ハルケギニアの超越者――オーバーロード――   作:サルガッソ

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お前の全てを差し出せ

「……どうなさったのですか? アインズ様」

「いや、少し考え事をな」

 

 魔法学院と首都トリスタニアを繋ぐ街道。そこが一望できる丘の上で、本来の骸骨の魔法使いの姿を晒したアインズと、護衛としてついてきたアルベドが会話していた。

 そしてどんな手段かは不明だが――本人に言わせれば、愛のなせる技だろうか――表情と言うものを持たないアインズの様子から、アルベドはアインズが少々上の空になっていたことに気が付いたのだった。

 

「考え事、ですか?」

「うむ。魔法学院の学院長から聞いた、破壊の秘宝の持ち主についてだ」

 

 アインズは学院長との話を終えた後、秘宝を受け取ってそのまま何をすることもなく戻ってきた。

 そしてすぐさまナザリックと連絡をとり、当初の予定通りに準備するよう命じたのだ。主人の命を遂行すべく、シモベたちは皆精力的に動き、あっという間に理想的な陣形をくみ上げた。何故かアルベドが護衛として出てきてまあいいかと流したなんてこともあったが、概ね順調だと言えるだろう。

 後は待つだけ――という暇な時間だったからこそ、一旦棚上げにしたことをアインズは考えてしまうのだ。

 

「破壊の秘法……確か低レベルの武器と魔封じの水晶でしたか?」

「ああ。それ自体には大した意味はない。だが、話に出てきたその秘宝本来の持ち主について気になることがあってな」

 

 死の竜と呼ばれる、ユグドラシルの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を連想させる魔獣を倒したと言う老人。

 その男が決め手として使用した、大治癒(ヒール)のクリスタルに破壊なんて名前が付けられる原因となった魔封じの水晶こそがアインズの思考を独占しているのだ。

 

 その老人は、魔封じの水晶を使用することが出来た。それだけならば偶然とか何とか言えるかもしれないが、呟いた言葉がアインズの予感を確信に変えるのだ。

 そう、その老人が発した『超位魔法発動』と言う言葉が。

 

「超位魔法……その言葉を知っていたと言う事は、そいつは十中八九ユグドラシルのプレイヤーだろう」

「魔法というよりは特殊技能(スキル)に近い、魔法職の切り札、でしたか?」

「ああ。いろいろ条件が厳しくて多用するのは難しいが、間違いなく私を含めた魔法職の切り札だ。そしてそれを発動することができる魔封じの水晶となれば、宝物庫にもそれほどの数がない一品と言えるな」

 

 魔封じの水晶は、スクロールと違って使用者の能力を問わない。スクロールは使用者がその魔法を発動させられるクラスを習得している必要があるが、魔封じの水晶ならば可能なのだ。

 例えば、圧倒的にレベルが足りない高位階の魔法を発動させる、なんてこともだ。

 

 魔封じの水晶はその輝きによって込められる魔法の位階が変わり、第十位階を超える超位魔法を封印するとなればそれだけでかなりの希少(レア)アイテムだといえる。貧乏性のアインズならば、もったいなくて使えないくらいのものだ。

 そんなアイテムを精々適正レベル30程度の装備をしたものが使用したのは不思議だが、その老人がプレイヤーであるのならばいろいろ考える事はできる。例えば引退した高レベルのフレンドから譲り受けたとか、何らかの原因でレベルダウンしたとか。

 

「しかし魔封じの水晶は使い捨てのはず。ならば問題ないのでは?」

「その通りだなアルベド。学院長からも彼の遺品は今回譲り受けた二つだけだったと聞いているし、超位魔法の水晶を複数所持していることはないだろう。……だが、絶対ではない」

 

 その老人プレイヤーは学院長オスマンを助けた後、老衰で亡くなったらしい。死の間際で「何でこんな姿にしちゃったんだ……」と嘆いていてオスマンは不思議がっていたが、アインズにはよくわかる。

