異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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海底神殿に到着するとこうなる

 

「現在、深度700m」

 

 目の前の深度計に表示された数値を報告すると、雑談が聞こえなくなったのは何分前からだっただろうかと思い出し始めた俺の背後でナタリアが「このまま900mまで潜航するわよ」と指示を出す。

 

 深度300mくらいまでは鼻歌を口ずさみながらモニターを見ていたナタリアだったが、もう鼻歌どころか雑談すらせず、黙って手元のモニターを凝視するだけだ。

 

 深度300mから雑談がなくなるのは、訓練の時と同じだ。訓練の時は何度も操縦や機関の速度を間違えたり、ラウラが聞こえてきた音の報告を間違って潜水艇を岩礁に激突させる羽目になって何度も沈没している。いつも沈没していたのが深度300m以下だったから、いつの間にか300mを過ぎたら黙るというルールが出来上がってしまっているのだろう。

 

 潜航しているとはいえ、海底神殿がある海域まではまだ距離がある。そのため俯角はまだ緩やかで、5度ずつゆっくりと潜航している状態だ。

 

 潜水艇の硬い床をしっかりと踏みしめて、辛うじて少し傾いていると認識できる程度の傾斜を感じながら、俺はモニターに表示されているマップを確認した。

 

 ラトーニウス海は非常に深い海だ。大陸の近くの海底は平坦な岩盤が延々と続いているだけなんだが、離れていく度にその岩盤は槍のように屹立を始め、やがて複雑な岩礁の迷路と海流を形成する。

 

 俺たちは既に、その難所のうちの1つである『ノルト・ダグズ海流』の近くへとやって来ていた。

 

「………そろそろ海流ね」

 

 蒼白い画面に投影された海流の位置を確認しつつ、ナタリアが呟いた。

 

 モニターのマップには、海流は紅い矢印として表示されている。矢印のサイズが大きければ大きいほどその海流の流れが強烈だという事らしいんだが、このDSRV(ノーチラス号)が迫りつつある海流は、まだ小さな海流のようだった。

 

「増速して突っ込むわよ。ラウラ、ソナーに魔物の反応は?」

 

「ないよ、大丈夫!」

 

 潜航を始めてから、未だに魔物には遭遇していない。しかし、あの海流を超えて岩礁の迷宮へと突入すれば、海中の魔物も増えるだろう。例えるならばあの小さな海流は、海底神殿というダンジョンに入るための入口なのだ。

 

 増速して一気に海流を超えるんだろうなとナタリアの出す指示を予想しつつ、右手を操縦桿から離して速度調節用のレバーに近づけていた俺は、右端の座席でヘッドホンを耳につけているラウラの「待って、何か聞こえる………!」という真面目な声を聞き、早くも魚雷をぶっ放すのかと思いつつ手を離す。

 

「4時方向………数は………1。20mくらいの大きさの何かがこっちに来る………」

 

「潜水艇?」

 

 いや、潜水艇ではないだろう。この世界で一般的な潜水艇はせいぜい10mくらいだ。

 

 予想は当たっていたらしく、ナタリアの質問を聞いていたラウラは首を横に振った。

 

「スクリュー音が聞こえないもん」

 

「どんな音が聞こえる?」

 

「えっと………泡の音と、呼吸音みたいな………」

 

 フィオナ機関を搭載している潜水艇ならば、スクリュー音が聞こえてくる筈だ。それにフィオナ機関が作動している音もそれなりに大きな音だから、ソナーで聞き取ることは出来るだろう。

 

 しかし、スクリュー音が聞こえない上に呼吸音みたいな音が聞こえるという事は――――――明らかに接近しているのは潜水艇ではない。

 

「………魔物ですわね」

 

 機関士を担当するカノンが、俺の代わりに結論を口にした。同じ予測をしていた彼女と目を合わせて頷き、操縦桿を握ったままナタリアを振り返る。

 

 早くも指示を出そうとしていたナタリアだったが、右端の座席からラウラが発した「何かがぶつかる音が聞こえる………外殻かな?」という自信のなさそうな声が彼女の目の前を横切った。

