似て非なるもの   作:八割方異形者

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あなたは深海にいますか

 泣き続けてどれほどの時間が経っただろうか。

 先ほどまで溢れ続けていた涙も、小さく漏れ続けていた嗚咽も今は止まっている。

 涙を拭い続けた服の袖が、ぐっしょりと濡れて肌に張りつく。

 濡れた感触を不快だと感じるが、伏せた頭を上げようとしても、泥のようにまとわりつく脱力感に阻まれる。

 

 それに反抗せず、重力に任せるままに視界を閉じる。

 なるほど、これが泣き疲れからの寝落ちというやつか。

 眠りの海に沈む直前、頭をよぎったのはそんな呑気な思考だった。

 

 始めに感じたのは、ゆさゆさと左右に揺すられる感覚。

 意識の半分はまだ眠りに沈んでおり、身体と頭が上手く連結できていない。

 状況から察するに、誰かが俺を眠りから覚まそうとしているようだ。

 

 ――おそらく、ホ級だろう。

 普通の感性なら、岩陰でうずくまっている怪しい人物を起こそうなどとは考えないだろうし。

 俺は顔を上げて、哨戒から戻ってきたであろうホ級に挨拶をしようとして――

 

 「アラアラ、ヨウヤク起キタノネ」

 

 目の前にいるその姿に、言葉を失う。

 上半身に纏っている衣服は、一般的にセーラー服と呼ばれる物だろう。丈が短いせいか、腹部がほぼ露出しているが。

 その上から白い外套を羽織り、左肩部分には甲虫の背中に似た肩当てを装備している。

 冷静に考えてここまでは良い。ここまでは良いのだが――

 

 下半身はなぜかスカートを穿いておらず、飾り気のない黒いショーツのみ。

 よく見てみると、サイズが合っていないのか若干食い込み気味だ。

 セーラー服の丈が短い事も相まって、下腹部と太腿が丸見えになっている。

 太腿の下部から先は黒い甲板艤装……甲板ニーソに覆われており、白い肌との対比(コントラスト)が目に眩しい。

 自ら曝け出していくスタイルという奴だろうか。

 反射的にそんな格好して恥ずかしくないんですか?と聞いてしまいそうになるが、グッと堪える。

 

 その扇情的な光景から逃げようと、顔を上に逸らす。

 すると必然的にこちらを見つめる彼女と目が合う。緑色の瞳でこちらを見据えながら、申し訳なさそうに言葉を続けてくる。

 

 「休ンデイル所ヲ邪魔シテゴメンナサイネ。突然ダケド、コチラノ質問ニ答エテクレルカシラ?」

 

 その言葉に、曖昧に頷く。

 

 「同胞ガ言ッテイタ変ナ奴トハ、貴方ノ事?」

 

 同胞……仲間のことだろうか。彼女の言う同胞がホ級の事であれば、YESになる。

 だが、俺の思い違いという線もまだ捨てきれない。確認の意味も込めて返答する。

 

 「その同胞の方が軽巡ホ級だったなら、私と一緒に行動していましたが」

 

 「ソレナラ良カッタ。コレヲ貴方ニ渡シテ欲シイト頼マレタノ」

 

 そういってこちらに何かを手渡してくる。

 これは――この世界で艤装と呼ばれる物か。種類は不明だが大砲の一種だと思われる。

 砲身が1本という事は、単装砲と推測できるが……駄目だ、以前の知識からは種類まで判別できない。

 元の世界で艦娘を主としてみるのではなく、装備もちゃんと見ておくべきだったか、と自省する。

 

 気を取り直し、艤装に目を向ける。

 よくみると単装砲の上にちょこん、と青い水兵服を着た小さな人型が座っている。

 これはいわゆる……装備妖精さんといわれる者だろうか。

 こちらを伺う顔には、怯えの色が強く表れているのが見て取れる。

 

 ひとまず、コミュニケーションを図ろうと手を振り、こちらに害意がない事を示してみる。

 その行動に驚いたのか、妖精さんはすぐに艤装の中に隠れてしまった。

 ……何故だろう、悪い事をしていないのに訳もなく良心が痛むのは。

 

 「何故私にこれを?」

 

 若干の精神的ダメージを無視しながら、目の前の深海凄艦に問いかける。

 渡すだけなら他の深海凄艦に頼まずに、合流した際に直接渡せば済む話だ。

 ここから考えられることは……何らかの理由があり、合流できないという事が推測できる。

 もしくは餞別。端的にいえば別れの品という事。

 

 ――オ前ハ、私達(深海凄艦)ノ味方カ?

