始めは三人称。
それではどうぞ。
○
「………一体スキマは何をしているんだ」
薄暗い部屋で少女はつぶやく。
彼女は自分が他人に頭を下げたというのに、それを無下に扱われたように長い間待たされ苛立ちを募らせていた。
「アレから既に三ヶ月以上は経ってるぞ!いったい、人間一人連れてくるのにどれだけ――!?」
しかし、言葉を噤んだかと思えば突然笑い出す。
「……クッ、ククッ…やっとか…やっと来たか!待ちわびたぞ藤代一進!」
昼だというのに光の入らない部屋を、少女の笑い声だけが反響する。
「……あと少しだから……あと少しで助けてあげられるからね……」
○
幻想郷設立の根底に関わる者、妖怪の賢者…八雲紫。
彼女は他の妖怪と比べても圧倒する程の悠久の時を生き、またその中で身につけた叡智を誇る。
しかし、彼女の代名詞たるはやはりその能力だろう。
彼女は境界を操る能力を持つが、残念ながらそれよりもスキマを使っている事の方が認知度が高い。
「あ!……忘れてた」
「聞きたくないですが…何を思い出したんですか紫様?」
「……え〜と…藍、一進を呼んできてちょうだい」
「は、はあ……」
そんな実力者である八雲紫の式神となった一進は、式神になった事で与えられる力に慣れる為、数日間ちょっとした訓練をしていた。
「ほっ…と、これで良いのか?」
「わ~お!お進、飲み込み早いね」
「そりゃもともと能力で飛んでたからな」
内容は、空を飛ぶ事。
一進は今まで能力を使って空を飛んでいたのだが、こいしが言うに普通は霊力や妖力を使うことで空を飛んでいるそうだ。
その為、一進も能力の併用を出来るだけ避けたかったので、式神になって強くなった事だしこれを機に霊力で飛ぶ訓練をしていた。
ここで、一進が紫から与えられる力の恩恵について説明する。
確かに紫は一進の事を式神としたが、一進に与える力は常に与えられる
まず、
だがこれは言って仕舞えばそこまで強力な力とは言い難いもので、やっと野良妖怪ぐらいになった程度だ。
その程度に収まった理由…それは、一進が人間であるという大きなハンデを背負っている為である。いくら大妖怪の紫といえども人間を常に妖怪よりも強くし続ける事が難しかったからだ。
では
こちらの恩恵を受ける為には、条件として紫が一進に何らかの命令を出して一進がその命令に同意する工程が必要になっている。
そして紫はそれを行ったの後に力の込められた札を一進に渡す、後は一進の任意のタイミングで発動する。
その際に発揮される力は身体能力や治癒能力、霊力や妖力が共に先ほどと比べ物にならないものとなり、下手をすればそれだけで大妖怪クラスにまで登り詰める事が可能になる。
これを解除する為には一進が紫の命令を完了した場合と、命令違反をした場合か、紫が強制的に札を取ったら
この通り、一工程を踏むものの思っていたよりも簡単に一進は絶大な力を手にする事が出来る。
そうしたら一つ疑問になるのは…何故強い筈の
それは先ほどの『紫といえども人間を常に妖怪よりも強くし続ける事が難しかったから』が関わってくる。
…なんて言っているが、別に紫は妖怪より強くする事が出来ない訳では無い。ただ
分かりやすくすると
どちらが強く、それでいて先に限界が訪れるかは一目瞭然だろう。
だが、一進は紫から通常時の方しか説明されておらず、式神時ついては少しの間とても強くなれるとしか聞かせれていなかった。
だから一進はひとまず通常時での自分を強くしようと訓練していた。
「一進、紫様がお呼びだ」
「へーい、りょーかい」
訓練中に藍に呼ばれた一進は、一旦浮遊を止めて紫の下まで移動した。
○
side一進
「で、紫さん。俺に用って?」
「ええ、かなり前から貴方を連れてきてほしいって言ってたのがいたんだけど…すっかり忘れていてね…。そんな私のお願いを聞いてもらいたいのよ」
痴呆かな?よく色んな事忘れてるけどこの人は痴呆なのかな?