 ユグドラシルは自由度が売りのゲームで、プレイヤーの分身であるアバターもかなり自由に設定できた。恐らくそのプレイヤーは、老年の大賢者とかそんなロールプレイングをしたかったのだろう。

 つまり、異形種を選んだが故に不老(アンデッド)となったアインズとは逆に、人間種の老人を選んだ為に余命がほとんどなくなってしまったのだ。ゲームならば子供も大人も老人もそれほど差はなく使えたので、こんな理解不能な現象の末に老衰で亡くなったプレイヤーを愚かだと言う事はできないが。

 

 そんなわけで、もう復活することもない老人プレイヤーのことは考えなくていい。

 アインズの不安の根幹は、その老人プレイヤーの他にもプレイヤーが来ているのではないか、と言うことだ。

 

「一番の候補者は6000年前に現れた始祖ブリミルだが、今回の件で他にもプレイヤーがいる可能性は高まった。となれば考えないわけにもいかないだろう。他のプレイヤーのこと。そして、この世界の権力者のことをな」

 

 ハルケギニアの歴史を軽くではあるが知ったアインズは、始祖ブリミル以降に新たな技術と能力を齎した者が存在しないことを知っている。

 ならばこの世界とは全く違う異端な存在であるユグドラシルプレイヤーはブリミルだけなのかと思っていたのだが、オスマンの話で否定された。

 今回の老人プレイヤーは運悪く自爆しただけであるが、他にプレイヤーがいるのならば何故その名が歴史に残っていないのか。今集まっている情報だけで言えばユグドラシルプレイヤーの力は圧倒的であり、絶対だ。それなのに6000年もの間誰一人偉業をなすことはなかった――などと、ありえるだろうか?

 

(恐らく、何かある。ユグドラシルプレイヤーを歴史から抹消する、そんな力を持った何かが)

 

 その第一候補はやはり宗教国家ロマリアだろう。始祖ブリミルを唯一絶対の存在として崇めるからこそ成り立つ組織としては、ブリミルと同等の力を持ったどこの馬の骨とも知れない者など認められないのも当然だ。

 そして第二候補は各王家。彼らもやはり始祖の血族と言うブランドによって権威を得ている以上、それが揺らぐことは絶対に阻止するはずだ。

 それ以外に考えられるのは、やはりユグドラシルプレイヤーか。実はこの世界の裏にナザリック同様転移されたギルドでもあって、その力を独占すべくこの世界にやってきた他のプレイヤーを暗殺している、なんて可能性もないわけではない。実はブリミルの正体がアインズと同じく寿命を持たない異形種だったなんて場合もあるのだし。

 

「……なるほど。流石はアインズ様。わたくしなどよりも遥か先を見ていらっしゃるのですね!」

「え、ああ、いや、それほどでもないがな」

 

 何故かアルベドが、その瞳に尊敬と情欲を乗せてアインズを褒め称えた。アインズではその脳内で何が起きているのか分からないが、とりあえず頷いておく。

 

「……おっと、来たようだぞ」

「はい、それでは、作戦を開始いたします」

 

 だがそんなほのぼのとしか時間も、待ち人が来たことで終わりを迎えた。

 よく見通せる位置からずっと眺めていた街道に、一つの馬車がやってきたのだ……。

 

 

(はぁ、ついてないねぇ)

 

 ゴトゴトと揺れる馬車の中で、杖を取り上げられ、両手両足を縄で縛られた一人の女性。今までの人生で名乗ってきた名は様々だが、ここでは土くれのフーケと呼ぶのが相応しいだろうか。

 

(まさかあんな餓鬼共と、今まで聞いたことも無かった戦士に捕まるなんてさ。……ゴメンよ、ティファ)

 

 フーケは故郷に残してきた妹のような少女のことを思いつつ、自らの未来を想像してため息を吐く。

 

