それではどうぞ。
○
sideこいし
「ふぅ。十分に食べた…とは言えないけど、あの二人を見てたらそれこそお腹いっぱいになりそうだわ」
「……うん。そうだね」
内心宴会も終わりが近付いたと思う頃、わたしの隣に居る紫が目を向ける方向には皿があった。…詳しく言うと、亡霊さんと巫女さんが座るその両脇にはいくつものお皿が大量に積み上がっている。
「フンフフ〜ン♪ん〜おいし〜♪」
その中心では未だ幸せそうに口を動かしてる亡霊さんが一人…。そして誰がどう見ても不思議にしか思えない光景が広がってた。
「…ねぇこいし…明らかに質量保存の法則が仕事放棄してる様に見えるのは私の目の錯覚じゃないわよね?」
「うん。紛う事なく身体以上の量は胃に収めてるよ」
「…ホントどうなってるのよ幽々子の身体は…。…消化器官内で圧縮?それとも高速で活動エネルギーに変換?」
さぁね?紫はなんか難しい事考えてるみたいだけどさ、わたしとしては霊体の亡霊さんがご飯食べてる時点でだいぶ意味不明だよ。
でもきっとあれじゃない?多分食べた瞬間にカロリー消費とか関係無くどっかに消えてるんだよ。そうでもしない限りあの皿の山を作り出すのは無理だって。
だってさ、ホントそれだけ食べているんだよ。新聞さんが殆ど休まず行ったり来たり運搬を繰り返してるけど、それでも尚止まる事を知らない亡霊さんにわたし達は圧倒されて言葉も出なくなるのも仕方ないよね。
「…ええそうでしょうそうでしょう。人に運ばせるご飯はさぞかし美味しいでしょうね」
「えぇ美味しいわ〜♪」
「……」
あ〜あ。さっきから散々亡霊さんと巫女さんにいい様に使われていた新聞さんが一矢報いようとしたんだけど…可哀想な事にあっさり流されちゃった。
新聞さんは『ぐぬぬ…』みたいな顔してるけど残念ながら亡霊さんは一切眼中に無いみたい。
「ハァ全く、どうやら幽々子さんは嫌味もへったくれも効かないようですね。ねぇ霊夢さん?」
「……ウプッ」
「はえ?」
……。
ウプッ?
……ありゃ…もしかして……。
「……」ダラダラダラダラ
「…え、まさか霊夢さん……。ちょ、ちょちょちょ!ダメですよ!絶対にダメですよ!!そんな光景誰も見たくありませんので乙女の意地でなんとか堪えて下さい!」
うん、完全に戻す前兆だね。しかも顔白くなってるしあれは結構不味いかな。
でもって乙女の意地って何さ新聞さん…いや、確かにわたしも見たくは無いけどね。でもあれだけ詰め込んだらそりゃあ当然気持ち悪くもなるよ。……
…まぁいいや。え〜っと…あったあった。
「はい。水ともしもの時の袋」
「はっ、ありがとうございますこいしさん!ホラ霊夢さん水です!水!袋は使わせませんからね!!」
いや使わせてあげようよ…何故に断固拒否?新聞さんは処理したくないのか単純に意地悪なのかは分からないけどさ、そんな事したら巫女さんって割と容赦ないから後が怖いよ。
「最悪霊夢ごとスキマに入れようと考えたけど…大丈夫そうね。あの子が一度収めたもの出すとは思えないし」
「何その変な信頼の仕方」
紫の言い方についついわたしはツッコンでしまう。
歪んでる…訳じゃないけどどれだけ巫女さんが貧乏性だと思われてるんだろ?わたしが神社でお世話になってる時は悠々と暮らしていたけどなぁ。
…ま、巫女さんが貧乏だろうと貧乏じゃ無かろうと今はそんなものどうでもいいや。
「ハァ…折角…折ッ角いっぱい勉強して練習したのにな」
悔しさでわたしは掌を握りしめる。
