ハルケギニアの超越者――オーバーロード――   作:サルガッソ

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お話をお聞かせ願いたい

「あの武器を……ガンナーのクラスでなければ使えないアレを使ったのか?」

 

 後方から飛んできた魔力弾。まさにアインズが魔法で読み取った通りの効果を発揮したその武器により、土のゴーレムは吹き飛ばされた。

 結果自体は予想通りだ。あの破壊の杖と呼ばれていた銃は、大型アップデート「ヴァルキュリアの失墜」で追加されたユグドラシルの武器だ。ファンタジーな世界観にはあっていないが、まさしく銃器である。

 魔力弾を発射する武器であり、データ量はそこまでではない。差し詰め初心者を脱却した辺りの装備である。適正レベルは30と言ったところか。

 

 だが、あの破壊の杖――魔法鑑定の結果、名称は破壊の杖となっていた――には少々製作者による強引な改造が施されていたのだ。

 ユグドラシルはプレイヤーの自由度が売りだっただけに、武器製作も性能から外装までほぼプレイヤーのオーダーメイドだ。故に、極端に特化させた性能のロマン武器も珍しくないのである。

 これはそんな装備の一つ、攻撃力を重視するあまり連射性能を全て捨てた特化武器だったのだ。そのおかげで、武器レベルに見合わない破壊力を実現した、製作者のこだわりを感じられる一品であった。実際に飛んでいった魔力弾を見る限り、恐らくイメージしたのはバズーカ砲だろう。

 

 その、破壊力だけを求めたせいで実戦に使うにはいろいろ面倒だっただろう銃。それならば、土でできたゴーレム一体くらいは吹き飛ばせる。その後作り直されたり再生されたりと言ったことには対応していないが、威力だけを見ればワンランク上の武器に匹敵するのだ。それこそ、モモンとして装備しているアイテムくらいには。

 問題は、それをこの世界の人間が使って見せたことである。

 

(ユグドラシルでは、装備条件にあったクラスを保有していなければ装備する事はできなかった。となると、あの銃を使った少年――平賀才人はガンナーのクラスを修めているのか?)

 

 ユグドラシルのゲームとしてのルール。それがこの世界でも生きているのはアインズ自らが実験済みだ。

 アインズは純粋な魔法職であり、剣や鎧の類を装備する事は通常できない。実験ではグレートソードを持ち、そして振るってみたのだが、武器として使おうとした瞬間に手から弾かれてしまったのだ。

 なお、現在モモンとして装備している鎧と剣はアインズが自らの魔法で生み出したものであり、これならばクラスに関わらず武器を持つことができる。その代償として魔法に大幅な制限がかかる為、普通はやらないが。

 

 とにかく、ユグドラシルならばガンナーでなければ破壊の杖を使う事はできない。なのに、それをユグドラシルとは無縁に思えるこの世界の人間が使った。

 それは、今も竜の上で銃を構えたままビックリしているサイトがユグドラシルのプレイヤーであり、ガンナーのクラスを修めていることを指すのか。それとも、この世界の人間はユグドラシルのルールに縛られずにあらゆる武器を扱うことができるのか。

 アインズは、その二つの可能性に頭を悩ませる。

 

(……この二つに関しては要検証だな。だけど、少なくともあれを破壊の“杖”と呼んでいたこの世界の住民に知識があるとは思えない)

 

 結論。平賀才人は要注意人物である。魔法学院に情報系魔法への防御はなかった為、今後平賀才人への監視をする必要だ。

 アインズはサイトに対してそう決定し、剣を納める。どうやらこれ以上ゴーレムは再生しないようなので、こちらへ降りてくる竜を迎えることにしたのだ。

 

「すごいわダーリン! 平民なのに魔法の杖が使えるなんて!」

「い、いやぁ~」

(年頃の女友達に抱きつかれて鼻の下を伸ばす……青春……俺もそんな青春を……)

 

 ゴーレムを倒したと喜ぶ少年少女。そんな光景を前にアインズの人間としての残滓がうずき始めるが、一人そんな喧騒とは無関係と言った様子で側に控えているルプスレギナを見て気を落ち着かせる。

 そして、今の内にその報告を聞くのだった。

 

