ハルケギニアの超越者――オーバーロード――   作:サルガッソ

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確かめねばならん

(今のは決まったな……)

 

 ピンチに陥った少女を絶妙のタイミングで助けた戦士モモンことアインズは、自画自賛していた。

 当たり前だが、少女――ルイズを助けたのは、運命に導かれたように偶々其処に居合わせたからではない。アインズはナザリックのシモベによる情報魔法で魔法学院の情報を得ていたし、ルイズ達がこの小屋に向かっていることも、その中に土くれのフーケ本人が混じっていることも知っていたのだ。

 ぶっちゃけると、近くでタイミングを窺っていた。もし英雄的に登場できる場面があった場合、飛び込んでやろうと。

 

 だが、一応アインズにも最初から出て行かなかった事情があった。と言うもの、ルイズ達が何なのかわからなかったのだ。

 魔法学院の様子を魔法で盗撮、盗聴したところ、盗賊を自分達で捕らえることになったものの誰も立候補者がおらず、結局生徒であるルイズ、キュルケ、タバサと所属がイマイチ不明のサイトが盗賊討伐に向かうことになったとは聞いた。

 だが、それがアインズには信じられなかった。社会人として生きてきたアインズからすると、それは責任追及という点でありえない選択肢、裏がある行為だとしか思えなかったのだ。

 

 まず、魔法学院の宝物庫を盗賊に破られた。その不祥事を公にせずに身内だけで解決したいと思う。それ自体はわからなくもないが、その為の駒が生徒と言うのがありえない。

 もしそれで学生が怪我をしたり、最悪死んだりすれば魔法学院が負うべき責任は盗賊にやられたなんてものではなくなるからだ。

 何と言っても、魔法学院の生徒とは貴族なのだ。それを親の、つまり貴族の信頼の元に預かっていると言うのに、自分達の不祥事隠蔽の為に使った挙句死なせたとか、全員懲戒免職で済めばマシな方と言えるくらいの大問題だろう。この世界の文化レベルを考慮すれば、全員打ち首でも不思議はない。

 またアインズは知らないことだが、討伐隊の内二人は外国からの留学生、しかも大貴族の家系だ。それがこんなことで死亡したとなれば、もう戦争の火種になってもおかしくない事態といえた。

 

 ではどう言うつもりなのか? アインズからすれば、生徒を荒事に出して死なせるリスクを背負うくらいなら素直に「盗賊が怖いので自分達には何もできません。兵士を派遣してください」と王家に泣きついた方がまだましだと感じる。

 だが、現実には生徒と秘書――正体はフーケ――だけで出発した。となると、生徒が絶対に怪我しない確信があるのか、あるいは別の策略が裏にあると考えた方が自然だ。

 

 其処でアインズは、まず構成メンバーに注目した。より正確には、ちょっと前に会った少女、タバサにだ。

 アインズがタバサについて注目できたのは、彼らが移動用に使っていた八本足の人形馬(スレイプニール・ゴーレム)を見たからだ。それが無ければ、あるいはシモベ経由の情報ではタバサに気がつかなかったかもしれない。

 そう言えば、そのとき何故か報告を纏め上げていたアルベドに『アインズ様のご計画通り、この世界の強者であると思われる少女につけた鈴は機能しているようです』とか言われて「う、うむ。全ては私の計画通りだ」とか言ってしまったが、あれはどう言う意味だったのだろうか?

 

 ……とにかくアインズは、ひょっとしたら選ばれたメンバーはリスクがリスクにならないような、教師を遥かに超える天才チームなのではないかと予測した。

 タバサは一人で犯罪者の集団を倒そうとした実力者。実際にその戦いを見たわけではないが、恐らくこの世界における強者なのだろうとアインズは思っている。

 ならば、他の人間も同じなのではないか? 生徒という立場を超えるほどの実力が周知されており、万が一もありえないと信頼される強者の集まりなのではないか?

