異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる 作:往復ミサイル
モリガンの傭兵たちが、メウンサルバ遺跡からリディア・フランケンシュタインを回収してから16年後の事であった。17歳になり、冒険者となって旅へと出発したタクヤとラウラの2人とすれ違うかのように、ある噂話が王都の防壁の中で生まれたのである。
奴隷を売る商人や、人々を虐げる貴族がオルトバルカ王国中で次々に消されているというのだ。
剣のような武器で死体は必ず両断されており、商人や貴族を守ろうとした兵士たちも同じく両断され、皆殺しにされているというのである。奴隷たちからすれば自分たちを救ってくれる英雄かもしれないが、奴隷を購入する資本家や貴族からすれば、労働力を削り取っていく厄介な殺人鬼でしかない。だから騎士団がその殺人鬼を討伐するために騎士を派遣したのだが………現場にすぐに向かっても、その殺人鬼を捕捉することは出来なかったという。
だが、狙われる可能性のある貴族の屋敷に派遣された騎士たちが、その貴族を殺し、屋根の上へと逃げていくその殺人鬼を見たという報告が1件だけ存在する。
彼らが言うには、その殺人鬼は紳士のような恰好をした人間だったと言うのである。スーツとシルクハットを身に着け、まるでその服装に抗うかのように腰には東洋の刀を下げた奇妙な格好の人間が、屋敷から出て来たと騎士団長に報告したのだ。
冒険者でもそのような恰好をするものはごく少数だろう。だが、この報告だけならば変わり者だということで許容できる。しかし、騎士団長が目を疑い、この報告をした騎士たちを全員呼び出す羽目になるのは、この後に続く奇妙な報告であった。
―――――――なんと、その殺害された貴族の屋敷の天井まで一瞬でジャンプし、そのまま屋根の上を走って逃げていったというのである。
護衛すべき貴族の護衛に失敗し、殺人鬼を取り逃がした挙句現実味のなさ過ぎるおかしな報告をしてきた部下たちを、騎士団長は何度も怒鳴りつけた。百戦錬磨の騎士だろうと反論することのできないほどの権幕だったのだが、彼に怒鳴られた騎士たちは彼の権幕に怯えるどころか、「見間違いではない」と反論してきたのだ。
その後も騎士団は貴族や商人の護衛を続けたが、その殺人鬼は騎士団が到着する前に標的を殺し、お前たちと戦うつもりはないと言わんばかりに逃走してしまう。たった1人の殺人鬼のせいで騎士団の評価が落ちていく中、その殺人鬼を目にした騎士たちは―――――――その殺人鬼を、『バネ足ジャック』と呼ぶようになった。
ある1人の天才技術者が新たな動力機関である『フィオナ機関』を完成させ、産業革命を引き起こしてからも、大通りからあらゆる方向に延びる細い路地は変わらない。相変わらず左右に巨大な建物が鎮座するせいで日の光は殆ど当たらず薄暗いため、盗賊やギャングの隠れ場所や逃走経路にはうってつけだ。
だが、ここを通って逃げるのはギャングや盗賊だけではない。しばしば何者かに追われている者も、その暗闇を利用して逃げ去るべく路地を利用する。
置く場所がないために路地に積み上げられた木箱を蹴り倒し、転がっていた空のワインの瓶をお構いなしに黒いスニーカーで踏み潰しながら駆ける少年も、利用者の1人と言えた。
産業革命によって建築様式や住民たちの服装は大きく変わり、黒いスーツやドレスを身に着ける人々が増えているものの、さすがに彼のようにジーンズとパーカーを身に纏って街を歩く者はいないだろう。この世界の人々から見れば、彼の服装は先進的過ぎるし、奇妙過ぎた。だから大通りを逃走すれば九分九厘目立ってしまう。
(く、くそっ!)