「ルプスレギナよ、あの破壊の杖を使ったのはあの少年か?」

「はい。ピンク色の髪の少女は魔封じの水晶を使おうとしましたが失敗。対して、少年の方は破壊の杖を持った瞬間に使い方を理解しました」

「なるほど……大治癒(ヒール)をゴーレム相手に使おうとしたのならば、間違いなくあれが何なのかはわかっていないな。となると怪しいのは平賀才人少年一人か。それで、もう一つの方は何か分かったか?」

「申し訳ありません。そちらに関しては何もありませんでした」

「そうか、ご苦労」

 

 支配者の演技と、メイドとしての態度で二人は言葉を交わす。

 完全にアインズが戦闘開始前に抱いた疑問が消えたわけではないが、ひとまずよしとしなければなるまい。もう、アインズが果たしたかったことの九割は終わっているのだから。

 

 

「……フーケは?」

 

 ゴーレムを倒し、一段落着いた雰囲気になったところでタバサがポツリと呟いた。その一言で、ルイズ達の顔が引き締まる。

 

「皆さん、無事ですか!?」

「あ、ミス・ロングビル! フーケを見ませんでしたか?」

 

 そう言えば、フーケを忘れていた。モモンショックから破壊の杖発射の衝撃で、すっかり当初の目的を忘れていたのだ。

 そんなルイズ達だったが、そのとき森の中から学院長秘書であるロングビルが姿を現した。何か手がかりはと聞いてみるも、何も手がかりはつかめなかったと首を振る。

 

「にしても、森の中から見えましたが凄いですね、破壊の杖」

 

 ロングビルは自然な動きで破壊の杖を賞賛し、そしてサイトの手にある杖を奪う。力ずくではなく、あくまでも自然な態度を崩さないままで。

 

「ロングビルさん?」

「これはあくまでも学院の秘宝ですので、私が預かりますね」

「あ、はい」

 

 サイトの立場は平民であり、そしてルイズの使い魔だ。緊急事態ならばともかく、当面の危険が去ったのに秘宝に触れていい立場ではない。

 だから、この場は責任者であるロングビルが秘宝を預かるのは自然なことだろう。サイトも、そう考えて特に反抗する事は無かった。

 更にロングビルはルイズが持っていた破壊の水晶も受け取り、にっこりと微笑む。そして、相変わらず優雅な動きのままで一歩距離を取り、そして破壊の杖をサイトたちに向けたのだった。

 

「ミ、ミス・ロングビル?」

「ご苦労様。さて、動かないでちょうだいね?」

「ど、どう言うことですか!?」

 

 さっきの破壊の杖の威力を知っている身としては、固まるしかない。何故か武器を持つと情報が頭に流れてくるサイトも、魔法的な部分は理解できない為にその全貌を知っているわけではない。

 はっきり言うと、ほとんどマジックアイテムに分類される破壊の杖はサイトの管轄外なのだ。

 

「フーケ」

「え!? ミス・ロングビルが!?」

「そうよ、さっきのゴーレムを操っていたのもあたし」

 

 ロングビルはめがねを外し、優秀な秘書の仮面が外れる。その仮面の下、盗賊フーケの顔が現れたのだ。

 

「さて、ミス・フーケよ。キミの狙いはなんだ?」

「あら戦士殿。アンタも動かないでね。それと、全員粉々になりたくなければ杖と武器を捨てなさい」

 

 モモンを無視して放たれた命令に、ルイズ達は顔を顰める。杖を持たないメイジなど、平民と変わらない無力な存在だ。それは武器を持たないサイトにも言える。

 だが、そんな脅しには屈しないとモモンは一歩前に出た。

 

「ちょ、ちょっと!」

「勇敢だねぇ戦士殿。でも、勇気と無謀は別物だよ」

「分かっているとも。キミ如き、このモモンが下がる必要もないこともね」

「……言ってくれるね」

「それよりも、私の質問に答えてくれないか? 一体何が目的だ?」

「やれやれ。その無謀に免じて答えてやるよ。わたしはね、この秘宝の使い方を知りたいのさ」

「……使い方?」

 

 モモンはわからないと首を傾げる。サイトたちも、何が言いたいのかと内心で首を傾げる。

 

「せっかく苦労して秘宝を盗んだのはいいけどさ、使い方がわからないんじゃ売るに売れないわけよ。だからわざわざ宣戦布告みたいなことをして学院関係者をおびき出して、ゴーレムをエサに破壊の秘宝を使ってもらおうと思ったのさ」

