異世界でミリオタが現代兵器を使うとこうなる   作:往復ミサイル

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偽物のリディア

 

 遺跡の通路というよりは、まるでジャングルの中に入り込んでしまったかのようだった。メウンサルバ遺跡の内部はそれほど荒れ果てていて、通路は血管を思わせる太いツタが埋め尽くしている。

 

 かつてフランケンシュタインがホムンクルスを何体も生み出していた実験施設は、今ではこのようにツタや苔に埋もれ、神秘と伝説の場所と化している。

 

 本当にこの最深部に最古のホムンクルスが眠っているのか? もしかしてとっくの昔に死亡し、ミイラのようになって俺たちを出迎える羽目になるのではないか? いくら伝説の錬金術師が生み出したホムンクルスとはいえ、何も食わずに永遠に生きている保証はないんだぞ?

 

 USPのライトでツタだらけの通路を照らし出しながら、邪魔なツタをボウイナイフで切断する。ぼとん、と俺の腕と同じくらいの太さのツタが床に落下する音を聞き、顔をしかめながら後ろにいるギュンターを見た俺は、彼に肩をすくめられてため息をついた。

 

「姉御を連れて来なくて良かったな、旦那」

 

「ああ。あいつ、未だに幽霊が怖いらしいからな………」

 

「マジかよ。トップクラスの実力者の弱点はまだ幽霊か?」

 

「そのようだな」

 

 相変わらず、エミリアは幽霊が苦手らしい。いつもしっかりしている凛々しい妻だが、幽霊や悪霊の話になると怖がって俺に抱き付いてくるんだ。

 

 もしここに連れて来ていたらずっと怖がっていたに違いない。子供たちの世話をお願いしていて良かったよ。

 

 初めてフィオナと出会った時もエミリアはかなり怖がってたな。護身用に生産したAN-94のフルオート射撃を室内でぶっ放されたけど、何とかフィオナは怖い幽霊ではないという事を理解してくれて、今では一緒に仕事をしている。

 

 昔の事を思い出しながら通路を進んでいたその時だった。

 

 一瞬だけ、光源が増えたような気がした。

 

 ツタに覆われたこの遺跡の通路に明かりはない。この通路を照らし出すためには、自分で松明やランタンなどを持参する必要がある。だから俺たちは武器にライトを装着して持ってきたんだが、それ以外に光ったような気がしたんだ。確か、光を放ったように見えたのは俺の足元のような気がする。

 

「ん?」

 

「旦那、どうした?」

 

「今、何か光らなかったか?」

 

「え?」

 

 後ろを振り返りながらギュンターに問い掛けるが、モリガンの黒い制服に身を包んだ彼は首を傾げながら足元を見下ろす。どうやらギュンターは床が光ったのを見ていないようだ。

 

 見間違えたのかと思った俺も、首を傾げながら先に進もうと通路の先を見据える。そして今まで通り警戒しながらゆっくり進もうと右足で前の床を踏みつけようとしたその時、足が踏みつける筈だった床をすり抜けてしまったかのように、俺の右足が下へと空振りした。

 

「―――――は?」

 

 下に空振りした………? どういうことだ? 俺は通路を歩いてたんだぞ?

 

 ひやりとしながら下を見下ろすが、奇妙な感覚の原因を理解するよりも先に、今度は俺の身体が下へと向けて引っ張られ始める。

 

 その感覚は何度も経験している感覚だった。高い場所から飛び降りたり、ヘリの兵員室から地上へと飛び降りた時に感じる、落下している感覚である。それと全く同じ感覚が無数の触手となって俺に絡み付き、下へと引きずり込もうとしているのだ。

 

 ぎょっとしながら下を見下ろすと、足元にあった筈の石畳の床は消失していた。夜空よりも黒い漆黒の大穴が、俺たちの足元に広がっているだけだ。

 

「お、落とし穴ッ!?」

 

「何ぃッ!?」

 

 さっきの光はトラップが発動した際の光だったのか!

