今回はepisode2の明かされていなかった所の話(一進とこいしの約束事)となっております。
まぁ、実際には約束事があるのは次回なんですけどね…。
それではどうぞ。
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遂に一進とフランドールが相対する。
しかし、それは一度横に置いといてもらいたい……。そして少しだけ時間を遡ろう。
これは、まだ一進が地底に居た頃に起こった出来事であり、一進がさとりに呼び出された時の続きの話である。
◯
「それでさとりちゃん、俺に話って?」
一進がこいしと執事服について話しをしていたところ…、急遽さとりに呼び出された為早速さとりのいる部屋まで出向いて要件を伺っていた。
「…………はぁ〜あ……まぁいいです。…お燐とこいしも来たんですか」
「……え、さとりちゃんどういう事?いいですって何が?」
部屋に入ってきた一進を見てさとりは何かを逡巡して溜息をつく。
否、正しく言えば一進の着ている服を見て溜息をついていた。
「一進、貴方も幻想郷で生きるなら自衛手段ぐらいは持っていた方がいいでしょう?」
「え?……自衛…まあ、そうっすね」
さとりはお燐とこいしの二人が着いてきた事に僅かだが注視する…。しかしすぐに一進に目を合わせて用件を話し出した事により、一進も意識を切り替えマジメになって話を聞き始める。
そして対面式の椅子に座るように促したさとりは、幻想郷の危険度が高い事を仄めかし出した。
「今では『弾幕ごっこ』という遊戯で勝敗を決めるので必要無いかもしれませんが…残念な事に、ここ地底と下級妖怪は主流では無いので戦いの訓練は必要なんですよ」
「………人間が、妖怪を相手に立ち回れるのか?」
生きる為には戦う力が必要。
さとりの言葉からそう汲み取った一進は、一切迷う事なく妖怪と戦う事を覚悟していた。
だが、覚悟を決めたと言っても不安になるのも無理は無い…。
今まで外界で生きていた事により、妖怪を知らずにいた彼から見れば…正に妖怪なんて得体の知れない者達なのだからそれは仕方が無い事だろう。
「私だって何も持たない人間にこんな事は言いませんよ。それに、基本的なスペックが違う妖怪が相手でも戦い方次第で結果は変わります。まぁ、結論を言うと…幸いなことに貴方の能力は規格外なものだと思いますので、それを利用しない手はないですよ」
「!?俺の能力の活用法が分かったって事か!?」
さとりの言葉に一進は驚く。
何しろ自分でもイマイチ分かっていない能力であった為、さとりが能力の使い方を理解出来たのはこの上ない僥倖であった。
「ええ、貴方の能力である拒絶…おそらくそれは物事からの否定、無効化が一番近いものだと思います。お空の攻撃で無傷な事や、私が心を読めないのがいい例です」
「……へぇ、
自分の能力が分かり始めて喜んだのも束の間…一進は早速課題にぶつかる事になった……。
お空の攻撃が無傷、さとりには心が読まれない……。
確かにどちらも能力が発動している事は間違いないのだが、いかんせん一進自体が能力を制御しきれていない事に問題があった。
「そうですね、……あなたはお空に攻撃されたときに何を思いましたか?」
「え?いや何をって言われてもな。せいぜい…死にたくない!って思ったぐらいだぞ」
「確定ですね…思った事柄から拒絶されるようになる。これほど強力な能力もそうそう無いですよ」
「…………思うだけでって……マジかよ」
思うだけで能力の発動…それは発動の予備動作が無い事になる、故に発動を悟られず、怪しまれる事も無い。そして能力の発動を止める術が相手からすれば極端に無い事になる。
だがしかし、一進達は知らないが…これは紫の手が加えられた事によって起こりえていた。
それは、もともと一進は自らの能力を全く制御出来ていなかった事に理由がある。当時の一進は自分だろうが他者だろうが無意識のうちに拒絶して…されて……。そんな状態が日々繰り返されていた。
その為…それに困った紫は一進の境界を操る事で一先ず無意識においての能力発動を封じていたのだった。
「……もしかして…さとり様が心を読めないのは、あたいがお兄さんにさとり様の能力を教えていたからですか…?」
