異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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タクヤの失望

 

 銃声と跳弾の音が、先ほどから物騒な音を奏で続けている。マズルフラッシュが倉庫を照らし、銃弾がクソ野郎に飛来したかと思うえば、あの包丁に弾かれて壁や吊るされている肉の塊へと叩き付けられていく。

 

 6発目の.357マグナム弾をぶっ放し終えると同時に、俺は危機感を感じた。MP412REXのシリンダーに装填できるマグナム弾の弾数は6発。一般的なハンドガンと比べると、中でも弾数が少ないシングルカラム式のハンドガンよりも弾数は少ない。だが、リボルバーの売りはハンドガンよりも高い威力とストッピングパワーだ。せめて直撃させる事が出来れば、レベルが高い転生者にも通用する筈だ。

 

 距離を詰められる前に腰のホルダーからメスを引き抜き、投擲しつつ肉の塊の影へと飛び込む。ハンドガンのスライドに覆われた銃身に似た中折れ(トップブレイク)式のリボルバーから空の薬莢を排出し、スピードローダーにセットしてある弾丸をシリンダーへと装填する。

 

 あとは銃身を元の位置に戻すだけだと思っていた直後、肉の塊を吊るしている鎖が火花を発した。超高速で振り抜かれた包丁の斬撃が叩き込まれ、鎖が切断された際に発した火花だ。

 

「ッ!」

 

 落下してくる肉の塊を蹴りつつ回避し、別の肉の塊の影へと逃げ込む。別に上に肉の塊が落下してきても致命傷にはならないだろう。だが、動きが鈍った隙にあの包丁で斬られるのはごめんだ。息の根を止められた後に俺も皮膚と内臓を切り取られ、ここに吊るされるのだろうと考えてぞっとしつつ、再び射撃を再開する。

 

 銃で攻撃している以上は射程距離というアドバンテージがある。だが、相手のスピードのステータスはかなり高いらしく、先ほどから弾丸を包丁で弾くか回避することでダメージを受けずに済んでいる。

 

 もしかすると、このまま銃で射撃を続けるのは得策ではないのかもしれない。

 

 リスクは高くなってしまうが、こっちもナイフで応戦するべきだろうか? 反射速度には自信があるし、ナイフの訓練は親父と散々繰り返した。最強の転生者から教わった技術の中でも得意分野なのだから、それほどリスクが高くなるわけでもないだろう。

 

 2発目のマグナム弾をぶっ放し、素早くリボルバーをホルスターへと戻す。左手で大型ソードブレイカーを引き抜きつつ、少年が振り下ろしてきた包丁へと思い切り振り上げた。

 

 ギン、と短い刀身が闇の中で激突する。左手で使うこの得物の名称は『大型ソードブレイカー』ということになっているが、大型とはいえ刀身のサイズはボウイナイフ並みだ。マチェットや大型のククリ刀には及ばないし、こいつは防御用の得物である。

 

 それに対して、このクソ野郎が持っているのは大型の包丁だ。俺のソードブレイカーよりも大型で、サイズは大型のククリ刀と同程度である。それゆえに斬撃の重さは相手の方が上手だ。

 

 まるで落下してきた自動車を片手で受け止めたかのような衝撃だったが、俺の腕と得物は屈していない。亀裂すら入らない大型ソードブレイカーの堅牢さに感謝しつつ、引き抜いたばかりの大型ワスプナイフを少年の喉へと突き上げた。

 

 こちらの得物もサイズはボウイナイフと変わらない。通常のワスプナイフよりも柄と刀身が大型化されているため、柄の中に装填されている高圧ガスのカートリッジも大型化されている。相手に噴射できるガスの量が増えているのは喜ばしいが、こいつの切っ先を相手に突き立てなければ普通のナイフと変わらない。

 

 左手の得物で相手の斬撃を受け止めつつ、右手のナイフで刺突する戦い方になるだろう。このような二刀流の訓練も親父から受けている。親父も二刀流を得意としていたからな。

 

 姿勢を低くしながら、今度は俺が突進する。吊るされている肉の塊をすり抜け、迎え撃とうとしていた少年に向かって右手の大型ワスプナイフを振り上げた。

 

 そのまま振り抜けば少年の喉を切り裂ける筈だったが―――――警戒されていたのか、いきなり急所を狙った一撃の前に立ちはだかった包丁によって、この斬撃は受け止められてしまう。

 

 警戒されていたのか………? それとも、見切っていたのか!?

