ハルケギニアの超越者――オーバーロード――   作:サルガッソ

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英雄とはこれでいいのか?

(ファンタジーやっぱスゲェ!)

 

 才人は感動していた。今までの出来事とは違う、純粋に感動できるファンタジーに。

 

 元を正せば好奇心のあまり道の真ん中に現れた光る鏡――どう見ても超常現象――を潜ったのが始まりだった。

 ぶっちゃけ自分でも考えなしに行動しすぎたと思う。その結果が自分と同い年くらいの少女であり、魔法が使えない貴族、ルイズの使い魔になることだったのだから。

 

 本来は平和な日本の、まだ大気汚染もそこまで進んではいない時代の日本人である才人にとって、ハルケギニアでの生活は苦痛であった。

 魔法がある弊害か科学技術がほとんど発展しておらず、毎日冷たい水でルイズの服を手洗いし、食事は貧相――最近は使用人たちの賄いを分けてもらっているから幸せだが――だし、ベッドは藁束で平民平民と呼ばれる日々。

 それでも何だかんだ言っていい人に出会えたり、持ち前の楽観的な精神性を発揮して異世界を楽しんだりもしているが、やっぱりつらいものはつらい。つい最近など、とある貴族と些細な口論から決闘騒ぎに発展し、何故か勝てたが大怪我する破目になった。

 今ではすっかり完治したとは言え、とっても痛かったのだ。少なくとも、日本で何回かあった喧嘩騒ぎなどとは比べ物にならないくらいに。

 

 総じて、ここまでの異世界生活は役得とか感動とかいろいろいい思いもしたが、結構酷い目に合った自覚がある。とりあえず、才人の日本基準での生活水準から言えば比べ物にならない酷さだったろう。

 だが、それでめげないのが平賀才人という男だ。その一つの才能ともいえる適応力とポジティブさをもって、今日も楽しく使い魔ライフに順応しているのだ。

 

 そして、今もしっかりと適応し、感動していた。

 ハルケギニアでは魔法使いしかいない為に諦めていた、まさにモンスターと戦っていそうな戦士を前にして。もちろん魔法でも十分興味を惹かれる対象だが、同じくらい憧れの対象であるファンタジーならではの重装備に、漆黒に金と紫の文様が入った素人目にも立派な鎧と剣を前に。

 

「さて、この店はどんな武器を紹介してもらえるのかな?」

「へ、へい。戦士様がお持ちになっている大剣に匹敵するとなると、やっぱりこれになるかと……」

「ふむ、これは……宝石の剣か?」

「はい! この剣はかのシュペー卿が鍛えた由緒正しき名剣! これならば戦士様ほどの達人に釣り合うかと」

「ふむ……」

 

 漆黒の戦士、モモンは宝石を散りばめた剣を片手で持ち上げた。やはり見掛け倒しではなく、先ほど才人にも勧められ、そして金銭的な理由で――ルイズ曰く、立派な家と森付きの庭が買える――諦めた両手持ちの大剣を片手で持ち上げるほどの身体能力があったようだ。

 そんな腕力に才人は驚いたのだが、手に持ちっぱなしだったデルフリンガーは少々呆れた様子で小さく呟いた。

 

「なんでぃ。あの兄ちゃん、見掛け倒しか?」

「え? 何でだよデルフ? すごい腕力じゃん」

「確かに身体能力はすげぇみたいだけどよ、剣士が剣の目利きもできないんじゃ見掛け倒しってことさぁ」

「何よボロ剣。アレ、アンタと違ってこの店一番の業物なんでしょ?」

 

 何気なく見ていたところ、ルイズまで参加しての野次馬大会になってしまった。

 才人的には、ルイズの意見に賛成だ。さきほど見せてもらったときも思ったが、あの宝石が埋め込まれた大剣は見事の一言だった。

 少なくとも、錆剣であるデルフリンガーの100倍強そうだ。才人自身はデルフを気に入ったので文句はないが、武器としてどちらが優れているかと言われると……コメントに困る差がある。

 

「はぁ。なあ相棒? 仮にも相棒は使い手なんだから、もうちょっと武器を見る目を磨いた方がいいぜ?」

「それってどう言う――」

「〈道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)〉」

 

 デルフは何を言いたいのかと才人が問いかけたとき、相棒との紹介があったルプーから何かを受け取ったモモンが小さく何かを呟いた。

 そして、そのまま軽く首を捻ると、何かを読み上げるような抑揚の無い声で呟いたのだった。

 