 

 アインズは、まず学院の対応からそう考えた。他に考えるべきことはないかとアルベドに「発言を許す」とか言って支配者としてうまく会話を誘導して聞いてみたところ『何も知らない生徒を囮にし、後ろから本命の教師がフーケを狙っている』とか『実はフーケの正体に学院側も気がついており、尻尾をつかむためにあえて弱い者とともに行かせた』とか『あくまでも生徒の暴走として片付ける算段をつけており、学院は一切関知していませんと逃げるつもり』だとか、いろいろ予測を出してくれたのだ。

 それら様々な予測を元に、アインズがとった選択は、待機。まず外から周りを窺っている者がいないかを調べることから始めたのだ。

 

(結果は白。それでも安心できないのが情報の少ない俺たちの弱点だけど、とりあえず周囲一帯に監視の目はないはずだ)

 

 あくまでもユグドラシル方式でではあるが、考えられるあらゆる検査を移動中にまで施してみたところ、彼らの後をつけて来る存在は確認できなかった。

 となればもう、討伐隊が信用されているくらいしか考えられない。何の策も無く、ただ彼らに任せておけば大丈夫だと言う信頼の元に送り出されたとしか思えないのだ。

 

 その調査結果を受けて、アインズはやはり静観を選んだ。

 もしこの世界における指折りの強者が戦闘を行う姿を見られるのならば、これに勝る情報はない。万が一彼らが危険なギャンブルに使われた被害者であった場合でも、タイミングを間違えなければ貴族の命を救った英雄として貴族との強力なパイプ構築に使えるかもと言った算段で。

 

(それで、結局一番最後が正しかったってことか? 責任逃れの手段は最初からできており、そこそこ強い奴を送り込んでうまく行けば不祥事をもみ消せるくらいの気持ちだったという事か?)

 

 フーケ討伐隊の戦いを見る限り、彼女らが確実にフーケをしとめられる精鋭部隊であるとは思えなかった。

 もちろんフーケが想定以上に強かっただけと言う可能性もあるが、流石に戦闘経験皆無の、敵の攻撃を前に棒立ちになるような少女が精鋭だとは思えない。

 とある情報から判断するとそうとも言えない何かがありそうなのがアインズを混乱させるが、とりあえずルイズが役者も真っ青な演技上手じゃない限りは戦う者でないのは間違いないはずだ。

 

 そんな事実を総合した結果、アインズは彼女らフーケ討伐隊を切り捨てられた犠牲者であると判断したのだった。

 流石のナザリック情報網も、とある伝説ならば盗賊如きなんとかしてくれるなんて信頼を受けていたとは掴めなかったのである。

 

「しかし……このゴーレム、土でできているのか? それだけならストーンゴーレムよりも弱そうなんだが……サイズの問題もあるし、油断だけはするべきじゃないか」

 

 そこまででアインズは思考を止め、目の前の敵を見据える。そして、左手で背中の剣を握った。

 既に右手に剣を持っているので、二刀流の構えだ。技術も何も持たない、純粋な肉体能力だけのアインズが少しでも凄腕っぽく見えるように考えたスタイルである。

 これは外見の派手さからユグドラシルではそこそこ見るスタイルでもあるが、戦士技術がほとんど発達していないこの世界ならばまずありえない光景のはずだ。

 事実、アインズの後ろにいるルイズとサイトも、構えからして技術など無いアインズを見て驚いているのだから。

 

「あんな馬鹿でかい剣を二本同時とか……」

「へ、平民にしては、やるわね」

「こりゃおでれーた」

 

 二人プラス一本の評価は、概ね良好のようだ。どうやら、身体能力を前面に押し出して技術の拙さを隠す作戦はうまく行っているらしい。

 この世界の人間は運動能力が低い――精々アインズが鈴木悟だったときと同程度――と言うことはほぼ確信していたことだが、やはり下手に魔法を見せて敵愾心を煽るよりも身体能力で活躍した方が英雄の座を狙えるかとアインズは確信した。

 

「さて……ルプー!」

「はいっす、モモンさん!」

 

 アインズが一声駆けると、森の中からルプーことルプスレギナが武器持参で現れた。もちろん、彼女が持っている武器は彼女を創造したギルドメンバーが与えたものではなく、不測の事態が起きて失っても惜しくはない物だ。

 また、姿を現してはいないが、この森にはアインズの配下であるエイトエッジアサシンやシャドウデーモン等、隠密能力に長けたシモベを総勢30ほど配置している。

 実は森の中からゴーレムを操作しているミス・ロングビルことフーケの背中もばっちりとっているのだが、今は手を出さない。

 これより、学院の令嬢相手にじっくり見せねばならないのだから。英雄モモンの力を。

 

「そのお嬢さんを安全な場所――そうだな、空の上のあの二人のところまで届けよ」

「了解っす!」

「ちょ、わたしは――」

「んじゃ、行くっすよー」

「へ? きゃあぁぁぁぁぁ!?」

 

 ルプスレギナは、サイトに支えられていたルイズを素早く小脇に抱えると、テイムしているのだろう青い竜を使って上空に避難していたタバサ、キュルケの元にジャンプで向かった。

