治療以外で永遠亭でやる事と言えばやっぱこれでしょう。
それではどうぞ。
○
side鈴仙
「ふぅ…今月も雲があまり無いから予定通り例月祭の準備かしらね」
私はそう言葉を零し、次の準備は何があったかな~と考えながら朝のうちに干しておいた洗濯物を取り込んでいた。
例月祭…。それは満月に行われる師匠と姫様、そして私が罪を償う為のイベント……と言ったら変になりそうだけど儀式とも言わないからイベントで合ってるのかしらね。薬草の入った餅を
まぁもっとも、ちゃんとした意味があるそうなんだけど私はそこまで詳しく知らない――。
「お〜いうどん〜!」
「? 何〜?」
何だろう?何やら廊下の奥の方から一進の私を呼ぶ声が聞こえたので一先ず洗濯物を取り込むのを中止して廊下を覗き込んでみる。
……いくら訂正しても直してくれそうにないから既にうどんって言われるのも諦めたわ。
「ここよ〜」
「お、外に居たのか。いやコレ姫さんに運べって言われたけど結局どこに置きゃいいんだ?」
『全く姫さんは場所の指定をしろよ』なんて文句を言ってるようだけど…それだったら貴方が最初から姫様に聞けばよかったじゃない。
そして、一進は文句を言いつつも縁側から覗く私の下まで、ふらふらしながら何やら大きな荷物を抱えてこちらに歩いてくる。
「よっこいせっと!」
「ああ、兎達の杵と臼…」
一進が持って来た物はてゐやその部下達が使っている毎月の事で既に見慣れた木で作られた杵と、それに合わさる臼であった。
…見慣れたってそう言えばコレ、先月も先々月も私が一人で用意していたのよね…。
「で?どこに置きゃいいのさ?」
「ああえ〜っと…綺麗にもしてるようだし…それだったら外に出しておいて」
まぁ、今月は一進が私の手伝いをやってくれるんだからそれはそれで私が楽だし別にやって貰ってもいっか。
「外?外で餅つきすんのか?」
「それはそうよ。流石に永遠亭の中じゃ狭いし、人数的に入りきらないわよ」
「…人数的に入らない?」
何て一進は不思議そうに首を傾げるものだから私もつられて同じ様に首を傾げて疑問を口にする。
「? どうしたの?」
「…いや……え〜と…」
一進は何を疑問に思ってるのかしらね?そりゃてゐの部下達が集まったら全員なんて部屋の中に入らないし外でやるしか無いじゃない。
…あ、そう言えばてゐの部下で思い出したけど
毎回毎回言ってるのに全然聞いてくれないんだから…。
「…まぁいいか。それで置く所は別に縁側から近いとこでもいいだろ?」
「ん〜、そうね。特に決められてはいないからそこまで気にしなくてもいいけど、いくつか必要になるからそれなりに幅は空けてね」
取り敢えず臼を外に出して場所決めさえ済ませておいてくれればいわよ。後は時間になると
「いくつか必要って……ああ分かった分かった!!人数が多いってウサ子達が来るってわけか!」
「はい?…ああ知らなかったの…」
ってなわけで、一進が独りでに手を叩いて納得してるのを見て私も漸く一進が何を考えていたのか理解する事が出来る。
一進はこの例月祭に参加するのが私達だけじゃなくって多くの兎達も集まるのを知らなかったのね。
「ってアレ?あんた説明されて無かったっけ?」
確か数日前に師匠から大体の概要を聞かされていたと思うんだけどな…。私の覚え違いかな?
すると、一進の方も一旦理解したと頷くのをやめて、疑問が解消されたかのような晴れ晴れしい顔で私の言った事に答えてくれる。
「おう言われてねぇよ。ま、それか俺が話しを聞いて無いだけかもしんねぇけどな」
「へぇ〜そうな――聞いてない?」
「おう聞いてない!」
……。
……。
「…あんた……」
「……?」
「ハァ…」
「いや、『ハァ…』って、これ見よがしにそんな盛大にため息吐くなよ」
ため息を吐くな?無理言わないで。
「そんなバカな事を自信満々に言われたら誰だって吐きたくなるわよ…」
「いやいやいや大丈夫大丈夫♪きっと大丈夫だって先生もそこまで器小っさく無いから」
「何が『きっと大丈夫』よ…」
変な観測論持ち出さないで欲しいわ。そうでなくてもこの時期師匠はピリピリしてるんだから下手に逆撫でするなんて以ての外何だから。
「まぁ確かに師匠は器が大きいと思うけど…」
そして間違ってはいけない事の一つとして師匠はとてもいい性格をしているんだ。
…『性格がいい』では無く『いい性格』をしている。これは驚く事に言葉を入れ替えるとちゃんと意味まで入れ替わってくる。
それでもとてもじゃないが師匠と対面して言える事では無いから心の中で言うしか無いんだけどね。
「ま、いいわ。でもあんたそれ確実に後者だから師匠の前では何が何でもボロを出さないでよ」
「へいへい了解了か――」
するとどうした事か、一進は急に言葉を切ったかと思えば
? 何処見てんのかしら?