「……何故使えもしない秘宝を苦労して盗んだ?」

「ま、ちょっとした偶然から学院に入り込めたんでね。破壊の杖に破壊の水晶ともなれば好事家なら誰もが知っている学院長秘蔵のお宝。せっかくだから貰っちまおうと思って、こうして成功したからついでに付加価値を狙ったわけさね」

「なるほど、あれには名前だけで価値があると言うことか……」

 

 モモンは何かに納得したように頷き、そして剣を手に取った。

 それに反応してフーケも破壊の杖を構え、サイトたちは一歩後ずさる。まだ武器も杖も捨てていないので反撃のチャンスはある。そう信じて、引き金にかかった指をサイトたちは真剣に睨みつけた。

 

「さて、それでアンタたち、この破壊の水晶の使い方は知っているかい? 知っていたら教えて欲しいんだけどねぇ」

「そ、そんなの――」

「知っているが?」

「えっ!?」

 

 そんなの知らない。そう言おうとしたとき、何でも無いようにモモンが知っていると答えた。

 それに驚くサイトたちだが、フーケは流石の冷静さで話を続けた。

 

「知ってるってのかい?」

「ああ」

「何で突然現れた戦士が学院の秘宝について知っている? そもそも、アンタは何者だい?」

「ふむ、それに関しては、旅の戦士とだけ答えさせてもらおう。そして、何故使い方を知っているかだが……これをみればわかるかね?」

「なっ! それは……!」

 

 モモンは、懐から手のひらサイズの水晶を取り出した。

 それは内側に淡い輝きを宿した水晶。それはまさしく、学院の秘宝である破壊の水晶と同じものであった。

 

「何であんたがそれを持っているんだい……!?」

 

 フーケもさすがに驚きを顔に表し、自分の手の中の破壊の水晶と交互に見比べる。

 そんな盗賊の姿を前に、モモンは軽く笑って質問に答えるのだった。

 

「これは私の故郷に存在するマジックアイテムでね。私からすれば珍しい物ではない。もっとも、こちらにはないようだが……むしろ私から聞かせてもらいたいな。何故、そのアイテムがこの地にあるのかをな」

「はっ! そんなもん、後で学院のセクハラジジイにでも聞くんだね! ……にしても、あんたハルケギニアの人間じゃないのかい?」

「ああ、少々遠くから来たものだよ」

「そうかい。どこから来たのかは知らないけど、ご苦労なこったね!」

 

 モモンの以外な行動による動揺から会話の間に立ち直ったのか、フーケは再びモモンを睨み付けつつ破壊の杖を構えるのだった。

 しかし、モモンは動じない。ゆっくりと手にした水晶を掲げ……握りつぶしたのだった。

 

「えっ!?」

「なに、危害を加える気はない。ただ――眠るがいい」

 

 モモンが突然秘宝と同じ水晶を破壊したことに驚き、一瞬フーケの動きが止まってしまう。

 その一瞬に、水晶から放たれた光はフーケへと吸い込まれていく。すると、次の瞬間にはその場に倒れて意識を失ったのだった。

 

「え? え? 何が起きたの?」

「なに、今の水晶の力で眠ってもらっただけだ」

 

 光と化して消えていく水晶の残骸を見ながら、ルイズは唖然として呟く。

 何だかよくわからないまま、フーケが意識を失ったのだ。今まで高めた緊張をどこに持っていけばいいのかわからないのも無理はない。

 

「ねえミスタ? あの水晶――一体何なんですの?」

「……本当に知らないのかね?」

「ええ。学院の秘宝としか聞かされておりませんの」

 

 そんなルイズを尻目に、全てを知っているはずのモモンへとキュルケが問いかける。

 だが、モモンは口を固く結んでいるように口数が少ない。どうやら、あまり詳しく説明する気はなさそうだ。先ほどモモンはハルケギニア出身ではないと言っていたことを考えれば、あのマジックアイテムは国の機密に関わる物なのかもしれない。

 少なくとも、あの水晶に関して何も知らないルイズ達にただで情報を渡す理由はないのだろう。

 

「ところで……モモンさん? 何でこんなところにいたんですか?」

「え?」

 

 そんな、マジックアイテムのことばかりをこの場の全員が考えていたとき、何気なく才人がモモンに問いかけた。

 その言葉に、ルイズもそう言えばと疑問を抱く。一体、こんな人気のない森の奥で何をしていたのかと。

 