 魔法は一切なしの、純粋な脚力によって。

 

「うぉ……ファンタジー……」

「さて、と。では、始めるか」

 

 まだサイトが残っているが、彼は見ていた限りそこそこ戦えるようだ。何よりもまだプレイヤー疑惑がある人物でもある為、下手に触りたくないのだった。

 そんな理由でサイトは放置し、アインズは剣を構える。いい加減に吹っ飛ばしたゴーレムの戦闘準備も完了してしまうし、戦いを始めなければならないのだ。

 

「まずは、戦力の調査か……セイヤッ!」

 

 ユグドラシルにもゴーレムはいろいろある。ウッドゴーレム、ストーンゴーレム、アイアンゴーレム。それ以外もいろいろあり、上位素材をふんだんに使えばレベル100にも匹敵する強力なゴーレムを作れるのだ。

 では、目の前のゴーレムはどの程度の強さなのか? 材質がただの土であることを考えるとあんまり強そうではないが、この世界特有の魔法で強化されている恐れもあるし、単純に大きさは力に直結する。

 だからこそ、アインズはまず最初の一手に遠距離攻撃を、右手の剣を投げつけると言う手段をとるのだった。

 

「――ッ!? な、なんだよそれ……」

「あっさり崩れた……耐久力は大した事無いな」

 

 アインズの投げた剣はゴーレムの右肩に命中し、その周辺を吹き飛ばした。どうやら、アインズの腕力で十分壊せるようだ。

 となれば、あとはバラバラにするか。そう思い、残ったもう一本の剣をアインズは構える。

 が、それは流石に舐めすぎだったようだ。耐久力は皆無だと思われたゴーレムは、周囲の土を利用して瞬く間に元の姿に戻ってしまったのだから。

 

「なるほど、耐久力は低いが再生能力があるのか」

「ど、どうするんです? 俺も加勢を――」

「ふむ、まあ、見ていろ。敵が再生すると言うのならば、それが追いつかないほどに斬ればいいだけのことだ!」

 

 目の前の現象に困惑するサイトを尻目に、アインズは駆け出した。とりあえず斬ることならできるだろうから、直接攻撃に移ることにしたのだ。

 

「まずは剣を回収するとしよう」

 

 ゴーレムは拳を持ち上げ、アインズを殴ろうとする。しかし、アインズはそれを軽く横に飛ぶことで回避。素早く自分で投げた剣を拾い、突き出された腕に斬りかかった。

 

「効果あり。やはり、耐久力は所詮土か。これなら重量以外に注意すべき点はないな」

 

 アインズの力任せの一太刀によって、ゴーレムの腕はまたもや斬りおとされた。

 それはすぐに再生してしまうものの、この程度ならば自分の脅威ではないとアインズは確信する。

 さて、後はどうやって見栄えよく英雄の戦いを演出し、戦いを長引かせるかだ――

 

 

 

 

 

「何なのよあいつ……」

「すっごいわね、彼。本当に人間なの?」

「亜人の可能性はある」

 

 剣の一振りでゴーレムの腕が消し飛ぶ。一瞬の内に、風のように移動する。圧倒的な力、それを体現する英雄がそこにはいた。

 力自慢と言えば、精々がりんごを片手で握りつぶすことができるくらい。極稀にいる平民の戦士、メイジ殺しだって隙を突く技術に長けた巧者であるだけだ。

 間違っても、この世界の人間に、トライアングルクラスの魔法に真正面から戦いを挑める戦士などいない。その存在は、6000年の時を刻んできたメイジの社会を覆しかねない異常だ。

 

「いやいや、モモンさんは人間っすよー?」

 

 そんな常識から判断して、鎧に包まれたモモンの正体は人間を超えた力を持っている亜人――それも先住魔法を使えると言う意味で、身体能力だけで巨大ゴーレムと戦える人間サイズの種族など聞いたことが無いが――ではないかとシルフィードの上でルイズ達三人は予想した。

 だが、それは同じくシルフィードの上にちゃっかり乗っているルプーによって否定される。飛行する風竜の上に脚力によるジャンプで飛び乗るような怪物の言葉など、当然信用できないが。

 

「……あの殿方が人間だとしたら、秘密があるとすれば鎧か剣かしらね?」

「マジックアイテム?」

「そうそう。どこかに身につけるだけで人間離れした力を発揮できるようになるマジックアイテムがあるとか聞いたことが――」

「って、そんなことどうでもいいわよ! 今やるべき事はゴーレムを倒すことでしょ!」

 

