバッグの中からフランケンシュタインの記録を取り出したステラから、記録を受け取って天秤についての図解が記載されていたページを捲る。そこに載っている鍵の形状を凝視し、目に焼き付けてからもう一度ステラの探し出した鍵を見下ろす。

 

 形状は全く同じだ。模様についてまでは記載されていなかったが――――――天秤の保管されている場所の鍵を開く事が出来るのは、この鍵に違いない。

 

「………これだな」

 

「これが………天秤の鍵………?」

 

 形状は一般的な鍵のように見えるが、やはり特徴的なのは電子回路を思わせる紅い模様だろう。こんな模様の鍵は見たことがない。

 

「でかしたぞ、ステラ」

 

「ふふっ、ありがとうございます」

 

 珍しく笑ったステラの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに頬を赤くした。

 

 よし、これであとはこの神殿を脱出するだけだな。もうシーヒドラは撃破しているし、俺たちが上陸した場所まで戻ってから再びDSRVに乗り込んで脱出することになるだろう。そして海流と魔物に警戒しながら海面に浮上し、次の目的地を目指せばいい。

 

 シーヒドラは強敵だったが、まず3つの鍵のうちの1つを手に入れる事ができた。争奪戦が本格化する前に鍵を手に入れる事ができたのは大きなアドバンテージとなるだろう。

 

「よし、鍵はステラが持っててくれ」

 

「了解(ダー)」

 

 あとは、この神殿から脱出するだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シーヒドラと戦った海底の闘技場を後にし、メモリークォーツで深海の映像が映し出された通路を戻って行く。天井から蒼白い光で照らされ、壁と床に深海の映像が映し出されているせいなのか、まるでダンジョンにやってきたというよりは、客が少なくて空いている水族館にでもやってきたような気分になってしまう。

 

 今では枯渇してしまったメモリークォーツを眺めつつ、どうせここに他の冒険者がやってきたらメモリークォーツを持って行ってしまうのだろうな、と思って俺はため息をついた。

 

 でも、俺たちはそうやってこの神殿から財宝や希少な鉱石を持ち帰る冒険者を糾弾できない。なぜならば、俺たちも自分たちの願いを叶えるために、シーヒドラを殺して鍵を手に入れているのだから。

 

 どれだけ〝理想”という立派な言葉で隠しても、俺たちも同じだ。自分たちの〝欲”のために殺し、奪い去っていく存在。俺たちも変わらない。それゆえに、他の冒険者を糾弾できない。

 

 坂を登りながら頭を掻き、水筒の水を飲む。そう言えば上陸した際に石像の群れを無視して奥までやってきたのだが、もしかするとまたあいつらと戦う羽目になるのではないだろうか。一番最初に乗り越えた関門が、またしても関門として俺たちの目の前に立ち塞がるのだろうと思った俺は、無意識のうちに背中に背負っているMG42のグリップへと手を伸ばし、得物を肩に担いでいた。

 

 奥に向かう時も奴らと交戦し、かなり数を減らした筈だったが、あの一番最初の広場にはまだまだ騎士の石像たちが残っている筈だ。2mほどの高さの、石で造られた無数の騎士たち。このまま神殿から脱出しようとすれば間違いなく彼らと再戦する羽目になる事だろう。

 

 別ルートは無いものかと思って通路を見渡してみるが、分かれ道になっている場所はあるものの外の海に続いている水路らしきものは見当たらず、今では誰も祈ることもなくなった太古の祭壇や、今ではもう崩れてしまった彫刻が鎮座する部屋があるだけだった。

 

 またあいつらを突破しなければならないらしい。だが、またあの石像たちを無視して潜水艇を装備し、それに乗り込んで離脱するのは至難の業だ。機関を始動させている間に攻撃を受けて損傷するかもしれないし、そもそももう一度あの無数の石像たちを突破できるか分からない。

 

 潜水艦や潜水艇の防御力は極めて低い。しかも俺たちが乗ってきたのは救難用に設計された潜水艇だから、深海の水圧に耐えることはできても魔物の攻撃には耐えられないのだ。

 

 いっそ殲滅するという愚策が思い浮かんだ頃には、数時間前に大慌てで逃げ込んできた神殿の入口が見えてきた。仲間たちもここに辿り着いたことと、俺が獲物を手にしていた事であの石像の群れの事を思い出したらしく、蒼白い光が入り込んでくる入口を凝視して顔を強張らせた。

 

 黒いフードをかぶり、蒼いポニーテールを覆う。仲間たちに向かって頷いた俺は――――――入口から外の広場へと飛び出し、待ち受けている筈の石像の群れに向かってLMGを向ける。