「シュペー卿の鑑賞用剣、属性なし、固定化の魔法効果、特殊能力なし、耐久力低レベル、攻撃力低レベル……評価、価値なし」

「へ?」

「お、何だわかってんじゃねーか、兄さん」

 

 モモンの言葉に、店内が固まる。元気なのは同意見らしいデルフと、話を聞いていたのかわからないルプー。そして、この静寂を作り出した張本人であるモモンくらいだ。

 モモンによって宝石の剣に下された評価。幾つか分からない部分もあったが、とりあえず酷評したのは間違いない。才人の目にはピカピカ輝く凄い大剣だと映っていたので、当然驚いた。

 それに、何だかんだ言っても、ルイズだって剣に関しては自分より上だと専門家であるモモンを評価していたのだろう。だからこそ、才人と同じようにモモンの言葉に驚いていた。

 

「ちょ、何を言うんですか戦士様! これはかのシュペー――」

「いや、これは戦士が振るうものではない。壁にでもかけておく為の美術品だ」

 

 そして、一番憤慨しているのが店主だ。上客だと思って自慢の高い剣を見せたのに、ガラクタだと断定されたのだから。

 しかし、モモンは前言を撤回するつもりはないようだ。その自信に満ち溢れた姿を見ていると、なんだかさっきまで輝いていた宝石を散りばめた大剣がただの見掛け倒しに見えてくるから不思議なものだ。

 

「そ、そんなことは……」

「それで、主人よ。一つ聞きたいのだが?」

「な、なんでしょうか?」

「キミは……これが戦闘には全く使えない観賞用だと知ってて売りつけようとしたのかね? それとも、美術品と武器の区別もつかないのかね?」

 

 そんな、強者だからこそ放てるオーラを持つ男の質問に、武器屋の親父は凍りついた。

 となれば、それが答えだろう。この店主は、鈍らだと分かっていてモモンに――それにルイズにあの宝石付きの剣を売りつけようとしたのだ。

 

「ちょ、ちょっとどう言うことよ! まさか貴族を騙そうとしたのかしら!?」

 

 それに対して爆発したのがルイズだ。プライドがアイデンティティーである貴族のルイズにとって、金が無いから買えないなんて恥を晒した商品が、更に詐欺られていたなんて耐え難い屈辱だ。

 絶対に勝てない相手である貴族。そして、物理的に勝てそうも無い戦士。二人の強者に挟まれたおやじは、陸に揚げられた魚のように息も絶え絶えとなっていた。

 

「……それで? 店主よ。私はこの店で一番いい武器を持ってきてくれと頼んだ。その答えがこれなのか?」

「い、いえ、ちがいましゅ!」

「ならば、これを持ってきたのは手違いなのだな? そうだろう?」

「……! は、はい!」

 

 しかし、店主の詐欺行為を突き止めた張本人であるモモンは店主を責めることなく、むしろ水に流すと言っているも同然の言葉を紡いだ。

 この言葉に店主は天啓を受けたと言わんばかりにぶんぶん頷き、そして慌てて再び店の奥に入っていく。今度こそ、実用性のある武器を持ってくるつもりなんだろう。

 

「な、なんでよ! アンタ、あの詐欺師を許すの!?」

「何のことかな? 君たちが買ったのはその剣――デルフリンガーであり、お互いに納得のいく取引を行ったのだろう? この観賞用の剣は、誰にも買われていないのだからね」

「そ、それはそうだけど……」

 

 モモンの言葉に、爆発したルイズは口ごもる。確かに、ルイズも才人も最終的には別に損していないのだ。

 だが、店主がやったことは間違いなく詐欺行為だ。それを糾弾する権利は、騙されかけたルイズにだってあるだろう。

 しかし、その詐欺を見抜き、同じく被害者であるモモンにそう言われてはルイズも強く言えない。あくまでも、ルイズは取引を納得の上で終えた部外者なのだから。

 

「お、お待たせしました! こちらはどうでしょう」

「ふむ――レイピア、か。特殊な魔法効果は固定化だけだが、造りがしっかりとしているな」

「は、はい! どこに出しても恥ずかしくない品であると自負しています!」

 