「どうしたの?空に何かあ「っくしゅん!」る…」
そして、返答の代わりに私に返って来たのは…飛沫する唾液とその他もろもろ。
「きったな!?ちょっとやめてよもう!」
「はっはっは悪い悪い!他意じゃ無いけど何か光見たらたまに出るだろ?」
「知らないわよ!!それにこっち見てする事無かったじゃない!」
あ〜、もうどうしてくれんのよ…一気にテンション下がったわ…。
「大体無駄に元気有り余ってるあんたが風邪なんて引くわけないでしょ…」
「ほほう…そこに気付くとは流石は先生の弟子と言えよう。そう、よく気付いたなうどんその通りだ!」
いや、テンション上げてないでよ面倒だし…。それに、『俺は風邪なんて絶対に〜』何て続けて言ってるけど、私からしたらまさかの皮肉に対して乗ってくる方が驚いたわ。
「そこから換算するとつまりこれは…」
「…これは?」
もうかなりどうでもいいんだけど最後まで聞かなくちゃダメなのかしら?一応
「……誰かが俺の噂をしているって事だな」
そして、一進のキメ顔と共に再び流れる暫しの沈黙…。
……。
……。
「……ハァ…いいからマスクでも着けて残りの全部も運んで来なさい」
「おおぅ冷静に返された…」
もう何かね、色々言いたいんだけどこいつ相手に真剣にしてるのがバカらしくなってくるんだもの。
はいはいこいつはこういう奴だったわ、それなのにちょっとでも真剣に聞こうとした私がバカだったって事でもういいわよ。
「キュー」
「何よ…」
すると、一進のバカさ加減に頭を抱えたくなる私に対して、服を引っ張って何かをアピールしているてゐの部下の一人が来た。
「U╹ x ╹Uつタオル」
その子は縁側の外にいる私よりも小さいながらも、背伸びまでして私に濡れタオルを差し出してくれていた…。
「え…あ、ありがとう」
「お、気が効くじゃんウサ子」
「U ≧ x ≦ U」
一進から乱雑に頭をグシグシと撫でられているのに、それでも尚嬉しそうに目を細める姿が少し可愛らしい…。
でも本来ならあんたが持って来るんだからね!それを何偉そうに言ってるのよ…。
「それにしてもウサ子って…あんたその呼び方は安直過ぎない…?」
私は渡されたタオルで顔を拭きながら、ついでだったし気になっていた事を一進に聞いてみる。ウサ子って何よウサ子って…ネーミングセンス皆無も甚だしいわよ。
まぁそれでも確かにこの子達は見た目がてゐよりも小さい子兎だし案外その通りだから分かりやすく的を得ているんだけどね…。
「安直って言われてもな…。だって一人一人の名前なんて知らんし、つーか知ってたとしてもこいつら見た目似すぎてて見分けなんかつかねぇぞ」
「そう?まぁ人数もそれなりにいるけどさぁ…あんた名前で呼ばれない奴の気持ちって分かる?」
うどんうどんうどんうどんって…。私は小麦粉練って作った食品じゃないっつーの!断固として鈴仙って呼ぶ気が無いならせめて優曇華にして欲しいわ。
「ならうどんは分かってるのか?」
はいはいどうせ私は太めの麺ですよ…。で、何さ。この子達の見分け?
「何言ってるの当たり前でしょそんなの」
「んじゃ…ホレ」
そう言うと一進は先程の子を抱えて私に見せて来る。
え〜と確かこの子は…………。
「U╹ x ╹U……?」
「…………」
……あれ?
「……えっと…」
「ほらな」
「違ッ!違うわよ!?分からないじゃなくてそもそも名前を知らないだけで!」
「…え、あぁそうだったのか…」
そんな可哀想な目で見られても特に何も無いわよ!ただ一人づつ名前を聞こうだなんていちいち思わなかっただけで…。
…別に地上の兎達と馴染めないとかそんなんじゃないわ!