「…………私はこの地にとある目的を果たしにきたのだが、そのついでに賞金稼ぎをやっていてね。この近くに怪しい人物がいると聞き、調査に来ていたのだ」

「へぇ、フーケって、本当にここの情報を漏らしてたのね」

 

 ルイズはあっさりと納得した。元々助けてくれた人に悪感情を抱くほど捻くれてはいないし、良くも悪くも素直な性質なのである。

 いつの間にかフーケを縛り上げているタバサはちょっと怪訝な顔をしているが、特に異議申し立てするつもりはないらしい。多少怪しくとも、否定する材料がないのだろう。

 まあ、モモンの言葉をそこまで疑うような思考の持ち主の場合、そもそもフーケの大嘘に乗ってここまでやってきたりはしないだろうが。

 

「ま、いいわ。それよりもミスタ・モモン? できればあたし達と一緒に来てくれません?」

「何故かね?」

「自己紹介が遅れましたが、あたし達はトリステイン魔法学院の生徒ですの。このたびの件を学院長オールド・オスマンに報告しなければならないのですけど、できればそれに同席していただけませんこと?」

「なるほど。その場で私に知っていることを喋って欲しいと?」

「強制はしませんわ。ミスタが喋ってもいいことだけを、何なら戦闘のことだけでもよろしくてよ?」

「ふむ、それなら了承しよう。私としても、魔法学院の長ほどの人物と面識がもてるのはありがたいからな」

 

 そんな話し合いの末、モモン一行と共にルイズらは学院へと帰還することになった。

 戦果は奪われた秘宝の奪取と、フーケ本人の捕縛。これ以上ない大金星であると言えるだろう。

 ルイズとしては自分の活躍がなく――ゴーレムを吹き飛ばしたのは自身の使い魔である才人だが、それで納得できるほど彼女のプライドは安くない――終わってしまったことに不満がないわけではないが、駄々を捏ねるほど子供でもない。

 こうして、ルイズと才人の初めての大冒険は終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、そう言えば攻勢防壁切っておかないとな。確か魔法学院は魔法による監視網を敷いてるらしいし)

 

 全くの余談であるが、漆黒の戦士が学院に入る前にそう思い出してくれたのはいろんな意味で幸運だっただろう。

 帰ってきて最初に見るのは学院長が木っ端微塵になった姿なんてことになることもなく、ルイズ達はモモンを連れて勝利報告を行うことができたのだった。

 

 

「……なるほど、では、この破壊の水晶はお主の国の秘宝なんじゃな?」

「その通りですよ、学院長殿」

 

 魔法学院の学院長室。そこにルイズ一行とモモン、ルプーコンビはやってきていた。

 そして一通りの事情――フーケの正体がミス・ロングビルであったこと、盗まれた秘宝は取り戻したことなど――を学院長オスマンに話した後、話はモモンと偽名を名乗るアインズのことへと移っていったのだった。

 

「モモン殿はハルケギニアの外からやってきたのじゃな?」

「ええ。我々はこの周囲一帯の国とは全く異なる国からやってきたのです」

「それで、その目的がこの破壊の水晶だと?」

「その通り。正確にはクリスタルだけではなく、我々の国から盗み出された秘宝を取り戻すこと、ですがね」

 

 アインズはモモンのアンダーカバーとして、このハルケギニアから遥かに離れた国からやってきた戦士であると騙ったのだ。

 戦士モモンとは、ハルケギニアから遥か遠い国よりやってきた存在。そしてその目的は、自分の国より持ち出された秘宝を取り戻すことである、と。

 

 もちろん大嘘だが、この世界の貴族のことを知った上でアインズが自ら考えた設定であった。

 この世界では――というよりも、どんな世界でも王侯貴族とは面子を重んじる。故に、秘宝の類が奪われたなどと絶対に許すことはない。

 荒廃した地球の社畜であった鈴木悟ならば盗難にあっても被害届を出して終わりだが、アインズ・ウール・ゴウンの集めた宝を奪われれば一つの種を滅亡させてでも報復と奪還を行うと思えばその理念も納得できるだろう。

 それを否定する事は貴族であるからこそできないとアインズは考え、それを自分の表向きの顔にしようとしているのだ。この国でモモンとして活動しているのは君命によるものであり、自分もおいそれと引く事はできない。