 その正体が何なのかは不明ながら、今自分達の目の前で魔法を使えない戦士が命をかけて戦っているのだ。

 それを高みの見物など、貴族のすべきことではない。貴族とは魔法によって平民を守り、君臨する存在なのだ。間違っても安全な場所で震えている存在ではないのである。

 

「でもねルイズ。正直に言うけど、あのゴーレムに有効な攻撃なんてあたしにはないわよ?」

「土のゴーレムに、火も風も効果が薄い」

 

 メイジの魔法は対人仕様だ。基本的に戦闘用の魔法は人間かそれに類する亜人を敵に想定されており、人を遥かに超えたサイズのゴーレムを破壊する魔法なんてそうそうないのである。

 まあ極一部の例外にはそれを可能にするメイジもいることはいるが、流石のトライアングルクラスであるキュルケやタバサでもまだその領域にはいない。当然、狙いも付けられなければ精々人を吹っ飛ばすのが精一杯であるルイズの爆発ではどうしようもない。

 

「それでも、このまま黙ってみているなんてありえないわよ! まだサイトだって下にいるんだから!」

「そうねぇ。今のところはダーリンも戦闘には加わってないけど、放っておくわけにもいかないわね」

「でも、迂闊に手を出すと邪魔になる」

 

 あくまでも状況を冷静に分析するタバサは現実をぶつけてくるが、公爵家の血を引く者として、ルイズに黙ってみているなんて選択肢はない。

 もちろん、今も巨大ゴーレムと互角の戦いを繰り広げるモモンの邪魔をしたいわけではない。だが、自らの力で民を守ってこそ貴族と名乗れる。ルイズはそう信じているのだ。

 これが大人の貴族ならば「貴族として民を守る方法は何も最前線で杖を振ることだけではない」と言うだろうし、そもそもトリステイン屈指の大貴族“ラ・ヴァリエール家”令嬢がこんなところにいる方があらゆる面で問題なのだが、まだまだルイズも貴族の子供でしかないのである。

 ぶっちゃけこの場でルイズが死にでもすれば国が傾くような大騒動にもなりかねない話なのだが、その辺の事情は全く考えてもいないルイズなのだった。

 

「とりあえず、ダーリンを回収しましょう。あの鎧の殿方――ミスタ・モモンだっけ? 彼には援護は必要ないでしょうからね」

「了解」

 

 流石に危険すぎてゴーレムの周囲を飛ぶ事はできないが、戦闘地点から少し離れた場所でデルフリンガーを構えているサイトに近づくのは可能だ。

 サイト自身も参戦すべきか迷っているようだし、ここは集まるのが正解だろう。そう思い、ルイズ達はシルフィードでサイトを回収した。

 

「なあ、ルイズ。平民はメイジに勝てないんじゃなかったのか?」

 

 そして、シルフィードの上に上がったサイトの最初の発言がこれだった。その言葉の意味を目の前で見せ付けられているだけに、キュルケなどは苦笑いだ。

 貴族であることに誇りを強く持つルイズとしては「何が言いたいのよ!」と怒鳴りつけたいところだが、現在進行形でメイジではない人物が一人で圧倒的な剣を振るっているのではさすがに口に出来ない。

 ルイズはブスっとした態度で黙るしかなかった。

 

「ま、あれは例外だと思っていいわ」

「規格外」

「だよな。もしメイジがアレを基準に平民を考えてたら、俺メイジどころか一般人にすら頭上がんないもん」

「そ、そんなことよりもわたしたちがこれから何をすべきかを考えるべきよ!」

 

 ルイズは優れたものを認められないほど狭量ではない。だが、流石にメイジ軽視のような発言は気に食わない。

 伝統よりも実利重視のゲルマニア人であるキュルケやあまり階級には拘らないタバサからするとそこまで気にならないのだが、こればかりはお国柄だ。

 だから強引に話を逸らしたのだが、その話もまたルイズにとって都合のいいものではないのだった。

 

「そうねぇ……流石に逃げるってわけにも行かないわよね」

「モモンさんが戦ってるのに、それはかっこ悪いよなぁ」

 

 はっきり言えば、ルイズ達の使命はフーケを倒すことでも捕らえることでもない。

 目撃情報を追い、そこから新しい情報の一つでも持って帰れれば御の字と言ったところだ。

 それが盗まれた秘宝を取り返したのだから、十分すぎる活躍といえる。そこで更にフーケを捕らえるところまで欲張る義務はないのだ。

 だから、何も無いのならばキュルケやタバサは「秘宝の確保が最優先」の名目で逃げることを選ぶだろう。

 しかし、この状況での逃亡は貴族としての沽券に関わる話だ。

 