壊れかけの木箱に止めを刺すように蹴り飛ばしながら路地を進み、ゴミ袋が積み上げられている場所を左折する。少しだけ広くなった路地をそのまま突き進み、水溜りの水でジーンズを濡らしながら、彼は必死に逃げ続けた。
ちらりと後ろを確認してから、今度は屋根の上を見上げる。彼と同じように路地を追って来る可能性は低いだろう。彼の命を狙う襲撃者が追って来るならば、屋根の上を走ってくる可能性の方が高いのだ。
その少年は、この世界に住む人間ではなかった。
この世界と違って魔術や魔力が全く存在しない世界で死亡し、携帯電話にも似た奇妙な端末を与えられてこの世界へと転生してきたのである。
いきなり奇妙な端末を与えられ、その端末で様々な武器や能力をポイントと引き換えに造り出せるという機能を全く信じていなかった少年は、半信半疑でその端末を使い――――――襲撃者に追われるまでは、手に入れたその力に酔いしれていた。
前世の世界では、こんなことは出来なかった。家にあるゲームでしかできないような能力を、異世界で手に入れてしまったのだ。
ゲームの中の能力ではない。現実で使う事ができる、汎用性が高い上に圧倒的な能力。現実で使う事ができるだけに、ゲームをプレイした時に感じる快感や優越感はより強烈になり、彼を瞬時に虜にしてしまった。
今の自分には圧倒的な力がある。だから刃向かってくる輩を叩きのめす事ができるし、前世の世界で感じ続けていた鬱憤を晴らすこともできる。
ここは前世の世界とは違う。自分に逆らう奴らは、この力で叩きのめしてやればいいのだ。
猛烈な優越感の渦の中で、その少年は他の転生者と同じ運命を辿り始めていた。
圧倒的な力を手に入れたために、どんなことをしても良いと勘違いしてしまったのである。村を占領し、食料や金品を独占して、女たちを奴隷にしても問題はない。盾突いて来る者たちは叩きのめし、処刑してしまえばいいのだから。
そんな事を実行した転生者が、そういった愚者たちを狩り続ける恐ろしい狩人たちに何人も狩られていることを、彼は知らなかったのである。
少年を追っているのは、まさにその〝恐ろしい狩人”であった。
大きなマンションの裏を通り抜け、工場の近くにある倉庫へと到達した彼は、呼吸を整えながらやっと走るのを止めた。
王都の中にある奴隷の商人が開いている店から2kmもずっと走って逃げ続けていたのだから、さすがにもうその襲撃者が追って来ることはないだろう。それに、走る速さは端末の機能であるステータスのおかげで前世の世界よりも早くなっていたから、いくら凄腕の殺し屋でも追いつくことは出来ない筈だ。相変わらずスタミナが前世と変わらないのは悩みの種だが、それは自分で鍛えるしかないのだろう。
面倒だが、スタミナのためにも後で今回よりも落ち着く事ができるようなランニングをしておくべきだろうと思いながら顔を上げた彼は――――――倉庫の屋根の上に浮かぶ三日月の前に、人影が見えたことに気付いて絶句した。
「………ッ!」
他の倉庫と同じ建築様式のせいなのか、全く個性的ではない倉庫の屋根の上に――――――短いマントの付いた漆黒のコートと、シルクハットを身に着けた襲撃者が立っていたのである。
顔は見えないが、シルクハットの下から紫色のセミロングの髪が覗いているという事は女性なのだろう。大通りでよく見かける紳士のような恰好をしているにもかかわらず、腰に下げている得物は服装とミスマッチとしか言いようのない東洋の刀だ。大きめの鍔からはフィンガーガードが伸びており、柄の形状は日本刀と言うよりは旧日本軍で使用されていた軍刀に近い。
奇妙な格好だったが、その奇妙な格好の人影が先ほどから少年を襲っている襲撃者の正体であった。
片手でシルクハットを抑え、帽子に飾ってある真紅の羽根―――――おそらくハーピーから取れる真紅の羽根だろう―――――を夜風の中で揺らしながら、その人影は倉庫の屋根から飛び降りた。上着についている短いマントをたなびかせながら着地した襲撃者左手をシルクハットから離すと、ミステリアスと禍々しさを纏った真紅の瞳で少年を睨みつけつつ、倉庫の出口に立ちはだかる。
倉庫から逃げるには、少々高い塀を乗り越えなければならない。だが、この襲撃者のスピードならば、少年が塀に触れるよりも先に急迫して両断する事ができるだろう。
逃げようとすれば殺される。ならば――――――戦い、返り討ちにするしかない。
息を呑んだ少年は、ポケットの中から携帯電話のような端末を取り出すと、素早く画面を指でタッチして武器を装備する。この世界にやって来てからは試しにハンドガンを生産してみたのだが、全く銃の事を知らない少年は安全装置(セーフティ)の解除の方法も分からず、ぴくりともしないトリガーを引き続けて諦めた事があるため、扱いやすいロングソードを愛用している。
中心部が真っ赤に塗装された漆黒のロングソードを鞘の中から引き抜いた少年は、標的である自分が武器を抜いたというのに、自分の得物である刀の柄に手をかけていない襲撃者を睨みつけた。
(油断してんのか………?)