 

 しかし――――――アイアンサイトの向こうに広がっていたのは、蠢いていた無数の守護者たちの姿ではなく、胴体や手足を切断され、バラバラにされた無数の石像の残骸だった。

 

「は………?」

 

「あれ………? ねえ、私たちってこんなに倒したっけ?」

 

「いえ、目の前に出て来た敵しか倒してない筈よ。それに………殆どグレネードか銃弾で倒したわよね?」

 

「はい。ですが、あの残骸は………斬られていますわね」

 

 俺とラウラが仲間たちに追いつく際、確かに俺たちはナイフを使った。しかし、そのナイフで倒した敵の数は少数で、殆どはライフルの銃弾かグレネードで撃破している。

 

 なのに、古代ギリシアを思わせる純白の柱が並ぶ広間には、何かで切断されたと思われる石像たちの残骸が転がっているだけだった。

 

 ―――――あいつらを倒したのは、俺たちじゃない。

 

 誰だ? まさか、他の冒険者が来たのか?

 

 照準器から目を離しつつ、広間を見渡している。しかしどこにも冒険者らしき人影は見当たらないし、動いている石像もいない。

 

 どうやらここにいた石像は―――――――全滅してしまったようだ。

 

 あんなに数がいたというのに。俺たちがシーヒドラとの戦いで苦戦していたとはいえ、その間に無数の守護者たちを殲滅したという事は、おそらくその冒険者はかなりの実力者なのだろう。

 

 全滅させられた無数の守護者たちの残滓を見つめて呆然としていると―――――崩れかけの白い柱の陰で、漆黒のコートのようなものが揺らめいた。

 

 俺がそのコートが見えていることに気付いたのか、そのコートを身に纏っている人物が柱の影から姿を現す。短いマントの付いた漆黒のコートに身を包んでいるせいでがっちりしているように見えるが、そのコートの袖から覗く黒い手袋に覆われた手は思ったよりも華奢で、やけに古びた黒いシルクハットの下から覗く白い顔からも女性であるという事が分かる。

 

 女性の冒険者用に女性用の防具も鍛冶屋は用意するのだが、それを嫌って男性用の防具を選ぶ女性も多い。しかし、その柱の影から姿を現した女性はそのような類の冒険者とは全く違うようだった。

 

 女性用の防具を嫌うというよりも、まるで好んで男装しているような感じなのだ。

 

 肌は白く、シルクハットの下から伸びる紫色の髪も美しい。ドレスを身に着けて佇んでいれば、たちまち貴族の男たちが次々に口説こうとする事だろう。豪華なドレスを着こなしてしまうほどの美貌を持つ女性が、ミスマッチとしか言いようのないコートに身を包み、更にその紳士を思わせる服装にミスマッチな日本刀を腰に下げているのである。

 

 違和感を感じる格好だが、俺はそれよりもその女性がかぶっているシルクハットと、そのシルクハットに飾られている2枚の真紅の羽根を凝視していた。

 

 ―――――2枚の真紅の羽根は、転生者ハンターの象徴である。

 

 何の変哲もないハーピーの羽根が転生者を狩る転生者ハンターの象徴となったのは、かつて親父がある転生者と交戦した際、レベルの差のせいで苦戦し、レベル上げのために魔物をひたすら倒し続けたことに端を発する。その際に戦利品としてハーピーの真紅の羽根を持ち帰り、ちょっとした記念品のつもりで当時のモリガンの制服のフードに飾ったのだという。

 

 その格好のまま転生者を狩り続けたため、いつしか2枚の真紅の羽根は異世界の人間を狩る転生者ハンターの象徴となった。

 

 真紅の羽根を防具や服に飾ることは珍しくはないが、そういった装飾は基本的に1枚のみだ。あくまでハーピーの羽根は飾りであり、何かの象徴という意味はないのである。

 

 しかし――――――モリガンの象徴ともいえる黒服と2枚の真紅の羽根を見ると、どうしても転生者ハンターの特徴としか思えない。

 

「あの人も………転生者ハンター?」

 

「いや………」

 

 モリガンのメンバー全員とは面識がある。元々モリガンは少数精鋭の小規模な傭兵ギルドであったため、幼少の頃からよくメンバーにお世話してもらった。

 

 だが、あんな女性は見たことがない。最近入団した傭兵見習いなんだろうか?