 

 泡の音と呼吸音を発し、外殻のぶつかる音がするという事は……少なくともその魔物は、クラーケンのような軟体の魔物ではなく、ドラゴンのように堅牢な外殻を持つ魔物であるという事だろう。

 

 海中には外殻を持つ魔物は何種類も生息している。その中で最も有名なのは、5つの頭を持つと言われている『シーヒドラ』と呼ばれるドラゴンだろう。海底神殿に生息していると言われる巨大なドラゴンで、エンシェントドラゴンの一種とも言われている。しかし、シーヒドラにしては20mは小さ過ぎるし、第一シーヒドラは神殿の中に生息しているのだから、神殿から離れるどころか海流の外まで出向いて来る筈がない。

 

「………おそらく、接近しているのはリヴァイアサンだ」

 

 ひとまず様々な懐中の魔物の特徴を思い浮かべ、消去法で選択肢を絞り続けた俺は、自分の体温で暖かくなった操縦桿をぎゅっと握りながらそう答えた。

 

 リヴァイアサンもドラゴンのように外殻を持っているが、その姿はドラゴンというよりは蛇に近い。海底に生息するため翼はなく、鋭角的な外殻と巨大なヒレを持っている。

 

 魔術を使ったり、口から炎を吐き出すことはないのだが、外殻は強靭である上に水中での機動力が非常に高く、縄張りに侵入した冒険者の潜水艇を何度も体当たりで撃沈している厄介な魔物だ。

 

 目は退化しているらしく、代わりにイルカと同じように頭の中にあるメロン体でエコーロケーションを行い、獲物を探して襲い掛かるという。

 

「………ギョライで応戦しますか?」

 

 応戦するべきだと言ったのは、隣にいるステラだ。

 

 確かにこのDSRVでは最大船速を出したとしても逃げ切ることは出来ないだろう。その上、この潜水艇は攻撃用にと小型の魚雷を2本も船体に吊るしているため、更に機動力が低下している。

 

 魚雷で攻撃すれば船体が軽くなるし、運が良ければその魚雷でリヴァイアサンを仕留める事ができるかもしれない。ステラの意見には一理あるが、それを肯定するわけにはいかなかった。

 

 まだ、ダンジョンの〝入口”にすら入っていない状況で、いきなり虎の子の魚雷をぶっ放すべきではないという意見が、俺の喉に絡み付いているのだ。出し惜しみかもしれないが、先の事を考えずに魚雷をぶっ放すべきでもないだろう。

 

「……いえ、まだ魚雷の出番は早いわ」

 

 彼女も俺と同じ意見だったらしい。表情のないステラの顔を見据えながら首を横に振った彼女は、手元のモニターをタッチすると、俺たちの傍らにあるモニターのマップにいくつか矢印型のマーカーを表示させた。

 

 海流を突き抜けるように表示されたマーカーを凝視した俺は、彼女が説明する前にどうやってリヴァイアサンをやり過ごそうとしているのかを理解する。

 

「このまま、最大船速で海流を突っ切りましょう」

 

「ふにゃ!? 戦わないの!?」

 

「ええ、魚雷は2本しかないわ。1本では仕留められないだろうし、2本とも使って仕留めたとしても、今度は武装がなくなる。だから相手にはせずに海流を超え、岩礁に逃げ込むの」

 

「なるほど、海流の向こうは岩礁だらけ。しかも自分よりも危険な魔物の縄張りですから、迂闊に追いかけて来れない………という事ですわね? ナタリア艇長」

 

「そういうこと」

 

 魚雷(重り)のついた潜水艇で、リヴァイアサンから一目散に逃げるという作戦の意味を理解したカノンにウインクすると、ナタリアは残念そうに彼女を見つめるステラに「大丈夫、きっと出番はあるわよ」とフォローした。

 

 いや、魚雷の出番があったら拙いと思うんだが。それってヤバい魔物と遭遇するって事だろうが。

 

「カノンちゃん、機関最大! このまま海流に突っ込んで!」

 

「了解、出力最大! お兄様、頼みましたわ!」

 

「了解、よーそろー」

 

 さて、魚雷をくっつけたまま逃げ切れるか?

