☆一輪の白い花   作:モン太

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温もり

「藍。起きれる?」

 

体を揺さぶられて目がさめる。

 

「おはよう。」

 

「おはよう。お兄ちゃん。」

 

目覚めた私を見たお兄ちゃんは、酷く安心した顔をした。

 

何かあったのかな?

 

ぐうぅぅ〜

 

.....................え?

 

そういえば昨日から何も食べてないんだっけ?

 

じゃあ、今の音って私?

 

自覚した瞬間に顔に熱がこもる。寝ぼけていた頭は一気に覚醒した。せめてもの抵抗としてお兄ちゃんを睨みつけるけど、ニコニコと笑われるばかり。

 

ぐぬぬ。

 

「じゃあ、食料を探そうか。」

 

お兄ちゃんは手を差し出す。私はその手を取って立ち上がる。しかし、

 

「あれ?」

 

突如、視界がぶれて意識が遠のく。

 

「おっと。」

 

すかさずお兄ちゃんが支えてくれる。目眩も一瞬ですぐに治る。

 

「大丈夫?」

 

「うん。ちょっと立ち眩み。」

 

「じゃあ行くよ。」

 

私はお兄ちゃんに手を引かれて歩く。霧隠れの里は朝なのに霧が深く、薄暗い。

 

しばらく歩いていると、露店を見つけた。お兄ちゃんが露店に近付く。

 

「すみません。僕達お金が無くて、食べる物に困っているんです。残飯で構わないので、恵んでくれないでしょうか?」

 

「....................」

 

店主さんはまるで何も聞こえていないかのように、こちらに見向きもせずに沈黙している。

 

「あの「うるさい!」............」

 

お兄ちゃんがもう一度声をかけようとするが、店主さんの怒号に掻き消される。

 

「薄汚いクソガキが。お前らのようなのがいると、商売にならないんだよ!金無いならあっちに行け!」

 

それでもお兄ちゃんは土下座して頼み込む。

 

「お願いします。すぐにここから離れますから、何か恵んでください。」

 

「.....................」

 

店主さんは目を瞑り、溜息を吐くと、店から出てきた。その手に鉄パイプを持って。

 

「お前らのような奴らは、今日が初めてじゃないんだ。奴らも生きるのに必死だから、拒絶しても引き下がらねぇ。そんな時はどうすると思う?」

 

そう言うと店主さんは鉄パイプを振り上げた。

 

まずい!

 

私はお兄ちゃんに駆け寄り、腕を掴む。

 

「こうやって黙らせるんだよ!」

 

鉄パイプが振り下ろされる。

 

私はお兄ちゃんの腕を引っ張って起こす。

 

空振った鉄パイプは地面を深く抉る。

 

私はそのままお兄ちゃんの手を引っ張って逃げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「はあ、はあ、はあ。」

 

「ごめん、藍。助かったよ。」

 

走ってなんとか逃げ切った私達は、小さな橋に来ていた。

 

「大丈夫。お兄ちゃんがぶ、」

 

再び視界がぶれて意識が遠のく。思わず地面に膝をついてしまった。

 

「はあ、はあ、はあ。」

 

「藍!どうしたの!?」

 

お兄ちゃんが呼びかけてくれる。でも、それに答える力がない。私は橋の親柱にもたれかかる。

 

息を整えると少し楽になる。

 

お兄ちゃんも安堵の表情を浮かべる。

 

「藍。少しここで待ってて。」

 

「うん。」

 

お兄ちゃんは少し悩む素ぶりを見せながら、走っていった。

 

たぶん、私を1人にするのが不安なんだろう。でも、今の私じゃお兄ちゃんの足手まといになる。それならいっそ、動けない私を連れて行くより、お兄ちゃんが食料を確保した方がいいかもしれない。それでも駄目なら、仕方ない。

 

立ち上がろうと思ったけど、足に力が入らない。たぶん、この小さな体で何も食べていないから限界が近いんだろう。

 

自分の事ながら他人事のように感じた。もしかしたら、今日死んじゃうのかな。

 

嫌だな〜。死にたくないよ。お兄ちゃんがいないと寂しいよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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僕は走る。藍はかなり衰弱している。早く栄養を補給しないと今日を越せない。霧隠れの里の人間に頼み込むのは、おそらく絶望的。今朝のように追い払われるのがオチだ。なら、どうする?

 

ある程度走ると、さっきとは別の店を見つけた。こっちの露店は野菜や果物を売っている。

 

頼み込むのが、無理なら盗むしかないか?あまりやりたくないけど。でも、やらないと藍が保たない。

 

幸いこっちの露店は後ろから忍び込み易そうだ。

 

僕は恐る恐る店の裏から侵入する。僕から1番近い林檎を狙う。

 

大丈夫。まだ誰も気付いてない。

 

徐々に林檎に近付く。

 

いける。あと一歩。

 

カランカランカラン。

 

「!?」

 

突如、鐘が鳴り響く。一瞬思考が停止するが、足に違和感を感じて確認する。

 

見ると足に糸が絡まっていた。その糸が鐘を鳴らしているようだ。

 

罠!?