 忠義と名誉が命よりも大切だと心から思っているものすらいる貴族社会だからこそ、こう言っておけばモモンの活動を咎める者はいないだろうと。

 ……ついでに、学院の秘宝以外にもユグドラシル由来のアイテムがあった場合に回収する理由にもなる。この世界特有のマジックアイテムももちろん脅威だが、世界級アイテムに代表される脅威の存在を無視する事はできないのだ。

 

「うーむ、しかしこれは私の命の恩人が持っておった物――形見なのじゃ。お主の言葉を信じると、私の恩人がお主の国の秘宝を盗んだ下手人だったと言うことかの?」

 

 だが、その思惑はオスマンの言葉で少々ぐらついてしまう。全く知らなかったとは言え、アインズはオスマンの恩人とやらに盗人の汚名を着せようとしていたのだから。

 

(……ここで「そうです」って言ってもいいけど、できるだけこの人の心象を悪くしたくないな。どんな恩人なのかは知らないけど、場合によっては俺の話が嘘だってばれるかもしれないし――)

 

 アインズは少し黙り、そう考える。

 元々いろいろ不安定な自分の立場を安定させる為の作り話なのだから、相手に否定の気持ちを持たれるのはまずい。下手に相手の反感を買って細かく突っつかれた場合、ボロが出るかもしれないのだから。

 

「いえ、その人物が盗人であったとは限りません」

「と言うと?」

「私の国から数々の秘宝を奪ったのは……そう、盗賊団『燃え上がる三眼』と言いましてね。彼らは様々な組織や国に構成員を送り込み、宝や情報を奪取。そしてそれを他の国で売り払うといった行為を繰り返していたのです」

「……なるほど、つまり」

「つまり、貴方の恩人はそれが盗品とは知らずに購入しただけ、なのかもしれませんね」

 

 アインズの咄嗟の作り話に、オスマンは納得した様子を見せた。盗品を持っていても、それを盗品だと知らなかったのならば人格の良し悪しは関係ないだろうと。

 咄嗟に考えたにしてはよく出来た話だったと、アインズは自画自賛する。まあ、考えたと言うよりは、実際にユグドラシルでスパイ行動を繰り返していたギルドの所業をそのまま置き換えただけなのだが。

 

「許せないわね。国の宝を奪った挙句売り払うなんて」

「そうね。もしゲルマニアにそんなふざけた連中が現れたら、ツェルプストーの炎をその身で味わうことになるでしょうね」

「そんなの、トリステインでも同じよ! もしトリステインに現れたらわたしの――」

「爆発で吹き飛ばすって? 怖いわねーヴァリエールは」

「何ですってぇ!」

 

 アインズの言葉を隣で聞いていたルイズとキュルケが架空の盗賊団に嫌悪を示し、そして三秒で喧嘩を始めた。

 そんな少女たちのじゃれあいにオスマンとアインズは揃って若干の呆れが混じった微笑ましい視線を向けるが、今はそんなことをしている場合ではない。アインズとしては、ボロが出る前に話を終わらせてここから立ち去りたいのだ。

 

「ご安心を、その盗賊団がここに現れることはありません」

「あら、どうしてかしら?」

「既に壊滅していますからね。その盗賊団の被害にあったギル――近隣諸国の連合によって、構成員は一人残らず殲滅されましたので」

 

 アインズは作り話を補強する形でそう答えた。

 これもユグドラシルで実際にあったことであり、上位ギルドに潜入して情報を有料サイトに流していたギルド『燃え上がる三眼』は怒り狂った上位ギルド連合にリスポーンキル――復活と同時に殺すこと――を食らい、壊滅している。

 余談だが、そのときの出来事が原因で新規参入を望むプレイヤーに対して厳しい条件が設けられることになり、アインズ・ウール・ゴウンの構成メンバーが41人と言う少人数でストップすることになったのだった。

 

「そ、そう。まあ当然ね」

 

 そんな昔のちょっとした出来事をアレンジして語った。それだけなのに、若干ルイズ達の表情は固かった。

 まあ当然だろう。彼女達の脳内ではモモンという超級の戦士で構成された討伐隊が薄汚い盗賊団を血祭りに上げているのだから。アインズの認識ではあくまでもゲーム内で複数のギルドが動いたと言うだけの話だが、現実で言えば国と言う単位の組織が連合を組んでまで一つの盗賊団風情を壊滅させたなど、容赦がなさ過ぎて笑えない話だ。