 

 リヴァイアサンはこっちに接近しているらしいが、まだこの潜水艇を獲物だと判断できていないらしい。半信半疑のまま近づいて、仕留めるべきか否か判断していると言ったところだろうか。

 

 判断してから攻撃してくるまでのタイムラグはごく僅かだろう。幸い海流は近くにあるが――――――飛び込む前に、奴に追いつかれたら終わりだ。そのまま浮上できずに沈没するか、操縦不能になって海流に呑み込まれ、岩礁に叩き付けられて海の藻屑になるしかない。

 

 とにかく、リヴァイアサンが俺たちを仕留めるべき獲物だと認識していない今のうちに、最大船速で逃げ去るべきだ。操縦桿の右隣にあるレバーを一番奥まで倒し、フットペダルを思い切り踏みつけて船体を加速させつつ、緩やかに右へと移動し始めた速度計の針を睨みつけた。

 

 さあ、早く逃げろ。早くあの海流に飛び込んじまえ―――――!

 

「ッ! リヴァイアサン、咆哮ッ!」

 

「威嚇!?」

 

「いや、攻撃が始まる!」

 

 ついに海中のドラゴンが、俺たちを獲物だと判断した。必死に逃げる草食動物を追い立てるように、海水を引き裂きながら追って来るのだ。

 

「海流までの距離は!?」

 

「あと300!」

 

 どっちが先になる………? 俺たちが海流に飛び込むのか? それとも、リヴァイアサンに追いつかれるのか?

 

「リヴァイアサン接近! 4時方向、距離1900!」

 

 ギリギリだ。どちらが先にやってくるのか判断できない。海流ならば歓迎するが、来訪者が後者なら門前払いするところだぞ、くそったれ。

 

 冷や汗や手汗を拭う余裕すらない。もしかしたら、それらを拭うために手を離した隙に追いつかれてしまうかもしれないという不安が、俺の両手を操縦桿に釘付けにしていた。

 

 訓練でも経験したことのない状況。俺と同じように、仲間たちも自分の座席に釘付けにされ、微動だにせず仕事を続けている。

 

「海流まで150!」

 

 タッチダウンまでもう少しだ………!

 

「リヴァイアサンとの距離、800!」

 

 くそ、やっぱりリヴァイアサンの方が速度が速い………! 魚雷みたいな速度じゃねえか………!

 

 耐圧穀の向こうから、少しずつドラゴンの咆哮よりも重々しい絶叫が聞こえてくる。逃げ出した獲物を追い立て、仕留めようとする海中の強者の咆哮だ。

 

「海流突入まで、10秒前!」

 

「みんな、衝撃に備えて! タクヤは最大船速を維持!」

 

「了解(ダー)ッ!!」

 

「9、8、7、6、5………」

 

 海流に飛び込んでしまえば、リヴァイアサンは追って来ることはないだろう。海流の向こうは彼にとって格上の隣人が住む場所だ。そんなところに縄張りを無視して入り込めば、尋常ではない制裁が待ち受けているのは想像に難くない。

 

 だから奴はそれを恐れて、深追いはしてこない筈なのだ。

 

「4、3……突入――――――今ッ!!」

 

 ラウラが報告した直後、潜水艇がまるで振り回されているかのように大きく揺れた。操縦桿が勝手に回転しようと暴れ回り、深度計と速度計の数値が滅茶苦茶になる。

 

 先ほどのリヴァイアサンの咆哮よりも更に重々しい海流の咆哮が、小型の潜水艇を包み込んだ。岩礁へと向かう海流に嬲られながらも、俺は必死に操縦桿を抑え込んで抗い続ける。

 

 やがて、その激震も徐々に海流と共に立ち去っていった。操縦席のモニターが発するアラームを消しつつ、ラウラの報告を待つ。

 

「リヴァイアサンは………?」

 

「………………追って来る様子なし。―――――逃げ切ったよ、みんな!」

 

「やりましたわね、お姉様ッ!!」

 

 辛うじて、リヴァイアサンから逃げ切った………!