 土くれのフーケに与えられるであろう刑罰は、恐らく死刑。今まで散々貴族を相手に盗みを働き、おちょくってきたのだ。殺しはしないその手口と狙った貴族の不人気さから平民には人気があったとはいえ、そんなもの判決に一切影響はないだろう。

 ほぼ間違いなく、フーケは投獄された後出来レースのような裁判にかけられ、その生涯を終える。盗賊稼業に手を染めたときから覚悟はしていたが、いざそのときが来ると気分が沈むのは仕方がないだろう。

 

(ここから逃げる……のは、無理だよねぇ)

 

 フーケは優秀なメイジだが、杖がない今はただの人間だ。盗賊稼業の為に鍛えてこそいるものの、しっかりと縛られた状態では文字通り手も足も出ない。

 最悪色仕掛けでも何でも使って逃げ出してやるといいたいところだが、この護送用馬車を囲っているのは平和ボケした馬鹿教師共ではなく、プロの兵士達だ。まあトリステインの役人の錬度は一部除いてお世辞にも高いとは言えないが、それでも欲望に身を任せて自分を取り逃がすほど愚かではないとフーケはわかっていた。

 

 もうフーケにできることは、ただ黙ってそのときを待つだけ。

 敬虔なブリミル教徒ならば始祖に祈りでも捧げるところだが、遥か昔に王家にも始祖にもツバを吐いたフーケにはそれもない。

 そんな彼女が今更始祖に縋るわけもなく、最初のころは自分を捕らえた戦士や餓鬼共、そして散々セクハラしてくれたジジイやクソッタレな運命とやらを自分に用意した始祖への恨み言を心中でこれでもかと叫んでいたが、それも今では虚しくなってやめている。

 稀代の盗賊として名を馳せたフーケとしては地味な最後を迎えようと、ただただじっとしているばかりであった。

 

(……? なんだい? 馬車が止まった?)

 

 そんな彼女だったからだろうか。

 救いを与える始祖にツバを吐き続けたからこそ与えられる、この世でもっとも不吉で邪悪な神の救いが与えられるのは。

 

「――ギャッ!?」

「ヒッ!」

 

 外で、そんな小さな悲鳴がした。それが何なのか、フーケにはわからない。わからないが、それでも五感に伝わってくる感覚には覚えがあるのだった。

 

(これは、血の匂い? まさか、外に暗殺者が……?)

 

 フーケの鼻に入ってきたのは、嗅ぎ慣れた血の匂い。それも、人が一人命を落とすに十分な量の血だ。

 

(……思ったより早かったけど、当然かねぇ。盗賊フーケに喋られちゃ困る奴は、一人や二人じゃないんだ)

 

 フーケとして、数々の貴族屋敷に押し入り強盗を働いてきた。その過程で知ってはならないこと――ご禁制の薬を所持していたり、他国に秘密裏に情報を渡していたり、犯罪組織との繋がりがあったり――を彼女はそれなりに知っていた。

 フーケの主なターゲット、つまり仲間もいない盗賊一人にいいように翻弄される無能でありながらも懐に溜め込んでいるような人種の大半が悪徳貴族だったと言うだけの話なのだが、だからこそフーケの被害者達の大半はフーケに正当な裁きなど求めてはいない。

 下手に触れると身の破滅を招きかねないが故にフーケが心の中に封じていた数々の情報が露見する前に、フーケ諸共消してしまおうと考える者がいてもおかしくはないのだ。

 

(捕まってから暗殺者が動くまでが早すぎるってのが気になるけど、遅かれ早かれさね)

 

 フーケの予測では、自分を密かに殺したいと思っている貴族連中が自分の捕縛を知るのは投獄された後だと思っていた。

 この世界には電話の類はもちろん、<伝言(メッセージ)>のように連絡を取り合える魔法も存在しない。故に情報伝達は人伝か手紙のようなものになるので、ここまで早い行動をとるとは思ってはいなかった。

 しかしどちらにせよ結果は変わらないと、フーケはそこで思考をとめる。大方通信を可能にするマジックアイテムでも持ってる奴がいたんだろうと思って。

 