 そして、ルイズが怒りの矛先を迷わせている間に、モモンは店主と更なる商談に入ってしまう。

 才人はすっかり店の隅の置物になってしまったが、とりあえず感心していた。自分の手の中で全てを見抜いていたデルフの意外な知恵にも、そして自分と同じく平民であるはずのモモンの対応にもだ。

 

 才人は、この世界の平民ではない。と言うか本来トリステイン王国の国民ではないので、正しくは平民ですらないだろう。あえて言うなら拉致被害者だ。

 そして、そんな身の上だからこそ、才人は自分の立場をよくわかっていない。だから貴族相手に決闘して大怪我することになったし、日常的にルイズを怒らせて飯抜きになったり鞭打ちの刑になったりしているのだ。

 まあ後半はほとんど才人の自業自得だが、とにかく才人は異世界での問題をぶつかることで解決してきたのだ。

 だから、怒ったルイズを穏便に収めたモモンの対応に憧れてしまう。なんと言うか、最近は『貴族だから平民より偉くて我が侭で当然』と言う思考回路の持ち主ばかりに囲まれていた為、大人の余裕と対応を見せたモモンが輝いて見えたのだ。

 

「……かっこいいな」

「何だ相棒? あんなのが好みなのか?」

「だってさ、かっこいいじゃん!」

 

 強くて、格好良くて、心が広くて優しい。男の理想像ではないだろうか。いっそ演技しているんじゃないかと勘ぐりたくなる完璧超人を見せられたような気がする。

 まあ強さに関しては実際に見たことがあるわけではないが、とりあえず才人が決闘した土のドットメイジであるギーシュにモモンが負ける姿は想像できない。モモンは、絶対に魔法があるからって威張っている貴族よりも強いと思うのだ。

 

「……行きましょサイト。もう用事はないでしょ? 何でも最近貴族が行方不明になる事件があったらしいし、注意して学院に戻るわよ」

「お、おう」

 

 そんな風にモモンに見とれていたところ、ルイズから帰るぞと声をかけられた。もうモモンは店主の薦める武器見物を始めてしまっている為、確かにこれ以上見ていても仕方が無いだろう。

 だから、才人も一礼して武器屋を後にした。この世界で初めてみた、剣の英雄の姿を心に焼き付けながら……。

 

 

(……とりあえず、市井の武器屋に警戒するべきものはなし、か)

 

 もし才人がプレイヤーだったら。まだその心配が完全に抜けていないアインズは、英雄モモンを作る計画とあわせて寛大で優しい姿を見せ付けてみた。

 もしお前が正義の味方を演じたい強者だとしても、自分は優しくて礼儀を守る人ですよとアピールする為に。

 

 そんなことを意識しながら英雄を演じたが、効果はあったのだろうか? イマイチ自信が無い。

 そもそも、人から尊敬の念を受けることなど無かった――現在はナザリックの守護者を初めとするNPC全員から尊敬と忠誠を受けてるが――アインズに、少年少女から尊敬されているかどうかなんてわかるわけもないのだった。

 

「ありがとう主人。実に楽しかったよ」

「へ、へい。ど、どうでしょうか……?」

「……申し訳ないが、買い求めたい物は無いようだ」

 

 アインズがそう告げると、店主はがっかりとした表情を作った。

 だが、自分に価値の無い――美術品としてならあるのかもしれないが、そっち方面の知識などアインズにはない――物を売りつけようとしたことを不問にしたのだから、それで満足してくれと言うところである。

 そもそも、今回の訪問で武器を買うつもりなど無かったのだ。もしナザリック強化に使えるような掘り出し物があった場合は回収しようとアイテム鑑定のマジックアイテムまで使って調べはしたが、結果は全てハズレ。固定化の魔法以外は一つもかかっていないし、ありふれた素材で作られたガラクタばかりであったのだ。

 まあ、元々メイジ主体の文化であることを考えれば当然のことだし、この世界の武装はナザリックの敵ではないことが判明したことこそが一番の収穫だ。強者が個人で所有している強力なレア物の類はまだ不明だが、通常流通している武器ではアインズに傷一つ付けられないことが判明したのだから。

 

 ……あえて言うなら、才人が所持していた喋る剣にはコレクターとして反応したが、既に人手に渡っているのだからどうしようもない。

 譲ってもらえないか交渉したり、力で奪うと言う選択が不可能なわけではないが、英雄になるべき戦士モモンが錆びた剣をわざわざ人に譲れと言うのもおかしいだろう。

 そしてそれが巡り巡ってモモンという男は欲張りだとか、卑しいだとか、物を見る目が無いなんて噂になったらいきなり計画が頓挫してしまう。

 

