まぁ、今では取り敢えず劇場版までの構想を考えたりしてますが。
では本編どうぞ
しとしとと雨が降る。
湿った空気は閉じられているはずの窓に関係なく、部屋の中にも入ってくる。
空気がまだ暖かいために不快感があるが、それも見なくても感じることができる季節感であると思いながら、彼は自室の座椅子に座り何をするでもなく雨音に耳を傾けていた。
それは黒森峰が決勝戦で敗北した試合から、まだ数日と経っていない日の夜のことである。
「……入ってもいいよ。まだ起きているから」
雨音の演奏を聞きながら、彼は静かに口を開いた。
すると、部屋の廊下側の麩が静かに横に動く。果たしてそこにいたのは、寝巻きである浴衣を着て、肩に薄手の上着を羽織ったしほであった。
「…………貴方」
「うん」
部屋に入り、座椅子の隣に座った彼女は、いつもとかけ離れた弱々しい声を零し始める。
「……私は、みほに……人の命を救ったあの子に…………その行為は間違っていると言ってしまった」
「うん」
「親として、あの子が真っ直ぐに育ってくれたことを褒めてあげたい」
「うん」
「でも…………それが、できない」
「………………」
「私は、親として、最低です」
身を切るように、彼女は語る。
自身の心の内を。
それは懺悔であり、自分自身を責め立てる断罪の言葉であった。
「今すぐ、あの子のところに行って謝ってあげたい。抱きしめてあげたい。あの子はきっと傷ついているから」
「うん」
言葉を吐き出しているうち、いつの間にか彼女は座っている彼の膝に顔を埋めるように頭を垂れていた。
そして、悲しくて、悔しくて、たまらなくて、彼女の瞳から溢れ出した雫が彼の膝を濡らす。
「…………ごめんなさい……ごめんなさい、みほ」
「……うん」
相槌を打ちながら、彼は膝に感じる重みに手を伸ばし、ゆっくりと梳くように彼女の頭に手を添える。
「……今はゆっくり休んで」
「あ、なた……」
喋りにくい程に感情が抑えきれないのか、彼女からの返事は短いものであった。
「……いっぱい泣いて、いっぱい後悔して、いっぱい悩んで、それから謝ろう?」
「…………っ」
膝に伝わる感触が、彼女が頷いた事を伝えてくる。
「西住として、しほは立派だったよ?だから、僕もしほに置いていかれないように頑張るから」
「……っん」
また彼女は頷いた。今度は少しだけ彼女の声が聞こえた。
「僕は今、聞いてあげることしかできないけど、それでしほが前に進めるのであれば、いくらでも縋ってくれてもいい。だから、一緒に頑張ろう?」
「っん!」
しっかりと頷く彼女の声が聞こえる。
そこまで言われて安心したのか、先程まで彼の着物の裾をきつく握っていた彼女の手の力が少しだけ緩んだ。
それから、彼の子守唄を聞かされたしほは瞬く間に寝息を立て始めた。
「……菊代さん?お願いがあるのですが」
しほを起こさないように、小声で廊下の方に声をかける彼。すると静かに部屋に入ってくるのは、そこにいるのが当然といった雰囲気を放つ菊代であった。
「彼女を僕の布団に運んでくれますか」
「お部屋の方に戻さなくても良いのですか?」
「まほもみほも学校の寮の方にいますし、こんな日ぐらいは…………」
「お熱いですね」
最後のからかう様な言葉に、気恥かしさを感じながらも菊代に寝る準備を整えてもらう。
そして、少し大きめの布団に夫婦並んで横になる。
「僕はしほの隣にいる。寂しくないよ」
寝る前にそう言ってから彼も寝始める。だから彼は気付かなかった。いや、目が見えないため、どちらにしても気付くことはなかったのかもしれない。
そう言われたしほの寝顔が無邪気な微笑みを零したことを。
「――――父様?」
呼ばれ、心地よい微睡みの感覚から引き上げられる。
後ろから呼ばれたことと座っている感覚から、自分が居眠りする前は車椅子に座って移動していた事を思い出す。
