異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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タクヤの激昂

 

 エイナ・ドルレアンに移り住んだ後、新しい家の近くにあった肉屋に母と2人で買い物に行った時の事を思い出す。夕食の食材に使うために店を訪れたブラスベルグ家の親子を出迎えてくれた店主の後ろには、いつも大きな肉の塊が吊るされていた。

 

 その肉の塊が豚の肉なのか、牛の肉なのかは分からなかった。もしかすると食用の魔物の肉だったのかもしれない。

 

 冷却された空気の中から伸びてくる生肉の臭い。彼女を包み込む空気の臭いは、あの時の肉屋の臭いに酷似していた。

 

「ん………」

 

 ゆっくりと瞼を開け、眠気を掻き消しつつ何が起きたのかを思い出す。タクヤたちとレストランを訪れ、忙しそうだった少年の手伝いをすると言って厨房で皿を洗い、奇妙な地下室への入口を見つけたところで―――――――ナタリアは、その後に何が起きたのかを思い出して戦慄した。

 

 あの少年に、睡眠薬を仕込んだハンカチで眠らされてしまったのだ。

 

(ここは………?)

 

 彼女がいるのは、倉庫のような場所だった。彼女の傍らに小さなランタンが置かれているだけで、この倉庫の中に何があるのかは分からない。

 

 まるでランタンが光で照らしているのではなく、彼女にこの部屋の中を見られないように闇で隠しているかのようだ。

 

 両腕を動かそうとした彼女だったが、頭上と床から伸びた鎖によって手足を縛られているらしく、全く動くことは出来なかった。護身用にと持ってきたククリナイフは没収されたらしいが、彼女をここに拘束している人物は左腕に装備している小型エアライフルには気付いていなかったらしい。

 

 1発しか装填できない得物だが、この鎖から解放され、脱出することになった暁には役に立つだろう。ククリナイフは近くにある机の上に置いてあるようだ。まずはこの鎖から逃げなければと考え始めた彼女は、試しに手足を動かしてみるが、闇の中から「おやおや、逃げないでくれよ?」と聞き覚えのある声が聞こえてきて、鎖と共に彼女の身体を縛り付けた。

 

「あなた………何を考えてるの!? 早くこの鎖を外しなさい!」

 

「ダメだよ。せっかく獲物が手に入ったんだからさ」

 

 暗闇の中からランタンの光の中へと入ってきたのは、やはりあのレストランを経営していた少年であった。あの時と同じく白い服とコックの帽子をかぶっているが、白い服の上に身に着けている純白のエプロンには返り血のようなものが付着しており、右手には血まみれの大きな包丁を持っている。

 

 もしコックの服とエプロンを身に着けていなければ、殺人鬼に見えたことだろう。

 

「ああ、やっぱり綺麗な手だ………とても白くて、細身で美しい」

 

「ちょ、ちょっと………!」

 

 包丁を近くにあった机の上に置き、少年は鎖に縛られているナタリアの手を握った。彼女は必死に触られまいと抵抗するが、鎖に手足を縛られているのだから逃げられる筈がない。

 

 あの時握手をして来たのは、まさか感激して握手してきたのではなく、彼女の手に触れるためだったのではないだろうかと考えたナタリアは、少年に対して感じていた感心が全て嫌悪に変えてしまった。

 

「………私をどうするつもり? 商人にでも売り飛ばすの?」

 

「そんなことするわけないじゃないか。商人に売ったら、どうせ貴族がすぐに買い取ってしまうだろうからね。君みたいな美少女を手放すわけがないだろう?」

 

 コックの帽子をそっと取って机の上に置き、血まみれの大きな包丁を拾い上げる少年。その包丁を口元へと持ち上げると、まるでキャンディーを舐めるかのように刀身に付着している返り血を舐め取り、彼はにやりと笑う。

 

「それに――――――君は美味しそうだ」

 

「えっ?」

 

 どうせ、今まで彼女を仲間に勧誘してきた冒険者たちのような下心を持つ下衆な男なのだろうと思っていたナタリアだったが―――――少年の笑みは、そのような理由を付けるにはあまりにも獰猛で、残酷過ぎることに気付いたナタリアは、彼が何をしようとしているのか察し、またしても戦慄した。

 

 彼は料理人だ。そして、彼のレストランにはやけに肉料理が多い。

 

 血まみれの包丁とエプロン。『まだ夕飯を食べていない』と言っていた少年。

 

(ま、まさか………!)

