「藍。起きれる?」
体を揺さぶられて目がさめる。
「おはよう。」
「おはよう。お兄ちゃん。」
目覚めた私を見たお兄ちゃんは、酷く安心した顔をした。
何かあったのかな?
ぐうぅぅ〜
.....................え?
そういえば昨日から何も食べてないんだっけ?
じゃあ、今の音って私?
自覚した瞬間に顔に熱がこもる。寝ぼけていた頭は一気に覚醒した。せめてもの抵抗としてお兄ちゃんを睨みつけるけど、ニコニコと笑われるばかり。
ぐぬぬ。
「じゃあ、食料を探そうか。」
お兄ちゃんは手を差し出す。私はその手を取って立ち上がる。しかし、
「あれ?」
突如、視界がぶれて意識が遠のく。
「おっと。」
すかさずお兄ちゃんが支えてくれる。目眩も一瞬ですぐに治る。
「大丈夫?」
「うん。ちょっと立ち眩み。」
「じゃあ行くよ。」
私はお兄ちゃんに手を引かれて歩く。霧隠れの里は朝なのに霧が深く、薄暗い。
しばらく歩いていると、露店を見つけた。お兄ちゃんが露店に近付く。
「すみません。僕達お金が無くて、食べる物に困っているんです。残飯で構わないので、恵んでくれないでしょうか?」
「....................」
店主さんはまるで何も聞こえていないかのように、こちらに見向きもせずに沈黙している。
「あの「うるさい!」............」
お兄ちゃんがもう一度声をかけようとするが、店主さんの怒号に掻き消される。
「薄汚いクソガキが。お前らのようなのがいると、商売にならないんだよ!金無いならあっちに行け!」
それでもお兄ちゃんは土下座して頼み込む。
「お願いします。すぐにここから離れますから、何か恵んでください。」
「.....................」
店主さんは目を瞑り、溜息を吐くと、店から出てきた。その手に鉄パイプを持って。
「お前らのような奴らは、今日が初めてじゃないんだ。奴らも生きるのに必死だから、拒絶しても引き下がらねぇ。そんな時はどうすると思う?」
そう言うと店主さんは鉄パイプを振り上げた。
まずい!
私はお兄ちゃんに駆け寄り、腕を掴む。
「こうやって黙らせるんだよ!」
鉄パイプが振り下ろされる。
私はお兄ちゃんの腕を引っ張って起こす。
空振った鉄パイプは地面を深く抉る。
私はそのままお兄ちゃんの手を引っ張って逃げた。
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「はあ、はあ、はあ。」
「ごめん、藍。助かったよ。」
走ってなんとか逃げ切った私達は、小さな橋に来ていた。
「大丈夫。お兄ちゃんがぶ、」
再び視界がぶれて意識が遠のく。思わず地面に膝をついてしまった。
「はあ、はあ、はあ。」
「藍!どうしたの!?」
お兄ちゃんが呼びかけてくれる。でも、それに答える力がない。私は橋の親柱にもたれかかる。
息を整えると少し楽になる。
お兄ちゃんも安堵の表情を浮かべる。
「藍。少しここで待ってて。」
「うん。」
お兄ちゃんは少し悩む素ぶりを見せながら、走っていった。
たぶん、私を1人にするのが不安なんだろう。でも、今の私じゃお兄ちゃんの足手まといになる。それならいっそ、動けない私を連れて行くより、お兄ちゃんが食料を確保した方がいいかもしれない。それでも駄目なら、仕方ない。
立ち上がろうと思ったけど、足に力が入らない。たぶん、この小さな体で何も食べていないから限界が近いんだろう。
自分の事ながら他人事のように感じた。もしかしたら、今日死んじゃうのかな。
嫌だな〜。死にたくないよ。お兄ちゃんがいないと寂しいよ。
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僕は走る。藍はかなり衰弱している。早く栄養を補給しないと今日を越せない。霧隠れの里の人間に頼み込むのは、おそらく絶望的。今朝のように追い払われるのがオチだ。なら、どうする?
ある程度走ると、さっきとは別の店を見つけた。こっちの露店は野菜や果物を売っている。
頼み込むのが、無理なら盗むしかないか?あまりやりたくないけど。でも、やらないと藍が保たない。
幸いこっちの露店は後ろから忍び込み易そうだ。
僕は恐る恐る店の裏から侵入する。僕から1番近い林檎を狙う。
大丈夫。まだ誰も気付いてない。
徐々に林檎に近付く。
いける。あと一歩。
カランカランカラン。
「!?」
突如、鐘が鳴り響く。一瞬思考が停止するが、足に違和感を感じて確認する。
見ると足に糸が絡まっていた。その糸が鐘を鳴らしているようだ。
罠!?
