それではどうぞ。
地霊殿の一室に集ったさとり、紫、勇儀は予期せぬ事態で騒々しくなってしまったものの、今では後者の二人も落ち着きを取り戻していた。
「それであなたは出生が分からないものの、一進の事をただの人間だと思う…と」
「え、えぇ。そうよ」
というより流石の紫といえども、そう何度も鬼の攻撃を受けるのは嫌なのだろう……すっかり勇儀にビビってしまい、素直に質問に答えるようになっている。
「かぁ〜!つっかえねぇ賢者だな、攫ってくる奴の事ぐらいちゃんと調べておけよッ!」
「そんな事言われても仕方ないじゃない!拒絶なんて司られたら私だって干渉出来なくなるのよ!!」
「……え?」
「あ……」
しかし、紫は勇儀の酷い言い草に対して思わず言い返してしまう。
その後やってしまった……という顔して紫は目を背けるがもう遅い。さとりのサードアイがジッと紫を見据えていた。
「……紫さん?一進に散々無視されたからってその腹いせで、
「ちょっ、さとり!?なんでわざわざ怒らせる感じに言うの!?」
紫は自分が一進に嘘の能力を教えている事をさとりに見抜かれて焦り出す。そして嘘を嫌う鬼に再び制裁を加えられる事を恐れてか恐る恐る勇儀を見る。
しかし、
「……なあ…さとり。後は任せるから私もう帰っていいか?」
もともと考えるより先に身体が動くタイプの勇儀は、今までの長話によって疲弊しきっており既にどうでもよくなっていた。
○
〜地霊殿一室〜
「う、う〜アッタマ痛い〜」
勇儀が帰って少し経った朝頃、こいしはそう言って目を覚ました。
いくら自分が妖怪の身体で丈夫だとしても、さすがにあそこまで飲みすぎてしまえば頭痛がするのも必然だろうと少し後悔する。
そんな頭の痛みで朝から憂鬱な気分になる。
それでも地底の野ざらしで寝るよりもよっぽど心地よい為、誰かが地霊殿のベッドまで運んでくれた事に少しありがたく感じていた。
「んん〜苦しいよ――」
しかし、ベッドで寝ているにも関わらず何故か寝苦しい……僅かながらに鮮明となっていく意識の中でこいしはある事実に気がついた。
「zzz〜zzz〜」
「…………」ゴシゴシ
眼を擦るが消える事は無い。
「すぴ〜」
「…………」
向かい合わせで一進に抱きしめられている事実を……。
「キャァ!?「ゲホォ!?」――///」
望んでいたとはいえ、いくらなんでも突然の光景にこいしは驚く。
そして反射的に一進の腹に一撃を加えて一目散に部屋から出て行ってしまった。
「ゲフッ…ゲッホゲホッ…オエッ……な、何事?」
残された一進の身体が心配だが、まあ彼は大丈夫だろう。
それから数十分後。
「(も〜、びっくりして逃げてきちゃったじゃん!どっちかって言うとわたしが驚かせる側なのに〜)」
「……あ、こいし様。……おはようございます」
自分を落ち着かせる為にそんな理不尽な事をこいしが思って暫く歩いていると、疲れたような顔をしているお燐が向かいから歩いてきた。
「あれっお燐どうしたの?」
「ああ、やっぱりこいし様
それが怖くって怖くって、とお燐は恐怖に満ちた顔で言ってくるが、酔いに身を任せたままに寝ていたこいしはそんな事が起きてようとは全く気がつかなかった。
……だが、それよりも一つ気になる事がこいしの心に浮かぶ。
「八雲紫?」
「話に聞いてません?幻想郷の管理者で妖怪の賢者やスキマ妖怪とか……って、まだ八雲紫はさとり様の部屋にいると思いますよ」
……管理者、賢者……いや、そんな事はどうでもよかった。
『暇していたところを
こいしが気になったのは、ここに来た当初に一進の口からその名を聞いた事があったからだった。
「へ〜そっか」
「え?興味無しですか……」
「無くは無いけど……先にお風呂入ってきちゃう♪」
「はい、分かりました。ですけど、もう少しで朝ごはん用意しますから早めに上がって下さいよ」
「それなりに善処する〜♪」
「ええっ!?ちょ!」
そんな事を言ってこいしは足早に行ってしまった為に、お燐はこいしが早く上がってこない事を確信して頭を抱えたくなる。
……しかしその数瞬後に、とある重大な事に気がついた。
「……そういえば、さっきお兄さんも風呂に入ってくるって……まぁ、まさかそんな鉢合わせになる偶然起こる訳無いよね〜。さ〜て、朝ごはん朝ごはん」
そんな楽観的な考えをしていたが…その後まさかそんな偶然が起きていた事なんてお燐は知る由も無かった。
***
「いっし〜ん!久しぶりね〜」
「あ、紫さん。どうも」
「あ、あら〜?感動と驚きが無いようだけどどうしたの?」
「いえいえ、さっきお燐に紫さんが来ている事を聞いていたので」
紫は朝食の席で一進の事を驚かせようと企んでいたのだが、残念ながら不発に終わってしまい少々凹む。