 

 その女性を凝視していると――――――今度は別の柱の陰から、黒い制服と漆黒の三角帽子を身に着け、長大なハルバードと銃剣の付いたライフルを背負った蒼い髪の女性が、ゆっくりと姿を現した。

 

「――――――あらあら、久しぶりね」

 

「え、エリスさん!?」

 

「ママ!?」

 

 柱の影から姿を現したのは、俺にとってもう1人の母親であり、ラウラを生んだ母親でもあるエリス・ハヤカワだった。今ではモリガン・カンパニーの技術分野を統括する四天王の1人として様々な兵器や武器の開発を指揮しつつ、モリガンの傭兵として依頼を受け続けている凄腕の傭兵である。

 

 しかも、弱冠12歳でラトーニウス王国騎士団の精鋭部隊にスカウトされ、氷属性の魔術を変幻自在に操って敵を蹂躙したことから『絶対零度』の異名を持つ最強の騎士でもあるのだ。ラウラが氷を操る能力を持って生まれたのも、母親の素質が全て遺伝したからなのだろう。

 

 幼少の頃の俺たちの面倒を見るかのように、優しく微笑むエリスさん。なぜ彼女がここにいるのだろうかと問うよりも先に、エリスさんは紳士の恰好をした女性の隣へと歩くと、静かに背負っていた銃剣付きのライフルに手を伸ばした。

 

 エリスさんの武器は――――――アメリカ製セミオートマチック式ライフルの、M1ガーランド。第二次世界大戦でアメリカ軍が使用したライフルで、強力な大口径のライフル弾を次々に発射できる。アサルトライフルが主流になった現代ではとっくの昔に退役しているが、その威力はアサルトライフルやマークスマンライフルにも劣らない。

 

 ナイフ型の銃剣を取り付けたそれと、昔からの愛用の得物であるハルバードを手に取ったエリスさんは、にっこりと笑ったまま言った。

 

「鍵は、見つけたの?」

 

「え? は、はい。何とか………」

 

「まあ、素晴らしいわ! さすが私たちとダーリンの子供たちね! シーヒドラをやっつけちゃうなんて!! ああん、今すぐラウラを抱き締めてあげたいんだけどぉ………」

 

 抱き締めてあげたいと言っているのに、なぜ得物を持っているのか。もう既に敵を倒したというのに。

 

 エリスさんが得物を手にした理由を察した俺は、ぞくりとしながら息を呑んだ。MG42のグリップをぎゅっと握り、目の前の母親を凝視する。

 

 しかし――――――彼女の言葉が、俺たちを凍らせた。

 

「―――――――じゃあ、その鍵を渡して?」

 

 鍵を………渡す?

 

 エリスさんに、この鍵を渡せって事か?

 

 ちょっと待て、エリスさんも俺たちが天秤を手に入れようとしているのを止めようとしているのか? それとも、まさかエリスさんも天秤で叶えたい願いがあるのか?

 

「………冗談ですか?」

 

 辛うじて聞き返したが―――――帰ってきたのは、彼女の異名と同じくらい冷たい声だった。

 

「本気よ」

 

「何で………? ねえ、ママ。私たち頑張ったんだよ? 頑張って鍵を手に入れたのに………横取りするの?」

 

「………………ダーリンの指示なの」

 

「親父の………!?」

 

 親父がエリスさんに指示を出した!?

 

 まさか、親父も天秤を狙っているのか!?

 

 くそったれ………! まさか、天秤の争奪戦が身内で勃発するなんて………!!

 

「さあ、今すぐ鍵を渡しなさい。子供たちを傷つけたくないの」

 

「………すいません、エリスさん。それだけは無理です」

 

「………どうして?」

 

 翡翠色の美しい瞳で、彼女の要求を拒否した俺を睨みつけてくるエリスさん。親父の傍らで激戦を経験してきた凄腕の傭兵の目つきは、やはり今まで戦ってきた強敵の目つきよりも鋭く、恐ろしい。

 

「俺たちにも、願いがあるんです」

 

「そう」

 

 俺の言葉を聞いたエリスさんは、少しだけ微笑んだ。自分たちが育て上げた子供たちが、猛者の威圧感に屈することがなくなったのが嬉しいのだろうか。

 

 しかし――――――要求を拒否したという事は、ここでエリスさんと戦うということを意味する。俺たちに戦い方を教えてくれた育ての親に刃を向け、銃弾を放たなければならないのだ。

 

「仕方がないわね。リディアちゃん、戦うわよ」

 

「………」

 

「ごめん、ラウラ………戦うしかない」

 

「うん………仕方がないよ」

 

 歯を食いしばりながら、俺はMG42の銃口を―――――もう1人の母親(エリスさん)へと向けた。

 


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