それではどうぞ。
新たに地底の仲間に加わった一進の歓迎が行われていた旧都の宴会も、既に大半が酔い潰れている為、今では騒がしさも消えすっかりお開きになっていた。
しかし閑散とした中に主役である一進の姿が無く、有るのは妖怪たちの寝息やイビキ、強い酒の匂いだけだった。
〜場所は変わって地霊殿〜
「さとり、入るぞ」
「おや、勇儀さん。すみませんお燐を迎えに行かせるつもりでしたが……わざわざ二人を連れて来ていただいたようで」
「あー、いや別に構わんさ、それに私も聞きたい事があったからな……」
さとりのいる部屋に入り、そう言った勇儀はさっきまで宴会を楽しんでいた顔から一変して真面目な顔をする。
「なぁさとり、聞かせろ…藤代一進……あいつはなにもんなんだ?」
「?人間なのにあまりにも妖怪に慣れていると?」
「そうじゃねぇよ、それに私たち妖怪に対して恐れなかった人間は前にもいたろ。問題はあいつの攻撃の方だ……一進自身はその威力に気づいてないみたいだったけど……まず間違いなくあんな攻撃食らったら並の妖怪だと耐えられねぇぞ」
「……そんなに凄かったんですか?」
「……私の歯を折りやがった」
「!?そこまでだなんて!」
勇儀の言葉にさとりが驚くのも無理はない。それは勇儀が身体の頑強さにかけては幻想郷トップクラスの妖怪である鬼だからに他ならない。
それもただの鬼に留まらず、彼女は四天王と呼ばれる鬼の中でも更に別格の存在となればなおさらだ。
「……どうやら本格的に話を聞かなければならないようですね」
「話だぁ?」
何を言ってるのか分からない、といった感じになる勇儀に対して、さとりは答えを教えるようにある所に指を向ける。
「どう言う事だって――――はぁ!?八雲ぉ!?」
さとりの指した方を向いてそう勇儀が叫んだ通り、部屋の中には妖怪の賢者……八雲紫が居た―――
「……ふふっ、良かったって。一進が幻想郷に来て良かったって……うふふふふふふ」
―――ただまあ、少々壊れていたが。
○
八雲紫が何故地霊殿に居るのか。
それは一進を旧都に送り出した少し後での出来事だった。
「さて、後は上手く頼みますよ勇儀さん」
「……さとり様、やっぱりあたいも付いて行った方が良かったのでは?」
「ダメよお燐。これは危機感を得る為にやってるって事もあるんだから……それにあなただって納得するまで一進を鍛えたんでしょう。だったら、後は信じて待ちますよ……一進と地底の妖怪たちを」
「……そうですね」
それでもやはりお燐は一進を旧都に行かせるの事が心配らしい。
それもその筈、お燐だって旧都へ何度も足を運んでいる妖怪だ。荒くれ者の多い地底ではケンカなんて日常茶飯事な光景だし…やり過ぎている事だって散々見てきた。
それ故にそんな不幸が一進の身に降りかかるのかと気が気でないのだろう。
そして、さとりはそんなお燐の心を読んで嬉しくなっていた。
「(少し前までだったらお燐は人と妖怪、どちらの場合でも死体を回収する事を優先に考えを巡らせていた筈ですが、他者の命を心配するとは。……本当に彼は周りに良い影響を与えてくれますね)」
あっちに行ったりこっちに行ったりと、
「(家事技術があまりにも優秀だからついつい頼ってしまいがちですが、少しは自分たちでもやりませんと)―――誰ですか!」
「えっ?」
何かに気づいたさとりは咄嗟に声を上げる。お燐はそんなさとりに驚くもすぐにそんな事考えられなくなった。
理由は、数瞬後に開かれたスキマから、やつれにやつれた八雲紫が姿を現したからだった。
「や、八雲紫ぃ!?!?」
「何故……あなたがここに?」
「…………しん…どこ……」
しかし、当人の紫は
「……あなた程の存在が、一体地霊殿に何の用があ「一進は………一進は何処にいるのよーーー!!!」はぁ?」
「藍から解放されて!結界の修復と同時にあちこち探したけど!誰も知らないって言うし、此処に居なかったら既に妖怪にやられたとしか考えられないし!!ああ〜ゴメンなさい一進!」
「いや、居ますけど……」
「ああ、やっぱりそうよね……地底なんて危険地帯に居たらすぐにやられてしまうものね……こうなったら彼岸から無理やりにでも」
「だから、居ますって」