 

 その恐怖は、今まで感じたことのある恐怖を全て一瞬で屈服させてしまった。幼少の頃に燃え上がるネイリンゲンで感じた恐怖を焼き尽くし、フィエーニュの森でトロールに殺されそうになった恐怖を喰い尽した新しいその恐怖。今までの恐怖よりも異色で、禍々しい。それゆえに今までよりも強烈で純粋な恐怖であった。

 

 この少年は――――――ナタリアの事を喰おうとしているのだ。

 

 まるでこれから豚肉や牛肉を切り刻み、調理するように。この少年にとってナタリアは獲物で、これから調理するべき『食材』でしかなかったのである。

 

「まだ夕飯を食べてないからねぇ………お腹が空いてるんだ、俺」

 

「う、嘘でしょ………?」

 

 冒険者の中には、魔物に食い殺されて命を落とした者も多い。だが、同じ人間に喰われて死亡した冒険者はごく少数だろう。

 

 このままでは、ナタリアもそのごく少数の死因で殺されてしまうに違いない。

 

(い、嫌………だ、誰か………!)

 

 少年を手伝おうとしなければ、こんなことにはならなかったかもしれないと後悔する。あの誠実そうな少年がこのような本性を持っていたと見抜けなかった自分が悪いのだが、他人の本性をすぐに見抜けるわけがない。

 

(タクヤ……助けて………ッ!)

 

 涙目になりながら、彼女はいつも自分を助けてくれたキメラの少年に、またしても助けを求めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 いくら営業時間が終了したとはいえ、店の明かりが消えるのがやけに早い。ちゃんと施錠されているだろうなと思いつつ入り口のドアを軽く引っ張ってみるが、案の定鍵がかけられている。

 

 ため息をつきながら右手の血液の比重を変化させる。キメラは人間とサラマンダーの混血であり、サラマンダーの外殻を形成して防御力を高める硬化と、彼らの持つ炎を自在に操る能力がある。ラウラは例外だが、キメラという所属は親父が史上初であるため、まだどのような能力を持っているものなのかも分かっていない。突然変異の塊のようなものなんだろう。

 

 右腕の手首から先のみ、人間の血液の比率を30%まで下げる。残りの70%はサラマンダーの血だ。血液の比率の変化は、水に絵の具を垂らして変色させるイメージで変化させられる。幼少の頃から散々訓練してきたから、一瞬で降下させるのはもうお手の物だ。

 

 めきり、と氷に亀裂が入るような音が右手から聞こえてきたかと思うと、肌色の右手が蒼い外殻に覆われていく。まるでドラゴンの身体から外殻を引き剥がし、人間に皮膚の代わりにその外殻を移植したかのような姿に変貌した右手を軽く動かし、人差し指を伸ばすと、指先から蒼い炎をバーナーのように噴出させ、ドアノブへと近づけた。

 

 ドアノブが超高温の蒼い炎に屈し、熱の中で溶けていく。

 

 外殻で覆われた手でドアノブが融解したドアを軽く引っ張り、ついに店内へと侵入することに成功した。この外殻は耐火性と耐熱性に非常に優れているため、融解した金属の中に手を突っ込んでも全く熱さを感じない。だからこの外殻を生成している間ならば、実質的に炎属性の魔術は俺には効かないというわけだ。便利な身体だな。

 

 効果を解除してから、ホルスターの中からMP412REXを引き抜く。俺のリボルバーは漆黒に塗装してあるが、撃鉄(ハンマー)やグリップの一部は蒼く塗装してある。

 

 ちなみにラウラにも同じリボルバーを渡してあるが、あちらは彼女の色をイメージして、黒と赤の2色で塗装してある。

 

 ライトを付けようと思ったが、あの少年に気付かれる恐れがある。だからライトはつけずにこのまま進むことにしよう。

 

 親父から受けた隠密行動の訓練を思い出しつつ、足音を立てないように厨房へと潜入する。やけに明かりが消えるのが速いと思ったが、どうやら食器を洗うのを途中で中断していたらしい。いくら明日が定休日とはいえ、皿洗いはしっかりやっておくべきだろうが。あの少年は何を考えてる?