「それだったらすぐに私に会いに来てくれればいいのに悲しいわ〜。私をほっといて何をしてたのよ?」
しかし、彼女はそんな事にはめげずに積極的に話しかけては自分の興奮を抑えられないといった具合に一進に近づく。
「ほっとくって……朝風呂ですよ、朝風呂。地霊殿は温泉ですし、それに俺は昨夜宴会だったもんで入ってました」
「宴会なら此処から見てたから知ってるわ。それに私、本当に嬉しかったのよ!一進が幻想郷に来た事を喜んでくれて!!」
外界から来た人間が……否、最愛の人が自分の愛する世界を気に入ってくれた。
それが余程嬉しかったのか、紫は涙を浮かべそうになる。
しかし、一進の前でそんな姿を見せられない紫は一進の反応を期待を込めて少しだけいやらしい笑みを浮かべて話を逸らした。
「それにしても朝から温泉ね〜……言ってくれてたら私も一緒に入ってあげたのに」
「ブフー!?!?」
「こいし様ぁ!?大丈夫ですか!?」
ほぼほぼ会話に無関係だったこいしの突然のリアクション。当然そんな反応をされては一名を除いて皆一様に驚きを示していた。
「エッホ!ケホッ!」
「突然どうしたのよこいし……一進も何変な顔してるの?」
「え!?」
むせるこいしにさとりは水を差し出して背中をさする。そして表情が固まっている一進を不思議に思い静々と問いかけた。
「え〜と……あ〜それはですね〜言えないっていうか言ったらダメというか〜」
「歯切れ悪いですね…。あなた達の場合二人とも心が読めない分口で言ってもらうしかないというのに……あっ!」
「…………」
何かを思いついた様に手を叩いたさとりの姿を見た時点で一進は異様な不安にその身を駆られ始める…。だが、それでも、例えニヤニヤし始めるさとりがどれだけ嫌だろうと、この場から逃げる訳にはいかない一進は溜息一つと共に腹をくくるしかなかった。
「一進?」
「……何ですか?」
正直な所彼自身はさとりの考えに気づいている。さとりが何を取り引き材料にしてくるかなんて、自分の言った事と彼女の能力を聞いた身からすれば想像するのも容易かった。
「私はですね、勇儀さんの心をから面白いものを見たんですよ……『さとり様あああぁぁぁ!!!今までバカにしてホントすいませんでしたあああぁぁぁ!!!』でしたっけ?」
「……あ〜…」
「嫌がったって遅いです。さぁ、今までの反省を込めて隠している事を言いなさい」
さぁ!さぁ!とノリノリになってさとりは一進の隠し事を暴こうとする。
「…………え〜と」
確かに一進は反省してるし感謝もしてる。さとりの考えた作戦が無かったらおそらくあそこまで地底の住民に歓迎されなかっただろう。
それでも。それでもだ。さとりだけならいざ知らず…この場に居るのは自分を含めて計六人。流石にそれだけ居る中で言ってしまうのは気が引ける。
「(はてさてどうするべきか。これは一回こいしちゃんに――ダメだ、頑なに目を合わせない様にしてるわ)」
一進はこいしに助けを求めたかったが、当の本人は赤い顔をして俯いている為その考えは封じられる。
長引くかと思われた一進の長考。
だが、意外にもそんな沈黙を破ったのは二人の反応に薄々感付いたお燐だった。
「まっ!?まさかこいし様!?本当におふr「ダメェ!!」ギニャー!!」
「抱きしめられたのはともかく!そっちはダメェェー!!!」
「「「えっ?」」」
「あっ、――っ///」
こいしは何があったか気づいたお燐に、盛大な弾幕を浴びせて吹き飛ばした後に焦って自爆する。
そして皆がこいしに注目を集めた事で、こいしは能力を発動して急いで逃げ出そうとした。
「こいしちゃん!?」
皆の意識から外れる事により上手く逃げようとしたが、能力の効かない一進だけはこいしを止めようと試みようとする。
だが……。
「「ねぇ、一進?少し聞かせて欲しいのだけど」」
「っ!?」
一進の肩には二人の妖怪の手が置かれており、そんな事出来る筈も無かった。
能力が効かないのは一進だけ……当たり前だが他の者たちはこいしの能力を受ける。
よって、当然矛先は一進一人になる……。
「「あの子(こいし)を抱きしめてお風呂入ったってどういう事よ(ですか)!!!」」
「混ざってる!!!ってか俺だって前半は全く知りませんよ!!」
「「前半
「ああああ!!もう!!!」
これは、無意識少女が青年に惚れてしまったが故に起こった悲しい事故。
彼女が心から素直になるのはいつになる事やら……。
「にぎやかで楽しいね〜お燐♪」
「……お空の鳥頭ぁ〜!」
この話を書いている途中に何故かpcが強制シャットダウン。
これからはコピーを残しておこうと心から思いました。
それではまた次回。