得物を追い詰めたと思って、油断しているのかもしれない。
しかし、あの襲撃者のスピードはこの倉庫の中では役立たずだろう。ここは遮蔽物が多いから、スピードを生かして戦うようなタイプの者には真価を発揮できない。
彼女のような襲撃者が真価を発揮するのは、何もない広い場所なのだ。
だから勝機はある。相手のスピードが半減するのならば、その隙にこちらが攻撃してやればいいのだから。そして攻撃すると見せかけて踵を返し、塀を乗り越えて逃げてしまえばいい。
作戦を考えた少年は、鞘から引き抜いた剣を構えながら走り出した。魔物を倒し、刃向かってくる村人や他の冒険者たちを返り討ちにし続けた彼のレベルは60まで上がっている。あまり強敵とは戦わず、弱い者虐めを続けて上がったレベルだが、ステータスはちゃんと強化されている。
剣術を習ったことは一度もないが、敵に向かって剣を振り払えば、端末がステータスで身体能力を強化してくれているから、技術は全く必要なかった。それほど転生者が端末から与えられる力は強大なのである。
未だに得物に触れず、黙って少年を睨み続ける襲撃者。自分の動きを見切れないのかと思いつつ剣を振り下ろした少年だったが、一撃で魔物を両断してきた彼の斬撃を受け止めたのは彼女の刀ではなく――――――倉庫の床だった。
「!?」
斬撃の前にいる筈の襲撃者が、消えていたのである。
砕け散った石畳の床に、月明かりで影が浮かび上がる。剣を振り下ろしたばかりの影と――――――背後に立つ、紳士のような恰好の影だ。
地面の影のおかげで襲撃者が背後に回り込んだことを知った少年は、すぐに剣を振り回して背中を切り刻んでやろうとしたが――――――剣を振り払う最中に、ぐらり、と身体が傾いたような気がした。
左側の肋骨の辺りから胸の右側へとかけて刻まれた、激痛の線。その線の中から溢れ出してきたのは、暖かくて鉄の臭いがする、真っ赤な液体であった。
「え―――――――」
転ばないようにしようとしているというのに、足は全く動かない。そのまま転倒している最中のような感覚と激痛を感じ続けていた少年は、地面へと身体が落下していく最中に、既に襲撃者の斬撃は自分に叩き込まれていたのだという事を理解した。
背後を振り向く途中に、腰を捩った体勢のまま屹立する下半身は自分の物だろう。
床の上に崩れ落ち、まだ立ったままになっている自分の下半身を見上げた彼は、先ほどの攻撃を空振りしたと同時にあの襲撃者に斬られ、真っ二つにされていたという事を理解しながら、目を瞑って絶命した。
少年の手から、漆黒のロングソードが消滅する。転生者が絶命すると、その転生者が端末で生産した武器や能力は全て消滅し、その端末も機能を停止してしまうという特徴があるのだ。
この少年が転生者であるという事を知っていた彼女は、今しがた真っ二つにされたばかりの少年の傍らに屈むと、まだ血を流し続けている少年のパーカーのポケットに手を突っ込んだ。暖かい血が発する鉄にも似た臭いの中で顔をしかめつつ、血まみれになった端末がちゃんと機能を停止していることを確認した彼女は、頷いてから端末を自分のポケットの中に放り込み、踵を返して倉庫の外へと歩き出す。
夜風で血の臭いを吹き飛ばし、リラックスした彼女は、再び倉庫の屋根を見上げてから跳躍した。華奢に見える両足が彼女の身体をロケットのように押し上げ、一瞬で屋根の上へと送り届けてしまう。
人々から『バネ足ジャック』と呼ばれる彼女は、騎士団がやってくる前に退散するため、屋根の上をいつものように走り始めるのだった。
「――――――お疲れさま、
王都で有名になった噂話に登場する殺人鬼を、俺は微笑みながら部屋の中に迎え入れた。返り血すらついておらず、血の臭いもしない。本当に獲物を仕留めてきたのかと問い詰めようと思っていたが、部屋の中へと入ってきた彼女が血まみれの端末を取り出したため、俺は納得してから椅子に腰を下ろした。
もう、リディアにとって転生者ですら相手にはならないという事なのだろう。
今回の転生者は比較的弱い奴だったとはいえ、あの小物よりも遥かにレベルの高い転生者を、リディアはもう30人も消している。しかも斬り合いにすらならず、全て居合斬りの一撃だけで撃破しているのだ。