 

「さて、それでモモン殿。お主の望みは、やはりこの破壊の水晶と破壊の杖かの?」

「……ええ。盗賊捕縛の報酬と言うのであれば、その二つを所望します」

 

 咳払いを一つした後、オスマンは話を進めた。モモンとしての今回の活躍に払われる報酬の話へと。

 

 アインズとしては、別に破壊の水晶にも破壊の杖にも興味はあまりない。

 マジックアイテムコレクターなところがあるアインズでも、低位階魔法を込めた安物の魔封じの水晶やちょっと特殊な改造がなされた低レベル武器に見出せる価値はあまりない。むしろ、普通に金銭で払ってくれたほうがありがたいくらいだ。

 だが、モモンの立場で考えれば欲しがらないわけにもいかないだろう。この先見つかるかもしれない神器級や世界級アイテムを入手する為にも、ここは秘宝第一で行くべきだ。

 

「ふむ、恩人の形見とは言え、正当な所有者が現れたのじゃ。生徒達を守ってくれた恩もあるし、嫌だとは言えんの」

 

 オスマンは軽くため息を吐いた後、二つの秘宝を手放すと宣言した。元々学院長個人の所有物なので、オスマンの許可があればそれでいいのだろう。

 アインズとしては命の恩人の思い出を持っていくことに些か罪悪感もあるのだが、そこは仕方がないと割り切るのだった。

 

「……ところで、学院長殿?」

「ん? なんじゃね?」

「せっかくですので、貴方の恩人の話を聞かせてもらってもよろしいですかな?」

 

 全ての交渉が終了した後、アインズは世間話を装ってオスマンに話を振った。

 その人物がどんな理由でユグドラシルのアイテムを持っていたのかは分からないが、何かの手がかりになるかもしれないと思って。

 今回の討伐のご褒美としてシュバリエだとか精霊勲章だとか言うものを渡されるらしい生徒たちも、その話には少々興味があるらしく耳を傾けている。今回見た破壊の杖の威力のことを思い出しているのかもしれない。

 そんな期待の目を向けられたオスマンは、拒否することなく、むしろちょっと嬉しそうに恩人の話をし始めるのだった。

 

「あれはまだ私が若いころ、自分一人で何でもできると自惚れていたころの話じゃ。私は一人、単身でとある魔獣の討伐に向かったんじゃ。その魔獣に周辺の村が襲われていると聞き、腕試しがてら退治してやろうとの」

「魔獣ですか?」

「うむ、現地では“死の竜”と呼ばれる恐ろしい怪物であった。その巨大な体躯から繰り出される一撃は人を遥かに超越し、その頑強な身体はいかなる破壊も受け付けん。そう言った手合いの、な」

 

 オスマンは昔を思い出すように語った。そして、僅かに恐怖したように震えるのだった。

 

「オールド・オスマン?」

「ん? なんじゃね、ミス・ヴァリエール?」

 

 そんなオスマンに、信じられないと顔に書いてあるルイズが質問するのだった。

 

「オールド・オスマンは若いころから天才と呼ばれたメイジだったと聞きます。そんな貴方が恐怖するような魔獣だったのですか?」

「うむ、そうじゃよミス・ヴァリエール。いくらメイジだ天才だと持て囃されたとは言え、所詮は一人の人間でしかない。それを強く思い知らされた戦いじゃったのぉ。諸君も肝に銘じておきなさい。いくら強いメイジになっても、この世には人では決して勝ち得ない化け物がおる。決して慢心しては行かんぞ?」

 

 オスマンは過去への追求の傍ら、教育者としての顔を少し見せた。

 教科書には稀代の天才メイジと書かれてはいるが、実体はセクハラスケベ耄碌ジジイ。そんな評価を影でなされているオスマンの貴重なシリアスシーンだった。

 

「さて、話を続けるが、当時の私は一人死の竜を滅ぼさんと竜がすんでいると言う森に入った。そしてしばらく探索を続けた後に出会ったのじゃよ、文字通りにこの世のものではない死を纏った存在にの」