(……静かになったね。ご愁傷様と言っておこうか。盗賊フーケの道連れにされちまってさ)

 

 縛られたフーケに外の様子を知る手段はないが、静かだが確かに聞こえてきた殺し合いの――いや、一方的な虐殺の音が聞こえていた。

 フーケ暗殺の邪魔になる兵士達をまず殺したのだろう。全てを闇に葬るための些細な犠牲として彼らは選ばれてしまったのだ。

 

 フーケはそう考えたのだが、それは真実ではない。護送の兵士達が不幸なのは間違いないが、やってきたのは暗殺者を遥かに超える死の化身なのだから。

 しかしその事実をフーケが知るのは少しばかり後の話だ。観念して暗殺者の刃を待っていたフーケの意識は、唐突に、まるで魔法でも使われたかのように落ちることとなったのだった。

 

 

「アインズ様、周囲の人間の討伐、全て完了しました」

「ご苦労。では中にいるはずの土くれを外に出せ……いや、ここで騒がれるのも面倒か。まずは眠らせ、ナザリックに連れ帰るとしよう。丁重に、な」

「はっ!」

 

 当たり前だが、フーケ護送馬車を襲ったのはアインズの手の者だ。八肢刃の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)達による速やかな暗殺劇であった。

 そして、そのままアインズはフーケを拉致することに決めた。一応今のアインズたちは指名手配班の護送車を襲っている身分だ。シモベ一同は人間が現れたら殺せばいいや程度にしか思っていないが、アインズとしてはあまり長居したくはない。

 

「アインズ様、この人間の死体と馬車はいかがいたしますか?」

「そうだな……死体はナザリックに持ち帰って実験に使おう。馬車は……そのままでいいか」

「よろしいのですか?」

「別に見るべきところもない普通の馬車のようだからな。不要だろう」

 

 アインズは八肢刃の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)の質問にそう答えた。馬車に見るべきところはないと思い、放置することにしたのだ。

 しかし、八肢刃の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)は、全く他意はなく自らの疑問を正直にぶつけてきたのだった。

 

「馬車には少量ではありますが、血痕が残っております。このまま放置すると襲撃があったことが露呈する恐れがありますが……?」

「あ」

 

 八肢刃の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)の疑問はもっともだろう。だが、そこまで考えていなかったアインズは精神安定が発動するほどではないが動揺してしまう。

 さてどうするかと存在しないはずの脳みそをフル回転させていたそのとき、アルベドからフォローが入るのだった。

 

「シモベ風情に理解できないのは仕方がないけれど、アインズ様がその程度のことをお考えになられていないわけがないでしょう?」

「ぇ?」

「今回の襲撃、アインズ様は隠密行動を望まれているの。だからこそ、この襲撃もナザリック以外の勢力が起こしたと思わせる必要がある。そのために襲撃には魔法を使わずにあなた達を使い、人間が刃物を使ったとも見えるようになさったのよ」

「なるほど。あえて証拠を残すことで、襲撃犯を人間のように見せかけるということですか」

「その通りよ。死体は詳しく調べられれば凶器の形状などから疑われる恐れもあるから回収するけど、馬車はそのまま残しておけば戦闘の末に連れ去られたように見える。ですよね、アインズ様?」

「う、む。その通りだアルベド。私の考えを全て見抜くとは、流石だな」

 

 もし流せるのならば冷や汗を流しているだろう心境で、アインズは何とかこの場を乗り切った。

 実際にアインズが八肢刃の暗殺蟲(エイトエッジアサシン)を使ったのは、普通に隠密能力に長けているからと言うだけだ。可能な限り静かに速やかに行動するのならこいつらが適任かな、と思っただけで。

 しかしそんな内心は極力見せないよう努力しつつ、アインズはナザリックへ帰還すべく魔法を唱えるのだった。

 

「では、後は任せるぞ。私はナザリックへと戻るとしよう」

 

 

(……うーん……ここは……?)