 

「………ん?」

 

 厨房の奥に、ドアがあった。裏口かと思ったが、裏口と思われるドアはもう一つあるし、そのドアの向こうには階段のようなものが伸びているのが見える。おそらく地下室に行くための階段なんだろう。

 

 地下室か………。どうせ食材でも保管してるんだろう。厨房にも冷蔵庫はあるが、あんなに料理を作っていたんだから、冷蔵庫に入っている食材だけでは足りない筈だ。

 

 ナタリアはおそらく、あの少年に連れ去られたんだろう。裏口からどこかへと連れて行ったという可能性もあるが、明かりが消えてから店を出て行った気配はない。それに、俺が潜入したのは明かりが消えてからすぐだったから、裏口から外に出る時間はない。

 

 地下だな。おそらく、彼女は地下に囚われているに違いない。

 

 静かにドアを開け、リボルバーを階段の下へと向ける。人影は全く見えないし、気配もしない。暗闇がぎっしりと詰まった不気味な階段があるだけだ。

 

 静かに下へと下りていくにつれて、俺は顔をしかめた。

 

 ――――――生肉の臭いがする。血の臭いではなく、肉の臭いだ。

 

 前世の世界でも嗅いだことがあるし、転生した後も嗅いだことがある。どちらも母が買い物に行った際、肉屋で嗅いだ臭いだが、地下室から伸びてくるこの臭いはそれと同じだった。

 

 階段を下りてから、素早くリボルバーを通路の奥へと向ける。九分九厘あの転生者の少年が敵になる事だろう。相手のレベルは不明だが、もし俺よりもレベルが上だったのならば、いくら.357マグナム弾を発射できるリボルバーだけでは火力が足りないかもしれない。

 

 場合によってはこれで足止めし、大型ワスプナイフで止めを刺すか、足止めしてナタリアを救出し、彼女を連れて逃げなければならない。手っ取り早いのは後者だろう。こちらの方がリスクも小さい。

 

 そう思いながら奥へと進んでいくと、広い倉庫のような部屋へと辿り着いた。生肉の臭いはここから流れ出ている。おそらく肉の保管庫なのだろう。

 

 その時、入口の近くに金属の箱が置かれていることに気がついた。生肉の臭いがする場所だが、その箱の中からは血の臭いがする。転生者と戦った時や魔物と戦った時に何度も嗅いだし、魔物から内臓を摘出する時にも嗅いだことがある。その臭いが、箱の中から溢れ出しているのだ。

 

 ちらりと箱の中を覗いてみると――――――赤とピンク色の塊が、ぎっしりと詰まっていた。

 

「――――――!」

 

 内臓だ。牛や豚の内臓なのだろうか。

 

 ライトがないからよく見えないが、胃のような形状の臓器もあるし、腸と思われる長いロープにも似た臓器もある。おそらく調理するために購入してきた豚や牛の内臓を取り出し、この箱に入れておいたんだろう。

 

 気色悪いな………。ライトで照らさなくて良かったよ。親切な暗闇だ。

 

 そう思いながら再び倉庫の中に銃を向け、奥へと進んでいく。

 

 やはりここは肉を保管しておく保管庫のようだ。天井からは鎖が垂れていて、その鎖には肉の塊が吊るされている。牛や豚と思われる肉の塊もあるし、見たことのない形状の肉も吊るされている。

 

 魔物の肉か?

 

 ハーピーなどの魔物は、食用の肉として販売されることも多い。値段も安いから冒険者たちが持ち歩く非常食としても人気がある。

 

 隣に吊るされているのはゴブリンの肉なんだろうか。ところどころ切り取られているけど、上半身は辛うじて原形を留めている。グロテスクな肉の塊を見るのを止めた俺は、息を吐いてから倉庫の奥へと進んでいく。

 

 すると、奥の方にランタンの明かりが見えてきた。倉庫の中を照らし出せるようなサイズのランタンではないようで、照らされているのはあくまで倉庫の一角だけど、その光の中にいる人物が誰なのかを確認するには十分な明るさだった。

 

 明かりの中にいるのは、コックの服を身に着けた少年だ。血まみれのエプロンに身を包み、大きな包丁を持っている。これから肉を切り刻むところなのだろうかと思いながら、これから加工される鎖で吊るされた肉を凝視した俺は――――――目を見開く羽目になった。

 

 少年の目の前に吊るされているのは、皮と内臓を取り除かれた肉の塊ではなく、俺たちの大切な仲間の1人だったのだ。

 

「ナタリア………!?」

 

 ランタンの明かりの中で吊るされているのは、ツインテールの少女だった。怯えながら少年を睨みつけ、手足を鎖に縛られた状態でもがき続けている。

 

 おいおい、まさかあの転生者は――――――ナタリアをここの肉みたいに調理するつもりなのか!?

 

 くそったれ、カニバリズムかよ………!

