宿の前で鬼鮫さんが立っていた。
「やれやれ、漸く帰ってきましたか。……夜遅くまで遊んでいると、皆さん心配しますよ。」
「…あはは。そんな子供じゃないんだから。」
何だかお父さんのような事を言う鬼鮫さん。
「イタチさんと喧嘩でもしたんですか?」
イタチが言ったのかな?
じゃあもう帰ってきてるのかな。
「珍しく、かなり落ち込んでましたからね。」
「………そ、そう。」
「イタチさんは貴女の部屋で待ってますよ。早めに話をつける事をお勧めしますよ。」
鬼鮫さんに背中を押され、宿に入り、私の部屋の襖を開けると、窓から街を見下ろすイタチがいた。
「……ご、ごめんイタチ。……さっきは言い過ぎた。」
畳を踏み締めて、襖を閉じる。イタチは此方を一瞥してから再び視線を外に向けた。
「……気にするな。さっきも言った筈だ。サスケは俺にとって己の器を測る物差しだ。今はあいつにそれ以上の興味など無い。」
「………うん。」
やっぱりイタチの口からはさっきと同じ台詞しか出てこない。
「…………」
「…………」
「…………はあ。」
お互い沈黙していれば、イタチが小さく溜息をついた。
「………さっきはお前が聞いてきたな。今度はオレが聞いていいか?」
視線は相変わらず外に向いている。何だかイタチが私に視線を向ける事を躊躇っているように見えた。
「いいよ。」
「………何故……オレがサスケを気にかけている前提で話をする?……オレが何度否定しても、お前は前提を変えない。……ただの願望ならば、それを他人に投影するのはよした方がいい。………後で失望するだけだ。」
「……ふふ。」
何だそんな事か……
私が笑ったからか、イタチの視線が此方に向いた。
「そんなの貴方がお兄さんだからに決まってるよ。」
笑顔で答えれば、イタチが目を見開く。
「確かに私の願望かもしれないね。……だけど、貴方がとても優しい心の持ち主だって事を私は知ってる。」
彼とは一年だけしか知らない。だけど、何度も助けて貰ったし、敵も出来るだけ殺さない。私が殺す事に躊躇っている時は代わりに手を汚してくれる事もあった。…本人は否定するだろうけど。
「私はね、イタチ。貴方を信じてるから。」
サクラさんが教えてくれた言葉。……そうだ。兄さんを信じて戦ってきた今までと変わらない。それに気付いただけの事だ。
「何故、簡単に信じる事ができる?人は誰もが思い込みの中で生きている道化だ。……何度でも言うが、オレは同胞殺しのうちはイタチだ。お前が描いている理想の兄ではない。」
「……確かに私は貴方の過去は知らない。だけど、一つの事実はあるよ。…………今でもサスケ君は生きてる。それだけで十分じゃない。」
再びイタチは目を見開き、視線が下に落ちた。
「駄目だよ。目を逸らしちゃ。」
私は彼の頭を両手で優しく持って、視線を合わせる。
「目を逸らさないで、貴方は誰よりもサスケ君を愛してる。……その真実から逃げないで。」
ニコリと笑いかければ、イタチの目から雫が落ちた。
次々と溢れる雫にイタチが無言で再び俯く。
はあ、目を逸らすなって言ったのに………仕方ないね。
顔を隠して小さく震える頭をゆっくりと抱きしめた。
そうしてイタチが落ち着いたところで彼は立ち上がった。
「………コン。オレの…「いいよ。」……」
「鬼鮫さんは隣の部屋で待ってくれてるからね。あまり待たせる訳にもいかないよ。……また次に話してくれればいい。………だけど、これだけは言っておくよ。………ナルト君の事は貴方に任せる。信じてるから、イタチ。」
暫く私の目を見つめ、そのまま襖を開けて出ていった。
閉める最後の瞬間に「ああ」と短く答えてくれた。
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翌朝の早朝。
鬼鮫さんと宿の廊下で顔を合わす。
「昨日はちゃんと話をつけれたようですね。安心しましたよ。」
「よくイタチが気落ちしてたなんて、わかったね。最初にパッと見た時はあまり変わって無さそうに見えたのに。」
「まあ、お互い長い付き合いですからね。なんとなくわかるんですよ。」
「へえ、ちょっと羨ましい特技だね。」
「因みに貴女は非常にわかりやすいですよ。」
「もう!!余計なお世話だよ。」
「そうですか。これは失敬。」
鬼鮫さんがからかってくる。
「………何も聞いてこないのね。気にならないの?」
不自然に干渉して来ない事が気になり、聞いてみた。
「………知らない方がいい事も世の中にはある。」
絞り出すように鬼鮫さんが答える。
「それは仲間を殺さないといけない時に迷うから?」
鬼鮫さんが目を見開いて、すぐに閉じた。
「貴女も大概、人の心を見透かしてくる。……偶に恐ろしくも感じますね。」
「大丈夫だよ。きっと鬼鮫さんにも見つかるよ。……信念を貫ける場所が。……安心できる場所が。……信頼して背中を預けれる場所が。………それともイタチじゃ不満?」
私が笑って聞けば、鬼鮫さんも笑顔になる。
「貴女には敵わないですねぇ。」
「ふふ。」
「貴女の表情から察するに、貴女自身の悩みも多少は解消されたようで何より。」
「……うん。そうだね。」
「では、我々は今日にでもここから出ていきましょう。三忍の自来也様がいるようですからね。」
「何だ。気付いていたんだ。」
「……あまり私をみくびらないでください。」
「あはは。それはごめん。」
そうして2人は湯隠れの里から去っていった。