 

「うん、結構いい動きだね。君の筋肉はさぞかしいい歯応えに違いない」

 

「うるせえッ!」

 

 喰われてたまるか!

 

 このままナイフを押し込もうと思ったが、レベルが上かもしれない相手に力比べを挑むのは愚の骨頂だ。特に転生者同士の戦いでは、ステータスに依存せざるを得ない部分で格上の相手に挑むのは自殺行為である。

 

 すぐに鍔迫り合いを止め、俺は後ろにジャンプした。距離を離しつつ、もう一度周囲を確認する。

 

 遮蔽物になるのは吊るされている肉程度だろう。鎖は利用できそうだが、遮蔽物には使えない。少年の後方にはナタリアが囚われているが、こいつを無視して助けに行けば背後から切り刻まれてしまう事だろう。

 

 スタングレネードでも投げるか? いや、今しがた斬り合ってみたが、こいつの反応速度は思ったよりも速い。得物は包丁だけだというのに、俺の剣戟にすぐに反応してくる。安全ピンを抜いている間に距離を詰められ、阻止されるのが関の山だろう。

 

 反応速度は俺と同程度か………。

 

 なら――――――お前の反応速度を置き去りにさせてもらおう。

 

 少々リスクが高くなるし、タイムリミットもあるが、あいつの反応速度よりも早く攻撃するにはこれしかない。

 

 体内にある雷属性の魔力を、身体中に分散させていく。まるで思い切り力を込めた後に力を抜いたかのような脱力感が全身を包み込んでいく中で、微かに身体の外に漏れた雷属性の魔力が、スパークとなって倉庫の中を照らし出した。

 

 ラウラは、氷の細かい粒子を無数に纏う事でマジックミラー代わりにし、自分の姿を消す事が出来る。俺も炎属性の魔力を応用すれば似たような事ができるが、どちらかといえば俺は隠密行動寄りも接近戦に適した体質で生まれてきている。

 

 たった今発動したのは、その体質を更に接近戦に特化させる奥の手だ。

 

「………?」

 

 小さなスパークを数秒だけ纏った俺を少年が警戒する。

 

 だが、その警戒は無意味だ。

 

 迂闊に攻撃するべきではないと判断したんだろう。先ほどまで俺を斬りつけようとしていた少年が、自分の食欲を抑え込みながら警戒し、俺を睨みつけている。

 

 いつもの俺なら、俺も迂闊に攻撃せず、何か作戦を考えてから攻撃するようにしているんだが―――――――これを発動したからには攻撃しなければならない。

 

 ナイフを構え、俺は姿勢を低くした。攻撃を仕掛けてくる事を知った少年が包丁を構えるが、彼の動きは先ほどよりも非常に遅く見える。

 

 俺が駆けだしたのは、彼が包丁を構え終えるよりも先だった。身体から漏れる微かな魔力を纏いながら駆け抜け、大型ワスプナイフを左から右へと振り払う。

 

 その一撃は受け止められてしまったが、俺にはまだ左手の得物がある。大きなセレーションがついた、大型ソードブレイカーだ。こちらにも高圧ガスを噴出する機構が搭載されているため、こいつを奴に突き立ててスイッチを押すだけで勝敗は決する。

 

 少年はすぐにナイフを押し返し、ソードブレイカーも受け止めようとしたが――――――先ほどよりも反応する速度が遅くなっているようだった。

 

