『弱め』な大黒柱   作:レスト00

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読者の皆様お久しぶりです。
最近評価バーに色が付いて、大変嬉しく思う作者です。
低評価でも高評価でもしっかり読んでくださる人がいると思うと、とても嬉しいですね。

では本編どうぞ。


始まり

 

 

 久方ぶりに彼は体調を崩していた。

 その日は朝から分厚い雲から少なくない量の雨が降っており、絶え間無い強い雨音が室内であっても響いてくる。

 そんな雨の中、高校生になった二人の娘が戦車道の試合を行っているというのも、ある意味で彼の心労となっていたのかもしれない。

 

「……大丈夫……大丈夫」

 

 願うように、言い聞かせるように、彼はそう口にする。

 西住家に置いて、彼の私室となっている和室で、彼は床につきながらも彼女たちのことを想っていた。

 優れない体調は、彼の頭を茹だらせ、意識もボンヤリとさせる。高くはないが低くもない体温が華奢な肉体から、もともと少ない体力をさらに削り取っていく。

 生涯において、幾度も経験してきたその感覚に慣れることはないのだろうと、彼はどこか諦めにも似たことを頭のどこかで考えていた。

 

「失礼します」

 

 そんな中、一声かけてから襖を開けて入って来たのは、女中である菊代であった。

 

「お水とお食事をお持ちしました」

 

 そう言ってから、彼の横たわる布団の傍にそれが乗ったお盆を置き、控えるように腰を下げる彼女は一緒に持ってきた御絞りで彼の顔の汗を拭い始める。

 流石に体全てを拭くには、御絞りでは小さすぎるため顔と首周りだけとなる。だが、それでも先程まで発熱による汗による不快感が酷かったため、一部とは言えそれがなくなった彼は自然と表情筋を緩めていた。

 

「お食事を終えてから、体の方を拭きますね」

 

 熱でぼんやりとする頭が、ゆっくりとその言葉を理解する。そして、気が付けば彼は菊代に支えられながらも敷布団と体の間に差し込むようにして置かれた座椅子に、上半身を預けるようにして座っていた。

 

「人肌に冷ましています。口を開けてください」

 

 彼から見て右手側に座る彼女は、自身の膝に彼の手を置くとお盆の上のお椀とスプーンに手を伸ばす。

 そのお椀の中には、様々な食材を煮込むことで多くの栄養素を抽出した出汁から作られたお粥――――の上積みである重湯が注がれていた。

 調子の良い時でもあまり固形物を食べるのが得意ではない彼にとって、伏せっている時に口にするのは大体これなのだ。

 

「――――っん」

 

 スプーンによって口に運ばれた糊状の液体は、生憎と発熱によって薄くなっている味覚ではあまり味も感じることができなかったが、確かに身体にじんわりと広がっていく何かを伝えてくる。

 口に含んだ重湯を飲み終えると、次の一口を催促するために彼は右手の指を上下に動かし、指先で菊代の膝を少しだけ叩く。そして、先ほどと同じように菊代は重湯をスプーンで彼の口に運ぶ。

 もう幾度も行ってきたそのやりとりは三十分ほどで終わりを迎える。

 元々食事量の少ない彼にとっては、お椀一杯でも空腹を満たすには十分なのだ。

 

「奥様達はもうこちらに帰ってきていると連絡がありました。もう二、三時間もすれば帰ってきますよ」

 

 そう言われたのは、汗びたしになった寝巻きである着流しと布団を交換し、彼の体を吹き終わってからであった。

 不快感が文字通り拭われ、そしてある程度の満腹感により再び眠気を感じていた彼にとって、それは子守唄のような安心感を覚えさせる。そして先ほどよりも、穏やかな寝息を彼が立て始めるのに、時間を費やすことはほとんどなかった。

 

 

 

 ふと目が覚めた。

 うるさい程に地面を叩いていた雨音は弱くなり、今は静けさを際立たせるアクセント程度になっている。

 

「……っ」

 

 長年の病床生活で身に付いた感覚で、熱が引いていることを確信した彼は、ふわふわしているがどこか重い体を起こす。

 すると、昼間であれば遠くで聞こえる足音が聞こえないことから、今が夜であることを察した彼は、再び寝汗で濡れた体を拭くのは明日になるのかと考える。

 

「――――え?」

 

 そこまで考えて、再び寝転がろうとする前に、その声が彼の耳に届いた。

 布団から這い出ると、そのまま四つん這いの状態で部屋と縁側をしきる障子に近付き手を掛ける。

 ゆっくりと開かれていく障子。その隙間が大きくなればなる程その声は大きくなって彼の耳朶を打つ。病み上がりで、動かしづらい身体にやきもきしながらも彼は乾いている喉を震わせ、声をかけた。

 

「みほ?」

 

「っ、お、とう、さ……ん?」

 

 先程まで聞こえていた声――――しゃくり上げながら、何かを抑えるようにしながらも漏れてしまう泣き声の主である西住みほがそこにはいた。

 

「起きて、だい、じょうぶ、なの?」

 

 湿った声が途切れ途切れに耳に入ってくる。

 逆に問い返したいくらいに弱々しいその声に、彼は反射的にそっとみほの頬に手を伸ばしていた。

 

「どうしたの?」

 

 自然と声が零れる。

 みほはその言葉と、泣いたおかげで熱っぽかった頬に添えられた冷たい父親の手の感触を意識させられる。

 その感触は、ぐちゃぐちゃになっていた心に入り込んでくるようで、凝り固まった気持ちを解すようで、表情をくしゃくしゃにしてしまうには十分なものであった。

 

「わかんない…………私には、なにがよかったかなんて、わからないよぅ」

 