「戦士が一人で戦っている場所から自分達だけ逃げる。……典型的なダメ貴族」

 

 タバサの呟きが、ずばり答えだ。どう考えても褒められることではない。

 そんなことをすれば、この場の誰もが軽蔑する誇りなき貴族と同列になってしまうだろう。

 

「そうよ! 何としてでもわたし達で貴族の誇りを示さなきゃ!」

「それは賛成してあげるけど、結局手段が問題よね。いっそゴーレムはミスタに任せてフーケを探すって選択肢もあるけど」

「この森の中のどこかにいるフーケを探すのは時間がかかる」

「その間、モモンさんは一人であの土の化け物と戦うわけか」

「役割分担と言えば聞こえがいいけど、結局ミスタ一人にゴーレムの相手を任せていることに変わりはないわね」

 

 実際、モモン一人でも勝てそうではある。いくらゴーレムが再生するとは言え、それもフーケの精神力が続く限りの話だ。

 剣の一太刀でゴーレムをなぎ払う豪快な戦いを見る限り、その限界は思うよりも早くに来るだろう。もちろん、その前にモモンのスタミナが切れないことが前提だが。

 

「……そうだわ! 破壊の杖と水晶! これならどうかしら!」

 

 結局、自分たちもゴーレムと対等に戦える姿を見せねばならない。だが、その力がルイズにはない。

 ならば、今手元にある学院秘蔵のマジックアイテムならどうだろうか? ルイズもその効果は知らないが、破壊なんて名前がついているんだからきっとゴーレムも倒せるはずだ。そうに違いない。

 ルイズは自分の名案を、自信満々に語ったのだった。

 

「あたしはいいけどねルイズ。あなた、使い方知ってるの?」

「え? ……そ、そんなのやってみればわかるわよ!」

「あ、もう。ヴァリエールはこれだから……」

 

 現在、秘宝の杖と水晶はそれぞれタバサとキュルケが持っていた。その内、ルイズはキュルケの持っていた水晶を強引に奪ったのだった。

 

「えい! えい! ……もう! 何も起きないじゃない!」

 

 ルイズは水晶を掲げたり握ったり祈ったりしてみるが、何も起きなかった。水晶は、ただ不思議な輝きを放つばかりである。

 

「ディテクトマジックで見てみたけど、マジックアイテムなのは間違いないわよ。それも、物凄いやつ」

「使い方がわからなければ無意味」

「もう! マジックアイテムなんだったらこう、凄い魔法の一つでも出してみなさいよ!」

 

 ルイズは水晶に向かって怒鳴るが、当然無機物にいくら怒鳴っても虚しいだけだ。

 

 

 

 

 そして、そんなルイズ達の姿を、ルプスレギナは貼り付けたような笑顔で見ていたのだった。

 

(えっと、アインズ様の命令は、この人たちがアイテムを使いこなせるかを観察せよと、あのピンク髪の女の子の不相応なMPに関する何かを探れたら探れ、だったっすよね?)

 

 ルプスレギナがアインズに加勢しない理由は、アインズ当人から命令を下された為だ。ルイズ達魔法学院メンバーを見張れという命令を。

 フーケによって盗まれた二つの秘宝。それは当然先回りしていたアインズたちも調べてある。もし強力な武器の類だった場合、ナザリック強化の為に持ち帰ってしまうつもりで。

 だが、そこにあったのは予想外のアイテムであった。両方ともアインズの知識の中にあるアイテム、つまりユグドラシルのアイテムだったのだから。

 

(えーと、とりあえず使いこなせるかってのは全然ダメってことでいいんすかね? 大治癒(ヒール)の魔封じの水晶で戦おうとしてるっすから)

 

 その内の一つ、魔法学院では何故か破壊の水晶と呼ばれているアイテムを、ユグドラシルでは魔封じの水晶と呼ぶ。

 この水晶には魔法が込められており、魔法を習得していない人間でも込められた魔法を一度だけ発動できるのだ。

 そこに込められた魔法は千差万別だが、事前にアインズが魔法で調べたところ、あの魔封じの水晶に込められているのは回復の魔法である。かなり高位の魔法なのは確かだが、どう考えても“破壊の”なんて言葉をつけるのはおかしい。