紅魔館でもたくさん勉強したし、巫女さんの神社では実践をとして数々の品を作ったのに…それでもわたしはまだ台所に立たせて貰えなかった。
…細かく言えば立たせて貰えなかった訳じゃないんだけどさ…。
「皿洗いなんて誰でも出来るよ…」
わたしがお進にやらせて貰える仕事はその程度の事だった。
お進が切羽詰まった様に狐さんを呼んでたし、それに亡霊さんがお進達を急かしていたのを聞いていたからちょっと厨房に様子を見に行ったの。
そうしたら案の定二人揃って項垂れてたよ。…お進に関しては軽く泣いてたし。だから、一度断られたけどまた手伝うってお進に言ったらさ…それなら皿洗っといてって言われる始末で…。
「何がダメなのかなぁ…」
今日の宴会で料理を食べた感じ、わたしの料理だってあまり遜色無い段階まで来てると思うんだけどな。まぁ、今日は亡霊さんが居たから作ってる側もあまり手が込んで無いってのもあるんだろうけど……。
「何がダメ?そんなの当人に聞いてみればいいじゃない」
「えっ?」
「霊夢もダウンしたみたいだから頃合いでしょうし。一進を過労死させる訳にもいかないしそろそろ終わらせるわよ」
終わらせる?
紫がわたしの独り言を聞いていたみたいなんだけど…何をする気なんだろ?
「どうやって?」
「ん?そりゃ幽々子の満腹中枢の境界を……」
そう言うと紫は亡霊さんに向かってスキマを開いて――。
「はいオッケ」
…………。
いやいやいやいや…。
「…やれるなら最初からやりなよ」
と言うよりも本当に使っていいのかな?こんな事に使う能力じゃ無いと思うんだけど…。
「幽々子にもある程度は満足して貰わないと不信に思われるじゃない。食に関しては妙に鋭いしね、だから少しは時間を置かないといけないのよ」
「ん〜?もう入らない…かな?」
紫とそんな会話をしていると…向こうから亡霊さんのそんな声が聞こえて来た。
「ね♪」
「ははは…」
もう滅茶苦茶すぎる…。ホントにあの暴食を終わらせちゃったっていうかそんな事まで出来る境界が怖すぎるっていうか…。
「え!終わりですか!?遂に解放されますか!?」
「…文…うっさい…」
「す、すみません霊夢さん……。一進さーん!妖夢さーん!悪夢は終わりましたよー!!」ヒャッホウ♪
紫に境界を弄られた亡霊さんの発言を聞いた新聞さんは一気に喜びの反応を示している。巫女さんに釘刺されたってのに喜びが隠し切れて無いのが滲み出てるからね…しかも悪夢って…運んでただけの新聞さんですらそう言うなら実際に作ってたお進達はもっと大変だったんだろうな…。
なんて事を思っていると、すぐさまルンルン気分で白玉楼内に入って行った新聞さんがお進と妖夢を連れて出て来た。
「一進くん~美味しかったわよ〜♪」
「はいはいありがとうごぜぇます。けどもお前ら完璧に食い過ぎだかんな。ったくこちとら手首痛ぇし…包丁動かして腱鞘炎になんざなったら笑い話だぞ」
「一進さんの場合は手首を支点とした速度重視の切り方でしたので尚更ダメージがありますよね…」
「じゃなきゃ間に合わなかったからな。誰の所為とは言わんけど最悪包丁左手に持ち換えようとも考えたよ」
「ゴメンね〜♪でもとても美味しかったのよ〜」
果たして亡霊さんに本当に悪気があるのだろうか。そんな疑問を少し残して亡霊さんはぶつくさと文句を言うお進の料理を褒め始める。
でも、ふ〜ん…そっか。切り方でそこまで変わる上お進はどっちの手でも出来るんだ…。そこら辺の技量差がわたしが作っちゃいけない理由なのかな?