店の人達が一気にこちらに向いて来る。僕を見つけた瞬間、鬼の形相になって怒鳴ってきた。
「このクソガキ!誰の商品盗もうとしてやがる!」
不味い!
僕はすぐに反転して逃げる。幸い糸は簡単に解けた。
クソ!やけに隙だらけだと思ったら、罠があったなんて。
路地裏に駆け込む。
「クソ!どこ行った!?探せ!」
数人の大人達が通り過ぎて行く。
「ふう〜。................!?」
気が抜けた瞬間、視界が揺れた。
やばい。僕もそろそろ限界かも。
けど、店を狙うのは無理だ。みんな対策している。きっと、僕達だけじゃないんだ。こんな事をするのは。
しばらく路地裏にいると雪が降り出してきた。
状況がどんどん悪化して行く。
フラフラな足取りで路地裏から出る。どうするか、考えがまとまらないまま街を歩くと、ゴミ捨て場が見えた。
そうだ。あそこなら。
僕はゴミ捨て場に近付く。少し待っていると、おじさんがゴミ袋をゴミ捨て場に捨てた。
僕はすぐにそれを漁ろうとするが、
『ワン!ワン!』
鳴き声が聞こえてきた。見ると犬がゴミを漁りにきたのか、僕を威嚇して来る。
心が悲鳴をあげる。
僕はその犬を蹴飛ばした。
ごめん!
『キャン!』
罪悪感で挫けそうになった。自分達が生き残るために、弱いものを蹴落とす。そんな行為に涙が出そうになった。
わかっている。彼も必死に生きているんだ。ほんの少しだけど、霧隠れの里を見てわかった。みんな貧しさに苦しんでいる。だから、この犬の気持ちもなんとなくわかってしまう。
でも、仕方ないんだ!
僕は自分にそう言い聞かせた。そうしないと今にも挫けそうになるから。藍のためにもここで折れるわけにはいかない。
そうしてゴミを漁っていると、
『グルルル』
さっきよりも幼い鳴き声が聞こえた。
僕は振り向いた。いや、振り向いてしまった。そして、その光景にショックを受けてしまった。
子犬だろうか?母親を守るように2匹が前に出て、威嚇してくる。
限界だ。
僕は悟ってしまった。涙が止まらない。心が折れてしまった。
彼、いや彼女は子供達のために食料を探していたんだ。僕達は母親を失い、父親を殺してしまった。こんなにも汚れた僕。
でもこの子達は、ちゃんと親子で支え合っている。それは、もう僕には絶対に手に入れれないものだ。それを今度は僕が奪ってしまうのか?
自分の妹を最優先に考えているのに、他人を心配してしまっている。僕はお兄さん失格だ。
ごめん、藍。ごめん。
僕は涙を流し続け、地面に蹲った。
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雪が降り始めて、しばらく。お兄ちゃんが橋に帰って来た。
お兄ちゃんは、出て行った時よりもボロボロになっていた。手には何も握られていなかった。
お兄ちゃんは私の顔を見て、小さく「ごめん」と呟いた。きっと何も取れなかったのが、後ろめたいのだろう。でも私はそんな事はどうでもよかった。
ただお兄ちゃんが私の所に帰って来た。それだけで良かった。
「おかえり。」
もうそれだけでいい。
「...........ただいま。」
お兄ちゃんが私の隣に座る。
「..........雪。降って来たね。」
「うん。でもお兄ちゃんが暖かいから寒くないよ。」
「僕も寒くないよ。明日はどうする?何かしたい事ある?」
地面に薄く積もった雪を眺める。
「........そうだな〜。雪遊びがしたいな。一緒に雪だるまを作るの。」
「僕は雪合戦がしたいな。きっと楽しいよ。」
「......うん、そうだね。」
視界がだんだんぼやけてくる。
「..........お兄ちゃん。私...........ちょっと眠たいかも。.........少しだけ、............少しだけ寝るから、.......このまま........このままここで一緒に..........」
「うん。僕はずっと一緒だよ。」
「........ありがとう、お兄ちゃん。」
そのまま瞼が閉じようとした時、
「くっくっく。哀れなガキだ。」