「だって仕方無いじゃない。この子達はてゐの言う事は聞く癖に私の言う事は全く聞かないんだもの!!」
師匠を介した言伝とかなら普通に従ってくれるのにさ!個人的な頼み事になるとてんで聞いてくれなくなるんだから!
「オイオイ子供相手に怒るなよ…。それに言う事を聞いて欲しいなら一度てゐに話を通せば解決じゃねぇか」
「まぁそれで素直に解決するなら話は早いんだけど……」
「だけど…?」
「そのてゐが私の言う事を聞いてくれないんだからどうしろって言うのよ!」
「あ〜っと……ご愁傷様?」
「巫ッ山戯んな!」
「…んな事俺に言っても仕方無いだろ…」
そうなんだけどさ〜!だって納得いかないんだもん!!
「くっくっ!人…ああいや、兎望が無い兎は大変そうだねぇ鈴仙?」
「おっとてゐも来たか。そしてあんま開幕からうどんを虐めんなよ」
「約束はしないけど善処はするさ。…んじゃ、ほらお前らも今夜の為に準備に勤しめ〜」
すると、突然会話に入って来たてゐの言葉を皮切りに、十数と連れて来られていたてゐの部下達が一斉に行動を開始する。
やれ数人は途中になっていた洗濯物を取り込んで畳んでくれたり、庭に敷く為の敷物を用意していたりとそそくさと準備を進め始める。
「……」
「……」
そうやって仕事をしに散らばって行った子兎を達を見送った後、てゐはニヤニヤしながら私を見上げていた。
「ふふん♪ど〜よ」
さっき私と一進がしていた会話をしっかりと聞いていたのだろうか、これ見よがしに自分は上手く部下を使えてると見せつけてくる…。
あ〜もう!結果的に私の仕事は減って助かるんだけど今まで苦労してた事がこうもあっさりやられると余計に腹立たしい!!
「勝ち誇った顔してるけどこの子達があんたの言う事聞くのは最初っから知り合いみたいなもんだからでしょ!」
「確かに否定はしないさ。だけどさ〜鈴仙?こいつらは一進の言う事でもちゃ〜んと聞くよ?」
『ほれ』と私はてゐの指を差す方向に目をやると…。
「そんじゃ残りは物置にあるから皆で運んで来てくれ」
「「「「「U╹ x ╹Uキュー」」」」」
一進の号令と共に廊下を駆け出していく兎達数名…。
「なんでよッ!?」
「くっくっく…」
このように私だけがてゐ所かてゐの部下達にまで舐められてる所を見るに…いい加減私は怒っても許されると思う。
「おかしくない!?ねぇおかしくない!?今までは百歩譲っててゐの言う事しか聞かなくても仕方ないで済ませてたけどこれは流石におかしいでしょ!」
「…って言われても俺の場合は皆普通に従ってくれるんだけどなぁ」
今までは私は新顔だったって事で我慢していたけどさぁ!それなのに私よりも新しくやって来た一進の言う事は聞くって一体どういうことよ!!
そんな知りたく無かった真実を知ってしまった私は、一進に掴みかかって前後にガックンガックン揺らしてみるが要領の得ない回答しか返ってこない…。
「何よそれ!私なんて…私なんてぇ…!」
「ほらほら鈴仙、くだらない事で騒いでないでさっさと準備した方が良くない?」
「くだらないって何よ!」
そりゃあんたは上に立ってるからそう思うでしょうけど、私からしたら部下から舐められてるかもしれない一大事だっての!
「だって優先度が違うからね。そろそろ気付いた方がいいと思うけどか〜な〜り時間が押してるからさ〜このままじゃ開始時刻守れないよ」
「嘘ぉ!?」
てゐに言われて一進を離し慌てて時計を見ると…その針はゆうに夕刻近くを回っている事に気がついた。
マズイマズイマズイ!一進との話に無駄に時間使い過ぎたわ!いよいよ早急に準備しないと間に合わなくなりそうな所まで来てるじゃない!
「ヤバイって!今時期の師匠の機嫌を損ねたらどんなとばっちりが来るか分かったものじゃないからあんた達も急いで準備してよね!」
「お〜、確かそれで鈴仙は前回ストリップショーになったからね」
「そうよ!何かに躓いた拍子にお酒ひっくり返しちゃったのが偶然師匠にかかって――てゐッ!?」
「…マジで?」
「ホントさ。けしかけたのは姫様なんだけど…まぁそれが笑えないのなんので酷くってね。最終的には確か…パンイチだっけ?そこで流石に憐れんだ姫様に止められる始末でさ」
「……うわぁ…」
そうそう…姫様が挽回のチャンスだからやりなさいって言うからやったのに冷める一方なんだもの…。そうやっててゐの口からは私の中の苦々しい記憶が次々に思い出されーじゃなくてちょっと待って!?