 

 リボルバーのグリップを握り、息を呑んでから俺は銃を転生者の少年へと向けた。

 

「動くな」

 

「た、タクヤぁ………!?」

 

 これから切り刻まれ、あの少年に喰われてしまうという恐怖で涙目になっていたナタリアが、いつもしっかりしている彼女とは思えない弱々しい声で俺の名前を呼んだ。ランタンの明かりの中で、彼女の瞳から流れ落ちた涙が煌めく。

 

 銃を少年へと向けながらゆっくりと近付いていく。もしこいつが俺よりもレベルが下ならば1発で殺せるが………相手のレベルが分からない以上、迂闊にぶっ放すわけにはいかない。場合によってはナタリアを連れ出し、逃げなければならないのだから。

 

 彼女に何とか逃げるための時間を稼ぐという理由もある。

 

 俺に銃を向けられている少年は、舌打ちをしてからゆっくりとこっちを振り返った。先ほどまで厨房と客の座る席を往復し、必死に働いていた誠実そうな少年の顔ではない。やはり、今まで消してきたクソ野郎たちと同じだ。

 

「おいおい………調理中の料理人の邪魔をしないでくれるかな………?」

 

 血まみれの包丁は、おそらくここにぶら下げられている肉の塊を切り刻むのに使っていたんだろう。その包丁を手にしたまま振り返った少年は、俺が銃を持っていることに驚いたみたいだったけど、ドットサイト越しに彼を睨みつける俺の顔を見て楽しそうに笑った。

 

「へえ………銃を持ってるって事は、君も転生者なのかな? この世界に銃なんてないもんねぇ………」

 

「勘違いすんな。俺は転生者の子供だ。この能力も親父からの遺伝なんだよ」

 

 実際は分からない。本当に親父から遺伝した可能性もあるが、親父の場合は携帯電話みたいな端末を持っている。だが、俺の場合は目の前に立体映像のようにメニュー画面を展開する方式だ。遺伝というよりは別物だろう。

 

 それに、ナタリアたちに俺も転生者だという事をさすがに明かすわけにはいかない。

 

「へえ………転生者の子供か」

 

「どうでもいい。今すぐナタリアを離してもらう」

 

「それは無理だね。彼女には今から食材になってもらうんだから」

 

 やっぱり、こいつナタリアを喰うつもりだったんだ!

 

「た、タクヤ………やだ、死にたくない………っ! た、助けて………ッ!!」

 

「分かってる! ――――――おい、包丁を捨てろ! とっとと仲間を離せ! さもないとマグナム弾をしこたまぶち込むぞッ!!」

 

 しかし、少年は包丁を捨てる気配はない。ニヤニヤ笑いながら、俺を無視してナタリアを解体しようとしている。

 

 ふざけんな。彼女は大切な仲間だ。――――――壊滅したネイリンゲンで生き残ってくれた、大切な命なんだ! 彼女を死なせるという事は、彼女を助けた親父の戦いを無駄にするようなものだ!

 

 全く躊躇わず、俺は目の前のクソ野郎に向かって引き金を引いていた。暗い倉庫の中で銃声が反響し、禍々しい咆哮のように暴れ回る。

 

 頭を狙った射撃だが、少年は包丁を構えて弾丸を弾き飛ばした。跳弾した弾丸が近くにぶら下がっていたゴブリンと思われる肉の塊にめり込み、肉の破片が舞い散る。

 

「何をするんだよ。ああ、お気に入りの肉に穴が開いちゃったじゃないか」

 

「うるせえ、早くナタリアを―――――――」

 

 少年は片手をその肉の塊に伸ばすと、舌打ちをしてから弾丸が撃ち込まれた表面を撫で回した。

 

「――――――この子も、可愛かったのになぁ………」

 

「………?」

 

「この子の〝食感”、気に入ってたんだよ………?」

 

「………まさか、その肉って………!?」

 

 あいつが撫で回してるのはゴブリンの肉じゃないのか? 〝この子”って……どういうことだ………?

 

 こいつ、まさかナタリア以外にもこうやって少女を連れ去らってきて――――――ここで〝調理”してやがったのか!?

 

「―――――こ、このクソ野郎がッ!!」

 

 おぞましさに激昂しながら、俺はさっき目にしたゴブリンと思われる肉の塊の事を思い出した。こいつの犠牲になった少女は他にもまだいる可能性がある。もしかすると、さっきの肉の塊も犠牲者だったのか………?

 

 猛烈な吐き気を抑え込みつつ、俺はリボルバーを少年に向ける。

 

 こいつは狩らなければならない。こいつみたいなクソ野郎を狩るために、親父は転生者ハンターになった。転生者ハンターはクソ野郎を狩るために存在しているのだ。

 

 俺も転生者ハンターとなったのだから――――――こいつを狩らなければならない。

 

 クソ野郎は――――――狩る。

 

 


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