「さて、それで主人よ。実はもう一つ交渉したいことがあるのだ」

「へぇ? なんでしょうか?」

「……武器の買取、だ」

 

 そう言って、アインズはルプスレギナにここに残るように言ってから一旦外に出る。

 そして、人目が無いことを確認してから空間に手を入れ、アイテムボックスより人攫いたちの装備を取り出したのだった。

 

(この、この世界で手に入れた初めての武器防具。ナザリックでは価値なしの、魔法すらかかっていない上に造りが甘いこのガラクタでも、今は大切な収入源だ)

 

 自分の存在を――ユグドラシルの存在がここにいることを他にいるかもしれないプレイヤーに悟られないためにも、可能な限りユグドラシルのアイテムを世間に流したくはない。

 それにはユグドラシルの金貨も含まれているため、実質今のナザリックは無一文と言っていい。この英雄モモン計画は外貨獲得のための仕事と言う側面もあるくらいだ。

 ……アドリブで行動した結果、既に一個とあるゴーレムを流してしまっていたりも知るが、アインズはすっかりそれを忘れていたりする。

 

「待たせたな。これだ」

「へぇ、伺いましょ」

 

 この世界を観察していたシャドウデーモンによれば、アイテムボックスや無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)と言った、物理法則無視の物資輸送方法を使っている形跡は無かったとのことだ。

 だから、アインズも念には念を入れて、荷物は別の方法で店の外に置いておいたんですよと思わせたのだった。

 

「ほぉ……これは見事な輝き。さぞ名のある名工の品ですか?」

「……まあ、知り合いの鍛冶師が手を入れたものだな」

 

 武器屋の主人は、アインズの出した数本の剣を絶賛した。

 このままだと二束三文にもならないんじゃないかと危惧したアインズの命により、ナザリックの鍛冶師が磨きなおした装備を。

 

「うむむ……この剣ならエキュー金貨五百枚でも……」

(おいおい、やっぱり見る目が無いんじゃないか?)

 

 一応、アインズもこの世界の通貨単位は知っている。そしてその知識に照らし合わせれば、主人が零した値段は間違いなく大金だ。

 もちろん高く売れるのならばアインズにとっては都合がいい。いいのだが……別にデータクリスタルで強化したわけでもない、ただ高レベルの鍛冶スキルの持ち主が手入れしただけのガラクタだ。

 この世界の剣の相場がいくらなのかは知らないが、そんなに高評価を受けるとアインズのほうが困惑してしまう。

 

(いや、さっきの詐欺のお目こぼしと口止め料込みってこともありえるか)

 

 だが、もしかしてこれは主人の賄賂も込みなのではないだろうか?

 さっきは当事者であるモモンとして場を収めたが、それでも悪評が立つのは間違いないだろう。さっきの剣に無縁そうな二人組はともかく、何故外見だけは一流の戦士に見えるはずのアインズに対してまで観賞用の剣を売りつけようとしたのかは不明だが、とにかく見破られた以上は主人にとって弱点となる。

 だから、必要以上に高評価を出してのご機嫌取りか。アインズは、主人の言葉をそう解釈した。

 

(さて、となるとどうするべきだろうか? このまま分不相応な大金で売る? しかし英雄が賄賂を受け取るのも……)

 

 

 

 そんな風にアインズが悩んでいたところ、実は武器屋の主人も悩んでいた。何にと言えば、目の前に出された武具の数々が見事すぎることにだ。

 

(この剣なら相場の三倍……いや四倍はいける! 材質こそ普通の剣だが、職人の腕が違う……!)