 それだけを口にして、みほは父親に縋るように抱きついていた。

 いつの間にか、自身よりも大きくなっている我が子に抱きつかれ、体重を支えることもできずに押し倒されてしまう彼。

 それを内心で「情けないなぁ、男親なのに」とか思いつつ、自分の身体に顔を埋める娘の頭を撫でてやることしかできずにいた。

 

「それで一体、なにがあったのかな?」

 

 一頻り泣いたあと、深夜ということから部屋の灯りは点けずに、いつの間にか雨も止み、雲から顔を出していた月の光のある縁側でいつもの座椅子に座ってから、彼はみほに声をかけた。

 

「……お父さん、勝つ以上に大切なことって無いのかな?」

 

 幼い頃のように、座った彼の膝に頭を寄せながら横になっていたみほはそう訪ねてから説明を始めた。

 要点を纏めるとこうだ。

 本日――――と言っても時間帯的には昨日のことになるが、みほとまほの二人は全国戦車道大会の高校生大会に出ていた。しかもその試合は決勝戦であり、二人の所属する黒森峰学園の十連覇がかかった試合でもあった。

 試合はこれまでのトーナメントの試合と同じで、二人は手堅く、そして力強く試合を進めていた。

 しかし、試合の途中で事故が起きる。

 朝からひどく降り続ける雨により地盤がゆるみ、みほが率いていた小隊の戦車の内の一両が川に転落したのだ。

 川は雨により勢いも水かさも普通の川とは思えない程であったらしく、戦車ですら沈んでしまうものであった。

 そしてフラッグ車の車長をしていたみほはその時一も二もなく川に飛び込み、戦車に乗っていたチームメイトを救出する。

 ここまでであれば、西住みほは人として正しいことをしたと言える。だが、戦車道における西住流として、チームのフラッグ車を預かる車長として、それが正しい行動であったかは、別なのである。

 長時間、車長を欠いたフラッグ車は敵車両の良い的になってしまい、その結果敵の攻撃によりフラッグ車は大破認定。白い旗が掲げられ、黒森峰の敗北が決定した瞬間であった。

 

「――――試合の後にチームの皆もお母さんも、私が間違っていたって、あの時試合を優先すべきだったって…………私は間違ったの?」

 

 普段であれば絶対にしない、告げ口のような言葉をみほは言う。それだけ、彼女は追い詰められていた。

 

「…………みほ、こちらを向いて」

 

 それまで静かに聞いていた彼は、髪を梳くようにして頭を撫でていた手を止め、横になっていたみほを座らせる。

 そして、かつて自身の伴侶である女性にしたように、そうすることが自然なようにみほの頭を彼は自身の胸に抱くように導いてやった。

 

「聞こえる?感じる?きっと、僕のこの音は普通の人よりも小さいし、弱々しいと思う」

 

 みほは彼の胸の中でその音を確かに聞いていた。一定のリズムで刻まれるその躍動を。確かに感じていた。そこから感じる力強いと言えないが、自己主張を続ける振動を。

 

「みほは今日、確かにこれを救ったんだよ?それは僕にはきっとできないことだ」

 

 そのことを「仕方ない」という言葉で片付けてしまうのは簡単だ。だが、それでも何か人の役に立ちたいと思い、始めた作曲という彼の仕事。それは確かに誰かの心を助けることはあったかもしれない。だが、彼が直接的、物理的に誰かを危険から救う事は決してできないのだ。そんなことをすれば命を落とすのは彼の方なのだから。

 しかし、その彼ができないことを腕の中にいる少女は成し遂げた。

 

「みほ、間違うことは悪いことじゃない。それに間違ったとしてもそれ以上に正しいことをしたと自分で胸を張ることができるのであれば、それは誇るべきことだ」

 

「でも…………」

 

「…………黒森峰で戦車道を続けるのは怖いか」

 

 口篭った娘の反応から彼は察する。

 単純に考えて、今回の問題は人としての道徳的な正しさを取るか、選手と西住流の正しさを取るかの問題なのだ。

 そして、黒森峰は良くも悪くも西住流に染まりきった戦車道をする学校だ。言葉ではっきりと口にしたわけではないが、今回のみほの行動は高校生チームという一つのコミュニティの方針を曲げるものであった。その中で、これまで通り戦車道を続けていくとなると、みほはそのチームの方針を正面から否定するか、若しくは自分が間違ったことを受け入れなければならない。

 

(それはひどく残酷だな)

 

 彼は想像する。

 黒森峰のチームメイトの前で、人を助けたことを謝る娘の姿を。そして、それを助けたチームメイトの前で行い、お互いに傷つけ合ってしまう女の子達の心を。

 腕の中で、怯える我が子は父親からの質問にゆっくりと頷いた。

 

「………………」

 

 雨上がりから間もないためか、虫の声もない静かすぎる夜。

 耳が痛くなりそうなその沈黙の中で、彼はみほの頭を開放してやる。

 そして、何を考え、どういう結論に至ったのかは定かではないが、彼はこう切り出した。

 

「みほ……一緒に家出しよう」

 

 

 

 

 




てなわけで、取り敢えずテレビシリーズ全てというわけにはいきませんが、少なくとも家族の和解までは文章化しようかなと思って書きました。
何話かかるかは正直わかりませんが…………

あと、蛇足的な内容ですが、ガルパンのキャラに限らず他作品のキャラの父親が『彼』であったらどうなるかを考えていたりするので、その内文章化するかもしれません。
「ファフナー」とか「型月系」、「ガンダムシリーズ」を少し考えていたりします。こちらの方は載せるかどうか検討中です。

次回も更新頑張ります。

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