「ええ、そういう事よ」
確かに一進はお燐から、さとりは心を読む事が出来る…と事前に聞かされていた。
そして、心を読まれたくない。そう思ったが為に一進はさとりの能力が効かないように能力が働いたのである。
「へぇ〜外じゃ苦労してたけど割と凄いんだなこの能力。だったらさ…これで移動もバレる事なく出来るし、ましてや相手から完全に拒絶されれば相手に気付かれる事無くあっさり勝て———ッ!!!」パンッ
「…………」
「え!? こ、こいし様!?待ってください!」
部屋の中に乾いた音が響く…。
音の正体は平手打ち。
突然、こいしが一進の頬を目一杯叩いたのであった。
何故そんな事を?一進は突然の事に驚きを隠せなかった……。
真相を聞こうにも叩いた本人は駆け足で部屋から出て行ってしまい…既に聞けるような状態では無くなっていた。
「イッテ…、どうゆう事だよ…」
「…………向こうはお燐が着いて行ったから大丈夫でしょう。……そういえば貴方はこいしの能力を知らないんでしたね、疑問を持ちませんでしたかあの子の能力に」
「……能力に疑問?」
頬にもらったこいしの平手打ち…。そして急にこいしの能力を持ち出してきたさとり……。
その事に一進は首を傾げる事しか出来なかった。
「私たち覚妖怪は心を読む能力を持って生まれます。まぁそれが覚妖怪ですから当然でしょう。ですが、あの子———こいしの持つ能力は違います。いや、正しくは心を読む能力から変化したのですよ」
「能力が変化した?そんな事が起こりえるのか?…いや、実際に起こったから言ってるんだよな、それで自分の姿を見えなくするものに変わった…と」
「……あなたはそんなのがこいしの能力だと行き着いたんですか……分かりました。それでは少し、昔話をしてあげましょう」
「(…『そんなの』って事はもっとエゲツない能力なのか…)」
確かに一進はこいしの能力を聞かされていない。
だから予想をする上で今までの事を思い出し、周りからはこいしの姿が見えていなかった事からそれに近しいものだと考えていた。
そして語られる…。
覚妖怪として生まれた者の生きてきた道がどれだけ厳しいものだったのか……。
何故能力が変わってしまったのか……。
「私達覚妖怪は心を読む力を持ちますが…その力はオンオフが出来ません。常に他人が心に隠している様々な感情が止まる事なく頭に流れ込んできます」
「常に……だったら、一人二人じゃ」
「ええ、例えその心の矛先が私達に向いていなくても読めますよ。そうですね…数百を軽く超えた事だってあります、読める対象は生き物全てですから。…けれど、そんな環境にあってもこいしは強かったですよ、笑って毎日を過ごしていました」
恨み・苦しみ・悲愴・憎悪・嫉妬・欲望…そんな百を超える数の心の吐露が見えて聞こえてしまう。何も思わないで生きている生物なんて居る筈も無く、その感情の渦にひたすらさらされ続けていた姉妹……。
……しかし、いくら頑張ろうともいずれは崩壊する。
「けれど、ある日を境にそんな日常は簡単に崩れ去りました」
「……何があった?」
「……まだ幼くて、こいしと心を許しあうほどに仲が良かった者が何人か居たんですよ。まぁ、私達が覚だという事を隠していたんですけどね……。それで、こいしが覚妖怪だと分かった途端にこぞって手のひらを返したんです。その時が初めてでしたね、あの子が……周りから覚妖怪がどう思われているのかを知ってしまったのは……。そしてその日からです、こいしが心を読む能力を捨てたのは」
「………………」
覚妖怪であるが故、心が読めるが故、そんな忌避される力を持つ者には…たとえ妖怪の中にも居場所が無かった。
「何がきっかけでバレたかは分かりません。それまでは周りの心を知っても気付かれないないように振る舞うよう言っていたのですが…」
「……何だよそれ、オカシイじゃねぇか!」
「…そう思ってくれる貴方が珍しいんです。隠し事を全て見抜かれる、覚妖怪の前では全てが筒抜けになる。そんな者が好かれる筈もありません」
さとりから窺えるのは諦めにも似た言葉と表情。
たとえ自分に悪意が無かろうと相手の心、考えが読めてしまうのは事実だから、と嫌われるのは仕方がない事だ、と言葉を繋げる。