「この世のものではない?」

「そうじゃ、その竜には肉も皮もなかった。どうやって動いているのかもわからん、骨だけで構成された竜だったのじゃ」

 

 オスマンはそこで一旦話を切り、自分の話を聞いている生徒たちと客人を見渡した。

 ルイズ、キュルケ、タバサと言った討伐隊の面々は、オスマンの話をイマイチ信じられないようだ。まあそうだろう。今までの人生の中で、そんな化け物の存在など聞いたこともないだろうから。

 対してサイトだが、彼は素直に受け入れていた。オスマンからすれば意外な反応であるが、まあサイトからすれば剣と魔法のファンタジー世界に骨だけの竜が存在していても全く不思議ではないので当然だろう。むしろ、魔法なんてものを使っておいて、今更それがどうしたと言うところか。

 そしてアインズとルプスレギナだが、この二人は何を考えているのかオスマンでもわからなかった。アインズはモモンとして顔を隠すヘルムをしている――隠さなくても表情などない骸骨の顔だが――し、ルプスレギナは貼り付けたような笑みを浮かべているだけだ。

 

「学院長殿」

「なにかね? ミスタ・モモン」

「その死の竜、もっと詳しい話を聞かせてもらってもよろしいですかな?」

 

 ではヘルムの下に隠された骸骨マスクの内側にある、アインズの心境はどんなものなのか。

 それは、もしかしたらという一つの予感を感じているものだった。

 

「構わないが、あまり話せることはないの。その竜は骨だけの身体でできており――そう、あえて言うのならばメイジの天敵と言ったところかの」

「メイジの天敵?」

「うむ。その死の竜には魔法が通用しない。単純に威力の問題なのかも知れんが、当時でもスクウェアに届いていたはずの私の魔法は全て通用しなかったよ」

 

 その言葉に、今度こそルイズ達の顔に驚愕が浮かんだ。人類最強のメイジであるスクウェアの魔法ですら通用しない存在。それは確かに、脅威の一言だ。

 

「それは、どんな風に通用しなかったのですか? 障壁のようなもので弾かれるのか、それとも純粋な頑強さなのか、あるいは魔法そのものを消滅させているのですか?」

「詳しい事はわからん。今でも瞼の裏に焼きついているのは、放った魔法が全て弾かれる光景ばかり。強いて言うのならば、魔法そのものがかき消されたように感じたかの」

「……なるほど、ありがとうございます」

 

 そこまで聞き、アインズは自分の脳裏に浮かんだ一匹のモンスターのことを考えた。

 

(魔法無効化能力を有するアンデッドモンスター……骨の竜(スケリトル・ドラゴン)か?)

 

 アインズがオスマンの話から連想したのは、ユグドラシルに存在した雑魚モンスターだ。

 スケリトル・ドラゴンは低レベルの弱小モンスターだが、第六位階以下の魔法を完全に無効化する特殊能力を有する。スケリトル・ドラゴンと戦える適正レベルの魔法詠唱者(マジックキャスター)では手も足もでない存在であるため、かつては一介のスケルトンメイジであったアインズとしても印象深いモンスターだ。

 ちなみに、今のアインズならスキルによってノーコストで一日12体作製できる。

 

(この世界特有のモンスターって可能性もあるけど、もしスケリトル・ドラゴンだったらこの世界のスクウェアメイジの魔法は第六位階より下ってことか? ……いや、楽観的に考えるのは危険だな)

 

 アインズはついつい自分に都合のいいように考えてしまいそうになるが、自分を戒めてその緩みを引き締めた。

 死の竜とやらがこの世界特有の、威力に関わらずあらゆる魔法を無力化する能力を持った存在である恐れもあるのだ。やはり想定するのならば最悪であるべきだろう。

 

「まあそんなわけで、私は死の竜に全く敵わず追い詰められた。最後はフライを使ってひたすら逃げるだけの無様を晒してな。死の竜は飛行能力すら有しておったから、それすら有効とは言い難いがの。そんなときに現れたのがこの破壊の水晶と破壊の杖の所有者だったわけじゃな」

「その御仁が死の竜を倒した、と?」

「うむ、その通りじゃ。最初に彼は手にした破壊の杖から強大な魔法を打ち出したのじゃが、残念ながら外れてしまっての。死の竜の背後の森を消し飛ばすだけに終わった。その凄まじい威力は印象的じゃったが、当たらなかった以上死の竜は健在じゃったよ」