 

 大慌てでコートの中から尻尾を伸ばすが、ダガーのように尖っている尻尾の先端部を突き刺せそうな場所まで届かない。何とかどこかに掴まろうともがき続けるが、俺とギュンターは漆黒の中へと引きずり込まれていくだけである。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

「ぎゅ、ギュンターッ!」

 

 俺は硬化が使えるから、高い場所から落下しても致命傷を負うことはないだろう。だがギュンターは身体が頑丈なハーフエルフとはいえ、こんな高さから叩き付けられたら即死してしまうに違いない。

 

 全身を赤黒い外殻で覆いつつ、尻尾をギュンターへと伸ばした。がっちりしたギュンターの胴体に尻尾を巻きつけて引き寄せ、俺がギュンターよりも先に叩き付けられるように調整しつつ、息を呑みながら俺たちを引きずり続ける漆黒の空間を睨みつける。

 

 やがて闇の中から埃まみれの床が迫ってきて――――――――ギュンターよりも先に、俺が叩き付けられた。

 

「がっ――――――」

 

 外殻で全身を覆っていたおかげで、痛みは殆どなかった。だが、12.7mm弾のフルオート射撃も弾き返してしまうほどの硬さの外殻でも、落下した際の衝撃まで防ぐのは不可能だったらしい。まるで本来ならば俺の身体を押し潰していた筈の激痛の代弁者となって襲い掛かってきた衝撃が、一瞬で俺の身体を突き抜け、内臓や骨を直接殴りつけて消えていった。

 

 口の中に湧き上がる血の味と暖かい液体。それを吐き出さずに辛うじて呑み込み、懐から取り出したフィオナのエリクサーで激痛と共に押し流す。

 

「はぁっ、はぁっ………ギュンター……無事か………?」

 

「あ、ああ………すまねえ、旦那………」

 

 俺の上にのしかかっていたギュンターは、呼吸を整えながらやっと退いてくれた。俺が先に床に叩き付けられ、俺の身体にギュンターが激突したおかげで彼も同じく尋常ではない衝撃で体内を抉られただけで済んだらしい。

 

 口から溢れかけていた鮮血を飲み込み、溢れてしまった鮮血の滴を大きな手で拭い去ったギュンターは、同じくエリクサーの瓶を取り出して回復すると、まだ呼吸を整えている俺に右手を差し出してくれた。

 

 彼の手を握って立ち上がり、床に落下してしまったUSPを拾い上げる。このハンドガンも同じく床に叩き付けられる羽目になったようだが、幸い全く損傷していないらしい。亀裂が入った箇所はないし、ドットサイトやライトも割れていない。

 

 得物の頑丈さに安心しながら、ギュンターの方を見てみる。ギュンターの装備していた武器も同じく殆ど破損していないらしく、暗闇の中でニヤニヤと笑いながらMP5Kを拾い上げる。

 

「助かったぜ、旦那!」

 

「おう。後で奢ってくれよ」

 

「当たり前だ。じゃあ、この仕事が終わったらネイリンゲンの居酒屋にでも飲みに行こうぜ」

 

「楽しみだ。………じゃあ、さっさとお嬢ちゃんを回収して帰るぞ」

 

 この落とし穴のせいで、リディア・フランケンシュタインが眠っていると思われる最深部まで遠退いてしまったみたいだがな。依頼が終わった後に、妻たちにギュンターと飲みに行ってくると伝えるべきだろうなと考えながら周囲を見渡す。穴の表面を覆っているツタを掴んでよじ登ることも出来そうだから、どこか登り易そうな場所を探すつもりで見渡したんだが、俺は予想以上のものを発見することになった。

 

 ――――――なんと、落とし穴の底だというのに扉のようなものが鎮座していたのである。

 

「はぁ? ………なんで扉が………?」

 

「え? あれってトラップじゃなかったのか?」

 

「分からん」

 

 あの扉の奥に進んでみるべきか? それとも、ギュンターと一緒にこの穴をまた登ってみるか? 前者はあの扉の向こうがどうなっているか分からないから、今までよりも警戒しながら進む必要がある。しかも、上に戻れる保証はない。

 

 後者はかなり無茶な行動になる。落下してきた高さを考えると、いくら毎日訓練を続けている俺やギュンターでも、登り切る前にスタミナがなくなってしまう可能性がある。高い場所へと上れば上るほど、間違えて落下した際に死ぬ確率も上がっていくという事だ。

 

 なんてこった。俺は賭けをしない主義なんだが、どっちも賭けじゃないか。

 

「旦那、どうする?」

 

「――――――この扉の奥を見てみよう。何かあるかもしれないし、もしかすると上に戻るための通路があるかもしれん」

 

「了解。確かに、ここを登るのは辛そうだぜ………」

 

 息を呑みながらツタまみれの壁を見つめるギュンター。出来るなら俺もこんな壁はよじ登りたくはない。毎日筋トレしているが、登り切れる保証はないからな。

 