「それが覚妖怪に生まれた者が背負う枷です。……ですがそれにこいしは耐えきれなくなり、全てを忘れようとして目を閉じました…。その果てに得たのが『無意識を操る程度の能力』です」
「無意識…それってまさか!?」
「ええ…無意識の存在はその場にいても誰からも気付かれる事なく、また自らの行動も分からなくなるような能力ですよ」
無意識———残念だがこれについては正しく語る事は出来ない。
検討だけで言えば……意識していない事、考えていない事、感じられる事の無い領域になるだろう。
「いや、代わりに無意識を操れるようになったって言っても…、心を読むのは覚妖怪の本質なんだろ!それを…それ自体を否定なんてされたら!!」
「生まれる事さえ曖昧な私達妖怪が生きる為…存在する為に重要なファクターが否定されている事と同義です。…私達を理解してくれた一進…。貴方にもっと速く会えていたら、あの子の運命も変わっていたかもしれません」
既に定められていた運命。
彼女達が生きてきた道のりは決して幸せなものでは無かっただろう。
それ故に、少しでもそんな運命を良い方に変える事が出来たかも知れない自分に後悔する。
「俺が…もっと速く……」
「……いえすみません。八つ当たりのように言ってしまいました…。こいしが耐えきれ無かったのは私の所為ですのに……私も、あの子が自分の存在を曲げてしまった事が不安なんです…」
「存在を曲げて!? 待ってくれ、だったらこいしちゃんは!!」
「……覚として生まれた筈なのに…覚では無い妖怪として生きる不安定な存在です」
「————ッ!!!」
さとりの言葉を聞いて一進は部屋から飛び出した。
壮絶だった過去、苦しかった過去、辛かった過去。
そして、自分が叩かれた理由にまで行き着き走った。ただひたすらに走った。
彼女に思いを伝える為……。
「無意識の中に存在する……。それは、使いこなす事が出来なければ周りの視界から消え、皆の記憶から消え、果てには世界から消える事。そして…今までの自分の全てがまやかしとなり嘘になる…」
一進がこいしを探しに飛び出して行ってしまった為、部屋にはさとり一人が残っていた。
そして、一進の言っていた事を思い出す。
「…あれだけ妖怪の事を———ましてや嫌われ者の覚の事を案じれる人間だというのに、『これが私の人生なんだからしょうがない』…ですか。全く、自分の事はロクに考えようとしないんですね…」
そのまま誰に聞かせる訳でも無く、ただ一人…悔しそうに言葉を紡ぐ。
「……方や能力の所為で人間として生まれたのに人間から拒絶された者。方や自分の存在を曲げた所為で覚として生まれたのに覚として生きられない者。あなた達は似ているんですよ……。一進、こいしを頼みます」
こいしの事を見つける事が出来る人間。
言い方は悪いが、こいし自身能力に不安があるのだからそんな者が居るのなら利用しない手はないだろう。
自分は本当に妹の力になれたのだろうか?こいしは今幸せなのか?
そんな気持ちがさとりの心の中を反復する。
当時は自分達を守る力も無ければ権力だって無かった。
だからせめて…と、こいしと一緒に居てあげる事しか出来なかった自分に嫌気が差す。
果たして、それで良かったのか…。
「いや」
いくら過去を思ったところで過去は過去、絶対に変わる筈の無い事に頭を使っていても仕方が無い…。
さとりは頭を振って気持ちを切り替える。
大切なのはこれから。
幸いな事に今では力があり、権力もあり、仲間だっている。
過去が最悪だったと言うならば、それを補って余りあるぐらいの幸せを妹に与えてあげたかった。
そしてもう一つ。
「一進……貴方も幸せになるべきです」
最悪な人生を歩んで…
否、自分達には支え合える家族がいた。しかし彼には———。
…だからこそ救いたかった。
ベクトルは違えど、一進は自分達同様に苦しんでいたのだ。だったら彼もまた幸せになっていいだろう。
「…ですからこいし、後は頼みますよ」
紅魔編だってのにまさかこのタイミングで地霊殿を書くことになるとは……。
初めは閑話として書こうとしてましたが、一進の心情的に繋げられなくは無いと思いまして決行してみた所存です。
……それにしてもシリアスが続くな~。
安西先生…シリアルが書きたいです…。
それではまた次回。