 

 護送馬車襲撃からしばらく経ってから、フーケはゆっくりと意識を取り戻した。

 寝ぼけた頭でいつの間にか眠ってしまったと思い、そしてすぐに思い出す。自分は確か、盗賊フーケとして牢獄へ送られる最中ではなかったかと。

 

「ど、どこだいここは!?」

 

 意識を取り戻したフーケが見たのは、豪華な部屋であった。

 かつて、フーケが本来の名を名乗り、一人の貴族の娘として暮らしていたときにも見た事が無い見事な調度品で埋め尽くされたこの部屋は客間だろうか。

 窓がないのが気になるが、はっきり言ってこんな部屋、大貴族と呼ばれる連中の屋敷にだってそうそうないだろう。トリステインでこの部屋を作れるかもしれない貴族を考えてみれば、王家やかのヴァリエールならば可能性はあると言った所か。

 

「お目覚めになられましたか?」

「ッ!?」

 

 見事すぎる部屋に放心していたとき、突然背後から――入り口付近から声がかけられた。

 咄嗟に懐から杖を取り出そうとするが、没収されているのだからあるわけない。仕方なく猫のような動きで距離を取るべく後ろに下がり、声の主を見る。

 するとそこにいたのは、一人のメイド――絶世の美貌を宿した、その美しさだけで国を滅ぼすことも可能ではないかなどと思ってしまう美女メイドであった。

 夜会巻きにした黒髪はつやつやと輝いており、メガネをかけた知的な印象は見るものを感動させる。

 首もとのチョーカーがチャームポイントの、知的なお姉さんといった感じだ。丁度、学院で演じていた秘書ロングビルに近い印象だろうか。

 その、神が芸術品として作り上げたかのような美貌に匹敵すると思うほど、フーケも自惚れてはいないが。

 

「あ、アンタは……いや、ここはどこなんだい?」

 

 フーケは警戒しつつも、入り口の前で立っているメイドに語りかける。

 

「ここは至高なる41人が創造せし居城、ナザリック地下大墳墓の客室です」

「だ、大墳墓?」

 

 メイドの美しさはそのまま主人の格をあらわす。

 貴族が贅沢な食事を好み、豪華な衣服に身を包み、希少な美術品を集めるのと同じことだ。所持品は持ち主のステータスを示すものであり、メイドの美貌もまたその内の一つであると言える。

 ならば、この客室とメイドが示すこの屋敷の主人の格はどれほどのものなのか。盗賊として物を見る目を磨いてきたフーケの評価は――規格外。

 フーケではとても相手に出来なかった王族級の、それもトリステインのような小国とは比較にならない国力を持つガリアの王家クラスなのではないかとすら思えてくる。

 

 そんな屋敷に大墳墓と言う言葉はあまりにも似つかわしくないが、聞き間違いだろうとフーケは判断する。

 相手が敵でないと言う保証はない――むしろ敵であると思ったほうが自然な現状では、親しげに聞きなおすこともできないのだし。

 

「それで、何であたしがここにいるのかは教えてもらえるのかい?」

「……それは主人からお話がある予定です。しばらくお待ちください」

 

 メイドは、どうやらフーケと親しくするつもりはないらしい。ここにいるのも主人の命令だからで、個人的にフーケへの興味はないと言ったところか。

 そこまで考えたところで、フーケはこの謎の屋敷について考え始める。まず第一に、こいつらは何者なのかだ。

 

(ガリア王家? ……考えられないことじゃないけど、動機がさっぱりだね。あそこに恨まれる覚えはないし、歓迎される覚えはもっとないよ)

 

 基本的に、フーケの活動はトリステイン王国で行われていた。

 理由はいろいろあるが、国力が弱く腑抜けだらけで、私腹を肥やした獲物にも困らない。そんな盗賊天国だったからと言うのが大きい。

 そんなわけで、フーケに興味を持つのならばトリステイン貴族が大半だろう。もちろん盗賊としての技量を欲しがる者は大勢いるだろうが、わざわざ国際問題になるリスクまで犯して欲しがるほどではないはずだ。

 特にガリア王家など、後ろ暗い仕事専門の騎士団があるくらいだ。表向きには存在しないことになっているが、フーケくらい裏社会に浸かっているものならばその存在くらいは耳に入る。そんなのを抱えているのに、わざわざ他国の盗賊をスカウトするとはとても思えないのだ。

 

(ダメだね。考えてもわかりそうにない。それじゃあ……逃げられるか?)

