似て非なるもの   作:八割方異形者

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ファイナル・メンセツ

 どこか確信しているような響きをもって、その言葉は俺の耳へと届く。どうやら、俺の素性は既に割れているらしい。

 相手の言う通り、ここに来た以上は深海棲艦に協力する。その点は自己の中で既に決定済みだ。恐らくだが、相手もそこは承知しているだろう。

 だが、ここで断ったら相手はどう反応するのだろうと、自分の中にある子供じみた部分が切ない声を上げている。

 

 「もし、協力しないといったら……どうなるのでしょう」

 

 結局、口から出た言葉は断るといった強い言葉ではなく、相手の顔をうかがう微妙なもの。

 そんなヘタレた返答に対して、中枢棲姫はこちらから視線を外し、まるで今日の天気を確認するような気軽さで続ける。

 

 「貴方と一緒に来た――ホ級だったかしら。貴方が身を差し出しても守るほどの存在。そんな存在が今、私の部下(タ級)と一緒にいる」

 

 ギシリと、間に流れる空気が軋むような幻聴がした。

 

 「ここまで言えば理解できるでしょう? 優しい貴方が、そんな選択を取るとは思えないけど」

 

 外していた視線を再度こちらに向け、からかうような口ぶりでNOという道を打ち砕いてくる、目の前の中枢棲姫(しろいあくま)

 

 「……わかりました」

 

 降参、という意を込め両腕を上に挙げる。もとより敵う相手ではない。相手の気を損ねないうちに折れた方が賢明だろう。

 

 「よかった。それでも断るようなら、四肢を引き抜いて海溝に沈める所だったわ」

 

 ピュアにエグい事をさらりと口走る相手の顔は、微笑みをたたえたままで、真意を読み取る事はできない。

 うん。本当に良かった。相手がどこまで本気か不明だが、そんな事にならなくて。

 

 「交渉は成立ね。それじゃ早速で悪いけど、これを見て」

 

 どこから取り出したのか、彼女はこちらに向けて一枚の紙を渡してくる。交渉じゃなくて脅迫ではないだろうかと、少しの抗議を視線に込めながら、手元の紙に視線を落とす。

 その紙には周囲の海域を示したようなものが載せられており、一部分に赤丸で印が付けてある。

 salmon……サーモン……アイランドという事は……島、だろうか。すごく鮭を狩猟してそうな名前だが。こう、クマッと。

 

 「その赤丸で囲んだ海域の情報収集をお願い」

 

 「この地点で何か問題が?」

 

 そう聞き返すと、中枢棲姫は困ったような顔で一つため息をつく。

 

 「その地点で部下が消息を絶つ……そういう事が最近頻発しているのよ。しかも、戻ってこないというオマケ付き」

 

 つまり沈められているという事ね、と困り顔のまま彼女はそう話を締める。深海棲艦を沈めるという事は、よほど強力な艦娘がいるのだろうか。

 想像するに、今は少しでも相手の情報が欲しいといった所か……情報収集なら、そこまで危険な事には出会わないだろう、恐らく。

 

 「わかりました。すぐ向かったほうがいいでしょうか」

 

 「貴方のやる気は嬉しいけど、少し身体を休めてからの方がいいわ。こちらから指示があるまで待機していて」

 

 意外な返答に、思わず自然と口が開いてしまう。今すぐ向かえといわれるとばかり思っていたが、まさか休息の指示が出るとは思わなかった。

 ……まあ、正直にいうとありがたい。少し落ち着いて考える時間が欲しかった所だ。

 

 「話は変わるのだけど」

 

 頭の上で電球がピコン、と灯ったかのように中枢棲姫は提案をしてくる。

 

 「いつまでも貴方、というのも味気ないと思うわ。呼び名を考えたらどうかしら」

 

 つまり俺に名前を付けるという事か。腕を組み、頭の中で思考する。すぐに思い浮かぶのは提督、または司令という呼び名。

 だがそれは目の前に居る中枢棲姫のもの。つまりこれは無理。この体の元になった物から連想すると……黒、岩、流星といった単語が頭に浮かぶ。

 流星棲姫……爆発する未来しか視えない。不吉すぎる。

 

 「大丈夫? さっきから表情がくるくる変わっているけれど」

 

 考え込んだ俺を心配に思ったのか、中枢棲姫が気遣わしげに声を掛けてくる。自分では気付かなかったが、知らぬ間に一人で百面相をしていたらしい。

 ――どうも、こういった事は苦手だ。言いだしっぺの法則ではないが相手に考えてもらおう。端的に言えば、丸投げともいうかもしれないが。

 

 「そうね……貴方の特性を考えると、工廠棲姫(こうしょうせいき)というのはどう?」

 

 「工廠……棲姫」

 

 耳から飛び込んでくる新たな名前を、言い聞かせるように呟く。工廠……たしかに以前ホ級の傷を治したが、アレは高速修復材の力を借りただけだ。なんだかとても大層な名前を頂いてしまったが、いいのだろうか?

 相手の提案を受け入れるか、それとも別の案を考えるか悩んでいると、中枢棲姫は不安そうな表情でこちらの様子を伺ってくる。

 

 「……ダメかしら?」

 

 「いえ、大変光栄です。ありがとうございます」

 

 ほぼ間を置かずに、新しい名前を受け入れる。せっかく考えてくれた名を無下にするのは失礼に値するし、あの表情を見た手前、断るという選択肢はすでに消滅した。

 むしろこれは、名前負けしないように頑張らなくてはならないだろう。一種のプレッシャーともいうかもしれない。

 

 「――よかった」

 

 こちらに届くか届かないかの、長いため息に似たような弱々しい声が耳に届く。

 不安そうな色は影をひそめ、変わりに相手の表情には、今までの真意が読めない微笑みではなく――灯りがともったかのような笑みが浮かんでいる。

 

 「では、私はこれから工廠という名を使います。私は貴方を何と呼べばいいでしょうか」

 

 「貴方……工廠の好きに呼べばいいわ」

 

 自らの事には関心がないのか、俺の名を決めるときより幾分かそっけない雰囲気を感じる。それともあまり踏み込んで欲しく無いのか……この場では判断がつきかねる。

 

 「わかりました。それでは中枢と呼ばせて頂きます」

 

 これからよろしくお願いします、と挨拶をし、その場で頭を下げる。

 

 「ええ。これからよろしく、工廠。貴方の働きに期待しているわ」

 

 我ながら薄情、そして単純だと思う。これから艦娘と戦わなくてはいけないというのに、必要とされているという事実だけで人間を裏切り、深海棲艦()に肩入れ……いや、そのものになろうとしているのだから。

 静かに、中枢棲姫が右手を差し出してくる。誘惑されるように、何かを掴むように、俺は差し出された手を握る。

 

 「……?」

 

 中枢の手を握った瞬間、左の視界が一瞬、紫色に染まったような気がしたが――気のせいだろう。




いつになるかは不明ですが、そのうち活動報告というのを上げさせて頂きます。
よろしくお願いします。

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