転生者以外のクソ野郎も含めれば、彼女によって両断された犠牲者は100人以上だろう。騎士団には手を出すなという俺の命令も彼女は守ってくれているようである。
俺とエミリアから16年間も戦い方を習い、特に剣術による接近戦を得意な戦い方とする彼女は、今ではモリガン・カンパニーの4つの分野のうちの1つであるインフラ整備分野を統括してもらいつつ、転生者ハンターの弟子として俺の代わりに転生者を始末してもらっている。
つまり、リディアもモリガン・カンパニーの四天王の1人ということだ。
モリガン・カンパニーの事業には、4つの分野がある。それぞれの分野を統括する主任は『四天王』と呼ばれ、その四天王を統括している社長は『魔王』と呼ばれている。
「………もう、転生者を狩るのはつまらないか?」
「………」
問い掛けると、20歳になったというのに相変わらず何も喋らないリディアは首を縦に振った。彼女はもう成人だが、未だに彼女の声を聞いたことはない。16年間も彼女と一緒に訓練をやったが、辛い筋トレや俺との模擬戦では、呻き声すらあげたことがないのだ。
もう転生者では相手にならないと言わんばかりに首を縦に振ったリディア。おそらく、四天王の中で一番強いのは彼女だろう。もし彼女を21年前に保護していたのならば、モリガンのメンバーにスカウトしていたに違いない。
ならば、彼女に大切な仕事をお願いしてみよう。
「――――リディア、お前に大切な任務がある」
「?」
「エリスと共に、ラトーニウス海の深海にある海底神殿へと向かえ。………その最深部に保管されている、メサイアの天秤の鍵を手に入れるのだ」
「………!」
おそらく、タクヤたちも海底神殿へと向かう事になるだろう。もしかするとリディアは、海底神殿でタクヤたちと鉢合わせになるかもしれない。
もし彼らがまだ天秤を手に入れるために旅をしているというのならば――――――必ず止めなければならない。あの天秤は確かに願いを叶える能力を持っているが、あの天秤を使って願いを叶えても、願いは叶っていないのと変わらないのだ。むしろ、絶望が増えるだけだろう。
だから、子供たちには触れさせたくない。それに、そんな代物でも俺の願いを叶えるために手に入れなければならない。
タクヤたちと争奪戦になるのではないかと懸念しているのか、リディアは目を細めながら俺の顔を見下ろしている。
あの子たちには、天秤を渡さない。
「――――――タクヤたちと会ったら………あいつらに鍵を渡すな。奪い取れ」
「………!?」
「俺やエミリアたちの子供だが、構うな。手加減せずに叩き潰し、鍵を手に入れろ。いいな?」
「………」
天秤を手に入れるつもりならば、あの天秤がどんな代物なのか教えてやるべきかもしれない。そうすればタクヤたちは諦めてくれることだろう。
「知っての通りだが、鍵は3つある。お前が海底神殿に向かっている間に、俺も鍵を手に入れるために倭国へと向かう」
「………」
倭国のエゾという場所にある、旧幕府軍の拠点に2つ目の鍵が保管されている。ちょうど旧幕府軍と戦争中の新政府軍を後押しする騎士団から、現地で新政府軍を援護し、戦争を終わらせろという大仕事を頼まれているところだ。
新政府軍を引き連れてエゾの九稜城へと攻め込めば、鍵を手に入れる事もできるだろう。倭国のサムライは剣豪ばかりだと言われているが、こちらには新政府軍と派遣される騎士団向けに開発されたフィオナの最新兵器がある。幕末の戊辰戦争を彷彿とさせる倭国の戦争は、その兵器を投入すればすぐ終結するに違いない。
「頼んだぞ、
「………!」
頷いてくれたリディアに微笑んだ俺は、息を吐きながら窓の外を見据えた。
これから、子供たちと鍵の争奪戦を始めることになる。彼らからすれば、俺は夢を邪魔するクソ親父になってしまう事だろう。
タクヤは俺を最高の親父だと言ってくれたが、彼らの旅が終わった後、俺は何と呼ばれるのだろうか。
倭国の戦争よりもそれが気になった俺は、窓を見つめながらため息をついた。
番外編 最古のホムンクルス 完
第六章に続く