 

 今のフーケは縛られていない。まるでお客様――お姫様待遇とでも言うべき状況にあった。

 そして部屋の中にいるのはメイドが一人。杖がなくとも、腕っ節だけでメイドの一人くらい制圧できるだろう自負がフーケにはあった。

 だが――

 

(……やめよう。何でかはわかんないけど、死ぬ気がする。あのメイドを倒したところで外には警備兵がいるだろうしね)

 

 僅かな思考の末、フーケは腕力に訴えるのは止めにした。盗賊として生きていた中で身に着いた勘と言う奴に従って。

 その勘にフーケはもっともらしい理屈をつけて自分を納得させるが、真実は全く違う。だが、それを今のフーケが知ることはないだろう。

 

「……アインズ様――主人の準備が整いました。ボク――失礼しました。私がご案内させていただきます。こちらにお越しください」

「……わかったよ」

 

 突然準備ができたと、まるで見えない誰かから命令でも受けたかのようにメイドはフーケにそう告げた。

 この屋敷の主人はアインズというらしい。フーケは自分の脳内にある貴族名簿に検索をかけてみるが、該当なし。

 なんら情報を得られないまま、フーケはメイドの後ろについて歩いた。

 そして、再び圧倒されるのだった。

 

「な、何なんだい、こりゃ……」

 

 部屋の外に広がっていたのは、神の居城であった。

 今まで相手にしてきた貴族? 王族? そんなものとは比較にすらならない、人の手では未来永劫作ることなどできない美の世界。それが広がっていたのだ。

 

(あのツボ一つでいったい何エキューに……一つ、一つあればもうティファたちに苦労かけることなんて……)

 

 思わず盗賊の目線で周囲を見渡してしまうが、そんな自分の矮小さが恥ずかしくなる圧倒的な光景を前に、次第にフーケは子供のようにただ辺りをキョロキョロ見渡すだけとなっていく。

 そうしてしばらく歩いた先に、重厚な扉が現れたのだった。

 

「この奥が玉座の間です」

 

 その一言で仕事は終わりと言いたいのか、メイドはそこで立ち止まった。

 同時に、まるで扉が意思を持っているかのようにゆっくりと開きだす。フーケは緊張のまま黙ってその扉が開くのを待ち――今日何度目かもわからない驚愕に晒されるのだった。

 

「あ、死んだ」

 

 扉の向こうから伝わってきた気配に、フーケは極自然に自分の死を受け入れた。そして、己の目で扉の向こうを見て、その予感は確信に変わった。

 扉の向こうの部屋。神の居城の中でも一際輝く玉座の間には、多数の見たこともない魔獣が並んで立っていた。そこに統一性はなく、一体一体種族が違うようだ。

 物語の中に登場する悪魔、命を持たない骸骨の騎士、魔法生物の類いだと思われる生きた炎、二足歩行する巨大なカブトムシ、あり得ないほどに進化を繰り返したようなオーク鬼っぽい兵士、紫電を纏う魔狼など、様々だ。

 共通しているのは、人では勝てないということだけ。メイジ? トライアングル? スクウェア? それがどうしたと言わんばかりの、生物として格が違いすぎる怪物の列であることだけがフーケの生存本能を刺激するのだった。

 咄嗟に脳内で自分のゴーレムを作り出した場合の戦闘シミュレーションを行うが、結果は言うまでもない。たかだが再生する土の巨大ゴーレムで、視界に広がる化け物に傷の一つでもつけられるイメージが微塵も沸くことはない。