 苦笑いしながらギュンターに合図した俺は、USPを構えながら目の前にある古びた扉を思い切り蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 小さい声が、言い争っている。

 

 2人の男の人の声だった。どちらの声も知っている。聞き覚えがあるというより、その声を知っているだけだという感じがする。私はその声を知ってるんだって誰かに暗示をかけられたように。

 

『フランケンシュタイン先生、他の錬金術師たちが来ています! 早く逃げましょう!』

 

『くっ………リディアを蘇らせることは出来なかったか………!』

 

 リディアという名前も〝知っている”。その少女の名前も、私は知っていた。きっと私はその名前を知っているんだって暗示をかけたのは、この奇妙な液体の中で眠る私を見上げる老人なのかもしれない。

 

 あの人は確か………ヴィクター・フランケンシュタイン。

 

 私を作った人。私のオリジナルであるリディア・フランケンシュタインの父親であり、彼女を蘇らせるために私を生み出してくれた創造者。

 

『許しておくれ、リディアよ………! リディアぁ………うぅ………っ!』

 

『先生、早く!』

 

『あ、ああ………』

 

 金髪の男性に腕を引っ張られ、〝お父さん”が部屋の外へと連れて行かれる。

 

 お父さんは、私の事をずっとリディアと呼んでいた。私はリディアではないのに。本物(オリジナル)のリディアは、もう天国に行ってしまったというのに。

 

 なのに、偽物()の事をずっとリディアと呼んだ。偽物だという事を知っている筈なのに、私を自分の娘だと決めつけていたのかもしれない。

 

 私が偽物のリディアだと認めれば、きっとお父さんの心は壊れる。私は心が壊れないように、お父さんの心を覆う鎧なんだ。

 

 でも、お父さんは私を置き去りにするつもりみたい。

 

 書類や実験器具がそのまま放置された部屋の中を見渡した私は、大きなビーカーのような装置を満たす培養液の中で瞼を瞑った。

 

 きっと、お父さんは帰って来ない。これから私はずっとこの装置の中で眠ることになるんだ。―――――だから、眠ってしまおう。眠れば夢を見ることも出来る。悪夢を見るのは嫌だけど………楽しい夢もあるかもしれない。

 

 今度は私が、孤独という敵に心を壊されないように鎧を作ろう。楽しい夢を鎧にして、ずっとここで眠り続けるのだ。

 

 眠ると、たまにお父さんと遊んでいる夢を見る。薬や薬草がいっぱい置かれた部屋の中を走り回る私を、若いお父さんが微笑みながら追いかけてくる夢だ。その夢が一番楽しい夢なんだけど、きっとその夢は私の夢じゃない。………本物(オリジナル)のリディアの記憶だ。

 

 ごめんね、リディア。もしかしたらまたあなたの夢を勝手に見てしまうかもしれない。

 

 でも、あの夢が一番楽しいの。だから――――――あの夢を見ても、許してね。

 

 

 

 

 

 

 

 トラップだと思われていた落とし穴の底にあった扉の向こうには、埃まみれの一本道が伸びていた。ダンジョンと言われているのだから迷宮のように複雑な通路でもあるのではないかと警戒していたのだが、俺たちが足を踏み入れた一本道にはトラップすら仕掛けられていない。

 

 念のため警戒しながらその通路を進み、トラップが全く仕掛けられていないただの通路だったことにがっかりしていた俺たちは、その奥に1つだけ鎮座していたボロボロのドアを蹴破り――――――そのドアの向こうの部屋をライトで照らしながら、絶句した。

 

「おいおい………」

 

 全く関係ない場所だから、とっとと上に上がって調査を続行しようと思っていたんだが、その〝全く関係ない場所”が大当たりであったと予測できるわけがない。

 

 埃まみれの机と、その上にずらりと並べられた実験器具。まるで何年も全く掃除をしていない理科室に足を踏み入れたような感じがする。

 

 テーブルの上に置かれたビーカーの中にはどろどろした気色悪い液体が入っていて、その隣のガラスの容器の中では何かの抜け殻のような物体が、膿を思わせる黄色い粘液の中に浮かんでいた。

 

 別のテーブルの上には分厚い本もあるし、実験の記録に使ったと思われるメモも見受けられる。きっとこの部屋の持ち主であるヴィクター・フランケンシュタインは、整理整頓を二の次にするような人物だったに違いない。

 

 だが、部屋の中に置かれている実験器具やテーブルは、演劇で例えるならば脇役に過ぎない。主役よりも少ないセリフと出番で演劇を盛り上げる者たちだ。

 