「ぅん?…………ごめん、まほ。寝ていたみたいだ」
「大丈夫です。それよりももう到着します。一緒に来ていた菊代さんも見えました」
車椅子を押すまほの視線の先、そこには彼と同じく着物を身にまとう一人の女性が、あるマンションの出入り口の近くに設置してあるベンチに腰を下ろしていた。
その女性こそ西住家のお手伝いであり、今回の家出騒動における彼の共犯者でもある井手上菊代その人であった。
「お久しぶりですね、旦那様」
朗らかで柔らかい声音が彼の耳に滑り込んでくる。その声の心地よさに眠気がぶり返してきそうになる彼であったが、自分で自分の手を軽く抓ることでそれを吹き飛ばす。
「お世話になっています、菊代さん…………それで、二人はどのような感じですか?」
その彼からの問いに、いつもおっとりとした笑みを崩さない菊代の表情が少しだけ曇る。
「インターフォンでお嬢様は出て来てくださったのですが、ひどく怯えていまして…………奥様は入室したのですが、それから数分後には何か叫ぶような声が二人分」
親子のそんなやり取りを聞き、もうひと組の方の親子は「うわぁ」と思いつつも、しほとみほがそれぞれ言いたいことを言えていたのだと思うと、少しだけ安心もする二人であった。
「それからどれくらい経ったのですか?」
「小一時間といったところでしょうか」
「頭も冷えている頃かな?…………菊代さん、車椅子の中のポーチに鍵があるのでそれを使って入ってください」
言われた通り、菊代は彼の車椅子に手を伸ばし、目的の鍵の付いた鍵束を取り出す。
そして、三人は西住の表札ではなく、弥栄の表札がかかる方へ足を運ぶ。普段から、彼が外出をしている時にはチェーンロックは掛けない決まりにしているため、鍵を開けるだけですんなりと扉は開いた。
中に入り、玄関に備え付けの雑巾で車椅子のタイヤを拭いてから、リビングの方に向かう。
「あぁ…………よかった」
「父様?」
リビングと廊下を隔てる扉を明ける前に彼がそんな言葉を漏らす。
反射的に彼を覗ったまほは、安心し、弛緩した表情を浮かべる父親の表情を見ることとなった。
そして、リビングの扉を開くとそこには彼がそのような表情をしたのに納得のいく光景があった。
「…………すぅ…………すぅ」
「…………」
リビングに設置されたソファー。そこには頬に涙の跡をひきながらもどこか安心したような表情を浮かべながら寝息を立て横になっているみほの姿と、そのみほの頭を少しぎこちないが壊れ物を触るように撫でるしほの姿があった。
よく見るとしほの頬にも幾筋かの跡があったのだが、それは見なかったことにするまほと菊代の二人であった。
「菊代さん、申し訳ないのですが、隣の西住の表札の部屋から薄手の毛布を持ってきてくれませんか?僕の部屋でも、みほの部屋のものでも構いませんので」
先ほど取り出し、一旦返された鍵束を再び取り出しつつ、菊代は静かにリビングをあとにする。
そして、『西住』という家から遠く離れた、『弥栄』の表札のかかる家に四人の親子が勢揃いした。
「……多分、急にいなくなった事とか色々と言いたいことはあると思うけれど――――」
静かになった部屋。
その静寂を破ったのは、一家の大黒柱たる父親であった。
「今日は御飯を食べよう。皆で一緒に」
それはある理由で果たせなかったこと。
全国戦車道大会で黒森峰が敗北したあの日。もし試合に勝っていたら。そして、もしあの日彼が寝込んでいなかったら――――そういった、もしもが積み重なっていれば実現できたこと。
それ以降、それぞれの都合やら何やらですることができなかった、家族四人揃っての食事。
それを笑顔でできるようにする。
それが今回の家出における彼の掲げた目標であった。
終わり方が少しあれですけど、あえて付けるなら第二部完って感じです。
あ、あと、菊代さんも混じってこのあと滅茶苦茶食事します。ハブはしません。
では、また次回