人の話を全く聞かない紫にさとりは少々うんざりし始めるものの、紫の穏やかでない心を読む事で大体は理解する事が出来ていた。
「(はぁ〜、一進を幻想郷に落としたはいいけど何処に行ったか分からなくなるうえ、その間自分は式神に拘束されてすぐに探せなかったと……何をやってるんですかこの人は……)」
心を読まれさとりに内心呆れられてる、なんてつゆほどにも知らない紫はようやく落ち着きを取り戻し、正常になってさとりを見ていた。
「………古明地さとり、申し訳ないけど聞き間違えたようだからもう一度言ってくれないかしら?今貴方居るって」
「藤代一進は、一週間以上も前に地底にやって来て…今は旧都に行ってますよ」
「―――っ「待ってください」!?何故止めるのかしら?事と場合によっては貴方を今此処で―――」
「彼が心配で焦るのも分かりますが、一進の身の安全は必ず保障します。だから」
「だから?」
大妖怪特有の濃密な妖力が紫から放たれるが、さとりは恐れずに言葉を紡ぐ。
「温泉…貸しますので入ってきた方がいいですよ」
「……………有り難く頂くとするわ…」
一人の男をを探す為に幻想郷中を奔走した紫に対して、妖怪の賢者、地底のまとめ役、そんな立場を抜きにして一人の女性として紫を癒してあげたい……そんな気持ちに駆られていたからだった。
○
「で、結局なんであいつは感動してる訳だ?」
「それが、途中から待つのが我慢出来なくてスキマで覗いてたんですよ」
「なるほどな、そんでか」
「うふふふふふふふ」
紫は一進が宴会の場で言った。幻想郷に来てよかった宣言を聞いて、自分の世界が彼にとってプラスになった事が何よりも嬉しかったようで笑っていたのだった。
「はあ〜あ……オラッ!八雲!何時までもトんでないでこっち向け!」
「痛った!!え、何?何なの!?」
だがしかし勇儀は、そんな事知るか!とばかりにトリップしていた紫に蹴りを入れて強制的に現実へと引き戻した。
そして目を
「ちょっ、さとり!一進が居なくなったんだけどどうす「ちったぁ落ち着けやぁ!!」ヘブッ」
「二人とも、時間が時間なんですから静かにして下さいよ」
一度目より威力を上げた勇儀の蹴りをモロに食らう紫、話が進まなくてだんだんイラついてる勇儀、そして紫の心配よりも寝ている者たちを心配するさとり、なんとまぁカオスな展開になっていた。
「それで?二人とも、私に話とは何かしら?」
ひとまず紫を落ち着かせる為に、一進は既に地霊殿の一室で寝ている事を彼女に伝えた。
だがそれは逆効果を生んでしまい、すぐに一進のもとへと向かい出しそうになった紫は勇儀の再三にわたり蹴りを入れられる事で暴走を止めたのであった。
「なんかこの話を持ってくるまでにスゲー時間食ったけどもうこの際いいや、それで?あんたが連れて来た藤代一進……一体あいつはなにもんなんだ?」
勇儀はやや疲れた顔を見せるものの、やっと自分の知りたかった事が分かると思い、漸く報われた気持ちになる。
「……どうやら貴方にも、一進の事を説明しておかなきゃいけないようね…」
さっきまでの威厳などが全然感じられなかった姿はまるで嘘だったかのように、今やもう紫が身に纏っているのは大妖怪のソレだった。
「えっ、紫さんそれは「黙ってろさとり」え〜…」
さとりは何かに気付くものの、勇儀に制される。
「……まぁ、なかなかに沢山あるからまとめ辛いのだけど……」
「「………………」」
「そう…ね、一言で言ってしまえば彼は……」
……ゴクッ
「私の最愛の人よ」
「……さとり邪魔すんな、ちょっとそいつを全力でぶん殴るだけだから」
「だから最初に言おうとしたじゃないですか!!後お願いですから止めて下さい、これ以上家に穴が空いたら予算が無くなります……」
全くもって見当違いな事を言い出す紫に再びキレる勇儀、そして泣きそうになりながらも必死に勇儀を抑えるさとりを見ているといたたまれない気持ちになる。
「あ、あらっ?違ったかしら?」
「……あんたが一進に惚れてようが惚れてまいが!心っ底どうでもいいわぁ!!!」
「静かにして下さい~……」
草木も眠る丑三つ時に響き渡る鬼の咆哮、誰も起きない事を切実に願っているさとりだった。
勇儀さんの疑念、それは能力によるものだけなのか……
それではまた次回。