「確かに、破壊の杖の威力は凄かったわね」

「ダーリンはちゃんと当てたから、本来の持ち主より凄いじゃない」

 

 オスマンの話を聞いて、サイトが破壊の杖を使ってゴーレムを吹き飛ばしたのを思い出したのだろう。ルイズはオスマンの話に頷き、そしてキュルケがドサクサに紛れてサイトに近づいていく。

 それに怒ったルイズによって再び漫才が始まりそうになるが、時間も時間なのでオスマンは無視して話を進めるのだった。

 

「その攻撃で死の竜は彼を攻撃し始めたのじゃが、彼は中々の体術の使い手でもあった。じゃが歳も歳での、あっという間に息も絶え絶えになっておったよ」

「え? ではその彼と言うのは――」

「言ってなかったかの? 私の恩人は今の私と同じかそれ以上の老体じゃったよ。しかも傷を負っておってな、今すぐにでも死んでしまいそうな様子じゃった」

 

 オスマンの恩人は老体だった。別に不思議なことではないのだが、何となく若い戦士をイメージしていた一同は軽く驚くのだった。

 

「しばらく逃げた末に、彼は覚悟を決めたように立ち止まった。そして背負っていた袋の中から破壊の水晶を取り出したのじゃよ」

「それを使ったのですね?」

「うむ。秘宝を取り戻したかったミスタ・モモンには申し訳ないが、彼は破壊の水晶の一つを使ってしまったよ。なにやら深刻な顔で、もったいないとか虎の子なのにとか、これ一つで装備が新調できる――とか呟いとったの。今にして思えば、国を相手に大立ち回りして入手した盗品。知らずとは言え、高かったんじゃろうの」

「……でしょうな。それで、水晶はどのような効果を?」

「彼が水晶を掲げ、強く握った瞬間に砕け散った。そして、次の瞬間に彼の叫びと共に周囲一帯を凄まじい熱が包み込んだ。もう少し近くにいれば、私も蒸発していたと言えるほどの熱がの。そのまま視界が白一色に染まり、目を開いたときには死の竜は周囲の森ごと跡形もなく消滅しておったのじゃ」

 

 これでオスマンの話は終わりだ。最後に放たれたと言う絶対なる破壊。それについて興味が引かれる生徒達であり、アインズも同様に興味を示した。

 その手がかりにならないかと、オスマンに一言尋ねるくらいには。

 

「その方は、いったい何と言って水晶を発動させたのですか?」

「ん? うーむ……私も当時は混乱していたからの。ほとんど覚えておらんが、確か……」

 

 オスマンは過去の記憶を探るように頭に手を当てた後、ゆっくりと自信なさげに答えるのだった。

 

「うむ、確か『超位魔法発動』じゃったかな?」




簡単なオリキャラ解説

オスマンの恩人
ユグドラシルプレイヤー。老年の大賢者、と言うロールプレイをするために人間種の魔法職老人アバターを作製する。
しかしユグドラシル参入からすぐ、レベルが30くらいになったところで大型アップデートが来てガンナーが実装される。
それを見て興味津々になった彼は自殺デスペナでクラス構成を作り直し、枯れ木のような身体で大型銃器を振り回す色物キャラとなった。
サービス終了時まで止めなかった組で、最後に調子に乗って経験値消費系スキルを連打しまくってワールドエネミーソロ挑戦と言う名の自殺ツアーを敢行。
数十回殺され、ラストチャレンジ(既にレベル30ほどまで下がっており、もう挑戦でもなんでもないが)でHP一桁になるまで追い詰められたところでサービス終了を向かえ、同時にハルケギニアの森に転移した。

ほとんど危篤状態だったのは回復アイテムやらなにやらで持ち直したが、デスペナでレベルが大きく下がったことによる体力低下、設定年齢による老衰でオスマンを救ってからあまり時間を置かずに天に召された。
アイテムのほとんどはワールドエネミーツアーで使ってしまい、無限の背負い袋には最後に使いそびれた超位魔法<失墜する天空>の水晶と何となく持ってた<大治癒>の水晶、そして下がったレベルでも使える昔の武器だけが残り、二つがオスマンによって遺品として回収された。
まだアイテムボックスの中にもいろいろあったのだが、老衰による自然死であったためかドロップすることなく彼とともに消滅する。

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