 まあ負の生命力で活動するアンデッド相手ならば強力な攻撃手段となりえるが、効果をしっかりと理解しているのであれば治癒の水晶とかになるはずである。

 

(アインズ様は『もしこれらのアイテムがユグドラシルから齎されたものであり、かつそれの使い方を魔法学院の人間が熟知していた場合はプレイヤーの存在を疑わねばならない』って仰ってたっすけど、この分だと偶々拾っただけってとこっすか)

 

 魔法の種類そのものが別である以上、位階魔法を封じている水晶はユグドラシル由来でほぼ間違いない。とすると、これらがどこから来たのかを考える必要がある。

 その試金石として、アインズはいつでも勝てる戦闘を引き伸ばしてまでルイズ達の反応を見るようにルプスレギナに命じているのだ。本人がその意味を理解しているのかはちとあやしいが、とりあえずこのまま行けばアインズへの報告は『人間達は水晶の効果も意味も知らないと思われます』となるだろう。

 

 もう一つの秘宝、破壊の杖にサイトが興味を示したこの瞬間までならば。

 

「なあ、それ貸してもらっていいか?」

「破壊の杖?」

「そう、それ」

 

 サイトはタバサから破壊の杖を借り受ける。すると、その瞬間サイトの左手に刻まれたルーンが輝いた。

 

「やっぱりだ。これ、杖なんかじゃない」

「どう言うことよ?」

「これ、銃だ。小型バズーカか? でも、魔法の力も組み込まれてる……?」

「銃? 銃って最近開発された平民の武器でしょ? 学院の秘宝がそんな物の訳無いじゃない」

 

 サイトは手にした破壊の杖の正体を、銃――バズーカのようなものだと判断した。

 だが、ルイズはその意見を真っ向から否定する。彼女の知る銃とは最近発明された平民の武器であり、直接見たことこそ無いものの魔法には遥かに劣る武器として認識されているのだった。

 

 

 だが、それを後ろで聞いていたルプスレギナはそうは行かない。

 その銃の正体が、自身と同じく戦闘メイドプレアデスに属する一人、CZ2128(シーゼットニイチニハチ)Δ(デルタ)――通称シズ・デルタも使用する、ガンナーのクラスでなければ使えないユグドラシルの武器であると知っている彼女からすれば。

 

(これは、アインズ様に報告っすね。あの男の子に関してはアインズ様の言った通りかもしれない、と)

 

 ルプスレギナ自身は、至高の41人――アインズ・ウール・ゴウンに創造された者として、人間如きに恐怖を覚えることも敬意を覚えることもない。彼女にとって、人間とは壊れる様を眺めると愉快なオモチャと言った程度の存在だ。

 だが、それでも至高の御方であるアインズの命令は絶対だ。もし秘宝の使い方を知っていた場合は最大限の警戒と、可能な限り友好的に接すること。

 そう命じられた以上、プレアデスのルプスレギナ・ベータがとるべき行動は一つしかない。

 

「イマイチよくわかんないけど、多分これなら行ける!」

「ダーリン? その破壊の杖の使い方わかるの?」

「ああ、何でかはよくわかんないけど、使い方が流れ込んでくるんだ!」

 

 そう言って、サイトは破壊の杖をゴーレムに向ける。だが、そこで問題が生じる。

 何故か使い方がわかり、そしてとんでもない威力なのは伝わってくるのだが、正確なところが分からない。武器としての性質は分かるのだが、魔法によって成り立っている部分は理解できないのだ。

 だから、このまま撃つとモモンにまで被害を出してしまうかもしれない。そう思うと、引き金を引けないのだった。

 

「どうしよう。ここからじゃモモンさんまで巻き込んじゃうかも……」

「そんな心配は不要っすよ。でも、心配なら知らせてくるっす」

「え?」

 

 モモンを気遣って攻撃できない。そんなサイトにどう思ったのかは不明だが、ルプスレギナは風竜から飛び降りる。

 そんな自殺同然の行動にぎょっとするサイト一同だが、それこそ心配無用といわんばかりに綺麗に着地。そのままモモンのところまで行き、二人はゴーレムから離れたのだった。

 それを見届けたサイトは、何かに補佐されるように熟練した動作で引き金を引く。

 すると、今もモモンと戦っているゴーレムへ目掛けて、小さいがハルケギニアの銃とは決定的に違う形状の弾が飛び出し、見事にその顔だと思われる部分に命中し、大爆発を起こしてゴーレムを跡形も無く吹き飛ばしたのだった。


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