更新します。
色々と展開も考えましたが、さっくり行きます。
今回の話ですが、身体の不自由な人が不快になる表現があるかもしれませんが、作者にそう言った意図があると言うことは決してありません。
では本編どうぞ
「私と結婚してください」
ある休日の昼下がり。
日当たりの良い自室の部屋で昼食後のお茶を飲んでいた彼に、西住しほはそう言った。
「…………………………え?」
目をパチクリさせる。
普段からおっとりしている彼の頭は、彼女のその言葉――――プロポーズを上手く理解できないでいた。
「私、西住しほは貴方のことを愛しています」
どこまでも真っ直ぐに、正面からぶつかるように言葉を続ける。
それは彼女の家、西住家における戦車道の教え。『撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し、鉄の掟、鋼の心』を地で行くようである。
どこか自信満々に言い切る彼女の姿は、威風堂々という言葉がよく似合う。もちろん、それは外側だけの話であるが。
内心で彼女は緊張のピークであった。
そもそも彼女がプロポーズに踏み切ったのは、彼の人脈が以前にもまして広くなっていっていることに焦りを覚えたからだ。
それ自体は寧ろ、喜ぶべきことだ。だが、それに付随するようにして、彼を知る女性が増えていく。
作曲の仕事では、彼の所属する事務所のアイドルや女性歌手が歌のために彼とマンツーマンで話すことも少なくない。そして、プライベートでは戦車道の試合を見に行き、何故か高確率で色んな選手と仲良くなって帰っていくのだ。
念を押すが、彼の交友が広がっていくこと自体はしほにとっても嬉しいことだ。だが、自分よりも年上であり、そろそろ三十路になりそうな見た目中学生な彼はそう言った意味でもいつ結婚してもおかしくない。
それに気付いたとき、彼女は彼の隣に自分以外の誰かがいることを想像した。
それは酷く不愉快だった。それと同時に酷く怖かった。
そうなってしまえば、自分と彼は疎遠になってしまうのではないのかと。
その考えに至ると、彼女の思考は一直線である結論に至る。
“プロポーズしよう”
未だに告白すらしたことのない彼女の思考は中々にブッ飛んでいた。それほどに焦っていたといえば、わからないでもないが。
「「………………」」
沈黙が支配する部屋。
しほはプロポーズ兼告白の言葉を言ってから、じっと彼を見つめている。それは例え、結果的に拒絶されるのだとしても、正面から砕かれたいという彼女なりの意地の現れである。
だから、彼の異変にすぐに気付くことができたのは当然であった。
「結婚…………結婚…………結婚………」
少し俯くようにしていたため、彼の表情は髪に隠れ、しほからは見ることができないでいた。だが、彼が何度も同じ単語を呟き、それが繰り返されるたびに彼の体が震えだしていくのは聞いて、見て、気付く。
「大丈――――」
「ひっ」
その彼の様子が明らかにおかしく、これまで見たことのない反応であったために肩に手を起き言葉をかけようとするしほ。
だがそれは引き攣るような短い悲鳴と、その細腕からは考えられないほどの力で払われた腕により、最後まで言い切ることができなかった。
「え?」
「ぁ、う、あぁ」
お互いに信じられないものを見たという表情で見つめ合う。
しかし、その沈黙は長くは続かない。
数秒前の自分が何をしたのかを理解したのか、彼の顔から血の気が引いていくのが見て取れる。
いつもよりも明らかに大丈夫ではない顔色のせいか、それともこれ以上は耐えられないと判断した体のせいか、彼はそのまま、倒れるように気絶した。
「え、ぁ、つ、紬さん!」
その彼の反応に傷つくべきなのか、泣くべきなのか、頭が判断を下す前にしほは彼の母親の名前を大声で呼んでいた。
「しほちゃん、何があったのかしら?」
彼の行きつけの病院。その中で経営している小さな喫茶店のボックス席。そこで向かい合うようにしほと彼の母親である紬は座っている。
今、彼の検査結果が出るまで待つために、そこで何があったのかを紬はしほに問いただそうとしていた。
「…………その……」
「言いづらいこと?」
紬の声に咎めるような響きはない。どちらかといえば、強引に聞き出すことで相手を傷つけてしまわないかという戸惑いの方が強い。