なんていきなり失礼な事を考えてるのはこの俺…藤代一進です。
いやいや、俺だって物事を忘れるぐらいはよくやるけど……流石にここまで来たら笑えない。
この数日間八雲邸で暮らして分かったけど……いかんせん紫さんのダメっぷりが酷すぎるんだ。
仮にも紫さんって幻想郷の中心核なんだよな?いいのか幻想郷、この人料理はおろか掃除洗濯も出来ずに自分一人だと朝は起きてさえこないぞ。…そしてその上我儘が多い。
これだったら藍さんが手が回らないと言ったのも頷ける。
ああ、後俺が馴れ馴れしくしてるのも紫さんが堅苦しくならなくていいって言ってくれたからさ。今は気心の知れた友人みたいな関係でも構わないんだと。
「まあいいや、……それで結局どこに行けば?」
「? ええ、そのうち地図を渡すつもりだけど…それが紅魔館って所でね…最近は大人しいけど、
紅魔館…ね、禍々しいのは名前だけじゃなくてちゃんと実績もあるようで。
「……何で俺がそんな場所に?」
「さあ?能力でそうなったんじゃないかしら。其処の当主は運命を操れるから」
……………運命か。
「ねぇ!わたし紅魔館だったら何回も行った事あるよ〜」
「あ、へぇ〜そうなんだ」
「うん♪お進の服もそこから貰ってきたんだよ」
「ええっと…確か友達の所から…ってやつか」
「そうそう♪」
「…………」
すると、俺とこいしちゃんしか分からない筈の話を聞いていた藍さんが何かを考え込んでいた。
「どうしたのさ、藍さん?」
「ん、あぁいや…なんでも無いさ。大丈夫だとは思うが気をつけてな」
「はいはい、了解」
…嬉しいね、こんな事でも心配してくれるなんて。
「ああ!はい一進!」
「…紫さん、何ですかこの札?」
「それは私の式神だけが使える発信k―――じゃなくて、テレパシーを可能にする道具よ」
発信機ですね分かります。
けどまぁ、連絡手段としては有能だから有難くもらっておくよ。
「それではスキマの場所は紅魔館の近くにつなげておいたから…こいし、一進を頼むわよ」
「ちょっと紫さん…子供じゃあるまいし大丈夫だって」
「まっかせて!!ちゃんとお進は守るから」
「はぁ…」
って言われる事はまだまだ俺よりこいしちゃんの方が強いって事なんだろうな…。
「まぁ、そうため息なんて吐くな、二人ともそれほどお前の事が大切なんだろう」
「そう言われてもね……」
普通へこむと思うよ、いくら妖怪とはいえ自分よりもはるかに小さい女の子に守られてたらさ…。
この二人…仲良くなったのは嬉しい事なんだけどさすがに心配しすぎじゃないのか?
「それじゃ行こ!お進♪」
「あらこいし、手を繋ぐ事は許した覚えは無いのだけど」
「ん~何を言ってるのか分かんないや~♪」
「…そう、なら貴女にも分かりやすく―――」
「一進、すまないが速く行ってくれ。面倒になりそうだ」
「ああ分かってる、ほらこいしちゃん行くよ」
自分の主人を面倒の一言で済ませている藍さんは置いとくとして、俺だって出発前にゴタゴタするのは好きじゃないからな。さっさと行かせてもらおう。
「いっし~ん気を付けて行ってらっしゃい」
「いーだ!」
「おいおい、煽るなよ…」
すぐケンカするし、実はこの二人ホントは仲良くないんじゃないか?
……いや、逆か。仲が良いからこそこんなにも言い合えるんだな。
そんな事を思いながら俺とこいしちゃんはスキマをくぐり気楽に紅魔館へと向かって行った。
そんな考えが間違いとも知らずに。
…この時に俺はちゃんと知っておくべきだった。
紅魔館についてでも…当主についてでも…そうすればきっと、もっと準備もしたし対策も立てていただろう。
…この時に俺はちゃんと確認するべきだった。
…この時に俺はちゃんと理解するべきだった。
これは紫さんの命令ではなくお願いだったという事を…。
だからだろう…俺が、あんな選択をしてしまったのは………。
気になる終わり方にしてみました。
まぁそんな事より…式神になってるにも係わらず通常時と式神時ってなんだぁぁ~!!!
これは後の座談会で書きますが通常時は強化、式神時は超強化って感じです。
どちらにせよ一進は紫さんの式神になっていますよ。
それではまた次回。