「…作り手としちゃそんだけ旨そうに食って貰ったのは嬉しいんだけどな…」
「一進さん。次回があればその時も是非お願いしま――「だが断る!」……」
あらら…折角のお誘いなのに全力で拒否するってどれだけ嫌なのさ…。
「ま、確かにな?妖夢は同じ死線を潜り抜けた仲だから極力はサポートしてやりたいんだけど…すまんな。あんな地獄二度と体験してたまるか」
「……ですよね」
そして、再度ハッキリと意思表示をする。まぁ今回は作る速さも量もデタラメになってたから妖夢自身も断られるのが分かってたみたいだけどね。
…えっと、間違いがあったら可哀想だから説明するけど…別に二人が我儘な訳じゃ無いんだよ。これが例えば紅魔館の時みたいな常識内での宴会だったら十分足りてたと思うもん。
それにお進は断るみたいに言ってるけどさ、今後またこんな感じの宴会事が起きたらどうせ手助けに入るのは目に見えているよ。
「ねぇお進。わたしも両方の手を使えた方がいい?」
「お?ああこいしか」
だからわたしは先んじてお進に聞いてみる。また宴会をした際に作り手の人数が少なかったり、手が回らなかったりしたら今度こそは皿洗いだけじゃなくちゃんとお進の助けになりたいからね。
「随分と久々に会ったってのに料理の話かよ…まぁ、こいしが料理を作れる様になっただけでも俺は十分に嬉しい――」
すると、わたしが不意に声をかけたからだと思うけど…お進はわたしを見るなり表情がだんだん変化していった。
「……」
そんなお進は少し固まった後、妖夢や亡霊さんと話しを切ってわたしの頭に手を置いてしゃがみ込み、わたしの足下に視線を向けてからゆっくりと顔まで上げ始めていた。
「お進?どうしたの?」
「…………」
わたしはお進の行動が分からず、つい言葉を漏らしてしまう。
だって、わたしに驚いてびっくりしてる顔なら分かるんだけど…寧ろお進はわたしを見るなりどんどん無表情になっていったんだもん。
ん〜?どうしたんだろう?お進は料理で忙しかったからしっかりとわたしを見ていなかったけど、それでもわたしが宴会に参加しているのは知ってる筈だし。
…………。
「……紫、どう言う事だ」
暫しの間わたしを見ていたお進は軽くため息を吐いた後、紫に何かを問いかける。
紫に何を問いかけたのかも気になるんだけど…それ以上にやっとの事で出て来たお進の声は喜びに満ちたものとは非常に言い難く、怒りを無理やり押さえつけた様な冷めたものだったのが気になった。
「……私に聞くのね。まぁいいわ…幽々子。私と一進は少し場を空けるから」
「…そっちはそっちの事情があるのね。ええ分かったわ」
お進に何かの説明を求められた紫は、真剣な顔をして亡霊さんに伝えた後スキマを開く。そして、お進と紫が通ったスキマが閉じる直前に聞こえた二人の会話がわたしの疑問を加速させた。
「…何でだよ…」
「彼女にとって貴方はそれだけの存在なのよ」
「だからってあれは!!」
?