それを感じたしほはこの親にしてあの子ありと、どこか場違いな事を思う。それと同時に目の前の女性に内容を言わないことを後ろめたく感じてしまい、しほは少し重くなった口を強引に動かし始めた。
「彼に……あの人に告白を…………プロポーズをしました」
「…………まぁ」
それをした時の潔さはどこに行ったのか。そんな疑問が出てくるほどに弱々しい声だった。
一方でそれを言われた紬の方は少し驚いた表情をしたあとに、納得したような表情に変わり一言声を漏らす。
お互いに気心知れた仲とまでは言わないが、それなりに親しい付き合いをしていたこの二人。それでも、しほは今回の彼の体調の悪化の原因が自分であるという事実は後ろめたかった為、目の前の母親からどんな叱責の言葉を投げつけられるのかと怯えていた。
「それは、なんというか……驚かせてしまったかしら?」
「……はい?」
その言い方に違和感を抱いたしほは間抜けな声を漏らす。
紬は少し困ったような、それでいてどこか悲しそうな笑顔で言葉を続ける。
「あの子もしほさんの事はきっと好きなのよ?でも恋人以上の、夫婦という関係にあの子は怖がったの」
しほの言葉から何を確信したのか、紬はどこかハッキリと断定するように言葉を口にしていく。
「怖がる?」
「そう……例えばの話で、あの子が子供を成すとしてその子供があの子と同じように体の弱い子になる可能性はどの位あると思うかしら?」
「そ、れは……」
咄嗟に答えることはできない。何故ならしほは医者ではないし、いくら介護関係の知識がある程度一般人と比べて多いとは言え、専門的な遺伝については知るはずもない。
そのしほをやはり悲しそうな笑顔で見る紬は話す。
「それにあのこと一緒になることで、きっとその女性は色々と諦めることになる。それだけ自分の身体が……自分という存在が重荷になることをあの子はキチンと理解しているのよ」
「……まさか」
そこまで話した紬の言葉にしほはあることを察する。それに頷いてから、彼女は口を開く。
「それをあの子はあの時からずっと気にして、酷い時はそれ関係の夢も見ていたようよ。よく相談もされたわ」
「そ、んな」
しほは絶句する。
普段、しほは彼と接するときにそんな素振りを全く感じていなかった。だが、だからこそしほはプロポーズの言葉を彼に送ったのだ。
そして今、しほは後悔した。――――してしまった。彼が色々な事を考え、気にしていたと言うのに、自分は何処まで自分本位であったのかと。
沈んでいく気持ちを表すように、しほは自然と俯いてしまう。
いつの間にか運ばれていた、注文していたコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
「しほちゃん」
数分続いた沈黙を破ったのは紬の呼びかけるような言葉であった。
「あの子がその事を気にし始めたのは、貴女と出会ってからなのよ」
「……え?」
その言葉を理解するのに数秒を使った。
「あの子が自分の部屋から外の世界に目を向けるようになったキッカケは、間違いなくあなたなのよ。そして、今日まであの子が前向きに生きてこられたのも貴女のおかげ」
「そんな、私は」
「…………あの子に対する後ろめたさなら私も持っているのよ?」
その突然のカミングアウトにしほは目を丸くする。
彼女が知っている範囲で、紬という女性は母親としては理想以上に立派な人だとしほは思っていたのだ。そんな彼女の反応が面白かったのか、少しだけ表情を柔らかくして彼女はその心境を吐露していく。
「私も幼い頃……というよりも結婚するまでは少しだけ病弱だった。そして、結婚して、あの子を産んで、そして医者にあの子の身体の事を聞いたときはみっともなく泣いて、旦那に縋ったわ」
「……後悔はしなかったのですか?」
「それはないわね」
即答かつ断言。再びしほは目を丸くする。
「それ以上に愛しくなったから。自分の愛情を全部あげるようにあの子の世話をして、私も少しずつ元気になったし、後悔もない。悲しみよりも今その時生きていてくれるあの子に感謝しているくらい」
その言葉がしほの中にすとんと落ちる。