 

 操縦桿を左手で握ったまま、俺は右手の拳を握りしめながら笑っていた。船体に損傷がないかはこれからチェックするが、今のところ損傷している箇所はなさそうだし、貴重な魚雷は1本も使っていない。

 

 やはり、逃げるべきだという選択は正しかったな。ナタリアに艇長をお願いしたのは正解だった。

 

 今すぐ座席から立ち上がり、ラウラと抱き合いたいところだけど、操縦士が操縦桿から手を離すわけにはいかないよな。鍵を手に入れたら、その時についでに抱き合おう。

 

「ほら、すぐに船体をチェックして。機器が故障してたら大変だからね」

 

「ええ。――――――機関部、異常なしですわ」

 

「ふにゅ、ソナー系も問題なし。ちなみに周囲に敵はいないよ」

 

「こっちも大丈夫。舵は無事だし、バラストタンクにも損傷なし。オールグリーンだ。ステラは?」

 

 そう思いながら左隣を振り向いてみると――――――そこに腰かけていたステラは、片手で鼻を抑えながら、涙目になっていた。

 

 え? 何で鼻押さえてんの? しかも鼻血出てるよ………?

 

 もしかして、さっき海流を越えてた最中にぶつけたのか? 確かに左隣からガツンってどこかにぶつかったような音が聞こえてきたけど、あれってステラが鼻をぶつけた音だったのか。てっきり岩礁にぶつかった音だと思って肝を冷やしたぞ。

 

「は、鼻をぶつけました………痛いですぅ………」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「はい……魚雷と安全装置(セーフティ)は異常ありませんが、鼻血が………」

 

 なんてこった、可哀そうに。

 

 涙目のステラに見つめられた俺は、苦笑いしながら後ろのナタリアを振り返った。彼女も同じように苦笑しながら肩をすくめ、ポケットをぽんぽんと叩いている。

 

 ハンカチを出してあげなさいって事なんだろう。

 

「ほら、ステラ。ハンカチ使え」

 

「す、すみません………痛い………」

 

 ポケットから取り出したハンカチを彼女に渡す。ステラは俺からハンカチを小さな手で受け取ると、涙目になりながら鼻を押さえるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――前方に巨大な物体あり」

 

 ラウラの報告を頼りに岩礁を躱し続けていた俺は、新たにラウラが報告した〝巨大な物体”という単語を聞いて首を傾げそうになった。

 

 岩礁ではないのか? 巨大な物体って何だ?

 

 彼女が距離を報告してくる前に、ちらりと傍らのモニターを見下ろす。中央に表示されている海底神殿が存在する海域の近くまでやって来ているから、そろそろ神殿に辿り着いてもおかしくはない。

 

 まさか、神殿なのか………?

 

 海底神殿でありますようにと祈りながら、俺はラウラに聞き返す。

 

「岩礁?」

 

「ううん、岩礁にしては構造が規則正し過ぎるよ………………。何これ、柱………?」

 

「――――――どうやら、到着したみたいね」

 

 魔物と岩礁への警戒心からやっと解放されて安心したのか、艇長の席から聞こえてきたナタリアの声は楽しそうだった。まだ決めつけるべきではないと思いつつマップを確認するが、確かにDSRV(ノーチラス号)の反応は海底神殿のあると思われる海域と重なっている。

 

 ということは、本当に到着したのだろう。

 

 大昔に造られた海底神殿。冒険者たちはここに財宝が保管されていると聞いてこの神殿を訪れたがるが――――――財宝は目的ではない。一攫千金に興味はないのだ。

 

 金貨や宝物の山よりも、俺たちはここにあるたった1つの鍵を欲している。その鍵は伝説の天秤を手に入れるために必要な鍵であり、俺たちの願いを叶えるための鍵でもあるのだから。

 

 さあ、宝探しだ。

 

 かつて痛みを投げ捨てた海から――――――俺は、鍵を手に入れる。

 

 

 

 


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