 辛うじて包丁の切っ先がソードブレイカーの刀身を掠めたが、本気で振り払った一撃を掠めただけで軌道を変えられるわけがない。幼少の頃から鍛え上げてきた筋肉と瞬発力によって送り出された超高速の剣戟は、大きなセレーションで切り裂かれた風の断末魔を纏いながら、少年の胸元へと喰らい付いた。

 

「ぎっ!?」

 

 片手で胸元を抑え、後ろに下がる転生者。俺は彼が置き去りにした返り血を浴びながら、更に距離を詰める。

 

 急迫してきた俺を迎え撃つために包丁を振り回してくるが――――――どの斬撃も、簡単に受け止められるほど遅くなっていた。

 

 ダメージを受けたとはいえ、深手ではない。それほど剣戟の速度が落ちる筈はないのだ。先ほどと相手の攻撃の速度は変わらない筈なのに、全ての剣戟を受け止めてしまえるほど遅く見える。

 

 それは、俺が発動したある能力が原因だった。

 

 雷属性の魔力を体中に分散させる事によって、身体中の神経への電気信号の伝達速度を更に上げたのだ。本来よりも速い速度で筋肉へと伝達された信号によって、普段よりも飛躍的に反応速度が上がり、相手の攻撃をより素早く見切る事ができるようになったのである。

 

 接近戦で最も重要なのは、筋力や瞬発力よりも反応速度だ。いくら筋力がついていても、相手の剣戟を見切る事が出来なければすぐに斬られてしまう。それゆえに、素早い反応速度が重宝する。

 

 屈強な人物ならば剣で斬られても耐えるだろうが、その一撃が急所に喰らい付けば、屈強さには意味がない。

 

 元々ラウラよりも速かった俺の反応速度を、電気信号の伝達速度を更に高速化することによって劇的に強化したのだ。だから相手の剣戟が容易く見切れるし、相手が見切るよりも先に攻撃できる。

 

 便利な能力だが、電気信号の伝達速度が更に速くするこの能力は、簡単に言えば電線に耐え切れないほどの超高圧電流を流しているのと同じだ。発動し続けていると、電線と同じように俺の神経も破壊されてしまう事だろう。

 

 おそらく、発動し続けていられるのはたった30秒。だから30秒以内にこいつを倒さなければならない。

 

 距離を詰め、喉へとナイフを突き出す。しかし少年は辛うじてその刺突を見切ったらしく、横から包丁を叩き付けることでナイフを逸らして回避した。しかし、辛うじて逸らすことに成功した程度だ。得物を無理矢理振り回したことによって体勢は崩れるし、力任せに弾いたせいですぐに反撃する事が出来ない。連続攻撃で畳みかけてくる相手にとっては、その一撃は次の攻撃を叩き込むための布石にしかならないのだ。

 

 案の定、次のソードブレイカーの斬撃は見切れていない。セレーションが服と肉にめり込み、そのまま肉を引き裂いていく。

 

 悲鳴を上げながら包丁を振り回す転生者だったが、やはりその攻撃も遅く見えるし、2回も斬りつけられて焦っているせいなのか攻撃も荒くなっている。

 

 姿勢を低くして出鱈目な斬撃を潜り抜け、今度はアキレス腱を斬りつけた。がくん、と少年の身体が揺れ、脹脛から血を噴き上げながら地下室の床に崩れ落ちていく。

 

「ギャアアアアアアアッ!?」

 

 そのまま飛び掛かってナイフを突き立て、ガスを噴出させて惨殺してやろうと思ったが――――――少年が振り回していた包丁が、偶然俺のワスプナイフの刀身を殴りつけた。逆手持ちにしようとしていた最中に喰らったため、フィンガーガードからあっさりと指が外れ、俺の愛用の得物はブーメランのように後ろへと飛んでいく。

 

「チッ!」

 

「こ、この野郎ッ! てめえなんか、殺した後に八つ裂きにして魔物の餌にしてやる!」

 