 

 そして、その奥。玉座に君臨する『死』と、その隣に控えている背中から漆黒の翼を生やした美女。

 あれはもうダメだ。並んでいる化け物一匹でも外に現れようものなら生物の垣根を越えた連合が組まれそうなのに、それすら超えているとやはり磨き上げたセンサーが訴えてくる。

 今まで培ってきた常識をあっさりと超えていく、見ただけで理解できてしまう力の桁のインフレ。別に見ただけで相手の戦闘力を見抜く能力なんて持っていないフーケですらあまりのどうしようもなさに震えるしかないそんな場面で、玉座の『死』はゆっくりと、まるで人間のような声で語りかけてきたのだった。

 

「……? どうした、土くれのフーケよ。入っていいぞ?」

「ッ!? あ、ああ……」

 

 内心の声を上げれば「怖いからヤダ!」と子供のように叫びたいところなのだが、それすらも恐怖が塗りつぶしてしまう。

 いったい何なんだこいつらは。何でこんなのがハルケギニアに、人の世界にいるんだ。そんな始祖とかその辺の存在への罵倒を繰り返しつつも、フーケは恐怖に押されてゆっくりと歩き出す。力の桁が狂っているとしか思えない化け物の列の中心を。

 

「さて……初めましてだな、土くれのフーケよ。私はアインズ・ウール・ゴウン。気軽にアインズと呼んでくれ」

「え、えっと……」

「楽にしていいぞ? 一応この世界で初めての客人だから数だけは揃えたが、別に正式な式典でもないしな」

 

 できるか。そう叫びたいところだが、この『死』に逆らって生きていられる自信はかけらも無いので曖昧に頷くに留めておく。

 元々処刑されることは覚悟した身だが、助かった――というには状況が不明にして不穏すぎるが、それでも今生きている以上は生き延びたい。

 今自分が死ねば、隠れ潜む妹分や子供達もまた路頭に迷う。フーケには可能性がある限り生き足掻く義務があるのだ。

 

「アインズ様。人間風情がアインズ様にこの態度、不敬かと思います」

「ん? そうか?」

「ええ。――人間。もし貴女にほんの僅かでも思考する能力があるのならば、自分がとるべき態度はわかるわね?」

「ッ!?」

 

 フーケは王家を呪い、盗賊に身を落とした女。もう二度と人に頭を下げて跪くなんてことするわけがないと思っていたのだが、これはダメだ。

 今更些細なプライドに拘って命を捨てる――こんな化け物の怒りに触れれば、死ねるだけでも幸運かもしれない――ほど、フーケは馬鹿ではない。

 その決断は一瞬であり、フーケはかつて令嬢として磨いた作法でアインズと名乗る『死』に跪くのだった。

 

「……では、フーケよ。突然のことでわからないことも多いだろう。まずはお互いの理解を深める為にも、聞きたいことがあれば言うがいい」

「…………!」

 

 アインズは、フーケに質問を許した。確かに聞きたい事は山ほどあるが、下手なことを言って竜の尾を踏みたくはない。

 しかしこのまま黙っていてもいい結果はないだろうと思い――フーケは、無難な質問をするのだった。

 

「なんで、私はここにいる……のでしょうか?」

「ああ、そのことか。ふむ、そうだな……フーケよ。お前がここに来る前のことは覚えているか?」

「……ヘマやらかして、牢獄に送られる途中でした」

「そうだな。我々はそこに介入し、お前を助け出したのだよ」

「……何故、と聞いてもよろしいですか?」

 

 アインズの返答はフーケも予想していたことだ。護送されていたところで襲撃の気配を感じ、気がついたらここにいた。その状況から考えればそう思うしかないだろう。

 だが、何故と言う疑問は残る。いったいこの化け物が、自分と言う一介の人間に何の用があるのかと。

 