先程までのどこか悲しい笑顔ではなく、誇るように、照れるように、満たされているような笑顔に同性ということを忘れ、しほは見惚れる。
その溢れ出す母性というものに、しほは憧れに似た感情を抱いた。
「しほちゃん、あの子は変なところで遠慮がちだからしっかりと自分の想いをぶつけてあげて。きっと勘違いしているはずだから」
「?」
「だって、あの子は“誰にも迷惑をかけずに生きられる生き方”があると思い違いをしているはずだから」
「あ」
「あの子のこと、お願いね?」
そう言うと、憑き物の落ちたような表情を浮かべたしほは「失礼します」と一礼してから喫茶店をあとにする。
それを微笑ましく想いながら、紬はちょうど放送で流れた呼び出しに従い、彼の主治医のいる部屋に向かうのであった。
しほは早足である一室の前に向かう。
彼の定位置に近い病室。今回も検査が始まる前に、彼の主治医がこの部屋を使用することを言っていたために迷うことなくその場所に到着する。
その扉の前で、しほは少し乱れた呼吸を整える為に二度三度と深呼吸。
そして、整うと同時に扉をノックする。
「どうぞ」
意外なことに部屋の中からは彼の声。どうやら検査中か若しくは検査後に目を覚ましていたらしい。
「失礼します」
しほは断りを入れて入室する。
その時、しほはベッドで半身を起こしている彼の身体がビクリと震えたのが見えた。その事に思うことがないといえば嘘になる。寧ろ、少し傷ついたくらいだが、これぐらいでへこたれる訳にはいかないと喝を入れ、しほはベッドの横に立つ。
「しほ、さん?」
「紬さんから聞きました」
「っ」
先ほどよりも大きく彼の身体が揺れる。そしてもうほとんど見えていない目がしほの方に向けられる。
その彼の表情は筆舌に尽くしがたいものであった。だが、一つだけ言えるのであれば、間違いなく今の彼は怯えていた。
「え?」
「貴方は本当に優しくて、馬鹿ですね」
だから、ふわりと自分を包むような暖かさと感触、そして女性特有の甘い香りが彼の思考を停止させる。
「怖いのはあなただけではないのですよ?」
しほはうるさい程に自己主張してくる心臓の鼓動を彼にも聞こえるように、自身の胸で受け止めるように彼の頭を抱き込む。
「貴方がいなくなってしまうのが怖い。自分が選ばれないかもしれないのが怖い。貴方と一緒に入れなくなるのが怖い。でもそれ以上に、自分の気持ちを知ってもらえないのが怖い」
今、自分の顔は酷く赤いだろうなとのぼせ気味の頭がそう思う。
「一人にならないで欲しい。貴方のために背負う物があるのであれば、それを背負うのは私でないと嫌なのです。だから貴方の本心を聞かせてください」
そう言って少しだけ腕の力を緩めて、自分の胸に顔を埋める体勢の彼を見る。そこには、十数分前の彼女と同じく、俯き気味の彼の後頭部が見えた。
「…………僕は」
「はい」
「僕は、きっと貴方よりも先に死んでしまう」
「その時までずっと傍にいます。その瞬間まできっと私は幸せです」
「僕は、子供に重荷を背負わせてしまうかもしれない」
「一緒に背負いましょう。その為に私は貴方といたいのです」
「僕は、貴方に迷惑をかけてしまう」
「私も貴方を困らせることをきっとしてしまいます。同じ人間ですから」
「僕は…………」
「はい」
淀みなく喋っていた彼の言葉がつまり、少しだけ震え始める。
「僕は…………」
胸のあたりに湿り気を感じる。それが何故か確かめるまでもない。彼は自分で顔を上げてしほに向き合う。その量の瞳からは大粒の涙が幾重も流れていたのだから。
「ぼ、くは……貴女が、好きです……しほさん」
「私も愛しています」
子供のように顔をクシャクシャにして彼は泣き始める。
それは確かに歓喜の涙であった。だが、それは彼の背負う物が減ったというわけではない。寧ろ背負う物は増えただろう。
だが、寄り添いあう人は重荷以上に、確かな支えになる。それをお互いの体温と感触で確かめ合う二人であった。
てな感じでした。
主人公の母親の名前ですが、紬(つむぎ)にしました。
アニメ本編の方を書くかどうかは考え中です。しほと主人公のイチャイチャを書くかも考え中です。
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