☆一輪の白い花   作:モン太

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迫害

パンッ パンッ

 

霧の濃い朝の村に響き渡る音。

 

「え?」

 

その声を出したのは、果たして藍か兄の白のどちらから出たのかわからなかった。2人には何が起こったのか、わからなかった。顔を叩かれて、その勢いで尻餅を付く2人。ヒリヒリ痛む頬を押さえて藍は顔を前に向けるとあらゆる感情で歪められた母親の顔があった。

 

怒り、憎悪、悲しみ、絶望、この時の藍にはその幼さ故、一部理解できなかった感情もあっただが、幼い彼女でも一際わかる感情があった。

 

それは恐怖。

藍は初めて見る母親の顔にただただ呆然していた。

 

(あれ?お母さんに水の手品を見せて喜ばせようとしたのになんで叩かれたの?)

 

どうして?

 

どうして?

 

どうして?

 

藍の中で感情がぐるぐるまわる。未だに心ここに在らずといった彼女をよそに、母親は2人を怒鳴りつけた。

 

「何をやっているのよ!このっ」

 

母親は再び藍達を殴ろうとして、顔をハッとさせ、直後涙で顔を濡らして2人を抱きしめた。

 

「ごめんね。...ごめんね。...ごめんね。...」

 

母親は2人を抱きながら、しばらくの間ずっと謝り続けた。2人は状況に追い付けず、未だに放心していたが、徐々に目に涙がこみ上げてくる。

 

「うわああぁぁぁぁぁん。」

 

怒り、悲しみ、恐怖。様々な感情がグチャグチャに混ざり泣き叫んだ。

 

その様を遠くから見つめている1人の男がいる事を知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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それから家に入った私達は、お母さんから色々と話を聞いた。

 

この村での掟。力を見せたら迫害される事。お母さんも力を隠している事。全てを理解する事はできなかったけど、力を隠せばいいって事はわかった。

 

その後はいつも通りの生活。今日は少しお父さんの帰りが遅かったけど、家族みんなでご飯を食べて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「きゃああああああ!」

 

そんな声と共に目覚めた。起き上がってみると僕の隣の布団が血に塗れていた。

 

「え?」

 

僕の後ろから、戸惑いの声があがる。どうやら藍も目が覚めたようだ。赤い布団には、昨日まで元気だったお母さんだった物があった。

 

そして、それを囲むように手に鎌を持っているお父さん。その周りにいる近所のおじさんやおばさん。皆、その目をギラつかせて僕達を見つめていた。

 

「..............お、お前達が悪いんだ。お前達のような奴らがいるから、争いが絶えない。」

 

頭が真っ白になった。何が起きている?

 

わけがわからなかった。でも、命の危機が迫っている事はわかった。

 

僕は体が硬直してしまっている妹を抱えて、後ずさる。

 

ふと、昨日のお母さんの話を思い出した。そして悟る。すでに僕達はこの村の一員では無いことに。僕達はこの村にとって外敵である事に。

 

僕達を囲む何人もの大人達。かたや何の力も持っていない2人の子供。

 

僕達ここで殺されるのかな?

 

まるで他人事のように感じた。それほどまでに追い詰められている事がわかった。

 

でも、藍はどうする?藍も殺されてしまうのか?

 

お父さんは鎌を振り上げる。

 

「これで化け物は居なくなる。」

 

その目はもう家族に向ける暖かさはなかった。

 

嫌だ、嫌だ!藍は、藍だけは守りたい!

 

焦燥で全身の感覚が無くなる。脂汗を流しながら、ガタガタと震える。どれだけ思考しても助かる方法がわからない。

 

「死ね。」

 

鎌が振り下ろされる。それはやけに遅く感じた。まるで時間が圧縮されたような感じだ。

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 

「うわああああああああ!」

 

恐怖に耐えられなかった僕は、絶叫と共に意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何が起きたのか、理解できなかった。立て続けに変化する情況に頭が追いつかなかった。気がつけば、私の目の前には巨大な氷の結晶ができていた。それに貫かれて、絶命している大人達。氷の棘は家の屋根や壁も貫き、家を倒壊させていた。

 

お兄ちゃんは気を失ってしまった。

 

1人取り残された私。不安にかられてお兄ちゃんを揺する。

 

「う、うん」

 

お兄ちゃんはすぐに目覚める。お兄ちゃんは目の前の光景に呆然となるが、すぐに私に振り向く。

 

「立てる?」

 

「....................」

 

私は恐怖からか、声が出せなかった。でも、なんとか頷く事はできた。

 

「じゃあ走るよ。」

 

私はお兄ちゃんに手を引かれて走る。裸足で駆け抜ける村はとても冷たく、体を芯から冷やしていく。

 

「はあ、はあ、はあ。」

 

村から抜け、林に入る。木の枝が足に刺さって血が出る。

 

痛みに足が縺れ、躓いてこけてしまう。

 

「痛いよ〜。」

 

血が流れる足を見て、へたり込んでしまう。

 

お父さんに殺されかけ、昨日まで優しかった村の人々が憎悪の視線で見つめてくる。そんな情況で走る気力も体力も尽きてしまった。

 

涙が溢れてくる。

 

「............うぐ、えぐ。」

 

とにかく泣いた。顔を涙と泥でグチャグチャにしながら泣いた。

 

「!?」

 

すると体が軽くなったと思ったら、お兄ちゃんに背負われていた。

 

「しっかり、掴まってて!」

 

お兄ちゃんは、私を背負っている事を感じさせない速度で林を駆け抜けていく。

 

「は、疾い..............」

 

やっぱりお兄ちゃんの背中は暖かくて、安心する。

 

気が抜けた私は、一気に睡魔に襲われ意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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林を抜けた先、霧隠れの里についた。空は既に太陽が沈んで暗くなっていた。朝に襲われて、ほぼ半日走り続けた事になる。普段はこんなにも力は出ないのに、今日は藍を背負っても力が漲ってくる。

 

ここまで来れば、村の人間も追っては来ないだろう。何せ忍びが沢山いる場所だから。何よりも力を恐れている人々には、忍びの隠れ里に進んで入る者はいないだろう。

 

でも、裏を返せば僕達にとっても必ずしも安全とは言えない場所だ。

 

とりあえず、人目につかない場所に移動しなきゃ。

 

僕達は街の路地裏に入り、腰掛ける。

 

「ん、うぅ。」

 

「目が覚めた?」

 

藍は薄く目を開け、周りを見渡す。

 

「ここは?」

 

「霧隠れの里だよ。」

 

それを聞いた藍は目を見開く。

 

「それって、前に行ったらダメって言われてた所だよね?」

 

「うん。でも、ここなら追って来れないでしょ。」

 

藍はこくんと頷く。

 

僕は藍を下ろす。

 

藍は力なく座り込む。相当疲れたのだろう。肉体的にも精神的にも。だが、それ以上に朝から何も食べていない。僕達の体は大人達のように大きくは無いから、長時間の絶食は命の危険があるはず。ましてや朝から動きっぱなしだ。

 

だけど、もう夜。今から食料を探して歩き回るのは危険。僕1人で探しには行けるけど、藍を残す訳にもいかない。

 

仕方ない。明日の朝まではじっとしておこう。

 

僕は藍を抱きしめて夜を明かした。


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