「簡単に言えば、協力をお願いしたい」

「協力?」

「ああ。土くれのフーケとして培った技術、能力、経験、知識。それらを私は望んでいるのだ」

 

 フーケはアインズの言葉を聞き、逆に不審に感じた。あまりにもまともすぎるのだ。明らかに人を超えた怪物のくせに、普通の人間でしかない自分の何をそんなに欲しがるのか、と。

 だが、それを口に出すことも態度に出すこともできない。少なくとも、何が死因になるかも分からない今の状況では。

 

「さて、質問はまだあるかな?」

「……私に何をさせたい……のですか?」

「ふむ、まずは知っている周辺の情報について教えてもらいたい。それと、土メイジとして培っていた魔法を使ってもらいたいな。場合によっては盗賊稼業を続けてもらうかもしれないが――構わないかな?」

「……ええ。その程度なら、何とでも」

 

 思ったよりも普通だ。普通だが、だからこそその裏にある真意にフーケは恐怖する。

 こんな死の化身が何を考えているかはわからないが、外見に似合わず智謀に長けているらしいと言葉の端々から伝わってくる教養で感じる。まさに王の風格とでも言うべきか。個人的に王族に対しての印象最悪であるため、それが褒め言葉なのかはわからないが。

 

「他にもいろいろあるが……ふむ、どうも言葉にするとうまく纏まらないものだ。ならば、簡潔に言おうか」

 

 “死”はその虚ろな眼窩に宿る光をよりまがまがしく染め、フーケを見据える。

 その視線はフーケにとってとても、とても不吉な印象を感じさせるのだった。

 

「――お前のすべてを差し出せ、土くれのフーケよ」

「んなっ!?」

 

 放たれた言葉は、まるで悪魔の契約だった。

 頷けば絶望しかない。しかし首を横に振っても死が待ち受けている。

 フーケに突きつけられたのは、まさにそんな理不尽なものなのだった。

 

「そ、そんなの……」

「無論、ただとは言わない。これからの働き次第ではあるが、報酬も用意することを約束しよう。お前一人では、決して叶えられない望みでもな」

(こいつ、どこまで……!)

 

 その言葉を聞いてフーケの頭に浮かんだのは、血の繋がらない妹のことだった。

 あの子はなにも悪くないのに、今も隠れ潜む生活を余儀なくされている。そしてそれは、未来永劫変わることはないだろう。

 このハルケギニアそのものが、圧倒的な何かで塗りつぶされでもしない限りは。

 

 そして、目の前にいるのはそれができるかもしれない異形だ。

 6000年という歴史を重ねても変わらなかったこの世界に、新たな風を引き込むかもしれない存在。

 受け継いだ血のせいで迫害される妹が、大手を振って町を歩ける世界を作れるかもしれない存在だ。

 

「……わかった。その話、引き受けさせてもらいましょう」

 

 フーケは深々と一礼し、死の王に忠誠を誓った。

 己の都合と保身で人類を裏切り、化け物に従う。それでいいのかと一瞬自問するが、元々人間社会に弓引いた盗賊だ。その葛藤は一瞬で終わり、そして守るべき家族の顔を思い浮かべる。

 アインズの語る報酬がどんなものなのかはわからない。だが、この怪物たちを信用できるのかはわからないが、もしかしたら人に怪物と忌諱される妹分が平和に暮らせる世界なのかもしれない。

 フーケは些か希望的観測を交えつつ、化け物の巣窟の一員となることを誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「これで我々はこの世界についてより多くのことが知れるだろう。ではそろそろ、アインズ・ウール・ゴウンの名を世界に知らしめるとしようか……!」

 

 慢心することなき死の王はゆっくりと世界を理解する。

 その先にある、友に恥じない理想の世界を夢見て。アインズ・ウール・ゴウンが歩みを止める事はなく、負ける事はありえない――。




次でラストです。
別にこの話で終わりでもいいんですが、これからナザリックがどう動くのかをナザリック会議と言う形でお送りする予定です。

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