 うるせえ。アキレス腱斬られて歩けなくなったくせに、どうやって俺を八つ裂きにするんだよ。

 

 言い返してやろうと思ったところで、俺は全身の血管や筋肉がいつも以上に発熱していることに気付いた。まるで血液の代わりにガソリンを流し込まれ、それに着火されてしまったかのように。

 

 そろそろタイムリミットだ。このまま発動し続けていれば、神経が破壊されて身体が動かせなくなってしまう。そうなったら天秤を探しに行く事が出来ない。

 

 賭け事はしない主義なんだが、何でこんなリスクのでかい能力を身に着けてしまったのだろうか。雷属性だから十中八九母さんからの遺伝なんだろう。

 

 電気信号の伝達速度を通常に戻し、息を吐いた俺は床に倒れながら俺を見上げている少年を見下ろした。

 

 どうして、転生者にはこんなクソ野郎が多いのだろうか。

 

 前世の世界では普通の人間だった筈だ。なのに、異世界に転生し、あの端末で強力な力を手に入れてから悪用する転生者が多過ぎる。

 

 なぜだ。前世の世界では出来なかったからか? 蹂躙するのが楽しいのか?

 

 何だ? お前らは何だ?

 

「何なんだ………」

 

 踵を返し、先ほど弾き飛ばされた大型ワスプナイフを拾い上げてから少年の元へと戻った俺は、まだ鎖に縛られたまま俺を見守っているナタリアに「もう少し待っててくれ。もう終わる」と告げてから、再び少年を見下ろす。

 

 得物を取り戻した俺を見上げる少年は、もう怯えていた。

 

 今までこいつに殺されていった犠牲者たちも、殺される直前にこんな顔をしていたのだろう。刃物を向けられ、周囲にぶら下げられた肉の塊を見て、自分は殺されるだけではなくこの少年の食欲のために喰われるのだと知り、絶望と恐怖に心を蹂躙されながら――――――肉の塊へと変えられていったに違いない。

 

 お前も、こうやって怯えさせたんだろう?

 

 お前も、こうやって殺したんだろう?

 

 同じじゃないか。俺は今から、お前を殺す(狩る)殺す(狩る)だけだ。喰うつもりはない。

 

 そう、殺す(狩る)。昔から親父に教わってきたように。クソ野郎を消すために。

 

「何なんだ、お前らは」

 

 無意識のうちに喋っていた俺の声には、全く感情がなかった。

 

「何でこんなことをした?」

 

「………喰いたかったからだよ。ハッハッハッハッ………みんな旨そうだったからさ。だから旨そうな奴をここに連れて来て〝調理”してただけさ」

 

「………なんでだ」

 

 訳が分からない。

 

 全く分からない。

 

 もう、理解できない。――――――理解したくない。

 

 醜悪だ。醜過ぎる。………もう嫌だ。

 

「―――――何なんだよ、お前らッ!?」

 

 転生者に対する嫌悪が、思い切り膨れ上がった。ナイフを床に置いて少年の胸倉を思い切り掴み、そのまま壁に叩き付ける。

 

「何でこんなことするんだよ!? 楽しかったか!? 思い切り他人を蹂躙して、前世の世界で出来なかった蹂躙を愉しんでッ!! 他人が苦しめるのが愉しかったのかよ!? あぁッ!?」

 

「ぐ……ぁ………っ!」

 

 思い切り腕を押し込むと、少年の鎖骨から変な音がした。手が彼の胸元にめり込んでいき、胸筋の奥にある胸骨を少しずつ歪めていく。

 

 すると、苦しんでいた少年が俺の頭を見上げ、苦しみながら目を見開いた。

 

「つ………角………ッ!?」

 

 キメラの角が伸びていたのだろう。当たり前だ。俺は転生者に対して失望し、激怒している。こいつだけではなく、世界中で蛮行を繰り返すクソ野郎共全員に対して失望し、激怒しているのだ。

 