 

店の人達が一気にこちらに向いて来る。僕を見つけた瞬間、鬼の形相になって怒鳴ってきた。

 

「このクソガキ!誰の商品盗もうとしてやがる!」

 

不味い!

 

僕はすぐに反転して逃げる。幸い糸は簡単に解けた。

 

クソ!やけに隙だらけだと思ったら、罠があったなんて。

 

路地裏に駆け込む。

 

「クソ!どこ行った!?探せ!」

 

数人の大人達が通り過ぎて行く。

 

「ふう〜。................!?」

 

気が抜けた瞬間、視界が揺れた。

 

やばい。僕もそろそろ限界かも。

 

けど、店を狙うのは無理だ。みんな対策している。きっと、僕達だけじゃないんだ。こんな事をするのは。

 

しばらく路地裏にいると雪が降り出してきた。

 

状況がどんどん悪化して行く。

 

フラフラな足取りで路地裏から出る。どうするか、考えがまとまらないまま街を歩くと、ゴミ捨て場が見えた。

 

そうだ。あそこなら。

 

僕はゴミ捨て場に近付く。少し待っていると、おじさんがゴミ袋をゴミ捨て場に捨てた。

 

僕はすぐにそれを漁ろうとするが、

 

『ワン!ワン!』

 

鳴き声が聞こえてきた。見ると犬がゴミを漁りにきたのか、僕を威嚇して来る。

 

心が悲鳴をあげる。

 

僕はその犬を蹴飛ばした。

 

ごめん!

 

『キャン!』

 

罪悪感で挫けそうになった。自分達が生き残るために、弱いものを蹴落とす。そんな行為に涙が出そうになった。

 

わかっている。彼も必死に生きているんだ。ほんの少しだけど、霧隠れの里を見てわかった。みんな貧しさに苦しんでいる。だから、この犬の気持ちもなんとなくわかってしまう。

 

でも、仕方ないんだ!

 

僕は自分にそう言い聞かせた。そうしないと今にも挫けそうになるから。藍のためにもここで折れるわけにはいかない。

 

そうしてゴミを漁っていると、

 

『グルルル』

 

さっきよりも幼い鳴き声が聞こえた。

 

僕は振り向いた。いや、振り向いてしまった。そして、その光景にショックを受けてしまった。

 

子犬だろうか?母親を守るように2匹が前に出て、威嚇してくる。

 

限界だ。

 

僕は悟ってしまった。涙が止まらない。心が折れてしまった。

 

彼、いや彼女は子供達のために食料を探していたんだ。僕達は母親を失い、父親を殺してしまった。こんなにも汚れた僕。

 

でもこの子達は、ちゃんと親子で支え合っている。それは、もう僕には絶対に手に入れれないものだ。それを今度は僕が奪ってしまうのか?

 

自分の妹を最優先に考えているのに、他人を心配してしまっている。僕はお兄さん失格だ。

 

ごめん、藍。ごめん。

 

僕は涙を流し続け、地面に蹲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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雪が降り始めて、しばらく。お兄ちゃんが橋に帰って来た。

 

お兄ちゃんは、出て行った時よりもボロボロになっていた。手には何も握られていなかった。

 

お兄ちゃんは私の顔を見て、小さく「ごめん」と呟いた。きっと何も取れなかったのが、後ろめたいのだろう。でも私はそんな事はどうでもよかった。

 

ただお兄ちゃんが私の所に帰って来た。それだけで良かった。

 

「おかえり。」

 

もうそれだけでいい。

 

「...........ただいま。」

 

お兄ちゃんが私の隣に座る。

 

「..........雪。降って来たね。」

 

「うん。でもお兄ちゃんが暖かいから寒くないよ。」

 

「僕も寒くないよ。明日はどうする?何かしたい事ある?」

 

地面に薄く積もった雪を眺める。

 

「........そうだな〜。雪遊びがしたいな。一緒に雪だるまを作るの。」

 

「僕は雪合戦がしたいな。きっと楽しいよ。」

 

「......うん、そうだね。」

 

視界がだんだんぼやけてくる。

 

「..........お兄ちゃん。私...........ちょっと眠たいかも。.........少しだけ、............少しだけ寝るから、.......このまま........このままここで一緒に..........」

 

「うん。僕はずっと一緒だよ。」

 

「........ありがとう、お兄ちゃん。」

 

そのまま瞼が閉じようとした時、

 

「くっくっく。哀れなガキだ。」


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