二人とも何が言いたいんだろう?と言うかわたしもお進が何を聞こうとしてるのか分からないから会話に入りたいんだけどな。
「…こいしちゃん…。紫が私に貴女の事を軽く説明してくれたんだけど…貴女ってとても数奇な歩み方しているらしいわね」
「数奇?」
お進と紫の問答を気にしていた所、わたしは近くに居た亡霊さんに声をかけられる。
亡霊さんはわたしに目もくれず少し離れた場所にいる新聞さんや妖夢、ダウンしている巫女さんを眺めながら言葉を繋げていた。
「瞳の事や存在の事よ。長く幻想郷に暮らしているけどそこまで自分を曲げた子はいやしないわ」
「それは…」
紫が亡霊さんに何を言ったのかは知らないけど…亡霊さんはわたしの触れられたくない事を的確に射貫いて来る。
…やっぱりわたしは周りからそう思われるだけ異端に見えるみたい。
「…………」
わたしは亡霊さんの言葉に何も言えなくなる。
だって、言われた事は事実だし…それ以前にわたしだってその事を理解していたし…。
堂々巡りの負の連鎖。
起きた事は起きた事だから仕方ない、そう頭で分かってはいるんだけど…ずっと、ずっと昔からわたしはそれらの事をスッパリと切り替える事がどうしても出来なかった。
「やっぱり…変だよね」
自嘲気味にわたしは言葉を返す。覚なのに心が読めず、自分で心を読めなくしたのに何時までもその選択を後悔しては今も尚引き摺っているって…ホント何がしたかったのか分からない…。
……一体…わたしって何なんだろう…。
…………。
「…く、ふふふ…」
「?」
すると、静かな空気が流れているなか、何を思ったのか亡霊さんは取り出した扇子で口元を隠して身をよじりだし――。
「冗談よ冗談。ごめんなさいね♪」
「…え?」
突如として真剣だった表情は嘘の様に、亡霊さんは明るい声を出してコロコロと笑い出す。そして、花が咲いた様な笑顔でわたしの頭を撫で始めた。
「え?」
再び出てしまうわたしの疑問の声。
…冗談?どういう事だろう…いきなりの変貌にわたしは亡霊さんについて行けなくなる…。
「亡霊さん。冗談って…」
「言葉通りの意味よ。貴女は何も間違ってはいないわ」
「間違って無いって…」
う~む…亡霊さんの言ってた事を振り返っても……。むむむむ…ダメだ、そんな事言われてもわたしには亡霊さんの言いたい事がさっぱり分からないや。
「え~と…?」
「ふふふ♪ま、迷うのもまた成長の一つよ。でも、今は沢山失敗して多くの壁にぶつかった方がいいと思うわ」
亡霊さんはまたも不明瞭な事を言ってくる…。
唯一わたしが分かった事と言えば、多分だけど亡霊さんは敢えてちゃんと分からせない様に話しているって事だけ。
でも、そんなのが分かったとしてもその結果何が言いたいのか分かる訳じゃ無いからあまり役に立たないし…。
「…はあ~あ。亡霊さんは難しい事ばかり言うね」
「そう?妖夢にはもっと考えて行動して下さいってよく言われてるわよ~」
「どうせご飯の事でしょ」
「えへへ~♪」
ハァ…そりゃあれだけの食べっぷりを見せられれば誰だって食事事情だって理解出来るよ。
…だけど、こうも分かりやすいものと分かりづらいものが混合してると真意が読みづらくてホント大変。
「それじゃあお近づきの印に~紫と一進くんがこいしちゃんに対して思っていた事を教えてあげよっか?」
「え!?亡霊さんは分かるの!」
「当然よ~。私は難しい事ばかり言うんだから」
「やったぁ!」
なんか少しだけ皮肉めいた事言われたけど…よしよし、これでさっきまでずっと疑問だった事が分かるね。
「じゃあ取り敢えず先に聞いてみるけど…こいしちゃんはあの二人に何を思われたか少しでも心当たりある?」
「ん~ん全然」
亡霊さんはすぐに教えようとはせずわたしに確認を取って来る。でもさ、そんな事言われてもある訳無いじゃん。
ましてや向こうも言ってたけど、わたしはお進となんて会ったのすら久々だったんだよ?
それならわたしの内面より見た目でも大きく変化をしてない限り何も疑問に思う事なんて無いと思うんだけどな。
「不思議だよね――
「…え、ええ。…そうね」
ほら、亡霊さんも特に疑問に思わないみたい♪
う~ん、お進はいきなりどうしたのかな〜?わたし何かしちゃったかな~?…ホント、何をお進は慌てた様に紫に説明を求めたんだろ?
行き過ぎた愛情である狂愛。二人をより強固な仲にして最終的に純愛路線に改善を考えていますが…さて、どうなるでしょう。
それではまた次回。