 

 ホ級の言葉が脳裏によみがえる。

 思い返すと、あれは俺に対し見切りをつけるか否かの質問だったかも知れない。

 心臓が圧縮されたように縮む錯覚。それに伴って、じっとりとした汗が背を伝う。

 もし後者だとするなら、俺は()()捨てられたという事に……また?

 今、俺は何を考えた……?

 

 「私ハ頼マレタダケダカラ、同胞――ホ級ノ考エハ分カラナイワネ」

 

 「そう、ですか」

 

 その言葉に、意識を引き戻される。

 返答した俺の声は、後ろ向きな事を考えたせいか、かすれて強ばっていた。

 

 「デモ……貴方ニホ級ト親交ガアッタノナラ、早ク合流シタ方ガ良イト思ウ」

 

 ためらいがちに、彼女は提案してくる。

 俺は言葉の代わりに、視線に疑問を乗せて見つめ返す。

 

 「恐ラク、ホ級ハ艦娘(てき)ト戦ッテイルワ」

 

 ありのままの事実を簡潔に告げられる。

 その先に続く言葉は、すぐに予想できた。

 予想、できてしまった。

 

 「コノママノ状態ガ続ケバ、ホ級ハ沈ム。貴方ハドウスル? 助ケニ行クノカ、ソレトモ――」

 

 そこで彼女の言葉が途切れる。

 それとも、見捨てるのか。暗に、そう言われているような気がした。

 

 ここで助けに行かずに、ホ級が沈んでしまえば間違いないなく後で悔やむ事になる。

 短くとも、こちらの面倒をみてくれた存在を見捨てるという行為は、自らの価値観に存在しない。

 だが、そうすれば自分は人と艦娘に敵対するモノになる。

 攻められ、疎まれ、壊される深海凄艦(モノ)に成り下がるのだと、思考の冷めた部分が警告を発している。

 

 頭の中に漠然と分岐路のイメージが浮かび上がる。

 俺は地面に座り込んだ姿勢から、もたつきながら立ち上がり、目前の深海凄艦と目を合わせる。

 相手の方が自分より身長が高かった為、少し見上げる形になってしまったが。

 

 「……私は」

 

 口の中は乾燥し、自分が発する声は酷くしゃがれている。

 膝は小刻みに震え、少しでも力が掛かればバランスを崩してしまうだろう。

 情けない。情けないが、自らの意思を伝えなければ。

 

 「ホ級を助けに行く。手伝ってくれませんか」

 

 そういって、右手を差し出す。

 それに対し、彼女はきょとんとした顔でこちらの顔と手を交互に見ている。

 相手の様子を察するに、なにか驚かせる行動をしてしまったらしい。

 

 いや、考えたら驚くのも仕方ない。

 いきなり見ず知らずの存在から協力を求められたらそうなるか。

 

 「お願いします」

 

 そう自己判断した俺は、右手を出したまま頭を下げる。

 これで誠意が伝わるかは分からないが、こちらが真剣だという事は伝わるだろう、恐らく。

 ……見方によっては、女性に告白する男性に見えるような気がするが、まあそれは気にしない事にする。

 すると数瞬の後、自分の右手にふわり、と柔らかな感触が重ねられた。

 

 「ソウイエバ、自己紹介ヲシテイナカッタワネ。私ノ名前ハ……戦艦タ級ト呼バレテイルワ。貴方ノ好キニ呼ンデチョウダイ」

 

 ヨロシクネ、と彼女――タ級はこちらの手を包み込むように握り返してくれた。

 




\ここにいるぞ!/

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