 床には俺のハンチング帽が転がっていた。先ほど彼を壁に叩き付けた瞬間に落ちてしまったのだろう。

 

 頭から生えたダガーのような角を凝視していた少年が、更に怯える。苦しみながらぶるぶると震え、涙目になりながら俺を見下ろしてきた。

 

「ば、化け物………ッ! 怪物だ………お前こそ何なんだよ!? 怪物のくせに、何でキレてんだよ!? 馬鹿じゃねえの!? 怪物なんだったら黙ってろよ! てめえには関係ねえだろ―――――――ウグッ!?」

 

 片手で胸倉を掴んだまま、もう片方の手で少年の首を絞めていく。鍛え上げられた握力と俺の怒りを動力源にして、指が少しずつ少年の首にめり込んでいく。

 

 だが――――――首を絞めて殺すのはつまらない。

 

 こいつには、もっと恐怖をプレゼントしてから殺してやる。

 

「いいか、〝人間”。………怪物っていうのはな……てめえらじゃ絶対に勝てねえから〝怪物”って呼ばれてるんだよ」

 

 首と胸元から手を離し、代わりにナイフを拾い上げる。必死に空気を吸い込み、涙目になりながら見上げてくる少年をまたしても見下ろした俺は、唇を噛み締めてからナイフを振り下ろした。

 

 もう理解したくない。

 

 真面目に働いている誠実な転生者に出会えたと思ったのに。

 

 結局こいつも、クソ野郎だった。

 

 ふざけるな。

 

 もう嫌だ。

 

 ナイフを振り下ろし、絶叫する少年の肉を切り落しながら、俺は涙を流していた。

 

 悔しかった。こいつはいい転生者だと思っていたのに、結局クソ野郎だったのだから。

 

 こいつに、裏切られた。

 

 だから悔しい。許せない。

 

 血まみれになりながら、俺はナイフを突き立て続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったよ、ナタリア」

 

 巨躯解体(ブッチャー・タイム)を発動させ、彼女を吊るしていた鎖と両足の鎖を切断した俺は、怯えていたナタリアを抱き締めようとしていた腕が返り血まみれになっていた事に気がつき、そっと手を下ろした。

 

 彼女は怯えているのだろうか? 怖かっただろうか?

 

 動けるようになったナタリアは、机の上に置いてあった自分のククリナイフを鞘の中へと戻すと、悲しそうな目で俺を見つめてから――――――俺の目元を、白い手で拭ってくれた。

 

 そこにも返り血がついていたから、彼女の指は真っ赤になっていた。でも、よく見るとその血の中に透明な液体が混じっている。

 

 俺は………まだ、泣いていたのか。

 

「………ナタリア、教えてくれ」

 

 しっかり者の彼女なら、知っているかもしれない。

 

「何なんだよ………なんでクソ野郎ばっかりなんだよ………」

 

「………私にも分からないわ」

 

 首を横に振ったナタリアは、もう一度俺の涙を拭ってくれた。返り血まみれになった頬の涙を拭ってくれた彼女の手はとても暖かくて、俺は更に涙を流してしまう。

 

 あまり泣きたくなかったんだけどなぁ………。しかも、ナタリアに見られちまった。

 

「………まったく」

 

 優しく微笑んでくれたナタリアが、俺の背中へと手を伸ばす。今の俺は返り血まみれになっているから触れば彼女も汚れてしまうだろう。だから後ろに下がろうとしたんだが、ナタリアは逃がしてくれなかった。

 

 手を掴んでから、背中へと白い手を回す。そのままナタリアは、俺を抱き締めながら頭を撫でてくれた。

 

「泣くのは今回だけにしなさいよね。……………あんたは、私を助けてくれた……カッコいいヒーローなんだから」

 

 ああ、もう泣きたくない。

 

 だから今日だけ――――――泣かせてくれ。

 

 俺も彼女の背中へと手を伸ばし――――――血まみれのまま、泣いていた。

 

 

 


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