似て非なるもの   作:八割方異形者

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砲・連・走

「……サテ、自己紹介モ終ワッタ事ダシ、救援ニ向カイマショウ」

 

 そういってタ級はくるりと方向転換し、進み始める。まるで何処で戦闘が起こっているのか把握しているようだ。

 電探(レーダー)でも積んでいるのだろうか。しかしタ級の頭部や艤装にそれらしき物体はみられない。

 まさかあの肩パットが電探の役目を果たしているのか……?

 

 「敵部隊ハ軽巡2、駆逐4。輸送、モシクハ遠征ノ途中トイッタ所カシラ。距離ハ……チョット、聞イテルノ?」

 

 タ級はこちらを振り返り、疑わしげな視線を向けてくる。

 

 「ええ、聞いてますよちゃんと、はい」

 

 俺は内心の動揺を悟られないよう、努めて平坦に、無感情に返答する。

 言葉の一部がカタコトしてしまったが、表情筋はピクリとも動かなかったはず……多分。

 

 「ナライイケド――モウスグ戦闘ガ始マルワ、切リ替エナサイ」

 

 タ級の声が低く、押し込めるような音調へ変化する。

 戦闘という単語の意味する所を想像し、背中の中心を走る神経が一斉にざわめき出す。

 落ち着けと自分に言い聞かせるも、本能的な恐れからくるものは、なかなか平静を取り戻しそうもない。

 なにか、なにかないか。この乱れた精神を静める方法は。

 

 切り替えろ。

 先ほどのタ級の言葉を自分なりに解釈すると、意識を戦闘時にしろという事だろうか。

 通常時と戦闘時……この身体が戦闘する際の変化といえば、左目に青い火が灯る事が印象に残っている。

 その際、なにか言っていたような――記憶を検索し、該当する単語を思い起こす。

変身、纏身、瞬着、招来。頭の中に断片的な単語が浮かんでくるが、どれもしっくりとこない。

 

 ――思い出した。たしか、こんな感じだったな。

 口の中で自分に言い聞かせるように、自己に暗示をかけるように、ぽつりと呟く。

 

 「――アグレッサー(侵略者)モード」

 

 言い終えた瞬間、視界の左半分が蒼く染まり、揺らめく。

 こちらの変化に気づいたのか、艦娘が忍者に転職(ジョブチェンジ)したのを見た時のような顔で、タ級がこちらを見つめてくる。

 

 「貴方、ソノ左目ハ……」

 

 「違います、これは違うんですタ級」

 

 何が違うのか、自分でも何故こうなったのか分かっていないが、慌てて否定する。

 そうしないと、誤解をされる未来が、ありありと想像できたからだ。

 釈明しようとして口を開こうとしたが、言葉を発する前に人指し指でそっと唇を押さえられてしまった。

 

 「今ハ、戦闘ノ事ニ集中シマショウ。貴方ノ《ソレ》ハ後カラ説明シテネ」

 

 了解の意味を込めて、首を縦に振る。

 それが通じたのか、タ級は俺の唇からゆっくりと指を離してくれた。

 

 「戦闘ニ入ル前ニ聞イテオクケド、作戦ハアル?」

 

 タ級は進むスピードを緩め、空気を切り替えるように質問を投げかけてくる。

 作戦……正直に言ってしまうと、無い。戦闘時にどういった行動をすればいいか良いのか分からない、というのが本音だ。

 ホ級を助けたいと言い出しておいて格好がつかないが……素直に白状した方がいいだろう。

 

 「すみません、タ級。具体的な案は……その、思いつかなくて」

 

 「気ニシナクテ良イワ。ダッテ貴方――」

 

 ――戦ウ事自体、初メテデショウ?

 

 確信めいたその問いに、自然と唾を飲み込む。

 図星を突かれ、きまりが悪くなった俺は、思わず俯いてしまう。

 

 「ソレヲ責メテイル訳デハナイワ。無謀、ト笑ワレルカモ知レナイケドネ」

 

 タ級は微笑みを浮かべながら、こちらに告げてくる。

 

 「ソレジャア今回ハ、私ノ考エタ作戦ヲ聞イテクレル?」

 

 素人が作戦を考えるより、タ級に任せたほうが成功率が高いのは明らかだ。願ってもない申し出を、俺は喜んで聞き入れる。

 それに満足そうに頷いたタ級は、人差し指を立ててレクチャーを始めてくれた。

 教えてタ級先生!と口走りそうになってしまうほど、その姿は不思議と様になっている。

 

 「マズ、優先スベキハホ級ノ救助。ソノ後、安全ナ場所ヘノ撤退ネ。艦娘トノ交戦ハ極力避ケマショウ」

 

 その方針はありがたい。できる事なら、艦娘との戦闘は避けたいと、俺も思っていた。

 だが、撃つか撃たざるべきかの状況になったなら、腹を決めなくてはならない。

 自らの意思で引き金を引く。その時が迫っていると言う事実に、首の後ろがヒリつく様な感覚に襲われる。

 

 「敵ヲ射程内ニ収メタラ、援護射撃ヲ始メルワ。ソノ隙ニ、ホ級ヲ連レテ逃ゲナサイ。私ハ貴方達ガ安全圏ニ入ッタラ離脱スル」

 「それは危険です。私達が逃げた後に、タ級が狙われる事になる」

 

 「アラアラ、心配シテクレルノ? 大丈夫、戦艦()ノ装甲ハ伊達デハナイワ」

 

 俺の不安を打ち消すように、タ級が胸を張る。

 ――揺れたな、今。

 何がとは言わないが、たゆんと。ひとつ咳払いをし、逸れそうになった意識を修正する。

 どうやら、余計な心配をしてしまったようだ。気を取り直して、今度はこちらから話を振る。

 

 「では上手く敵を撒けた場合、合流する場所を決めなくてはいけませんね」

 

 「ソウネ、ドコカ良イ場所ハアル?」

 

 思いついたのは、ホ級と最初に出会った場所。

 必ずホ級を助けて、あの島に帰らなくては。

 

 「ここから東の方角に無人島があります。海岸にコンテナが打ち上げられていますから、目印になるでしょう」

 

 「ナルホド、合流地点ハソノ場所デ良サソウネ――サテ、敵ガ射程圏内ニ入ッタワ」

 

 うんうん、と自分を納得させるように頷いた後、タ級はその場に止まり、俺の顔をじっと見据えてくる。

 そこにどんな感情が含まれているかは、経験の無い俺の頭では、推し量る事はできない。

 だが、おそらく――タ級は俺の命令を待っているのだろう。

 引き金を、引く時だ。

 

  「始めましょう、タ級」

 

 こちらへ向く目を見返し、そう返答する。

 それを受けたタ級は、右手を前に突き出し――聞いているこちらが奮い立つような、しっかりとした声で号令を掛ける。

 

 「敵艦発見。全砲門、開ケ!」


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