 この実験室の中にいる〝主役”は、一番奥に鎮座する巨大な装置の中に浮かんでいる存在だろう。

 

 すっかり錆びついた歯車の群れと、漆黒の血管のようなゴム製のチューブで繋がれた小さな試験管たち。その試験管から伸びるチューブの終着点は、まるでビーカーを巨大化させたようなデザインの、ガラスの柱のような巨大な容器だった。

 

 横倒しにすれば戦車の格納庫代わりにもできそうなほど巨大な容器の中には、緑色の液体が入っている。容器の上部からはまるで植物の根を思わせる細いチューブが伸びていて、その液体の中に浮かぶあるものへと接続されていた。

 

 その中身は、巨大な装置の中に入っている割にはあまりにも小さ過ぎる。

 

「旦那………も、もしかして、あれが………!」

 

「――――――最古の……ホムンクルス………」

 

 チューブが接続され、液体の中に浮遊していたのは、紫色の髪の幼い少女だった。チューブが後頭部に接続されているせいで容器の中心に固定されたまま、瞼を瞑っている。

 

 大昔の錬金術師が造り出したホムンクルスが、白骨化することなく残っていたことには驚愕するべきだろう。だが、拘束具を思わせる黒い服に覆われた彼女の腕や胴体はやはり痩せ細っていて、両足は太腿から下が切断されている。実験で切断されてしまったのだろうか?

 

「――――――ジェド・マロース(ドゥーヴァ)よりスネグーラチカへ。……さ、最古のホムンクルスを発見した」

 

『――――――では、急いで回収して脱出してください』

 

「了解」

 

 遺跡の上空を飛んでいるカサートカに連絡を入れたギュンターが、俺を見ながら頷いた。

 

 急いでこのお嬢ちゃんを回収して、家に戻ろう。もしこのお嬢ちゃんが生きているならば、早く治療して食事を与えた方が良いかもしれない。ホムンクルスは遺伝子を元にして造り出されるクローンのような存在であるため、人間と同じようなものを食べる。だから大昔に絶滅したサキュバスのように、人間と同じ物を食べても満腹にならないような体質ではない筈だ。

 

 あとで妻の手料理をご馳走してあげようと思いつつ、俺はUSPをホルスターに戻して左手の黒い革の手袋を取った。漆黒の手袋の中から姿を現したのは、変異を起こしてから常に硬化したままの状態になっている俺の左腕だ。

 

 子供たちは完全なキメラかもしれないが、俺は元々人間だった。人間から変異したのだから、不完全なキメラという事になる。

 

 その不完全な証である左手を握りしめた俺は、少女を幽閉している巨大なビーカーのような拳を睨みつけると、まるで主力戦車(MBT)の装甲のように堅牢な外殻で覆われた左手を、巨大なビーカーに叩き付けた。

 

 凍結した水溜りを踏み抜いたかのように、亀裂が刻まれると同時にガラスが砕け散る。埃だらけの部屋の中を舞う曇ったガラスの破片を、すかさず容器の中を満たしていた緑色の培養液が飲み込み、床へと叩き付けていく。

 

 刺激臭のする培養液を浴びながら、容器の中に幽閉されていた少女へと右手を伸ばす。尻尾を伸ばして彼女の後頭部に繋がっていたチューブを強引に切断し、両足のない幼い少女を受け止めた俺は、顔についた培養液を片手で拭いながら踵を返しつつ、少女の脈を確認する。

 

 どうやら、まだこのホムンクルスは生きているらしい。

 

「信じられん………1000年以上前のホムンクルスだぞ………?」

 

 俺の肩の上で、幼い少女が寝息を立てている。

 

 起こさないようにしながら連れて帰ろう。もしかしたら彼女は、楽しい夢を見ているかもしれないのだから。

 

 

 

 

 おまけ

 

 タクヤのニックネーム

 

タクヤ「そういえば、親父たちってロシア人みたいなニックネームがあるよな」

 

リキヤ「ああ。お前にもつけてやろうか?」

 

タクヤ「えっ?」

 

ギュンター「タクヤコフとか?」

 

リキヤ「コフだとギュンコフとかぶるだろ?」

 

シンヤ「タクヤスキー………これは僕とかぶるね」

 

タクヤ「い、いや、俺は………」

 

ギュンター「タクヤチョフはどうだ!?」

 

リキヤ「いいね! よろしく、同志タクヤチョフ!」

 

タクヤ「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 完

 

 


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