「ちょっとてゐ!?あんた何言ってくれてんの!?」
「事実。そんでさ〜その後鈴仙がただでさえ半裸…っていうか九裸?で情緒不安定だった所を―「てゐぃぃ!!?」
いやいやいや頭おかしいんじゃないのあんた!?事実だからって普通言う!?常識的に考えなくても言っちゃダメな事ぐらい分かるでしょ!
ってか何なの…よりにもよって一進相手に平然と私の恥辱を喋り続けてやめる気も見せないんだけどこいつ!
「記者の感とか何とかで偶然来たパパラッチに―「分かった!分かったから!もうあんたが言う事を何でもしてあげるからそれ以上は黙ってて!!」
てゐの言う事を聞くのは何だか危険な感じがするけどもう背に腹はかえられないわ!
ただでさえ早くしなくちゃいけないって時なのに何でてゐはこう忙しい時に限ってメンドくさくなるのよ…。
「そうだね。んじゃあ今日もやってもらおっかな〜♪」
……はあ!?
「あんたそれは卑怯―「じゃあこの後鈴仙が私の事を襲ってきたのも言っちゃうよ」
「やめなさいって言ってるでしょ!!って言うかそんな事やって無いわよ!」
あんた何平然と話捏造してんの!何!?私あんたに恨まれるような事でもした!?
「どうどう、分かった分かった。もう流石に言わないから落ち着きなよ鈴仙」
「あんたが初めっからこんな事言い出さなかったら私だってこんなに声荒げたりしないわよ!」
ケラケラと笑うように私を叩いてくるてゐは一通り楽しみが終わったという様にそれ以上私の恥辱を語るのをやめてくれた。
実際は思う存分怒りたい気持ちで溢れているのだが、今は時間が無いし語るのをやめたから一先ず良しとしよう…実際は良く無いんだけどね!
…でも、今はそれ以上に怒りたい事が私には一つだけあるからそっちを優先させたい。
「何であんたは引き気味なのよッ!!」
てゐから語られた私のストリップ話(ストリップ話って何よもう!)を聞いていた一進は蔑んだ目で私を見て距離を空けていた。
「確かによ!確かに今の話で変に興奮されても嫌なんだけどさ!そんな反応されたら――」
「あ、すいません鈴仙さん近寄らないで下さい。自分痴女はちょっと…」
「誰が痴女よ!!しかも初めて鈴仙って呼んでくれたのがコレって経緯が最悪過ぎるわッ!」
おそらく一進も楽しんで言ってるのに間違いは無いのだろう。瞳は確かに蔑んでいるのだがあからさまにその口元は笑っていた。
あ〜もう嫌だこの二人…。私はいつまで弄り続けられるのだろうか…。
「ちょっと一進何やってんのよ〜。貴方を脅かそうと物置で待機してたらイナバ達が来ちゃって変な空気になっちゃったじゃない〜」
あ、ナイス姫様!!丁度良い所に!
「助けて下さいよ姫様ぁ!二人が―「姫様〜先月の今日の鈴仙の下着は何でしたっけ?」
「何よ突然…ああ、あれね。確か縞々だった筈よ?」
「姫様のバカァァァ!!!」
「え…」
もういい!もうこれから暫く引き篭もってやるんだから皆勝手しなさい!!
例月祭の準備?師匠が怖い?もう知らないわよそんな事!!
***
「あっちゃ〜鈴仙の奴拗ねちゃったね〜」
「…いや、それよりも私出て来てものの数秒で罵倒されたんだけど…」
「それに関しちゃ全面的に悪いのは姫さんだろ」
「…まぁ…そうね」
「因みに本人は気付いてないけどお酒持って歩いてた鈴仙の足を掛けて転ばせたのは私だよ」
「…たまに思うけどお前って純粋にクズだよな」
「私から言わせて貰えば貴方も相当よ…」
「うさうさ〜♪いいねいいね!私と一進でクズ組って事かな?」
「喜んでんじゃねぇよ……自覚はあるけどこいつと一緒かぁ…」
U╹ x ╹Uが使いたくて急遽イナバ達には参加して貰いました。当然彼女らは人型ですよ(話せないけど)。しかしまぁREX版儚月抄しか手元に無かった為例月祭とは何ぞやと暫し頭を悩ませましたよ。その為結局鈴仙視点にして言葉を濁したんですがね。
でもっていよいよ永遠亭の幕引きは近いですよ!
それではまた次回。