 

 長年この道で生きてきた主人だが、これほど見事な物を見た事はそうない。それこそ、本物の――戦闘用に鍛えられたシュペー卿の剣くらいなものだ。

 是非欲しい。この剣を扱えるのなら、武器商人冥利に尽きると言うものだ。

 だが、はっきり言おう。これほどの品を、これほどの数引き取るような財力、この武器屋の主人にはない。かと言って、一瞬で見た目だけは輝いていたあの装飾剣を見抜いたモモンに誤魔化しは通用しないだろう。

 だからこそ、何とかこの武器を買い取るやりくりの手段を必死に考えているのだった。

 

「ふむ……主人。この剣だが、長剣の相場の値で構わないぞ?」

「へ? ……えぇ!?」

「私に文句はないとも」

 

 だと言うのに、まさかモモンの方から相場でいいなどと、武器の価値から考えて半額以下でいいなどと言い出してきた。

 主人には理解ができない。モモンがいったい何を考えているのか、全く分からなかった。

 

「ほ、本当によろしいので?」

「ああ。まあどうしてもと思うのなら、一つ世間話にでも付き合ってくれ」

「はぁ?」

 

 何を聞くつもりだ? 主人は自ずと身構える。場末の武器屋の主人が知っていることに大した価値はないが、かなりの大金と引き換えに聞こうとする何かを自分は知っていただろうか?

 

「なに、武器屋をやっているのならば、物騒な噂話にも縁があるのではないかと思ってね。私は最近この町に来た者なのだが、ここら一帯で起きている事件の類があれば聞かせてもらいたい」

「は、はぁ? でも、何故そのようなことを?」

 

 確かに、裏社会の物騒な話には詳しい。主に、客として訪れたものの危機感をあおり、商品を買わせるための武器として。

 だが、モモンはそんな情報、一体何に使うと言うのだろうか?

 

「……罪なき者を怯えさせる悪党。そんなもの、許してはおけないだろう?」

「え、えぇ!? まさか、戦士様は……」

「全て倒す。私は、そうするつもりだ」

 

 モモンは、はっきりと断言した。自らの剣で、悪を成敗するつもりなのだと。

 普通に考えれば、そんなもの、狂人の戯言だ。いい大人が正義の味方ごっこなどするわけもないし、それ以前にメイジでもない剣士がそんなことできるわけない。そんなもの、平民の間で語られる御伽噺の主人公くらいしかありえない話だ。

 だが、この男だけは違うのではないだろうか? 絶対の力と自信を感じさせる、この戦士モモンだけは。

 

「……わかりました。私の知っていることでよければ、全てお聞かせしましょう」

「そうか。では、剣は相場通りの値段で頼む」

「……わかりました!」

 

 そんな、市井の噂話なんて、酒場にでも行けば聞けるだろう。少なくとも、こんな上物の剣を担保にする必要などない。

 じゃあ、何故こんな剣を自分に売る? もう、一つしか考えられない。弱き民が、一人でも自分の身を守れるように、少しでもいい武装を整えさせてやれればいい。そんな思いくらいしか。

 

(まいったな。これじゃ、この剣はそんじょそこらの奴には売れないじゃないか)

 

 優しい英雄。そんな言葉が浮かんでくる人物の情けを、まさか悪人に渡すわけにも行かない。

 武器屋の主人は、柄にも無く決心した。この剣の数々は、彼と志を同じくする、正義を愛するものに売ることにしようと……。

 

 

 

「フフフ……思ったよりもいい情報源だったな、あの店主」

「モモンさんを騙そうとするなんて、殺した方がよかったんじゃないっすかね?」

 

 アインズとルプスレギナは、武器屋を去ってから街を一緒に歩いていた。

 あの武器屋で聞いた情報が思ったよりも生きたものであったことに喜ぶアインズと、至高の御方に無礼を働いた人間は殺すべきだと笑顔で語るルプスレギナは対照的であるが。

 

「簡単に殺してしまうよりは、利用すべきだぞ?」

「そう言うもんっすかね?」

「ああ。人間だからと言って、使えないわけではないのだ。あの男は職業柄荒事を得意とする者に伝手があるだろうから、きっと宣伝してくれるだろう。この、英雄モモンの名をな」

 

 高潔で心が広く、強くて理知的。アインズは、モモンとしてそんな人物像を作ったつもりだった。

 金が無いと内心悩んでいるのに賄賂も受け取らなかったし、悪を許さない正義の味方っぽい発言もしたつもりだ。ちょっとくさかったかなと自分でも思うが、こう言うのは分かりやすいほうがいいだろう、多分。

 

「それにしても、懸賞金がついている犯罪者がいると言うのはいい情報だった。土くれはナザリックに招待する予定だから、名声を高める道具としてこいつらを使うとしよう」

「了解っす!」

 

 こうして、モモンとしての第一歩は踏み出されたのだった。


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