黒く変色した陸地を、踏みしめる。足裏に伝わる感触は以外にも、砂を踏む感触に近い。言うなれば黒い砂浜といった感じだろうか。
両足が地面を踏みしめているのを確認し、足を前に進める。
先ほどまでいた青い海は、潮の香りといったものが多少なりともした。しかし泊地内に入ってからは、そういった臭いは感じない。
周りから聞こえてくるのは、寄せ返す波の音と自分自身の足音のみ。生物の気配を感じないというか、環境に適応しなかったモノが淘汰されたような、病的な静寂が周囲を包んでいる。
まるで、世界が滅んでしまったかのような――
その違和感に思わず、眉間に力が入るのを感じるが、今思考を巡らせてもあまり意味は無いだろうと判断し、悪い方向に向かいそうな考えを打ち切る。
振り払うように頭を左右に揺らし、改めて周囲を観察する。どうやら島の中央は小高い丘のようになっており、そこから島全体を見回す事ができそうだ。
あそこなら島の全景を把握する事ができるかも知れない。そう思い中央に向けて足を進め――さほどの障害も無く、丘の上にたどり着く。
島のあちらこちらに点々と崩れかかった建物が存在しているのが見て取れるが、家屋なのか、何かの施設なのかは判別できない。
岸辺には墓標のような、半ばからへし折れたクレーンが並んでおり、それが一段と異様さを引き立てている。
「誰もいない……か」
思わず、ため息が口からこぼれ落ちる。タ級は結局、司令と呼ばれている深海棲艦の居場所を教えてくれなかったが……もしかして俺、だまされたのではないだろうか。
あまり疑いたくはないが、これほどまでに周囲に気配が無いとさすがに不安になってくる。この島には俺独りしかいないのではと。
……駄目だ。一人でいると、どうしても思考が後ろ向きになる。恥ずかしいがタ級に居場所を教えてくれるようにお願いしよう。
そう思い立ち、来た道を戻ろうと後ろを振り向く。
そこには、いつの間に存在していたのか。
こちらを押しつぶすような威容を漂わせ、
身体は抜けるような白さの皮膚……というより、全身が皮膚に付随する外骨格に覆われている様にも見える。よくよく注意してみると、関節部や太腿部にはひび割れた様な赤いラインが走っており、まるで血管が表面に浮かび上がっているようだ。胸部から腹部にかけては、ひび割れというより装甲が剥がれ落ち、内部構造が剥き出しになっている。
ともあれ、冷静に観察している場合ではない。というかまだ心の準備ができていない。振り向いたら中枢棲姫とか、誰が想像できるというのか。
彼女に寄り添われ、見方によっては護っているようにも見える艤装が口を開く。
「再ビ……ココニ……タドリ着イタノカ……貴様ラガ……?」
――喋った。艤装が。
こちらの気構えが整わないうちに、白い少女がゆるりとこちらに手を向け、その動きと連動するように、艤装に装着された砲身がこちらに向けられる。
しかし相手は俺を図りかねているのか、すぐさま砲弾が発射される事はないようだ。
その対応に少しホッとする。実際の所有無を言わさずハチの巣、なんておぞましい事になる可能性も考えられたが、対話する余地はまだ残されているようだ。
どうも、相手は俺が艦娘ではないかと疑っているように思える。貴様ら、とは恐らく艦娘を指しているのだろう。再び、と言う事はこの泊地に以前、艦娘が現れたとも受け取れるが、あくまでも推測の域を出ない。ここは誤解を解くのが先決か。
嘘偽りを並べ立てるのも選択として有りかもしれないが、腹芸は得意ではない。舌が回るほうでもないし、正直に対応したほうがいいだろう。
「何か思い違いがあるようですが、私は艦娘ではありませんよ」
「ナゼダ……ドウヤッテキタァ……ドウ……ヤッテ……?」
やばい。なにがやばいかって、どうにも話が通じてないぞこれ。敵ではないと立ち位置を示しても、砲身を下げる様子は無いし。
ひとまず、聞かれた事に答えよう。意識を切り替え、相手の発言の意味を考える。
しかし、どうやってといわれてもそれはこちらが聞きたい。むしろどうやって貴方はそこに現れたんですかと。
……とりあえずあえて返答するなら。
「徒歩で来ました」
そう返すしかないだろう。実際上陸してから歩いてここまで来たのだし。水の上を滑るのも変則的な徒歩の一種だと思いたい。
「……」
帰ってきた答えは沈黙。どうやらあちらが望む答えではない様子。というか致命的に会話が噛み合ってないような気すらしてきた。
何言ってるんだこいつという、呆れが多分に含まれた視線に晒されながら相手の動きを待つ。
もしかしてこれは虎の尾を踏んでしまったか。向けられた砲身が先ほどから小刻みに震えているが、あれは怒りの感情による作用かもしれない。
まずいと思ったのもつかの間、先ほどから黙っていた白い少女がふわりと、羽毛のような軽やかさをもって艤装から離れる。
それを止めようとした艤装がわずかに動くが、少女が待て、と犬に向けるように艤装に示すと、大人しく動きを止める……砲身は未だにこちらに向いたままだが。
少女は白く長い髪を揺らしながら、俺が立っている位置まで近づくと、何かを堪える様な表情で話しかけてくる。
「貴方、ここまで歩いてきたの?」
こちらを不安がらせない為だろうか、彼女は努めて優しい調子で問いかけてくる。
その質問に対し、俺はうむ、と真面目に頷くと――彼女と、彼女の艤装が決壊したダムのように笑い始める。
前者は押し殺そうとしているが、耐え切れない笑いが口端から漏れ、後者にいたっては腹筋の安否を心配してしまう程に笑い転げている。艤装に腹筋があるのかは不明だが。
俺はそんなに変な返答をしてしまったのだろうか。若干の心配と、笑われているという事実に対しての不満で、思わず顔をしかめてしまう。
そんな俺の雰囲気を察したのか、肩を震わせながらも彼女はこちらへ向き直る。
「ごめんなさい。あまりにも変わった答えだったから、つい」
「……いえ、気にしていませんよ」
謝罪をされたのだから、いつまでも引っ張るのは良くないだろう。少し間があったのは……ご愛嬌という事だ。本当に気にしていない。全く。
「そう、優しいのね……じゃあひとつだけ、確認させてくれる?」
緩んだ空気を引き締めるように、赤い瞳をこちらに向け、彼女は問いただしてくる。
「ここに来た、という事は